宙にいきなり現れた紫の色の宝珠を見た優一郎は目を見張って絶句した。それまで絶叫していた立城がまるで糸の切れた操り人形のように急に脱力する。斎姫の上に立城が崩れたと同時にそれは急に輝きを帯びた。
止める間もなく斎姫の胸に紫宝珠が飛び込む。
「宝珠も引き寄せたのか」
呆然と呟いて優一郎は斎姫の胸元に手を伸ばした。だが触れようとした瞬間、電気のようなものが優一郎の指をうつ。思わず手を引いた優一郎はまじまじと斎姫と立城とを見比べた。立城は血を流しながらぐったりと横たわっている。斎姫は顔に微笑をたたえたまま止まっているだけだ。
とりあえず、立城さんのほうを、引き離そう。そう思いながら優一郎は立城に手を伸ばそうとした。その時、唐突に部屋のドアがけたたましい音を立てて開いた。驚きに目を上げた優一郎はドアから入ってきた多輝を見止めて眉を寄せた。
「多輝、どうしてここに?」
だが多輝はその質問には答えない。黙ってベッドに近づいてくる。虚ろな眼差しが真っ先に優一郎を捉え、次いでベッドに横たわる立城と斎姫に向く。
「……の……を……」
多輝が殆ど声にならない声で何かを呟く。優一郎は訝りに眉を寄せて再度、多輝を問い質そうとした。
不意に多輝が天井を仰ぐ。その直後、多輝は片手を掲げた。
「多輝、主として命ず。待て」
優一郎はそう言いながら歩き出した。ベッドと多輝の間に割って入る。多輝は天井に手を掲げたまま、眉を寄せてぴたりと動きを止めた。だがまだ目は虚ろで感情は浮かんでいない。思惟も内側にぴったりと閉じていて何も読めない。
「多輝、主として何をするつもりなのか行為の説明を求む」
意図して言葉に力をこめながら優一郎はゆっくりと告げた。多輝が優一郎を見て僅かに目を細める。
「地の……王を……撃て」
抑揚のない声で多輝が言葉を刻む。天井に掲げられた多輝の手には徐々に青白い力が溜まり始めている。優一郎は多輝と手に宿る力とを見比べた。
「なるほど、多輝。撃つべき対象は地の王のみなんだね? 他に被害を及ぼしたら承知しないよ」
にっこりと笑って優一郎は肩越しに立城を見た。立城はぐったりと斎姫の身体の上に倒れたまま、ぴくりとも動かない。
「我、天の雷、命により地を撃つ」
淡々と宣言した直後、多輝は掲げていた腕を素早く振り下ろした。手に溜まった力が一直線に天井に撃ち出され、急カーブを描いて立城の背に吸い込まれていく。立城は力に撃たれ、小さな身体を跳ねさせて宙に放り出された。痙攣して仰け反った格好で頭から床に落ちる。その様を黙って見ていた優一郎は顔を戻して目を見張った。いつの間にか多輝の手には青い刀が握られている。
「ここまでしなければならないのか」
立城さんは徹底してるなあ。呑気にそんなことを呟いた優一郎の目の前で多輝が床を蹴る。真っ直ぐに立城の元に走った多輝が刀を逆手に握りなおして振りかぶる。多輝が刀を振り下ろそうとした瞬間、甲高い音と共に異変が起きた。
ベッドに横たわっていた斎姫が弾かれたように身を起こす。目にも止まらない速さで斎姫は立城と多輝の間に割り込んだ。
「斎姫。やめろ」
鋭い声を優一郎が飛ばした瞬間、斎姫の身体から一気に力が抜け、その場に崩れる。それまで斎姫に刀を突きつける格好になっていた多輝が振り上げていた腕を一閃する。青い刀身が嫌な音を立てて立城のわき腹に突き刺さる。一気に血が溢れ、倒れていた立城がびくんと身体を震わせて目を見開く。多輝は刀を立城の腹に残したまま、手を離して立ち上がった。
優一郎は静かに三人に近付いた。倒れた斎姫を抱き上げて二人から離れる。多輝が再度手を掲げて力を導きはじめる。その力の量を見た優一郎は目を見張った。刀を楔にして力を放つつもりだろうが、あの桁のものを食らって立城は大丈夫なのだろうか。そんな心配が脳裏を過ぎる。
多輝が虚ろな眼差しで立城を見下ろす。
「多輝。命は撃てだ。討つことは厳禁。わかっているね?」
念のため、優一郎は多輝にそう言葉を向けた。その途端、多輝が眉を寄せて優一郎を見る。
「……何故邪魔をする」
低い声で多輝が呟くように言う。その目にはまだ意志の光はない。優一郎は考えを巡らせながら立城と多輝とを見比べた。
「邪魔? 命は地の王を撃て。だよね? そのとおりに実行すればいい」
「地の王を撃て。破滅への扉を開け。冥府の門を叩け」
淡々と多輝が答える。それを聞いた優一郎は本格的に顔をしかめた。どうも思っていたのとは話が違うようだ。多輝に命じたのが立城だと思っていた優一郎は眉を寄せたまま考え込んだ。
「地の王は既に撃ったよね? 次は破滅の扉? その所在を主である僕に示すんだ」
考えながら優一郎は訊ねた。すると多輝が静かに目を落として立城を指差す。
「破滅への扉は地の王に在り」
そう言って多輝は立城のわき腹に刺さっていた刀の柄を握った。抜くのかと思ったら多輝は逆にその刀をより深く立城に刺してしまう。串刺しにされた立城は声にならない声をあげて仰け反った。床に広がった血の染みがより広がっていく。
「地の王のどこにあるの? どうやって開くの?」
そう訊ねながら優一郎は腕に抱えた斎姫をそっとベッドに横たえた。どうやら斎姫が吸い込んだ宝珠が原因でさっきは動いてしまったらしい。が、斎姫にとって優先されるのが優一郎の命令だからだろう。今はまた身体は完全に脱力している。
多輝が刀から手を離してじっと優一郎を見る。
「地の王が潰えた先に扉は開く。盾を消し、扉を開き、冥府の門は叩かれる」
抑揚のない声で答えて多輝が再び立城に目を落とす。
「それはへんだね。なら命の組み方がおかしいよ。間違ってる」
ぴくりと多輝が眉を上げる。多輝がじっと虚ろな眼差しを優一郎に向ける。優一郎は腕組みをして多輝に向き直った。
「地の王を討たねばならないなら、そう命を組まなければならない。わざわざ名文化してまで、討てではなく撃てを使っているのにそれは変だ。もしさっき言った意味だというなら言違いだね。無効だ」
「誓約の主」
淡々と返した優一郎に多輝が呟くように言う。それを聞いた優一郎は目を細めた。多輝が眉を寄せ、顔をしかめながら立城と優一郎とを見比べる。
「では間違いを正せ」
多輝はそう言いながら立城の腹に刺さっていた刀を無造作に抜いた。その衝撃に身体を小刻みに震わせた立城がぼんやりとした目で多輝を見る。その口許には淡い嗤いが浮かんでいた。
「わかった」
優一郎はふらりと立城に歩み寄り、小さな身体に手をかけた。横倒しになっていた立城を仰向けに転がし、右手を揮う。それまでぼんやりとした顔をしていた立城が右手を胸に打ち込まれた瞬間、悲鳴を上げて仰け反る。だがそれに構わず優一郎は立城の左胸から金宝珠を抜き取った。
金宝珠を手に優一郎は今度は斎姫に近付いた。胸に金色の宝珠を埋め込んでいく。軽い抵抗の後、金宝珠は音もなく斎姫の胸に沈んでいった。
「これでいいね。じゃあ、冥府の門を叩きに行こうか」
にっこりと笑って優一郎は多輝を見た。多輝はだが立城をじっと見下ろしている。優一郎は不思議に思って首を傾げた。
「多輝! 何をしているの? 黒妖牙さんの居場所は知ってるかい?」
多輝がゆらりと顔を上げる。その目にはまだ意志の光はない。が、虚ろな眼差しが不安定に揺れている。
「冥府の……門は……死者でなければ叩けない」
そう呟いて多輝は握っていた刀を振るい、刀身についていた血を払った。次いで、その刀身を直につかんで柄を優一郎に向ける。
「多輝。主として命じる。協力するから刀をしまえ」
「……協力?」
多輝が怪訝そうに眉を寄せる。だが刀はまだ手にしたままだ。優一郎はため息をついて刀の柄を手のひらで押さえた。
その瞬間、頭の中に直接声が響く。
『悪いな。ちょっとそこの結界、隙間開けてくんないかな』
宝珠の転じた刀を伝ってきた水輝の声に優一郎は目を見張った。
『ええどうぞ。立城さんの治療を頼みます』
思惟で水輝に答えて優一郎は多輝に笑みかけた。刀の柄を右手にしっかりと握る。
「それじゃあ多輝、跳ぶよ」
そう告げて優一郎は集中した。脳裏にあるイメージを思い描く。意識を懲らした優一郎の脳裏にはっきりとしたイメージが思い浮かぶ。次の瞬間、優一郎と多輝はその場から姿を消した。
多輝が若干変というかー(棒