「それで、今日はわざわざこんな所まで、何の用向きかね?」
そう言いながら総一郎は奈月を見た。並んで歩きながら奈月は慌てて告げた。
「あの! メンテナンスをお願いしたいんです!」
勧められるままに大きな一枚の白い板に乗って奈月は総一郎を見た。すると軽い抵抗の後に奈月の身体が歩いていないのに動き始める。焦る奈月の横では同じように総一郎が板状のものに乗って移動している。どうやらこれは動く歩道のようなものらしい。
「うーむ……」
低く唸って総一郎が腕組みをする。その表情に僅かな変化が現れる。奈月はほんの僅か、眉を寄せる総一郎を真っ直ぐに見つめた。
「すまない。ここには奈月くんをメンテナンスできる設備も、メンテナンス要員足り得る女性も居ないのだ」
そう言って総一郎が組み合わせていた腕を解く。奈月は悲しみの目をしてそうですか、と呟いた。何となく視線を落とすと歩道らしき通路の脇に設えられた池が見える。澄んだ水の中では小さな魚が群れになって泳いでいる。池の隅にある浮き草の間には少し大きめな魚も見え隠れしている。
「いや、ここで私が行うことができないだけで、別の施設で行うことは可能だと思う。またメンテナンス要員としても、機体に実際触れた事は無いが知識はある方にお願いできるかもしれない」
それを聞いた奈月はぱっと顔を輝かせた。二人の乗った白い板状のものがゆっくりとカーブを切る。なだらかな坂を登り始めた板のスピードはやはり変わらずとても緩やかだ。
「問題は連絡をどうとるかと、君をそこまでどう送り返すかだな」
そう言って総一郎が顎に手を当てて考え込む。こういう時こそラスティくんが居てくれれば便利なのだが。続けて総一郎が呟いた言葉に奈月は目を丸くした。
「あの、ここ、もしかして、龍宝珠界ですか?」
一度だけラスティに連れられて訪れたことはある。あの時は水輝に残っているように言われ、奈月はその通りにラスティに保護してもらっていたのだ。
「そのとおりだが? もしかして知らなかったのかね?」
当り前の顔で総一郎が告げる。その面立ちは優一郎に何となく似ている。奈月はしばし唖然として総一郎を凝視した。何故、龍神でもなく宝珠とも違う総一郎が龍宝珠界にいるのだろう。
「あの扉は一方通行なのだ。栄子くんや凪くんは行き来できるらしいが、こちらから連絡をとる手段が無い」
そう言って総一郎がため息をつく。やがて白い板は止まり、奈月は促されるままに広場に降り立った。白い広場の真ん中にはテーブルと椅子が並んでいる。その上には今まさに用意したばかりという感のある紅茶と菓子皿が置かれていた。菓子皿に乗っているのは焼きたてのスフレだ。
「恩を着せるようで悪いが彼女に頼むしかないのだろうか」
勧められるままに椅子に腰掛けた奈月は思案顔の総一郎を見つめた。総一郎は椅子に腰を下ろして早速、スフレを引き寄せている。奈月もありがたくスフレの乗った皿を引き寄せた。紅茶に砂糖は、と問われて首を横に振る。総一郎はスプーンにすくった砂糖を三杯ほどカップに落とした。それでも足りなかったのか、しばし手を止めてからもう一杯、砂糖を入れてカップをスプーンでかき混ぜる。ついでにミルクを入れたところで総一郎は目を上げた。
無言で総一郎が白衣のポケットを探る。テーブルに乗せられたものを見た奈月は驚きに息を飲んだ。翠色の美しい宝珠がテーブルに乗っている。
「奈月くん。この宝珠は私が向こうの世界で偶然拾ったものだが君のものだ。これでラスティくんと取引をするといい」
奈月は総一郎と翠色の宝珠とを見比べた。震える手を伸ばしてそっと宝珠をつかむ。両手にそれを包んだところで奈月は顔を上げた。
「魔法士の契約は一般的なものよりも、さらに深いものが存在する。その契約はインタラクティブなもので君にとってはとても有効なはずだ。ラスティ君と是非その契約を結びたまえ」
そう言って総一郎がティカップを傾ける。スプーンでスフレをすくっては口に運び、たまに紅茶で喉を潤す。そんな総一郎をしばし見つめた後、奈月は手の中の龍宝珠に目を落とした。
澄んだ輝きを帯びる翠宝珠は何も語らない。
「ただ、問題はラスティくんがどこにいるかだな。少なくともタイラードに居ないのは確かなのだが……」
奈月はのろのろとスプーンを取り上げ、目の前のスフレを食べ始めた。スフレは冷めると唐突にしぼんでしまう。作ってくれた誰かのためにも温かいうちに食べなければならない。奈月はしばし黙ってスフレを食べ続けた。
この宝珠は何も語らない。どういう事情か判らないが、想いを凍らせてしまっているのだ。
「うむ。こういう時こそ超魔法士探知機を使うしかないな」
そう言うと総一郎はおもむろに立ち上がった。白衣のポケットをあちこち探した後、今度は白衣の中に着ていた服のポケットを次々に探る。やがて総一郎はズボンの後ろのポケットから何かを取り出した。丸い大きな懐中時計を思わせるそれの蓋を総一郎が開く。
「うむ。ウルスマだな」
きっぱり言って総一郎が辺りを見回す。奈月は不思議な気分でスフレを食べ終え、次いで紅茶を飲み始めた。
「奈月くんを一人で旅させるわけにはいかないな。どうすべきか」
うーん、と唸りながら総一郎が腕組みをして首を傾げる。奈月はカップに入っていた紅茶を飲み干して腰を上げた。手にした宝珠をじっと見下ろして情報を探る。想いとは別のものだったからなのか、ウルスマ国という国の情報はある程度は読めた。ここがタイラード国だとすると隣の国ということになる。
「うむ。どうするか……。
「二藍さん、ですか?」
問い返して奈月は首を傾げた。聞いたことのない名前だ。
何かアレコレ出してきました。