※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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こうして最終章に来ても
『まだ書き足りない事があったなぁ』なんて
思ってしまうのは小説書きの性なのかもしれませんね。
自分の中での納得をつける為にも色々
考えていく必要があるのかもしれません。


最終章 約束の場所 前編

【ナイトメアズゲート深淵 無数にある世界の1つ】

 

 黒一色に彩られた空間。

 壁も柱も床も全てが黒に染まり、空も星が見えない真っ暗闇。

 何処から漏れているかも解らない光が、その漆黒の空間を照らしていた。

『見事でした、フローネ・カームグリーン』

 薄い水色の光を身体から発しているその人物の顔が、様々な人の顔に変わっては消えていく。

 

 ヴァルーの獣人達、スカイロンの天界人、そしてゴッドヤードの神々……

 顔は変わっていても、胸にぽっかりと空いた穴が塞がる事は無かった。

『貴方は曇りの無い瞳で、偽りを見抜き真実を探し出してみせた。

 圧倒的な力でヴォルフ・ムーンリファードとの決勝戦を制し、ココまで辿り着いたのです。

 そんな貴方に敬意を表し、どんな願いでもたった1つだけ叶えて差し上げましょう』

 

 長い様で、短い時間の中どれだけの屍が生まれてしまったのだろう。

 殺し合いのトーナメントに強制参加させられ、私は生き残る為に同胞まで手にかけた。

 ユファール・シャインスピリア、サイファ・レッドボルケーノ……

 サラギクルミ、ヴォルフ・ムーンリファード。

 

 彼等にも夢があり、人生があったハズだ。

 私は彼等に生きていてほしかった。

 彼等が生きている世界が欲しい。

 

「私の望む世界を作ってください。

 私はその世界の創造主として、ゴッドヤードから永遠に彼等の幸せを見守っていたい。

 贅沢な願いでしょうか」

 

『いえ、誰もが思う普遍的な望みですよ。

 私からすれば、拍子抜けする程小さな願いに見える位ですね。

 さあ、貴方の願いを叶える為に異なる世界へと参りましょう』

 

 ナイトメアズゲートの主、ZEROが微笑みながら姿を消していく。

 そして彼、いや彼女……

 どちらかも解らぬ存在が消えた跡に扉が出現した。

 

「私は私が作り上げた世界の主神(ドミニオン)となり、人が傷付かない世界の実現を目指します。

 血で血を洗う様な戦争は不要です。

 風と慈愛の神として、恒久的な平和を作っていきたい」

 

 恐らく、この扉の向こうには私にとって都合の良い世界が待っているだけなのだろう。

 何千・何万と存在する世界にとってみれば大海の一滴に過ぎない。

 だが、それが私の自己満足だとしてもそんな世界が生まれただけマシなのではないか。

 そんな事を考えながら、私はその扉を開け漏れ出た光の中へと入っていった。

 

 最終戦争が始まる前の夜。

 最後の交わりを終え夜空を見つめていたヴォルフ・ムーンリファードはスカイロンに異変が起きている事を察知した。

「何だあの爆発と光は。

 只事では無い。

 獣人の奇襲か?」

 

「まさか。

 空を飛ぶ獣人はそんなに多くないんだから、奇襲してもあんな被害は出ないよ。

 アタシが様子を見てくる。

 アンタもズボンを履いて仲間の下へ行きな」

 

 サイファ・レッドボルケーノが空へと舞い上がり、スカイロンの方へ飛んでいく。

 ヴォルフは戦況を確認する為、服を着ると神殿を目指して走り出した。

 

「王子のクーデターが勃発しただと!?」

「前々から我々との和平を主張していた王の息子の1人が、軍勢を率いて挙兵したらしい。

 信じ難い話だが、その軍勢の先頭にはエンペラー様の姿があったそうだ」

 ヴォルフ達よりも早く異変に気付き、スカイロンの様子を遠くから伺っていたケルゾアの情報はすぐに信用出来るものでは無かった。

 だがスカイロンで争いが起こっている事は間違いないと思われ、爆発と煙は遠くからでもよく見える。

 

「もし、クーデターが成功すれば全てが引っくり返るぞ。

 スカイロンとヴァルーの停戦が実現するかもしれん。

 我々も本心では無益な戦は避けたいと思っていたのだ。

 我々も今すぐ加勢したいのだがな……」

 

 殆どの獣人は飛べない為、クーデターが発生しても見ている事しか出来ない。

「ケルゾアとサイファは参戦するだろう。

 クーデターに勢いが付けば、現国王の王座陥落も現実味を帯びてくる。

 俺達は吉報を信じて待つだけだ。

 非常に歯痒いが、そうする他無い」

 

 ヴァルーの獣人がスカイロンの民より肉体的に劣っていると言う事は無いが、勝てずにいた要因の1つがそれであった。

 迎撃は可能だが本陣に攻め入る事が不可能と言う点である。

 追い返す事は出来ても、空中都市に踏み込んで王を殺すと言う事が出来ない。

 ヴォルフは軍のリーダーでありながら、指揮を執れない自分の無力さに打ちのめされるだけであった。

 

「馬鹿な……

 静観を決め込んでいたハズの女神が2人もこのスカイロンに攻め込んでくるなど」

 狼狽する王の傍らには右腕を切り落とされ涙を流しているヤシオと、傷の手当てをしているクルミの姿があった。

 

「驚いたよ。

 単純な戦闘力ならアタシより上だとされていた『静観派』のアンタがこっちについてくれるとはね……

 おかげで王子によるクーデターも成功したってワケだ」

「真なる平和の実現には行動しか無いと言う事が解っただけです。

 ただ見守っているだけでは何も変わらないのだと、学ばせてもらいましたから」

 

 王の手駒であった兵士は全て倒され、切り札として期待されていたフガミヤシオは戦闘不能に。

 王子の連れている兵力、そしてあの世から蘇ったエンペラーの力を考えると勝負は既についていた。

 

「貴様、私の息子であるにも関わらず何故裏切った!

 獣人を奴隷にしてスカイロンをさらに発展させるのが最善の策!

 獣人と手を組み和平を図ると言う事は、ヴァルーと言う資源豊富な土地の侵略を諦めると言う事なのだぞ!

 目を覚ませ、お前は女神と獣人に騙されているのだ!」

 

 純金の玉座から立ち上がり、息子の説得を試みるスカイロンの王。

 保身の為の行動にも見えるが、それは彼の信念から発された言葉でもあった。

 

「私はフローネやサイファ、エンペラー殿の言葉に絆されたのでは無い。

 私自身が永劫に続く平和を求めただけの事。

 王よ、いや父上。

 そうしてヴァルーを攻めて、どれだけの被害が出たかお解りですか?

 何の罪も無い天界人の命が悪戯に失われた。

 そしてその間に我々が得た利益は何も無い!

 ヴァルーの獣人に刃を向けて、得をした事など一切無いのです。

 ならばその手を握り締めるのではなく開き、相手に向かって差し出すべきでしょう」

 

 若い王子は自分の意思でそう喋っている様に見えるが、実はZEROによって人格を歪められていた。

 

「共に笑い、共に泣き、共に歩む。

 そんな簡単な事が何故出来ないのです。

 豊富な資源とされている貴重な金属も、我々の科学力を分け与えれば手に入れるのも容易いでしょう。

 彼等がその金属をさほど必要としていないのですから……

 真実を知れば、曇っていた目も晴れてくる。

 誰が諸悪の根源なのか解る様になるのです」

 

 王子に加担した兵士達も戦う事に疲れ果てていた。

 獣人達をどれだけ殺しても大して評価もされず、殺されるリスクだけが常につきまとう。

 昇進するのは王の寵愛を受けた一部の天界人だけ。

 彼等の不満は溜まり、王子が立ち上がった事でその不満が一気に爆発したのだ。

 

「そうだそうだ!

 我々に戦いを強いる王こそが悪だ!」

「王子が新しいスカイロンの王になれば、戦いは終わる!

 我々は解放されるんだ!」

 

 一旦怒りが内側に向けば、もうその流れを止める事は出来ない。

 王は王子を説得する事は無理だと感じ、再び玉座に座り込む。

 

「フフ……

 因果は巡る、か。

 私もかつて和平派の父を殺し、この玉座を手に入れた。

 息子に同じ事をされているだけだ。

 全て終わったのだな」

 

 無駄な抵抗をしても最早無意味である事を悟った王は、懐に忍ばせていた短剣で自らの心臓を突き刺した。

 

「覚えておくが良い。

 因果は巡る……

 息子よ、いずれお前も同じ苦痛を味わう事になるのだ。

 この玉座にしがみつく限りな。

 獣との和平など、ふ、不可能であると知れ……」

 

 そのまま床に倒れ、息を引き取る王。

 新たな王となった王子は柱にもたれかかっているヤシオに視線を向け、兵士はそれに気付き2人の近くに歩を進める。

「悪いが、お前達2人を幽閉する。

 獣人殺戮を計画していた王の右腕を放置したとあれば国民が納得しない。

 いずれお前達の気持ちが変われば、外に出せる時も訪れるだろう」

 

「ふざけんなッ!!

 ヴァルーの獣人共を抹殺するのが俺の使命だったと言うのに!

 滅の右手さえ失ってなけりゃ、俺はお前を目の前から消す事だって出来たんだ」

 

 ヤシオは正気を失った様に暴れ、兵士2人に取り押さえられた。

「貴方が解ってくれるまで、私は貴方の側に居続ける。

 王子の言う通りよ。

 私達は共に手を取り合って平和を享受するべきだわ」

 

「クルミィ……

 お前も『停戦派』に毒されやがって。

 今に見てろ。

 俺は左手でも『滅の力』を使える様に鍛錬して、お前等の『綺麗事』をぶっ潰してやるからな」

 

 兵士に連行され、憎悪に満ちた表情を居並ぶ者達に見せ続けるヤシオ。

 そしてその後をクルミが追いかけ2人はその場から姿を消す。

 王の部屋に残された兵士達は王子を讃え、屍となった王から冠を取ると王子に被せた。

 

「新たなスカイロンの王に祝福を!

 そして永劫の忠誠を!」

 万雷の拍手を浴びながら、王子は敢えてフローネに対して跪き頭を垂れる。

 

「貴方の『かまいたち』でヤシオの右手首が切り落とされなかったら、さらに多くの犠牲が出ていた。

 このクーデターへの御協力に感謝致します」

 フローネは何も言わずに微笑んだ後、踵を返しその場から立ち去った。

 

「アタシ、なーんかアイツの事が苦手なんだよなぁ。

 クールに振舞ってるって言うか、澄ましてる所がさ」

「あの方のおかげで勝てたのですから良いではありませんか、女神様。

 我々も早くこの祝福の輪に加わりましょう。

 明日は宴会ですよ」

 

 サイファもケルゾアも話が出来過ぎている様な気がして素直にこの現実を受け入れる事が出来なかった。

 謎のエンペラーの復活、突然のクーデター。

 まるで台本がいきなり変更されたかの様な状況だったからだ。

 勿論、彼女がそう思うのも無理の無い話であったのだが……

 

「ヴァルーとスカイロンの争いに介入し、血みどろの戦いに終止符を打った。

 私達はフローネ・カームグリーンの功績を鑑み、彼女に主神(ドミニオン)の位を与える事を決めましたわ」

 光と傲慢の神、ユファール・シャインスピリアが中心となってそう提案し他の女神も一斉にその提案を受け入れる。

 今まで『他勢力への介入は昇進の対象にならない』と教えられてきたサイファにとって、彼女の昇進は信じられない出来事だった。

 

「アンタ、どういうトリックを使ったのか知らないけど何かやったろ。

 アタシにだけ教えてくれよ」

 

「何もしていませんよ。

 私は主神となり、この世界を慈愛によって治める事となった。

 そして貴方の望みでもあったヴァルーとスカイロンの和平が実現した。

 それで充分ではありませんか」

 

 まるで、交通事故の現場で喧嘩をしている2人を止める為にトラックがその場に突っ込んだかの様な無理やりさ。

 強大な力で世界が捻じ曲げられ、彼女の思い通りに事が運ぼうとしている。

 

 (ま、いっか。

 アタシもヴォルフ達と今まで通り遊べるワケだし。

 エンペラーの復活によってヴォルフはリーダーの責務から逃れて普通の獣人に戻れた。

 不穏な雰囲気になってきたゴッドヤードから離れて、ヴァルーで面白おかしく暮らそう)

 サイファがフローネの前から姿を消した後、フローネは今までとは少し異なる笑顔を見せた。

 

「少し強引でしたね……

 でも、私の願った通りに世界は動き出した。

 ZEROさんが私の願いを叶えてくれた。

 私はこれが正解であると信じています」

 神としての『玉座』を手に入れたフローネは、栄光を掴んだ事実を噛み締めていた。

 

「我々はココに、ヴァルーの民とスカイロンの民の恒久的な不戦条約を結ぶ事を宣言致します。

 まずは和平の証として、我々が使ってきた兵器の設計図と実物をお渡ししたい」

 スカイロンのクーデター成立から数日が経過した後、ヴァルーの神殿前において新たな王とエンペラーが相対した。

 目的は条約の締結と貿易の提案である。

 

「シャインアローか。

 かつて私はこの兵器の一撃を受けている。

 その威力は充分解っているつもりだ」

 

「我々は小型化に成功し、兵士1人1人に渡せる様になりました。

 虎の子とも言える実物と設計図を渡す行為そのものが、和平を願う証であると思って頂きたい」

 王子は丸めた設計図をエンペラーに渡した後、別の丸めた紙をエンペラーに見せた。

 

「そしてコレが、貿易の契約書となります。

 ヴァルーの地下に眠っている金属を掘り出す許可を貰う代わりとして、食料や衣服の支給を行う。

 あくまで対等な取引を目指しているので、両者が納得するまで話し合いを行い決める事を御約束しましょう」

「それならばこちらは何の不服も無い。

 互いの繁栄の為手を取り合い、長きに渡る平和を築いていきましょうぞ」

 

 握手を行い、共に敵意が無い事を確認し合う2人。

 エンペラーと新たな王が作っていく栄光の未来を信じて、獣人も天界人も両手を挙げ喜びを表す。

「新国王万歳、ヴァルー万歳、スカイロン万歳!!」

 終わらない拍手と歓声の中、ヴォルフは溢れる涙をこらえる事が出来なかった。

 

 (ああ、夢なら覚めないでくれ。

 俺が望んでいたものが全てココにある。

 妹と一緒に、そして仲間と一緒に暮らしていけるんだ。

 これ以上の幸せは他に無い)

 

 大切な仲間が失われるかもしれないと言う恐怖。

 慣れないリーダーとして担ぎ上げられ、常に皆の先頭に立っていなければならぬと言う精神的な重荷。

 その重荷から解放され、自由に生きていけると言う喜び。

 ヴォルフもまた、素晴らしい未来を脳裏に描きそれが実現する事を願っていた。

 

 

【2012年2月5日 合衆国ネバダ州ラスベガス ZEROアリーナ 現地時間午後4時】

 

 二度目の『世界一』を決める為の戦い。

 それは初開催の時とは違う、独特の雰囲気を会場にもたらす。

 一度目の開催の時に決勝トーナメントに残った者がまた8強に残るだろうと言う期待。

 それとは別に、まだ見ぬ新鋭が勝ち残るのではないかと言う期待。

 そういった数々の期待とどう転ぶのか解らないスリリングな展開に、観客の興奮と熱気はピークに達していた。

 

『皆様、遂に長きに渡る戦いも終わりが見えてまいりました。

 前回大会を上回る1万5千人もの予選参加者。

 そこから篩にかけられ残った52名。

 今生き残っている8名はまさにZERO SECONDのエキスパート、本物の猛者だと言えるでしょう!

 その8名を、私の口から発表させていただきます』

 

 実況席には白人男性、そして解説者の黒人男性、その隣に居並ぶ豪華なゲストと言う陣容。

 世界大会に合衆国が本腰を入れ、資金を提供している事の表れだった。

 

『まずは、第1回大会の優勝者でもあるSHIN(シン)選手です!

 今回、前回大会優勝者と言う事でシード権を獲得し州予選を免除。

 52名の中に入り驚異的な強さで勝ち上がってきました!

 間違いなく今大会の優勝候補であり、連覇にも期待がかかります!』

 前回はまばらであった黄色人種への拍手が盛大に巻き起こる。

 

 それは人種的な名誉回復と言うより、月山新二個人に対するリスペクトと言う意味合いが強い。

 やるじゃないかイエローも。と言う白人の驕りは決して消えてはいなかった。

 

『そして前回大会の準優勝者、CLOCK(クロック)選手もこの場所に帰ってきました!

 予選Aブロックは2位通過と僅かに苦戦しましたが、時計の様な正確無比なプレースタイルは健在。

 前回の雪辱を晴らすべく燃えていると語ったCLOCK選手。

 返り咲く事が出来るのか!』

 

 合衆国の期待を一身に背負い、戦い続けてきたCLOCK。

 SHINを生涯のライバルと定め、彼を倒して優勝する事だけを目指し続ける。

 この大会に生涯を捧げているのは彼だけでは無いが、そのひたむきさは本物だった。

 

『ASSAULT(アサルト)選手と、REDEYE(レッドアイ)選手も前回大会同様ベスト8進出!

 予選も危ない橋を渡る事無く悠々と突破。

 それぞれの故郷に錦を飾る事は出来るのか。

 まさに世界大会と言うべき多様な人種がこの決勝トーナメントの舞台に残っております!』

 

 天武日本・アフリカ・EU諸国連合・合衆国。

 国の誇りと言うより、選手達は己が勝ちたいと言う欲望を剥き出しにして火花を散らす。

 そんな中で消えていく者もいれば、残る者もいた。

 

『前回大会でベスト8に終わった美しき挑戦者、IQ(アイキュー)選手も堂々の参戦です!

 昨年の大晦日に天武日本で開催された全国大会で優勝。

 予選免除のシード権を獲得し、Cブロック1位通過と言う見事な結果を出してこの舞台に戻ってきました!

 昨年とは違い、明らかにその強さが進化しているIQ選手。

 決勝へと駒を進めるのは、もしかしたら彼女なのかもしれませんね!』

 

 洪(ホン)美子(ミジャ)は確実に成長していた。

 天武日本のZEROプレイヤー、トップレベルに立ち続けている強者と共に訓練を重ね数々のテクニックを吸収していく。

 頭が抜群に良く記憶した事は忘れない為、多くのプレイヤーの技を盗みこの舞台に歩を進めていた。

 (私の国の威信を取り戻す為の戦い。

 楨(ジョン)、全てを見届けて頂戴)

 

 真国で辛い思いをしている同胞の哀しみを背負い、美子はこの大会での優勝を心に誓った。

『そして8強の新顔、COULOMB(クーロン)選手を紹介致しましょう!

 天武日本人として州予選から参加し、この夢の舞台まで登ってきました。

 彼女のこの大会に対する熱意はまさに本物。

 ダークホースとしての活躍に期待です!』

 

 数々のものを犠牲にして、九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)はベスト8の座を掴んだ。

 実の兄の介護を他の者に任せ、ただひたすらZEROの練習に励む。

 端から見れば薄情な妹に見えるかもしれないが、彼女はそれでも夢を優先した。

 

 (私は自分の強さを証明する為にこの場所に来た。

 絶対に兄さんを越えてみせる。

 兄さんが果たした全国大会優勝よりももっと上の称号を得て、全てを手に入れるのよ)

 兄に頼ってばかりだったか弱い妹はもう存在しない。

 玖留美の『兄依存を断ち切る旅』はまだ始まったばかりだった。

 

『最後に、今大会の『サプライズ』とも言うべき2人を御紹介致しましょう。

 FALUDA(ファルーダ)選手とSIGNIFIE(シニフィエ)選手です!

 カダル連合王国の旧パキスタン地区から突如参戦を表明したこの2選手は魔法の様な鮮やかな強さで州予選を突破。

 決勝の予選ブロックでもAブロックとBブロックでの1位通過と言うワンツーを決め、8強に辿り着きました!

 確認しておきますが、今大会の予選参加者の中で旧パキスタン地区から参加したのはたったの2名。

 1万5千人もいた予選参加者からその2名が勝ち残ったのです!

 要注目の選手である事を疑う者はいないでしょう!!』

 

 これまで、合衆国と天武日本が牽引してきた『格闘ゲームブーム』。

 その流れに割って入る様に突如参戦してきたのが『カダル連合王国・旧パキスタン地区』だった。

 テロと紛争が頻繁に発生するパキスタン地区にとって、格闘ゲームは心を照らす唯一の希望となる。

 日々の不安、人生における悩みを忘れるかの様に格闘ゲームに打ち込んだ彼等は急速に強くなっていった。

 

 そしてプレイ時間数千時間、対戦回数数百回と言う『怪物』が複数名誕生する。

 この2人はとんでもない強さを得たが、彼等は『まだ本国には俺達以上のプレイヤーがいる』と主張していた。

 

『さて、世界一を決める2度目の大会にこうして8人が残ったワケですがゲストの皆さんは誰が優勝すると考えているのでしょうか?

 今回は共和党の大統領候補となる事が決まっているバリー・B・ポーカーさんにお話を伺ってみる事に致しましょう』

 オールバックの金髪、恰幅の良い身体、蓄えた口髭と言ういかにもな合衆国の典型的白人男性。

 党内では驚異的な人気を誇っており、次期大統領に最も近い男とまで呼ばれていた。

 

『この予選ブロック、そして決勝トーナメント1回戦を共に見てきたワケですが優勝候補は誰になると思いますか?』

『非常に難しい質問ですが、敢えて優勝候補を選ぶとすればCLOCK選手でしょう』

 朗らかに笑いながらそう答える中年男性に対して、司会者はさらに突っ込んだ質問を行う。

『その理由をお聞かせください』

 

『決まっているじゃないですか。

 彼が合衆国の人間だからですよ。

 我々の国の代表が優勝する事を願うのは寧ろ当然。

 これからの世の中は『自国優遇主義』。

 合衆国ファーストをどんどん進めていきましょう!』

 

 ポーカーがそう観客に向かって宣言すると、観客は惜しみない拍手を送った。

 世界が混迷を深めていく中、カダル連合王国に対抗する力を蓄える為に自分達の国力を上げる政策を提案してきたポーカー。

 数日前には天武日本との関係性を強化すると言う宣言を行っており、合衆国の民衆からは歓迎されていた。

 

『有難うございました。

 準々決勝の第1試合は15分後に行われます。

 会場の様々な場所に時計を設置しておりますので、時間を確認し1分前には席に戻っておいてください。

 会場内ではホットドッグの販売、ZEROグッズの販売等を行っております……』

 

 ベスト8に駒を進めた者達が一堂に会する控室。

 無闇に騒ぐ者は誰もいなかったが、彼等の優勝に対する熱意は本物だった。

 

「君達には残念な報せになるかもしれないが、優勝するのは私かSIGNIFIEのどちらかになるだろう。

 我々の生誕国、パキスタン地区には私達より強い格闘ゲームプレイヤーが7人もいる。

 今大会に参加していないのは、我々が出れば大会に優勝するのは充分だと考えているからだ」

 FALUDAはそう切り出し、自分達に圧倒的な実力がある事をアピールする。

 

「語るより実力を示せば、おのずと結果はついてくる。

 信じるのは自分自身。

 お前達の流言に惑わされる事は無い」

 

 CLOCKはどんな事を他人から言われても冷静沈着を貫いてきた。

 無駄に熱くもならず、かといって冷めきってもいない。

 一見、機械の様な無表情をしている彼にも優勝への熱意が他のプレイヤー同様に存在していた。

 

「言わせておけばいいのよ。

 やってみなければ結果なんて誰にも解らないんだから。

 それよりIQさん、COULOMBさん。

 同じ女性プレイヤー同士仲良くしましょう。

 LAINは登録してる?

 互いの情報を交換する為にも私と御友達になって頂戴」

 

 REDEYEは昨年の大会と変わらず終始他のプレイヤーに対して友好的に振舞っていた。

 玖留美や美子もそこまで敵意を剥き出しにする必要は無いと考え、彼女の提案に応じる。

 

「今は敵同士でも、お祭りが終わった後に敵同士でいる必要は無いでしょ?

 これからはグローバリズムの時代。

 あらゆる人種が手を取り合って1つの船に乗り、共通の困難を乗り越えていくのよ。

 素敵よね」

 合衆国内での、自国主義と国際主義の対立。

 

 自分達の国を優遇し、自国の利益を追求していく道を選ぶのか。

 それとも他の国々と手を結び、共に繁栄する道を選ぶのか。

 ポーカー大統領候補は『グローバリズムに傾けばカダル連合王国が我々を脅かす事になるだろう』と反対の立場を表明。

 現大統領である民主党の黒人大統領、ルイス・マードックと対決する姿勢を露わにしていた。

 

 (去年、ココまで辿り着いておきながら決勝の舞台にも立てずに負けた。

 でも今年は違う。

 絶対に優勝してみせる)

 美子の格闘ゲームプレイヤーとしての進化。

 強豪ばかりが揃う『電脳皇帝』での練習と指導は、彼女の実力をさらに引き上げる。

 

 教わるばかりでは無く教える事で自らの改善すべき点も浮き彫りになり、相手が付け入る隙も減っていった。

 今の美子は間違いなく天武日本の英雄となった月山新二と肩を並べる存在である。

 共に学び、共に戦い抜いた相手だからこそ彼女は新二に勝って自分が『ナンバーワン』だと宣言したかった。

「緊張していないか?」

 常に美子の体調を気遣い、彼女を支えてきた新二。

 

 世間では『敵に対して余りにも甘過ぎる』と言う批判の声もあったが、彼は自分の考えを曲げなかった。

 そしてそれは同時に、相手を心配して励ます事が出来るだけの心の余裕があるとも言える。

 連覇のかかった重要な局面であったが、彼自身が驚くほど新二の精神は落ち着いていた。

「私は大丈夫です。

 新二さんこそ、玖留美さんと同じ場所で戦う事がプレッシャーになったりしないんですか?」

 

 煽りでは無く、純粋な疑問だった。

 彼を育て、英雄へと導いた師匠との激突。

 同じ栄冠を狙う以上彼女との対決も避けられない。

 

「直接対決になっていないのが救いかな。

 玖留美さんが勝ち上がってくればいずれ必ずぶつかる事になると思うけど……

 それは俺も最初から覚悟してた事だから。

 玖留美さんだって同じ気持ちだと思うよ」

 

 仲間、家族、母親、姉の様な存在。

 1つの目標に向かって共に突き進み研鑽を重ねた。

 それでも実際に試合が始まれば夢の為に倒さなければならない手強い敵となる。

 美子もまた、2人を親友として慕っていたが『勝ちたい』と思う気持ちは誰にも負けないと思っていた。

 

「覚悟が違いますね」

「君だって俺以上の覚悟を持ってこの場所に立っているんだろ?

 俺は騙されないよ」

 新二と美子の間で飛び交う火花。

 怒りや怨みの感情では無く、相手を越えてみたいと言う純粋な願いがそこにはあった。

 

『それでは準々決勝第1試合、IQ選手VSREDEYE選手の試合を始めます!』

 軽く頭を下げた後、戦いの舞台へと歩みを進める美子。

 その後姿からは迷いや怯えは一切感じられなかった。

 (まずは、彼女がこの1年間でどれだけ成長したのか見させてもらおう。

 彼女の自信がまやかしなのか真実なのか、この試合で明らかになる)

 

 この試合が他の6名にとっても重要である事は言うまでもない。

 勝った方にどの様な癖や弱点があるのか、彼等は何も見逃すまいと目を光らせていた。

 

【2012年2月6日 プラナス本社ビル社長室内 午前9時】

 

「やっと始まったわね。

 再開するのに随分時間をかけちゃって……

 もっと手際良く進められないものなの?

 私ならこんな熱が冷める様な時間は作らないわ」

 

「君が主催してみたらどうだい?僕も君がZEROの大会を主催するのなら見てみたいな。

 面白い大会になりそうだ」

 背もたれのある黒い椅子によりかかり、文句を言う美香。

 零は彼女がせっかちである事を理解しつつ彼女をからかった。

 

「フン」

「今年は8分の3が天武日本人と言う事で、優勝の可能性は非常に高くなっています。

 特に月山新二は我々も全面的にバックアップしていますので、優勝してもらいたいですね」

 明らかに機嫌が悪い美香を宥めるかの様に、彼女の隣にいた妖が説明を行う。

 

 月山新二が『世界一のプロゲーマー』になった後、プラナスは彼のスポンサーとして様々な支援を行ってきた。

 一度世界一と言う称号を手に入れているのだから、評価が下がる事はありえない。

 そういった判断の下で銀行が彼を全面的に支えているのだが、逆を言えば彼に全て賭けていると言う事でもある。

 

 綾小路財閥の崩壊後、企業としての信頼を取り戻す為にプラナスは様々な手を打ってきた。

 最も多くの金をつぎ込んでいるのが開拓余地の多い『宇宙開発』であったが、その次に投資しているのがこの格闘ゲームビジネスである。

 彼に金銭的支援を行えば行う程、関連グッズや書籍、講演会で得た利益の一部がプラナスに流れ込んできた。

 他の人間が優勝すると言うリスクはあるが、彼を信じて突っ張る方が得。

 そう考えた美香はリスク分散を軽視して新二への『オールベット』を続けていたが、この大会は1つの分岐点を迎えようとしていた。

 

「そのうちの1人は天武日本人の皮を被った真国人じゃない。

 九龍玖留美が決勝まで行く確率は低いでしょうから、可能性があるとすればこの2択よ。

 白鳥は合衆国に渡ってCLOCKに接近しているらしいから、それが効けば良いわね」

 プラナスは海外での展開も視野に入れ、白鳥をその先兵として合衆国に送り込んでいる。

 優秀な人材だからこそ海外で使うと言えば聞こえが良いが実際は邪魔な男を自分の前から遠ざけたかっただけだった。

 

「どうして玖留美さんが決勝の舞台に立つのは無理だと断言されるんですか?」

 テレビを挟む形で美香の前にいた瞳が疑問を口にする。

 彼女は零のピアニストとしての海外公演のみならず、常に彼の側にいる様になっていた。

 

「決まってるじゃない。

 私があの女を嫌っているからよ。

 ……それは冗談としても、あの女に優勝出来る実力があるとは思えない。

 特に『兄』を天武日本に置いたまま合衆国にいると言う『負い目』もあるんだし」

 

 美香の父親である黒沢輝が九龍拓巳を『廃人』にしたと言う事実は天武日本中に知れ渡っている。

 彼女は一種の自虐ネタを披露した様なものだった。

 

「黒沢グループとしては新二君を推す以外に道は無いね」

「万が一賭けが外れたとしても強かに立ち回るだけよ。

 ただし、あのカダル連合王国の2人だけはやめてほしいわ。

 伝手が無いもの」

 

 万事が金。

 黒沢グループの飛躍の為には、泥水を啜る様な覚悟で金を掻き集めなければならない。

 美香の決意は固いものであり、零もとことん彼女に従うと決めていた。

「零、今年の公演は合衆国でも行うって事は貴方も知ってるわよね」

 

「僕をおどかしているのかい?

 飛行機が墜落したらそれまで。

 君も僕の死を望んでいるんだろう」

 零はそう言って溜息をついたが、美香は首を横に振る。

 

「まさか。

 今の私は昔の私とは違う。

 より合理的に物事を考えているわ。

 アンタは徹底的に使い潰す。

 利用価値があるものを捨てるなんて愚の極みよ」

 

 言っている事は最低であったが、美香の表情は少しだけ笑っている様にも見えた。

 不器用な彼女なりの愛情表現であり、夫婦として歩み続ける意思を示したとも言える。

 妖と瞳が傍らで見守り続ける限り、2人の関係が破綻する事は無いだろう。

 

【2012年2月6日 千葉県宮本市本郷 アパート貧荘火村あかりの部屋 午前9時】

 

 井島豊が死んでから1年の間、火村あかりは味わった事の無い喪失感に苦しめられていた。

 常に側にいた者が突然消えてしまったと言う深い哀しみ。

 今でも、その傷が完全に癒えたワケでは無い。

 少しだけ、前を向ける様になっただけだと本人は思っていた。

 そう、本当に少しだけ。

 

「朝っぱらからビール飲みながら観戦って言うのは、贅沢してる気がするわ」

 日曜日に酒を飲みながら雨宮比呂子と歓談すると言う、優しい時間。

 それでもコップを持っていないもう片方の手はノートPCに触れていた。

「先輩、後で私がざっと見直しますけど……

 そんな状態で世界大会の感想コラムが書けるんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。

 自分で自分を制御出来るレベルを考えて飲んでるから。

 日曜日だろうが何だろうがこういうイベントがあれば休めないのは因果な仕事よね」

 

 この数年間で、2人の社会的な立場も大きく変わった。

 火村あかりは闘戦興の編集部員を続けながら自伝的エッセイ『私達が通った道』を執筆。

 彼女の作品は爆発的人気を博し、彼女は若くして副編集長補佐にまで登り詰める。

 異例の大出世であったが、あかりは慢心する事無く低姿勢を貫いていた。

 

「最近は『若い子の面倒を見る』仕事も増えちゃって……

 少し前の私なら考えられないでしょ?

 新人編集者に色々教える立場になるなんて」

「齢を重ねれば重ねる程、責任もそれに伴って増えていきますからねぇ」

 

 雨宮比呂子は『サウスハウス柏店』の店員の中では最も偉い『グループリーダー』を任されている。

 これも『店長補佐』と同じ肩書で、他の店員を動かしながら最終的な判断を店長に仰ぐと言う仕事内容だった。

「先輩は、この8人の中で誰が優勝すると思います?」

 

「そうねぇ……

 編集部の人達は本命月山新二、対抗旧パキスタン地区勢だと思ってるみたい。

 でも私は瀬川美奈子さんが結構確率が高いと思うわ。

 彼女が人並みならぬ努力を続けてきたのは私が一番知ってるから」

 

 瀬川美奈子にインタビューを行った時、彼女の手にはマメが出来ていた。

 腕も同じポジションを取り続けている為痛くなる。

 痛み止めと冷却スプレーを使用して練習を続行する事すらあると彼女は話していた。

 

 (人生の時間を、どれだけZEROと言う格闘ゲームに注ぎ込んだのか。

 新二君には他にやるべき事が増えてしまったと言うディスアドバンテージがある。

 若手の発掘と育成を鏑木君だけに任せてはおけない。

 講演会や店舗大会でのゲスト出演、テレビ、ラジオ……

 それは彼にとっての足枷になってしまった。

 連覇すると言うのは、生まれてしまった『不純物』との戦いでもあるのよ)

 

 本音を言えば、新二には身体を許したと言う特別な思い入れがあるので彼に優勝してもらいたい。

 火村あかりと言う1人の女性としてはそう思うが、客観的に見れば彼が不利である事は明らかだった。

「美奈子さんは私と雰囲気が似ている所もあるので、応援しちゃいますね。

 きっとあの人にも自分の人生を暗くする影があるんでしょう。

 私みたいに」

 

 不幸な過去がある人間には、出来るだけ幸せになってもらいたい。

 比呂子は心からそう願っていたし、彼女の考え方が今後変わる事も無いだろう。

 

 (豊、アンタも何処かで見ているんでしょう?

 この魅惑のショーを。

 誰が勝ったとしても、この一時は永遠に消えない伝説になる。

 私達はただ楽しむだけ。

 蚊帳の外から応援する事しか出来ないからね)

 

 辛い時も、苦しい時も火村あかりの隣には井島豊がいた。

 今はもう彼の姿は無いが、雨宮比呂子がいる。

 画面の向こう側に月山新二がいる。

 寂しいけれど、寂しくないよ。

 そんな矛盾した思いをあかりは心の中で吐露していた。

 

【2012年2月6日 天国 『井島豊の家』 午前9時】

 

「ほれ桜華、ポテトチップスのうすしお味とジンジャーエールな。

 オーナーは何にします?

 念じれば何でも出てくるんで遠慮なく言ってください」

 

「ウイスキーをロックで。

 こういう時は割らずにゆっくり飲むのが一番良い。

 冴子は?

 若い頃は日本酒とか飲んでたんだろう」

 

「その話はしない約束でしょ。

 豊さん、瓶のオレンジシュース貰えますか」

 18歳の時の姿をしている冴子は蓋が取れた瓶を受け取るとそのまま勢い良くラッパ飲みした。

 

 天国で揃わないものは殆ど無い。

 拳銃や刃物と言った『人を傷付ける用途しか考えられないもの』に関しては制限がかかるが、それ以外は何でも手に入れられる。

 とは言え、それが所詮虚空に消える偽りでしか無い事は豊も他の者達もよく解っていた。

「来たね、第2回世界大会」

 

「豊は月山新二を応援しているんでしょう?

 火村あかりも彼と仲が良いですものね。

 私は九龍玖留美に一票を。

 そう言っても何にもなりませんけれど、私の自分勝手な贖罪ですわ」

 2005年の全国大会で桜華が感じた『敵意』は本物だった。

 

 玖留美の涙や憤り、激しい怒りは今も桜華の心の中で燻り続けている。

 彼女に懺悔する事も出来ず、悩む事しか出来ないのは桜華にとって苦痛でしか無かった。

 

「前から思っていたんですけれど……

 少し仲良くなったからと言って身体を差し出すと言うあかりの気持ちが私には理解出来ませんわ。

 もっと、その……

 そういうのは大切な人に捧げるべきなんじゃありませんの?」

 

 自分も性欲に溺れているのに今更何を言っているのかと思いはしたが、桜華は豊にそう話しかける。

 無節操に快楽を貪っていた巴の姿が、かつて映像で見たあかりの姿と重なっていた。

 

「お前とは価値観が違うんだよ。

 とは言っても、普通の女性は皆お前と同じ考えだろうけどな……

 なんて言えばいいのかな。

 あかりは新二君に『俺の代わり』を求めたんだと思う。

 単なる性欲だけで涼介と性行為するのとはまた別の話でさ」

 

 桜華の隣に座った豊の手にもコーラの入った瓶が握られている。

「それと、ベットしたんだよあかりは。

 新二君の将来性に己の未来を賭けたんだ。

 彼がビッグな男になれば少なからずあかりにも恩恵がある。

 ZEROを盛り上げたい、最強のプレイヤーを生み出したいって思いがそうさせたと俺は思ってるよ」

 

 瓶に直接口を付けながらコーラを飲み干し、大きく息を吐く豊。

 次の瞬間、また瓶の中にコーラが出現していた。

「私も人の事は言えませんけれど、ふしだらですわね」

 

「ココで無為の時を過ごしている俺達よかずっと健全だよ。

 人生は楽しめる時に楽しんだもの勝ちだ。

 新二君みたいにな」

 桜華の不満を軽く受け流し、テレビ代わりにしている『鏡』に視線を戻す豊。

 一方蔵崎源三は酒を飲みながら生きていた時を鮮明に思い出していた。

 

「玖留美君、本当に見た目も中身も変わったねぇ。

 まるで、御兄さんの魂が乗り移ったかの様だ。

 でも彼女は危ういよ。

 強さの為に優しさを捨てる者は、その冷酷さに飲み込まれてしまう」

 雨宮健太郎も、九龍玖留美も強さを手に入れた代償として笑顔と優しさを失ってしまう。

 

 優しさを失ってまで得る力に何の意味があるのかと彼は思った。

 (力に酔った者はその力に押し潰される。

 克服出来るのは、その力以上のタフな精神力を持つ者だけだ。

 そう、例えば……

 私達の人生を滅茶苦茶にした羽生晃の様に)

 

 蔵崎は羽生を軽蔑していたが、唯一そこだけは評価出来る点だと思っていた。

 人間の屑だが、天武日本の影の王と言う肩書を持ち続けていられる人間がどれだけいるだろうか。

 想像を絶する重圧の中、その重圧を跳ね除けていかなければならない。

 彼は目を瞑り、幸せだったあの頃の記憶を脳裏に浮かべていた。

 

「ゲン君、最初の試合が始まるわよ」

 冴子の声が、蔵崎を現実に呼び戻す。

「ああ、そうだったね」

「もう、ゲン君が豊さん達と見るって言うから仕方なくついてきたのに。

 そんなに興味があるってワケじゃないの?」

 

 わざとらしく頬を膨らませて不満である事を主張する冴子の顔すら愛おしい。

 蔵崎は彼女の肩に手を置き、もう片方の手で鏡を指差した。

 

「冴子、今日でまた新しい歴史の1ページが追加されるんだよ。

 そしてまた、彼等にとっての1年が始まる。

 私はそういう人達の『手伝い』を長年に渡って続けてきた。

 大好きだよ。

 だから、どうか冴子も最後まで見守ってあげてほしい」

 

 真剣な表情でそう言う蔵崎の方を暫くの間冴子は見つめていたが、やがて唇の端を僅かに上げる。

「ゲン君がそう言うのなら、私は最後まで付き合うだけよ。

 だって、私はゲン君の事を心から愛しているんだから」

 

 貴方となら何でも出来る。

 何処へでも行ける。

 生きている間にこうして愛を育む事が出来なかったと言う現実が蔵崎の心を抉った。

 

「有難う」

 彼は目に涙を滲ませ、冴子を強く抱き締める。

 死から幸福が始まった2組のカップル。

 彼等の『思い出作り』はやっと始まったばかりだった。

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