※この作品はR-18です。

世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話   作:白髪ロング娘スキー

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劉海王なんておらんかったんや……



第十五話 烈永周

 

「暗殺者ッ……だったのかッ! 君はッ、私の命を狙って私に迫って来たのかッ!?」

「……ごめんなさい。でも話を聞いて。質問をしたいの。その答え次第では私は貴方を殺さないし、私を如何様にでもしてくれていいから」

 

 輝夜が何やら言っているのを、しかし烈は聞いてはいなかった。

 烈の胸中を占めているのは怒りであった。この女は、私を騙したのだ。郭老師の私を思いやる気持ちを利用し、偽物の笑顔を浮かべて私に近付き殺そうとした。

 正味、別に裏切られるだけならば、烈はさほど気にはしなかった。だが、輝夜は別だ。

 彼女は美しく、明るく、そして無防備だった。烈の口元に付いた食べかすを取って自らの口に放りこんで笑い、弓体験や輪投げなどで共にはしゃぎながら遊び、そして興味のあるものを見つけてはあれは何だと指を指しながら無防備に抱き着いてその豊満な体を押し付けてきた。

 

 烈は童貞だ。修行に身を費やす未熟者の身、それを恥じる事も無かった。

 だが、故に女には弱かった。輝夜と会ってからたったの4~5時間。それでも、この世のものとは思えぬほどに美しい女性と共に楽しく過ごし、烈の心には淡い物が浮かんでいた。

 それらの全てが、計算されたものだったのだ。

 

 裏切るならばそれでいい。殺すのならばそれでもいい。だが、私の心を弄ぶ必要は何処にあった!? 郭老師の思いを利用する必要は何処にあったのだ!?

 この女狐めッ……!

 

「ねぇ、聞いてっ」

「黙れッ!」

「っ……」

 

 視界が歪んでいる。景色が全て溶けている。

 思い出せ、思い出せッ! 習った筈だ。この歪んだ景色、見た事がある筈だッ!

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 師、郭が砂の詰まった頭陀袋を持っている。

 頭陀袋には長い縄が着いており、郭はその半ば辺りを手に立っていた。

 

『烈よ、防御(ふせ)ぐことはならんぞ』

 

 郭は頭陀袋を振り上げ、鎖分銅のように回し始めた。

 頭陀袋は回転する度に重く風を切るような音を鳴らし、その身に込められた強さを雄弁に語る。

 烈が立つ場所は稽古の場、寺院の中だ。他に居る者は師である郭以外にはおらず、それが振るわれる相手がこの場には一人しかいない事が烈には分かった。

 止めようのない恐怖と緊張により、汗が流れる。

 

『動くなよッッ』

 

 回転の遠心力を利用して振るわれる頭陀袋。郭の手元で縄の長さが調整されたそれが、烈の顎を撃ち抜いていく。

 痛みは無い。痛みすらも超越した衝撃であったのだ。

 烈はそれに抗うことも出来ず、受け身も取れないまま無防備に倒れ伏した。

 

 だが苦を感じて倒れる事など日常茶飯事だ。確かに苦しくはあるが、立てないほどではない。

 何時もと同様に立ち上がろうとし……途端、歪んだ世界に思わず烈は床に手を着いた。その手すらもが、思う様に力が入らずに震えている始末。

 

『聞こえとるかな……?』

 

 聞こえている。

 だがその声はとても間延びしていて聞き取りづらい。

 

『効くだろう、砂鉄袋による打撃』

 

 否、声が間延びしているのではない、自分の感覚が狂っているのだ。これは一体どういうことか。

 師に尋ねようと顔を上げた烈は、開きかけた口を開けたまま瞠目した。

 

 頭陀袋を持ち、そこに居たはずの師。にもかかわらず、その場に立っていたのは師ではなく身長2m超えの全身が鞭のようにしなり、毎秒毎に姿を変える化け物であった。

 思わず拳を構え、師を何処へやったと怒りを滾らせる烈。しかしその足取りは怪しく、未だ修練すらしていない酔拳が如くフラフラとしている。

 迫り上がる嘔吐感に思わず膝をついて口を抑え、それでも尚視線を怪物から離さずに睨み付ける。

 ……そして、目の前の怪物が片手に頭陀袋を持っている事に気が付いた。

 

 そこまで見て、ようやく烈は思い至った。

 師は、頭陀袋を振るった位置から一歩も動いてなどおらず、ずっとそこに居たのだと。

 目の前の怪物は、自身の狂った感覚が見せる幻覚であったのだと。

 

『ッ……………………!』

 

 そして、これこそが師が自らに教えたかった事なのだと烈は察した。

 目を見張った烈を見て、自らの狙いを悟ったのだと気付いた郭が小さく微笑んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 目を開く。視界には歪んだ輝夜の姿があった。

 歪む視界。それは間違いなく、この時と同様のものだ。

 それによって烈は理解した。己は顎を打たれ、脳震盪を起こしたのだと。

 であるならば、対処法はこれに関係する記憶の何処かにある筈だ。

 

 烈は再び目を閉じ、記憶を漁る。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 場所は師、郭の自室。

 香の焚かれた部屋にて、歪んだ世界から脱出した烈が足を畳み正座をしていた。

 目の前には小さな杯を手に持った郭が立っており、杯の中にはプルプルと震える白くて四角いものが入っていた。

 

『豆腐だ。水によく浸らせ、ちょうど人間の脳と頭骨の関係に似せてある』

 

 郭は烈によく見ておけと言い、杯を持った手とは逆の手を振り上げた。

 

『これを叩く』

 

 カッ! と叩かれた杯が、子気味の良い音を立てる。それと同時に、中に入った豆腐が大きく形を変えて振動を始め、そして杯の内壁に当たり崩壊した。

 大小さまざまな豆腐の欠片が床に落ちる。

 

『外部からの振動で、いとも容易く崩れ去る』

 

 ここまで言われれば、烈にも師の言いたい事を察する事が出来た。

 人間の脳と頭骨の関係に似せられた豆腐。それに対して与えられた衝撃。振動により大きく震え、形を保てずに崩壊してしまった豆腐。

 つまり、今の光景が。

 

『先ほどのお前の頭蓋の内部だ』

 

 言葉も出ない。先ほどの自分は、これほどまでにも危険な状態であったのかと頬に冷や汗が伝う。

 そんな烈を見ては郭はひとつ頷き、手に持った杯を置いてもうひとつの杯に手を伸ばす。

 杯の中には、これまた綺麗な四角い豆腐が入っていた。

 

『ここにもう一つ、同じものを用意した。習い憶えたハズの防御。だが不覚にも未遂に終わり打たれる。甘い修業が祟り、まともに打拳を浴びる日が来る』

 

『……ならば、どうする?』

 

 郭が烈に問いながら杯を持った手を振りかぶる。その手に込められた力は先ほどの比ではない。

 打つ気だッッ、それも強く……! 烈は、間違いなく豆腐は崩れると予想した。実際にその残骸が机の上に置かれているのだから尚更だ。

 しかし師は問う。どうする、と。であるならば、答えがある筈だ。

 それを見逃さぬよう、烈は瞬きも忘れ、師の手の中にある豆腐を見つめる。

 

 そして、杯が打たれた。烈は、決してこの時の経験を忘れる事は無いだろう。それはまさしく、神の天啓に等しい経験だった。

 

 打たれた杯、それと同時に師は回った。

 回り、回り、廻り続ける。

 やがて師の足から摩擦による煙が出始めた辺りでようやく師は止まった。

 

『こうするのだ』

 

 烈の前に差し出された杯。

 その中では、綺麗な四角い豆腐が小さく身を震わせていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 これは間違いなく有用な記憶だ。顎を攻撃してくるならば、身を回して受け流せばいい。

 しかし、今必要であるのは打たれた時のものではない。烈は既に打たれている。視界が歪んでいる。今必要なのは、既に打たれてしまった後のこと。

 

 思い出せ、思い出せッ!

 郭老師が教えてくれた筈だ、私は知っている筈だッ!

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ある日、烈は郭に自室に呼び出されていた。

 自室で待っていた郭は、一つの杯を持ち出す。その中には以前と同じように、一つの豆腐が入っている。

 前に教えた事は覚えているな? と問う郭に、烈は打たれた瞬間に回りますと告げた。

 それに対して郭は満足そうに頷き、手に持った杯を揺らす。

 

『では、こうして揺れてしまったらどうする? 未熟なオマエにはいつか必ず起こることだ。さァ……どうする?』

 

 郭が揺れる豆腐を手に烈に尋ねる。その問いに烈は答えることが出来なかった。

 何故崩れていないのかが疑問な程に杯の内壁にその柔らかな身をぶつける豆腐。

 そうなった時にどうするか。

 

 烈は再び、郭の手元を見やる。目の前には既に崩壊しそうな豆腐。

 分からない、分からない。どうやって止める? それを止める術を烈は未だ知らない。

 実際、その時になれば烈は感覚で止める事が出来るだろう。しかし、烈の持つ高い技量により、あれ以来歪んだ世界を見たことは無かった。

 故に視界が歪んでいない今、どうやって止めるのかと口で聞かれた場合に、烈には止まるまで待つ以外の手を想像する事が出来なかったのだ。

 

 頭に浮かんだそれを、しかし烈は口に出すことは無い。それは、絶対に選んではいけない最悪の手だからだ。

 修練の時であればまだいい。真に動けぬ程のダメージを受ければ、息をつく時間は与えられる。

 だがそれが実戦なら? 打撃によって受けた脳の揺れは、生半可な事では収まらない。

 それは実際に食らった時の経験で分かる。ただ待ち続けるだけならば、回復までに5分……あるいは10分は掛かるか。その間、生殺与奪は敵にあるのだ。

 

 苦い顔をして押し黙る烈に、しかし郭はそれで良いと頷いた。

 分からぬならば黙ればいい。選択肢があるからと、それを選んだ結果も考えずに行動するよりはその方が余程いい。

 沈黙は金、雄弁は銀とも言うのだから。その事を烈はよく分かっていた。

 

 ありえぬ事だが、もし烈が待ちます、などと口にしていたならば、その瞬間烈の体は部屋の外にまで吹き飛び、内臓がミンチになっていただろう。

 

『であれば、どうする?』

 

 郭からの再度の問いかけ。しかし烈は、その言葉すらも聞き取れぬ程に集中していた。

 問いかけと同時に持ち上げられた豆腐の入った杯。烈の全意識はそこに集約されていたのだ。

 

『知れたこと……待ってダメなら』

 

 崩壊まであと何秒もないであろう豆腐。

 それの入った杯を持つ指に、ほんの僅かに力が入った。

 

『迎えにゆく』

 

 勢いよく左右に振るわれる手、それに伴って崩壊間近の豆腐に更に加えられる衝撃。

 とても正気の沙汰ではない。だがしかし、止められた手の中。その手に収まる杯には、先程までの衝撃など無かったかのように、綺麗な四角い豆腐が身を落ち着かせていた。

 

『理解(わか)るかな烈よ。揺れ動くものを止めるには……自ら揺れて、こちらから迎える』

 

 再び豆腐を持った手を二度強く振るい、そして止める。

 そこにはやはり、綺麗な四角い豆腐が収まっていた。

 

『自ら……迎える……!』

『他にはない!』

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 これだ。既に揺れてしまったもの、それを抑える為の方法。自ら揺れ、此方から迎える! 

 耳を澄ませ、脳を訊け! 揺れに耳を傾けろ……! オマエは、どんな拍子(タイミング)で迎えられたい?

 

 手を伸ばし、肘を曲げる。しくじれば目の前の敵に為す術なく殺されるだろう。だが、それしきの事で烈は怯えはしない。

 それは今すべきことではない。

 今すべきこと。それは……揺れを、迎えにゆくことだッッ!

 ゴッッッ、と鈍い音が辺りに響く。

 

「なっ!?」

 

 目の前の敵は目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。浮かべているのが、確かに見えた。重い体を筋の一本まで意識して持ち上げる。

 あたかも、揺れ続ける豆腐のような脳へ自ら放った揺れに合わせた一打。

 止めた。事無きを得た。

 

 もはや脳の揺れを促す攻撃は脅威ではない。

 たったひとつ、されどひとつ。

 確かに烈は目の前の敵を追いつめたのだ。

 

 そんな烈の行動を見て、やはりと輝夜は確信した。

 烈永周はクソ野郎の言っていたような腹黒ではない。騙されたと憤るのもそうだが、脳の揺れを自ら抑えた時の彼の顔。真摯に武と向き合っていた。

 彼は間違いなく武人だ、それも真正の。他人を嵌めるなどという事は考えすらもしない、自分の様な偽善者とは違う真正の善人だ。

 

 だが、だからといってここで引く事は出来ない。

 クソ野郎がわざと違う情報を自分に教えたのか、それともクソ野郎も間違った情報を入手してしまったのか。それは今はどうでもいい。

 証拠がいるのだ。彼が腹黒で、非道な手を使ってライバル候補を潰してなどいない事の証拠を。例えそれが、彼が自分でそんな事はしていないと言うだけの証拠にすらならない証拠だったとしても。

 

「先に手を出した事はごめんなさい。でも聞いて、このままじゃ貴方を殺さなきゃいけないのよっ! だから質問に」

「殺そうが構わん」

「え?」

 

 聞こえてきた言葉に自らの耳を疑い、思考がフリーズする輝夜。

 そんな輝夜の姿をみて、烈はその言葉を吐き出した。

 

「殺されようと私は一向に構わんッ!」

 

 正直、烈の思考にもはや怒りは無かった。

 揺れた脳を強制的に沈めた影響というのもあるのだろう。だがそれ以上に、泣きそうな表情をしていたのだ。輝夜が、苦しそうな顔をしていたのだ。

 自分を殺しに来た筈の暗殺者の癖に、その姿には殺意は一切無く。更に言えば、烈が記憶を漁っている内に殺す機会など幾らでもあっただろうに何もしなかった。

 挙句の果てには、貴方を殺したくないから殺さないで済む理由を作らせて、だ。どう考えても烈を殺しに来たのは自分の意思ではなく誰かの命令であり、本人は嫌がっているという事が読み取れる。

 

 であれば、もし輝夜が烈を殺し損ねた場合はどうなるか。これだけの美貌だ、恐らく碌な目には合わないだろう。

 ならば殺されてやる。淡い思いを抱いた相手に殺される分には、烈としては何の抵抗も無かった。

 だが……

 

「抵抗をさせてもらうぞ」

 

 時間稼ぎはさせてもらう。待つのは郭老師。あの存在自体が中国拳法とすら言える恩方ならば、もしやすると自分が死なず、カグヤさんも助かる道を示してくれるかもしれない。

 時刻は既に11時を超えるかどうかといった程になっている頃だろう。流石に郭老師も戻らぬ自分に疑問を抱き、捜索を開始する筈だ。

 拳を構える。カグヤさんは女の身。持つ武器は先ほどの様な顎への脳震盪狙いの攻撃や武器を使っての戦闘くらいだろう。

 ならば武器にさえ気を付ければ、そうそう負ける事は無い筈だ。彼女にあまり怪我をさせない様に手加減しつつ、時間を稼ぐッ!

 

 そんな覚悟の決まった烈の姿を見て、カグヤは苦悩する。彼は真正の武人、一度決めた事を早々簡単には撤回しないだろう。

 やはり、殺すしかないのか? この真の善人を……この手で。

 

「ッ……」

「行くぞッ!」

 

 烈が輝夜に向かって駆け出す。手を大きく振り、自らの姿を大きく見せる走り方だ。まず最初の一手として、烈は輝夜を怯ませようと考えたのだ。

 相手に恐怖心を覚えて怯んだ者は、碌に動けなくなる。加えて元よりそこまで体が強そうには見えない輝夜だ。もし彼女が怯めば、そのまま拘束技で捕縛する事も出来るかもしれないとそう考えた。

 

 そんな烈の思いやりを、輝夜は烈が一歩を踏み出した瞬間に理解していた。事実、輝夜個人としてはそのまま抵抗せずに捕まっても良かった。

 もしここで烈に捕まれば、その後の処遇がどうなるにしろ、課題関連の云々は有耶無耶になるからだ。クソ野郎を殺せないのは心残りだが、この手でこの武人を殺さなくて済むようになるからだ。

 だが、今の輝夜にその手段は取れない。

 絹代が、人質に囚われているのだ。

 

「せェぁッ!」

 

 自らを捕えようと伸ばされた手の手首と上腕を掴み、そのまま体を翻して肩に担いで投げ飛ばす。梃子の原理を利用した投げ飛ばし。地面には叩きつけず、腕の関節も正常な曲がり方のまま。ダメージなど一切無い。

 着地した烈は、己の腕を見て。そして今の投げ飛ばしを見て、輝夜の実力が自分の想像よりも遥かに上であった事に気付いた。たった一度の投げ飛ばし。そこに込められた手加減を見抜いたのだ。

 烈の意識から手加減という考えが消え失せた。彼女は強い。手加減などしていれば、早々に沈むのは自分だ。

 

 両足を開いて腰を落とし、空気椅子のように膝を曲げる。尻は突き出さず、膝の角度は90度に。上体は僅かに逸らし、両手は握り締めて体の前へ。

 八極拳の基礎の構え、馬歩*1だ。

 

 闘志を漲らせる烈に、とうとう輝夜は諦めた。烈を生かす事を諦めた。

 せめてなるべく苦痛なく終わらせてあげようと、それだけを考えて構える。

 

「……そう、分かった。なら始めましょう。殺すわ、あなたを」

「私は一向に構わんと言っているッ!」

「……行くわよ」

 

 輝夜が地を駆ける。身を伏せた速度特化のその行動に合わせて、烈は縦にした拳での中段突き、崩拳を放つ。

 中国拳法を代表する技とも呼べるそれを、輝夜は烈の腕に手をついてそこを起点に体を持ち上げる。更に地を跳ねる際に回転を加え、烈の腕の上で逆立ちをしながら裏拳を放った。

 烈の右顎を的確に打ち抜いたそれに、即座に烈は左顎を自ら打ち抜く事で中和する。結果、烈は視界が歪む事すらなく、実質ノーダメージで抑えた。

 

 輝夜は、それ自体は予測していた。先ほど脳震盪を力業で解決されたのだから、もはやこれは効かないであろう事は。

 故に、烈の背後へと着地した輝夜は即座に次の一手を繰り出した。

 全身の関節を固めて全体重を乗せた、翁曰く剛体術でのタックルを。

 

 想像を超えたが故に上げたハードル。にもかかわらずそれ以上の動きを見せる輝夜に、烈はこれは手加減しない程度の戦い方では足りぬと判断した。

 結果的には、この判断は間違っていた。この判断をしたがために、烈は全力の後ろ蹴りを放ってしまったのだ。

 39kgの高速で飛んでくる壁。それを相手に、烈は全力で足を叩きつけてしまったのだ。

 必然、烈の足が衝撃に耐えきれずに折れた。脛の骨が折れて皮膚を突き破り、烈に非常事態であると激痛を発する。

 

「ッッッ!?!?」

「あっ、ごめんなさっ」

「私は一向に構わんッ!」

 

 この程度の怪我は些事だ。判断を誤った己の未熟が原因。それは決して輝夜が己以上の実力者であることは関係が無い。しかも、その原因に相手を侮ったが故などというものが含まれているとくれば、自らの馬鹿さ加減に呆れすら湧いてくる。

 脂汗を全身から流しながらも、努めて無表情を保ち再度拳を構える烈。

 

「ッッ……くそっ」

 

 怪我を負った烈以上に苦しそうな顔を浮かべる輝夜。苦痛を与えずに殺すと決めたのに、早々に激痛を伴う怪我を烈にさせてしまった事を悔いていたのだ。

 怪我を負ったというのに無表情の男と、怪我など一切無いのに苦しむ女。

 そんな輝夜の優しさに、烈は思わず笑みを零した。そして、その葛藤を吹き飛ばすため、輝夜に喝を入れる。

 

「カグヤさん」

「……なぁに」

「私は、一向に構いません」

 

 今の烈は足に大怪我を負い、逃げる事も出来ず戦うのにも支障が出ている。加えて輝夜の実力、もはや烈の死は確定しているといっても過言ではなかった。

 にもかかわらず、輝夜を気遣う様に笑う烈。そんな彼を見て、輝夜はついに決心した。

 烈を殺す。諦めからではなく、自分の意思でもって烈を殺す。この武人の最期が、戦いの中であるように。

 

「さようなら、烈」

「ええ、さようなら、カグヤさん」

 

 迫る輝夜に対し、烈が崩拳を振るう。直後、烈の視界から輝夜が消えた。

 構えた手を取られ、腕が背中に捻られる。首に足が乗せられ、視界の端に振りかぶられるもう片方の足が見えた。

 直後、これまでの人生で最大とも言っていい衝撃が烈の顎を襲った。まるで虎の顎(あぎと)に頭部を挟まれたかのような痛み。飛びかける意識。

 

 ああ、郭老師……申し訳ありません。

 

 上に乗った輝夜ごと烈が崩れ落ちる。コンクリートの地面に再度顎を打ち付け、残った僅かな意識も刈り取られた。

 動かなくなった烈を見て、輝夜が物憂げにため息を一つ吐いた。捻っていた烈の手を放し、烈の上から退く。

 

「虎王(こおう)……といったところかしら」

 

 常人ならば、これで死んでいるであろう技だった。

 死んでいるかを確認するため、烈の首元に手を当てる。……驚いた事に、烈には未だ脈があった。これを食らって、未だに烈は気絶しただけなのだ。

 頑丈な男だ。

 

「これで……終わり」

 

 だがそれも終わりだ。尻を高く上げたまま気絶している烈を仰向けに転がし、その胸に跨る。

 指の一本一本を揃えて、骨は多関節。鞭打では苦しんでしまう。マッハビンタでは殺しきれない。だから、突く。

 音速を超えた、文字通りのマッハ突き。狙いは心臓。

 烈に死を届けるそれが発射され、

 

「おっと、それは困るのぉ」

「!?」

 

 誰かに発射しきる前に腕を掴んで止められた。

 自分の手を掴んでいる者を見れば、そこに立っていたのは一人の老人。

 老人はどこか満足げな顔で気絶している烈を見下ろしてホッホッホッとにこやかに笑う。

 

「どうやら烈は、良いデートが出来た様じゃの」

 

 

*1:
ジャッキー・チェンの映画で偶に見る、腕や膝に熱湯の入った椀を置きながら構えを続けるあれ




 
16歳烈=0.6親友

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