「いいからあいつのとこに行ってやってくれ。死にかけてるんだ」
「返事は?」
すかさず凪が切り返す。水輝はあー、と呻いて煙草を唇から引き剥がした。これはごまかされてくれそうにない。凪はじっと水輝を見つめたままだ。そっぽを向いて頭をかきながら水輝はちらりと凪を見た。仕方ない、と肩を竦めて凪に向き直る。
「悪いな。正直、お前が生きていたことは良かったと思うし、やりたいとも思うけど」
それは多分、お前の言う好きとは違うだろ。そう答える水輝の声は無意識に尻すぼみになった。凪が静かな微笑みを浮かべてそうね、と囁くように答える。
「頼むから二度も振らせるな。こんな状況じゃなきゃ、押し倒してるところだぞ」
早く行け、と水輝は凪に手を振った。凪が苦笑して空に舞い上がる。水輝はそんな凪を見上げて目を細めた。煙草を唇に挟んで羽ばたく。銀色の羽根が空気をかき、水輝は緩やかに空に昇った。
空中で止まっていた凪にとある方向を指差す。
「目印があるから判るだろ? あいつに紫宝珠を渡してやってくれ」
「煙草」
凪が唐突に言う。水輝は顔をしかめて唇に挟んでいた煙草を指に挟んで退けた。煙を吐きながら告げる。
「煙草、嫌いだったっけ?」
そう言いながら水輝は凪に煙がかからないよう、横を向いて煙草を口に戻そうとした。
不意に凪が手を伸ばす。凪は素早く水輝の頬を両手に挟み、唇を寄せた。急に口づけられた水輝は息を飲んで硬直した。軽く、触れるだけの口づけをして凪が小さく笑う。
「隙だらけ」
それだけ言って凪は風に乗って一直線に水輝の示した方角に飛んで行った。急速に小さくなる凪の姿を目で追い、水輝はため息をついて肩を落とした。やれやれと苦笑して唇に煙草を挟む。
あー、と低く呻いてから水輝は振り返った。ハンカチを噛みしめて目を潤ませている千佳を睨みつける。
「どうでもいいが、主を睨むな。淫魔」
「水輝様のいけずぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
悔しそうにハンカチを噛んで千佳が喚く。水輝は苛々しながら千佳に寄るとその頭を平手で叩いた。うええん、と情けない声をあげて千佳が前のめりになる。
「お前は先にあれを追え。目印つけるだけでいい。あとはおれがやる」
「うぇぇぇん!」
千佳がハンカチを噛んだまま泣きながら首を振る。不機嫌に千佳を睨んで水輝は再度、その頭をぶん殴った。
「やかましい! 行けったら行け! 焼き鳥にして食うぞ!」
「うええええええええん! 水輝様が苛めるよぅ!」
「こ、の、役立たず!」
泣き喚く千佳に水輝は怒声を張った。途端に千佳がびくん、と身体を震わせて黙る。水輝はびしりとある方向を指差して怒鳴った。
「行け! てめえの鈍足じゃ、さっさとしないと見失うぞ!」
怒鳴りつけた途端、千佳は慌てたように水輝の指差した方向に向かって飛び始めた。報酬はー? と情けない涙声で言って来る。遠ざかる千佳に向かって水輝は疲れたため息をついて言った。
「気が向いたら抱いてやる」
「ホントに!?」
それまで泣いていた千佳が嬉しそうに言って一気に遠ざかる。最初からそのスピード出せ、と呟いて水輝は総一郎の家を見た。どうやら奈月は無事に総一郎に会えたらしい。そのことに息をついて水輝は二人が向かったのとは別の方向に向かって飛んだ。
「浄化術は禁止、浄化術は禁止」
そう何度か自分に言い聞かせて滑空スピードを上げる。高速で空を走り、水輝は目的の影の前に降り立った。急に目の前に水輝が現れたことに驚いたのか、それがひるんだように動きを止める。人気のない街の隅で人に襲い掛かろうとしていたそれに水輝は駆け寄って肘を打ち出した。黒い、凝ったものを纏った人の形を模したモノがビルの壁に向かって吹っ飛ぶ。その隙に水輝は失神していた女性を腕にさらって地面に横たえた。
「ったく、次から次へと」
そう言いながら胸に手をあてがう。元々は青みを帯びていた筈の髪と瞳は今は濁りきっている。かつての配下の姿に嗤いながら水輝は胸から紅の宝珠を取り出した。獣のような咆哮をあげてそれが水輝に突っ込む。水輝は気合の声を発して地面を蹴った。
龍神はこうして日々、歪んだ者から刈り取られていく。水輝は難なく相手の攻撃を避けて手の中で刀に変貌した宝珠を揮った。紅の刃がそれの背中に突き刺さる。逆手に握った刀を引き、水輝は一旦、それから飛び離れた。改めて地面を蹴り、一気に間を詰める。
「この、ど阿呆が! おれの命令も聞けないほど、耳が腐りやがって!」
そう怒鳴りつけながら水輝は迷わず刀を繰り出した。宝珠にこもった断罪の力が容赦なくそれを引き裂いていく。大きな通りを行く車のクラクションに紛れ、それの断末魔の声はゆっくりと力をなくしていく。水輝はそれの胸に埋めていた刀を抜き、刀身についた血を払い落とした。水輝の力を叩き込まれたそれが一気に砂と化す。
次は、と水輝は空を見上げた。空を見つめて気配を探る水輝の耳に、微かな声が届く。水輝は瞬きを繰り返して目を路地の奥に向けた。地面に横たえた女性が呻いているのだ。
「あ、やべ。羽根、消せないんだっけか」
女性を見つめた水輝はそう呟いて舌打ちをした。折角、処女なのに。そう胸の内で呟く。女性は何度か呻いてから目を開けた。だが水輝はその瞬間に仕方なくその路地から舞い上がった。
高速で上昇して人目につかないところにまで辿り着く。そこで水輝は深々とため息をついた。刀の峰で軽く肩を何度か叩く。
「それにしてもあのくそがき、誰に動かされやがったかなあ……。あんな術、おれはかけた覚えないし」
口の中で呟きながら水輝は次の目標に向かって移動を始めた。人のいない廃墟をうろうろしているだけならいい。が、こうして人の居住区に姿を現し始めたとなると問題だ。
自己暗示かけて死んだってのに千点かなあ。あいつ、けっこう執念深かったもんな。そう胸中で呟きながら水輝はスピードを上げた。
近頃、ちょっと体調がイマイチでして……。
気がついたら予約投稿の数が減って焦ってます。
もし途切れたらごめんなさい。