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手にした札を投げてラスティは膨れ面でテーブルに足を乗せた。勢いよくテーブルを蹴った拍子に乗っていたグラスが揺れて入っていた果実酒が少し零れる。
「くっそー。連敗かよ」
「へっへっへ、悪いなにーちゃん」
青と白のまだらの髪をした若い男がラスティの前に積んであった金貨の一部をごっそりとさらっていく。けっ、と喉の奥で言ってからラスティはテーブルに手を伸ばした。グラスになみなみと注がれた果実酒を半分ほど一気に飲む。
「次は勝つ!」
そう宣言してラスティは足を下ろして改めてテーブルに向かった。両脇を固めていた若い女が黄色い歓声を上げる。新たに配られた数枚の札を片手にラスティは金貨の山から一握りほど取り分けて、テーブルの前に叩きつけるようにして置いた。一緒にテーブルを囲んでいる男たちがそれぞれに掛け金を出す。
ウルスマ国の中心地のとある酒場でラスティはしばし賭け事に耽っていた。勝っては負け、負けては勝ちを繰り返しているうちに夜も更け、次第に店の中の客の数が減っていく。
「っだー! こら! 勝ち逃げすんな!」
「あっはは。悪いな、にーちゃん!」
同じテーブルについていた最後の男が上機嫌に片手を上げて帰っていく。一人、取り残される格好になったラスティは低く呻いてテーブルに突っ伏した。使い込まれたテーブルにぺたりと頬をつける。酔って火照った顔をしばし冷やしてからラスティはのろのろと頭を上げた。
残っていた金を皮の袋に移す。隣を陣取っていた女たちもいつの間にかいなくなっている。ラスティは欠伸をしながら金を納めると立ち上がった。店内を掃除していた男が苦笑してラスティに声を投げる。
「お客さん。部屋までお供しようか?」
「あー、いい。一人でいける」
この酒場には宿がついている。ラスティは男に手を上げてふらりと歩き出した。木作りのこの店は古さの割に清潔感があるため、ラスティもよく利用する。見慣れた階段を上がりながらラスティはふと、店のフロアを見下ろした。いつの間にか客は自分だけになっていたらしい。誰もいなくなった店内を店主が懸命に掃除している。ラスティのついていた以外のテーブルと椅子は全て店の端に寄せられ、広々とした床を店主はモップを持って歩いていた。
「そういえば、お客さんはタイラードのお人でしたっけか」
階段の手すりにもたれてぼんやりと店内を見下ろしていたラスティに声がかかる。ラスティは店主にああ、と頷いてみせた。一昔前なら考えられなかった会話だ。タイラードの国の民は隠遁の民。余所の国にその存在すら確認されることは殆どなかった。
だがある時を境にタイラードの名は世界中に知れ渡った。今はもう、人々はこの店主のようにタイラードの名を当り前に口にする。
「最近、多いですよー。タイラードから来る人も。平和になった証拠ですかね」
店主が太い腹を揺すって笑う。ラスティはそれを見ながらそうかもな、と無難に答えた。今は隠す必要もなくなった翠色の髪を、ラスティは何となくもてあそんだ。三つ編みに結わえた髪を指先で挟んでみる。
「そういえばお客さん、魔法士でしょ? 長く滞在されるなら、どうです? うちの店に飾りの一つも仕掛けてくださりませんかね」
気楽に笑いながら店主が告げる。あー、と力なく声をあげてからラスティは苦笑した。
「客寄せか?」
確かにこの界隈にはここと似た酒場も多くある。そんな中で客をより多く拾おうとするとそれなりに呼び物が必要になる。が、歌うたいや踊り子を雇うとなるとけっこうな値が張るのだ。
ラスティは手すりにつかまってゆっくりと店内に戻った。おお、と笑って店主が手早く残っていたテーブルと椅子を退ける。丸いテーブルが十も並べばいっぱいになるこじんまりとした店だ。そのフロアの真ん中に立ってラスティはしばし思案した。
「見えるのは店をやってる間だけでいいのか?」
「そりゃあもう。十分ですよ」
店主が嬉しそうに笑って頷く。判った、と呟いてラスティは右手を掲げた。口の中で呪文を詠唱して手早く力を集める。色とりどりの光が珠の形になってラスティの手の中に集まってくる。それを見た店主が口笛を吹く。
「こりゃおったまげた。あんた、かなりの使い手なのかい?」
「まあ、そこそこにな」
店主の感嘆の声にてきとうに答えてラスティは集まった力を両手の中に引き寄せた。胸の前にあげた両手の中で力がゆっくりと渦を巻く。それを左手の上に維持したまま、ラスティは右手の指を床に向けた。光の線が床に描かれる。魔法陣を描き終えてからラスティは左手に乗せた力をゆっくりと床に落とした。
力が魔法陣の中央に緩やかに落ちる。その瞬間、魔法陣全体が一気に光を帯びた。温度のない光が店内に満ちる。光が納まった後、店の天井から淡い色の光の花びらが降り注いだ。床に幻影の花びらが静かに降り積もり、ある程度の時間を過ぎるとそれが今度は美しい花畑へと変化する。風もないのに花が揺れたかと思うと、今度は花畑が端から溶け、水面に変化する。水面を幻影の魚が泳ぎ、時折水飛沫を立てる。が、その水飛沫も幻影で、触れても濡れることはない。
時間と共にラスティの仕掛けた飾りは次々に変化した。水面が草原に、そして渓谷に変化する。そして最後には満天の星空が店内に広がった。煌く星々に囲まれた店主がおっかなびっくりの顔でラスティに近付く。
「まあ、こんなもんだろ。時間調整も制限も望みなら好きなように出来る」
術を掛け終えたラスティは三つ編みを弾いて店主に声をかけた。ああ、と力ない声で言った店主が周囲を慌ただしく見回す。
「こ、こりゃあすごい」
「女受けする方が繁盛するだろ?」
にやりと笑ってラスティは軽く手を振った。するとそれまで展開されていた星空があっという間に消え失せる。ラスティは手の中に残っていた力を宝石の形に変えて店主に渡した。店主が恐々と翠色の丸い宝石を受け取る。
「この宝石にあんたの名で命じれば、いつでもさっきの幻影は出せるし消せる。試しにやってみな」
そう言ってラスティは顎をしゃくった。すると店主が何度か頷いて宝石に語りかける。すると消えていた幻影が再び現れた。
「いちいち、店の営業時間を気にしてるより、こっちのが融通きくだろ」
「あ、ああ! こりゃいいや! 大したもんだね、あんた!」
心から嬉しそうな顔で笑って店主が頷く。ラスティは笑っていいって、と答えた。
ラスティはこの時期、やりたい放題です。