世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話 作:白髪ロング娘スキー
翁、真面目モード
「どういうつもり、翁」
並んで座っていた男衆が立ち上がり、陣の隅へと歩いていく。それを見て、これは自分に知らされていなかっただけで、予定の一つにはあったのだと悟った。
無言で佇む翁を睨み付ければ、翁はゆっくりと腰から刀を引き抜いた。
「輝夜嬢、先ほどシャドーを行っていたとおっしゃいましたな」
「……ええ、そうね」
まず質問に答えてくれよと思いつつも、翁の言葉に答えを返す。
途端、翁の顔がくしゃりと歪んだ。
「この翁では、もはや足りませぬか」
「あー……ごめんなさい」
「謝らないでくださいませ。これは非実体の仮想の者にすらも技量で劣る、この翁の怠慢故の結果なのですから」
そんな事は無いと思うけどな。圧倒的な差が無いってだけで今の俺よりは強いだろうし、技術という意味では惰性に力を振るうだけと化していた前の体の俺より数段も上だろう。
俺が10回中9回勝てる翁は、あくまで徒手の状態でのもの。今の翁の様に完全武装をしていたならば、10回中4回勝てるかも怪しいと思う。
あと特訓方法として確立した俺が言うのもなんだけど、具象化した仮想の相手とリアルシャドーとか意味分からんし。少なくとも前世で誰かがやってるのを見たらまず頭の正気を疑う。
「故に、これで最後でございます。この翁、輝夜嬢に持てる全てを見せたのち、指南役を含め暗殺者として完全なる引退をいたしたく」
「や、別にそこまで……」
「問答無用。この翁の我儘、聞いて頂きますぞ」
「……オト―サマに言われてやってる訳じゃないのね?」
「一から十まで全てこの翁の思いです」
「なら仕方ないか。分かったわよ」
「感謝いたします。では……参りますぞ、輝夜嬢」
翁が刀を腰だめに構えて駆ける。前傾姿勢になり刀を平行に保っているため、俺からはまるで刀の刀身が見えない。
だが、腰だめに構えている時点で、来るのは横薙ぎか斬り上げの二択に限られる。そして刀を振るう腕は斜め下から上へと動いている
真っ直ぐに振るわれる刀。それを半身になって避け、振るった直後の硬直を狙って手を伸ばす。
掬い上げるようにして振るった俺の手の平が刀の柄を打ち付け、そのまま翁の手から刀を奪い去った。
くるくると回転しながら吹き飛んで行った刀が、左之助の足元へと突き刺さる。
「うおっ!?」
「危ないからもっと離れてなさい!」
「よそ見をしていてよいのですかな?」
「っ!?」
左之助が怪我をしていないかを見るため、一瞬翁から目を逸らしてしまった。直後、手を伸ばせば届く距離だというのに、何故か翁が先に一本後に一本と、二本のクナイを投げた。
徒手では分が悪いから、隙を作って距離を取ろうという訳か。
そう判断して一本目のクナイを掴み、手に持ったクナイで二本目のクナイを弾く。
「なっ!?」
クナイを弾いた瞬間、その後ろにもう一個クナイが現れた。全く同じ軌道、同じ速度で飛んできていたために見逃していたのだ。
不味い、距離が近すぎる上に驚きで体が硬直している。これは対処できない、隙を見せてでも避けるしかない。
全力で体ごと首を傾けて三本目のクナイを避ければ、クナイは僅かに俺の頬を切り裂いて後方へと飛んで行く。後方でカッというクナイが何かに刺さった音が聞こえた。
何とかクナイはやり過ごせた。しかしクナイを避けるために体を傾けたが故に体勢は崩れ、立て直しのために隙が生まれる。
その隙を見逃す翁ではなく、老人とは思えぬほどに太い足が俺を襲った。
「っぐぅ」
咄嗟に腕を差し込んで盾にはしたが、元が貧弱な輝夜の腕。鍛えた事で多少の筋肉は付いたものの、握れば折れてしまいそうな程に細い腕である事に変わりは無い。
インパクトの瞬間に逆方向へと跳躍して衝撃を逃がしたものの、それでも腕が痺れ脇腹に痛みが走る程のダメージが入っていた。
あれだけ密着した状態だった翁からは10メートル近く離れており、その距離が先ほどの蹴りの強さを物語る。
「いッたいわねェ……」
「儂も本気ですゆえ。それで、いかがなされますか」
「まだ小手調べの段階なのに終わる訳ないでしょう? 続けるわよ」
俺の横に突き刺さっていた刀を引き抜いた。
右に持った刃は下に真っ直ぐ向け、左に持ったクナイは逆手にして同じく下を向かせる。それぞれの手は左右に大きく広げ、まるで十字架の様な構え。
「これはまた珍妙な」
「斬る突く払うしか出来ないのだから、せめてね」
「ならば武器自体を扱わぬ方がよろしいのでは?」
「見せてくれるんでしょう? 全てを」
途端、翁の口が吊り上がった。何時もの怖い顔、嬉しそうなあの顔だ。
「輝夜嬢」
「なぁに?」
「ありがたく」
腰に差していた脇差を抜き、正眼に構える翁。
二人して見合い隙を伺い合う。当然ながら二人が二人とも最強クラスの実力者、そうそう簡単に付け入られる様な隙を見せる事は無い。
両者微塵も動かず一分が経過。このままでは何時間経とうが状況は変わらず……いや、先に発作が起きて俺が行動不能に陥るだろう。
元よりこの決闘は、翁が俺に自分の持つ全ての技術を教えるために行われたもの。そんな終わり方をしては意味が無い。
加えて俺も翁も、そんな決着を望んでいる訳ではない。
動き始めたのは同時、足が半歩前へと進められる。たったそれだけの動き。しかし、それは拮抗を崩す動きでもあった。
先ほどまでの睨み合いが嘘のように一歩一歩足早に距離を詰めていく。最後に一歩、互いの攻撃圏内に足を踏み入れ、そして止まった。
再び睨み合い……否、笑みを浮かべ合う。何かの合図を待つようにして両者動かず。
パチッと、篝火に焼かれた木材が弾けた。
「キィエアアアアアアッッ!!」
「せぇあッ!」
真っ直ぐに振り上ろされる翁の脇差、その側面に一回転して遠心力をつけた刀を叩きつける。釣られて共に右へと体が流れる中、左に持ったクナイを振るう。
僅かに首を逸らして避けられたそれに合わせ、追加で顔へと蹴りを叩き……込もうとして着物にひっかかり足が上がらなかった。
「んなっ!?」
予想外の妨害に一瞬体が硬直してしまった。その隙に脇差を翻し、刃先を上へと向けた翁が刃を振り上げる。咄嗟に刀を盾にする事でそれを凌ぐも、力業で無理矢理体が押し上げられ始めた。
押し上げる側と押しつぶす側。間違いなくこちらが有利な状況。そんな条件下であったとしても尚、力勝負で勝てる気がしない為、それには逆らわずむしろ自分から地を蹴って距離を取る。
着地際を狙って放たれたクナイを左に持ったクナイで弾き、体に捻りを作って着地と同時に回転を開始。ぐるぐると回りながら遠心力を味方につけ、翁へと距離を詰めて刀を薙ぎ払う。
横へと一閃される刃は、されど振り上げの一刀に容易く弾かれた。上へと弾かれた刀を即座に振り下ろした斬撃すらも脇差の鍔を利用して防がれ、刃で刃を押すようにして軽くいなされる。
斬り上げ横薙ぎ振り下ろし、幾度として放たれるそれは、されど一つとして翁には当たらない。
自身に足りない力を回転による遠心力で補う俺と、老人とは思えぬ力でもって脇差を振るう翁。
刃同士が嚙み合う度に小さく火花が舞い、耳障りな金属音が鳴り響く。
共に決定打は無い。加えて元より打ち合うためには設計されていない刀が、ぶつけ合う度いたずらに欠けていく。
刃の消耗具合は無理矢理振るっているこちらの方が激しい。このまま打ち合っていれば先に刃が折れるのはこちらの方だと予想が出来た。
左手に持ったクナイを翁に向かって投げつけ、翁がそれを処理している内に距離を取る。
そして翁が追撃に来ない内に刀を逆手に握って股の間に突き刺した。足の動きを制限する邪魔な着物を切り払い、刃の欠けた刀を地面に突き刺す。
試しに足を振り上げてみれば、今度は問題なく足を動かす事が出来た。
「ふぅー、これで多少は動きやすくなるわね」
「おや、刀はもうよろしいので? まだ教えたい事はあるのですが」
「さっきあんな事言っておいて悪いけどね。やっぱり武器の才能無いわ、私」
徒手での時とは違い、何度刀を振るっても翁のように振れるようになる未来が想像出来ないのだ。事実、先ほどから何度か翁の剣閃を真似してみたが、一つとして再現は出来なかった。
あまつさえ、翁は今のは俺が翁の剣閃を真似たものだと悟った時、それによって出来た隙を見逃すように俺を弾き飛ばし、体勢を整えるまで待ってくれてさえいた。
約5分間の戦闘で7回。
もしも今の戦いが実戦だった場合、俺の死んでいる回数だ。
「って事で、私は素手でいくわ」
「では、儂もそうしましょう」
「別に翁は使っててもいいのよ? それはそれで対武器の訓練になるし」
「ご安心を、隙を見て武器は使わせて頂きますので。素手のみの戦闘で輝夜嬢に勝てる気はしませんのでな」
そう言って俺と同じように脇差を地面に突き刺し、拳を握る翁。その手にはいつの間に着けたのかゴム製のメリケンサックが嵌められていた。
アレで殴られると痛いんだよなぁ。メリケンサックを警戒しつつ、翁に向かって歩を進める。
互いの制空権に触れる一歩手前で立ち止まり、そして同時に飛び出す。
突き出される拳の側面に手を当てて逸らし、襟を掴もうと翁の胸へと手を伸ばせば、同じようにして俺の手が逸らされた。直後、翁が先ほど逸らした方の手を薙ぎ払う様にして内側へと振るう。
それが来ると悟った時点で半身になっていた俺は地を蹴り、そのまま振るわれる腕の上に背中を乗せる様にしてバク宙をし、翁の側頭部へと蹴りを叩きこんだ。
頭部に加えられた衝撃で体勢が崩れた翁を転倒させようと足に飛び掛かる。瞬間、嫌な予感がして後ろに向かって飛び跳ねると、先ほどまで俺がいた場所に手の平大のゴムの塊が付いた鎖が叩きつけられた。
どこから引っ張り出してきたのやらと思えば、先ほどまでズボンに押し込まれていた上着が僅かに捲れているのが見えた。どうやら腰に巻き付けていたらしい。
「危ないわね、それ頭に当たってたら一発でダウンよ私」
「鎖分銅を取り出そうとした時には、既に回避動作へと入っておられた癖に何を言っておられるのやら」
苦笑いをしながら鎖部分を持ってゴムの塊を振り回す翁。
流石に徒手であれを相手するのは厳しいか? 少し悩んでから地面に転がっていたクナイを拾い、逆手に握って構える。
今度は先に動いたのは俺だった。地を這う程に身を屈めて突貫する。
上から下へと叩きつけるように振り下ろされた鎖分銅を横に移動して躱し、俺ごと薙ぎ払うようにして回収されていくそれを跳んで避ける。
そして翁を中心にして再度行われる広範囲の横薙ぎを身を伏せて躱し、ついでに頭上を通り過ぎていく鎖にクナイを引っ掛けた。
クナイを起点に鎖分銅の軌道が変わり、ゴムの塊が翁へと向かって飛んで行く。
咄嗟に翁が鎖分銅を手放す。どう対処するのかと走りながら見ていると、翁は傍に刺さっていた脇差を引き抜いた。続いて上段に構え、そのまま飛んで行くゴムの塊を鎖ごと真っ二つに叩き切る。
「おお、サムライ!」
凄いな、けど隙アリだ!
既に俺は翁に手が届く程に迫っており、翁は未だに脇差を振り抜いた体勢から立ち直れていない。
後は鞭打でも食らわせ、痛みに呻いている間にクナイを突き付けて終了だ。
これで、終わりッ!
勝利を確信して翁へと手を伸ば……そうとして、翁の手から死を感じた。
手に持っていた脇差を手放し、足を前に踏み出して拳を突き出す翁。
「油断大敵ですぞ」
見た目はただの正拳突き。だが、それに込められた死の気配がそれを否定する。
翁へと伸ばそうとしていた手を全力で多関節化し、その拳へと振るう。当たる直前に翻した手は音の壁を破り衝撃波を放った。
衝撃波と正拳突きが衝突し、されどその拳は止まらない。咄嗟に反対側の手を翁の腕に当て、地を蹴りそれを軸にして宙を舞う。
あの死の気配を漂わせる拳が何なのかは分からない。全身の関節を固定していたように見えたが。
関節を固定……体が動かなくなるだけなんじゃないのか? ……いや、なるほど。
関節が固定されるという事は、つまり体が動かなくなるということ。決して動かないという事は全体重を乗せられているということ。
高速で走る車が壁に衝突すると、助手席の人間がフロントガラスを突き破って飛んでいってしまうように。この場合、インパクトの瞬間にだけ関節を完全固定すれば、むしろ壁が高速で車へと当たりに行くに等しい【技】となるのだ。
……いや、それ俺が対処出来なかったらどうするつもりだったんだ翁? 食らったら普通に俺死ぬぞ?
まぁ兎も角、翁の背面は取れた。翁は未だ正拳突きの体勢のまま固まっており、隙だらけの状態だ。右手にクナイを持ち、左手で翁の襟を取りに行く。
そうして翁の襟を掴んだ瞬間、固まっていた翁がその体勢のまま右足を軸にして無理矢理回転し始めた。
掴んだ左手は弾かれ、咄嗟に後ろに引いた俺の顎の少し下を翁の手が通り過ぎていく。
途端、俺の視界が歪んだ。久しく見ていない景色、脳震盪の症状。
何故? 確かに避けた筈……メリケンサックか! 全く気付かなかったが、どうやらメリケンサックが顎を掠めていたらしい。しかもこの様子だと不味い触れられ方をしたようだ。
どうする? このままでは俺の負けで終わる。歪んだ視界に伴い、体が崩れそうになっていくのが分かる。
まだ揺れ始めたばかり、一手か二手程度は行える。では、この場合の最適解とはなんだ?
分からない、分からないから賭けてみるッ!
咄嗟に左手を掲げ、俺自身の顎を殴りつけた。
右からの衝撃で脳が揺れたなら、左からの衝撃で止める! 力業にも程がある手段だし、むしろ揺れが酷くなるだけの可能性もあった。
だが、このままでは負けを待つのみ。故に賭けた。
そして、俺は賭けに勝った。
「なんという!?」
未だ歪みは残れども、それ以上に酷くなる事は無くなった。
関節の硬直が解けた翁だが、無理矢理に右足を回転させた影響で動きは鈍い。
決めるならば今しかない!
左腕を振り抜いたために半身となったその体勢のまま、全身を翁へと叩きつけに行く。
当然、ただぶつかっただけでは翁はピクリともしないだろう。だから
やり方はさっき翁がやっていたのを見た。それと同様に、俺の体を拳代わりに飛ばす!
俺という39㎏の塊を腹へと叩きつけられた翁の両足が、僅かに宙に浮かぶ。
即座に左足に意識を集中させて水へと変え、関節の硬直を強制解除。翁の足の裏へと回す。
俺という重りに加えて、片足までも刈られた翁は背中から地面へと転倒。その首へと逆手に持ったクナイを突き付ける。
横になって倒れる翁。その上に馬乗りになる俺。
両者共に一言も喋らず、息荒く呼吸を整える。
やがて互いの騒々しい呼吸音が収まった頃、翁がポツリと呟いた。
「儂の負け、ですな」
その言葉を聞いて、クソ野郎へと視線を向ける。
相変わらずムカつく笑顔のまま、クソ野郎は頷いた。
「うん。この勝負、輝夜の勝ちだ!」
「「「うぉおおおおおおおお!!!?」」」
瞬間、今まで黙って立っていた男衆が歓声に沸いた。大興奮で翁と俺の戦いの感想を言い合っている男衆。
それをぼぅっと見つめていると、ふと翁が小さな声で呟いた。
「なぁ、見も知らぬ者よ。お主の名はなんだ」
小さな声で紡がれたその台詞に、思わず目を見開いて翁を見下ろしていた。耳に入ったその言葉が理解出来なかったのだ。
今、翁は何と言った? 見も知らぬ者? 輝夜嬢ではなく? バレた? 何故? いつ?
「気付いたのは、お主が道場にて儂に倅殿との契約を……お館様との契約の内容を話した時だった」
「え、その時点で?」
一番最初の方じゃん。
驚きで固まる俺に構わず、言葉を続ける翁。
「輝夜嬢は貧弱かつ軟弱であるからな。自らが暗殺の仕事に出向くなどとてもとても。ましてやその為に3ヶ月も己が肉体を鍛えるなど天変地異が如し」
「どんだけ輝夜軟弱だと思われてんの……」
流石にボロクソに言われ過ぎて哀れになってくるぞ。
「故に、あの時点でお主が輝夜嬢の見た目をした別人である事は分かっていた」
「……なら、なんで俺を槍玉に挙げなかった」
「お主が悪性の存在には見えなかったのだ。それと、輝夜嬢が自らの肉体を嫌っていたからだ。常日頃から自らの美貌と病弱さを呪っていた。極めつけには胡散臭い霊媒師との接触。そう言う事なのだと察したよ」
えー、一から十まで全部理解してるんだけど。
どうするかな、これ。特に危害を加えて来るつもりは無さそうだから、そこは別にいいんだけど、問題は俺とクソ野郎だけが知っている第3条だ。
これ俺が輝夜じゃないのがバレてんの、俺の所為じゃないぞ。契約違反にならないよな?
「もう一度聞こう。お主の名はなんだ」
「……なんで知りたいのかは知らないが、名前は言えないぞ」
「何故?」
「覚えていない」
これは絹代にだけは言っていた事なのだが、俺は俺の名前を思い出せなくなっていた。
記憶はある。一から十まで、生まれから自殺の瞬間までの全てを覚えている。だが自分の名前を思い出そうとすると、途端に道が途切れた様に何も思い出せなくなるのだ。
恐らくはあの肉体交換の手帳を使ったが故の弊害なんだろう。多分、俺の肉体へと入った輝夜の方も、輝夜という自分の名前を思い出せなくなっていると思われる。
「そうか……ではお主、自分の名はどうするのだ」
「思い出せないし、別に無くてもいいと思ってる。皆にも輝夜と呼ばれてるし、暫くはそれでいいんじゃないかなと。課題を達成し終えたら適当に新しい名前でも考えるよ」
「……ならば、お主は今から輝夜を名乗れ」
「……えぇっと?」
「名を思い出せぬ迷子ではなく、輝夜として生きろ。演技ではない。輝夜嬢が自らを捨てた今、己こそが真の輝夜なのだと名乗り、新たな相応しい名を思いつくまで輝夜として生きていけ」
……正直、俺はずっとこれでいいのかと思っていた。
男衆は良い奴らだ。暗殺者という暗い目で見られる職業の彼らだが、それでもあいつらは良い奴らだった。
ニンジャやクノイチ達も良い奴らだ。近くに絹代がいない時などに困った事があったら、明らかに怯えた目つきをしながらも助けようと声を掛けてくれる。
料理長も、庭師も、名前すら分からない者達さえも俺に良くしてくれた。
だからこそ俺は、そんな彼らを騙している事に負い目を抱いていた。結局は何時もの臆病だ。バレた時の事を思って怖がっていた。
故にこの3ヶ月、俺は輝夜と呼ばれて反応はすれど、一度も自らを輝夜とは名乗らなかった。
「俺、輝夜を名乗っていいのかな。俺、別人なのに。幹部達にバレたりとかしたら……」
「奴等はむしろ喜ぶだろう。自らの境遇を呪う輝夜嬢が、自らを呪わずに済む道を進んだ。そしてお主が入った事により、輝夜嬢は優しくなった。二兎を得ている。事実、奴等は今のお主を好意的な目で見ているぞ」
そうは言われても怖いのだ。あれだけ良くしてくれた男衆に、よくも騙したなと募られる事が。
その非難の声が俺に浴びせられる事が。また、孤独となってしまう事が。異端の目で見られてしまう事が。
「やれやれ、存外に臆病だなお主」
「うっ……」
「では、儂がその背中を押してやろう」
そう言って翁はゴホンっと一つ咳払いをした。
薄く笑みを浮かべ、俺の目を見ながら口を開く。
「貴方は貴女としてここにいて良いのです、
「……いや、有り難く頂くわ、翁」
翁の胸に手をついて立ち上がり、翁に手を貸して立ち上がらせる。
そして未だ興奮冷めやらぬ男衆を見回し、手を掲げた。
「この勝負は私、天津神輝夜の勝ちよ!」
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」
油を撒かれた火の如く、再び男衆が湧く。ノリの良い奴らめ。
そう思い肩の力を抜いた瞬間、きゅぅぅ、と小さく俺の腹が鳴いた。昼から何も食べてないからなぁ。
飯は出店で食えばいいんだよな?
「よし、食べるわよ! 翁も着いてらっしゃい!」
「仕方ありませんなあ」
翁の手を引けば、困ったように笑いながらも抵抗せずについてくる。
さぁて、まず何から食べようかな~?
「あぁ、因みに輝夜嬢は儂の事を爺やと呼んでおりましたぞ」
「……え、俺の正体がバレた決定打ってもしかしてそれ?」
「ほっほっほっ」
「ちょおお!?」