※この作品はR-18です。

世界最強の男がTS憑依して範馬勇次郎に負けた挙句同意レイプされる話   作:白髪ロング娘スキー

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第五十三話 夜叉猿(前編)

 

「ホルルルル……」

 

 ため息を吐くように漏れ出た鳴き声。

 姿を現した魔猿が、近くにいたクマを興味も無さそうに一瞥する。

 ただ視線を向けられただけのクマは、敵対心を剥き出しにして魔猿を睨みつけていた。

 しかし、それでも傍から見れば分かってしまうものがある。

 

 両足で立って左右に腕を広げ、自身を大きく見せる事で、夜叉猿に対して威嚇をしてはいる。

 けれど、鋭い牙の並ぶ口は隙間なく閉じられていて、雄叫びの一つも無く。

 どうしようもなく引けている腰が、その隠された内心を物語っていた。

 

 あれは、さっきの私と同じだ。

 凶暴な野生動物に対して、背を向けるという自殺行為を行えない。しかし、立ち向かうのは躊躇われる。

 故にただ睨む。自分に手を出せば、お前もただでは済まないぞと虚勢を張る。

 違うのは後ろに後退る事すら許されない、圧倒的な力の差がそこにあるかないかだけ。

 

 小鳥は戦闘など出来ないし、猫やタヌキの爪など蚊のそれにも劣る。

 カモシカは怯え切っていて、イノシシなど突進したが最後、頭を握り潰されて終わるだろう。

 実質、クマはこの場にいる最高戦力であったのだ。

 しかし、そのクマは既に自身が夜叉猿には勝てない事を、本能で察してしまっている。

 

 この場にいる50を超える生物。

 そのただ一匹として、あの魔猿に立ち向かう権利を持ってはいなかった。

 

「っ……」

 

 なんでここに夜叉猿がいるのよっ! 普段は縄張りから出てこない筈でしょ!?

 

 悪態を吐きたい気持ちを必死に抑える。

 無駄に叫び声を上げて、警戒させる必要なんてない。

 夜叉猿に気付かれないよう、死んだふりを続ける小動物たちを、こっそりと膝から降ろしていく。

 

 今の私ではまず勝てない。

 そもそも、今の私の敗北条件は私が負ける事ではない。

 激しい運動はもっての他だし、あの黄色く染まった汚い爪にでも引っ掻かれたりしたら、一発で感染症に掛かるだろう。

 それこそが今の私の敗北条件。腹の子に悪影響を及ばされること。

 それを回避するために、傷の一つも負わずに夜叉猿と闘って生き延びる必要がある。

 

(出来るわけないでしょうがッ!)

 

 考えるまでもない。不可能だ。

 されど、希望はある。

 

 こうして観察して分かった事だが、夜叉猿は強い。

 しかし、郭海皇や勇次郎と比べるとなると、どうしたって格が違うと言わざるをえない。

 つまり、夜叉猿は勇次郎よりも弱いのだ。

 

 そして、ログハウスには勇次郎がいる。彼ならば、夜叉猿を倒せる。

 最初から勇次郎任せにするのは心苦しいけれど、他に選択肢も無い。夜叉猿を恐れるあの様子からして、安藤では太刀打ちできないだろうしね。

 であれば、私がやる事はただ一つ。

 

 この子(動物)たちに意識が向かない様に夜叉猿の気を引きながら、ログハウスまで逃げる。

 

 逃げに徹すれば、逃げ切る事くらいなら出来るはず。

 顔目掛けて何個か石でも投げれば、ダメージは与えられずとも、鬱陶しい程度には思われるだろう。

 そうして気を引きつつ、なんとか逃げるのだ。

 そのためにも、まずは立たなければ話が始まらない。

 

(お願いだから静かにしててね……)

 

 一匹一匹、夜叉猿に気取られないようにしながら、膝から動物たちを降ろしていく。

 しかし、だいぶ膝が軽くなり始めた時、それは起きてしまった。

 

「ッ、ビィー!! ビィーーー!!!」

「あッ、まっ!?」

 

 ただでさえ死の恐怖に襲われるなか、目を閉じた状態で触れられた事で、恐怖が限界に達したのだろう。

 膝から降ろそうと、一匹の小鳥に触れた瞬間、その小鳥がけたたましく鳴き始めた。

 それを合図に、一斉に閉じていた目を開け放ち、空に舞い地を駆けて逃げ出す動物たち。

 

 もはや、背を向ける事になってでも此処から逃げ出したかったのだろう。

 一目散に離脱していく動物たちを、私はただ茫然と見送る事しか出来なかった。

 結果的には、纏わり付いていた動物たちがいなくなった事で、私は身軽になれたと言える。

 しかし、その代償はあまりにも重すぎた。

 

 不快な破砕音が鳴り響く。

 耳をつんざく音に、思わず目が動いた。

 

「ホルル……」

「あぁもう……!」

 

 そして、遂に目が合ってしまった。

 

 握り潰された木の幹。

 破砕音はここから響いたのだろう。

 支えを失った大木が、轟音を立てて崩れる。

 そんな事を気にもせず、夜叉猿は私を見つめていた。

 

 姿を認識されてしまった今、もはや逃走など不可能だ。 

 少なくとも、逃げながら夜叉猿を翻弄出来るだけの距離をとらなければ、例え逃げようともすぐに追いつかれてしまうだろう。

 座った体勢から急いで立ち上がり、拳を構える。

 そんな私を見て夜叉猿は、ニヤリと嗤った。

 

「ホンギョアアアアアア!!!」

 

 両手を前に出し、腕で全体重を支えながら体を前に。振り子のように振られた先で足を突き、再び手を前に。

 両手両足を使い、胴体を前後に大きく伸ばして加速する。近い走り方で言えば、馬のそれに近いか。

 推定500キロは下らないであろう巨体が、信じられないほど軽やかに動く。

 30mはあった距離が、一呼吸の間に半分以上は縮められていた。

 

(速すぎっ……!)

 

 想像以上の速さに、思わず目を剝いてしまった。

 そして同時に確信もした。

 

 これは、逃げ切れない。

 

 ただでさえ足場の悪い山の斜面。

 そこに身重の身に加えて、この夜叉猿の速さ。

 まず逃げ切る事など不可能だ。

 

 その事を確信した瞬間、私は作戦を逃走から撤退戦に変更した。

 別にやる事はそう変わらない。ただ、逃げる合間に隙を見て夜叉猿を攻撃する。違うのはそれだけ。

 付け加えて言うなら、攻撃はダメージ狙いのそれではない、ということか。

 つまりは、こういう事だ。

 

「ホッキャアアア!!!」

 

 振り抜かれた腕を、斜め前に上半身を伏せる事で躱した。

 丸太以上に太い黒椀が風を切り裂き、頭上を通り過ぎていく。

 喰らえば一撃で死に至るであろう一撃に、私は冷や汗を掻きつつ、上半身を倒した勢いのまま腕を振り抜いた。

 

「ぜェあッッ!!」

「ギャウッ!?」

 

 私の拳が、攻撃後の隙だらけな夜叉猿の胸を打ち抜く。

 ボッグォン! と凄まじい音を立てて、分厚い筋肉に包まれた胸が凹んだ。

 巨体が宙に浮き、背(・)後(・)に(・)あ(・)っ(・)た(・)木(・)を(・)薙(・)ぎ(・)倒(・)す(・)。

 

(ごめんなさいね、大自然!) 

 

 つまり私の作戦はこうだった。

 襲い来る夜叉猿をあしらいつつ、消力で殴り飛ばして木にぶつける。

 推定500キロの巨体に薙ぎ倒された木は崩壊し、轟音を立てる。

 それを繰り返し、異常に気が付いた勇次郎たちに助けに来てもらうのだ。

 

 逃げられないのなら、助けに来てもらう。簡単な話である。

 もしかしたら夜叉猿も、痛みに動きが鈍ったり、私への攻撃を諦めて貰えるかもしれないしね。

 そう、至極簡単な話だ。

 

 ……その筈だった。

 一つ想定外があったとすれば、それは。

 

「ンギュ……」

「あはは……冗談でしょ」

 

 夜叉猿の耐久力が、想像以上だった事か。

 小さな拳の形に凹んだ胸を、痒そうに搔きながら夜叉猿が立ち上がる。

 どう見ても、ノーダメージであった。

 

「仮にも中国最強の拳法家に認められた一撃なんですけど……!」

 

 確かに妊娠した事で脱力が上手く行かず、多少威力は下がった。

 とはいえ、元々の威力からして海皇のお墨付きだ。多少ダウングレードしたとして、それでもそんじょそこらの達人程度では、掠っただけで複雑骨折する程度の威力はある。

 にもかかわらず、あまりにも薄い反応に乾いた笑いが込み上げてきた。

 少なくとも、痛みに動きが鈍ったり、怯んで諦めるかもしれないといった考えは泡沫に消えた。

 

「さぁてと……」

 

 だからといって怯んだりはしないけど。

 こちとら、範馬勇次郎という頂点を見ているのだ。

 やり辛いだの、どう対処しようだのと、頭を悩ませはしても恐れる事は無い。

 

 まだ二つある目的の内の一つが潰れただけ。

 それも、潰れたのは本命のついでに起きればラッキー程度の、あくまでもサブプランの方に過ぎない。

 やる事は依然として変わってはいないし、本命はまだ生きている。

 

「鬼ごっこの始まりね」

 

 視線は夜叉猿から逸らさぬまま、じりじりと後退する。

 睨み合ったまま、隙を見て駆け出そうと腰を落とす。

 しかし、当然それを見逃して貰える訳もなく、私の動きを見た夜叉猿が吠えた。

 

「アンギャアアアアアア!!!」

 

 叫び終わると同時、夜叉猿が握り締めた拳を振りかぶって飛び掛かって来た。

 ……比喩抜きで、巨体が宙に飛んでいた。

 

「いぃっ!?」

 

 咄嗟に半身になって背を向け、振り抜かれる拳を後ろ肩で受ける。

 お腹に振動が行かないように手で抱えながら、与えられた衝撃のままに体を回転させつつ足を持ち上げた。

 受けた殴りの威力をそのままに、くるりと回転しながら後ろ回し蹴りを放ち、夜叉猿の横っ面をブチ抜く。

 先程の焼き増しの様に、夜叉猿が頭から木へと突っ込み、森を粉砕しながら吹き飛んで行った。

 

 そうして6本ほど木をへし折った辺りで、横滑りをしていた夜叉猿の体が止まる。

 されど昏倒する事すらなく、即座に夜叉猿が上体を起こした。

 ただ、今度は多少効いたのか、夜叉猿は片手で頭を抑えながら軽く左右に振っている。

 その光景を見ながら、私は内心冷や汗を掻いていた。

 

(あっぶなぁー!!!)

 

 所詮は野生動物、天性の肉体に甘えて、適当に腕を振り回す程度だろうと侮っていた。

 いきなり飛び掛かりながら、人間のように拳骨で殴り掛かってくるなんて、まるで思いもしていなかった。

 少しでも対応が遅れていたら、あのまま直撃を貰っていたかもしれない。

 

 夜叉猿への警戒心を一段階引き上げつつ、今が好機だと背を向けた。

 出来れば、今の一撃で脳が揺れている間になんとか逃げきれないか。

 そんな淡い思いを抱きつつ、全速力で駆け出す。

 

 

 

 

 

その先に、夜叉猿がいた。

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 思わず思考が停止する。

 口が開いたまま閉じない。

 駆け出そうとしていた足は完全に止まっていた。

 何が起こっているのか、まるで理解が出来ない。

 

 夜叉猿なら今後ろで倒れている筈だ。

 なのになんで私の前にいる?

 幻影? 目の錯覚? 瞬間移動?

 そんな馬鹿な。

 

「ンキャウ……」

「ぁ……」

 

 後ろから聞こえて来た声に振り返る。

 そこには、胸に拳の、顔に一本の凹み跡が残された夜叉猿がいた。

 

 前を見る。

 胸にも顔にも傷跡は無く、万全の状態の夜叉猿がいた。

 心なしか、目の前にいる夜叉猿の方が大きいようにも見える。

 

 それを見て、私は理解した。

 つまり、だ。

 

 夜叉猿は一匹ではなかったという事だ。

 

「ホルル……」

「ホキョァ……」

 

 作戦は頓挫した。

 あれは夜叉猿が一匹だったからこそ、成せる作戦であった。

 今の私では、夜叉猿二匹を相手に、攻撃を捌き続ける力は無い。

 それでも諦めるつもりはないけれど……

 

 クソ、なんで私は夜叉猿が一匹しかいないと決めつけてたんだ?

 安藤は言っていた。遥か昔、宮本武蔵などの超有名どころを除いて、武芸者はみな夜叉猿に喰われて消息を絶ったと。

 宮本武蔵の名前は私も知っている。かの二天一刀流の創始者、江戸時代初期に最強と謳われたサムライ。

 

 江戸時代は確か、約400~500年ほど前だったか。

 そして、生物であれば当然寿命というものがある。

 夜叉猿の寿命がどれほどかは知らない。

 だが、少なくとも4、500年を生き抜けるほどには、長くはない筈だ。

 であれば、番(つがい)がいると考えると考えるのは当然のこと。

 

(なんで私はそんな当たり前の事に気付かなかった……!)

 

 あまりにも馬鹿らしい。

 私の作戦は、立てた時点で既に頓挫していたのだ。

 

 付け加えて言うならば、恐らく二匹目の夜叉猿が此処に居る理由は、私の作戦のせいだろう。

 倒木で鳴り響く轟音。それに気付いて勇次郎たちが来るよりも前に、二匹目の夜叉猿が音に気付いて寄って来てしまったのだ。

 

(んなぁ~!! 何もかもが裏目に出てるじゃない!!)

 

 しかし、その事を嘆いている暇など無い。

 二匹目の夜叉猿が出て来た事も悪いが、それ以上に立ち位置が最悪だ。

 よりにもよって、前後で挟み撃ちにされている。

 

(どうするどうするどうするどうする!?!?)

 

 焦る思考は、何の答えも返してはくれない。

 そして、夜叉猿に私が起死回生の一手を考え付くのを待つ義理など無い。

 

 私の後ろに立つ、今まで戦っていた方の夜叉猿が動いた。

 両足で立ち上がり、私の頭を包み込んで余りある巨大な手が握り込まれる。

 名実ともに鉄拳の名に相応しい拳が振り下ろされた。

 対して、私は思考を中断させ、反撃を構えを取ろうと、

 

 

「アンッギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

「いッ……!?」

「ホキャッ!?」

 

 鼓膜が破れそうな大絶叫に、思わず構えようとしていた手で両耳を塞ぐ。

 見れば、拳を振り下ろそうとしていた夜叉猿も、握った手を解いて地面に突いていた。

 

 二匹目の夜叉猿、大絶叫をカマした夜叉猿が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 こちらの夜叉猿の方が立場が上なのか、一匹目の夜叉猿が、それに合わせて一歩二歩と後退していく。

 そうして目の前までやって来た夜叉猿は……そのまま振り返って、来た道を引き返し始めた。

 

「ぇ……」

 

 視界に映るのは黒い毛むくじゃら。

 私に対して攻撃をするでもなく、無理矢理攫うでもない。

 ただ背を向けて、立ち去ろうとする背中。

 

 色々な事が一度に起こり過ぎて、何がなんだかまるでサッパリだ。

 全く事態に付いて行けていない。

 困惑しきりで固まる私に、夜叉猿が振り返った。

 

「キャウ」

 

 ただその一言だけを呟き、再び歩みを再開させる。

 それでも私が固まっていると、後ろにいた一匹目の夜叉猿が、同じく「ホキャ」と呟いて私を見下ろしてきた。

 先ほどまでの戦意が嘘のように、無感情で私を見て、そして立ち去ろうとしている夜叉猿に視線を移す。

 

「……えと、着いて行け……ってこと?」

 

 夜叉猿の言葉なんて分からない。

 だが、私には何となくそう言っている様に感じた。

 

(さて、どうしようかな)

 

 いやまぁ、私に拒否権なんて無いんだけどさ。

 

 見た限り、私に危害を加える気は無くなった様子ではある。

 しかし、どう見てもそれは私に用があっての事だ。

 ここで襲って来ないなら逃げますね、なんてやった場合、まず間違いなく再び襲われる事になるだろう。

 私に着いて行かないなんて選択肢は無いのだ。

 

 ため息を一つ吐き、私も歩き出す。

 歩く先はもちろん、先を進む夜叉猿の後ろ。

 

「はぁ……」

 

 一体全体、何が目的なのかしらね。

 

 

 

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