※この作品はR-18です。

世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話   作:白髪ロング娘スキー

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第三十五話 御伽の国のアリス

 

「嫌」

「まぁまぁそう言わずに」

「イ・ヤ!」

 

 場所は移動して選手控え室。

 何とかして私を試合に出そうとする光成と、椅子に座って試合への出場を嫌がる私。

 部屋の中には私達二人の人影のみがあり、他の者はいない。

 光成の奢りで買ってもらった紅茶のペットボトルが汗をかき、手に持つ私の指を濡らす。

 買ってもらった時には付いていなかった結露の量が、経過した時間を示していた。

 

「むぅ、何故嫌なんじゃ? お主とて暗殺者とはいえ格闘家、闘いに心高鳴らんのか?」

 

 頑として拒否を続ける私に、少し不思議そうに光成が首を傾げた。

 そんな彼に、キッパリと言い切る。

 

「高鳴らないわね」

「むぅ……」

 

 私の言葉に、光成は困ったという表情を浮かべた。

 なにやらポケットに手を突っ込み、モゾモゾと動かし始める。

 出された手には、何故か袋詰めの小さな飴玉があった。

 勧められるそれを受け取り、口の中に入れて舐める。

 

 飴玉を転がしながら、光成を見る。

 正直、かなり彼に迷惑を掛けている自覚はある。

 仕事を押し付け、交換条件だけは否定しようとしているのだから。

 

 ここ、選手控え室は大きい。

 それこそ、大広間と言っても差し支えのない広さだ。

 どう見ても一人で使う為の部屋ではない。にもかかわらず、いるのは私だけ。

 多分、今日の試合はもう終わったか、他の選手を全員掃けているのだろう。

 ここにいても、僅かに聞こえてくる歓声からして、多分後者だと思われる。

 他の多数の選手よりも、私の事を優先して扱っている。

 そこまでして、私にここ、地下闘技場で戦って欲しいのだろう。 

 

 私の戦いが見たい。そう言ってくれるのは嬉しい。

 でも、それでも私は戦いたくない。

 飴玉が溶け切った辺りで、口を開いた。

 

「……嫌なのよ」

「む、何がじゃ?」

「怯えた目で見られるのがよ」

 

 力に焦がれた。

 他の数多の人生を捨てた。

 他者よりも強くありたいと願った。

 そのために、女も、友も、酒も、地位も、名誉も。

 全てを投げ捨てて、自らを鍛える事に執念した。

 苦痛の連続でしかない鍛錬を乗り越え。

 日に日に、己の内へと蓄えられていく力に酔いしれる。

 

 そうして、力の為に全てを捨ててきた者と対峙して。

 私は女も、友も、酒も、地位も、名誉も。

 努力こそすれど、何もかもを捨てず。

 苦痛でこそあれど、肉体ではなく精神的なそれ。

 果てには、負けたいなどと戯けた願いを抱き。

 日に日に、己の内へと蓄えられていく力を恐れ嫌厭(けんえん)する。

 

 そんな不純物まみれの私に、一撃で屠られ。

 地に倒れ、心の柱を折られ、自信に満ちた瞳から一転、怯えた目で私を見上げる者(弱)達(者)。

 過去の、虐められっ子だった自分にも重なるその瞳が、私は嫌いだ(こわか)った。

 

 今の私なら、そんな瞳で見られようと、勇次郎の女である事を支えに無視できる。

 でも、無視できるという事は、見られても構わない事には、決してイコールにはならない。

 無視するという時点で、耳には入っているのだから。目に見えてはいるのだから。

 

 自身の人生を掛けて、最強の夢を目指してきた彼らを。

 私との一戦を機に、最強の夢が潰えてしまった彼らを。

 私は、決して可哀想だと憐れみたくないのだ。

 彼らを踏みにじり、無駄な努力だったなどと。

 よりにもよって、不純物塗れの私がする憐み。

 そんな侮辱、許されて良い筈が無いのだから。

 

 だから私は、弱い者虐めはしない。したくない。

 この思考すら、彼らに対する侮辱に値する事は承知の上だ。

 私と戦えば必ず敗れ、彼らの強さへの夢が潰えると、そう断言しているようなものなのだから。

 けれど、それを理解した上で、私はそう考える。

 見なければいいと、目を逸らす。

 

「だから、私はここでは闘いたくないわ」

 

 さっきのボクサーのレベルからして、やったところで蹂躙になるのは、目に見えているのだから。

 細かい私の過去や事情は抜きにして、そうして闘いたくない理由を光成に説明した。

 手に持った紅茶のペットボトルの蓋を開け、口に含む。

 量産品特有の、あまり風味が良いとは言えないそれが、喉を潤した。

 

「ふぅ~む……お主、存外に面倒なやっちゃのぉ……」

「知ってる。でも、それが私よ」

 

 苦笑いを浮かべる光成に、私も同じ笑みを返す。

 光成は顎に手をやり、少し何かを悩んだ様子だ。

 そして控え室に備え付けられた、テレビの方へと顔を向けた。

 

「のう、聞こえとったか安藤?」

「?」

 

 唐突に、光成がテレビを見つめたまま、誰かへと声を掛けた。

 一応、そちらの方へと意識を向け、周囲の気を確かめてみる。しかし、誰かがいるという感じはしない。

 一体誰に話しかけたのか。それを聞こうとして、唐突にテレビの電源が点いた。

 

 選手控え室に設置された、巨大な試合観戦用のテレビ。

 そこに、筋骨隆々とした大男の姿が映る。

 男の後ろに見える景色が、この部屋と全く同じレイアウトだ。

 恐らくは、反対側にある選手控え室だろう。

 

『ハハハハッ! 聞いてましたよ、ご老公』

「どう思った?」

『……まァ、納得はしましたぜ。実際、そう言う奴を見た事がねェ訳でもねェ』

「ではどうする?」

『当然、現実を教えてやるまでですよ』

 

 ガハハッ! と笑いながら告げる大男。

 光成は私へと顔を向け、どうだとニカリと笑った。

 

「あ奴は強いぞ。それなりの大きさを誇る熊すらも、素手で倒して見せるからの」

「……」

「お主が全力で闘おうとも、それなりの闘いが出来ると保証してやるわい」

「……」

「弱き者を嬲りたくない。夢を潰したくない。それは理解出来る。じゃが、その上で言ってやるわい」

 

 呆然と光成を見つめる私に、光成はまっすぐに私を見ながらそれを告げた。

 

「地下闘技場を舐めるんじゃあないッ!」

「……いや、あの」

「ここは、表の世界で満足出来ずに集まった者達の楽園じゃッ! 自分より強い者が居る事など百も承知の上ッ! 圧倒的な敗北など望む所ッ! お主の言う夢の潰える瞬間など、見る事は無いわいッッ!!」

「分かった、分かったからちょっと待って」

 

 熱く演説をする光成を止め、深呼吸をする。

 テレビへと目線をやれば、相変わらずそこには巨漢の大男が居た。

 ニヤニヤと笑いながら、静かにこちらを見ている辺り、まだ音声は繋がっているらしい。

 

「私の声、全部あの人に聞かれてたの?」

「おうっ!」

「いや、おうじゃなくて……」

 

 プライバシーの概念んん……ッッ!!

 痛む頭を抱える私に、光成は何故かドヤ顔を浮かべる。

 

「お主、何か忘れとりゃせんか」

「ア"ァ"……?」

 

 怒りのままに光成を睨む。

 私の放つ圧だ、決して軽いものではない。

 しかし光成はそれを受けて、むしろ笑みを深めた。

 

「ワシの天命を思い出してみぃ」

「……結婚相談所?」

「そうじゃッ! 必要な相手に必要な相手をあてがう。それがワシの使命じゃ。あれは決して勇次郎だけに向けた言葉ではないわッ!」

「つまり、私に必要な相手が、彼だと?」

「正確には、この闘技場の選手達そのものじゃ」

 

 どれだけコテンパンにやられようと、決して怯える事は無い。

 一撃で屠られようと、歯を全て叩き折られようと、四肢を粉微塵に砕かれても。

 力に焦がれ、数多の人生を捨て、人として真っ当な人生を望まない。

 女も、友も、酒も、地位も、名誉も、全てを投げ捨て。

 他者よりもただ強くありたいと願い、そのためだけに、格闘技界の闇とすら言える、この地下闘技場にまでやってきた大馬鹿者達。

 彼らは決して、出た杭を打つ事は無い。

 むしろ、自分も自分もと飛び出て行くだろう。

 

「安心せい。お主はただ、お主らしく闘えばいい。お主のような異端者を受け入れる為の場所。それがこの地下闘技場なのじゃから」

「光成……」

 

 私を救うかのように伸ばされた手。

 それに、私は笑みを浮かべ……光成の頭にチョップを落した。

 

「有り難いけど……音声を繋げるのなら、まず一言言いなさいこの格闘技マニア!」

 

 というか、色々言ってるけど、要は私が戦ってるのを見たいだけでしょ。

 何処までも自己中心的な理由だ。そうでもなければ、盗聴などさせる必要はない。

 多分、あの飴玉の時なんだろうなぁ。あっちの控え室に音声を繋げたの。

 

 出場を嫌がる私を、何とかして引きずり出せないかと考えた末の行動。

 私の相手を侮辱するような台詞で、あの大男の戦意を煽り、それを餌に強制的に私を場に引き出す。

 所詮サブプランだ。それでも私が反応しないから、もっともらしい事を言ったのだ。

 実際は、あまりにも堂々としたプライバシーの侵害に、頭を痛めてただけなんだけどね。

 そういう人だってのは、薄々察してたけどさァ……

 

「……分かったわ。取り敢えず、今回だけは思惑に乗ってあげる」

「おお!」

「でも、今回だけよ。次は無いわ」

 

 立ち上がって光成を冷たい目を浮かべて見下ろす。

 殺意を込めて光成を威圧し、次は無いと忠告をする。

 しかし、光成は冷や汗を流しつつも、引く事無く言い返してきた。

 

「次はある。ワシが作って見せる」

「そのうち刺されて死にそうね、貴方」

「たとえそうなろうと、それがワシの使命じゃ」

「……はぁ、分かった分かった。やってみなさいな」

 

 威圧を解き、ひらひらと手を振って控え室を出た。

 歓声の響く方へと向かい、歩みを進めていく。

 正直、私に相応しい者を宛がおうとしてくれるのは嬉しいのだ。

 正面から殴り合える相手、それは私が渇望していたものなのだから。

 でも、その為に使われた手段があまりにも外道過ぎる。

 そりゃあ、ああでもしないと、私は動かなかったけどさ……もうちょっとやり様ってのがあると思うんだよなぁ……

 

 ブツブツと、光成の手口に不満を零しながら歓声に従って角を曲がると、曲がった道の先に光が見えた。

 歓声はそこから聞こえて来ており、そこが目的地である事を告げている。

 一歩一歩近付く度に声は大きくなっていく。

 そして、そこに辿り着いた。

 

『おおお!? 姿を見せたッ! 姿を見せました! オーナー徳川公の推薦で彗星の如くやってきた挑戦者ッ!』

 

 周りには観客がおり、揃って私の事を見下ろしていた。

 着物に加えて錦帽子という、どう見ても戦う者の装束ではない私に、観客はどうやって戦うのかと興味を抱いている様子だ。

 リングへの道を遮る柵を開き、砂へと足を踏み入れる。

 

『この後楽闘技場に華がやってきたァ! 珍しくも女の闘技者でございます! ベールに隠されたその顔は、徳川公曰く絶世とのこと! 果たしてどれほどの物か気になる所です!』

 

 実況者の煽りに、観客が昂る。

 鼓膜を破られそうな程の音圧に、手で耳を塞ぐ。

 それでも耳の中へと大音量が届いてくるのだから、観客たちの興奮具合がよく分かる。

 

『そして彼女の特筆事項としてェッ!! かのオーガに認められたとの事ッ!! この事実ッ、もはや語るまでも無いでしょう! かの伝説の太鼓判、果たして如何ほどのものか興味が尽きませんッッ!!』

 

 もはやスタンディングオベーションだ。

 勇次郎の名の持つ力に、少し圧倒されてしまう。

 けれど、それ以上に私はそんな男の女であるのだと、少し自尊心が満たされる。

 虎の威を借る狐のようで少し気は引けるが、それでも嬉しく思ってしまうのだから仕方ないのだ。

 

 周りを見渡していると、最前席にちょこんと座っている絹代の姿が見えて、そちらへと近付く。

 絹代の隣には、顎に軽くテーピングのされた大山が座っていた。

 心配そうな目で見て来る彼に、問題無しと手を振る。

 

「私が少し席を外している間にとんでもない事になっていますね」

「文句は光成に言ってね? 私は嫌がったわよ」

 

 私の流されやすさに苦言を呈してくる絹代に、全ては光成の所為だと責任を擦り付ける。

 実際、全部光成の所為だし、あれはどうしようもないわよ。

 普通、あそこまで強引だとは思わないでしょ。

 

「その、大丈夫なのかい?」

「んー? なにが?」

「女子(おなご)がこんな場で、しかも着物……」

「大丈夫よ」

 

 大山の肩に手を置く。

 放華で増幅させた生命エネルギーを流し、大山の顎に、ボクサーに殴られたのとは反対側から、滑らせるように平手を打つ。

 コキンッ、と軽い音を立てて大山の頭が揺れ、されど脳を揺らす事は無い。

 顎に触れて、痛みを感じない事に驚く大山にウィンクを飛ばす。

 

「私、それなりに強いから」

 

 歓声が大きくなる。

 私が入って来たのとは反対側にある出入り口を見やると、そこには一人の大男が立っていた。

 あまりにも巨大すぎて、身長に対して通路の天井が低すぎて膝を折っている。

 柵を乗り越え、彼が立ち上がる。

 

『さァ、白虎の方角から現れしは巨人安藤玲一ッ! 身長223cm、体重が236kgというあまりにも巨大すぎるその肉体から振るわれる一撃は、正にミサイルが如し!』

 

 私の約1.4倍はある身長。

 首を殆ど真っ直ぐに上げなければ、顔の一部すらも見えないだろう程の体躯を誇る巨人。

 つまり、錦帽子を被っている私に、彼の顔は決して見えないということ。

 

 テレビに映っていた時は、肩から顎までしか見えていなかったが、こんなにも大きかったのか。

 しかも、それほどの巨漢の癖に、ダレている筋肉は一切無い。

 全身これ筋肉であり、生半可な物であれば、銃弾すら通さないだろう事が読み取れる。

 強いわね。

 

『安藤選手に対し、天津神てるよ選手は身長158cm、体重39㎏! 実に身長1.4倍! 体重に至っては6倍もの差ッ! ボクシングのミニマム級とヘビー級ですら2倍の差の所、実に6倍ッッ!! この絶望的な差を、果たして天津神選手はどう切り抜けるのか見物ですッ!』

 

 実況の煽りに、安藤が横目に私を見た。

 肩を竦ませ、問いを投げて来る。

 

「とか言われてるようだが、お前さんはどう思う?」

「23秒ね」

「アン? なにがだ」

「私が貴方を倒すまでの時間よ」

 

『おおおおお!? 天津神選手ッ、まさかの秒数指定の打倒宣言をカマしたァッ!!』

 

 再び湧き上がる歓声に、もういい加減に慣れたなと思いながら、安藤を見る。

 彼は、額に青筋を浮かべながら、静かに私を見下ろしていた。

 

「俺が、23秒で、お前さんに負けると?」

「もしかしたらもっと早くに決着が付くかもね」

「……ほぉ~、よく分かった。女だからって手加減は無しだ。本気でいくぜ」

 

 睨み合う私達の間に、恐る恐るといった様子で審判がやってきた。

 手を伸ばし、私達の間に置く。

 

「武器の使用以外、全てを認めます」

「オウ」

「ええ」

「ッ、始めェェェッッ!!」

 

 審判が手を上げると同時に、太鼓の音が鳴った。

 瞬間、安藤のミサイルの様な拳が飛んでくる。

 危ないからと、私は審判を手で押しのけ、正面からそれをお腹で受けた。

 衝撃でふわりと飛んで行く体。

 

『一撃ィィィッッ!!! 安藤選手の一撃が天津神選手に突き刺さったァ! まさかのこれで決着かァ!?』

 

 飛んだ体を宙で立て直し、柔らかく着地。

 当然ながら、ダメージは無い。

 

『た、立った!? ミサイルの様な一撃が直撃したというのに無傷だァ!!』

 

「バカが……当たっちゃいねェよ」

「あら、気付いたの?」

「原理は知らんが、浮いた羽みてェに感触が無けりゃそりゃあ気付くぜ」

 

 少し興味のある様子の安藤。

 しかし、悪いけれどそれを説明している暇はない。

 私は23秒で倒すと宣言したのだから。

 経過時間を確認すれば、現在7秒。

 少し急ぎましょうか。

 

 砂の地面を駆けて安藤に接近する。

 それに合わせて振るわれる巨大な拳に、自分の頭を当てさせた。

 衝撃を消力で受け流しつつ、縦に回転する体。

 回転を止めないまま、足を伸ばして鞭化させ、安藤の胸を打ち据える。

 ビッシャァン! という雷鳴のような音が響き、あまりにも鋭い痛みに安藤が膝を突いた。

 

「ッッ!?!? ガアア嗚呼あ!?!?」

 

『お、おおお!? 天津神選手、再び攻撃を無効化し、安藤選手へと反撃ィ! ただの蹴り一発で膝を突く安藤選手ッ! 一体何が起こっているというのかァ!?』

 

 膝を突いた事で落ちてきた安藤の左胸。

 そこへと、全体重を掛けて握り拳を突き出した。

 インパクトの直前に関節を固め、剛体術でもって自分の39kgの重さを、全て拳の着弾点へと一点に通す。

 

「ッガァ!?」

 

 それでも、厚過ぎる筋肉でもって、剛体術の衝撃を削がれたらしい。

 加えて流石というべきか、安藤は倒れないのみならず、反撃までしてきた。

 口から泡を吹きながら、掬い上げるようにして振るわれるアッパーカット。

 近付く拳に片足を乗せ、打ち上げられる衝撃に逆らわず、宙へと飛ぶ。

 目の前には、驚愕に目を見開いた安藤の頭。

 

「おやすみなさい、安藤」

 

 鞭化させた手で、居合斬りの様にスライドチョップを放つ。

 水平に切るようにして振るわれたそれが、安藤の顎を叩き切った。

 白目を剥いた安藤が、背中から倒れて行く。

 経過時間を見れば、24秒が経っていた。

 ……一秒オーバーしちゃったな。

 

『……え、終わり? え、け、決着……?』

 

 困惑した様子の実況には構わず、気絶した安藤を起こす。

 傍にしゃがみ、ペチペチと頬を優しく叩く。

 何度か繰り返していると、うぅ~ん、と魘される様な声と共に、安藤の目蓋が開いた。

 私を見て、周りを見て、自分の状態を確かめて。

 気絶していた事を悟ったのか、深く息を吐いた。

 

「まだ続ける?」

「……いや、俺の負けだ」

 

 静かに呟かれた言葉。

 されど、あまりにも一瞬で着いた決着に、観客が呆然としていた中では、それはよく響いた。

 途端、オオオオオ!!! と大歓声が上がる。

 

『け、決着ウゥゥゥゥゥッッッ!!! まさかの24秒での決着です! 宣言には1秒足りないものの、あっという間の瞬殺劇ッ! 二度の被弾に3度の攻撃を行いながらも、被り物を揺らす事すらないその実力は疑うべくもないッッ!! オーガの太鼓判、ここに証明されましたァァッッ!!!』

 

 足を置いている砂すら揺れかねない程の、物量を伴った大歓声が響き渡った。

 歓声による衝撃で頭が痛くなり、思わず耳を抑えて頭を抱える。

 その上に、大きな手が被せられた。

 

 目を開けば、安藤がその手で私の耳を、錦帽子の上から抑えてくれていた。

 そのまま少しの時間が経過し、歓声が収まり始めた頃。

 安藤が手を離して体を起こした。

 それに合わせて私も立ち上がる。

 

「はぁー、結構強さには自信があったんだがなァ」

「実際結構強かったわよ?」

「瞬殺されといて、その慰めは受け取れねェよ」

 

 私の目線に合わせるためか、しゃがんだままの安藤。

 折角戦った相手なのだし、せめて顔くらいは見たい。

 結局、ちゃんと彼の顔を今の今まで見れていないのだ。

 そう思い、鼻まで隠している錦帽子を少し持ち上げた。

 

 目が大きく、鼻が高い彫りの深い顔。

 筋肉の付いた厚い顔は、とても男らしい。

 エキゾチックな顔立ちは、その巨大な体と相まって、さぞや人目を引いてきた事だろう。

 安藤と目が合う。その黒くて丸い瞳に、怯えは無い。

 割と残酷に叩きのめした自覚はあるため、少々意外に思ってしまった。

 目を瞬かせる私に、安藤が片眉を上げる。

 

「お? 俺が怯えてるか確認したのか」

「あぁ、うん……」

「ハハハ! この地下闘技場でボコボコにされた程度で怯える奴ァいねェよ! いるとしたらそりゃ新参者だな」

 

 そう言って、安藤は高らかに笑う。

 

「安心しな。ご老公も言ってたろ、圧倒的な敗北など望む所さ。夢の潰える瞬間なんざ見る事は無ェよ。これからも安心してここで闘え」

「いや、私今回限りのつもりだったんだけど……」

「アァン!?」

 

 途端に大声を出して迫って来る安藤。

 顔を引いて距離を取ると、安藤は何やら悩んだ様子で顎に手を当てた。

 時折、私を見て何か言いたそうに、モゴモゴと口を動かしては閉じている。

 多分、私を説得するための何かを探しているのだろう。

 そして、何かを思いついたのか、とうとう口を開いた。

 

「いいか、これは俺の夢だ」

「夢?」

「そうだ。ここでお前さんに勝つ事。それが俺の夢だ」

「……え、つまり」

「お前さんが、今回でもう此処に来ねぇなら、俺の夢は潰えるな」

 

 こ、この野郎……考えやがったなッ!?

 確かに、この条件だと私は、何度も何度もこの地下闘技場に来なければいけなくなる。

 でなければ、安藤の夢が潰える瞬間を、それもこんな間近で見る事になる。

 口で言っただけの出任せの可能性もある。けれど、もしこれが本気だったら最悪だ。

 私がそれを見たくないのを逆手にとった、最善(悪)手だ。

 

「~~~ッ、ここで頷くだけ頷いて来なくなれば」

「お前さんはしねェよ。そういう真面目なタイプだ」

「知ったような口をきくわね」

「殴り合えばそんくらい分かる」

「……なら、私が貴方に負ければ」

「オーガの名に傷が付くなァ」

「それは駄目ね」

 

 勇次郎の名を、よりにもよって私が傷付けるとか、絶対に出来ない。

 どうにかして断れないかを考え……諦めた。

 悩めど悩めど、何にも浮かびやしない。

 

「だめか……」

「ハハハ! 諦めて次も来るんだな!」

「それ勝者側の台詞でしょうに……」

 

 頭痛がして、目蓋を閉じて頭を抱える。

 何故か、光成の勝ち誇った様な笑顔が脳裏を過ぎった。

 

 

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