クリスマスは今年もやって来る、毎年欠かさずやって来る。
次のクリスマスもそのまた次も、一緒にいられますように。
冬のある日に、そう願う。
年の瀬を迎え、今年もクリスマスがやって来る。千夏先輩と過ごす、初めてのクリスマスが。
再来年の春にはいなくなるわけだから、一緒に過ごせる冬は二回だけ。いやまあ、その先も一緒にいたいけど。でもなかなか上手くはいかないんだろうな。
そんな風に思っていたのが、今は信じられない。
上手くいかない処か、上手くいきすぎているくらいだ。
ちょっとセクシー過ぎる気がしないでもないサンタコスの千夏先輩とキスしながら、俺はなんとなくそんな気持ちにかられていた。
嬉しいけど、でも何処かにモヤモヤが残る。これはきっと不満がないのが不満という、贅沢な気持ちなんだろうけど。
幸せなんだから、考えまい。それがきっと、正解だ。
千夏先輩はストイックで求道家で、高嶺の花にも程がある。そんな事を考えていたのが嘘みたいに、その本質は違っていた。物思いに耽っているのかと思えば目を開けたまま寝てるし三回に一回は母さんを「由紀子さん」じゃなく「お母さん」と呼ぶし、お菓子をあげると両手に持ってモグモグしててスゴい可愛いし週に一度は風呂場に下着忘れるし。
つまりポンコツ過ぎるんだ、――色々と。そう知ったのは、少し前の事。
起きてもいない事に怯えて縮こまるのは、もうやめよう。あの合宿で迷いを振り払った俺は、そう誓った。例え千夏先輩の気持ちが
そう思うからこそ、雛にもちゃんと返事をしたんだ。雛とは付き合えない、好きにはなれないと。お互いに進むべき道を行くために。
告白して気まずくなったら千夏先輩に悪いし、同居人からそんな目で見られたら嫌だろう。その考えもまた、只の怯えだ。大分前にも花恋さんが言ってくれたな、「それは猪股くんが考えてる、ちーの考えでしょ」って。それを理由にウジウジしていたら、一生壁打ちしか出来ない。
俺は何よりも先に、気持ちを伝えるべきだったんだ。
「先輩、好きです」
風呂上がりに俺へ声をかけに来た、そのタイミングで。
情緒もなにもあったもんじゃないし、寝る前にする話じゃ無さすぎる。でも真っ直ぐにしか進めない俺には、他に手が無いんだ。
「お。……おぉ? ……ん?」
突然そんな事を聞かされた千夏先輩は、僅かに後ずさりそのまま暫し固まって。
それから腕組みして何やら考えること、恐らく数分。でも体感的には、永遠にも近い。その間に襲ってくるのは、勢い任せの告白をはじる思いと重すぎる後悔。
ああ、やってしまった。これでもう、終わりだ。下手をしたら千夏先輩は、ここから出ていくかもしれない。
いやだけどそれは、「かもしれない」だ。怯えるな、立ち止まるな。真っ直ぐ前を向いて、裁定を受け入れろ。人を好きになると言うのは、そういう事なのだから。
「んー……大喜くんが、私を。私をねぇ…………うーん私をかあ……」
ようやく開いた千夏先輩の口からは、困惑の声が漏れるだけ。ああ、そうなるよな。こんなメチャクチャな事、そうそう無い。
今の俺に出来るのはただ、待つ事だけ。
その返事がイエスであれノーであれ、そこで人生が終わる訳じゃない。どうなろうとも俺は先輩を想い、その幸福に尽力する。それで良いんだ。
……そのつもりなんだけど、さ。
「そっか、……それは光栄なんだけどね……」
気まずそうに俯く千夏先輩、それを見ると決意が揺らぎそうになる。これは絶対、フラれるパターンじゃないのか。いやそれでも構わない、千夏先輩の選んだ選択なら俺は受け入れなければならない。必要なのは、その覚悟。
意を決して向かい合い、覚悟を決め直す。ここで引いたら、地獄の果てまで後ずさる事になる。受け止めろ、逃げるな俺。
「……蝶野さんに、告白されたんだよね? なのに……
固めた筈の覚悟が一瞬、根本から崩れそうになった。なぜ知ってるんだ、この人が。あの日千夏先輩はインターハイでいなかった、聞いていた訳がない。じゃあ雛が話したとか? 確か同じクリニックで整体受けてるけど、別に仲良くはない筈。どういうルートで知ったのか、見当もつかない。
いや、それはこの際構わない。大事なのは、そこじゃない。言うべき事は、その弁明じゃない。
「は……い。俺が好きなのは、千夏先輩なんです。雛にはもう伝えました、付き合えないと」
迷いは無い、躊躇いも無い。これだけが俺の、真意だから。
この言葉がどう届いたのか分からないけど、先輩は少しだけ目を伏せてから、こう言った。
「とりあえず大喜くん、お風呂入ってくると良いよ。由紀子さんが怒る前に、さ」
うんまあ、間違ってはいないんだけど。間違ってはいないけど、そこでまさかそう来るとは。
体の良い拒絶なのか、どうなのか。あの人は本当に読めないから、どうして良いもんか。
釈然としないまま風呂を終えて部屋に戻ると、千夏先輩はさっきと同じ位置で俺を待っていた。……どうしよう、ここから。
仕切り直したお陰で頭は多少冷静になっている、勢いだけでは行けないだろう。千夏先輩にも考える時間が有ったわけで、俺を傷付けないような断り方を思案していたかもしれない。それでも食い下がれるのか、俺。
「ええとですね、大喜くんや。……もう一度聞きます、本当に――
その質問はさっきと同じ、俺の覚悟を問うもの。今ならまだ引き返せる、と。
でも一旦時間を空けたとはいえ、それだけは変わらない。変わる筈が、無い。
「はい。俺は千夏先輩が、好きなんです」
好きになった理由は山ほどあるような、でも何もないのかもしれない。
それでも俺の心は、この人が好きだと叫んでいる。
この想いを伝えろと、俺を急かし続けている。
だから何度でも、同じことを言うんだ。千夏先輩が好きなんです、と。
「そっか、……そうなんだね」
戸惑うように、或いは自問するように千夏先輩は呟く。
そしてその瞳には憂いが去り、決意が宿るのが見えた。きっと先刻、先輩には俺がこう見えていたんだろう。
「私なんかを好きになってくれて、ありがとう。私は――大喜くんが思うような子じゃないけど、それでも、……それでも、構わないなら……」
震える声を最後まで聞かず、千夏先輩を抱き締める。先輩がどうであろうと、なんであろうと、俺の心は変わらないから。
抱き締め返される感触を受けながら、俺は腕を放さない。
お互いに何も言葉を紡がないまま、俺たちは――初めてのキスを交わしていた。
それから程なくして俺は、千夏先輩の言葉の意味を知ることになった。普段の千夏先輩が、どれほど気を張り続けていたか。それが溶けた時に、どうなるかを。
風呂上がりに二人きりになると、もう先輩は即座にふにゃんと顔を蕩けさせてしまうようになったのだ。
すっかり気を抜ききったポンコツ先輩は、確かに今までのイメージからは駆け離れている。でもスゴく可愛いし、そして少しだけ申し訳無い。こんなにもぽややんとしたダメ人間に、あんなにも無理を強いていたのだから。何処までこの人は、周りのために自身を犠牲にしてきたのだろうか。必死で自分を抑え込み、完璧であり続ける事がどれ程辛かっただろう。愚痴も言わず弱音も吐かず、よくもまあ。
だから二人きりの時くらい、こうやってリラックスしてほしい。
ただ、だ。
この人やたら触りたがる癖がある、……と言うか正直に言うと、相当にえっちな人である事をもまた俺は知らされる事になった。
初めてのキスから僅か数日で俺は、ベッドに押し倒されていたのだから。
風呂上がりの油断した隙を狙われた上、一方的に脱がされ観察され、俺はどうして良いかも分からないままにただ混乱するばかり。
「ん。んー……大喜くんってヤオイ穴無いの? 総受け顔なのに」
「ねえですよそんなの、ってか……なに、を……っ」
言いきる前に俺の口は千夏先輩の手で塞がれてしまったけれど、それ以上に目の前の光景のせいで息が止まってしまう。
片手で器用にパジャマを脱ぎ捨てたその肌には、本来あるべき下着が装備されていない。上も下も、無防備の極み。こんな状況でも俺は、というか俺の一部はそれに反応しむくむくと屹立していく。
「えへへー……せっかく両思いになったんだもん、一回してみたかったんだよね。オナニーは週5で1日二回はするけど、えっちはしたことないからさ」
あっさりととんでもない事を言いつつも、脱衣の仕事を終えた手は脚の間を弄くって水音を上げていた。
それを何処か遠い世界のように聞きながら、呆然としたまま俺は千夏先輩が自分に跨がってくるのを眺めるばかり。
そんなロマンもなにも無い状態で、俺たちは初めて結ばれたのだ。
……あの時は、大変だったなあ。
自分から跨がっておいて千夏先輩痛い痛いと怒るし血が出た気がするからお薬取ってくるーと裸のまま部屋を出ようとするし、そもそも後片付けとか何も考えてないから部屋がメチャクチャになるしスゴいドタバタした初体験だった。
ま、それはそれで想い出なんだけどさ。
問題は千夏先輩が、毎晩毎晩この通りだってことくらい。俺としては、そのうち自分が枯れてしまうんじゃないかと気が気じゃない。ただ千夏先輩はそれでも翌朝シャキッと朝練してるんだから、やっぱり超人だわ。
そんなこんなで日々は過ぎて、もうじきクリスマスが来るという時期に差し掛かった頃だった。
「クリスマス~だから~なんでも~でっきる~、ご利益が舞ーい降ーりーる~。酒が切れるまでー治外ー法権ー、じーごーくーの釜が開くー」
日増しにポンコツぶりが深まってきた千夏先輩は急に、二人だけでクリスマスを過ごしたいとか言い出したのだ。あと何だか分かんない歌を全力で歌っている。何なんだよ本当に。
まあそりゃ俺だってそうしたいけど、でもそれは難しい。夏休みのお泊まりだって、アクシデントの産物だ。二人きりになりたいとか思ったって、家族のいる家に住んでいる以上はそうもいくまい。
ただ、だ。俺は知っている。この人の、ワケわかんない行動力を。
何かろくでもない事を考えていそうだと悟った俺は、考えるのを止めた。面倒だし。
で。千夏先輩はうちの両親とじいちゃんにそれぞれ働き掛け、イヴとクリスマス当日を他所で過ごさせるように画策し見事に成功させてしまった。積み上げてきた実績と外面を駆使した千夏先輩、マジでなんなんです貴女は。まあ、そうまでしてでも二人きりで過ごしたいと思ってくれるのは嬉しいけど。
嬉しいけど、だ。
大人三人がいなくなるなり千夏先輩は、「私サンタのコスするから、大喜くんトナカイね」と言っていそいそと着替え始めた。
コスたって何も用意してないんですが、と言おうとした俺の服を剥ぎ取ってそして。
「トナカイはね、服なんか着ないんだよ。――どうせ二人だけだし、大喜くんその格好でいいよね?」
……素っ裸に剥かれてしまったのだ。
そんなこんなで俺たちはベッドの上でキスしているのだけれど、何て言うか背徳感が凄まじい。二人とも裸ならまだしも、自分だけ全裸ってスゴい気まずく思えてしまうし、それに。それに一方的に自分だけ
「んふふー、トナカイさんの角は今日もお元気で何よりですねぇー」
少しずつ硬度を増しつつある
だけどその恥ずかしささえ、快感に変わっていく。やっぱり俺ってMなんだろうか。
焦らすような軽いタッチではい回る指は、だんだんと速度を上げていく。
千夏先輩はきっと、俺の全てを知っている。何処をどう触れば効果的か、全て見破っているんだ。
そんな攻めに、俺が耐えられる訳がない。
「あ……の、もっ、出ちゃ……」
「良いよ、大喜くん。ホワイトクリスマスって事で、このまま……ね」
そんな安いAVみたいに、と突っ込む暇さえ俺にはない。与えられた許可を受けて、そのまま射精が始まってしまう。
先輩の手に包まれて、その柔らかな暖かさを味わいながら。
「あ、んー……出てる出てる。大喜くんの精液、スゴい量……。毎晩出してるのにねぇ」
出させてるのは貴女ですけどね、と言いたくはあるけどそんな暇は無さそうだ。
手の中の精液を舐め取って千夏先輩は、服を着たまま俺にのし掛かろうとしているから。
肌の温もりと生地の冷たさを同時に味わいながら、俺の身体はゆっくりと押し倒されていく。あれから何度も夜を過ごしたけれど、俺は毎回のように組み敷かれている気がする。まあ、良いんだけどさ。千夏先輩に身を任せるのは、とても幸せだから。
ベッドを僅かに軋ませて、千夏先輩の身体が仰向けになった俺に重なる。そして密着していく下半身、熱く柔らかな肉の谷間へと俺自身が呑み込まれていくのが感じられた。
千夏先輩の中は焼けるように熱く、更にぎちりと俺を挟み込む。決して逃がさない、と言わんばかりに。
騎乗位の結合部は粘液にまみれ、湯気さえ立っていそうだ。同じ行為を何度と無く経験しているのに、初めてと変わらない快感が襲ってくる。
ゆっくりと動き出す千夏先輩の顔も快感で蕩けきり、完全に理性が緩んでいる。こうなるともうこの人は、自分が疲れ果てるか俺が動かなくなるまで動き続けるだろう。
サンタから搾り取られるなんて、よく考えなくてもおかしいんだけどさ。おかしいんだけど、でも――良いな。千夏先輩が楽しそうで、俺も幸せだ。
ぱちゅんぱちゅんとリズミカルに淫音を奏でながら、先輩は俺の上を跳ね回る。一秒おきに頭の中で稲妻が閃き、垂れ流すような射精が止まらない。それれを受けてか、千夏先輩の内側もまた激しくうねっている気がする。まるでポンプのように、精液を吸い上げていくイメージさえ脳裏に描けるくらいに。
そうなってくれたら、良いな。この人の中を、俺で染め尽くせたら。それ以上の幸せは、無いにちがいない。
そんな事を思いながらも意識は薄れゆき、視界はもう殆ど無い。それでも俺は、――幸せだ。
「やー……ちょっとだけ暴れすぎたかなぁ」
「……俺は何も言いません」
ええ、言いませんともさ。
昼間っから気絶するまでヤり倒しておいて「ちょっと」ではないと思うけど、俺は言わない。楽しんだと言う点では、俺も先輩と一緒なんだし。
まあでも、目を覚ますなり「じゃあ第2ラウンドー」とか言うのは正直控えて欲しかったけど。お陰で双方ハンガーノックを起こしてダブルノックアウト、とりあえず何か食べましょうと休戦協定を結んで、ドロドロのまま食卓に着いたのがつい今しがた。時計を見れば、時刻はまだ日暮れ前。
とんでもない休日だな、としみじみ思う。この状態で食べているのがクリスマスケーキだというのも含めて、本当にそう思ってしまう。なんでケーキしか買ってないんですか千夏先輩、食べ盛り二人のお留守番なんだから色々買い込んでこないと大変だと思うんですけど。せっかくクリスマスなんだし、それっぽいのを買ってきてくれていたら良かったのに。
とは言えそういうのを期待しちゃいけないか、この先輩に。そもそも俺だって何も買っていないわけだし。
これから買いにいこうにも今のガス欠状態だと、スーパーに辿り着く前に倒れかねない。
まあ、疲れた身体に糖分は染みるから良いか。
にしても、二人の時間はまだまだ続くんだな。幸せすぎて、死にそうだ。
「あー……、プレゼント間に合わなかったなぁ」
クリームをほっぺに付けたまま、千夏先輩が呟く。プレゼント、はてそんなのを考えていたのかこの人。……そういや俺も準備してないや、思い出してみれば千夏先輩の誕生日にもケーキしか渡してないな。締まらない話だけど、まあ俺たちらしいか。
先輩のほっぺを拭いてあげながら、俺はふと何か違和感を覚えた。
間に合わなかった、という事は手配だけはしていたんだろうか。でもそんな素振りは無かった気がするんだけど。
「まだ二ヶ月って所だからねぇ……、あと半年くらいかかるかな」
「いやそれ間に合わせる気ないですよね、絶対」
10月の終わりくらい、となると俺が初めて先輩に押し倒された頃か。そんな時期からクリスマスを見越して準備してたけど間に合わない、ってなにする気なんだろう。適当言ってるだけなんじゃないかな、この人は。
「春の時点で押し倒しておけば、いやそれでも出てくるのは年明けかなぁー……」
今度は物騒な事言い出したし、それに「出てくる」ってなんだ。4月から翌年の1月まで、9ヶ月もかけて何をする気なんだろうか。
――と。そこまで聞いて、何やらイメージが固まり始める。
押し倒したところから始まり、9ヶ月かけて準備して、そして出てくる。この三つのワードから、導きだされるのは……?
頭の中に浮かび上がった事柄は一つ、……
いや、いやいや。いやいやいやいや。まさか、な。
俺の無い頭で無駄に考えたせいで、そんなあり得ない結論が出てしまっただけだ。
でも、もしも。もしも本当に――大当りだったなら。
「あのー……千夏先輩、そのプレゼントってのについて詳しく聞かせてくれません?」
「やだ。その時になったら分かるから、それまで良い子にしてなさい」
プレゼントは開けてビックリってのが醍醐味だからねー、と笑いながら千夏先輩はケーキを平らげ、そのままお風呂場へと向かってしまった。
やだ、と来たもんだ。可愛いけど参ったな、あれは何回聞いたって無駄だろう。予想が当たるかどうか、大人しく待つしかなさそうだ。
しかしまあ、6月に来るサンタさん、か。早いんだか遅いんだか、微妙なところだな。
時期外れなサンタがプレゼントを持ってきたとき、俺はどうなるんだろうか。
――まあ、良いんだけどさ。千夏先輩が一緒にいてくれるなら、どうなってしまおうと俺は大丈夫だ。
俗に十月十日と言いますが、実は9ヶ月くらいです。