世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話 作:白髪ロング娘スキー
「ホルルルル……」
ため息を吐くように漏れ出た鳴き声。
姿を現した魔猿が、近くにいたクマを興味も無さそうに一瞥する。
ただ視線を向けられただけのクマは、敵対心を剥き出しにして魔猿を睨みつけていた。
しかし、それでも傍から見れば分かってしまうものがある。
両足で立って左右に腕を広げ、自身を大きく見せる事で、夜叉猿に対して威嚇をしてはいる。
けれど、鋭い牙の並ぶ口は隙間なく閉じられていて、雄叫びの一つも無く。
どうしようもなく引けている腰が、その隠された内心を物語っていた。
あれは、さっきの私と同じだ。
凶暴な野生動物に対して、背を向けるという自殺行為を行えない。しかし、立ち向かうのは躊躇われる。
故にただ睨む。自分に手を出せば、お前もただでは済まないぞと虚勢を張る。
違うのは後ろに後退る事すら許されない、圧倒的な力の差がそこにあるかないかだけ。
小鳥は戦闘など出来ないし、猫やタヌキの爪など蚊のそれにも劣る。
カモシカは怯え切っていて、イノシシなど突進したが最後、頭を握り潰されて終わるだろう。
実質、クマはこの場にいる最高戦力であったのだ。
しかし、そのクマは既に自身が夜叉猿には勝てない事を、本能で察してしまっている。
この場にいる50を超える生物。
そのただ一匹として、あの魔猿に立ち向かう権利を持ってはいなかった。
「っ……」
なんでここに夜叉猿がいるのよっ! 普段は縄張りから出てこない筈でしょ!?
悪態を吐きたい気持ちを必死に抑える。
無駄に叫び声を上げて、警戒させる必要なんてない。
夜叉猿に気付かれないよう、死んだふりを続ける小動物たちを、こっそりと膝から降ろしていく。
今の私ではまず勝てない。
そもそも、今の私の敗北条件は私が負ける事ではない。
激しい運動はもっての他だし、あの黄色く染まった汚い爪にでも引っ掻かれたりしたら、一発で感染症に掛かるだろう。
それこそが今の私の敗北条件。腹の子に悪影響を及ばされること。
それを回避するために、傷の一つも負わずに夜叉猿と闘って生き延びる必要がある。
(出来るわけないでしょうがッ!)
考えるまでもない。不可能だ。
されど、希望はある。
こうして観察して分かった事だが、夜叉猿は強い。
しかし、郭海皇や勇次郎と比べるとなると、どうしたって格が違うと言わざるをえない。
つまり、夜叉猿は勇次郎よりも弱いのだ。
そして、ログハウスには勇次郎がいる。彼ならば、夜叉猿を倒せる。
最初から勇次郎任せにするのは心苦しいけれど、他に選択肢も無い。夜叉猿を恐れるあの様子からして、安藤では太刀打ちできないだろうしね。
であれば、私がやる事はただ一つ。
逃げに徹すれば、逃げ切る事くらいなら出来るはず。
顔目掛けて何個か石でも投げれば、ダメージは与えられずとも、鬱陶しい程度には思われるだろう。
そうして気を引きつつ、なんとか逃げるのだ。
そのためにも、まずは立たなければ話が始まらない。
(お願いだから静かにしててね……)
一匹一匹、夜叉猿に気取られないようにしながら、膝から動物たちを降ろしていく。
しかし、だいぶ膝が軽くなり始めた時、それは起きてしまった。
「ッ、ビィー!! ビィーーー!!!」
「あッ、まっ!?」
ただでさえ死の恐怖に襲われるなか、目を閉じた状態で触れられた事で、恐怖が限界に達したのだろう。
膝から降ろそうと、一匹の小鳥に触れた瞬間、その小鳥がけたたましく鳴き始めた。
それを合図に、一斉に閉じていた目を開け放ち、空に舞い地を駆けて逃げ出す動物たち。
もはや、背を向ける事になってでも此処から逃げ出したかったのだろう。
一目散に離脱していく動物たちを、私はただ茫然と見送る事しか出来なかった。
結果的には、纏わり付いていた動物たちがいなくなった事で、私は身軽になれたと言える。
しかし、その代償はあまりにも重すぎた。
不快な破砕音が鳴り響く。
耳をつんざく音に、思わず目が動いた。
「ホルル……」
「あぁもう……!」
そして、遂に目が合ってしまった。
握り潰された木の幹。
破砕音はここから響いたのだろう。
支えを失った大木が、轟音を立てて崩れる。
そんな事を気にもせず、夜叉猿は私を見つめていた。
姿を認識されてしまった今、もはや逃走など不可能だ。
少なくとも、逃げながら夜叉猿を翻弄出来るだけの距離をとらなければ、例え逃げようともすぐに追いつかれてしまうだろう。
座った体勢から急いで立ち上がり、拳を構える。
そんな私を見て夜叉猿は、ニヤリと嗤った。
「ホンギョアアアアアア!!!」
両手を前に出し、腕で全体重を支えながら体を前に。振り子のように振られた先で足を突き、再び手を前に。
両手両足を使い、胴体を前後に大きく伸ばして加速する。近い走り方で言えば、馬のそれに近いか。
推定500キロは下らないであろう巨体が、信じられないほど軽やかに動く。
30mはあった距離が、一呼吸の間に半分以上は縮められていた。
(速すぎっ……!)
想像以上の速さに、思わず目を剝いてしまった。
そして同時に確信もした。
これは、逃げ切れない。
ただでさえ足場の悪い山の斜面。
そこに身重の身に加えて、この夜叉猿の速さ。
まず逃げ切る事など不可能だ。
その事を確信した瞬間、私は作戦を逃走から撤退戦に変更した。
別にやる事はそう変わらない。ただ、逃げる合間に隙を見て夜叉猿を攻撃する。違うのはそれだけ。
付け加えて言うなら、攻撃はダメージ狙いのそれではない、ということか。
つまりは、こういう事だ。
「ホッキャアアア!!!」
振り抜かれた腕を、斜め前に上半身を伏せる事で躱した。
丸太以上に太い黒椀が風を切り裂き、頭上を通り過ぎていく。
喰らえば一撃で死に至るであろう一撃に、私は冷や汗を掻きつつ、上半身を倒した勢いのまま腕を振り抜いた。
「ぜェあッッ!!」
「ギャウッ!?」
私の拳が、攻撃後の隙だらけな夜叉猿の胸を打ち抜く。
ボッグォン! と凄まじい音を立てて、分厚い筋肉に包まれた胸が凹んだ。
巨体が宙に浮き、
(ごめんなさいね、大自然!)
つまり私の作戦はこうだった。
襲い来る夜叉猿をあしらいつつ、消力で殴り飛ばして木にぶつける。
推定500キロの巨体に薙ぎ倒された木は崩壊し、轟音を立てる。
それを繰り返し、異常に気が付いた勇次郎たちに助けに来てもらうのだ。
逃げられないのなら、助けに来てもらう。簡単な話である。
もしかしたら夜叉猿も、痛みに動きが鈍ったり、私への攻撃を諦めて貰えるかもしれないしね。
そう、至極簡単な話だ。
……その筈だった。
一つ想定外があったとすれば、それは。
「ンギュ……」
「あはは……冗談でしょ」
夜叉猿の耐久力が、想像以上だった事か。
小さな拳の形に凹んだ胸を、痒そうに搔きながら夜叉猿が立ち上がる。
どう見ても、ノーダメージであった。
「仮にも中国最強の拳法家に認められた一撃なんですけど……!」
確かに妊娠した事で脱力が上手く行かず、多少威力は下がった。
とはいえ、元々の威力からして海皇のお墨付きだ。多少ダウングレードしたとして、それでもそんじょそこらの達人程度では、掠っただけで複雑骨折する程度の威力はある。
にもかかわらず、あまりにも薄い反応に乾いた笑いが込み上げてきた。
少なくとも、痛みに動きが鈍ったり、怯んで諦めるかもしれないといった考えは泡沫に消えた。
「さぁてと……」
だからといって怯んだりはしないけど。
こちとら、範馬勇次郎という頂点を見ているのだ。
やり辛いだの、どう対処しようだのと、頭を悩ませはしても恐れる事は無い。
まだ二つある目的の内の一つが潰れただけ。
それも、潰れたのは本命のついでに起きればラッキー程度の、あくまでもサブプランの方に過ぎない。
やる事は依然として変わってはいないし、本命はまだ生きている。
「鬼ごっこの始まりね」
視線は夜叉猿から逸らさぬまま、じりじりと後退する。
睨み合ったまま、隙を見て駆け出そうと腰を落とす。
しかし、当然それを見逃して貰える訳もなく、私の動きを見た夜叉猿が吠えた。
「アンギャアアアアアア!!!」
叫び終わると同時、夜叉猿が握り締めた拳を振りかぶって飛び掛かって来た。
……比喩抜きで、巨体が宙に飛んでいた。
「いぃっ!?」
咄嗟に半身になって背を向け、振り抜かれる拳を後ろ肩で受ける。
お腹に振動が行かないように手で抱えながら、与えられた衝撃のままに体を回転させつつ足を持ち上げた。
受けた殴りの威力をそのままに、くるりと回転しながら後ろ回し蹴りを放ち、夜叉猿の横っ面をブチ抜く。
先程の焼き増しの様に、夜叉猿が頭から木へと突っ込み、森を粉砕しながら吹き飛んで行った。
そうして6本ほど木をへし折った辺りで、横滑りをしていた夜叉猿の体が止まる。
されど昏倒する事すらなく、即座に夜叉猿が上体を起こした。
ただ、今度は多少効いたのか、夜叉猿は片手で頭を抑えながら軽く左右に振っている。
その光景を見ながら、私は内心冷や汗を掻いていた。
(あっぶなぁー!!!)
所詮は野生動物、天性の肉体に甘えて、適当に腕を振り回す程度だろうと侮っていた。
いきなり飛び掛かりながら、人間のように拳骨で殴り掛かってくるなんて、まるで思いもしていなかった。
少しでも対応が遅れていたら、あのまま直撃を貰っていたかもしれない。
夜叉猿への警戒心を一段階引き上げつつ、今が好機だと背を向けた。
出来れば、今の一撃で脳が揺れている間になんとか逃げきれないか。
そんな淡い思いを抱きつつ、全速力で駆け出す。
「………………は?」
思わず思考が停止する。
口が開いたまま閉じない。
駆け出そうとしていた足は完全に止まっていた。
何が起こっているのか、まるで理解が出来ない。
夜叉猿なら今後ろで倒れている筈だ。
なのになんで私の前にいる?
幻影? 目の錯覚? 瞬間移動?
そんな馬鹿な。
「ンキャウ……」
「ぁ……」
後ろから聞こえて来た声に振り返る。
そこには、胸に拳の、顔に一本の凹み跡が残された夜叉猿がいた。
前を見る。
胸にも顔にも傷跡は無く、万全の状態の夜叉猿がいた。
心なしか、目の前にいる夜叉猿の方が大きいようにも見える。
それを見て、私は理解した。
つまり、だ。
夜叉猿は一匹ではなかったという事だ。
「ホルル……」
「ホキョァ……」
作戦は頓挫した。
あれは夜叉猿が一匹だったからこそ、成せる作戦であった。
今の私では、夜叉猿二匹を相手に、攻撃を捌き続ける力は無い。
それでも諦めるつもりはないけれど……
クソ、なんで私は夜叉猿が一匹しかいないと決めつけてたんだ?
安藤は言っていた。遥か昔、宮本武蔵などの超有名どころを除いて、武芸者はみな夜叉猿に喰われて消息を絶ったと。
宮本武蔵の名前は私も知っている。かの二天一刀流の創始者、江戸時代初期に最強と謳われたサムライ。
江戸時代は確か、約400~500年ほど前だったか。
そして、生物であれば当然寿命というものがある。
夜叉猿の寿命がどれほどかは知らない。
だが、少なくとも4、500年を生き抜けるほどには、長くはない筈だ。
であれば、
(なんで私はそんな当たり前の事に気付かなかった……!)
あまりにも馬鹿らしい。
私の作戦は、立てた時点で既に頓挫していたのだ。
付け加えて言うならば、恐らく二匹目の夜叉猿が此処に居る理由は、私の作戦のせいだろう。
倒木で鳴り響く轟音。それに気付いて勇次郎たちが来るよりも前に、二匹目の夜叉猿が音に気付いて寄って来てしまったのだ。
(んなぁ~!! 何もかもが裏目に出てるじゃない!!)
しかし、その事を嘆いている暇など無い。
二匹目の夜叉猿が出て来た事も悪いが、それ以上に立ち位置が最悪だ。
よりにもよって、前後で挟み撃ちにされている。
(どうするどうするどうするどうする!?!?)
焦る思考は、何の答えも返してはくれない。
そして、夜叉猿に私が起死回生の一手を考え付くのを待つ義理など無い。
私の後ろに立つ、今まで戦っていた方の夜叉猿が動いた。
両足で立ち上がり、私の頭を包み込んで余りある巨大な手が握り込まれる。
名実ともに鉄拳の名に相応しい拳が振り下ろされた。
対して、私は思考を中断させ、反撃を構えを取ろうと、
「アンッギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「いッ……!?」
「ホキャッ!?」
鼓膜が破れそうな大絶叫に、思わず構えようとしていた手で両耳を塞ぐ。
見れば、拳を振り下ろそうとしていた夜叉猿も、握った手を解いて地面に突いていた。
二匹目の夜叉猿、大絶叫をカマした夜叉猿が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
こちらの夜叉猿の方が立場が上なのか、一匹目の夜叉猿が、それに合わせて一歩二歩と後退していく。
そうして目の前までやって来た夜叉猿は……そのまま振り返って、来た道を引き返し始めた。
「ぇ……」
視界に映るのは黒い毛むくじゃら。
私に対して攻撃をするでもなく、無理矢理攫うでもない。
ただ背を向けて、立ち去ろうとする背中。
色々な事が一度に起こり過ぎて、何がなんだかまるでサッパリだ。
全く事態に付いて行けていない。
困惑しきりで固まる私に、夜叉猿が振り返った。
「キャウ」
ただその一言だけを呟き、再び歩みを再開させる。
それでも私が固まっていると、後ろにいた一匹目の夜叉猿が、同じく「ホキャ」と呟いて私を見下ろしてきた。
先ほどまでの戦意が嘘のように、無感情で私を見て、そして立ち去ろうとしている夜叉猿に視線を移す。
「……えと、着いて行け……ってこと?」
夜叉猿の言葉なんて分からない。
だが、私には何となくそう言っている様に感じた。
(さて、どうしようかな)
いやまぁ、私に拒否権なんて無いんだけどさ。
見た限り、私に危害を加える気は無くなった様子ではある。
しかし、どう見てもそれは私に用があっての事だ。
ここで襲って来ないなら逃げますね、なんてやった場合、まず間違いなく再び襲われる事になるだろう。
私に着いて行かないなんて選択肢は無いのだ。
ため息を一つ吐き、私も歩き出す。
歩く先はもちろん、先を進む夜叉猿の後ろ。
「はぁ……」
一体全体、何が目的なのかしらね。