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「あのとんでもハカセか。全く、ろくでもないことばっか言いやがって」
グラスを半分ほど満たしたところでラスティは一度、手を止めた。それで、と奈月を横目に見る。
「ラスティさん、わたしのこと、嫌いになったんですか?」
目に涙を浮かべて奈月が小声で言う。その横で二藍が目を丸くして奈月とラスティとを見比べる。どいつもこいつも、とラスティは口の中でぼやいてため息をついた。淡い色のついた酒を一気に飲み干す。
「俺がどう思おうと関係ないだろう。それに二藍。てめえもいいかげんにつきまとうの止めろ。鬱陶しいんだよ」
不機嫌に言い放ち、ラスティは腰を上げた。酔いの回った身体が無意識にふらつく。足に力をこめて何とか立ち上がってからラスティはグラスで二人の少女をかわるがわるに示した。
「契約なんざしねえ。あんたはさっさとあっちに帰れ。てめえもとっとと戻れ。二度と俺の前に姿を見せるな」
それだけ言ってラスティは踵を返した。
「待ってください。総一郎さんの仰っていた意味がわかりました。わたし、総一郎さんから交渉に使うようにと渡されている珠があるんです。見てください」
ラスティは歩き出そうとしていた足をぴたりと止め、肩越しにゆらりと振り返った。奈月がいそいそとどこかからそれを取り出す。ラスティは奈月に向き直って手にされた珠をじっと見つめた。
「何だ。脅迫か」
呆れて呟いてラスティは奈月を睨みつけた。奈月が手に持っている龍宝珠が常磐のなれの果てだということはわかっている。
「あの、なぜ脅迫になるんですか? ラスティさんは言われ無き中傷をなさる方では無かったはずです。それに二藍さんに対する態度も酷すぎます。説明してください」
奈月が真っ直ぐにラスティを見つめて告げる。ラスティははっ、と乾いた声で笑ってからグラスで奈月の持つ龍宝珠を示してみせた。
「あんたはこっちに用はない筈だろ。それを持ってとっとと向こうに帰れっつってんだ。……二藍ももう家に帰れ」
そう言ってからラスティは左手にぶら下げた酒瓶に直に口をつけた。
「わたしの契約の件はとりあえずいいです。二藍さんの件について説明してください。ラスティさん、歪みに染まってます。二藍さんに暴言を吐いたとき、歪みが深くなりました」
きっぱりと言った奈月をしばし見つめてからラスティは二藍に目を向けた。二藍は奈月の横に座って俯いてしまっている。その膝に乗せられたこぶしが震えている。それを見てラスティは軽く右手を振った。握っていたグラスが弧を描いて二藍の足元に落ち、砕けて散る。びくん、と震えた二藍が泣きそうな顔をして頭を上げる。
「そいつはな。俺がいろいろ実験したんだよ。常磐がやるようなことが、本当に女に効くのかどうか、試した」
笑い混じりに告げてラスティは酒瓶を傾けた。喉の奥に酒を流し込んでから二藍を指差す。二藍は涙を浮かべてラスティを見つめている。ラスティはそれを嘲笑して続けた。
「俺がしたのはただの実験だ。てめえなんかに本気で惚れるかよ、ばーか」
そうラスティが告げた瞬間、二藍の目から涙が伝った。
「何をなさったんですか! 説明してください!」
怒りに目を吊り上げて奈月が立ち上がる。そんな奈月を横から慌てたように二藍が押さえる。
「い、いいの! 奈月さん、いいから怒らないで! アタシ、知ってたから!」
殆ど悲鳴のような声で言って二藍が奈月の腕をつかんで椅子に引っ張り戻す。ラスティはふん、と鼻で笑って二人を交互に見た。
「で? 用はそれだけか?」
そう言いながらラスティはその場によろけた。おっと、と呟いてバランスを取る。
「あっ、はい。わかりました。えっと、なんとかできると思います。ラスティさんを参考にすればいいんですよね? 大丈夫です」
奈月がぼそぼそと何かを告げる。ラスティは眉を寄せてそれを見ながら酒瓶を傾けた。半分ほどに減った果実酒を何口か飲んで奈月を指差す。
「余計なことはすんなよ。大体、あんたはここではルール違反だろうが。自分の世界で好きに暴れてくれてりゃいいんだよ」
「我、浄化を司るものとして我が翠宝珠と契約せん。死せる龍の宝珠の集う界の歪みの除去を、我が翠宝珠に命ず!」
流れるように奈月が告げる。ラスティは舌打ちをして踵を返した。どいつもこいつも、と呟いて歩き出す。ラスティは自分に向かってきた翠色の力を右手を振って避けた。防いだ力が弾けて散る。おもむろに振り返ってラスティは低い声を出した。
「どいつもこいつもうぜえんだよ! 力があれば何してもいいってのか!?」
ラスティは声を叩きつけて壁際で立ち止まった。振り返って壁に寄りかかり、左手の瓶を傾ける。ぐらつく視界の中で二藍が泣いているのが見える。その横に座る奈月は真っ直ぐにラスティを見つめていた。
「お前も力あるものだ。お前の持つ力に比べれば、そこの娘の持つ力など些少なものだろう。しかし、力には義務と責任が伴うんだ」
静かな声が聞こえる。ラスティは勘弁してくれ、と呟きながら壁伝いに床に沈んだ。額を覆って乾いた声で笑う。
「……帰れ。契約が成立したならここにいる必要もないだろう」
掠れた声で呟くように告げてラスティは再び立ち上がった。壁伝いに進んでドアに手をかける。
「残念だがそうもいかなくなった。歪みを正さなければいけないそうだ」
静かな声に混ざって苦笑するイメージが伝わってくる。ラスティは肩越しに振り返ってそれを見た。奈月の傍らに陽炎のように人影が浮かんでいる。ラスティは鋭く舌打ちをして重い身体を動かしてドアにもたれかかった。
「大きな世話だ。……あんたも余計な真似をすんなよ。いいかげん、むかつくんだよ」
ラスティはそう吐き捨てて奈月を睨みつけた。
「二重結界を超えるのは通常時のお前でも難しいだろう。ましてや、今のお前では」
「……やかましい」
このための結界かよ。ラスティは胸の内で呟いて目の前にいる三人を順繰りに睨みつけた。
常磐が復活しましたw