「とりあえず見せてもらうぞ。二藍という娘にお前が何をしたのかを」
人影が静かな嗤いを浮かべる。阿呆か、と呟いてラスティは酒瓶から酒を煽った。酒に濡れた口許を乱暴に袖で拭ってそれを睨みつける。
「わざわざ見る必要なんざねえだろうが。てめえが俺にしてたこと、そっくりそのまましてやっただけだ」
「なら、なおさら確認する必用があるな。では見せてもらおう」
ゆらりと常磐が手を掲げる。ラスティは舌打ちをしてドアに手をあてがった。酒瓶を傾けて嗤う。
「なあ、知ってるか? 魔法士は結界を展開する際、万が一の為に抜け道の一つや二つ、用意しとくもんなんだぜ」
ラスティはそう告げて結界のほつれをたぐり寄せた。素早く呪文を詠唱して一気に力を叩き込む。その瞬間、ラスティの身体は音もなく床に飲み込まれた。あっという間に視界が開ける。店主がまだ掃除をしているフロアに飛び降りる。
「だ、だんな!?」
「よっ。わりいな。これ、代金」
腰につけていた布袋ごと店主に放ってラスティは素早く次の呪文を詠唱した。空気の揺らぎに迷いなく身を躍らせる。
「馬鹿が。一時逃げ延びたところで、どうにかなると思っているのか」
不意に背後から声が聞こえる。ラスティは舌打ちをして振り返った。
「聞くなら二藍に聞け! そしてお前もさっさと向こうに行きやがれ!」
時空の狭間を頼りない足取りでラスティは歩いた。その後ろから望みもしないのに常磐が追いかけてくる。
「鈍ったな」
ぽつりと常磐が漏らす。それを聞いたラスティは目を吊り上げた。あー、そうですかい。険を含んだ声で答えながら出口を開く。
一気に視界が開ける。そよ風に揺れる草原に降り立ったところでラスティはがくん、と膝をついた。
「酒などに溺れるからだ。もう、逃げる力はないだろう」
静かな声が聞こえる。ラスティはふん、と鼻で笑ってその場にへたり込んだ。残っていた酒を煽りながら寝転がる。空には本物の満天の星が煌いている。残っていた酒を一気に飲み干してからラスティは空になった瓶を転がした。
「持ち主に戻ったんだからさっさとあっちに行けよ。お前も」
ため息混じりに告げてラスティはぼんやりと星を見上げた。
「契約だからな。こちらの世界の歪みを正す役目を仰せつかってしまった」
そう言いながら常磐が苦笑する。だが笑う常磐の姿は見慣れていたものとは違い、ぼやけていて頼りない。そう、消える直前の姿にとてもよく似ている。
「こっちのことはこっちのやつらにやらせりゃいいだろうがよ……」
そうぼやきながらラスティは少し離れたところに立つ常磐を見た。常磐は困ったように笑っている。それを見たラスティはばーか、と呟いた。
「どいつもこいつも勝手なことばっかしやがって。大体、あの女は何なんだ。こっちに来ていいやつじゃねえだろが」
「酒に溺れて自ら歪みを孕む守護神が居る状況では仕方なかろう」
半ば呆れたように常磐が反論する。けっ、と喉の奥で言ってからラスティは星空に目を戻した。
「あほくせ。どうせ二藍も一方的に婚約だの何だの言ってるだけだろうが。言っとくが、俺はそんな約束した覚えはからっきしねえんだからな」
酔いが回ったラスティの喋り方はいつもと違い、妙に怪しい。だがそのことをラスティは自覚していなかった。
「お前は子供のままなのだな。俺の責任か」
静かに常磐が問う。ラスティは少し目を細めて乾いた声で笑った。
「俺の体のことか? これはあのくそむかつく青龍神のせいだ。常磐のせいじゃない」
あの時。奈月を保護していた僅かの時間にもラスティは夜空を見る機会があった。あの時に見た空と似た空が天に広がっている。
「体の事では無い。精神や知識が子供のままだという意味だ」
「あー?」
機嫌悪く眉を寄せてラスティは常磐を見た。常磐はいつの間にか草原に腰を下ろしている。知るかよ、と悪態をついてラスティは再び空に目を戻した。
「知らないでは済まされない。半分はきちんと教育しなかった俺の罪だがな」
「だから別に俺のことはいいだろが! お前はさっさとあの女とあっちの世界に戻れ!」
そう喚いてラスティは疲れた息を吐いた。常磐は静かにラスティを見つめている。
「だから俺には責任を果たす義務があるのだ。悪いが見せてもらうぞ」
不意に身体が浮く。ラスティは急に腕を取られて慌てた声を上げた。常磐がラスティの額に唇を落とす。うわ、と力ない声をあげてラスティは常磐を引き剥がそうとした。が、身体に上手く力が入らない。
「いったい何人食ったんだ……」
やがてラスティの額から唇を離して常磐が呆れたように告げる。ラスティは知るか、と返してそっぽを向いた。常磐の膝の上に上半身を預けたままため息をつく。
「だって判んなかったし」
しばしの間の後、ラスティは呟くように告げた。
「根本の責任は俺にあるな。とりあえず、あの娘以外は遊びとして解決しているようだから、他については不問にしよう」
ため息混じりに常磐が告げる。ラスティは眉を寄せて間近にいる常磐を睨んだ。
「二藍とも別に約束なんざしてないぞ?」
ただ、二藍は近所に住んでいるということもあって、他の女とは違い、数回に渡って実験をしただけだ。ラスティは淡々とそう告げた。すると常磐が嫌そうに顔をしかめる。
「近所に住んでいる女は他にも居る。その中からどうしてあの娘を選んだんだ?」
「暇そうだったから」
きっぱりとラスティは返した。あの頃、二藍は薬師を目指して修行中の身だった。師匠である父親が家を留守がちにしていたこともあり、二藍は近くの森でよく一人で遊んでいたのだ。
「どう言って誘ったか思い出せるか?」
言われてラスティはしばし考えた。記憶を遡って当時のことを出来るだけはっきりと思い出そうとする。
常磐がけっこう苛々していますw