※この作品はR-18です。

【書籍化】クラスで2番目に可愛いボーイッシュ幼馴染を、二泊三日の修学旅行で寝取って種付けセックス漬けにする話   作:月見ハク

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幼馴染からほろ苦いバレンタインチョコをもらった・前編(百六十九日目・金 午後)

 朝の冷たい空気で、目が覚めた。

 

 視界いっぱいに、見慣れた自分の部屋の天井がある。

 ベッドの上でぐっと伸びをして、いつものように窓に向かう。

 

 開けると、ひんやりとした風が吹き込んできて体が震える。

 

「さむっ……」

 

 スマホのトップ画面には『二月十三日』と、今日の日付が表示されていた。

 

 あのクリスマスの夜から、一カ月半。

 彼女と最後にセックスをしてから、もう三カ月が過ぎようとしていた。

 

 思えばあっという間だったな…………とは決していえない。

 

 大晦日も正月も俺は仕事漬けだったけど、なんとか初詣だけは参加できた。

 オレンジ色の振袖を着たアヤの姿は、いまだに脳裏に焼き付いている。あの衝撃は一生忘れないだろう。

 

 「レンタルなんだけど」とはにかみながら頬を染める彼女は、その場にいた参拝客たちの視線を集めていた。

 部活で鍛えた体幹と持ち前の姿勢の良さで、アヤは振袖を完璧に着こなしていて、それが凄まじい色気を醸し出していたのだ。

 

 着物を脱がして犯したい衝動を抑えるのに、すごく苦労したのを覚えている。

 

 相変わらずアヤを見るたびに抱きたくなったし、一緒にいるだけで襲いたくなった。

 自分で決めたこととはいえ、次々に湧き上がる煩悩を我慢するのはまるで拷問のようだった。

 

 

 一月の受験が終わると、俺はいよいよ平日も仕事に費やし始めた。

 

 おかげでアヤとの時間は朝の登校時と昼休み、後はメールでちょこちょことやり取りをするくらいだったと思う。

 

 

「ふぅ……」

 

 二月の冷え込んだ空を眺めながら深呼吸をする。

 

 吐く息はまだ白い。スマホの天気予報によれば今夜あたり雪が降るそうだ。

 

 長かった試練の日々も、もう終わりだ。

 

 昨日の夜、彼女と交わしたメールを見返す。

 

『受かったよ』

 

『俺も受かった』

 

 たった二通の短いやり取り。

 

 でも、それ以上の言葉はいらない。

 大事なことは会って伝え合う。それが俺たちの暗黙の了解だった。とはいえ。

 

「本当によかった」

 

 小さくつぶやく。

 

 あまりに嬉しくて、昨夜はこの短い文面を夜明けまで眺めていた。おかげで今日はだいぶ寝不足だ。

 

 二人一緒に大学へ進学する。

 直感が導くゴールの中で最良のものを、俺たちはつかみ取った。

 

 後は……俺の勝負だ。

 

「リュウジ~あんた学校は? って、さんむっ!」

 

 いつの間にか姉貴が部屋の入り口に立っていた。

 

「午前中は休む。千春さんに専属のこと話してくるよ」

 

「そっか今日だっけ、返事するの」

 

 姉貴がボサボサの黒髪をかき上げる。

 今日は珍しく仕事がないらしく、上下ともダボっとしたスウェットに身を包んでいる。この後も寝だめするつもりなのだろう。

 

「そろそろ着替えるから出てってよ」

 

「あいよー。あ、そうだこれあげる」

 

 姉貴が何かを放り投げてきた。

 受け取ると、透明な包み紙の洋菓子だった。ラベルには「ほくほくスイートポテト」と書かれている。

 

「なにこれ」

 

「仕事で地方行ったときに見つけてさ、ウマそうだったから二十個くらい買ったのよ。だから一個あげるわ。姉からのバレンタインチョコってことで」

 

「芋じゃん」

 

「あんたにピッタリじゃん」

 

 相変わらずこの姉はうっとおしい。

 

「ありがたくいただくよ」

 

「いやまあ、あげといてなんだけどさ、リュウジあんま甘いもの貰わないようにね。苦手でしょ、甘いの」

 

「じゃあスイートポテト寄こさないでよ」

 

「いらないんだったら誰かにあげな」

 

 姉貴はそう言い残すと、あくびをしながら部屋を出ていった。

 

 姉なりに、返事の件を心配してくれたのだろうか。

 いまいち行動原理が読めないから分からない。

 多分、直感の力をもってしても姉貴の心は読みきれないだろう。

 

 でもなんとなく、心が軽くなるから不思議だ。

 

 俺は制服に着替えると、家を出た。

 

 

 

 

 千春さんに指定された駅前ロータリーに着くと、ププッと小刻みなクラクションが鳴った。

 

 音のほうを見ると、黒くて車高の高いセダンタイプの車が停まっていた。あれはSUVというやつだろうか。何度かテレビで見かけたことがある。

 ドアウィンドウが下がり、黒いサングラスをした千春さんが手招きをした。

 

 まるで映画のワンシーンのようで、しばしぼーっとしてしまう。

 

 すると千春さんがサングラスを外し、焦ったように手招きを繰り返した。

 急いで車に走り寄り、促されて助手席に乗り込む。

 

「リュウジくん、全然気づいてくれないから焦っちゃったよ!」

 

「すみません」

 

「いいけどさ。ていうかリュウジくんの制服姿、初めて見るわ。ほんとに学生さんだったんだねー」

 

「まぁ」

 

「軽くドライブするけどいい? リュウジくんのその格好じゃお店に入るのも気まずいし。午後の授業に間に合えばいいんだよね?」

 

「はい、お手数かけます」

 

 売れっ子の芸能人と制服姿の学生がカフェにいるところなんかを見られたら、あらぬ疑いを呼んでしまうだろう。

 

「いいっていいって」

 

 千春さんは上機嫌そうにサングラスを頭に乗せ、車を発進させた。

 

 

 

 

 最初の信号待ちで、千春さんが後部座席から何かを取ろうとした。

 助手席にいる俺と距離が近くなり、独特のおしゃれな香水の匂いが鼻腔をつく。

 

 今日の千春さんは私服らしく、いつもよりラフな格好だった。

 白いジャケットに下はシンプルなジーンズ。ジャケットの中は黒いキャミソールで、胸元が大胆に開いている。

 

「あったあった。リュウジくん、お菓子あるよ?」

 

 千春さんは高級そうな洋菓子店の紙袋を持っていた。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「一応ほら、今日さ……いや今日じゃないか。まあ義理っていうか……」

 

「すいません、実は甘いもの苦手で」

 

 鈍感なふうを装って答える。

 

「え、そうなの初耳」

 

「千春さん、信号青です」

 

「おっと」

 

 千春さんは紙袋を後部座席に戻し、再び車を発進させた。

 

 現場で会うときと雰囲気が違う。かなりくだけた感じだ。若干慌てていて、整った容姿とのギャップがすごい。

 きっとこういう素のキャラクターが、多くの人を惹きつけるのだろう。

 

「この車いいでしょ」

 

 千春さんが得意げに自慢してきた。

 

「はい、思ったより大きいんですね」

 

「衣装とか道具とかいっぱい乗せられるしさ、モデルの子とかスタッフさんとかの送迎もできて便利なのよ」

 

 相変わらず仕事に対して貪欲な人だ。

 きっとこの人に付いていけば、俺もたくさんいい仕事に巡り合えるのだろう。

 

「リュウジくんさ」

 

「はい」

 

「最近、めちゃめちゃいろんな現場に入ってるんだって? この前知り合いの編集長さんに聞いたよ、リュウジくん仕事を教えてほしいって頼んだらしいじゃん」

 

「はい、とにかく稼ぎたいので」

 

「感心するけど、体は壊さないようにしないとダメだよ」

 

「いえ、多分今が一番無理をしないといけない時なんで」

 

「それって私の専属の話と関係あったりする?」

 

 千春さんがいきなり本題に切り込んできた。

 ウインカーを出し、車を路肩に停止させる。

 

 俺は小さく息を吐き、千春さん越しに窓の外へ視線を移す。

 

 見たこともない風景だ。

 いつの間にか、千春さんに見知らぬ街へ連れて来られていたらしい。

 

「返事をお待たせしてすみません。真剣に考えたんですが――」

 

 

 ――断るな。

 

 

 脳がグラつくほど、直感が強い警告を発してきた。

 

 

 ――断るな

 ――断るな。

 ――断るな。

 

 

 キーンと耳鳴りがして、大量のイメージが頭に流れ込んでくる。

 

 どれも、あのアパートの光景だった。

 何万通りもの未来の記憶。

 仕事に向かう俺を、笑顔で見送るアヤ。

 彼女の髪型やセリフはどれも微妙に違う。

 でもどの未来も、俺は千春さんの現場に向かおうとしていた。

 

 きっと直感の導こうとしている未来に、千春さんの専属を断るという選択肢は存在しないのだろう。

 

 

 ――断るな。

 ――今の関係を維持するだけでいい。

 ――運命を断ち切るな。

 

 

 かつてないほどの警告だ。

 無機質な直感の声に、焦りのようなものすら感じる。

 

「……リュウジくん?」

 

 ハッと意識が戻り、俺を見つめる千春さんと目が合う。その瞳が不安そうに揺れている。

 

 俺はもう一度小さく息を吐くと、用意していた言葉を告げた。

 

「すみません、専属の話は受けられません」

 

「どうして? 自分で言うのもなんだけど、こんなチャンス滅多にないよ。彼女さんのために稼ぎたいんじゃなかったの?」

 

「本当にすみません。でも、もう決めたんです」

 

 頭の中で、映像が一つずつ消えていく。

 広がっていた数多の未来がどんどん狭められていく。

 

 この演出はなかなか心に刺さる。

 

「お願い……考え直せない? 私、リュウジくんとならすごくいい仕事ができるって、初めて会ったときにピンと来たの。君の仕事ぶりを評価してるのはもちろんそうだけど、でも、それだけじゃなくてっ……」

 

 千春さんが身を乗り出して俺の肩をつかむ。

 もしシートベルトが無かったら、こちらに覆いかぶさってきそうな勢いだ。

 

「君なら裏切らないって……絶対大丈夫だって、そう思って」

 

 俺の眼前で、異常に整った顔がくしゃりと歪んでいる。その泣きそうな顔には見覚えがあった。

 ここ最近直感の見せてくる夢で、一度だけ千春さんが出てきたことがある。

 

 

 ――仕事の後、スタッフたちとの飲み会の席。

 そこで俺の隣に座った千春さんはすごく酔っぱらっていた。

 「リュウジくんはほんと奥さん一筋だよね」

 「はい」

 「すぐ即答するのがすごいよほんと……私もリュウジくんみたいな夫がいい」

 「はぁ」

 「ねぇ、リュウジくんは毎日いってきますのチューとかするの?」

 「しますね」

 「へーどんな感じ? ……ちょっと私ともしてみる?」

 「遠慮しときます」

 「キスしたら、何か変わるかもよ」

 「変わらないです」

 「あうっ、即答だ」

 テーブルに千春さんが突っ伏す。それを他のスタッフさんが「酔い過ぎですよ」「千春さん小悪魔だ~」とからかう。

 「もー冗談だってば……ごめんねリュウジくん」

 そう言って突っ伏したままの横顔が、くしゃりと歪んでいて――。

 

 

 ――今の、千春さんと同じ表情だった。

 

 うっすらと、好意めいたものには気づいていた。

 どうして千春さんが俺にそんな感情を寄せたのかは分からない。

 

 でもきっと、未来の俺はそれに気づきながら、生活のために専属を続けていたのだろう。

 千春さんからの遠回しなアプローチを、そのはるか手前で断り続けて。

 アヤを裏切らなければ何も問題ないと確信して。

 実際、どの未来でも千春さんと間違いを犯すような気配は微塵もなかった。

 

 だから、問題はないのだろう。

 でも。

 

「ねぇリュウジくん、どうして? 私たち、きっと仕事の相性ピッタリだよ……?」

 

 千春さんが声に涙をにじませる。

 

 どうして、か……。

 別に大した理由じゃない。

 

 

 アヤが、笑ってたから。

 

 

 クリスマスの夜に専属の話をしたときも、小学校の前で俺にキスの雨を降らせたときも。

 夢の中、保健室で目覚めたときも、アパートの玄関で俺を見送るときも。

 不安な気持ちを心の奥底に閉じ込めて。

 絶対に俺を心配させないように、それを隠して。

 どの未来でも、そういう満面の笑顔を俺に向けていたからだ。

 

 

 ――問題ない。

 ――それで幸せになれる。

 

 

 そうかもしれない。

 俺たちの幸せを脅かすようなものではないのかもしれない。

 幸せのバケツに垂らされた、ほんの一滴の黒ずみなのだろう。

 

 でも俺は、彼女のそんなささいな不安すら許せない。

 

 

 ――何も問題ない。

 ――むしろ。

 

 

 嫉妬が、アヤを繋ぎとめてくれる。

 

 そう言いたいんだろう?

 

 ほんのわずかな嫉妬と溺れるほどの快楽で狂わせる。それが直感の導く未来――アヤを一生繋ぎとめておくために不可欠な要素なのだろう。

 

 でも、そんなことをしなくたって俺は彼女を手に入れる。千春さんに頼らずとも、アヤと幸せな未来をつかみ取る。

 

 そのために、この冬は必死にあがいたんだ。

 

「千春さんの話は、とてもありがたいんです」

 

「ならどうして」

 

「千春さんにおんぶにだっこじゃ、将来的に彼女を支えていける男になれないと思ったんです。自分の力で道を切り開かないとだめだと思いました。すみません、これは俺の身勝手で幼稚なエゴなんです」

 

 事前に用意していた言葉をすらすらと告げた。

 本当のことを言っても、俺も千春さんも誰も得をしない。そう思ったから。

 

「だからリュウジくん、最近仕事を入れまくってたの? 学生のくせに、いっちょ前に人脈作ろうとしたりして」

 

「はい」

 

 必死に動いて、なんとか可能性は見えてきた。

 独立する編集者さんにいろいろ手伝ってほしいと声を掛けられている。

 

「大学に通いながらいい暮らししようなんて、普通は無理だよ」

 

「知ってます」

 

「私、専属蹴った腹いせにリュウジくんの邪魔するかも。ほらこの業界狭いし、売れっ子のパワーを使って悪評立てたりして」

 

「千春さんは、しませんよね」

 

 何度か現場を一緒にしただけでも、彼女がそんなことをする人間じゃないことくらいは分かる。

 

「……今、したくなったよ」

 

 千春さんが寂しげに目尻を下げた。

 その口元は悲しそうに微笑んでいる。いろいろなものを諦めた人の表情だ。

 

「あー……振られちゃった」

 

「すみません」

 

「まあ、専属になった後で辞められるよりはマシか。そしたらさすがに私も発狂する自信ある」

 

「はぁ」

 

 あえて素っ気なく返す。

 

「さてと、この後どうする? 駅まで送ろうか……あ、学校のほうがいい?」

 

「いえ、ここで降ります」

 

「え、ここって……学校からけっこう遠いんじゃない?」

 

「すみません、なんとなく歩きたい気分なので」

 

「そっか」

 

 妙な沈黙が流れる。

 そろそろ車を降りたほうがいいだろう。

 

「あのさ、リュウジくん」

 

「はい」

 

「気づいていると思うけど、私……一途な人が好きなんだ。別に本命がいてもいいし、私も相手作る気はもうないから……だからさ――」

 

「すみません俺、すごく鈍感で」

 

「え?」

 

「彼女一人にめいっぱいで、あんまりそういうの分からないんです」

 

 自分の中で最高に間抜けな顔を作り、笑いかける。

 

「君、ほんとに学生なの……?」

 

 千春さんが仕方なさそうに微笑んだ。

 

 多分、これで終わりだ。

 彼女の吹っ切れたような顔を見て、そう思う。

 

 次に現場で会ったとき、きっと千春さんはまた何食わぬ顔でお菓子を差し出してくるのだろう。

 

「じゃあ失礼します」

 

「うん、また現場でね」

 

「はい」

 

「あ、あれっ、サングラス……」

 

 千春さんが頭に乗っけたサングラスを探している。

 

「ああ、サングラスなら」

 

 そう言って彼女の頭を指差そうとしたとき。

 

 

 ――キスしたら、何か変わるかもよ

 

 

 夢で見た、千春さんの言葉がなぜか脳裏に浮かんだ。

 

 その瞬間、キーンと耳鳴りが鳴る。

 

 直感が流し込んでくるイメージ。これは……数秒後の記憶だ。

 

 

 ――いつの間にかシートベルトを外した千春さんが俺に抱きついてくる。

 咄嗟に跳ねのけようとした俺の体が、ガクンと後ろに倒れた。

 千春さんが座席を倒したらしい。

 一瞬たじろぐ俺の上に、彼女がすかさず覆いかぶさってくる。

 「ちは――」

 俺の唇に狙いを定めた千春さんの顔が近づいてきて、俺は咄嗟に顔を逸らす。

 「千春さん、離れてください」

 細い体を無理やり引き離すと、彼女はすでにジャケットを脱いでいた。

 「リュウジくん、私なら……いっぱい満足させてあげられるよ」

 黒いキャミソールをめくり上げ、手早く紫色のブラジャーを外している。

 驚くほど均整の取れた乳房がこぼれ出て、再び覆い被さりながら俺の胸元に密着させてきた。

 俺はシートベルトを外そうとするも、差込口が千春さんの手で塞がれている。

 すると彼女のもう片方の手が俺の股間に触れた。

 「すごいね。全然反応してない……でもいいよ、それくらいじゃないと私も張り合いないから」

 なおもまさぐろうとしてきた千春さんの体を引き離す。

 「いい加減にしてください」

 「きゃぁっ」

 両腕で彼女の体を持ち上げると、運転席のほうへ放った。

 急いでシートベルトを外して起き上がる。

 運転席で彼女はあられもない姿のまま、うずくまっていた。

 その瞳には涙をたたえ、俺を見つめながら肩で息をしている。

 「どういう、つもりですか」

 「ごめっ……ごめんねリュウジくん、私――」

 

 

 ――そこで俺は、未来の映像を切った。

 

 なんだこれは。

 これが数秒後に起こることなのか。

 

 もしかしたら寝不足のせいで反応が遅れたのかもしれないし、彼女がまさか襲ってくるとは思いもせず油断していたのかもしれない。シートがあんな簡単に倒れるなんて知らなかったし、シートベルトを外すのがあんなに手こずるのも知らなかった。

 

 でも、そんなのは言い訳にもならない。

 

 まったく。

 不意打ちとはいえ、数秒先の俺は迂闊過ぎるだろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 軽く深呼吸をして、現在の千春さんに意識を戻す。

 

 彼女は今にも俺のほうへ身を乗り出そうとしていた。その手がシートのレバーに伸びているのが分かる。

 

「千春さん、お菓子食べますか?」

 

「……へ?」

 

 彼女が前のめりの体勢で固まる。

 俺はポケットから包みを取り出すと、千春さんに差し出した。

 

「え…………スイートポテト?」

 

「はい、姉貴のお土産だそうです。俺甘いもの苦手なので、よかったら」

 

「あ、うん……ありがとう。なんか……ごめんなさい」

 

 毒気が抜けたように顔を緩ませた千春さんが、頭を下げる。

 

「じゃあね、リュウジくん。本当に一人で大丈夫?」

 

「はい、一人で大丈夫です」

 

 俺も千春さんに頭を下げ、車を降りた。

 

 

 

 

 ウインカーを二度点滅させて去っていく車を見送る。

 

 俺はさっき直感が見せてきた未来の記憶を思い出していた。

 運転席で涙を流し、必死に謝ってくる千春さんの姿を。

 

 やっぱり、彼女が俺にここまで固執した理由が分からない。

 

 もしかしたら、千春さんも直感の導く運命に囚われていたのかもしれない。

 ただアヤに嫉妬心を抱かせるための、役回りだったとしたら。

 

 ……そんな恐ろしい発想すら浮かんでしまう。

 

 もしそうなら、千春さんも解放されたほうがいい。

 

 車の見えなくなった道の先をぼーっと眺めながら、しばらくそんなことを思っていた。

 

 

 それにしても、ここはどこだろうか。

 

 スマホの地図アプリを表示してみると、見たことも聞いたこともない場所だった。

 

『ごめん、学校着くの遅れる』

 

『待ってる』

 

 アヤと短いメールのやり取りをして、俺はとりあえず最寄りのバス停に向かった。

 




この卒業編の最終回まで連日更新していきます。そして、その後を描いた第6巻が1月26日(金)に発売されます。こちらは完全書き下ろしで、webには掲載しない予定ですのでぜひ書籍でお楽しみいただければ幸いです。

※web掲載しない(できない)理由は活動報告に公開する予定です

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