原稿がないというか……。
すみません(汗)
あ、エロシーンはありません。
ため息をついて水輝は額を覆った。うー、と低く呻く。水輝は空中に胡座をかいたまま、腕の中の奈月に目を落とした。奈月は不思議そうに水輝と傍に立つ女性とを見比べている。
時間ないんだがなあ。水輝はそう胸のうちでぼやいてちらりと空の端を見た。ある一点に生まれた影が次第に大きくなっている。
「あー、奈月。悪いんだけど、ちょっとこいつと話をしたいから、少しの間、席を外してくれないか」
そう言いながら水輝は目の前に立つ女性を指差した。
「はい」
にっこり笑って奈月が頷く。水輝はいい子だ、と頷き返して奈月を抱えたままゆっくりと地面に降り立った。総一郎の家の前に奈月を静かに下ろす。そこで水輝はそうだ、と指を鳴らした。
「奈月さあ。最近、メンテナンスしてもらってないだろ?」
笑顔で告げて水輝は総一郎の家の玄関を指差した。
「総一郎先輩、いるみたいだしみてもらえば?」
「そ、そういえばそうですね」
頷きながら奈月がちらりと空に浮かんだ女性を見上げる。水輝は笑って奈月の肩を叩いた。
「大丈夫だって。あいつとの話が済んだらちゃんと迎えに行くから」
あの女性がいればこの強固な結界に包まれた総一郎の家の内部と連絡を取ることは可能だろう。そう目星をつけて水輝は告げた。しばし思案顔をした後、奈月が頷く。
「わかりました。あの、水輝さん!」
そう言って奈月が女性を見上げる。
「ご健闘をお祈りします!」
頬を僅かに赤くして奈月はそう言うと、総一郎の家の門を開け、玄関に小走りに向かう。ドアのところで振り返った奈月は元気に水輝に手を振った。健闘ってなんだよ、と胸の内でぼやきつつも水輝は笑みを浮かべて奈月を見送った。ドアの向こうに奈月が消えたことを確認してから再び空に舞い上がる。
銀色の羽根が陽光を反射して煌く。水輝は真っ直ぐに女性の元に飛んで顎をしゃくった。住宅街のこんな場所に呑気に浮いていては目立って仕方ない。水輝は女性を促して近くにある小さな林を目指した。木々の合間にゆっくりと降り立つ。まだ背中の羽根は消えない。水輝に合わせて女性はゆっくりと着地した。
「悪いが先に立城のところに行ってくれ。様子がおかしい」
地面に降り立つなり、水輝は低い声で女性に告げた。女性が不思議そうに首を傾げる。
「私が何故、あなたの命令を受けなければならないの?」
笑い混じりの答えに水輝は舌打ちをした。今の女性は昔、水輝が見知っていた女性とは違う。だがそう判っていても水輝は女性をかつての名で呼んだ。
「渚。おれは真面目に言ってるんだ」
「その名はもう私の名前ではないのよ」
静かな答えに水輝はため息をついた。そんなことは判ってる。つい、そう呟いてしまう。今の彼女が昔の彼女と違っていることは見た目にもはっきりしている。顔の造作は殆ど変わっていないが、その髪と瞳の色はかつてのものとはまるで違う。淡い空の色をしたそれをじっと見つめて水輝は頼む、と告げた。
「気に入らないなら今の名前で呼んでやる。だから頼む」
じっと黙ったまま動こうとしない女性に水輝は苛々しながら告げた。女性が軽く首を傾げて苦笑する。
「本当に変わっていないわね。片づけが下手くそなのも、物覚えが悪いのもおんなじ」
「煩い」
顔をしかめて水輝はその場に腰を下ろした。羽根が木に引っかからないように出来るだけ小さく畳む。だが背中に戻すことはまだ出来ない。肩越しに羽根の様子を伺ってから水輝はため息をついた。
「いまの私の名前は凪よ。それと、今の私の主は栄子様なの」
だからあなたの命令だからといって簡単に従う訳にはいかないの。そう言って凪が笑う。水輝は舌打ちをして斜めに凪を見上げた。
「あいっかわらず生意気な女だな」
「あら。そうかしら」
にっこりと笑って凪が首を傾げる。うー、と水輝は唸って額を覆って俯いた。
凪はかつて水輝が人と偽って生活をしていた折、姉の立場にあった。渚、水輝、そして夜叉である莢花の三人で兄弟として育ったのだ。だが渚は狂った水輝に犯され、その命を半ばで摘み取られてしまった。そして莢花は水輝の凶刃の前に散ってしまったのだ。
水輝は深々とため息をついて目を上げた。
「詫びても仕方ないから詫びないぞ」
ぼそりと漏らした水輝に凪が笑って答える。
「別に気にしていないわ」
「だが誓約は残ってる。……頼む。言うことを聞いてくれ。立城のところに行けば誓約の管理者がいる。そいつに誓約を解除してもらえ」
そうでなければこれから水輝が死にかけるたびに凪は動かなければならなくなる。あの時、狂ったら殺してくれと頼んだ水輝の意志を、凪は別の形で誓約として受け入れてしまっているのだ。何があっても水輝を守る。覚悟を伴ったあの時の渚の思いが今でも誓約として生き残ってしまっているのだ。
凪が静かにため息をついて胸に手をあてがう。
「駄目。それは出来ないの」
「何で!」
水輝は声を荒らげて凪を睨みつけた。凪はじっと水輝を見下ろしながら小さく笑った。その笑みにはどこか寂しいものが漂っている。
「簡単だろ? 誓約を解除するには両者の同意があれば」
「だから駄目なの。私は」
そう言って凪が目を伏せる。苛々しながら水輝は胸ポケットを探った。煙草を咥えて火を点ける。不機嫌な顔で煙草をふかす水輝を凪は真っ直ぐに見つめていた。
「私は水輝を好きだから」
「ぶっ」
思わず吹き出した水輝の唇から煙草が落ちそうになる。水輝は慌てて指の間にそれを捕まえ、呆れた顔で凪を見上げた。
「阿呆か。いい男探せっつったろが」
なに言い出すんだか。そうぼやきながら水輝は頭をかいた。だが凪の目は真っ直ぐに水輝を見つめたままだ。水輝は頭をかきながら思わず呻いた。疲れたため息をついて立ち上がる。
渚は水輝にベタ惚れしていたので仕方ないのです……。