「うむ。もともとこの森の、と今は森は無いか。傍にあった池のほとりに住んでいた薬師の娘で、今は新街道に開かれつつある街で薬屋を手伝っている」
説明しながら総一郎が再び椅子に腰を下ろす。奈月はつられるように椅子に戻った。手にした宝珠をそっと膝に乗せる。
「必用な薬品を頼んでおいたから、そろそろ来るはずなんだが……」
そう、総一郎が言った時、どこからともなくチャイムの音が響いた。可愛い電子音が辺りに鳴り響く。その後、少女の声がした。
『ハカセー。持ってきましたよぉ』
のんびりとした声に総一郎がおお、と顔を上げる。総一郎は足を伸ばして床で軽く踵を鳴らした。すると何もなかった床が小さく口を開けてするするとホースのようなものが伸びてくる。その先に設えられたマイクらしきものに向かって総一郎は告げた。
「おお! 二藍くん! 丁度よいところに来た。入ってきたまえ」
『はーい』
どうやらこれで外に声を飛ばせるらしい。ふむふむ、と奈月は感心してそれを見た。総一郎が再度、踵で軽く床を叩く。するとそれはまた静かに床に潜っていった。やがて小さく開いた床の口が閉じる。
「おーまーたーせー。……あれ? おきゃくさ」
お客さんですか。そう言おうとしていたのだろう。声の主が不自然なところで言葉を切る。奈月は肩越しに見返って現れた少女に会釈をした。少女は奈月と外見年齢はほぼ同じくらいだ。青白い髪と瞳をしている。その少女は声をなくして広場の隅で固まってしまっていた。そんな少女に総一郎が手招きをする。
「二藍くん、どうしたのかね?」
「ええっと」
なるほど、この少女が二藍らしい。総一郎に訊ねられて二藍が頭をかく。それから恐る恐るといった態で二藍は奈月に近付いた。
「はっ、初めまして。二藍と言います」
奈月に向かって二藍が頭を下げる。その腕には大きな布製の袋が抱えられている。奈月はにっこりと笑って椅子から腰を上げた。
「奈月ともうします。よろしくお願いします」
言って奈月も頭を下げた。すると二藍が奈月、奈月、と口の中で奈月の名を繰り返す。しばし繰り返してから二藍は不安そうに総一郎を見た。
「もしかしてこの人、ハカセと同じ?」
腕に抱えていた袋をテーブルに乗せながら二藍が小声で言う。
「いや。私とは違う。君は少し魔法をかじっていたな。金色の姫、と言えばわかるだろうか?」
「うひぃ!?」
素っ頓狂な声をあげて二藍がざざざざ、とテーブルから離れていく。その反応に不思議なものを覚えて奈月は総一郎と二藍とを見比べた。そいえば最近、呪文変わったっけ。二藍がそんなことをぼやいている。
「なっ、何でそんなたいそーな人がこんなとこに」
「君に頼みたいことがある。この娘をウルスマに居るであろうラスティ君の元に連れて行って欲しいのだ。それほど遠い所ではないが、土地勘の無い奈月くんを一人で行かせる訳には行かないからな」
そう言って総一郎がテーブルに乗せられた大きな布袋の中身を改めはじめる。二藍は瞬きを何度か繰り返して奈月と総一郎を見比べる。
「そっ、そりゃ、ウルスマくらいならぺぺっと行けますけど……な、何でラスティ様?」
少し低めの声で言ってから二藍が舐めるように奈月を見る。
「心配しなくていい。奈月くんはラスティくんの恋人でもなんでも無い。奈月くんは青龍王の物だからな」
二藍の視線に多少の居心地の悪さを覚えていた奈月はそれを聞いて目を見開いた。自分がラスティの恋人である筈がない。何故ならラスティは。そこまで考えて奈月は軽く呻いて額に指をあてがった。そういえば最初、自分もラスティを男性だと勘違いしていた記憶がある。
「あっ、そなの? なーんだ」
急に安心したように二藍が笑う。それですっかり落ち着いたのか、二藍は気さくな笑みを浮かべて奈月に寄ってきた。
「奈月くんは、魔法士としてのラスティくんと取引に行くのだ。君もその取引に一口乗っていいと思う。婚約の誓いの真偽をきっちり確かめてくるといい。報酬はそれで構わないかな?」
「おおっ、ハカセ、賢い!」
それなら逃げられないもんねっ。二藍が嬉しそうに言って指を鳴らす。奈月はぎょっとして傍に立つ二藍を見上げた。二藍はうっとりした顔で胸の前に手を組み合わせ、目をきらきらと輝かせている。
「あの時のことが忘れらんなくてさー。今でも思い出すと身体が疼くんだよねー」
衒いもなく言い切った二藍をしばし唖然と見てから奈月は慌てて総一郎を見た。が、総一郎は全てを知ったかのような顔でうんうんと頷いている。奈月はぎこちなく二藍に目を戻した。
肩までの髪、愛らしい顔、それから奈月はじっと二藍の胸元を見た。二藍の胸には紛れもなく二つの膨らみがある。腰は細くくびれ、全体的に二藍の身体はほっそりとしている。とても男性とは思えない。
「奈月くん、どうかしたのかね?」
急に声をかけられた奈月は慌てて首を横に振った。
「い、いいえ、何でも、何でもないです!」
まさか二藍の性別を疑っていたとも言えず、奈月は焦ってそう言った。二藍はうっとりとした面持ちで遠くを見つめている。
「はっ! こうしちゃいられないわっ」
唐突にそう叫んで二藍はいきなり奈月の手を取った。早速、支度しないとね! そう叫ぶなり、二藍は奈月の手を引いてその場を駆け出した。引っ張られるままに駆けながら奈月は慌てて後ろを振り向いた。
「総一郎さん、それでは、また! またお会いしましょう!」
遠ざかる総一郎に向かって声を張り上げる。総一郎はそんな奈月を見送りながらのんびりと手を振っていた。
二藍もある意味で強キャラです……。