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「水輝さん。もう、無茶なことはやめてください。お邪魔かもしれませんけど、まだわたしは必要だと思います」
だから。そこまで言って奈月は唇を噛んで俯いた。あー、泣かした。千佳がそう言って水輝を指差す。煩い、と呟き千佳を蹴飛ばしてから水輝は奈月の頭を撫でた。
やれやれ。胸の内で紫翠を罵倒しながら水輝はしばらく奈月の頭を撫で続けた。
「心配するなって。別に無茶はしないし、ほら。今回はちゃんと保険が役に立っただろ?」
「そうですね。これからは、水輝さんは、水輝さんのなすべきことをなさってください」
わたしは、わたしにできることをします。それを聞いた水輝はぴたりと手を止めた。しばらくじっと奈月を見下ろしてから深々とため息をつく。
「……どうしてもおれに守られるのは嫌か」
最初から本当は判っていた。奈月はいつか必ず覚醒する。そうなった時に止めることは恐らく出来ない。
「あの、守っていただけないと困ります!」
慌てたように言って奈月が顔を上げる。その目元に光るものを水輝は黙って袖で拭った。あー、と千佳が不服そうに声を上げる。うるせえ、とそれを蹴飛ばして水輝は苦笑した。
「あのな。さっきの奈月のせりふな。聞きようによっては別れの言葉にも聞こえるぞ? 自覚してるか?」
そう言って笑いながら水輝は奈月の濡れた頬を拭った。
「だから、ずっと水輝さんの傍に居なきゃだめなんです!」
「いや、頼むから言葉に力をこめて力説するな。響いて痛い」
眉を寄せて呻きながら水輝は手を下ろした。それから水輝は改めて自分の胸に手をあてがった。一気に胸に右手を沈めて器の中を探る。身体を折った水輝を千佳が不安そうに見つめる。水輝は歯に煙草のフィルターを噛みしめて目的の宝珠を引っ張り出した。
「あー、力説中悪いんだが。これを頼まれてくれないか」
そう言いながら水輝は握った紫宝珠を奈月の手に押し付けた。
「あの!? これ……?」
水輝さんのでは無い? そんな思惟が伝わってくる。水輝は小さく笑って奈月に頷いた。
「保険かけといて正解だったぜ。……千佳。奈月を送ってやれ。一人くらい抱えて飛べるだろ」
千佳が慌てたように頷く。水輝は奈月を見つめて告げた。
「悪いがそれを立城のところに持っていってやってくれ。……時空は越えるな。網に引っかかる」
「違います。この宝珠は、きゃっ!」
一陣の風が過ぎる。水輝は千佳に頷いて空に舞い上がった。風に顔を庇った奈月が焦った声を上げて水輝を見上げる。だがそんな奈月を千佳が抱え、羽根を広げて空に舞い上がる。
「水輝様ぁ! お駄賃はぁ!?」
千佳が空中で静止して呑気にそんなことを言う。水輝は苛々しながら素早く千佳に寄って頭を捕まえ唇を寄せた。触れるだけの口づけをしてから千佳の肩を蹴飛ばす。すると千佳は嬉しそうに笑って羽ばたきをした。
「水輝さん。この宝珠を、立城さんの元へ、届けろと、わたしに、おっしゃるのですね?」
「立城のだし。元々は」
まあ、おれのはあれだけど。水輝はそう続けて奈月を見た。奈月はなぜか戸惑った顔で手の中の宝珠を見下ろしている。
「水輝さん、いままで、ありがとうございました。わたし、とっても、しあわせでした」
奈月がそう言って頭を下げる。それを見た水輝はぎょっとして待て、と声をかけた。
「ちょ、ちょっと待て! 何でそーなる!」
混乱しながら水輝は声を張り上げた。
「金の姫の名において宣ず。我の持つ全てのちからを、誰よりも清らかで、誰よりも気高き、青き龍王のもとへ、移譲せん」
「ちょっ……!」
水輝は本能的に自分の周囲に強固な結界を築いた。奈月から注がれようとした力を必死で防ぎながら声を張り上げる。
「待てっつってんだろ! 落ち着け!」
怒鳴りながら水輝は奈月の手から宝珠をかっさらった。手の中で宝珠が光を放ち、一気に盾に変貌する。
「いいかげんに、しろ! 少しは人の話を聞け!」
「みず……きさん、これ……で、その、宝珠を、所有する、正当な権利が、水輝さんの……、ものになりました。ご命令の、とおり……立城さんに、確かにお渡し、します」
にっこりと奈月が笑う。水輝は奈月の放った力を結界に逆に包み込んだ。歯軋りしながら盾で力を奈月に押し戻す。
くそったれ! 水輝はそう毒づきながら一気に力を畳んで強引に奈月の中に叩き込んだ。衝撃を堪えきれなかったのだろう。千佳が悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。その腕から奈月の身体がずり落ちて地面に向かって落下する。水輝は迷わず奈月に向かって飛んだ。空中で奈月を抱きとめて叫ぶ。
「銀の翼!」
衝撃が体内で弾けた直後、水輝の背には銀色の輝く翼が生まれた。地面に激突する寸前、翼をはためかせて水輝は奈月を抱きしめたまま、もう一度空に舞い上がった。
「……ぶねー……」
深々と息を吐いて空中に胡座をかく。これで銀の宝珠は当分は元に戻せない。水輝は奈月を膝に抱えて低く呻いた。
「水輝さん、どうして? わたしはもう不要なんですよね?」
水輝の膝に納まったまま、奈月が戸惑ったような声で告げる。水輝はあー、と力ない声を漏らして頭をかいた。
「誰がそんなこと言ったよ?」
「金龍の、紫宝珠を、立城さんにお渡しするように命じられました」
「げ。あれ、金のだったのか」
引きつりながら水輝は呻くように告げた。あの野郎、とぼやきながら天に手を差し伸べる。盾の形を取って空中に静止していた紫宝珠がゆっくりと降りてくる。水輝はその盾を奈月の腕に押し付けた。
「ごめん。気付かなかった。それはお前のだな」
そう言いながら水輝は肩を落とした。どうやら立城は更に裏を読んでいたらしい。
「えっと、あの、水輝さんのです。わたし、もう宣言しちゃいましたし」
なのに、何もかわってないのはなぜ。不思議そうに告げる奈月に水輝は力なく笑ってみせた。
「おれはお前で、お前がおれだからだ。……あー、もう、頼むからびっくりさせないでくれ」
震える腕で奈月を抱きしめて水輝は力なく笑った。
「水輝さん、あの、それではまだわたし、傍に居てもいいんですか?」
「居てくれなきゃ困る。お前はおれのだ」
きっぱりと言って水輝は奈月に唇を寄せた。素早く口づけながら奈月を抱きすくめる。
「水輝さん。浄化の術を揮うときは隙が出来ます。護ってくださいね」
「ああ」
頷いて水輝は両腕で奈月を抱え上げた。じゃあ行くか、と笑いかけようとしたところで水輝は引きつった。嫌な予感を覚えて振り返る。
「……水輝は昔から片付けが下手くそだったわ」
あのドーム内で見た女性が静かに背後に立っている。空中に立つ女性を振り返った水輝は今度こそ疲れきったため息をついた。
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