世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話 作:白髪ロング娘スキー
失敗した。
失敗した失敗した失敗した。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。
「ッ、失敗した……ッ!」
5つの課題、暗殺依頼。その4つ目、烈永周の暗殺。それに私は失敗した。
朝起きて、絹代に何があったのかを聞いた。自分の記憶を辿り、思い出して。
そしてそれが現実である事を再認識した。
私は烈を殺せなかった。
情報と違って烈が善人だった事や、ただの親代わりの筈の郭が中国武術界最強の海皇であった事も失敗した原因だ。
だがそれを言い訳にする事は出来ない。
結局は自分の甘さが原因なのだから。
結局は自分の弱さが原因なのだから。
障害を乗り越えられず、失敗したのは事実なのだから。
こうなっては最早、私が輝夜を名乗る事になった事も、今までの3ヶ月間の修行も、折角教えてもらった消力も全ては無駄だ。
実戦における負けとは死だ。今までしてきた事など関係は無い。
それが負け、全てを否定されるということ。
人生も、覚悟も、どんな想いや心も負けて死ねばゴミになる。
それが負けるということの本質。
積み上げたものを否定されるということ。
そう考えるのならば、むしろ命があるだけ儲けものというべきなのだろう。
それに……今はそんな事はどうでもいい。
「ごめんなさい、絹代」
「なっ、輝夜様何を!? 頭をお上げください!?」
正座のまま手を床について絹代に向かって頭を下げる。
日本の最上級の謝罪方法、土下座だ。
唐突に主に頭を下げられた絹代の慌てている声が頭上に聞こえた。
それでも、私は頭を上げない。上げられない。
「私、絹代を見捨ててしまったわ」
「え?」
「郭海皇。私では、彼には勝てなかった。私を連れて帰ると宣言する彼に抗える気がしなかった。だから、私は絹代の命を諦めてしまった。精一杯抗いはすれどどうせ無理だからと、貴女の命を諦めた」
こんなこと到底許されるべき行いではない。
私はあの時まだ動けたというのに。
例え勝てないとしても、諦めず抗う事だって出来たのに。
それなのに私は人一人の命を容易く諦めた。
自分ではもうどうしようもないからと諦めたのだ。
自分の手が届く範囲なら、結局届かなかったとしても手を伸ばすと誓ったくせに。
「ごめんなさい……絹代」
やっぱり私は偽善者だ。
悪人より、クソ野郎なんかよりもよっぽどクソ野郎だ。
存在を知覚したくもないほどに醜い。
クソ野郎、あいつは最初から見捨てると割り切ってるから希望なんか見せない。
それに対して、私は希望を見せてしまった。
絶望に浸り続けるより、一度引き上げられてから叩き落される方がよっぽど辛いなんてこと、その身をもって知っていたくせに。
「ごめんなざいっ……絹代っ」
「……」
絹代は何も喋らない。呆れただろうか。怒っただろうか。不快に思っただろうか。軽蔑しただろうか。嫌悪しただろうか。
……するだろうな。するに決まってる。
俺が絹代の立場ならば、出来ない事を出来るなんて言って希望を見せるな偽善者と殴り飛ばす。
それが当然だ。
だから、それらの全てを甘んじて受け入れよう。
それが私の自己満足でしかなかったとしても。
僅かに衣擦れの音が部屋に響いた。絹代が動いたのだ。
体が震えそうになるのが分かる。それを気力で抑え込む。
今の私には、怯える資格すらもない。
ただ黙して頭を下げ……その頭が、優しく撫でられた。
「……え?」
「頭をお上げください、輝夜様」
そっと肩を掴まれて上体を上げさせられる。
私の前に座る絹代と目を合わせさせられた。
逸らしそうになる視線を抑え、絹代の目を見つめ返す。
その目に、呆れは、怒りは、不快感は、軽蔑は、嫌悪は。
それらに付随する感情の一つすらもが存在しなかった。
絹代はすぅーっと大きく息を吸い、口を開いた。
「調子に乗るンじゃないよ、バカ娘」
台詞だけならば怒っているようにしか見えないそれ。
されどそれに込められた感情は、感謝であった。
「私はとッくに成人した20代の身だよ、まだ19になったばっかのアンタと違ってね。命は惜しいけど、子供に命を賭けさせてまで守りたいとは思ッちゃいないンだよ」
今までの優しい丁寧な口調ではない。
この3ヶ月半で一度も私に向けられた事のない、恐らくは絹代の素の口調。
「それに、元より私は輝夜様のお付きになろうッて時点で自分の命なンて捨ててんのさ。それを拾ったのはアンタだ。輝夜様に代わってくれたアンタなんだよ。アンタが拾った物をアンタが捨てようとして、そこに何の不思議がある? 不要になった自分の荷物を捨てるなんて普通の事だろうに」
「でも……」
対象は絹代の命だぞ? 不要になったゴミなどではない。文字通り人一人の命なのだ。この3ヶ月半私に仕えてくれた人の命なのだ。それを捨てるなんて……
そう訴える私に絹代は一切答えず、代わりに黙って私の顔を両手で挟んだ。
私の額に自らの額を合わせ、ひっそりと呟く。
「まッたく、馬鹿な娘だよ……私の事なンて無視して、そのまま拉致られてりゃいいのに……」
「きぬ、よ……」
それに込められた感情。絹代の絹代自身に向けられた後悔に、私は謝るのを止めた。
これ以上どれだけ謝ろうと、絹代は自身の存在が私の足を引っ張ったと思ってしまうだけだと気付いてしまった。
だから、代わりに何も言わずにただ絹代を抱きしめる。
そして深呼吸をして心を落ち着け、口を開いた。
「私、中身20代後半の男なのだけれど?」
「あ……ま、まぁ女としては1歳みたいなもンじゃないか。子供子供……」
気まずげに目を逸らす絹代。
それが面白くて、思わず笑ってしまった。
私の笑い声を聞いて、絹代が拗ねたように唇を尖らせてこちらを見てくる。
彼女の背中を撫でながら、私は一つの事を決意した。
私は、政略結婚の駒になる。
もうそれは受け入れた。嫌がる心は押さえつけて納得させた。
だから、一つ交換条件がある。
「絹代を私のお付きとして連れていく。課題で誤情報を渡されたのだから、その程度の我儘はいいでしょう?」
部屋の隅で、私と絹代のやり取りを眺めていたクソ野郎に向き直り、それを提案した。
政略結婚する事は受け入れた上で、一つの我儘を。
そんな私の言葉にクソ野郎はまっすぐにこちらを見据え、
「いや、なんなくていいよ?」
「……は?」
なに言ってんのこいつとでも言いたげな顔でひらひらと手を横に振った。
コイツ……今私割と真面目に話してたんだが? 本来なら何もしたくない程に沈んだ心を、絹代が奮い立たせてくれたから何とかこうしてるってのに。
抱きしめていた絹代を放し、クソ野郎を睨みつける。
「いやだから、政略結婚はまだしなくていいって」
「なんでよ。私課題に失敗したじゃない。もう結婚の相手だって決まってるんでしょう?」
元々、クソ野郎が輝夜の体を政略結婚に使いたいがために結ばれたのがこの契約だ。
であれば、政略結婚をさせたい相手は既にいる筈。
まさか失敗してから適当に探せばいいとかそういうのでもあるまい。
クソ野郎の判断が理解出来ず、内心首を傾げてしまった。
何考えてんのコイツ。
そんな私の視線を受けて、クソ野郎が面倒臭そうにポリポリと頭を掻いた。
「別に俺はそのままお前を出荷しても良かったんだけどねぇ。嘆願がね、大量に来たのよ」
「嘆願?」
「そ。出してきたのはお前を回収した護衛達ね。海皇がいたのは想定外にも程がある事態だったとか、ターゲット自体は戦闘不能に追いやっていたとか、失敗したのは情報の誤りの所為だとか。そういった輝夜様は悪くないーってのが大量に」
あの黒面達か。
「あの子たち……」
「で、そう言われちゃうと、確かに間違った情報を仕入れたのはこっちだしってなっちゃってね。ぶっちゃけ程度こそあれ誤情報なんてよくある事だから、嘆願を振り払ってお前を出荷しても良かったんだけどさ。流石にそれすると謀反されそうだし」
「……なら、私はこれからどうなるの?」
「簡単さ、最後の課題。第五の課題に行って貰う。条件付きでね」
一枚の紙を懐から取り出してそう言うクソ野郎。
恐らくは今までのように、暗殺ターゲットの情報が載っているであろう紙。
それをクソ野郎は私に差し出す。
大人しくそれを受け取れば、やはりとでも言うべきか。それは暗殺ターゲットの情報が載った資料であった。
ただ、今までの物に比べるとかなり情報が少ない。
名前は範馬勇次郎。歳は19。
写真は……あるけど随分と遠くからのものだ。
周りの光景からして、戦地での写真だろうか。
おまけに映っているのは一人だけではなく、銃を撃つ者にナイフを振るう者と様々な人物が映っている。
それでも一目で分かった。
写真の右下に僅かに映ったこの少年……というには少しデカいか。この男だ。
戦場だと言うのにその男は武器の一つも持っておらず、上にはシャツ一枚で下には迷彩ズボン。
遠くからの写真一枚でも伝わってくる覇気。強いな。
好物不明、日課不明、趣味不明。
というか、分かる情報が名前と歳と顔しかない。
「今回は随分と情報が少ないな。何時もそうだが、今回は猶更だ」
「それだけそいつが強いのさ」
「強い?」
強いから何も探れなかったと? いや、強い=何も分からないにはならないだろうに。
それともなにか? 探ろうとした奴らも含めて全てそいつが始末してきたとでも?
そりゃどんな怪物だ。
「怪物だよ。怪物も怪物。通り名を聞くかい? 地上最強の生物さ」
「地上最強の生物……」
よくその名で例えられる生物だと、クマやライオン、アフリカゾウやカバなんかが挙げられるか。
ぶっちゃけ、前の体の俺ならこれらの生物も素手で殺せたとは思う。世界統一チャンピオンの名は伊達ではないのだ。
だが、逆に言えば世界統一チャンピオンクラスの人間でなければ、それらの生物を殺す事は出来ない。
無論銃を使えば殺せる。
だが、地上最強の生物とまで言われるのだ。銃火器を持った上での評価ではないだろう。
つまり、この男は世界統一チャンピオンクラスの実力者という事になる。
……勝てる気がしないんだが。
未だに具象化した俺も倒せてないってのに。
というか、つい昨日郭海皇に負けたばっかだってのに。
「……で、この男は何をしてきたのよ? この男がいると戦争に負けるから殺せとか?」
「その写真の戦争はもうとっくに終わってるよ。その男が一人で終わらせた」
「一人で? どうやってよ」
「ホワイトハウスを襲撃、陥落させたのさ。一人でね」
場所はベトナム。
当時16歳だった範馬勇次郎は北ベトナム側にゲリラとして参戦していた。
ベトナム戦争のラインバッカ―作戦における無数の攻撃。
それぞれの着弾地点が10センチを超えないほどの高密度で放たれたナパーム弾群。
延べ5日にも渡る総量一万一〇〇〇トンの爆弾投下。
それだけでは終わらず、大量の兵士を投入して生き残りを掃討。
生物である限り死は免れられないほどの猛襲。
されど彼はその全てを生き延びてみせた。
更には死体に扮して単独でアメリカ軍の本部に潜入、そのまま本部に駐屯していた兵の大多数を一人で殺害。
もはや兵士では手に負えぬと、アメリカ軍が本部の建物ごと勇次郎に90㎜戦車砲の一斉掃射を敢行。
しかし勇次郎は既に離脱しており、置き土産だとばかりに勇次郎が置いて行った高性能爆薬『テトリル』に引火。
無数の待機兵や戦車全てが破壊された。
更に、予ねてより勇次郎に近付かせていたスパイに誘導をさせ、本来対艦・対空に用いられるボフォース砲を設置しての待ち伏せを実行。
が、勇次郎はそれすらも意に介さずに叩き潰し、悠々と離脱。
その後単身ホワイトハウスを襲撃し、勇次郎個人とアメリカ合衆国間での友好条約を結ぶに至った。
ただでさえゲリラ戦続きでこの戦争は不毛だと判断していたアメリカは、それを契機に軍を撤退。
こうしてベトナム戦争は終わりを告げた。
なお、この全てにおいて、勇次郎が使った武器は己の身ただ一つである。
「…………貴方はそんな相手を私に殺して来いって言うの?」
ヤベ―、前の俺よりずっとヤベー奴じゃん。こいつ外宇宙生命体だったりする?
というか、例え戦うとしてどう戦えって言うんだよそんな奴と。
私がそう言うと、クソ野郎はそんな訳ないじゃんと手を横にひらひら振った。
「依頼主もそれが出来るとは思ってないよ。出来るんならそれが最上だけどね。今回の依頼は範馬勇次郎の肉体の欠損。腕でも足でも指一本でもいい。どこかを一か所再起不能にすることだ」
「健を切ればいいってこと?」
「いや、証拠のために現物がいる。適当に指一本でも千切って持ち帰るまでが依頼だ」
それなら……出来なくはないか? というか、突然課題の難易度が爆上がりしたな。
第一は動けない豚、第二はハゲ屑、第三は完全武装翁、第四が未だ蕾の天才、第五で外宇宙生命体の部位採集。
なんか最後だけおかしくない?
「で、これは何時どこに行けばいいの?」
「行先は判明してる。東南アジアのインドネシア共和国にあるバリ島だ」
「国外」
しかも聞いた事の無い島だ。
範馬勇次郎はそんな島に何の用があるのだろうか。
え、というかマジで外国に行くのか? 私英語と何故か分かる日本語しか使えないぞ。
「行先はって言ったろ? バリ島行きの便を取った事が分かっただけで、今はまだ日本にいる。ただし場所が掴めていない」
「空港で待ち伏せをしろって事ね」
「そーいうこと」
「時間は?」
「今日の深夜0時45分だ」
今日? 随分とまぁタイミングのいい……いや、企んでるってのはないか? クソ野郎を見ている限り、烈の師匠が郭海皇だったのはクソ野郎にとっても予想外だったみたいだし。
当然演技の可能性はあるが、わざわざ誤情報を私に流して何か意味があるのか? と考えると微妙なところだ。
失敗するのを期待するという意味では、郭海皇がいたから失敗は当たり前という擁護意見がある程度上がるのは予想できる事だし。
難易度的にもタイミング的にも、他の者が行く筈だったものを私にやらせようとか、そういうものだろう。
クソ野郎は嫌いだが、疑い過ぎていても疲れるだけだ。
時計を見れば、今は朝の10時ちょっと過ぎといったところ。
時間まではあと14時間半もある。
ならば早めに準備をして、疲れない程度にトレーニングをしておこう。
リアルシャドーで消力の試運転もしておきたいしな。
服はどうせあのドレスとブーツだからいいとして、懐に小刀でも入れていこう。指を切るのに使える。
あー、でもあのドレスにはポケットが無いんだよな、どうするか。
太ももにベルトでも使って巻き付けるか?
「あ、今回はあのドレスじゃないから。あれ今血塗れなんだよね」
「ん? そうなの? じゃあ何で行けばいいのかしら」
「その質問を待ってました!」
唐突にテンションの振り切れたクソ野郎が、横に置いてあった大きな袋を畳の上を滑らせるようにして私に渡してくる。
若干嫌な予感がしながらも、私の膝に当たって止まったそれを手に取って袋の包装を開ける。
中には一つの黒い和服と同じく黒の襦袢。そして一対の黒い足袋と草履に、何やら黒い袋の様なものが入っていた。
試しに和服を取り出して広げてみる。
手触りは今までに着たどの着物よりも滑らかで柔らかく、最上級クラスの逸品である事が分かる。
特に特徴的な柄などは無い。背中部分に先の垂れ下がった花の刺繍が施されており、布の縁が青い程度。
何の変哲もない黒い和服だ。
強いて特徴的な部分を上げるとすれば、裏地を含めて全体の色が真っ黒である事と、動きやすいようにか前面の布が特に柔らかい事くらいか。
質素ではあるが高級感の漂う、正に着る者を選ぶ代表とも言えるデザイン。
当然輝夜が着た場合は言うまでもないだろう。
まぁこれならいいかと我慢できるラインだ。
むしろ変にドレスや柄付きの和服じゃない分、私個人としては結構気に入った。
絹代が座ったまま少し背伸びをして私の手の中を覗き込んでくるので、どうよこれと見せてみる。
途端、絹代が眉を顰めた。
「黒無垢に鈴蘭……!?」
「絹代?」
「……いえ、なんでもありません」
いや、今のは明らかに何かあった反応だったんだが。
話したくないなら別にいいけども。
和服を畳んで袋に戻し、クソ野郎に向き直る。
クソ野郎は何やらニヤニヤと厭らしく笑っており、絶妙にこちらの神経を逆撫でしてくる。
「で、以上でいいのかしら?」
「んや、あと一つある」
「なによ」
「今回護衛は付けられない、皆別の依頼で忙しいんだ。だからそのお付きだけ連れてってね。それが条件だ」
「……? まぁ分かったわ」
「じゃ、それだけだから。行く時は知らせてね」
クソ野郎はそう言って部屋を出て行こうとし、ふと立ち止まる。
なんだ、まだ何か用があるのか?
「いや、範馬勇次郎について一つ噂があってね」
「噂?」
「そう。彼の背中には鬼が住み着いてるらしいよ」
鬼、オーガの事か。背中に住み着く鬼……どういう状態だよそれ。
……ん、そういえばオーガって単語、どっかで聞いたような……?
「ま、細かい事は知らないけど、それだけ教えておこうかなって」
それだけを言い残し、クソ野郎は部屋から出て行った。
鬼、オーガ……どこで聞いたんだったか……?
——— ———
時刻は0時丁度、場所は空港内部。
輝夜は事前に渡されていた着物を着て腕を組み、数ある柱の一つに寄り掛かって立っていた。
そんな輝夜を見つめる視線がいくつか。
特に見惚れるといった類の視線ではなく、着物姿を珍しがっているというだけの視線だ。
珍しい事に、輝夜に見蕩れるといった類の視線は一つも無かった。
その理由は輝夜の付けている黒い綿帽子*1にあった。
例えどれほどに顔が美しくとも、それが見えなければ視線を集める事は無い。
また、着物という体のラインが隠れる服装をしているというのも理由の一つにあった。
無駄に視線を集めないで済むため、輝夜は割と綿帽子を気に入っていた。
これからずっと外出の時はこれ付けようかなと思いつつ、指先で綿帽子を弄る。
そんな輝夜を、絹代はもの言いたげな顔で見つめていた。
黒無垢。
輝夜は日本人ではなく、また日本人でもその意味を知らない者は多い。
黒無垢。それは白無垢という和服を黒にしたものである。
白無垢とは、簡潔に言えば表裏を白一色で仕立てた和服の事だ。
古来から日本は白を神聖な色として、祭服に使う色としていた。
主な使用用途は
つまるところ、白無垢とはウエディングドレスなのだ。
そして、それを黒に染めた黒無垢。
その意味は【あなた色にすでに染まっている】。
加えて、背中に入った鈴蘭の刺繍。
鈴蘭の花言葉には純粋、純潔というものがある。
これだけならば何の問題も無い。
だが前述の黒無垢と合わさった時、それはとんでもない意味と化す。
無地の黒無垢に唯一刺繍された鈴蘭。
それはつまり、『私の純潔をあなたの色で染めて欲しい』と言っているに等しいのだ。
江戸時代にこんなものを着て出歩けば、一発で破廉恥が過ぎるとしょっぴかれかねないほどのもの。
当然絹代はそれを見た瞬間に顔を顰めた。
何のつもりかはしらないが、悪趣味が過ぎると不快に思ったのだ。
しかし絹代は、それを輝夜に伝える事は出来なかった。
天津神直哉、御屋形様に睨まれたのだ。喋るなと。
輝夜がそれに反応しなかったという事は、殺気などは含まれていなかったのだと思われる。
だが例え殺気が含まれていなかろうとも、戦闘には向いていないと判断されてお付きに回された絹代だ。
御屋形様という組織のトップに睨まれるという行為に耐えられる筈も無く、ただ黙って口を噤んでしまった。
更にそこへ追い打ちをかけるように、その後絹代は直哉に呼び出されて釘まで刺されていた。
お前は何も知らないよね? そう言って刀を首に突き付けられて。
輝夜は知らぬ事だが、輝夜が憑依してから絹代はちょくちょく直哉に呼び出されていた。
その度に直哉は絹代の失敗を一つ上げては刀を首に添え、また一つ上げては首に刀を添えていた。
そうして直哉は、絹代が刀を首に添えられる=失敗をした結果だと、してはいけない事をしてしまった結果なのだと絹代が判断するように、少しずつトラウマを作り上げていたのだ。
結果、絹代は輝夜に黒無垢の意味を伝える事はしてならない事だと決断をさせられた。
後で輝夜に報告するという手段すら封じられ、それでも絹代は考えだけは回し続けた。
このような事をするなど、御屋形様の狙いは何なのだろうかと。
幸いと言うべきか、その答えはすぐに出た。
範馬勇次郎だ。
御屋形様は、輝夜様を範馬勇次郎に嫁がせることが目的なのだと、絹代は悟ったのだ。
その答えに行きつくと、途端今までの全てが絹代の中で一つに繋がった。
今までの課題は、この時のための布石だったのだと。
第一の課題。
これはそのままだ。輝夜に殺しをさせたかった。
実力に関しては一日目の動きからして折り紙付き。
であれば、後は人を殺せるか。
また輝夜が人を殺せても、輝夜の肉体が拒否反応を示すかどうかを見たかった。
加えて輝夜が殺せる人間だと分かれば、暗殺任務に赴かせる時の反対意見は少なくなる。
第一の課題の目的はこれだった。
第二の課題。
実際に暗殺任務へと向かわせる。本来必要の無いドレスを着せて。
輝夜の性自認は男だ。そんな輝夜に女装をさせたかった。
それにより、今の体が女のものであるという意識を持たせたかった。
実際、これ以降輝夜は嫌がりつつも、絶対に女のような行動が嫌だとは言わなくなった。
死んだような目をしながらも、諦めた様に仕方ないと思うようになった。
加えて、暗殺対象が悪人だという事も印象付けたかったのだろう。
第一の課題も、第二の課題もターゲットは救いようのないクズ。
そういう依頼が回されるのだと輝夜に思わせたかった。
第三の課題。
これに関しては絹代はよく分からない。
輝夜の実力を試したかったのだとは思われるが……細かい所は不明だ。
だが、理由は不明だがこの課題を達成してから輝夜は急速に女らしくなった。
それを指摘しても複雑そうな顔をするだけで嫌がりはしなくなった。
絹代には分からぬだけで、何かしらの企みは行われていたと見ていい。
第四の課題。
これに関しては言うまでもない。輝夜の課題の失敗だ。
一番良いのは、輝夜が善人は殺せないと暗殺せずに帰還してくること。
例えそれを知った上で殺そうとしたとしても、代わりにイレギュラーの郭海皇がいる。
誤情報に関して、直哉はそう言う事はよくあると言った。
確かに誤情報はよくある事だ。
だが今回の依頼は、もとい輝夜の課題の情報を収集していたのは全て直哉だ。第一から第四まで全て直哉がやっていた。
直哉は元々情報部という、情報収集を専業とする派閥に所属していた者だ。
類稀なる実力があり、暗殺部隊に回され名を挙げはしたものの、その経験が失われる様な事は無い。
そんな彼が個人で集めてきた情報に、ましてや師匠が海皇であるなどという分かりやすい情報を収集出来ない筈が無い。
故に、第四課題における誤情報は全て意図してのものであると推測できる。
更に此処で第一、第二のターゲットがどうしようもない悪人だった事が効いてくる。
ちゃんと情報通りターゲットが悪人だったという前例が二件あったからこそ、輝夜は違和感を覚えつつも、一応本人を見てから判断をしようという方向に思考を回した。
そうして一旦は烈が悪人であり、郭海皇がただの親代わりの老人であると仮定して、暗殺へと出向いたのだ。
結果、狙い通り輝夜はイレギュラーである郭海皇に敗れた。
最期に、第五の課題。
そこまで思考を回した所で、絹代は唐突に原因不明の悪寒に襲われた。
寒い所為かとも思い、輝夜に羽織る物を用意しましょうかと聞こうとし、絹代は目を見開いて固まった。
輝夜が嗤っていた。
口角を上げてヒク付かせ、脂汗を流しながらただ一点を見つめていた。
それを見た瞬間、絹代は理解した。来たのだと。
輝夜はそれを見た瞬間に理解した。
これ指一本すら取れない可能性が高いなと。
郭海皇よりは圧が弱い。魂までもが恐怖する訳ではない。しかし未知の悪寒を感じる。
ひたすらに闘争心が掻き立てられた。
世界最強まで登りつめた経験が、この男の底はまだ見えていないと告げていた。
加えて、腹の奥に覚えのある疼きを感じたのも。
己の身の事だ、輝夜は疼きの正体にすぐに思い至った。
体が負けたがっていた。
【女】が負けたがっていた。
ふざけんなとそれを一蹴して輝夜は歩を進める。
そんな輝夜の袖を絹代が掴み、引き止めた。
「これは……罠です」
トラウマに襲われ、脂汗を流しながらも何とかそれを告げた絹代。
そんな絹代を見て、だろうなと特に動揺もせず輝夜は頷いた。
あのクソ野郎が何かを企んでいる事など最初から輝夜は理解している。
だってクソ野郎だし。
第四の課題もクソ野郎に言われた直後は、疑い過ぎても仕方ないと考えていた。
だが、絹代の様子を見て流石に違和感を抱いた。
そして、輝夜はこの体に憑依して初日に、不明な事を放置していると痛い目に遭う事も身をもって知っていた。
だからトレーニング中に翁に聞いたのだ。
黒無垢とは、鈴蘭とはなんだと。
返ってきた返答を聞いて、輝夜は理解した。
第四課題の誤情報はわざと行われたものであり、そしてあのクソ野郎の本命がこの第五課題であるのだと。
だから護衛を付けなかった。任務に失敗したからと輝夜を回収されては困るから。
だから絹代を付けたのだ。絹代を人質ではなくす事で、輝夜の攫われる事への抵抗を無くすために。
狙いはアメリカを単身で下した勇次郎の強さと、人外の美貌を持つ輝夜のハイブリッド。
人外の美貌を誇る地上最強の暗殺者といったところか。
最良は輝夜が負けて孕まされること。次点で輝夜が勇次郎の部位収集に成功して、地上最強の生物に手傷を負わせた美貌の暗殺者になること。
たとえ失敗して帰ってきても政略結婚の駒に出来るし、最悪輝夜が死亡しても輝夜関連の面倒が無くなってプラスになる。
逃げ場など、第四課題に失敗した時点で輝夜には無い。まるで断頭台にでも立たされた気分だ。
おまけにクズ野郎にはマイナスは何一つとして無い。
輝夜は、私はクズ野郎以上にクズな偽善者だと自虐したがあれは撤回しようと決めた。
流石にここまで丹念に人を貶め、尊厳を破壊する事に専念するクズよりは私はマシだ。
まぁ嘆いていても何も始まらない。どの結果に終わるにしろ、輝夜は戦うしかないのだ。
相手も既にこちらに気付いており、足を止めてこちらの動きを待っている。
その男は、特に人目を引く格好をしているというワケではなかった。
上は黒のインナーを着ており、下は迷彩柄のズボン。靴は裸足の上に草履を履いており、特に時計や装飾品などの小物類は付けていない。
筋骨隆々ではあるが、されど見た人物全員が振り返る程ではない。
なのに、彼とすれ違った者は皆一様に彼を二度見していた。
彼が持つ個性が、存在感が、明らかに周囲の人間の持つそれと違ったからだ。
まるで周りの全ての生物が、自分以外の全てが塵とでも言うかのような雰囲気。
それが人目を引いてしまうのだ。
周囲の空間が歪んで見えるようなその強烈な雰囲気に、人は彼を見ざるを得ないのだ。
止めどなく吹き上がってくる威圧感を感じながら、やっぱり外宇宙生命体体かなんかじゃないのこいつ? と思いつつ男へと近づいていく。
しずしずと歩き、男の前で止まった。
静かにぼそりとそれを呟く。
「少し、お時間を頂いても?」
「ああ、構わねェぜ」
輝夜の前で
19歳勇次郎=23親友
勇次郎戦はどっちがいい?
-
1万8000文字を一話
-
9000文字を二話
-
6000文字を三話