※この作品はR-18です。

世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話   作:白髪ロング娘スキー

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第十六話 郭海皇

 

 唐突に現れた老人に慌てて烈の上から退いて距離を取る。掴まれていた手はあっさりと放され、無理矢理解こうとしていた輝夜が、少し体勢を崩した。

 警戒心を露わにしながら輝夜は老人を見つめる。そんな輝夜を見て、老人はやはり美しいのおと笑った。

 

「貴方、誰? 何者?」

「王翠軒で会ったじゃろ、財布を預けた」

「財布……あ、あの時のおじいさん……」

 

 ついでに言えば、烈の育ての親兼師匠でもある。輝夜が渡された烈の情報が載った紙には、この老人の情報が載っていなかった。それゆえ、輝夜はパッと見でその正体に気付けなかったのだ。

 そして輝夜は気付いた。この老人から見て、自分は息子兼弟子である烈を殺そうとした悪人であると。

 罪悪感に思わず肩をすくめる。

 

「ぅ……」

 

 目を逸らして俯く輝夜に、されど老人は笑いながら手を左右に振った。

 

「ホッホッホッ、気にするな美しき人よ。負けたのはこやつが弱い所為じゃ。おぬしは悪くはないぞ」

「……なら、そこを退いてくれるのかしら?」

「それとこれとは話が別じゃの」

 

 相変わらずにこやかに笑いながら、自然体のまま輝夜に向かって歩み寄る老人。瞬間、輝夜の全身の産毛が総毛立った。

 死を感じたのだ。拳の一つや蹴り一つではない。目の前に立つ老人の存在そのものに死を感じ、魂が恐怖したのだ。

 即座に全力で後ろへと跳躍、老人から距離を取る。

 

「ほぉ~? なるほど……ええのう」

「ッッッ……貴方、何者なの」

 

 恐怖で震えた声。それを自覚しつつ、それでも逃げずに輝夜は老人へとその正体を問う。このような圧を出せる人間が、普通の親に過ぎないなどある筈が無い。

 確信をもって相手を睨みつける輝夜を見て、老人は輝夜が想像以上にデキると理解し、機嫌良さそうに自らの名を名乗った。

 

「わたしの名は郭、郭海皇じゃ」

「海王……中国武術界における高位の称号だったわね」

「ああ、違う違う。王ではなく皇じゃ。中国武術界最高位の称号じゃよ」

「は?」

 

 ということは目の前のこの老人、郭は中国の拳法という拳法の頂点に立つ存在という事か? 何が師匠とは名ばかりの親代わりだよッ!? 烈といい郭といい、あんのクソ野郎、情報が間違いだらけじゃねェかッ!

 あまりの情報のザルさに額に青筋を浮かべて憤る輝夜。そして輝夜は、この状況の不味さも理解した。

 先程の感覚からして恐らく、というか確実に、今の輝夜では郭には勝てない。

 

「っ、面倒な事になったわねッ!」

「なに、何も面倒などありはせんよ。わたしがおぬしを叩きのめし、連れ帰って烈の嫁に据えるだけのこと。そこに何も変わりは無い」

「随分と魅力的な提案ね? お断りよッ!」

 

 相手が海皇? 相手が中国武術界最強? それに何の影響がある? 今目の前にいるのは烈を守ろうと立ち塞がるただの老人だ。相手がどれほど強くとも、そこに違いは無い。そして私の目的は烈を殺すことだ。

 もう覚悟は決めた。もう迷わない。だから、この老人を倒して烈を殺す! 貴方は邪魔なのよっ、郭海皇!

 

 輝夜が地を蹴り郭に迫り、その胸目掛けて剛体術を放つ。グーで行くと最悪郭が死ぬので、手の形状はパーにして押し出すように。

 そして、輝夜の手が郭の胸に触れた。瞬間、くるくると縦に高速回転しながら郭が後ろへと飛んで行く。

 

「……は?」

 

 当たった。確かに当たった筈だ。なのに手ごたえが何もない。当たった瞬間に後ろへ跳躍したとか、そういうのでもない。

 確かに自分の手は郭に触れたのに。その胸を押したのに。そして事実郭は後ろへと吹き飛んで行ったのに、押した感覚がまるで無かったのだ。

 今の輝夜の体に加え、前の体を合わせても一度も味わった事の無い感触。

 意味の分からぬ感覚に、輝夜が混乱する。

 

 そんなクエスチョンマークを大量に浮かべている事が見て分かるほどに呆けた顔をしている輝夜に、無事に着地した郭が笑ってそれの答えを告げる。

 

「消力じゃよ」

「しゃお……りー?」

「おう」

 

 郭曰く、消力とは脱力の力なのだと言う。

 護身術の要諦(ようてい)である脱力。それを己の体重をも消し去る程のレベルで常時行い続けることで、敵のあらゆる攻撃を受け流して無力化する防御術。

 その極意は究極のリラックス状態となり、肉体を軸に周囲の力の流れをコントロールすることにあるのだと。

 

「羽毛を殴った所で当たらんじゃろう?」

「つまり、全て受け流し切ったというのね。私の技を」

「うむ」

 

 人間に限らず、生物とは己の身に危険が迫ると肉体が硬直してしまうものだ。その理由として、まずその危険を否認するというものがある。こんなことが起こる筈がないと、まず目の前の危機を全否定してしまう。

 そしてあるところで危機の甚大さに気づき、次に取るべき行動を考える。どうするかを検討し、そして最後に検討した結果を実行する。

 その間、人間は全ての思考がそれに割かれてしまい、結果硬直して動けなくなるのだ。これは生物である限り必然の生体反応であり、本能なのである。

 しかし、その本能こそが事態を悪化させる。

 

 堅牢な樹木が突風に倒れ、柔らかな草木が風に影響されないように。

 不意の転倒で大人が骨折し、高所から落下した赤子が無傷でいられるように。

 

「硬直こそが被害を大きくする。然るに脱力こそが、消力こそが最高の防御術。気で見極め、目で見極めれば例え5tのトラックに100kmで衝突されようがダメージは無い」

「とんでもないわねッ……!」

 

 戦闘という命のやり取りの最中に。全ての筋力を総動員させるべき緊急事態に——脱力する。

 問題は山積みだ。筋肉、骨格、腱……肉体のあらゆる箇所、その奥深くに居座る無意識の強張り。その全てを徹頭徹尾抜き去ることが消力には必要不可欠ということ。

 果たしてそんなことが可能なのか? 人間には、寝ている時でさえ無意識の力みが存在しているというのに。

 

 そして何よりも問題なのが、要求される胆力だ。

 己に向けられる暴力を前に平静を保てる人間がどれだけいることか。たとえ平静であれたとしても、消力実現を前提とするなら身構える事すらも許されはしない。僅かにでも身構えたが最後、そこには既に力みが存在している。

 砂埃が目に入っただけ、髪の毛一本抜けただけでも反射的に強張る。それが人間の本能、生物の本能だというのに。ましてや、殺傷を目的に振るわれる暴力を前に一切の力みを捨て去るなど。

 果たしてそれには、どれだけの胆力が求められるのか。

 

 つまり輝夜の前に立つこの老人、郭海皇は自分の感情の動きや肉体、本能の一欠片に至るまでの全てを完全に制御下に置いているという事になる。

 しかも目を瞑ったりしている訳ではなく、しっかりとその目で攻撃が当たる瞬間まで見届けながらだ。

 人間業じゃない……流石は海皇といったところか。

 

 だが、ふと輝夜は気付いた。

 確かに消力は最高の防御術だ。私も使いたい……じゃなく、あくまで消力は防御の術という事だ。

 ならば攻めはどうするのだ?

 

「例えダメージを与えられないとしても、ダメージを与える必要が無ければ無意味でしょ!」

「むっ」

 

 郭が烈から離れた隙に倒れた烈へと駆け寄り、その心臓へと目掛けてマッハ突きをしようとする。

 防御に特化した技術という事は、攻撃には向かないということ。そして攻撃が出来なければ、輝夜の行動の邪魔も出来ない。

 そのままマッハ突きを発射……しようとして、再び輝夜の全身の毛が総毛立った。

 

 死ぬ。このまま烈を殺そうとすれば死ぬ。何によってかは分からない、それでもそのとてつもなく濃厚な死の気配は、輝夜に己の死を確信させるだけのものがあった。

 慌てて輝夜がその場から飛び退き、烈から距離を取る。瞬間、先ほどまで輝夜が立っていた場所に郭の拳が突き刺さった。

 

 突き刺さった(・・・・・・)。

 

「……は、はぁぁ…………?」

 

 コンクリートで固められた地面が砕けて凹み、大小さまざまな欠片を生みながら土煙を吐く。

 ひび割れは地面を超えて壁にまで到達しており、その殴りの威力を輝夜にこれでもかと伝えている。

 老人の殴りだ。消力を使えるとはいえ、骨に皮膚の垂れ下がった筋肉などまるで無いただの老人。そんな老人の一撃で、コンクリートの地面が砕けたのだ。

 意味が分からない。実はこの老人、今はスーツを着ていないだけで、正体は中国ご当地のスーパーマンだったりするのだろうか。

 中国武術界最強らしいしありえるな。

 

「ホッホッホッ、また避けられたの」

 

 コンクリートに突き刺さった腕を引き抜いて掲げ、輝夜に見せて来る郭。その手には傷の一つも無い。

 

「意味が分からぬという顔じゃの。教えてやろうか?」

「あら、いいのかしら? 私がそれを再現して使うとは考えないの?」

「再現……うむ。出来るならばやってみせい」

 

 そうして郭は語る。今のも消力なのだと。

 消力とは脱力、つまるところ究極の弛緩(リラックス)だ。そして人間・動物に限らず、瞬発力を要求される際、必要なのは何時も弛緩である。

 打つ、持つ、突く、投げる。格闘技やスポーツはおろか日常生活においてすらも、瞬発力を発揮するために必要なのは、その行動におけるインパクトの瞬間までの弛緩。

 故に、弛緩と緊張の振り幅が大きければ大きい程に打力も上がる。然るに、己の体重をも消し去る程の郭の消力、その究極の弛緩から繰り出される打拳の威力が低い筈もない。

 守りの消力、転じて攻めの消力。あらゆる衝撃を無にする防御も、あらゆる障害を破壊する攻撃も自由自在。

 それが先ほどの馬鹿げた威力を発揮した拳の正体。

 

「これこそが消力、これこそが究極の闘法」

 

 そしてそれを使いこなすのが、中国拳法界最強、郭海皇。私の前に立つ、この老人。

 輝夜は、己が完全に怖気づいている事を自覚していた。消力、その凄さに圧倒され勝てる訳が無いと諦めそうになっているのだ。

 こうなった時の対処法は分かっている。自分の頬を両手で勢いよく叩き、ネガティブ思考を追い出すのだ。

 大丈夫、私が勝ってあげる。だから今は大人しくしていてちょうだい。

 

「郭海皇」

「なんじゃ」

「消力、いただくわ」

「ホッホッホッ、持ってけ持ってけ。出来るならの。ハンデじゃ、待っておいてやるわい」

「……感謝、すればいいのかしらね」

 

 油断じゃなく余裕ね、これは。どうせ出来ないから好きにさせる。そして、例え出来たとしても自分なら問題なく叩きのめせる。このハンデはそういうもの。

 まぁ気にしないけどね。私が郭海皇に大きく実力で劣ってるのは事実だもの。

 だから今するべき事は、郭の説明で知れた消力の原理を元に消力を体得すること。

 

 体重を消し去る程の脱力によって人体を羽毛と化す奥義、消力。

 けど人体と羽毛の間には質量の差という埋め難い違いが厳然と存在している。その差異はただ脱力しただけで解決できるものじゃない。

 さて、どうしようかしら。

 

 目を閉じて集中。悩み、悩み、悩み……ふと気付いた。

 先ほど、郭海皇は気で見極め、眼で見極めると言っていた。本当にただ脱力するだけで事が済むのならば、気で見極める事も、眼で見極める必要も無いはず。

 然るに消力の完成には、2つの工程が要求されると推測出来る。

 

 まず敵の攻撃に怖気づかない事は大前提ね。その上で必要なのが攻撃を見極めて、その力の向きに逆らわずに身体を靡かせる体捌き。後方への跳躍、体の傾き、身体の回転。ありとあらゆる様々な技法で、受ける衝撃を最小限にまで落とし込む。

 そして次に脱力。極限の弛緩により五体を羽毛化させて、体捌きによって最小限に留めた衝撃をゼロにする。

 以上の2工程を以て真なる羽毛化、真なる消力は完成を見る。

 

 フィクションの世界だからこそ存在が許されるような、そんな非現実的な奥義よねこれ。脱力すれば何されたってノーダメージって事だもの。こんなものを実際に会得しようなんて、全く馬鹿の行いとしか言いようがないわ。

 けど、実際に出来た人間が目の前にいる。なら出来る。消力はフィクションの中にしかないレーザービームじゃない。れっきとした一つの技術よ。

 というか、元々リアルシャドーの時点で色々とフィクション染みた馬鹿な行いはしてきたし。所詮はこれもその一つに過ぎないわ。

 

 さぁて、まずは脱力を試しましょうか。

 脱力自体はこれまでもやってきた。鞭打が正にそれ。イメージで体が水になるまで想像。結果、体は本当に水に変化したかのような脱力をし、そうして出来上がった脱力した腕を叩きつける。

 要はこれよ。消力とはこれのアップグレード版ってこと。

 

 まずは体が水になったかのような想像をする。もう慣れたもので、そうしようと思った瞬間には既に体は水になっている。

 けど、これじゃ足りない。実際足りていないからこそ、私の鞭打は先ほどの郭の放った拳のような途轍もない威力を持たないのだ。

 それこそ軟体である固形を超え、液体である水を超え、空気である気体になるまで。ひたすら想像に想像を重ねる。

 

 五体に行き渡る無意識の力み。筋肉に、骨格(ほね)に、腱に。体の奥底に居座る全ての強ばり。それを一つ一つ丁寧に、徹底徹尾抜き去っていく。

 強張りが抜けるにつれ、硬い肉の壁は氷嚢のごとき融通さを帯び始め、半紙のような頼りなさに近付き、やがて羽毛へと至る。

 羽毛まで到達(行った)なら、最早そこに壁はない。風も、弾丸も、ミサイルも。全てが意味無く通り過ぎる。

 完全なる消力。真なる羽毛化が成ったならば、その者に通じる武器はない。

 気で見極め、目で見極め、あらゆる衝撃に逆らわず五体で靡く。

 羽毛になる。足は風、手も風。五体これ、全て旋風(かぜ)。

 私の肉体よ、飄(ひょう)となれ。とことん靡け。何にも触れえぬ羽毛となれ。

 

 やがて想像の中の私が溶け、解け、消えていく。

 そうして想像の中に何も映らなくなった時、私は目を開いた。

 

 目を開いた輝夜の視界に映ったのは、拳を振りかぶった郭の姿であった。

 それを認識した直後、輝夜の腹にそれが叩きつけられる。コンクリートで出来た地面を叩き割る程の威力をもったそれ。食らえば内臓ごと全てを吐き出しかねないほどのダメージは免れないそれ。

 しかしそれを当てられた輝夜に反応は無く。ふわりと郭に押される形で後ろへと飛んで行った。

 そして、着地。それと同時に脱力によって無表情だった輝夜の顔に表情が戻る。

 

「えへへー、どう?」

「……おぬし、とんでもないのぉ」

 

 輝夜の消力は完成していた(・・・・・・・・・・・・)。

 たった今その存在を知り、原理を知り、実際の動きを見た。輝夜はそれだけで郭が習得に半世紀近くもの時を掛けた消力をモノにして見せたのだ。

 あまりにも大きすぎる才能の塊を前にして、思わず郭の顔が引きつる。

 

「それじゃあ、始めましょうか」

「うむ。ますますおぬしを連れて帰りたくなったしの。……良ければ、烈ではなくわたしの子を産まんか?」

「産まないわよ! 烈のも貴方のも!」

 

 軽口を叩き合いつつ、両者が歩み寄る。そして同時に拳を相手の胸へとぶつけ合った。

 ふわりと浮かんで後方へと飛んで行く輝夜と郭。共にダメージは無い。

 

「攻めの消力すら完璧、か」

「これやっぱ便利ね。ありがとね、郭さん」

「礼はよい。わたしも良いものを見せて貰った。……やはりわたしの子を」

「産・ま・な・い!」

 

 再度両者が歩み寄る。先ほどのやり取りで、もはや互いに攻めの消力は通用しない事が分かった。例え今から1000回殴り合っても決着は着かないだろう。

 故に、繰り出すのは別の技。完璧とも言える防御術、守りの消力を破れると確信を持った技。

 

「よいかな?」

「よいわよ?」

 

 互いに顔を突き合わせ、一拍。動いたのは同時、当たったのも同時。

 輝夜は皮膚にダメージを与える鞭打を放ち、郭は輝夜の滑らかな頬を指が弾かれるまでつねった。

 

「ぐぅおぉおぉおおお!?」

「いぃったぁ~い!?」

 

 二人して転げ回り、声を上げて痛みを誤魔化す。そして痛みに浮かんだ涙で視界がぼやける中、互いに相手が自分と同じように痛みで転げ回っている事に気付いた。

 これは通用する! それを理解してからは早かった。

 ひたすら郭に鞭打を叩きつける輝夜と、頬に限らず腹に腕に太ももにと輝夜の全身をつねりまくる郭。叩かれるたび、つねられるたびに転げ回る。外から見ればもはや幼稚園児同士の喧嘩にしか見えないだろう戦い。

 だが、それでも両者は本気であり、事実ダメージは蓄積されていた。

 

 先に限界が訪れたのは郭であった。

 手加減無しで腕全体を叩きつける輝夜と、輝夜を生け捕りにするために手加減をしながら指でつねる郭では、ダメージの量に大きな差がある。その差が現れたのだ。

 膝をつく郭を見下ろす輝夜。

 

「勝負は私の勝ちかしら?」

「負けてなどおらん! と言いたいが、これ以上はおぬしを殺してしまうしのぉ。それは流石に勿体ない」

「なに、手加減してたって言いたいの?」

「うむ。が、言い訳にしかならんの」

「……いいわよ、手加減されてたのは分かってる」

 

 つねった手でそのまま肉を引き千切らなかった。消力が通じるのはあくまで外からの衝撃のみ。内からの衝撃である引き千切るという攻撃手段は、消力ではいなせない。

 事実、それをしていれば輝夜は痛みと出血で即座にダウンしていただろう。にもかかわらず、郭はそれをしなかった。

 恐らくは輝夜の美貌を損なわせるのが嫌だったのだろう。勿体ないという言葉にもそれが出ている。

 

「でも、烈は殺すわよ」

 

 嫌そうな顔でそう呟く輝夜。殺すと言った割りに殺意は無く、その気がまるで感じられない。

 そんな輝夜の姿を見て、郭が首を傾げた。

 

「のう、何故そこまでして烈を殺そうとする。おぬし自身は殺したくないと思っておるのに」

「……5人暗殺したら自由、一回でも失敗したら政略結婚。そういう契約なのよ」

「ならこちらに来ればいい。烈の嫁だのなんだのと言ったが、強制はせんぞ?」

「人質も取られてるのよ。私が逃げたと知れれば殺されるでしょうね」

「むぅ……」

 

 ならば仕方ない。

 絶念に満ちた輝夜のその台詞を聞いて、郭は諦めた。

 

「なら、無理矢理にでも連れていかせてもらおうかの」

 

 輝夜の身を傷つけずに捕まえる事を諦めた。顔以外の肉ならば多少削がれようとも構わないと妥協した。

 これほどの武の才と美貌を誇る女が、そのような下らない事を企む者の毒牙に掛かって散っていく姿など見たくはない。

 その為ならば、多少傷が付いたとしても構わないと。

 そんな郭を見て、同じく輝夜も諦めた。

 

「なら、せめて抵抗はさせてもらいましょうか」

 

 烈を殺す事を諦めた。先ほどの様なお遊びとは違う。今の輝夜では本気になった郭には勝ち目がない。故に、絹代の命を諦めた。

 それでも、もしかしたら万が一があるかもしれないと抵抗する。

 郭を見据えて拳を構え……血を吐いた。

 

「ごぼっ……? ッッガァ、ゲホッゴホッ!?」

 

 誰かに攻撃をされた訳ではない。内からの理由のない吐血。

 輝夜はすぐにその理由に気付いた。発作だ。烈永周との長時間に渡る遊びに加えて戦闘、そして郭海皇との連戦。発作を抑えるための薬の効果が切れたのだ。

 

「ゲホッ、おぇ、ゴホッゴホッ、がぁッ……」

「なん……? ……なんじゃ、おぬしら」

 

 心配そうに掛けてくる声が、突然不機嫌そうな声へと変わった。

 血を吐いて咽ながらも顔を上げる。そこでようやく、輝夜は烈と郭と輝夜しかいなかった筈の路地裏に、数えきれないほど多くの黒面をした者達が現れている事に気付いた。それぞれ室外機の上やパイプの上など、上下左右の様々な場所に立っている。

 その内の一人が水の入ったペットボトルと2錠の丸薬を差し出してきた。

 輝夜は、それを見て理解した。こいつらは自分に付けられていた護衛達だと。

 そして彼らが姿を現した意味も。

 

「わたし、ゲホッゴホッ……はァ、失敗したのね」

「続行は不可能と判断致しました……申し訳ありません」

 

 丸薬を水で飲み干し、残った水で口内の血を洗う。

 力が入らない四肢を女の護衛が横に抱く。

 

「少々お待ちください。ターゲットを殺害致します」

「まっ!? げほっげほっ」

「輝夜様?」

「いい……殺さなくていい。かれは善人よ」

「ですが……」

 

 輝夜を抱いたまま、困惑した様な顔で見つめて来る女護衛。

 その襟を握り締めて輝夜は懇願する。

 

「いいから……かれをころさないで」

「……承知いたしました。おいっ! 帰還するぞッ!」

「させると思うてか?」

 

 引き上げ始める護衛達を郭が引き止める。

 正直、郭は今の状況をあまり理解してはいなかった。ただ、この者達が輝夜が暗殺に失敗した時の回収役だという事だけは理解していた。

 輝夜は完全に郭に勝つことを諦め、人質の命も諦め、郭に攫われる事も仕方が無いと諦めていた。郭にはそれが分かっていた。故に、後は輝夜を行動不能にして連れ帰るだけだったのだ。

 そんな大詰めの時にいきなり現れ、輝夜は回収していきます。お疲れ様でしたは納得がいかないのも当然だろう。

 

「その子を置いてゆけ」

「輝夜様は回収させて頂きます」

「貴様らを殺して置いて行かせてもよいのだぞ小童ども」

「ではその間に烈永周を殺しましょう。輝夜様の温情により一旦は殺す事を諦めましたが、輝夜様の回収を邪魔するのであれば殺します」

「うー……」

 

 ぼやけた意識の中、僅かに烈を殺すという言葉が聞こえた輝夜は、体を動かすのも辛いなかそれを我慢して駄目だと自らを抱く女護衛の襟を引っ張る。

 すると別の女護衛が輝夜の顔に触れ、ゆっくりと撫で始めた。一定の間隔で撫でられるそれが眠気を搔き立てる。ただでさえぼやけていた意識に追加で眠気を叩きこまれ、輝夜はそのまま目を閉じて寝始めてしまった。

 

 そんな光景を眺めながら、郭は悩み……輝夜に背を向けた。

 烈と輝夜を天秤に掛け、烈を取った。才能溢れる美貌の女ではなく、自らの愛弟子を取ったのだ。

 

「では、失礼いたします」

「フンッ……胸糞悪いわ」

 

 郭の嫌味には反応せず、輝夜を抱いたまま退却する護衛達。

 こうして、輝夜の第四課題の達成は失敗に終わった。

 

 




 
郭海皇=30親友

勇次郎戦はどっちがいい?

  • 1万8000文字を一話
  • 9000文字を二話
  • 6000文字を三話
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