※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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こちらでも編集したものを掲載させて頂きます。
多くの性的要素及び差別的な発言を行うキャラクターが登場しますが、
物語に必要なものであり差別を助長する様な意図は全く無い事を
宣言いたします。


余月 零との出会い

 天から降り注いだ光に包まれ、急速に意識が遠のいていく。

 俺は意識を取り戻した後、見知らぬ場所に立っていた。

 荒涼とした岩と砂埃の舞う土地……空は漆黒の闇。時折雷鳴が轟き黒一色の視界に白い光が映る。

「貴方様を、お迎えに参りました」

 

 今まで誰もいなかったハズの背後から声が聞こえ、咄嗟に蹴りを入れたが手応えは感じられない。

 今度は目の前にステッキを持った白髪の老人が現れ、俺に対して深々とお辞儀をした。

「御主人様は、貴方様を是非ナイトメアズゲートへ招く様にと仰せられました。

 貴方様と同じ様に強き者達が大勢待っておられます」

 

 見た所、天界人の執事の様にも見受けられる。

 片目にはモノクルを付け、黒の紳士服を着ていた為俺はそう考えた。

「お前は一体誰なんだ。相手の名前も解らないままついていく程俺は馬鹿じゃない」

 俺は唸り声を発しながら身構える。この人物には得体の知れない所があった。

 先程まで命を張った戦いを続けていたのだ。決して油断は出来ない。

 

「私の名はラスト。ラスト・N・アーヴィングと申します。

 4つの世界全ての頂点に立つ、ZERO様の執事でございます」

 聞いた事の無い名であった。天界人の持つ名とも違う。

 彼の見た目は天界人そのものなのだが……

 

「俺が素直にお前についていくと思うか?」

 男に向かって睨んでも相手は全く動じる事は無かった。

 それどころか、余裕綽々と言った様子で薄笑いを浮かべている。

「この何も無い荒涼とした場所で静かに永遠の時を過ごされると言うのならばお好きな様になさいませ。

 貴方様は既に一度光の矢を受けて死んでおられます。

 命を授かり、もう一度己がいた場所に帰りたいと願うのであれば……」

 男は遥か遠くに見える屋敷を指差した。

 遠くからでも立派な建物である事がよく解る。

 

「是非、我が主人の屋敷にいらしてくださいませ」

 背を見せ、悠然と歩き出す男。

 背後から襲い掛かる事も出来たが、今そんな事をしても何の得にもならない事は解っていた。

 俺自身死んだ実感はまるで無いのだがこの場所が異界に近い場所である以上自分の力で元の世界に戻る事は出来ないだろう。

 信用ならないがとにかく今はこのラストと名乗った老人の後を追うしか無い。

 俺は黙って彼の後を追う様に歩き出した。

 

 この時まで、俺はこの後に起きる事を全く予想もしていなかった。

 全ての世界の者達と俺が命を賭けて戦う事になろうなど――

 

 

 井島(いじま)豊(ゆたか)は長い間ノートパソコンとの睨み合いを続けていたが、一段落付くと大きく腕を伸ばした後電源を落とした。

「やべぇな、何時もならすぐに終わらせられるんだが3時間もかかっちまった」

 誰に言うでも無く呟いた後、壁にかけてある時計を見る。

 早朝から続いていた作業が終わり11時近くになった事が把握出来た。

 今日は日曜日であったが彼にとって記事を完成させる事が最優先事項であった為朝から何も食べていない。

「冷蔵庫に残ってるのは何だったかな。カレーの残りはあったと思うんだがなぁ」

 

 緩慢な動作で立ち上がり、もう一度大きな伸びをして冷蔵庫の中身を確認しようとした時、チャイムが鳴った。

 (この時間に来るのはアイツしかいねぇわな)

 玄関に赴き扉の小さな窓から姿を確認する。

 燃える様な赤い髪を持つ女性の姿を見た後、彼は微笑みながら扉を開けた。

 

「御苦労様!サンドイッチ作ってきたんだけど食べる?

 比呂ちゃん達はもうエターナルナイトに行ってるよ」

 バスケットを掲げる彼女の顔はとても美しく、そして何処か人懐っこそうな雰囲気を漂わせている。

 黒のシャツに紺色のジーンズと言う服装は必要以上に飾っておらず、スタイルが良い事を暗に示していた。

 

「おッ、有難ぇ。ZAIYAの記事書いてたらこんな時間になっちまってな。

 朝食を腹に入れてなかったから丁度良かったぜ」

 パジャマ姿のまま机にバスケットを置くと、ハムとチーズや輪切りにしたトマトとチーズが挟まれているサンドイッチを食べ始める。

「この間東京の方まで行ってきたんでしょ、御土産とか無いの?」

「生憎取材の時間しか無かったんでな。

 それにしてもココと比べると大都会って感じだぜマジで。

 古都は情緒溢れる場所なんだけどさ、東京は技術の最先端が結集してる街って所か」

 

 机に肘をつけながら彼の話を聞いている女性、火村(ひむら)あかりは豊がサンドイッチを食べ終わるのを確認した後話を切り出した。

「涼介が今、野試合(のじあい)での連勝記録を更新しそうなのよ。

 比呂ちゃんと見てたんだけど凄くてね……

 闘戦興の記事になるかもしれないし私と一緒に来てくれない?」

「流石は千葉県認定ZEROゲーマーの涼介だ。

 俺も負けちゃいられねぇな……ちょっと準備もあるから一旦外に出ててくれ。

 15分もありゃ身支度も整うだろうし」

 

「解った。階段を降りた所で待ってるわ」

 あかりは笑って頷くとバスケットを回収し外に出た。

 彼女の家は豊の部屋の隣なので彼女も自分の部屋で準備を整えるだろう。

 (やっぱ腕を上げたな涼介……前に記事書く為に対戦した時もヤバイ位強かったけどよ)

 豊は服を全て脱ぎ洗濯機の中に放り込むとシャワー室に飛び込み素早く身体と頭を洗い始めた……

 

 西暦2005年。

 天武日本と呼ばれる島国ではある格闘ゲームが全国的な人気を誇り国中の人々に愛されていた。

 アーケードゲームとしても家庭用ゲームとしても大人気で、特に若者ならば『ZERO』を知らぬ者等いない。

 様々なキャラクターが織りなす重厚なストーリー。

 だがストーリーよりも評価されたのが戦略性の高さとバランスの良さだった。

 

 どんなキャラクターでも勝つ事が出来る。

 美しいグラフィックと初心者でもある程度は進めていける敷居の低さも手伝って、このゲームは驚異的な大ヒットを記録した。

 店舗大会も各地で頻繁に行われており、年に一度株式会社アークラインズの名誉会長でもある総理大臣が主催する全国大会はマニアのみならず一般層にも感銘を与える事となる。

 そんな時代の中、井島豊もまたその『ZERO』人気の恩恵を存分に受けている人間の1人だった。

 

 豊は高校卒業後、文才の高さも手伝って株式会社アークラインズが全国に向けて送り出しているゲーム雑誌『闘戦興』の編集員の1人として就職する。

 ゲームの豊富な知識や実体験に基づくコラムや記事は極めて評価が高く、今や彼はアークラインズを代表する社員の1人として名を馳せていた。

 火村あかりは彼の小学校からのクラスメイトで、中学・高校とずっと一緒だった幼馴染である。

 現在は大学に通っているがまだ将来の展望はハッキリしていないらしい。

「もう、桜もすっかり散っちまったなぁ。春の陽気ってやつは気持ち良いぜ」

「ホントポカポカしてて暖かいし、今日は快晴よ。外に出て歩くのも楽しいわ」

 

 豊はあかりと共に商店街近くの並木道を歩いていた。

 近くの商店街も軒を連ね活気に満ち溢れている。

「そういや今年からお前は大学も2年目か。

 そろそろ就職先とか考えた方が良いんじゃねぇか?」

「うん、考えてはいるんだけどなかなかコレだと思える所が無くてね……

 商業系の大学だから家電量販店の売り子とかかなぁ、とは思ってるんだけど」

 

 伸びた顎鬚を無意識にいじくりながら、豊は何となくではあったものの彼女の将来を案じていた。

 大学が休みの日には何時も豊と共にゲームセンターに入り浸っている彼女も、いずれは社会に出なければならない。

 (まぁ俺だって必死に頑張ったら何とかなったんだし、あかりも頭の回転は早いんだからそこまで深刻になる事も無ぇか)

 2人はそのまま商店街の一角にあるゲームセンター『エターナルナイト』へ向かい店内へと入っていった。

 

「おや、豊君じゃないか。あかり君も一緒の様だね」

 オーナーの蔵崎(くらさき)源三(げんぞう)が2人を出迎える。

 日曜日の昼過ぎと言う事もあり店内は活気に溢れていた。

 一般的なゲームセンターよりも規模はやや小さめだが、一通りの筐体は揃っている。

 入り口近くに置いてあるクレーンゲームやゾンビを撃つシューティングゲーム、琴を模した楽器型コントローラーで演奏を行う『琴魂(ことだま)』等非常に多彩だ。

 だが2人は2階に足を運び、10台の筐体が向かい合わせで置かれている『ZERO』の方に近付く。

 眼鏡をかけた緑色の髪の少年が既に端の席で戦っており、逆側の筐体で操作を行っていた男性が席を立った。

 

「やっぱ認定ZEROゲーマーに勝つのは難しいわ。降参降参」

 薄く口元だけで笑みを作り、彼は次の挑戦者を募集する。

「次は誰が僕と勝負してくれるの?誰でも構わないけど」

 豊はその言葉を聞いて席に座ろうとしたが、見知った顔馴染みの女性が近付いた為席を譲った。

「比呂(ひろ)ちゃん、相手は涼介だよ?」

「解ってます。それでも……挑戦しなければ得るものは何もありませんから」

 

 雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ)は決意に満ちた表情で席に着くとキャラクターを選択する。

 クリーム色のニット帽子を目深に被り、藍色の髪が僅かに顔を覗かせていた。

「比呂ちゃん大丈夫かしら。相手が悪いわ」

「家庭用で練習してるみてぇだし向上は果たしてるとは思うんだがなぁ。

 いやぁ……涼介じゃちょっと分が悪過ぎるか」

 

 雨宮比呂子の向かい側に座り今日の野試合で既に28連勝を重ねている柏糸(かしわいと)涼介(りょうすけ)は、全国大会出場経験を持つプロのゲーマーだ。

 株式会社アークラインズが全国の都道府県で実施している『認定ZEROゲーマー制度』に則り、今年から千葉県認定ZEROゲーマーとして活動している。

 普段はごく普通の中学生だったが、ZEROをプレイしている時には別人の様に目が険しくなり、相手を寄せ付けぬ強さを発揮していた。

 

「宜しくお願いします、涼介さん」

 雨宮比呂子はあかりの後輩にあたる高校3年生で、涼介とも顔馴染みである。

 ZEROの腕はまだ高くないが学習意欲は非常に旺盛だ。

「比呂子さん相手でも手加減は出来ないよ。

 何せ今日は初の30連勝がかかってるからね」

 

 バトル開始と同時に比呂子の操作するアメジスト・アクアスフィアはバックステップで距離を取ろうとするが、涼介はそれを許さない。

「クラム相手に距離を取ろうとしてもスピードで負けるからなぁ。

 近距離殴りの相手に対して飛び道具に頼る生粋の遠距離キャラだから……」

 クラム・スモールデビルは攻撃力こそ低いものの、相手を画面端に追い込んで反撃を許さない性能を誇っている。

 

 相性としてはそこまで涼介に有利な組み合わせでは無いのだが、いかんせん比呂子ではバトルの経験が足りなかった。

「涼介は60秒間相手を固めて一度ダウンさせ、自分は1回もダウンせずに逃げ切るやり方が凄く上手いわよね」

 この格闘ゲームはライフバーがダメージと共に減少していき、全て無くなると1回ダウンした事になる。

 60秒間経過してその時点で相手より多いダメージを負っていてもダウン扱いになる為、攻撃力の低いクラムはそれを狙うのが常套手段だった。

「くッ……!」

 相手に固められて身動きが取れないでいる間に無情にも60秒間が経過。

 ライフバーは半分しか削られていなかったがダウン扱いとなる。

 

「クラムは圧倒的なスピードと攻撃の早さが魅力だ。

 その代わりアメジストよりも1回の攻撃で受けるダメージがでけぇし、相手に与えるダメージは少ねぇからな。

 比呂ちゃんも立ち回りさえ上手けりゃ、ここまで一方的な試合展開になる事も無ぇと思うぜ」

 比呂子も必死に食い下がろうと反撃に出るが、ガードされ自分のターンに持ち込む事が出来ない。

 そうこうしている間に2分が経過してしまった。

「鍛錬が足りませんでしたね……有難うございました」

 比呂子は悔しそうに俯きながら席を立った。

 このゲームセンターの勢力図で言えばまだまだ彼女は新参の域を出ない。

 

「比呂ちゃん。次は必ず勝てるわよ。練習は絶対裏切らないから」

 あかりが慌てて比呂子をフォローする為離れていく比呂子を追いかける。

 涼介はすっかり得意げな表情を浮かべていた。

「よし!次勝てばこの店の新記録、30連勝だ!

 僕の自己ベスト25連勝は越えてるけど、こうなったら30でしょ!誰か出ない?」

 

 流石に圧倒的な強さを見せ付けられた格好となった為、誰も手を挙げようとはしない。

 豊は比呂子の雪辱を果たす為手を挙げようとした。

「じゃあ、僕と戦ってくれるかな」

 だが凛とした声が響き渡った為、豊は挙げかけた手を下ろす。

 白いワイシャツを着こなした青年がそのま涼介の向かい側に座った。

 

 (あいつ誰だ?)

 (さぁ……この辺りでは見た事も無ぇが)

 客達のひそひそ声の通り、日曜日には必ずこのゲームセンターに通っている豊も見た事が無い人物だった。

 端正な、それでいて何処か影のある様な表情をし、不思議な雰囲気を漂わせている。

 青年はキャラクター選択を済ませ涼介に声をかけた。

 

「君と手合わせ出来るのが嬉しいんだ。お手柔らかに頼むよ」

 クラム・スモールデビルに対して彼が選んだのはこのゲームの主人公であるヴォルフ・ムーンリファードである。

 スピード重視のクラムと違い攻撃やスピードが平均的なスタンダードキャラクターだ。

 

 (この格闘ゲームにおいて全てのキャラクターの基本となるキャラだが、涼介相手に勝算があっての行動なのか……?)

 豊が訝しがる中、試合が始まった。

 クラムは何時もの様に手数に任せて相手を端に追い詰めようとしたが、ヴォルフの衝撃波をまともに喰らい画面左端に追い込まれる。

「おおッ、凄ぇ!涼介の奴を壁に追い込むなんて見た事が無ぇぜ!」

 他のゲームをプレイしていた者も前代未聞の事態に驚き筐体の前に集まってきた。

 クラムは同じ様に衝撃波で窮地を脱しようとするが不発に終わる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……!全然違うんだけど!」

 余裕を見せる事も出来なくなった涼介は必死に受けたダメージ分を取り返そうとしたが、焦れば焦る程相手の隙の無い動きに翻弄されてしまう。

「おいおい……本当に誰なんだよアイツ。

 涼介の奴がダウン取られそうになってるなんて久しぶりに見たぜ」

「あんな互角の戦いが出来るの豊さんとあかりさん位だよな……

 だけど、ありゃ互角と言うより格上なんじゃねぇか?」

 

 相手の動きを予測するかの様に完璧な立ち回りを見せ、青年は涼介からダウンを奪った。

 圧倒的有利に立っているのは間違い無い。

 (スピードで勝る涼介のクラムを、高い技術で封殺しやがった……!

 コイツ、並のゲーマーじゃねぇぞ!)

 豊は先程ZEROのコーナーから離れていったあかりと比呂子を探す為、急いで人ごみをかきわけクレーンゲームコーナーの方へ向かった。

 

 (僕が……こんな新参者に舐められてたまるかッ!)

 涼介が怒涛の反撃に移行しようとしても、相手のヴォルフはあくまでも一定の距離を取った。

 クラムの攻撃が終わった所を見計らって割り込んでくる。

 相手の動きを見切ってカウンターパンチを浴びせてくるボクサーの様に、相手のヴォルフには全く隙が見当たらなかった。

「えぇッ!?涼介が押されてるの?」

「本当なんだよ。見た事も無ぇプレイヤーが一方的な試合運びをしてるんだ。

 涼介が目に見える程苦戦してる所なんか久しぶりに見たぜ」

 

 固唾を呑んで試合を見守る群衆に混じってあかりと比呂子、豊が戻ってきて観戦を続ける。

 気が付けば涼介のクラムには敗北決定となる2回目のダウンが間近である事を示す赤い体力バーがハッキリ見えていた。

 (無理やりにでもこっちのペースに引き摺り込んでやる……!)

 一度でも攻撃を当てる事が出来れば数回攻撃可能な『コンボ』状態になり、相手が倒れてしまえば起き攻めも狙っていける。

 この状況下では是が非でも超必殺技を当てて1度相手をダウンさせ、画面端で固める必要があった。

 

「それにしてもドット単位で間合いを計ってるなアイツは。

 相当ZEROをやりこんでねぇとあの動きは無理だろ」

 豊は半ば呆然としながら謎の青年の方を見つめている。

 あかりと比呂子は呆然とした表情のまま画面を凝視していた。

 

「先輩、涼介さんが赤ちゃんみたいに弄ばれてる光景なんて見た事無いですよね」

「うん。豊曰くロケーションテストの時には随分苦労したみたいだけど……私はこんな涼介を見るのは初めてよ」

 ヴォルフ使いの青年は涼介と一旦距離を取り、あからさまな牽制ポーズを取る。

 超必殺技は1度のバトルで1回しか使えない。

 

 先出しでしか勝負が出来ないクラムが圧倒的不利な状況下に立たされていたが、ダメージが大きければ大きい程威力が高くなると言う特性上油断は出来なかった。

 (当ててダウンを取らなきゃ100%負ける……連勝記録を止められてたまるか!)

 ここぞとばかりにクラムはヴォルフに追いすがり、急接近した直後に超必殺技を発動させる。

 流石に動きを完全に読む事が出来なかったのか、最大威力の必殺技を受けて1度ヴォルフはダウンした。

 (よし!後は追い撃ちを決めた後、何とか相手の体力を奪って時間切れまで逃げれば……)

 涼介はダウンしたヴォルフが起き上がってくるタイミングでジャンプ攻撃を行い逃げ道を塞ごうとする。

 

 だがヴォルフはタイミングを逃さず衝撃波を使って相手を吹き飛ばすと、逆に倒れたクラムに対して的確な起き攻めを展開した。

「ありゃ涼介がホッとした所に割り込んだな。

 ゲームの中身だけじゃなく対人戦のポイントまで完璧に押さえてやがるのか」

「私じゃ絶対負けるわあんなの。豊だったらあのヴォルフ相手にやれそう?」

 

 あかりがそう言った直後、ヴォルフはクラムのHPを全て削りきり、勝利の雄叫びをあげる。

 涼介は暫くの間敗北した事実が信じられず動く事が出来なかった。

「僕の全部を出したのに負けた……強過ぎる……」

 眼鏡を外し、頬を伝う涙を拭う涼介。

 完全に打ちのめされ立ち上がる事も出来ない彼の肩を豊が優しく叩く。

 

「セコンドがいても良いよな?涼介、手伝ってくれ。

 どうしてもコイツに勝ってみたくなった」

 普段見せる事の無い豊の真剣な表情に気圧され、涼介は席を讓った。

 向かい側にいる青年は余裕の表情を浮かべている。

「ああ、僕は2人がかりで挑まれても構わない。

 君みたいな情熱を持っているプレイヤーと戦えるのは嬉しいよ」

 

 豊にとっては明らかに格上の相手だった。

 勝つ為には強いプレイヤー同士が手を組む他無い。

 (戦況を俯瞰で見て的確な指示を飛ばしてくれ。宜しく頼むぜ涼介)

 (了解。それにしても、僕に圧勝した相手だ。

 立ち回りに関しては僕よりも上。そこを解ったうえで戦わないと勝機は無いよ)

 

 相手に聞こえない様に小声で話し合う豊と涼介。

 既に青年はキャラクターを選択している為相手がどのキャラクターを使うのか画面を注視していた。

「信じられない強さですね。私に圧勝した涼介さんが惨敗するなんて……」

「でも豊は『開発側』とも関わりがあるからね。

 このゲームの内部まで知り尽くしていれば五分になるって所かしら?」

 エターナルナイトでは涼介とまともに戦える数少ない人物として知られている豊。

 なりふり構わず涼介をセコンドに置いた事でギャラリーの熱気も最高潮に達している。

 

「豊さん、その生意気な新人に、勝利の重みを教えてやってくださいよ!」

「いや、でも解らないぜ。

 何せ涼介さん相手にほぼ半分体力を残して勝ったんだからな。豊さんでもそんな奴相手はキツイだろ」

 豊はシラノを選択し、そのままバトル画面に移行した。

 達人同士の試合では開始と同時に体力がごっそり持っていかれる事も珍しくは無い。

 

 (どうする、相手がダッシュしてくる所を狙って反撃するか?

 それとも一旦距離を取るべきか?)

 (相手の出方を窺う為にもココはカウンター狙いでしょ。

 シラノは若干足が遅いって解ってるだろうから相手も固めにかかるだろうし)

 

 豊が選択したキャラクター、シラノ・レミングは猪の姿をしている獣人でスタンダードキャラクターであるヴォルフと比べると足が少し遅く、その分パワーが高くなっている。

『REAL DEATHGAME START!』

 格闘ゲームではバトル開始時にどう動くかでその後の展開が大きく変化していく。

 有利な立ち位置を取る事に拘るべきなのか、それとも牽制をかけて相手を封じる事に拘るべきなのか。

 瞬間の判断力と戦況を分析する頭脳。心理戦を制する為の精神力。

 レバーを回しコマンドを入力する為の手捌き。心技体の全てが問われるゲームなのだ。

 それ故に素人が手を出すにはあまりにも敷居の高いジャンルであるが、『ZERO』の場合は全国的にヒットした為ハウツー本も数多く売られていた。

 

「よし、先手を取れた!」

 ヴォルフは果敢に攻め込むよりかはと消極的なバックステップでの回避を選択。それが裏目に出た形となった。

 ブーストを使い一気に近寄ると斧で相手に斬りかかり、シラノが相手のHPゲージを削っていく。

「流石は豊。編集部員として培ったゲーム知識に涼介の立ち回り戦術が加われば、鬼に金棒ね!」

 一度コンボが切れ、ヴォルフが立ち上がる所に絶妙な間隔で攻撃を当てていく。

 壁に追い詰めてしまえば圧倒的有利な状況を作り出す事が出来るのだ。

 

「良い選択だ。でも甘さが目立つよ」

 青年は衝撃波で相手の猛攻から脱出すると、逆にブーストゲージを消費して相手に近付き投げを決めた後逆に端の方へと追い込んでいった。

「うおおどっちもすげぇ!両者一歩も引いてねぇぜ」

 息もつかせぬ攻防に観客の応援も熱を帯びてくる。

 一進一退の攻防が続くが先にダウンを奪ったのは豊・涼介側の方だった。

「よし、ココでさらに減らせればまた必殺技を使ってねぇ俺達の方が優位に立てる。油断すんなよ」

 (一旦距離を取って相手がどう動くか見定めて。

 シラノも近付かないと攻撃出来ないキャラクターだから)

 

 ヴォルフもシラノも相手の動きを制限していく様な飛び道具を持っていない。

 比呂子の使用しているアメジスト等は飛び道具使いの代表であり、そういうキャラクターは近付かれると不利になる。

 お互いが近距離攻撃のみのキャラクターを使っている場合、近付くタイミングも窺っていかなければならない。

「様子見を始めましたね。

 残り50秒。このまま逃げ切ってしまう手もあるシラノに比べるとヴォルフ側が不利でしょう」

「一発決まれば幾らでも引っくり返せるゲームよね。

 比呂ちゃんも知ってると思うけど減れば減る程必殺技の威力が上がっていくんだもの」

 

 どちらもまだ必殺技を残している。

 1度のバトルで1回しか使えない為温存するのが定石であるが、先に決めて相手に圧力をかけていくプレイヤーも存在する。

 戦い方が自由かつ豊富である事。

 それが格闘ゲームの魅力であり、ファンを増やし続ける理由でもあった。

 

「捉えた!」

 青年がヴォルフでの猛攻を開始した。

 飛び掛かり、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けていく。

 最初の攻撃こそ防御出来たが、ガードのタイミングを間違えた為今度はシラノが1回目のダウンを奪われてしまった。

「くそッ、やっぱりアドバンテージを許しちゃくれねぇか……!」

「落ち着こう豊さん。相手のコンボ精度は高いけどこっちだって負けちゃいない。

 残り1割からでも充分巻き返せるよ」

 

 生き残ってさえいれば勝利の可能性がある。

 そういうゲームであるが故に、プレイヤーには相手を『倒しきる』だけの力が必要だった。

 ダウンから起き上がったシラノに再びヴォルフの爪が迫ってくる。

 今度は的確に防御し、隙を突いて衝撃波を発動させ相手を吹き飛ばした。

 

「これは……完全に実力が拮抗してますね」

「でも、豊の方は千葉県認定ZEROゲーマーである涼介がセコンドに付いてやっと互角でしょ?

 ちょっと厳しいんじゃない」

 両者とも1度ダウンしHPゲージの残量はほぼ同じ。

 コンボを1度でも相手に決められてしまうと敗北濃厚と言う状況に追い込まれる。

 集中力を研ぎ澄ませ互いに一歩も讓らない。

 涼介は向こうの筐体を覗いてみたが相手の顔は変わらず、穏やかな表情を浮かべながらレバーを動かしていた。

 (僕と戦っていた時も、こんな悟りを開いた様な顔をしていたんだ……僕が負けたのも無理は無い、か)

 

「おッ、残り時間が30秒を切ったぜ!」

 お互いにダウンを取っているのでもうカウントはリセットされない。

 お互いが攻めるタイミングを見計らう中時間だけが過ぎ去っていく。

「埓が開かねぇ……強引にでもココは攻めるか。どうする涼介」

 (相手が降りてきた所を狙おう。

 下手に地上にいる時に仕掛けるとカウンターを喰らいかねないし)

 

 相手がジャンプした所を待つ戦法。

 だがその動きを見切ったのかヴォルフは相手の動きが若干鈍くなった事を察知し、いきなり地面を這う様にして迫ってきた。

「うおッ!?」

 咄嗟に相手が予想していない形で攻めてきた為ガードが間に合わず攻撃を受けてしまうヴォルフ。

 豊はこのままでは負けると再び衝撃波を……

 

「お、お――ッ!?」

 観客がどよめいたのも無理は無い。

 衝撃波が来るであろう事を看破していたヴォルフがガードでそれを防ぎ、浮き上がりから戻ってきた所で必殺技を繰り出したのだ。

 完全に無防備な体勢であったシラノはあっさりと矢継ぎ早に繰り出される連続引っかきと噛み付きの餌食となり、ダウンする。

 (こ、コイツ……ッ!

 俺の動きを全部読み切って常に最良の手を打ってきやがった。バケモノだ……)

 

 観客である他のゲーマー達は大歓声と拍手で青年を称えた。

 豊達が有利な時間帯もあった為決して相手は正確無比な機械では無い。

 しかし不利な形勢をはね返す底力と優勢になってから相手に隙を全く見せない立ち回りは豊達より遥かに優れていた。

 

「本当に君達は強かった。良い試合が出来て嬉しいよ」

 勝利した側なので1人用のストーリーモードに変わっていたが、それには構わず青年は豊と涼介にそれぞれ握手を求める。

「豊さんも涼介さんもお強かったですよ!

 私、ココのメンバーとして御二人の事を誇りに思います!」

「そうよ豊、今度は負けたら承知しないからね!」

 

 豊達と青年を称える言葉と歓声は暫く止まず、握手を交わした豊は彼に名前を尋ねた。

「コレでアンタも『エターナルナイト』の仲間入りだ。

 歓迎するぜ。俺は井島豊。こっちは柏糸涼介……アンタは?」

 

「僕は零。氷室(ひむろ)零(れい)だ。

 出来ればこれからも一緒にやっていきたいんだけど、構わないかな?」

「勿論だ。宜しくな、零」

 改めて席に戻った彼の向かい側に人が座る。

 先程の戦いの熱気に魅せられ、零の筐体の向かい側には長蛇の列が出来ていた。

 

「全員を相手に出来るかは解らないけれど、精一杯努力するよ。皆宜しく」

 再び野試合を開始した零を見守る豊・あかり・比呂子・涼介の4名。

 零と挑戦者達の対戦は夕方まで続き、この日だけで零は涼介が成し遂げられなかった30人撃破を達成する事となる。

 

「いやぁ、それにしても圧倒的だったな。

 終盤まで息切れする事無く集中力を持ち続けられたのにも感動したぜ」

「僕なんてまだまだ未熟者だよ。君達と違ってゲームのプレイ経験が数ヶ月しか無いんだし」

 試合を経てすっかり意気投合した一同はエターナルナイトを出た後、一橋駅方面に向かって歩き出していた。

「えッ、あんなに上手いのにまだ数ヶ月しか触った事が無いの!?」

 

 涼介が驚くのも無理は無い。

 格闘ゲームは操作に慣れたり、ゲームセンターでの戦いに場馴れするまでにかなりの時間を要する。

 他の格闘ゲームに比べれば敷居が低いZEROであっても、僅か数ヶ月で認定ZEROゲーマー相手に勝利した事自体が快挙であった。

「最近退屈してた所でしょ涼介。ライバルが出来て嬉しいんじゃない」

「いや、でも……あそこまで強くて数ヶ月でこのレベルだともうライバルって言えるのかどうか……」

 あかりからの質問に涼介はばつの悪そうな表情をしながら答える。

 自分の持っていた絶対的な自信が崩れた事を悔しがっている様でもあった。

 

「豊さん達も腕を上げてきてますね。私も頑張らないと……」

「私も教えてあげたいんだけど、いかんせんキャラの特性が違うからね……

 ZEROは1つのキャラを極めるので精一杯だし」

 火村あかりが用いているキャラクター、サイファ・レッドボルケーノは牽制程度の飛び道具を投げつつ近距離攻撃を行うタイプである。

 

 雨宮比呂子のアメジスト・アクアスフィアの様に遠距離攻撃に特化していない為、なかなか彼女にコツを教える事が出来ないでいた。

「零、見えてきたぜ。

 あそこがエターナルナイトに通っているゲーマー御用達の店だ」

 豊が指差した方向に目を向けると、零の前に白い暖簾が見える。

 暖簾には黒字で『飛鳥軒(あすかけん)』と書かれていた。

 

 夕焼けに染まる空の下でその陽に照らされた電車が動き出すのが見える。

 駅のホーム近くにあるこの店の暖簾を潜り中に入ると沢山の客が食事をしていた。

「ココで夕飯を食べて帰るのがお決まりのコースなんだよ。

 とりあえず、お前も食ってけ」

 客の中には先程エターナルナイトで熱い戦いを見学していた者達もいた。

 豊達に気付くと声をかけてくる。

 

「豊さん、お疲れ様です」

「おうお疲れ。いや今度は勝てると思うんだよなぁ……

 ん?おい零、何やってるんだよ、こっちだって」

 

 こういう店に慣れていないのかボーッと店内を眺めていた零を豊は食券販売機の前に案内した。

「ココで食券を買って、あそこのカウンター近くにいる洋子ちゃんに渡せばいいから」

 豊に説明されても零はどうすればいいのか解らず困惑している。

 あかりが零にお金を持っているかどうか聞いた。

「お金は持ってるんだけど……」

 零は財布の中身を確認したが、クレジットカードばかりで小銭も札も全く入っていない。

 

「うわ、凄い。豊、この人かなりのお金持ちよ。

 カードしか持ってないんだもの」

「じゃあ食券を買った事も無ぇって事か。

 まぁ良いや、俺が払っておくから好きな様に選んでくれ」

 

 豊は自分の分の食券を購入した後500円玉を投入し、零に好きなものを選ばせようとしたがまだ戸惑っている。

「どれを選べばいいんだい?僕はこういう形で蕎麦を頼んだ事が無くてね……」

「具無しって言うのも味気ないだろうし、トッピングは必要でしょ。

 零は饂飩と蕎麦ならどっちが好きなの?」

 

 零が蕎麦側のボタン周辺を指差した為、あかりは無難そうな唐揚げ蕎麦を選択した後食券を零に手渡した。

「これを、あそこにいる女の子に渡してくればいいから。私は饂飩にしよっと」

 後ろに人が並んでいる為あかりは零をカウンターの方に行かせ、すぐに食券を購入した後洋子のいるカウンターの方へ向かう。

「お願いします」

「洋子(ようこ)ちゃん、今日も受付の手伝いしてるんだ。偉いわね」

「今日は学校もお休みだし、お婆ちゃんの助けになれれば良いと思って……」

 

 背の高いあかりに比べるとかなり背が低く感じられた。

 洋子と呼ばれている少女は見た所涼介と同じ中学生位に見える。

「お婆ちゃん、唐揚げ蕎麦ときつね饂飩それぞれ1つずつ!」

「はいよ、ちょっと待っててね」

 奥の厨房から年老いた女性の声が聞こえてくた。

 あかりは注文カウンターから離れ、豊達と共に零を受け取りカウンターに案内する。

「さっきの所で注文を済ませて、ココで待ってればどんなに遅くても2分位で来るから」

「へぇ、蕎麦を立ち食いするのは初めてだなぁ。話には聞いていたけど……」

 

 零はこの様な場所を訪れる事自体が初めてらしく、物珍しそうに店内を見回していた。

「はい、唐揚げ蕎麦ときつね饂飩おまちどうさま。

 そっちのお客さんが頼んでる竹輪天蕎麦はもうちょっと待っててね」

 蕎麦や饂飩が入った椀とおぼんを受け取ると、あかりは零の隣に立って饂飩を食べ始める。

 やがて左隣には豊がやってきた。

 

「ココの天麩羅はどれもカラッと揚がってて美味ぇんだよ。ほら零、お前も食べろって」

「有難う、お金は後で必ず返すから」

「いいっていいって。俺の奢りで良いよ。勝ったんだしさぁ……

 そんな事より食え食え。冷めちまう前に」

 

 唐揚げも天麩羅と同じくしっかり揚がっており非常に美味い。

 つゆ、そして蕎麦との相性も抜群だった。

「本当に美味しいね。こういうのって、お婆さんが全部作ってるの?」

「ああ。基本的にはサエさんが全部茹でてるんだ。

 洋子ちゃんはまだ中学生だから手伝いに来てるだけだよ」

「洋子ちゃん、大人になったらこのお店を継ぎたいんですって。

 蕎麦や饂飩の作り方をサエさんに教わってるって話も聞いてるわ」

 

 豊達の近くには先程零に敗れた涼介と、その試合の後野試合で同じく零に敗れた比呂子が共に食事をとっている。

「あーあ、零さんはべらぼうに強いよ。

 認定ZEROゲーマー対決を申し込まれたら間違い無く負けちゃうね。もっと頑張らないと……」

「私は涼介さんよりも深刻ですよ。全然勝てないんですから……

 他の店でもうちょっと頑張ってみます」

 

 互いに実力は違えど『自分の弱さ』がハッキリ出る結果となった試合内容に満足していない事は同じだった。

「それにしても、豊さんは相変わらず人と友達になるのが上手いねぇ。

 するするっと相手に入り込んでいっちゃうって言うのかな」

「羨ましいです。私はあまりそういうのが得意では無いので……」

 

 比呂子にとって豊やあかりは色々な意味で憧れの対象だった。

 ZEROの実力も高く、人々から常に愛される太陽の様な輝きを放っている。

 だが今の自分にはその2つがどうしても手に入らない。

 高校入学直後は引っ込み思案で気が弱く、臆病な為同学年の女生徒に虐めや嫌がらせを受ける事もあったが当時高校3年生だったあかりによって救われた。

 以来彼女はあかりの事を心から尊敬し『先輩』と呼んで慕っている。あかりが大学に入ってからも交流を続けていた。

 

「今度是非家に遊びに来てくれよ。

 俺の家の隣にはあかりもいるし、皆で家庭用のZEROでもやって盛り上がろうぜ」

「僕にそんな事を言ってくれるなんて……

 そう言ってくれる人は初めてだよ。本当に嬉しいんだ。僕こそ、君達と一緒にやっていきたい」

 感情が見えにくい零であったが、僅かに微笑み握手を求めた為、豊もそれに応じる。

「一緒に切磋琢磨していこう。これからも宜しく」

 

 食事を終え外に出た頃には陽もすっかり落ち、少し強い風が吹いていた。

「4月でもまだ夜は寒ぃな……とりあえず今日は解散だ。

 5人全員が集まれるのは来週の日曜日辺りだろ」

「その時もし暇なら、家に遊びに来て欲しいな。奢ってもらった分を返したいんだ」

 豊は笑って頷くと、解散を宣言し帰路につく。

 家が隣なので帰る時あかりと豊は何時も一緒だった。

「結構風強ぇなぁ。風邪でもひくと不味いしサッサと帰るか」

 

「そうね。それにしても今日の試合は確かにあった事なのに思い返してみても信じられない位現実感の無いものだったわ。

 涼介と豊は強いプレイヤーだけれどあの人はそれ以上……

 的確な動きと読みのセンスが他を圧倒してたし」

 まだ大勢の人々で賑わっているアーケード街を後にして自分達が住んでいるアパートがある通りに入ると、歩いている人をあまり見なくなる。

 宮本市は駅の近くこそ色々なテナントが入り人を集めているが、その外に出ると閑散としているのが現実であった。

 

「まぁ確かに、読みの上手さは折り紙付きだわな。

 どの攻撃を相手が仕掛けてくるか読んで防御するなり反撃するなり手を尽くすもんだが、零はそれがいちいち的確なんだよ」

 2人が住んでいる『アパート貧荘』が見えてくる。

 ごく普通の2階建てのアパートで、豊やあかりの他にもココに住んでいる者は沢山いた。

 1人暮らしをするにあたって豊がこの場所を見つけ、当時高校を卒業したばかりのあかりが彼が住んでいる部屋の隣にやってきたのだ。

「これからまた仕事があるから、遊ぶのは遠慮してくれよ」

「また暇になったら教えてね。

 もうすぐブラックエリプスも発売されるから外ででもZEROが遊べる様になるわよ」

 

 家庭用として発売されたゲーム機の本体である『ブラックホイール』は既に発売されていたが、新たに5月からアークラインズが携帯機を販売する事が決定している。

 黒い楕円形のフォルムが特徴的な『ブラックエリプス』は『ZERO』が遊べる事をしきりに宣伝していた。

「じゃあ、おやすみ。明日大学あるんだろ?遅刻すんなよ」

「豊も会社勤め大変だろうけど頑張ってね」

 互いに励まし合いながらそれぞれの部屋に入る。

 豊は玄関の鍵を閉めた後すぐにPCの前で格闘を始めた。

 本当はもう通常の記事は書き終えていたのだがゲーマーとしての血が騒ぐのだから仕方が無い。

 

 (アイツは凄ぇぞ……

 涼介とあれだけの戦いが出来るんだから間違い無く今年の全国大会優勝候補だな)

 豊は飛鳥軒で零に断りを入れた後に取材をしていた為、会話文をまとめたノートを取り出しそれと合わせて記事を作っていく。

 (タイトルは……そうだな、『ZEROに魅了された零』で良いか。

 それにしても零の奴、肝心の家庭環境とか経歴は全然喋らなかったが……

 勝手な事を書くワケにもいかねぇし、謎の新人って触れ込みにしておけば人気も出るだろ)

 

 それぞれの夜は静かに更けていった。

 さらなる高みを目指す者もいれば、特定の相手と戦って勝利したいと願う者もいる。

 だが豊は勝利にも一定のこだわりを見せるものの、零と言う仲間が出来た事をとても嬉しく思い、次の日曜日を楽しみにしていた。

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