※この作品はR-18です。

魂の座 三部 暁の姉妹   作:伊駒辰葉

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ちょっと長いのですが、まとめてアップします。
エロシーンはありません。


金色の姫君

 不意に風が消える。恐る恐る目を上げた奈月は家の玄関がいつの間にか開いているのを見て取った。静かに誰かが歩いてくる。

 

「あの、こんにちは。わたし、吉良瀬奈月と申します」

 

 奈月は頭を下げて歩いてきた女性に挨拶した。二十歳くらいだろうか。女性がそんな奈月ににこやかな笑みを向ける。

 

「凪と申します。はじめまして」

 

 そう名乗った凪を奈月は見た。何故かは判らないが、凪に見覚えがある気がする。物静かな雰囲気をまとう凪を奈月はしばし見つめた。

 

 凪が静かに庭を横切って倒れた千佳に近付く。全身を打たれて呻く千佳に微笑みかけた直後、凪の周囲に風が生まれた。傷ついた千佳の身体を風が包み込み、静かにどこかに運んでいってしまう。遠くに消えた千佳を見送ってから凪は奈月の傍に戻ってきた。

 

「あの方、大丈夫でしたか? 歪みを孕んでいるから、痛かったはずです」

 

 命に別状はないでしょうけど。そう続けて奈月は不安をこめて千佳の消えた方を見やった。

 

「あの程度では死にはしないでしょう。忠告を無視した報いと考えるのが自然かと思いますが」

 

 平然とそう告げて凪がふわりと微笑む。それから凪は優雅に身を折り、告げた。

 

「どうかお引き取りください」

 

 静かな声で言われ、奈月は慌てて首を振った。

 

「ここはわたしの家ですから。入らせていただきます」

「どうしてもですか」

 

 顔を上げながら凪が言う。奈月は力強く頷いた。手にした羽根を握り締める。

 

「自分の生家に帰ることを、止める権利があなたにあるのですか?」

「いいえ」

 

 即答して凪が身を折る。

 

「失礼いたしました。主より、私は全ての敵をなぎ払えと申し付かっております。出すぎた口を利いたこと、どうかご容赦ください」

 

 そう言って凪が静かに踵を返す。それに合わせて奈月の前に閉じていた門が静かに開いた。

 

「こちらこそ、失礼致します」

 

 小声で言いながら奈月は門を越えた。その瞬間、微かな音が耳元に響く。同時に奈月の機体内で鍵が反応する。分厚い壁を越えるため、奈月はゆっくりと前に進んだ。凪がその先をゆっくりと歩く。それから凪は玄関を開き、奈月に恭しく礼をした。

 

「金色の姫君、お帰りなさいませ」

 

 深々と頭を下げて凪が言う。奈月は不思議に思いながら首を傾げた。どうして凪はそんな名で自分を呼ぶのだろう。

 

「あの、わたしは、姫君などと呼ばれる存在では無いと」

 

 おもうんですけど。奈月は先細りになる声で告げながら玄関をくぐった。その背後で凪が静かにドアを閉じる。

 

「王とお呼びするには少々早いかと。かと言って幼子のように童と呼ぶのは筋違いですし」

 

 先ほどより若干、打ち解けた口調で凪が続ける。凪の案内に従って歩きながら奈月は首を傾げた。凪は小さく笑って奈月を振り返った。

 

「姫と呼ばれるのはお気に召しませんか?」

「いえ、そういうわけでは、ただ」

 

 照れくささに赤くなりながら奈月は口ごもった。凪がそんな奈月の横に静かに並ぶ。広々としたリビングを横切り、二人は階段を登った。二階に辿り着いた凪がこちらです、と奈月に家の奥をさし示す。奈月は歩きながら周囲を見回した。この家の表側はごく普通の生活空間として使われている。奥に密かに隠れた場所に研究施設があるのだ。そしてそれは地下にも及んでいる。恐らく総一郎の姿が見えないのは、その隠れた場所にいるからだろう。

 

 凪が廊下の突き当たりまで進み、天井に手を差し伸べる。すると天井の一部が微かな音を立てて開き、そこからするすると小さな木製の階段が降りてきた。

 

「先にお断りしておかなければなりません。これより先、お進みになられれば条件を満たさない限り、外に出ることは叶いません。それでも宜しいですか?」

 

 静かに凪が告げる。奈月はしばし考えてから答えた。

 

「わたしは水輝さんの傍にあるべき存在です。水輝さんがここを出る時には何があろうと付いていきます。そのとき、その条件は枷となりますか?」

「私にその判断は出来ません。ただ」

 

 そこで言葉を区切って凪は小さく笑った。それからするりと奈月の耳元に口を寄せる。

 

「水輝が目を覚ませばあなたを連れていかない筈がないから大丈夫だと思うわ。これは私の個人的な意見」

 

 奈月の耳元にそう囁いて凪が静かに屈めていた腰を伸ばす。

 

「あの! やっぱり、あなたは以前から水輝さんをご存知なんですね?」

 

 ここではずっと眠っていたはずだから。そう続けようとした奈月の唇に凪が人差し指をあてがう。にっこりと笑って凪は首を静かに横に振った。それは言ってはいけない、という意味らしい。奈月は目をしばたたかせておずおずと頷いた。凪が奈月の唇から指を離す。

 

「それではご案内いたします」

 

 そう言って凪は礼をすると階段を登り始めた。奈月はうん、と自分に頷いて凪に続いた。階段を一段一段登るごとに柔らかに風が吹いてくる。やがて奈月の目の前には広大な空間が開けた。外観では決してあり得ないサイズの巨大なドーム型の天井がある。そのドーム内には風が渦を巻いていた。風にまるで抱かれるようにして水輝が宙に浮かんでいる。

 

「水輝さん!」

 

 涙声で呼んで奈月は水輝に駆け寄った。横たわり浮かんでいる水輝の腕に懸命に手を伸ばす。だがどうしても届かない。

 

 水輝の器は半透明に透けていた。見た目にもはっきりと判るほどに水輝は深手を負っている。腕を伝い、指を伝って流れた血が一滴、また一滴と奈月の足元に落ちる。それを見て奈月は泣きながら顔を歪めた。水輝は深い眠りについているのに、それでもなお、傷つき続けているのだ。

 

 使えるだろうか。そう考えてから奈月は首を振った。考えるより先に試してみたほうがいい。奈月は両手を水輝に差し伸べて呪文を詠唱した。

 

「自由と義務を司る風の女王よ。我に風を纏わせ、青龍王の元へ運び給え」

「あらあら。そんなに熱心に呼ばれると確かに悪い気はしないですわね」

 

 唐突に背後から笑い混じりの声が聞こえてくる。奈月は焦って振り返った。深々と礼をする凪の横を通り過ぎて一人の女性が歩いてくる。年は三十代くらいだろうか。穏やかな優しい雰囲気を纏った女性は奈月の目の前で足を止めてにっこりと笑った。

 

「こんにちは。はじめまして、かしら。わたくしは如月栄子と申します」

 

 そう言って栄子が奈月に頭を下げる。奈月は慌てて栄子に頭を下げた。

 

「こちらこそ始めまして。わたしは、吉良瀬奈月と申します。よろしくお願いします」

「あら」

 

 挨拶した奈月をにこやかに見守っていた栄子が楽しそうに笑って首を傾げる。頭を上げた奈月の手元を指し、栄子はにっこりと笑った。

 

「懐かしいものをお持ちね」

 

 そう言って栄子が銀色の羽根を持つ奈月の手をそっとすくい上げる。奈月は困惑して羽根と栄子とを見比べた。

 

「えっと、あの、この羽の主とお知りあいなんですか?」

「ええ、ずっと昔にお会いしたことがありますの」

 

 楚々と笑って栄子が顔を上げる。宙に浮かぶ水輝を真っ直ぐに見つめ、栄子は奈月に目を戻した。

 

「天空の王の折角の心遣いですもの。この羽根を使わせて頂いても宜しくて?」

「はい!」

 

 元気いっぱいに返事して奈月は羽根を栄子に手渡した。栄子が指につまんだ羽根を掲げ、そっと指を離す。すると羽根は柔らかな風に乗って水輝の元に舞い上がった。水輝の胸に銀色の羽根がふわりと溶け込む。するとそれまで流れていた水輝の血はぴたりと止まった。見ているだけで判る。あの羽根にこめられていた力が水輝の器を修復し始めたのだ。

 

「凪。お茶の用意をお願いね」

「畏まりました」

 

 栄子の言葉を受けて凪が姿を消す。栄子に誘われるままに奈月はドームの端に歩いた。栄子がドームの壁を軽く手で押す。すると何もなかった床から応接セットがせり上がってきた。テーブルには花も活けられている。

 

「あれほど傷ついたのですもの。彼が目を覚ますまでには多少の時間がかかりますわ。それでも構わなくて?」

 

 そう言いながら栄子が奈月にソファを勧める。奈月は素直に頷いてソファに腰を下ろした。

 

「はい。ありがとうございます。傷ついた水輝さんを保護してくださったのですよね?」

 

 栄子が奈月の正面に腰を下ろす。

 

「保護したのはわたくし。でも助けたのはわたくしではありませんの」

 

 小さく笑って栄子が奈月の背後に視線を動かす。何気なく視線を追い、奈月はそこに凪の姿を見止めた。凪が大きなトレイを手にして静かに二人の元に歩いてくる。どうぞ、と紅茶を出された奈月はありがとうございます、と凪に告げた。栄子の前にも紅茶を置き、凪はトレイに乗っていた菓子皿をそっと二人の間に据える。それから凪は静かにその場を立ち去った。

 

「凪さんが?」

 

 囁くように奈月は訊ねた。栄子が目を伏せ、口許に笑みを浮かべてカップを唇につける。奈月は不思議な気分で目の前のカップを取り上げた。優しい香りのする紅茶を飲む。

 

「あの、先ほどの呪文、届きましたよね?」

「ええ」

 

 にっこりと笑って栄子が頷く。奈月はカップの中で揺れる紅茶を見つめ、続けた。

 

「風の女王、氷の王子、雷の巫女、誓約の管理者、そして」

「あらあら。幾らこの場とは言え、大胆ですのね」

 

 そう言って栄子がころころと笑う。その笑いには少しの澱みもなく、また翳りもない。奈月は目を僅かに細めて顔を上げた。

 

「あの、ちょっと呪文ひとつ唱えさせてください! 確認したいことがあるんです!」

 

 勢い込んで奈月は告げた。栄子が手にしていたカップをテーブルに乗せ、小さく笑う。

 

「あらまあ。一体、どんな呪文かしら」

「知識を預かり、浄化を司る金の姫よ、汝の所在地を我に示さん」

 

 口早に呪文を詠唱した瞬間、奈月の身体は金色の光に包まれた。息を飲んで目を見張り、奈月は栄子を凝視した。栄子は静かな微笑みを浮かべている。

 

「……どうして?」

 

 混乱しながら奈月は自分の姿を見下ろした。だが確かに金色の光をまとっているのは自分自身だ。

 

「知を識り、世の浄めを司る金色の姫君よ。汝、その眼を閉ざすことは赦されず。あらゆる汚濁を見つめ、その扉を開け」

 

 静かな声で栄子が告げる。奈月は息を殺して栄子を見つめた。




久しぶりに栄子さんが出てきました。
(要の母親です)
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