綾小路桜華の初登場シーンが含まれている章です。
最初は嫌な悪女キャラとして登場させる予定だったのですが、
ある事情があり心の優しい御嬢様キャラとして生まれ変わりました。
その理由もいずれ解ってくると思います。
エントランスから再び転送された俺は、雷鳴轟く古城の廊下に立っていた。
廊下の反対側には黒い翼を生やした漆黒の髪を持つ女が立っている。
「あら、力の無いヴァルーの民が2回戦の相手だなんてラッキーね。
私の名前はヴィラン・エクセンテッド。
貴方も私の紫炎で綺麗な灰にしてあげましょう」
言うが早いか、女は掌から紫色の炎を俺に向けて放ってきた。
その炎を避ける為、咄嗟に近くにあった扉の中へと逃げ込む。
この場所は天界人が利用する巨大な図書館の様だった。
(あんな奴と真っ向勝負をすれば負けるに決まっている。
ここは隠れて勝てる機会を待つべきだ)
本棚の影に身を隠した瞬間、扉を開けて女が部屋の中へと入ってくる。
「爪や牙での攻撃しか出来ない貴方では、逃げても無駄よ。
私に近付くチャンスを待っているんでしょうけど、そのチャンスすら作らせないわ」
再び両手から炎を繰り出し、女は本棚ごと部屋全体を燃やし始めた。
部屋の中に隠れていては焼け死んでしまう。
だがこのまま馬鹿正直に奴の前へ出ても負けるだけだろう。
勝機があるとするならば、なかなか出てこない俺に対して業を煮やし、一気に片付けようとする時だ。
「何時まで隠れているつもり?」
巨大な火球を作り始めた女に隙が生まれた瞬間を俺は見逃さなかった。
本棚の間を蹴って飛び出し、その勢いのままに両手で奴の両腕を斬り落とす。
「ギャアァァァァ!!」
奴が悲鳴を上げている間に図書室を飛び出し、そのまま廊下へ向かう。
別の部屋へ移動しようとしたが、足に火傷を負ってしまった。
「よくも私の身体を!許さない……
生きたまま焼かれる苦しみを味わえ!」
彼女の口から発射された炎をそのまま転がって回避し、もう片方の足で壁を蹴ると相手に近付いていく。
先程と違い両腕を切り落とされた痛みから命中精度が落ちている女に勝ち目は無かった。
「獣如きに、この私が負けるハズが……」
そのまま懐に飛び込んで相手の首を噛み千切り、俺はギリギリの所で勝利を掴んだ。
エントランスに戻ってきた時、俺は自分を含めた4人が残っている事を把握した。
「ケッ、獣野郎が。まだ生きてやがったのかよ。往生際が悪過ぎるんじゃねぇのか?」
黒い髪の少年は俺を挑発したが、俺はそんな挑発に乗る元気も無かった。
(皆死んでしまった……ヴァルーの民で残っているのは俺と……)
部屋の隅で涙を流している青い肌の鬼の少女の姿が目に入る。
そしてもう1人、神々しい光を発している白い聖衣を纏った少女が俺に話しかけてきた。
「この結果は意外ですわね。
残った4人の中に私以外の『神』がいないなんて。
まぁ、私以外の神は元々力があっても好戦的では無かった。
ゆえに油断して負けてしまったとも言えますわ」
少女は揺るぎない自信に満ち溢れている様だった。
誰が相手であろうと負けはしない。そんな感情が見て取れる。
「握手くらい、しても構わないでしょう?」
余裕なのか、手を差し出してきた少女と俺は握手を交わした。
「ヴォルフ・ムーンリファードだ」
「私は『美と傲慢の神』、ユファール・シャインスピリアですわ。
準決勝で当たるかどうかは解りませんけれど、お互いにベストを尽くすべきですわね」
酷薄な笑みを浮かべる少女には、言葉とは裏腹に敵意すら感じ取る事が出来る。
俺は残っている者達から離れ、柱にもたれかかると戦う時が来るまで待つ事にした。
(俺はお前達を生き返らせる。待っていてくれ。必ず勝ってみせるぞ)
天武日本の首都、東京。
かつて織田信長が天下統一を果たした後、明(みん)との一大決戦に備える為、東に一大都市を作ろうと考えたのが始まりであるとされている。
武器が容易に調達出来る様に堺と同規模の商業都市が作られ、現在では最先端の技術が集結する未来都市へと変貌を遂げた。
都市の建設には信長の盟友であった徳川家康の働きがあった為、東京駅には彼の黄金像が建てられている。
『皆様、お待たせ致しました。
只今より、ドリームフラワー東京本店に本日入荷した『ゴールデンクマッタ』の抽選を行います!
私が番号を発表致しますので、御手元の番号札を御覧になり同じ番号札を持っている御客様から順番にレジの方へ御越しになってください』
8月上旬、雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ)はNEWSZEROのメンバー、東郷(とうごう)恵(めぐみ)と共に東京駅近郊にあるファンシーショップに足を運んでいた。
比呂子が狙っているのは1体10万円と言う高値がついた『ゴールデンクマッタ』だ。
この東京本店では100体限定で取り扱っており、抽選で購入者を選ぶシステムになっている。
他の大きなファンシーショップでも同じ様に抽選が行われており、比呂子達は自分達の住んでいる場所から一番近い店へとやってきたのだった。
「この日の為に、一生懸命バイトをしてきましたからね。
2人共当たれば良いんですが」
「ま、お金は大丈夫だけど抽選だからね~。
私も勿論欲しいけど、比呂子には絶対当たってほしいな」
恵は比呂子と同じクマッタシリーズのファンであるが、比呂子の方がファンとしては上である事を理解している。
自室はクマッタグッズで溢れ、さながらちょっとした展示会の様相を呈していた。
クマッタ以外のキャラクター集めも充実しており、全てが努力によって稼いだ御小遣いによって購入されたものだ。
(ナンバーと購入証明書がついてくるレアアイテム。
限定販売品でコレクターズアイテムとしての価値が高い。絶対に手に入れたい!)
比呂子は人見知りが激しい為、接客業では無く、ケーキ店の裏方のバイト等でお金を得てきた。
一方恵の方は1回の『仕事』で得られるお金が多い為、さほど苦労もせず目標金額を集める事が出来る。
だからこそ、恵は自分より苦労している比呂子に当たってほしいと思っていた。
『18番の番号札をお持ちの方、レジへお越しください!』
拡声器を持った店員がそう言うと2人の近くにいた大学生らしき女性が飛び上がらんばかりに喜び、人の波をかきわけて外にあるレジの方へと歩いていった。
「私が221番で、比呂子が222番だったっけ?」
「そうですね。
今外に500人以上集まっているみたいですから、抽選倍率は約5倍と言う事でしょう」
次々に番号札を持った客がレジへと進んでいく。
そうして70名程が呼ばれた時だった。
『222番。
222番の番号札を持っている御客様、レジの方へお進みください!』
一瞬自分が呼ばれた事が信じられず何度も番号札を確認したが、我に返ると比呂子はレジへと歩を進めた。
レジの近くでは既にラッピングされた純白の箱が用意されており、比呂子が店員に番号札と10万円を渡すと、すぐに箱が渡された。
「こちらがナンバーも記載されている購入証明書です。
盗難の恐れもありますのでくれぐれも紛失しない様お願い致します」
購入証明書は防水加工が施されており、見た目もなかなか豪華そうに見える。
「有難うございました」
ほっと安堵の溜息をついた後、比呂子は恵のもとへと戻った。
だが彼女の心にはまだ曇っている部分がある。
(結局あの後、師匠を見つける事が出来なかった。
会って、私がどれだけ師匠に思いを寄せているのか伝えたいのに)
狩谷優と兎川真紀が恋人同士である事を知った後、比呂子は狩谷にどうしても会っておきたかった。
だがあの日以降狩谷が彼女の前に現れる事は無く、ゲームセンターを回っても彼の姿を見つける事は出来なかったのだ。
「比呂子が買えたのは私も凄く嬉しいよ~。
私も当たれば良いんだけど、抽選ももう佳境に入っちゃってるみたい」
恵の言う通り、あと5名程発表された時点で当選発表は終わりそうだった。
その時、銀色のアタッシュケースを両手で持ち、息を切らしながら比呂子の近くで止まった女性がいた。
「ハァ、ハァ……やっと隙を突いてココに来る事が出来ましたわ。
すぐに番号札を貰わないと」
桜色のドレスに身を包んだ金髪の女性は、息を整えると辺りを見渡した。
左右に1つずつ団子型にまとめた美しい髪を持ち、胸には輝く真紅の宝石。
指にも大粒のダイヤモンドが輝いている。
一目見ただけで金持ちである事が解る女性は、比呂子に話しかけてきた。
「ゴールデンクマッタの抽選は……?」
「残念ですが、もう番号札の配布は終わりましたよ。抽選も終わる所です」
比呂子がそう言った直後に、最後の当選発表がされ、ゴールデンクマッタの販売が滞りなく終了した。
『只今の発表を持ちまして、本日のゴールデンクマッタの販売を終了致します。
皆様、暑い中本当に有難うございました。
引き続き、ドリームフラワーでのお買い物を存分にお楽しみください』
その言葉を聞いた瞬間、彼女はその場に崩れ落ち、両手を地面に付け愕然とした。
「ま、間に合わなかった……
私(わたくし)があれ程買いたいと思っていた限定クマッタを逃してしまうなんて」
彼女は暫く悔しがっていたが、やがて立ち上がると、比呂子が持っていた白い箱に目をつけた。
「貴方、ゴールデンクマッタを手に入れたみたいですわね」
身長こそ比呂子より低いものの、比呂子に近付いてきた彼女からは只ならぬオーラを感じる事が出来る。
「私は貴方と同じ様に、クマッタシリーズを追い続けてきましたの。
このゴールデンクマッタは100体しか製造されない限定品。
コレクターにとっては垂涎の商品でもありますわ。
私の愛は、どんな手段ででも手に入れたいと言う執念と同じですわよ」
彼女はアタッシュケースを開き、ギッシリと詰まった札束を見せ付けた。
大量の織田信長1万円札が並んでいる。
「何としても、欲しい!
貴方、それを私に譲ってくれませんこと?言い値で結構ですわ」
恐らく、アタッシュケースにある札束全てと交換と言っても応じそうな勢いだった。
1億円もの金が比呂子の眼前で輝きを放っている。
だが懇願にも似た取引条件に対して、比呂子は首を横に振った。
「ごめんなさい。お金の問題じゃ無いんです。
このゴールデンクマッタは私が一生懸命働いたお金でやっと手に入れました。
それ以上のお金を渡されたとしても、人に渡せるものじゃありません」
恵であれば金の魔力に屈してしまったかもしれないが、比呂子は大量の札束を見ても動じなかった。
ファンシーグッズに対しての思いは誰よりも強い。
彼女は気弱だが決して自分の思いを曲げなかった。
「そ、そんな……これ程のお金を見せても心が動かない人間がこの世に存在するだなんて」
彼女は狼狽していた。
これまでの彼女の人生において、金で心を動かされない人間は1人としていなかった。
金の力の前に屈し、自分の願いを何でも叶えてくれる。
だが比呂子の幸せは金とは別の所にあったのだ。
「でも貴方なら、きっと私のクマッタを私より大事にしてくれるでしょうし、もっと良い場所に飾ってくれるでしょう。
お譲りする事は出来ませんが、長期に渡って貸す事は出来ます。
それでも宜しければどうぞ」
お金は一銭もいらない。
その点だけは変わらなかったが、彼女の必死の懇願は比呂子の心を激しく揺さぶった。
「良いの?あれだけ欲しかったクマッタの限定品なのに」
「彼女なら私のクマッタを、大事にしてくれると思うんです。
この人からは私以上の愛を感じますから」
購入証明書を恵に持たせ、白い箱のみを彼女に渡す。
彼女は驚きの連続から声を出す事も出来なかった。
「大事にしてくださいね」
満面の笑みを浮かべた比呂子に対して、彼女はやっと言葉を発する。
「このままただ渡されただけでは私の面子に関わりますわ。
何処かで奢らせてくださいまし」
『カフェ北野大茶(きたのだいさ)』は庶民的な値段のコーヒーから本格派の高額コーヒー、緑茶、ココア等を扱っている喫茶店だ。
来店者は年配の男女から若者まで幅広い客層に分かれており、この日も避暑ついでに訪れる客が多かった。
「コーヒーフロートとショートケーキを2つ。
それと本格(ほんかく)焙煎(ばいせん)珈琲(コーヒー)を1つお願いしますわ」
比呂子と恵はこの店を何度も訪れているが、本格焙煎珈琲を頼んだ事は1度も無かった。
コーヒー1杯で2000円。余程お金に余裕が無ければ頼めない。
しかし彼女なら問題は無いだろう。
「そういえば、自己紹介が遅れましたわね。
私(わたくし)の名前は綾小路(あやのこうじ)桜華(おうか)。
綾小路財閥の総帥(そうすい)を務めていますわ」
「貴方が、綾小路財閥のトップだったんですね。私は雨宮比呂子です」
「私は東郷恵。超有名人と話せるなんて私達凄くラッキーじゃない?比呂子」
とてつもない金持ちである事は名前を聞く前から解っていたので、比呂子はその名前を聞いてもさほど驚かなかった。
公立虹見高校に資金援助をしていた綾小路財閥。
そしてその財閥の威を借りて自分を虐めていた女子グループ……
暗くなりそうな記憶を無理やり振り払い、比呂子は改めて桜華の顔を見つめた。
顔からは久緒の様な負けず嫌いな面が感じ取れる。
立ち居振る舞いは優雅そのもので、相当躾けられてきたのだろうと思われた。
「今まで私は、お金さえあれば何でも思い通りになるものだと思っていましたわ。
でも比呂子、貴方は他の者達とは違った。
怯まぬ気高さと、無償の愛がある事を私に教えてくれたんですもの」
桜華は握手を求め、比呂子はそれに応じる。
「私のお友達になってくださいまし」
「はい、勿論です!
お互いクマッタシリーズのファンですし、そういう事を話し合いたいですね」
和やかな雰囲気になった所でコーヒーフロートやショートケーキが運ばれてきた。
「貴方もZEROを嗜んでいるんですわね。
私も今年の全国大会で優勝したいと思っていますわ」
「優勝は無理だと思いますけど、決勝トーナメントには進んでみたいです」
コーヒーを飲みながら互いの趣味について話し合い、2人はまるで昔から仲が良かったかの様に打ち解けていた。
(人見知りな所がある比呂子がここまで仲良くなるなんて、珍しい事もあるもんだね~)
桜華は金持ちではあるが人を見下す様な所が無く、とても優しかった。
「御父様と御母様が亡くなってしまった後、私は2人の夢を叶える為に頑張りましたわ。
綾小路財閥を日本一だけで無く、世界を代表する財閥にする事。
そして、誰にも負けない音楽家になる事を誓っているんですの」
綾小路財閥は総資産200兆円を誇り、今や天武日本を代表する企業集合体へと成長していた。
その総帥である桜華が幼い頃から続けているのがバイオリンのレッスンで、現在は演奏家として活躍している。
「御母様はプロのバイオリニストで、私はその遺志を継ぐ事で世界一のバイオリニストになりたいと思っていますわ。
ZEROの全国大会で優勝する事が出来れば、綾小路財閥の名を大きく知らしめる事が出来る。
私の夢は私の手で全部叶えてみせますわよ」
音楽家。ゲーマー。財閥の長。
様々な面を持つ桜華であったが、全てにおいて一番でありたいと言う思いは共通であった。
(私だったらここまで多くの責任を一度に背負う事は出来ない。
桜華さんは本当に凄い人なんだ)
「それに、クマッタシリーズのコレクターとしてもナンバーワンになりたいですわね。
人に笑われるといけないので今は自室にこっそり飾っていますけれど、いずれは博物館みたいな建物を作りたいと思っていますの」
桜華は真剣な眼差しで比呂子の方を見ると、頭を下げた。
「比呂子。貴方のおかげで私の夢がまた一歩前進しましたわ。本当に有難う」
「そんなに低く頭を下げないでください。
私達は遠慮無く色々な事を話せる友達になったんですから。
これからも一緒に切磋琢磨していければいいですね」
暫く談笑していた3人であったが、その空気は店内に入ってきた数名の男性によって張り詰めたものへと変わった。
「桜華御嬢様。ここにいらっしゃいましたか。
屋敷からいなくなっていたのでずっと探していたのですよ」
黒服を着た男達を引き連れた老人が、桜華の近くまでやってきた。
「染井(そめい)。たまには私にも自由な時間をくださいまし。
館の中で孤独に生きる籠の鳥では疲れてしまいますわ」
「いいえ。成さねばならぬ事が膨大にあるのです。
御嬢様には使命がございます。
御父上の努力を無駄にしない為にも、立ち止まっている暇はありません」
囲まれている事を悟った桜華は、諦めて比呂子と恵の方を向いた。
「比呂子。今日は素敵な1日になりましたわ。
預かったこれは、大事にさせてもらいますわね」
黒服に連れられ、用意されていたリムジンの方へと向かう桜華。
その姿は、まるで護送されていく囚人の様だった。
「下賤(げせん)の民草(たみぐさ)が気安く御嬢様に近寄るな。
今度一緒にいる所を見かけたら、只ではすまんぞ」
染井と呼ばれていた男は、そう言って2人を睨み付けると、背を向けて店から出ていった。
「可哀想だね~。いくら仕事が沢山あるって言っても、自由が無いと辛いだろうし」
「そうですね……」
比呂子は桜華の閉ざされた生活を思うと、やりきれない気持ちになった。
どれだけお金を持っていたとしても、自由が手に入らない人生では意味が無い。
比呂子は桜華の哀しそうな後姿が暫く頭の中から離れなかった。
リムジンに乗り込んだ桜華は、比呂子から渡された白い箱を大事に抱えていた。
「あやつから受け取ったものですか?
下々の女から貰ったものなど、すぐに捨ててしまった方が宜しいのでは」
「いいえ。それは絶対に出来ませんわ」
綾小路家の執事長(しつじちょう)としてナンバーツーの発言権を持つ染井でも、桜華の言葉には逆らえない。
綾小路財閥に絶対の服従を誓っている染井であったが、黒沢と組みさらなる綾小路財閥の繁栄を狙っていた。
「御嬢様、あんな有象無象の屑共と付き合っていてはそのレベルまで落ちてしまいますぞ。
私めにお任せ下され。
全国大会制覇の夢も、世界一の音楽家の夢も必ず実現させてみせます」
桜華はあくまで純粋に自分の力で夢を叶えようとしていたが、染井は邪魔な者を排除する事で桜華の夢を叶えようとしていた。
桜華に忠誠を誓っている染井であったが、それだけでは無かった。
先代総帥の野望を叶える為必死だった。
(御嬢様は美しい人形のままで良い。
実際に悪事を行うのは私と黒沢だけで充分。
どんな手を使ってでも御嬢様の夢を叶え、そして綾小路財閥の未来を守る為に全力を尽くす)
2人の目的は一見同じ様に見えるが、実は全く違うものだった。
そして、桜華はその事に全く気付いていなかったのである。
綾小路桜華の自宅は豪勢な大邸宅だった。
それは豪邸と言うよりも、宮殿クラスの規模を誇っていた。
総工費100億円。
総資産200兆円の財閥が建てた家にしては少額の様に思えるが、このレベルの別荘が日本各地に用意されており、全体で見れば相当金をかけている。
大理石の柱や天井に設置されている豪華なシャンデリア、オークションで手に入れた本物の名画の数々。
さらに幼少期から凄腕の経済学者や各分野のエキスパートを雇い、桜華に帝王学全般を学ばせ、経営のプロに育て上げた。
その養育費だけで数億円。
さらには1日の電気代だけで1000万円を突破する等、金を使うだけ使っている。
桜華は16歳になるが全く学校に通った事が無く、屋敷をこっそり抜け出す以外に外の景色を見る機会が無かった。
世間知らずの箱入り娘になった桜華であったが、孤独を感じながらも邪(よこしま)な心を持つ事無く成長している。
それは財閥の方針でもあった。
綾小路桜華が光り輝く『表』ならば、財閥の薄汚れた暗部は『裏』。
彼女がいるからこそ、財閥は汚い金儲けを行う事が出来たのだ。
「ローズ建設会社の業績は右肩上がりです。
ドーム球場の建設等で利益が上がっています」
「プラナスの方は?」
「こちらも順調そのものです。
預金額は全体で1兆円を超えており、さらに新興企業であるジェネシスへの融資が成功した為、数百億の利益が出る見通しです」
その言葉を聞いて、桜華はほっと胸を撫で下ろした。
「ジェネシスはIT企業の中でも飛び抜けた技術を持つ電脳集団。
私達が先を目を付けておいて正解でしたわね。
財閥の傘下に置き、これからも金の卵を産む鶏として育てていきますわよ」
「了解致しました。新たな情報が入り次第、お伝え致します」
財閥全体の総指揮を取っている桜華であるが、実質的なブレーンは執事長の染井(そめい)義政(よしまさ)であった。
先代の獅子王(ししおう)が『完璧な右腕』として彼の能力を高く評価しており、歳を重ねてもその判断が狂う事は無い。
「御嬢様、どうぞこちらへ」
部下達の現状報告が終わった後、桜華は染井に案内され、自宅の地下へと足を踏み入れた。
「今回は御嬢様の御期待にそえるものが開発出来たと思っております」
桜華の自宅地下には秘密の研究・開発を行っている部屋があり、そこで行われている事が外部に知られた事は1度も無い。
財閥の傘下の1つである『プラナス電気』が、この場所で『ゲームロボット』の開発を続けていた。
「今年こそ、綾小路財閥の技術力を天武日本に住む国民全てに理解してもらう時ですわね」
「その通りでございます。
その辺りにいる知識の無い技術者とは違うと言う所を見せ付けなければなりません」
ゲームロボットは人間そっくりに作られており、格闘ゲームの操作に特化している。
昨年の全国大会では『白虎』と『朱雀』の2体を製作したが、全国予選で敗退。結果を残す事が出来なかった。
「今年我々が作った『青龍』と『玄武』は会心の出来ですぞ。
御嬢様の御味方として活躍してもらう予定でございます」
全国大会の規定では人間以外の参加も認めており、天才犬や遠隔操作型ロボットは過去予選に出場している。
政府やアークラインズの見解としては『決勝トーナメントへの出場はまず無い』とされており、話題作りの為に黙認されている部分が大きかった。
「電子頭脳を搭載した自立移動も可能なロボットで、御嬢様の命令を遵守する様になっております」
保管室に置かれていた2体のロボットは、今にも動き出しそうな程精巧に作られていた。
「もしこの2体のうちのどちらかが全国大会で優勝する様な事があれば、財閥の名声はますます高まりますわね」
「これはあくまでも保険。
桜華様が優勝するのが最も理想的な形でございますが、想定外の事態を回避する為にはこの2体が必要不可欠なのです」
2体のロボットに見惚れる桜華の隣で、染井は邪悪な思考を巡らせていた。
(この2体が他の参加者を蹴散らし、御嬢様を優勝へと導く。
ロボットの『中身』は既に我々が決めているからな……)
桜華は何も知らない。
このロボットの中身が殆ど空っぽであると言う事実を。
そしてこのロボットに内蔵された『別の機能』の事も……
全国大会へ向けた『邪悪な野望』と『天武日本を揺るがす事件』は、確実に動き始めていた。