※この作品はR-18です。

世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話   作:白髪ロング娘スキー

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第十八話 範馬勇次郎

 

 場所は移り、空港近くの公園。

 滑り台やジャングルジムなどの遊具に大きな池が設置されていて、特に何の変哲もない普通の公園と言った様相だ。

 深夜帯という時間に加えて、空港近くという場所も相まってか辺りに人影は無い。

 そんな公園の中で水銀灯の光に照らされながら歩く人の姿が3つ。

 絹代と輝夜、そして範馬勇次郎だ。

 

「それで? こんな時間に女二人が俺に何の用だ」

 

 公園の中心、そこまで歩き先頭を歩いていた勇次郎が足を止めた。

 振り返って用を尋ねて来る彼。

 その顔は笑っており、こちらの要件など分かり切っていると言いたげだ。

 

「用があるのは私一人よ、彼女はただのお付き。……ちょっと貴方の指を頂きたくて」

「欲しいなら手を貸してやってもいいぜ」

「本体は要らないのよね」

 

 戦闘には邪魔だと、輝夜が綿帽子を外して絹代に渡す。

 隠されていた輝夜の顔が晒され、勇次郎がそれを見て目を皿のようにして見開いた。

 

「ほぉ、これまた随分と美しいな。……で? 一晩過ごす代わりに俺の指を寄越せと? その黒無垢と鈴蘭はそういう意味だと受け取ればいいのか?」

 

 だがそれによって勇次郎に何か変化が起こる事は無かった。

 ただ感心したように口角を上げて輝夜の美貌を称える。

 とはいえ、その顔は何処か冷めていた。

 

 この体に憑依してから初めて見る反応に、輝夜は少々意外に思いつつもそれを否定する。

 

「私、性自認は男なのよ。性行為はしたくないわ。この服だって無理矢理着せられたもので、意味は後から知ったしね」

「ならばどうする」

「力づくで奪わせてもらうわ」

「……そういうのは大好きだ♡」

 

 冷めていた顔が、輝夜の言葉一つで喜色に染められた。

 色よりも戦闘、バトルジャンキーか。戦争に参加したのも、もしかして戦いを求めての結果なのだろうか?

 

 人は生まれながらにして、個人ごとに異なる悦楽を満たすための欲を一つ持っている。

 その種類は様々で、人を助けるのに喜びを覚える者もいれば、人を殺すのに悦を見出す者もいる。

 恐らくは、範馬勇次郎にとってのそれは戦いへの愉悦、闘争なのだろう。

 だからってそのために戦争の真っ只中に飛び込む辺り、イカレてはいるけど。

 輝夜はまだ理解出来る範疇だと、心の中で範馬勇次郎の評価を外宇宙生命体から地球外生命体へと変更しつつ、戦闘に備えて拳を構えた。

 

 開始の合図など無い。

 ただ同時に駆け出し、互いに拳を振るう。

 先に当たったのはリーチの長い勇次郎の拳。

 輝夜は右胸に当たったそれを消力で受け流し、勢いを殺し切った瞬間に勇次郎の右顎へと、剛体術を使用した左拳を叩きつけた。

 もしもこれを食らったのが一般人ならば、脳をピンボールゲームのごとく頭骨内壁に衝突させ、典型的な脳震盪の症状へと堕とし込む程の衝撃。

 だが輝夜は止まらない。地球外生命体を相手にこれで決着が付くとは思ってはいない。

 

 僅かに沈んだ勇次郎の頭に、頭ごと千切り飛ばすつもりで再度振るう剛体術での右アッパー。

 加えてアッパーを受けてのけ反った体勢を利用した、意識をさらなる遠い世界へと導く右背足での内からの回し蹴り。

 トドメに振り上げた右足を戻す勢いを腰の回転へと利用した、外からの左跳び回し蹴りで勇次郎を吹き飛ばして距離を取る。

 

「さて……どうなるかしら?」

 

 輝夜が攻撃を叩き込んだのは、全て右下顎骨。

 それに加えて脳を揺らす為に、僅かに衝撃を逃がす様にして横からのベクトルを加えて叩き込んでいた。

 通常の人間なら、4度の脳震盪を通り越して既に首が千切れ飛んでいる程のダメージ。

 実際勇次郎は右顎を手で抑えながら俯き、たたらを踏んでいた。相応のダメージは入っている筈だ。

 逆にたたらを踏む程度で済まされている辺り、勇次郎の人外性が見えて輝夜は少し引いていた。

 

 さて、流石に意識は多少霞んでるだろうし、今の内に指を回収しましょうか。

 そう判断して輝夜が懐から小刀を取り出そうとし……瞬間、輝夜の背筋にゾワッと寒気が走った。

 懐を漁ろうと下ろしていた視線を上げて勇次郎の顔を見る。

 勇次郎は、面白そうにニタリとした笑みを浮かべていた。

 

「ハハハ、全然効いてないのね……」

 

 一応これ、具象化した俺すら5秒は行動不能にした連撃なんだけど。

 まるで効いた様子の無い勇次郎に、輝夜は内心少ししょんぼりしつつも、懐に伸ばそうとした手を前へと伸ばして構え直す。

 最後に顎をさらりと撫でてから、勇次郎が口を開いた。

 

「……女、お前名は何だ」

「天津神輝夜」

「字は」

「天へと津(しん)する神を輝(て)らす夜よ」

「カカカッ! 見た目だけじゃなく名前に字まで美しいと来たかッ! 輝夜、お前女にしちゃ随分とやるなァ。僅か1秒で4発も顎に、それも寸分違わず全く同じ場所に叩き込んで来やがるとは」

 

 褒めてくれるのは嬉しいけど、じゃあそれを食らってピンピンしてるアンタは何なんですかね。

 喜べばいいのか悔しがればいいのか迷い、輝夜は心中複雑な気持ちであった。

 微妙な表情の輝夜を見て勇次郎は笑いを零しつつ、自然体のまま僅かに上半身を倒す。

 

「行くぞ、輝夜。死んでくれるなよ」

 

 大きく一歩を踏み出して距離を詰める勇次郎を見て、輝夜は再度カウンターを取ろうと消力の準備をする。

 振るわれる風を切り裂く剛拳。

 左胸へと当たったそれを流して拳を叩きこもうとし……輝夜は気付いた。

 勇次郎の足が動いている。

 

 即座に反撃を中止して、再度消力に専念して受け流す。

 それ以降、輝夜は反撃もせず消力を使うのも止めた。

 感覚で気付いたのだ、これは連撃だと。

 反撃する隙は無いし、消力では受け流し切る前に次が振るわれて突破されると。

 故に輝夜は四肢に力を入れ、それを躱すために目を凝らした。

 

 消力無しでは触れるどころか、掠っただけで戦闘不能に陥るであろう剛拳の雨を躱す。

 躱す。

 躱す。

 躱すッ!

 躱すッッ!

 躱すッッッ!!

 躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱す躱すッッッッ!!!

 都合100合、まだ終わらないッッ!!

 

「ッッッ!!!?」

 

 もはや、それを見極めるために輝夜の両の眼は別れて行動を始めていた。

 振るわれる拳によって巻き起こった風、飛ぶ石などで荒れた地、それらを含めた周囲の状況。

 数多の情報を絶えず仕入れ続け、そこから把握した避けるのに最適な体の動きを矢継ぎ早に算出していく。

 通常運転では足りないと判断した脳がオーバーヒートを自主的に引き起こし、限界以上に駆動を開始。

 体の動きを速めようと加速していく血流の勢いに耐え切れず血管が切れ、鼻からは血が流れ始めた。目は充血して視界が薄ら赤い。

 それすらをも意には介さず、輝夜は勇次郎が疲労で止まるまでの我慢だと努めて冷静に判断を下していく。

 まるで時間が引き伸ばされたような感覚の中、輝夜は振るわれる一つ一つの拳を正確に目で追いかけ続けていた。

 

 地上最強の生物。

 自分は世界最強の男であり、少し名称に違いこそあるものの、輝夜はかつてその地位に立っていた事がある。

 だからこそ、輝夜はその名が持つ意味というものを誰よりも理解していた。

 故に、輝夜は今日のリアルシャドーは回避とカウンターのみに専念していた。

 消力が突破されるのを前提として、その上で何があっても対応出来るように短時間で仕上げてきたのだ。

 これは信頼だ。この男ならば正面から消力を突破してくるだろうという、範馬勇次郎への信頼なのだ。

 

 だからこそ躱せる。これならまだ躱せる。

 触れるだけで簡単にこちらの命を奪い去れる一撃、その群れ。

 だが躱せる……ッ! 大丈夫、もっとギリギリで……もっと理に適った動きで躱すッ!!

 

 実戦空手の父と云われるかの巧妙な空手家が、晩年このように語った。

 数多の突きを躱してきた。数多の蹴りを防御(うけ)てきた。数多の肘を……膝を……頭突きを。果てには鉄パイプから投石、刃物に至るまで。

 出来るだけ接近(ちか)く……ギリギリに。ギリギリに全てを捌ききったと。

 そんなある日、彼はとある日常の稽古で驚愕の境地を体験したという。

 通り抜けたのだと。相手の身体をすり抜けたのだと。

 無論物理的には有り得ないことだ。事実すり抜けたという訳ではない。

 ただ、気の遠くなるような時間を相手の後ろに回り込むことに費やした。その結果防御(うけ)が、体捌きが、足運びが極限まで削ぎ落とされた。

 回り込むを超越し、事前に悟って攻撃が来る前に躱す境地へと踏み入ったのだ。

 

 リアルシャドーでの土台作り。

 もはや数えるのも馬鹿らしくなるほどの超連撃。

 躱しに躱し続け、輝夜は無自覚の内に窮極とも呼べるその領域へと踏み入ったのだッ!

 そして、その果てに輝夜はこれでは駄目だと判断した。

 都合200合、躱す事に集中していた輝夜が動く。

 

「シッ!」

 

 多関節によって振るわれる超音速の拳が勇次郎を襲う。打った際の自傷は消力にて打ち消すッ!

 音速よりも早く打たれた超音速の拳に、勇次郎は対応どころか反応すらも出来なかった。

 尚も右の下顎骨へと当てられたそれに、勇次郎は何時かの未来で900Kgの北極熊をも屠り去ることになるその連撃を止める。

 そう、輝夜は勇次郎の疲労を待つ事を徒労と判断したのだッ!

 

「これを喰らいながら反撃までするか。人間業ではないな」

「200発近くも打ち込んどいて息の一つも切れてない貴方に言われたかないわよ」

 

 全身の血流を速めたために体は熱を持ち、オーバーヒートした脳が茹っているのが輝夜には分かった。

 冷たい空気によってそれらが急速に冷まされていく感覚が心地よい。

 あー、あッたま痛い……

 

「50までは大きく身を翻していたな。それが毛髪に触れ、衣服を掠り、よりギリギリになるにつれ透り抜けるように躱していた。まるで蝶のように」

「蜂のように刺しもするわよ」

「フン、ならばその一刺しは金的をすべきだったな」

 

 金的。男の弱点たる睾丸を狙った攻撃。

 睾丸、それは内臓だ。胎児の時期は体内に位置し、産まれたあとは精子を冷却するため体外へと排出される器官。

 心臓や肝臓、胃や脳と同様にこの上なく脆弱(よわ)い器官であり、されどそれらとは違って守られていない存在だ。

 筋肉に、脂肪に、肋骨に、堅牢な頭蓋に守られず、防具は薄皮一枚のみ。

 しかるに、睾丸だけは精子の製造という大任を帯びているため冷却せねばならない。

 重大な責任を果たすため、皮膚一枚だけを纏い体外へと放り出されてしまった。

 結果、あんなにも無防備な姿を晒す羽目になっている。

 故に、睾丸とは皮膚一枚に包まれた心臓が股間にぶら下がっているようなものであり、それが戦闘時に狙われればどれほどの弱みとなるか。

 

 正に、睾丸とは男に生まれた者ならば誰もが無条件に持つ絶対なる弱点なのだ。

 例え女子供の一撃であろうとも決まれば即K.Oは免れられない程に強烈な攻撃となる。

 それが金的という攻撃である。

 命を奪う以外何でもあり(バーリトゥード)を謳う試合だったとしても、金的だけはNGにしている所も多い程だ。

 

 実際輝夜が金的を放ち、それが勇次郎の睾丸へと直撃したならば、残る輝夜の仕事は懐の小刀で勇次郎の指を切るだけとなっていただろう。

 とはいえ、天下の勇次郎がそれだけ分かりやすい弱点を何の対策もせず放置している訳も無く。

 

「よく言うわよ、視線を向けただけで反応した癖に」

 

 輝夜は攻撃を避けながら差し込む隙を狙い、何処を狙うかを吟味していた。

 当然ながらその選択肢の一つに金的は含まれている。

 そこに当てられるかを考えながら輝夜は視線を向け、されど勇次郎はそれだけで即座に反応した。

 下半身での攻撃を少なくし、もしそこを狙われた場合に即座にカウンターのカウンターを取れるように準備を澄ませていたのだ。

 もしも輝夜がそれに気付かず超音速の拳を勇次郎の股間へと発射していたならば、勇次郎は見えもせず感じる事すら出来ずとも本能で反応して止めてみせただろう。

 その結果、輝夜は一撃で行動不能に追いやられる程の手痛い反撃を食らう事となっていた。

 

「ほう、分かっていたか」

「気付くわよ。分からいでか」

 

 勇次郎の笑みが深まる。

 それを見て輝夜は、翁もそうだけどやたら笑顔が怖いのは何かの仕様なのだろうかという、ある意味正解であり不正解でもある感想を抱いた。

 

「想像以上にイイなァ、お前」

「そりゃどうも。なら指をくれない?」

「力ずくで奪うんだろう?」

「貴方が自主的にくれればその必要も無いのだけれど?」

「そりゃあ困ったな、抵抗したくなっちまう」

 

 困った困ったと言いつつ髪を掻く勇次郎。

 その顔はまるで困っているようには見えず、むしろ嬉しそうに見える。

 そしてそのまま勇次郎は輝夜に背を向け、体の前で拳同士を合わせて0の字を作り、上半身の筋肉を強調させるかのような体勢を取った。

 既存のポーズで言うのなら、モストマスキュラ―が近いだろうか。

 

「……? 何を」

「ハあアア嗚あぁッッッ!!!」

 

 突然行われた勇次郎の奇行に困惑しつつ、輝夜が勇次郎に声を掛けようとする。

 瞬間、勇次郎が大声を上げて腕に力を入れた。

 途端、勇次郎の筋肉が爆発したかのように膨れ上がり、皮膚に脈が浮かび上がり始める。

 勇次郎が力を入れれば入れる程にそれは膨らみ、やがて着ていたインナーの伸縮性の限界を超えた。

 メリッ、ビリィッと音を立てて千切れていくインナー。だがそれでも足りぬと更に勇次郎の上半身は膨らみ続けていく。

 やがて張り付く事すら出来なくなったインナーがはらりと落ちる。

 それを見届けると勇次郎はモストマスキュラ―ポーズを止め、まるでその背中を見せつけてくるかのように勇次郎が両手を上げた。

 

 ピンと真っ直ぐに立つ勇次郎。

 その背中には……

 

「鬼……」

 

 思わずといった風に呟かれた絹代のその呟きを輝夜は聞いていた。

 唐突に何を、とは言わなかった。思う事も無かった。そりゃそうなるとも感じていた。何故ならば、輝夜もそれを見て同じ感想を抱いていたからだ。

 勇次郎の背中、そこには鬼が住んでいた。

 異様なまでに発達した打撃用筋肉、筋肉のみで作り上げられた鬼の形相(めん)ッ!

 背中には様々な筋肉がある。

 三角筋、菱形筋、円筋、後背筋etc……輝夜は世界統一チャンピオンとして鍛え続けていたし、当然同じく鍛え上げてきた対戦相手の背中も見てきた。

 ボディビルダーと筋肉の質を比較される事もあり、そっちにもある程度の造詣はある。

 だからこそ、それが人体の構造からしてあり得ないものだと直ぐに気付いた。

 

「どういう鍛え方したらそうなんのよ……ッ!」

 

 飛び出る乾いた笑い。抑えようにも抑えられなかった。

 悪魔にでも授かったとしか思えないその背中、浮かび上がった鬼に輝夜は気圧されていた。

 また、クソ野郎が言っていた範馬勇次郎の背中には鬼が住んでいるという言葉。

 あれはこの事だったのだと輝夜は理解した。

 そして、範馬勇次郎の評価を地球外生命体から外宇宙生命体へと再度変更する。

 

「誇れ、輝夜。相対した女にこれを見せたのはお前が初めてだ」

「……そりゃドーモ」

 

 絶妙に嬉しくない。

 鬼を出していなかったにしろ、こんなとんでもない力を女子供に振るった事がある。

 その事実だけで輝夜にとってはマイナス印象だ。

 戦争の場では、男も女も子供も老人も関係がないというのは理解は出来るのだが。

 微妙な表情を浮かべる輝夜を相手に、勇次郎は両手を広げて笑う。

 とても楽し気に、その感情を体全体で表現しながら哂う。

 

「まだやれんだろ、輝夜。まだ本気を出し切っちゃいねェだろう輝夜ッッ! 出せ、お前の全てをッ! そしてそれを俺に喰らわせろッッッ!」

 

 全力を出せと宣う勇次郎に、輝夜は攻めの消力と鞭打を解禁することを決めた。

 剛体術と守りの消力だけでは仕留めきれないと判断したのだ。

 というか、元より使うつもりではあったのだ。

 使うタイミングが無く、また互いに戦闘による負傷が少なく済む事を祈って序盤はあまり使う気が無かっただけで。

 小さく鼻息を鳴らし、それを合図に輝夜から表情が消え失せる。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「来いッッッ!!!!」

 

 構える勇次郎に対し、無表情のまま輝夜が歩み寄る。

 そして勇次郎の一歩手前で足を止め、ゆっくりと拳を放った。

 ゆっくり、ゆっくりと勇次郎へと近付いていく輝夜の小さな拳。

 本気を出せといった直後に行われた、この適当としか言いようのない攻撃。

 どういうつもりかと勇次郎の額に青筋が浮かび掛け……当たる直前になって漸く感じた拳に込められた圧に全力で体を逸らした。

 

 当たらなかった輝夜の拳が宙に留まる。

 見た目には変わらず何の変化も無く、ただの小さな女子の手にしか見えない。

 とてもあれ程の強大な圧を発していたとは思えない程に愛らしい小さな手。

 

 だが、それでも勇次郎は先ほどの感覚を気のせいとは思わなかった。

 あの感覚は戦場で何度も感じた事があるからだ。

 命の危機に瀕した際に感じた感覚。

 ここを行ったら。ここでこの手を使ったら。ここで指一本でも動かしたら、最悪死にかねないという本能が告げるレッドブザー。

 それが警報を鳴らしていたのだ。

 これを受けたら、そのまま戦闘不能にまで持って行かれかねないと!

 

「……あら、どうしたの? そんな全力で避けて」

「それは、なんだ?」

「さぁ、何かしらねェ? 食らってみれば分かるんじゃない?」

 

 再度振るわれる拳。一度危険だと判断した直後に再度振るわれる同様の攻撃。

 相変わらずその拳には何も感じる事は無く、そしてやはり当たる直前になってようやく本能が警報を鳴らす。

 何が理由なのかがサッパリ分からず、困惑しながらも拳を躱す勇次郎。

 拳の速度自体は遅いため、カウンター自体は取ろうと思えば簡単に取れる。

 だが勇次郎には、何故自分が所詮は女の拳でしかないそれを、そこまでに危険と判断しているのかが分からなかった。

 

 未知とは脅威だ。人類が乗り越えるべきものだ。人類の成長とは、常に未知の探求と共にあったのだから。

 とはいえ、分からぬからと涎を垂らすライオンの前に座って仲良くしようと喚くような馬鹿はいないだろう。

 勇次郎はどうにも攻めあぐねていた。

 

 実力を認めはしたものの、それでもたかが女の拳。それを相手に無様に後ろに引かなければならない屈辱。

 元々勇次郎は気が長い方ではない。

 これを避けたら、次はたとえ食らってでも反撃を仕掛けに行く。

 そう考えながら足を一歩引き、背中が何かにぶつかった。

 振り返れば、それにあったのは一本の木であった。

 公園の中心で戦っていた筈の輝夜と勇次郎が、いつの間にか公園の片隅にまで来ていたのだ。

 そこまで勇次郎が追いやられたのだ。

 

 その事に気付き、勇次郎は愕然とした。

 瞬時に頭に血が上り全身に怒りによって青筋が浮かび上がる。

 憤怒に思考が焼き切れて考えるという行為を放棄、発射される鬼の左ストレート。

 衝突する両者の拳、悪魔に授かったかのような筋肉と小さな女子の手。

 ……果たして、勝ったのは輝夜の方であった。

 土煙を上げながら地面を滑る様にして後方へと弾かれ、再度木に背中をぶつける勇次郎。

 そこに再度輝夜が殴りかかっていく。

 

 たったの一合。それだけで冷静さを取り戻した勇次郎は、迎撃をする事なく横へと身を反らす。

 結果、対象の居なくなった輝夜の拳が勇次郎の背後にあった木へと叩きつけられた。

 直後ガゴォンッッ! というまるで大砲を撃ったかのような轟音が鳴り響き、ミシッ、ミシッと音を立てて木がへし折れていく。

 とても華奢な女が殴った事によって起きたとは思えない倒木という現象。

 それが起きた瞬間を、勇次郎は見逃してはいなかった。

 

「なるほど、脱力か。先程から行っている受け流すような防御もそれだな」

「よく分かったわね、私は説明されないと分からなかったわ。消力っていうらしいわよ?」

「消力、中国武術の高級技かッッ!!」

 

 名を挙げられ、即座にその存在に思い至る勇次郎。

 知識にはあったそれ。だが体得した者と出会う事は無く、実際に見た事は無かったそれ。

 人生の全てを費やしても、その入り口にすら立てない事もあるとすら云われるそれを、こうして実戦にて使えるレベルで体得している。

 それもこの若さでッ!

 

 勇次郎の中で、輝夜への好感度がギュンギュンと上がっていく。

 普段動く事の無い心のエンジンが、次々と駆動を始めて行く感覚を勇次郎は心地よく感じていた。

 こいつにはもっと出していい、もっと全力でッッ!!!

 

「行くぞ輝夜ァァァッッ!!」

 

 繰り出されるのは、いっそ適当とすら言える足を振るだけの蹴り。

 ただの蹴り。されど範馬勇次郎の蹴り。

 決まればその時点で勝負が決まる威力を秘めたそれを、輝夜は地を蹴って宙に浮かぶ事で躱し、勇次郎の頭へとオーバーヘッドキックを放つ。

 体重と落ちる力を利用したそれを勇次郎はただ腕を立てただけで防ぎ、逆に宙に浮かんだ輝夜へと叩き落とすかのような踵落としを実行。

 早すぎて一本の線にしか見えないそれを輝夜は体を丸める事で躱し、猫のように両手両足を地面に突いて体を伏せて着地。

 即座に蹴りを放ち、蹴った後の軸足を払う様に足を叩きつけた。

 

 輝夜の蹴りが勇次郎の足に当たった瞬間、ゴッッ!! というとても人間の体から発せられたとは思えない打撃音が辺りに鳴り響く。

 まるで金属を蹴ったかの様な感触と音に輝夜は苦笑いを浮かべつつ、掬うように振るわれる拳を消力で受け流した。

 再び宙へと、それも浮(・)か(・)ば(・)さ(・)れ(・)た(・)輝夜。

 

「空中じゃあ威力は逃がせねェだろう?」

 

 空中で縦回転している輝夜へと、体を引き絞るほどに振りかぶられた悪魔の右ストレートが放たれる。

 勇次郎の言う通り、消力とは地に足が付いている事を想定された技術だ。空中で攻撃をされては対処は出来ない。

 だが、輝夜は自分が消力しか出来ないと宣言をした記憶は無い。

 たとえ空中であったとしても、相手の拳を捌くことは出来る。

 

 振るわれる腕に自らの腕を巻き付けて勇次郎の腕を捕え、片足を勇次郎の首へと引っ掛けた。

 だらんと垂らされたもう片方の足は、引っ掛けた足へと合流させるようにして引き上げる。

 結果、間に挟まれた勇次郎の顎へと輝夜の膝が直撃した。

 まるで虎の咢に挟まれるようなそれに勇次郎はたたらを踏む。

 だが、まだ輝夜の攻撃は終わりではない。

 打った足を引き上げながら、捕えていた勇次郎の腕を捻って腕固め。

 そのまま勇次郎の頭部へと自分の全体重を乗せて勇次郎の上体を崩し、地面へと勇次郎の顎を叩きつけた。

 上顎と下顎、嚙み砕く虎の顎になぞらえた秘技。

 

虎王、完了

 

 

「———っぷはぁー! 焦ったぁー!」

 

 輝夜は消力が使えない中、見事勇次郎の攻撃に対応して見せた。

 とはいえ、勇次郎の拳は一撃一撃が即死級。ミスれば即座に自分の命が吹き飛んでしまう。

 なんとか冷静に対処は出来たものの、輝夜は心の底から焦っていたのだ。

 ともあれこれで勇次郎は無力化出来た。

 やろうと思えば、心臓を一突きで殺す事も出来る生殺与奪権を握った状態。

 しかし、輝夜に勇次郎を殺すつもりは無かった。

 

 勇次郎を殺さない理由自体は、依頼は勇次郎の部位の欠損であるとかなんとか、幾つかそれっぽいものを挙げられる。

 だが一番の理由は違った。

 輝夜が勇次郎を殺さないと考えた一番の理由。

 それは、戦闘中に勇次郎が浮かべていた表情が、輝夜には無邪気な子供のそれにしか見えなかったためだ。

 輝夜の実力を知る度、自らの力をもっと引き出しても目の前の女は壊れないのだと知る度に、勇次郎は笑みを深めていった。

 輝夜には、その様がどうにも遊び相手を見つけた子供のそれにしか見えなかった。

 見た目こそ怖いが、中に秘められた感情はそれとしか思えなかったのだ。

 

 輝夜の目が正しければ、勇次郎は別に悪人という訳ではないだろう。

 ただ、地上最強の生物とまで呼ばれてしまう程に有り余るその力を、何処かへと発散させられる場所が欲しかっただけだ。

 

 加えて、日々溜まる鬱憤。

 それを平和な日本で無差別に振るったりする事も無く、戦場という己がいるべき場所を見つけられる良識と冷静さもある。

 それに気付いてから、輝夜は内心勇次郎に同族意識を抱いていた。

 何故ならば、有り余る力に加えて、それを振るう相手がいないという孤独を世界統(前)一チャ(の)ンピ(輝)オン(夜)も感じていたからだ。

 違うのは、その力を自身の為だけに躊躇なく他人に対して振るえるかのみ。

 それに関しても、輝夜は過去に虐められた事がある経験から、むやみに他者へと力を振るえば同じ気持ちを味わわせてしまうと思い配慮した結果だ。

 はたして、虐められたという経験が無いまま成長した自分は、その有り余る力を何処へと向けていたのだろうか。

 考えたくもない。

 

 範馬勇次郎とは、力を持ってしまっただけのただの孤独な子供だ。

 虐められた経験が無く、輝夜にとっての親友のように競おうとしてくれる相手もいなかったもしもの輝夜だ。

 輝夜のIFの姿だった。

 

 それに気付いてしまえばもう駄目だ。

 もはや輝夜の中から殺意は微塵も湧いては来なかった。

 

「……ごめんなさい。指、貰うわね」

 

 喧嘩は勇次郎の生き甲斐だ、なるべくそれは奪いたくはない。

 親指には力を出す役割がある。人差し指には方向を決める力が。中指は回転を誘導し、薬指と小指はそれらを安定させて纏めるためにある。

 この中で失ってもいい指と言えば、人指し指だ。

 

 力を出すために必要な親指を失えばもう喧嘩は出来ず、中指は殴る際に拳を回転させるのに必要だ。

 薬指と小指は無くなれば手全体がガタつき、上手く拳を握れなくなってしまう。

 故に、人差し指。

 人差し指も日常生活を含めて重要な指ではあるが、第一関節だけを貰えばまだ影響は少ないだろう。

 勇次郎の指を切る為、懐に入れていた小刀を取り出そうとし……勇次郎が動いた。

 

「っとととぉ!?」

 

 左手で地面に手を突き、片手で腕立て伏せをするかのようにして上に乗った輝夜ごと自身の体を持ち上げていく。

 輝夜は咄嗟に落とされまいと、勇次郎の右腕へと組み付いた。

 勇次郎はそのまま、腕にぶら下がった輝夜など意にも介さず立ち上がる。

 

 マジかこいつ、完全に決まった腕固めを力業で解決しやがった!?

 輝夜の口角がヒク付き、思わず乾いた笑いが零れる。

 勇次郎は輝夜が抱き着いたままの右腕を持ち上げ、自身ではなく輝夜を上げる事で目線の高さを合わせた。

 笑みの引っ込んだ勇次郎と輝夜が見つめ合う。

 

「こ、こんにちわー……」

「今は夜だバカタレ」

「こんばんはああああああああああああああ!?!?」

 

 輝夜を右腕に巻き付かせたまま野球の投球のようにして勢いよく手を振るい、輝夜を無理矢理引き剥がす勇次郎。

 剛体術も消力も、扱う者の実力を上げこそしても力そのものを引き上げる訳ではない。

 輝夜は抵抗も出来ずに勇次郎の右腕から引き剥がされた。

 

 引き剥がされた勢いのまま宙を飛ぶ輝夜。

 即座に着地地点を確認し、落ちる先に池がある事に気付いた。

 不味いと咄嗟に進行上にある木を見て手を伸ばし、太めの木の枝を掴んで池に落ちまいと抵抗する。

 しかし、いくら輝夜が軽いとはいえ一人の人間の体。

 加えてそれが飛んでいるという推進力までついている。

 木の枝は衝撃に耐え切れず、いともあっさりと折れた。

 

 不味い不味い不味いどうするどうするどうする!?!?

 

 今まで輝夜が勇次郎と互角の戦いが出来ていたのは、その超人的とも呼べる体捌きによるものだ。

 そこに服が濡れるというディスアドバンテージが加わる。

 

 濡れた服というのは、想像以上に重い。

 試しに重量計にカッスカスのタオルを乗せ、その次に水をたっぷりと吸い込ませたタオルを乗せてみて欲しい。

 単純に重さは4倍近くにまで膨れ上がっている筈だ。

 それが、ただでさえ布面積が多く元から重い着物で発生する。

 そんな事があれば、もう輝夜は動けない。

 必然、勇次郎に対抗する手段も無くなり、その悪魔の剛拳で一発ノックアウトさせられるだろう。

 

 どうするどうする所持物は着物に小刀に折れた木の枝だけ……木の枝ッ!

 輝夜は咄嗟に手に持った木の枝を足の下に敷き、直後池に着水。

 消力を応用して、まるでサーフィンのように池の上を滑りながら勢いを殺していき、そして水の上に浮かんだ。

 その着物に水分は微塵も含まれてはいない。

 

「ほぉ、濡れる事は回避したか。どうやってんだそれ」

「濡れたら服が重くなるじゃない、そんな状態で貴方に勝てるとは思えないのよね。あとこれは消力の活用よ」

 

 まず消力を使って自らの体重を0にまで近付ける。

 ただし、地面のように固定された力を流せる場所は無いため、代わりに木の枝で代用。

 木の枝の上で背伸びをするようにして小刻みに、木の枝が浮き上がったら踵を浮かせ、木の枝が沈みそうになったら踵を下げてを繰り返す。

 そうして水に自らの重量を流して分散させているのだ。

 結果、重さを消す事に成功した輝夜は水面に立てている。

 

 輝夜の消力によって波動が発生し、静かだった池にさざ波が発生している。

 輝夜を中心にして美しく広がった波紋が、池の支配者を告げていた。

 

 雲が途切れ、月明かりが輝夜を照らす。

 文字通り絶世の美貌を誇る女が月夜に照らされながら、種も仕掛けも無く水の上に浮いている様は、まるで水の精霊を思わせる幻想的な美しさと威圧感を誇っていた。

 とはいえ、そんな事は勇次郎にはまるで興味が無い訳で。

 腰に手を当て、輝夜に言葉を投げかける。

 

「で、そこからどうするつもりだ」

「こうするのよ」

 

 輝夜は僅かに片足に力を込め、木の枝の一部を水面に跳ねさせた。

 巻き込まれて跳ね上がった水滴、その一つへと目掛けて鞭打を放つ。

 輝夜の手をレール代わりにした水滴が勢いよく発射され、弾丸よろしく勇次郎を襲う。

 それを手の平一つで止め、勇次郎は呆れたように笑った。

 

「おいおい、まさか水遊びか?」

「ええ、そっちに戻るまでちょっと付き合ってちょうだいな」

 

 再び水を跳ねさせ、水滴を飛ばす輝夜。

 ただし、今回は一発ではない。

 足は弾を確保するために何度も木の枝を踏み、両手は浮き上がった水滴を次々に勇次郎目掛けて飛ばしていく。

 一発二発三発と飛ばせば飛ばすごとにその速度は上がっていき、最終的にはガトリングガンよろしく微塵の間隔も無く撃ち続けるにまで至る。

 

 当然勇次郎もただそれを受ける訳ではない。

 服が濡れれば動きが鈍くなってしまうのは、勇次郎も同様なのだ。

 飛ばされる水弾を手で、足で、時に裸の上半身で受けてでもズボンが濡れる事を阻止する。

 

 木の枝を踏む度に僅かに前に進む輝夜が、池から脱出するまでに行われた攻防。

 ただ戻るのも、という思いでついでに行われたにしては、使われた技術のレベルが高すぎるそれは約3分ほど続いた。

 池と地面とを分ける縁石に足を乗せ、輝夜は池から脱出。

 輝夜は手を。勇次郎は上半身を濡らしてこそいるものの、互いに服への浸水はゼロ。

 

「クルージングは楽しかったか?」

「今度はもっといい船に乗りたいわ」

 

 軽口を叩き合いながら歩み寄る両者。

 そして互いに一歩手前で立ち止まり、拳を構えた。

 

「悪いけど、消力は使うわよ」

「それがお前だ。お前を構成する物質の一つだ。お前が持つモノをお前が使おうと誰も文句は言わねェよ」

「そ、ありがと」

 

 言い終わると同時、互いに放たれる拳。

 もう勇次郎はそれを避けはしない。内臓を直接殴られているかのような痛みも、皮膚を直接叩かれる痛みも、今となっては極上の甘露に等しい。

 同様に輝夜も避けない。マグナムすら比ではない剛拳を消力で受け流しつつ、遠心力を加えた攻めの消力と鞭打を遠慮なしに叩きつけていく。

 

 身長180を優に超える大男と、身長150後半しかない小さな女。

 そんな二人が、互いに一切手加減する事なく堂々と真っ向から殴り合う。

 異様としか言えない光景。

 一方的な虐めにしか見えない光景。

 だが事実として女は一切引くことなく、大男もまた一歩も譲らない。

 その只中にある両者には、共通した思いがあった。

 

 楽しい。

 

「ふっ」

「はっ」

 

 楽しいっ。

 

「ふふふっ」

「はははっ」

 

 楽しいッ!

 

「ふふふふふっ」

「はははははっ」

 

 楽しいッッッ!!!

 

「ウフフフフフフフフッ!!!」

「アハハハハハハハハッ!!!」

 

 互いにこれまで競う者の居なかった者同士、初めてといってもいい対等の相手。そんな相手が今、目の前にいる。

 全力を叩きつけても壊れない相手が、目の前で己の攻撃を受けてくれる!

 その事実は、これ以上ない程の喜びを与えてくれていた。

 これに関しては勇次郎は言うまでも無く、輝夜も同様であった。

 元の体の時には親友以外誰も肩を並べてはくれず、今の体になってからも対等な者はいなかった。

 その親友もいともあっさりと崩れ去り、翁は強くはあったが乗り越えられる程度の壁に過ぎず、郭海皇に関しては烈暗殺に気を取られて楽しむどころではなかったのだ。

 

 初めてと言っても過言ではなかった。

 自身を恐れず、自身もまた気兼ねせずに真っ向から殴り合える相手は。

 ずっと欲していたのだ、そんな相手を。

 男の時から抑圧され続けていたその鬱憤、それが今ここで発散されていた。

 

 そも強さを恐れられるのが嫌ならば、輝夜はさっさと世界統一チャンピオンの座を退いて引退すれば良かったのだ。

 そうすれば力を持て余しはしても、恐れられる事は無かっただろう。

 だが輝夜はそれをしなかった。

 

 戦(・)い(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。

 強き者と真っ向から殴り合うような、そんな気持ちの良い戦いがしたかった。

 虐められた事で臆病になり、鳴りを潜めこそはしていたものの、元々の輝夜の性根は強くなりたいと願うバトルジャンキーなのだ。

 そんな輝夜に、極上の遊び相手が与えられた。

 

 楽しむ以外の選択肢など存在する筈も無い。

 

 至福とも呼べる時間。それが、ふと途切れた。

 正中線に拳を叩きこまれた勇次郎がたたらを踏み、僅かに後退したのだ。

 

「ふぅ、ふぅ、ふふふ」

「はァ、はァ、くくく」

 

 初めてだった。そして思うのだ。

 対等な相手がいるという事は、これほどまでに幸せな事なのかと。

 楽しみが中断され、されど胸は幸福に満たされている。

 こんな事は生涯で一度も無かったことだ。

 あァ……良いなァ。

 

「最高だ。最ッ高の女だぜお前」

「良いわ、最ッ高よ範馬勇次郎」

「「産まれてきてくれて、ありがとうッッ!!」」

 

 本来ならば迷わずに抱き着いてキスの一つでもかましてやりたい気分だ。

 だが、それは駄目だ。まだ駄目だ。まだ続けられる。まだ楽しめる。

 そして、ふと勇次郎は思った。

 こいつにならば、アレを使えるかもしれないと。

 

「輝夜」

「なぁに?」

「とっておき、使うぜ」

 

 わざわざ宣言をする勇次郎に、輝夜はきょとんと首を傾げる。

 別に使うのならば好きに使えばいいと思ったのだ。我らは対等な相手、何を畏まる必要があるのだと。

 それに、先ほど自分で言っていたではないか。

 

「それが貴方よ。貴方を構成する物質の一つ。貴方が持つモノを貴方が使おうと誰も文句は言わないわよ」

「!」

「でしょ?」

「……だな」

 

 互いに笑みを浮かべ合う輝夜と勇次郎。

 そして、勇次郎は決めた。

 勇次郎が唯一誇れる父親のあの技、それを使う事を。

 足払いを仕掛け、輝夜の足を払う勇次郎。

 消力で受け流しこそしたものの、それ自体を避ける事は無く、輝夜は黙ってそれを受けた。

 宙を回転する輝夜の足を掴み、後ろに手を回して輝夜を自身の背中に叩きつけ、腋に輝夜の頭を挟んで固定する。

 

「これは親父の得意技でな。人生観、生き様、技術。まるで正反対な親父だった。正直あまり好きじゃなかったぜ。だがそれでも一つ、渋々ながらも俺が誇りたくなる技がある。これがそれだ」

「な”まえば?」

 

 体を無理矢理反らされているため、息苦しく上手く言葉を返せない。

 されど、それでも輝夜は勇次郎の言葉に応える。

 これは対話だ。戦いというベールに覆われた、友人同士の如き和気藹々とした対話。

 であれば、話しかけられれば応えてあげるというのがマナーだろう。

 そんな輝夜に、有り難いと笑いながら勇次郎は言葉を続けた。

 

「名はドレス」

「どん”なわざな”の?」

「要は人間ヌンチャクだ。人間の四肢を掴み、振り回し、叩きつける。それがあまりに高速で行われるが故に、まるで人という布を纏っているように見える」

 

 故に、ドレス。

 

「……べぇ、な”らぞれ、じょうめんがらやぶっであげるわ」

「フンッ、行くぞ輝夜」

 

 先に説明しよう。ヌンチャクとは、3工程からなる武器だ。

 まず片方の柄の部分をもつ。

 次に鎖を背面に回し、もう一つの柄をもう片方の手で握る。

 最後に上から落とすようにして振り抜く。

 以上の3工程。

 

 そして、ドレスとは人間ヌンチャクだ。

 人間の四肢を持ち、鎖代わりに相手の体を背中へと回して手足を掴む。

 そして今度は逆側へと相手の体を回して同じことをする。

 ひたすらこれの繰り返し。

 

「ッッッ!!?」

 

 輝夜が振られた。

 上下左右、縦横無尽に振るわれていく。

 超高速で目に映る景色が入れ替わり、一瞬にして現在を過去へと変えていく。

 未経験な遠心力は頭部へと血液を振り集め、鼻や口、耳に目といった穴を脱出口として機能させ始めた。

 加えて、眼球へと流れ込んだ大量の血液は輝夜の視界を赤く染め、レッドアウトさせる。

 

(これが……ドレス)

 

 勇次郎が誇りたくなるのも分かった。

 これはもはや技ではない。

 技とは、誰が相手でも問題なく継承出来るよう、ある程度マイナーチェンジがされている。

 だがこれはマイナーチェンジのしようもないオンリーワン。

 まさしく奥義と呼べるものだ。

 恐らく勇次郎も力で無理矢理再現しているだけで、本来ならばこれよりも更に凄いのだろう。

 そりゃ誇りたくもなる。

 

 しかしここで終わりではない。

 ドレスとは人間ヌンチャクなのだ。

 そして、ヌンチャクとは最後に相手に叩きつけるための武器なのだ。

 輝夜が狙うのはその瞬間。

 

「聞こえているか、輝夜」

 

 ふと勇次郎が動きを止めた。

 輝夜の顔を脇に挟み、輝夜へと声を掛けてくる。

 頭が茹る様に熱く、体がダルくて仕方がない。

 だが会話を求められ、それに応えられるのならば応えたい。

 これは対話なのだから。

 

「……ぎごえでるわ」

「守れ。我が身を守れ。……死ぬなよ」

「だいじょーぶ……ぜんぶあなだにがえじであげる」

「期待しよう」

 

 ヌンチャクでの攻撃方法、最後の工程。叩きつける。

 それが今、行われた。

 勢いよく地面へと振り抜かれる輝夜。

 咄嗟に後頭部で両手を組み、受け身の体勢を取る。

 インパクトの瞬間を待ち、待ち、そして指が地面に触れた瞬間に行動を開始した。

 

 まずは消力。脱力して極限まで抵抗を無くし、叩きつけられた時の衝撃を分散。

 次に、分散させた衝撃を地(・)面(・)で(・)は(・)な(・)く(・)己(・)の(・)体(・)へ(・)と(・)流(・)し(・)込(・)む(・)。

 水面に物を落とすと波紋が出来るように、受けた衝撃を体を波打たせる事で頭から胴へ、胴から足へと流し込んでいく。

 そして、最後に足へと到達した衝撃を全て勇次郎の手へと叩き込んだ。

 衝撃が手に流された勇次郎が、その激痛に思わず輝夜の足を掴んでいた手を放す。

 その指は様々な方向へと折れ曲がっていた。

 

「ッッガァ!?」

「フッギィ……!?」

 

 とはいえ輝夜もノーダメージでは済まない。

 いくら衝撃を受け流し切ろうとも、頭から地面に叩きつけられた事に変わりは無いのだ。

 また、衝撃を全て勇次郎の手へと伝える為に使用された足も折れていた。

 幸い骨は突き出していないが、明らかに脛の途中からおかしな角度へと曲がってしまっている。

 

 とはいえ、確かに勇次郎は技を中断した。

 ドレスとは人間ヌンチャクで、ヌンチャクとは武器だ。

 そして武器とは基本使い捨てのものではない。

 なのに、勇次郎は輝夜(武器)を手放した。させられた。

 それはつまり、ドレスという技が破られた事を意味していた。

 

「えへへ……じょうめんから破ってやったわよ」

 

 気だるさに襲われながらも、輝夜が立ちあがる。

 足が歪んでいるが故に少し不格好ではあるが、確かに自力で立ち上がって見せた。

 戦闘の続行は可能だ。

 

「ククク、まさか本当にやりやがるとはな」

 

 同じく、折れ曲がっていた手をもう片方の手で無理矢理整え、勇次郎が立ち上がる。

 戦闘の続行は可能だ。

 

「ふふふ」

「くくく」

「ふふふふふ……こほッ?」

 

 笑い合い、嗤い合い、一歩を踏み出そうとして。

 輝夜が口から血を吐いた。

 

「ゴホッ、ゲホッ、ゴボッ!?」

「あァ……?」

 

 輝夜は気付いた。発作だ。

 何で今? 薬を飲んだのは空港に着いてからだぞ? まだ一時間も経ってはいない筈だ。なんで発作が起きる? まさか戦闘が激し過ぎて薬の許容量を超えたのか?

 嘘だろおい……ちょっと待てよ、今良いトコなんだ。待て、待てって……

 そんな輝夜の心情など考慮に値しないとばかりに、咳と共に血が口から排出されていく。

 

 体を丸めて咳き込む輝夜を目にして、勇次郎は気付いた。

 これはドレスのダメージによるものではないと。

 確かにドレスは遠心力によって頭に血が上り、それが顔の穴という穴から吹き零れはする。

 だが、それが口に集中する事は無い。

 また、叩きつけた時に内臓を痛めたにしては逆に吐き出す血が少なすぎた。

 

「持病か」

「はァ……、はァ……、ゲホッ、ゴホッ」

「チッ……楽しい時もこれで終わりか」

 

 ペッと唾を吐き捨てる勇次郎。

 その顔には不満の文字がありありと浮かんでおり、この決着に納得を示していない事が分かる。

 血を吐きながら膝をつく輝夜には、それに対して何かを言う事も出来ない。

 

 足を肩幅に、両手がゆっくりと上げられる。

 勇次郎の背に浮かんだ鬼が、楽しい時の終わりを嘆くかのようにキチキチと音を立てて哭いていた。

 

「最後だ。俺の全力、味わってから逝け」

「ひゅ、ひゅっ、ゴホッ……っアアアッ!!」

 

 悲しそうな顔で呟く勇次郎。まるで友を今からこの手に掛けるような、そんな寂しそうな声だ。

 それを聞いた瞬間、輝夜は立ち上がらなければならないと思った。

 こいつは私と同じだ。私と同じなんだ。独りなんだ。

 なら、せめて私だけでも共感を示してやらなきゃいけねェだろッ!

 

 未だ口の端からは血が零れている。死が近付いている。

 それでも尚立ち上がった輝夜に、勇次郎は嬉しそうに、まるで子供のように無邪気に笑った。

 目の前にあるのは断頭台。死の確定したそれに、それでも輝夜は構えた。

 

 

 

———— 感謝 ————

 

 

 

 刹那、拳は振るわれた。

 迫るギロチン(死)に、それだけで意識が飛びそうになる。

 

 輝夜には分かった。自分の終わりはここだと。

 構えはしたものの、力は入らず迎撃も出来そうにはない。

 今も拳は輝夜へと迫ってきている。

 大人しくそれを受け入れようとして……視界の隅っこに泣きそうな表情をした絹代の姿を見た。

 瞬間、生気の消え失せていた輝夜の体に闘志が戻る。

 

 絹代がいる。彼女に輝夜の傍以外の居場所は無い。

 もしもここで輝夜が死ねば、勇次郎は彼女を気にはしないだろう。

 恐らくはそのまま放置して、そうして彼女はクソ野郎に差し向けられた追っ手に殺される。

 そんな事はさせない。

 

「ッ、ああああああああああああッッッ!!!!!!」

 

 勇次郎の繰り出したかつてないほど全力の一撃を、輝夜は自身の両手で覆うようにして上下に被せた。

 この拳を無傷で受け流す方法は無い。

 今の輝夜は消力を満足に扱える状態ではなく、また使えたとしても吸収はしきれなかっただろう。

 だからこそ、この場を切り抜ける手段はたったの一つ。

 この拳を威力そのままに勇次郎に返すのだ。

 

 勇次郎の手を掴んだまま体を回転させる。

 真っ直ぐに向けられる悪魔の右ストレートに、横のベクトルを加える事は至難だ。

 だがそれでもやり遂げなければ命は無いッ!

 折れた足で勇次郎の足に鞭打を放ち痛みで力を緩ませ、拳の威力は不完全ながら消力で吸収ッ!

 多関節によってしなりを確保して、最後に剛体術を乗せて勇次郎へと返すッッ!!

 

 その時、一機の飛行機が輝夜たちの頭上を飛んで行った。

 飛行機は少しずつ高度を上げていき、そのまま暗い空に消えていく。

 公園中の木が音を立てて揺れ……そして静まった。

 静寂が辺りに広がる。

 

 残されたのは仰向けに倒れた輝夜と、その上に乗るようにしてうつ伏せに倒れた勇次郎だけ。

 

「……」

「……」

 

 ……ふと、輝夜が目を開いた。

 手の痛みに腕を上げて確認してみれば、所々指が折れているのが見える。

 恐らくは流し切れなかった衝撃によって破壊されたのだろう。

 まぁ今はそんな事はどうでもいい。

 輝夜は自らに乗る勇次郎の背中を砕けた手で叩く。

 

「おーい、ゆうじろー? ……生きてるー?」

「……チッ、ダウン(気絶)したのなんざ生まれて初めてだ」

 

 輝夜に何度も背中を叩かれ、勇次郎が目を覚ます。

 輝夜の顔の横に肘を突き、顔を抑えて左右に軽く振る勇次郎。

 勇次郎渾身の右ストレートは、輝夜の手によって返されていた。

 流石に右下顎骨ではなかったものの、剛体術による威力増強を施されたカウンターが勇次郎の顎へと直撃していたのだ。

 その結果勇次郎はダウン。

 倒れる勇次郎を支えられず、そのまま輝夜が押し倒された。

 そうして今に至る。

 

「おい、輝夜」

「……なぁに?」

「お前これからどうするんだ」

 

 唐突に予定を尋ねられ、意味が分からず首を傾げる輝夜。

 焦れたように急かす勇次郎に、特に隠す必要も感じず、輝夜は答えた。

 

「体が動かないし、貴方の指も取れそうにないから、この後は帰還して政略結婚の駒かしらね」

「なら俺に付いて来い」

「……一応聞くけど、なんで?」

「お前を気に入った。俺の子を産め」

 

 壁ドンならぬ地面ドンをしながら、真面目な顔をしてそう宣う勇次郎。

 そんな勇次郎の顔をぼうっと見上げながら、輝夜は考えた。

 勇次郎には帰還したら、という話をしたが、正直輝夜は屋敷に帰還するつもりは無かった。

 帰ってもどうせ政略結婚の駒だ。

 絹代も傍にいるし、逃げる事を阻害する足枷は無い。

 

 だが、それと同時に未来が明るくない事も気付いていた。

 輝夜はクソ野郎の言う通り交渉における最上級のカードだ。

 それを易々と放置などはしないだろう。

 まず間違いなく追っ手を差し向けられる。

 

 そうして、何時かは捕まっていただろう。

 この脆弱な肉体で逃げ切れる訳がないのだから。

 たとえどれだけ追っ手が弱かろうが、数で押し潰すなり、絹代を狙って行動を阻害するなりすれば、あとはこっちが時間経過で勝手にダウンする。

 発作でも起こして、先にこちらの体が病で動かなくなれば、相手の実力など関係なくこちらに勝ち目は無い。

 故にここで勇次郎の誘いを断ろうとも、いずれは肉体を辱められる事にはなるだろう。

 ……選択肢は一つか。

 

「条件があるわ」

「なんだ」

「私と絹代を守ってちょうだい」

「その程度ならやってやる。他には」

「……無いわ」

 

 輝夜の性自認は男だ。男に犯されるなど御免被る。

 だが、どちらにせよ陵辱されるのが確定しているのなら、せめて強き者に。

 自分を打倒せしめた者に操をくれてやりたい。

 その方が精神衛生上都合が良い。

 輝夜は諦めたように哂い、勇次郎へとそれを告げた。

 

「子宮は貸してあげる。好きに使いなさい」

 

 瞬間、輝夜の唇が塞がれた。

 

 

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