「まあ、叩き起こされたおかげでちょっとオレも助かったからな。送ってやる」
そう言いながら黒妖牙は扉を越えた。それと同時に扉が軋みをあげて閉じていく。ちょっと待っていろ、と黒妖牙は優一郎に言い置いてから両手に鎌を握った。優一郎は多輝を抱えたまま、少し黒妖牙から距離を取った。黒妖牙が口の中で何かを呟く。その直後、黒妖牙は鎌を大きく左右に一閃した。その瞬間、凄まじい衝撃と共に鎌から闇色の力が飛んでいく。灰色の景色に吸い込まれ、しばしの後、大きな破裂音と衝撃がその場を襲った。
「ばかが。勝手に出ようとした報いだ」
ぼそりと黒妖牙が呟く。どうやら遠く離れた何かを撃ったらしい。衝撃が収まったのを見計らって優一郎は屈めていた腰を上げた。ちらりと扉の前にうずくまっている赤い頭の者を見る。が、それはさっきと全く同じ格好でうずくまったままだ。
「で? 帰りの扉か」
不機嫌そうに言って黒妖牙が左手に鎌を持ち直し、右手を前方に差し伸べる。その指が宙をなぞっていく。
「あの、ついでだから誓約交わしませんか?」
優一郎はにっこりと笑ってそう黒妖牙に言った。すると黒妖牙がもの凄く嫌そうに顔をしかめる。
「断る。これ以上、面倒が増えてたまるか」
すげなく言いながら黒妖牙が指で宙に白い線を引いていく。
「我、誓約の管理者として正規の手順を経ずしてこの地を抜けようと試みるものに、轟々たる言霊の烙印を押さん。冥府の門よ我が誓約に応じよ」
「うを!?」
黒妖牙が焦った声を上げて優一郎を凝視する。
「目覚まし、あったほうがいいですよね」
にっこりと笑って優一郎は首を傾げてみせた。黒妖牙が片方の頬をひくつかせる。もしかしてこれからもの凄く煩いんじゃあ。呆然とそう呟く黒妖牙に優一郎は極上の微笑みを向けた。
「あと、ここに来る途中で会いました三人の女性が僕達のお仕置きを受けたいと志願なされましたので。僕は一番右の方をよろしくお願いしますね」
「は? もしかしてあの調教犬たちか」
渋々と宙に線を再び引き始めた黒妖牙が呆れた顔で言う。あれはなあ、と黒妖牙がぼやく。
「冥府の番犬ってもっと強面だと思ってました」
「オレがそんな気持ち悪いもの傍に置くはずがないだろ。見た目は美女ばかりだぞ、犬は」
そう説明してから黒妖牙はでもなあ、とまだぼやく。どうやら黒妖牙はいつも美女に囲まれているようだが、中でもあの三人は気になるようだ。
「代わりに、うちの人形の一人を黒妖牙さんの好みに仕立てましょうか? 差し上げるわけにはいきませんけど、抱くだけならいつでもどうぞ」
「いや、別に持ってかれるのは全然構わないんだが……」
それに抱く女には事欠いていない。そう続けてから黒妖牙はしかめ面で続けた。
「実はあの三匹な。オレの目の届かないところで調教されたらしくてな。あっという間に骨抜きにされちまった」
そう言いながら左手に持っていた鎌の柄を肩に預け、黒妖牙が頭をかく。そうしながらも黒妖牙の右の指は静かに宙に線を描いていく。
「それは逆に危険ですね。三方とも引き取りましょうか?」
にっこりと笑って優一郎はそう申し出てみた。すると黒妖牙が横目に優一郎をしばし見てから口許を僅かに緩める。どうやら苦笑しているつもりらしい。
「いい根性だ。父親そっくりだな」
小さく笑って黒妖牙が告げる。それから黒妖牙は左手の指を口許にあてがい、高い指笛を吹いた。その直後、一陣の風がその場に吹き付ける。黒い風と思われたものは瞬く間に三人の女性の姿となった。先ほど見た三人が黒妖牙の前に跪く。
「お呼びでしょうか」
黒妖牙の前に並んだ三人が声を揃えて言う。黒妖牙は喉の奥で笑って優一郎を顎で指した。
「お前ら、たった今からこいつのものになれ」
「は!?」
三人がまた声を揃えて顔を上げる。三人はひそひそと小声で何事かを話しながらちらちらと優一郎を見る。いや、主に彼女たちが見ていたのは優一郎が腕に抱えた多輝だった。さっきは違ったわよね、という小さな声が聞こえてくる。
「やかましい! オレの命令だ!」
「はぃぃぃ」
三人が黒妖牙の怒声に驚いたような声を返す。優一郎はにこやかな笑みをたたえて三人をそれぞれに見た。まるで泰蔵のところで見たあの三人のように、タイプはばらばらに分かれている。一人は幼さの残る顔立ち、一人は冷ややかな氷を思わせる美女、もう一人はちょうど、優一郎や斎姫たちと同じ年頃に見える。その面立ちはそれぞれとてもよく整っている。
「僕が主では不満かな?」
にっこりと笑って優一郎は首を傾げてみせた。三人が顔を寄せ合ってひそひそと話をした後、中の一人がはい、と手を上げる。どうやら質問があるらしい。それを察して優一郎は頷いてみせた。
「あの、その……せ、せ、せ」
「頑張るのよっ」
「ちゃんと言わないとしてくれないかも知れないわ!」
発言しようと手を上げた女性を他の二人が口々に励ます。それを受けて発言半ばでどもった女性が決意したように頷いた。
「せっくすはしてくれますか!?」
大音声で言った女性を黒妖牙が機嫌悪そうに睨む。だが主が移ったとはっきり自覚しているからだろう。手は出さない。
「もちろん。とりあえず帰ったら、存分に」
とりあえず性欲処理用の相手が出来てよかった。そんなことを思いながら優一郎はにっこりと女性たちに微笑みかけてみせた。すると黄色い歓声が三人の間に上がる。だが彼女たちを横目に黒妖牙がぼそりと呟く。
「お前ら、それを言うなら折檻の間違いじゃねえのか」
そう言いながらも黒妖牙は最後の線を引き終えた。四角く描かれた線の内側が白く輝き始める。
「それでは、また。むらさきの方にも今回の事は伝えておきます」
光り輝く扉に歩み出しながら優一郎は黒妖牙に声を投げかけた。すると黒妖牙がもの凄く嫌な顔をして首をぶんぶんと強く横に振る。
「言わなくていい、言わなくて! というか、言うな! 頼むから!」
そう叫んだ黒妖牙に笑顔で応えて優一郎は光の扉をくぐった。歓声を上げて後から三人の女性がついてくる。真っ白な輝きに視界が覆われ、優一郎は腕にしっかりと多輝を抱いて冥界を抜けた。
黒妖牙は紫がアレなんですよw