「水輝さんの真似をしただけです」
ラスティさんもなんでそんなに誉めるのかなあ。そう続けて奈月が首を傾げる。水輝はくすくすと笑って奈月を抱え起こした。手の中にある小さな宝石に指を乗せる。すると丸い宝石を取り囲むように銀の台座が出来上がった。
乱れた着物にはもう精液の染みはない。自分が夢中で着物を汚そうとしていたことを思い出し、水輝は微かに眉を寄せた。
台座の縁から静かに指を宙に伸ばす。水輝の指を追いかけるように宝石の嵌った台座から銀色の細い鎖が伸びる。水輝は奈月の手の上に再び指を戻し、台座に軽く触れた。鎖が台座に繋がり、一本のネックレスになる。
「あの! これ、わたしに?」
頬を染めて奈月が告げる。水輝はああ、と頷いて奈月の手からネックレスを取り上げた。白い首に鎖をかける。胸元に青い宝石を滑らせてから水輝は奈月に微笑みかけた。
「肌に映えていいだろ」
「ありがとうございます」
にっこりと奈月が笑う。水輝は乱れた奈月の髪を静かに解いた。かんざしを咥えて手ぐしで奈月の髪を梳く。奈月はその間も嬉しそうに胸元のネックレスを何度も見下ろしていた。
「あの、水輝さん。ひとつ、いいですか?」
膝の中に抱え込んでいた奈月がぽつりと呟く。水輝は結い上げた奈月の髪にかんざしを戻しながら何だ、と訊ねた。
「水輝さんにとってどうでもいいことでも、相手にとっては違うかもしれません。とても、重要なことなのかもしれません」
白い肌に滑らせようとしていた手を水輝はぴたりと止めた。
「もしかして、読んだ?」
水輝は表情を消して訊ねた。静かに手を下ろす。
「えっと、あの……? さっき、おっしゃいましたよね? 性別のこととか、都子さんや火藍さん、順さんのことについて」
真剣な面持ちで奈月が答える。水輝はしばし無言になった。それからそっとため息をつく。無意識のうちに苦笑を浮かべ、水輝は奈月の頭を撫でた。
「おれは口にはしていないよ。悪い。考えなしで流しちまったみたいだな」
出来るだけ思惟は漏れないようにしているつもりだ。が、奈月は水輝にとても近いところにいる。恐らく他の誰よりも敏感に水輝の思惟に反応してしまうのだろう。
「わたしにも、理解することはできません。わたしにわかるのは、わたしは最初から水輝さんのものとして定められていた存在であったというそれだけですから。とても幸運だったと思います」
言われた瞬間、微笑みが凍り付く。水輝は顔を覆って力なく俯いた。ごめん、と小声で詫びて奈月を膝から下ろす。乱れた自分の着衣を整えてから水輝は奈月の着物に手をかけた。だが無残にはだけた着物は帯を締めたままでは直せそうにない。
「魔法を勉強してから、新たにわかったことがあります」
ベッドから立ち上がって奈月が告げる。水輝は奈月の肌襦袢の胸元を合わせ、無言で頷いた。帯を押さえて乱れた裾を整える。
「わたしを形作っている力は想いです。火藍さんの器を作り直した時、大量の力がわたしに流れ込んできているのを感じました。わたし、とても戸惑いました」
奈月の足元に跪いて着物の裾を合わせる。水輝は黙って奈月の喋るのを聞いていた。火藍の仮の器が弾けたあの瞬間、奈月は確かに眠っていた筈だ。が、それでも火藍から流れてくるものを感じ取っていたのだろう。奈月が胸をそっと押さえてため息をつく。水輝はちらりと奈月を見上げてそれで、と促した。
「永い夢を見ました。火藍さんは、水輝さんをずっと想っていらっしゃいました」
淡い桃色の生地を合わせて帯の下に入り込んでいる部分を強引に動かす。水輝は淡々と奈月の着物を整えながら微かに笑った。
「知ってる」
あーん、火藍。上手く着れないよー。
いつだったか水輝は女であった頃、今の奈月と同じように振袖を着ようとして苦戦したことがあった。肌襦袢までは一人で身につけることは出来たのだが、肝心の振袖がどうしても上手く着付けできない。正月早々大騒ぎする水輝を火藍は呆れたように見つめ、仕方なさそうにソファから腰を上げた。
馬鹿者。何故、最初から言わない。
ぼそりと呟いて火藍が水輝の着物の前を合わせる。水輝は照れてそっぽを向きながら膨れ面になった。
懐かしいな。水輝はそう呟いて笑った。あの頃、水輝は火藍の想いには気付いていなかった。考えてみれば随分と長い間、火藍は我慢をしてきたのだろう。
「想いの裏にある感情を完全に理解することはわたしにはできません。ですけど、想いには力があります」
「そう、だな」
立ち上がって奈月の肩をずり落ちていた着物をつかむ。水輝は唇を引き結んで奈月の胸元を合わせた。帯の下に手を入れて着物の捩れを整える。
「だから、そのタンポンはわたしと同じような存在なんです」
そう言ってから奈月は慌てたように手を振った。
「えっとあの、卑下したりとかそういうわけじゃありません。事実としてそうなんです」
「ああ、何となく判った」
力なく答えてから水輝は床に落ちていたタンポンの箱を取り上げた。もう今は会社そのものが潰れてしまってなくなったメーカーの名前が箱には打たれている。商品名にも覚えはない。ずっと昔に販売されたものなのだろう。
「そのタンポンを、わたしが使うことはできません。きっとわたし壊れてしまいます」
泣きそうな顔で奈月が告げる。水輝は降参の印に両手を軽く上げた。
「あー、もう、判った判った」
少し力を注げば簡単にそこに残った気配は読めるだろう。だが水輝はあえて自分の力を遮断していた。これ以上、立城の心に踏み込むような真似をしてはいけないと心のどこかで思っていたからだ。
水輝はタンポンの箱を持ったまま、奈月の前にもう一度跪いた。驚く奈月の手を取り、その甲に口づける。
「じゃあ、おれもひとつだけ」
「あっ、あの!」
奈月が焦った声を上げる。水輝はタンポンの箱をシャツの胸ポケットにしまいこんでからにっこりと笑った。
「おれ、もうそろそろ限界。飯、食わない?」
笑顔で告げた水輝に奈月が何度も頷く。
「ご、ごめんなさい!」
雑煮の入っていた椀をトレイに乗せて奈月が慌ただしく部屋を駆け出して行く。それを笑顔で見送ってから、水輝は胸ポケットにしまっていたタンポンの箱を取り出した。小さなその箱を無言で見つめる。仕方ない、後で返しに行くか。そう呟いて水輝はまたポケットに箱を滑らせた。
この話の前に別の話があるのですが……。
それがないとイミフかも知れません。
アップしようかどうしようか悩みどころでして……。
BLとかTSモノなので、迷ってます。