ふと、多輝が足を止める。いつの間にか多輝の前には三人の女性が立っていた。真っ黒な服がまるで喪服のようだ。
「こんにちは。僕は吉良優一郎と申します。こちらは雨宮多輝」
そう言って優一郎は一歩前に出た。三人の女性がそれぞれに優一郎と多輝とを見る。そして真ん中に立っていた女性がおもむろに口を開いた。
「冥界の門に何用か」
静かな声で問われる。優一郎は多輝を見て三人の女性に向き直った。
「黒妖牙さんに会いにきました」
にっこりと笑い、優一郎は三人の顔を順繰りに見た。どの女性も年若く、美しい。が、その美しさには冷ややかなものが加わっており、きれいというよりはどこか怖い印象もある。
また真ん中に立っていた女性が口を開く。
「我が主の許に生者は連れて行けぬ」
また静かな声に言われる。その答えに優一郎は眉を寄せた。だが優一郎が口を開く前に多輝が虚ろな眼差しのまま、いきなり吐き捨てる。
「うるせえ。ぼんくらのとこにとっとと案内しやがれ。このへぼ犬ども」
きっぱりと多輝が言い切った瞬間、三人の女性が頬を引きつらせた。それから慌てたように三人が固まり、何事かをこそこそと言い合う。そんな彼女たちを見てから優一郎は呆れた目で多輝を見た。だが多輝の横顔には感情らしいものは浮かんでいない。
「手荒な事は最小限にしたいので。連れて行けないというなら、お手数ですが黒妖牙さんにここに出向いていただけないでしょうか? 今回の件のツケは立城さんにと伝言お願いします」
「それは止めろ」
すかさず隣に立つ多輝が制止の声を挟む。にっこりと笑っていた優一郎は肘で多輝のわき腹を小突いた。三人で固まっていた女性たちがこそこそと言い合いながらちらちらと優一郎と多輝を見る。
「多輝。君の主は僕だ」
小声で言うと多輝は舌打ちをして黙った。だが不思議とまだ多輝の顔にも目にも感情らしいものは浮かんでいない。
「とっ、時におききするが」
三人の中の一番背の高い女性が裏返った声で告げる。優一郎は笑顔でなんでしょう、と問い返した。困惑した顔をした女性は多輝を指差して震える声で告げた。
「そこの御仁は何者かえ?」
先ほどまでの冷たい印象は今の女性たちにはない。優一郎は女性たちと多輝とを見比べて肩を竦めた。
「僕には、雨宮多輝に見えます」
あなたがたには違って見えるんですか? そう続けて優一郎はにっこりと極上の笑みを浮かべてみせた。女性たちがまた固まってひそひそと話を始める。それを眺めていた優一郎の肩を多輝がつつく。なに、と小声で問うと多輝は少しだけ目を細めて告げた。
「喋ってもいいか?」
「いいよ」
頷きながら優一郎は許可を出した。すると多輝が女性たちに声を張り上げる。
「お仕置きされたい奴!」
唐突に多輝が告げると三人がびくん、と身体を震わせてさっと挙手する。その直後、彼女たちはそれぞれが顔を見合わせて焦りながら手を下ろした。ふん、と鼻を鳴らして多輝は歩き出した。もう止める気はないのだろう。三人が怯えたように多輝を見ながら道を譲る。多輝の後に続きながら優一郎は思わず苦笑した。
「お仕置きしなくてよかったの?」
笑いながらの優一郎の問いに多輝はすぐには答えなかった。しばらく行くと歩いているところが緩やかな下り坂になる。その坂をゆっくりと降りながら多輝は殆ど聞こえない声で言った。
「そのうち、気が向いたらする」
多輝は振り返らない。手を引かれながら優一郎はその背中になるほどね、と声をかけた。
「なるほど、多輝。権利保留ってわけだね。一人分けてくれないかな?」
「ただの犬だぞ、あれは。それでもいいなら勝手に持っていけ」
感情のこもらない声で多輝が答える。へえ、と笑って優一郎は振り返ってみた。だがもう、あの女性たちの姿は見えない。あの怯え方から見ると、相当に酷い真似をされていたのではないだろうか。
「じゃあ遠慮なく」
好きにしろ、とだけ答えて多輝はまた黙り込んだ。冥界の者など資料にしたことはない。きっと色々な研究に使えるだろう。優一郎は歩きながらどんな実験をしようかと考えを巡らせた。
やがて前方に黒いものが見え始める。なだらかな坂の下にその扉はあった。漆黒の扉は巨大で見えているのになかなか近くならない。
「やっぱり呼ぶしかないかな。黒妖牙さん! 来て下さい。ツケは立城さん払いです」
「無駄だ。あの扉が動いたらそれはそれで不気味だろう」
きっぱりと多輝が告げる。優一郎は眉を軽く寄せて多輝を睨んだ。多輝は相変わらず虚ろな眼差しをしている。その横顔からも感情は読めない。おまけにいつもはゆるゆるに開いている思惟の口はがっちりと閉じているのだ。これでは考えていることを読むことも出来ない。
「向こうから来てもらわない限り、会えないと思うけど」
不服をこめて告げた優一郎に多輝がまた淡々と返す。
「行ける。問題はここから一日ほどかかることだ」
それを聞いた優一郎はぐったりとその場にしゃがみ込んだ。手を繋いでいた優一郎につられて多輝がつんのめるようにして足を止める。
「何しやがる!」
そう喚いた直後、多輝が慌てたように口を手で押さえる。優一郎は上目遣いにそんな多輝をねめつけた。
「疲れたよ。ちょっと休もう」
瞬きで険のある表情を消し、優一郎はにっこりと多輝に笑みかけた。多輝が仕方なさそうにため息をついてその場に座る。だが頑として優一郎の手を握ったままだ。優一郎は小さく笑って繋いでいる方の手を軽く持ち上げた。
多輝の中身……ww