※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

111 / 125
最後に書きたい事は何なのかを考えた結果、
最初は東郷恵に救われてほしいと思いこの話を書く事に決めました。
最後までしっかり書き続けていこうと思います。


ZEROFINAL1 『半日だけの恋人』前編

【2012年2月11日 午後8時 東京都豊島区池袋 バー『FIRST LOVE』店内】

 

 余計なものが存在しない空間は、とても美しく感じられるものだ。

 音に雑音が混じれば不快に感じる様に、ごちゃごちゃした装飾品だらけでは目が疲れてしまう。

 

 東郷恵と柳瀬繁の2人が訪れたこのバーは、洗練された空間が広がっていた。

 眩し過ぎない照明、寡黙なバーテンダー、大声を出さない客。

 『御洒落』と言うだけでは足りない、完璧に近い場所。

 瓶やボトルが綺麗に並べられた棚を見ながら、彼女はそんな事を考えていた。

 

 (お客さんが来る前の、私が仕事をする部屋と似ているから心が落ち着くわ。

 やっぱり物が散らかってるとくつろいだりリラックス出来ないわよね)

 頭の良い人間ほど、片付いていない部屋を嫌悪すると言われている。

 計算を解く時に最短ルートを選ぶ様に、脳内も周りも美しくなければならない。

 自分はやはり特A時代の事が忘れられないのだと恵は己を皮肉った。

 

「お前が見てくれと言ってた世界大会、時間を作って全部見させてもらったよ」

 柳瀬の言葉が聞こえ、物思いに耽っていた彼女は慌てて彼の方を見る。

 あの時と同じスーツ姿。

 御洒落と言うよりも真面目さや実直さが垣間見えた。

 

「きっとリアルタイムで見た方が臨場感があったんだろうが、仕事が忙しくてな……

 録画したものを見たんだが、お前がああいう世界に惚れたのが少しだけ解った様な気がするよ。

 熱かった。

 互いに負けたくないと言う気持ちのぶつかり合い。

 そして名誉天武日本国民になった真国人が優勝した。

 興行的にも政治的にも、意味のある大会だったと思う」

 

 格闘ゲームの内容よりも、大会の儲けや政治に注目する所が柳瀬らしい。

 恵はそう思い、またそれも当たり前だと思った。

 特Aクラスの者達にとって全ての娯楽は『毒』であり、堕落に導く魔物。

 興味を持つなど言語道断。

 そう言われて育ってきた柳瀬に興味を持ってもらう事自体が無理な話だった。

 

「お金がどうとか、政治的な成功とかはどうでもいいよ~。

 私が好きになった格闘ゲームを、柳瀬君にも見てもらいたかっただけ。

 理解してくれとは言えないし、それが無理なのは解ってる。

 でも、私の気持ちを尊重してくれたのは凄く嬉しい。

 本当にありがとうね」

 

 単純に、柳瀬は自分を心から愛してくれている。

 恋焦がれ、彼女が見てくれと言ったものを必ず見る。

 理解は出来ずとも、懸命に歩み寄ろうとしてくれる。

 恵にとってはそれだけで充分だった。

 

「不思議なものだよな。

 誰よりも厳格で、勉強以外の事が目に入らなかったお前がゲーム好きになるなんて。

 そして遊びに誘惑されていた俺が逆にゲームに興味が持てなくなるんだから。

 人間の人生なんてどう転ぶか解らないものだ」

「うん、私もそう思う」

 

 なんと残酷で濃密な人生だった事か。

 幼い頃に世界の全てが壊れてしまい、人間関係すらもリセットして新しい道を歩んだ。

 進んで堕落して、全ての遊びと誘惑を享受した。

 自分自身を騙し続けてきた人生だったかもしれない。

 恵はそう思いつつも、それだけでは無い様な気もしていた。

 

「でもねぇ、転んだ先に新しい出会いがあって素敵な友達が出来たのは本当にラッキーだったよ。

 そのまま潰れてしまってもおかしくなかった私に、沢山の人が手を差し伸べてくれた。

 だから私は今生きていられる。

 その事に感謝しなくちゃね。

 勿論、柳瀬君も私を救ってくれた恩人の1人なんだよ」

 

 屈託の無い笑顔は、見た目が変わっても唯一変わっていない恵らしさだったのかもしれない。

 褐色肌に似合うスパンコールが付いた黒色のドレス。

 酒の値段が高めの落ち着いたバーに相応しい服装だった。

 

「俺は、そんな大した事はしてないよ。

 お前を救っただなんて、そんな……」

 柳瀬は彼女の眩し過ぎる笑顔を直視する事が出来なかった。

 その裏に多くの絶望と涙があり、今も彼女はそれと戦い続けている事を知っていたからだ。

 

 何度夢に見ただろう。

 何度空想した事だろう。

 恵に襲い掛かる気持ち悪い化け物を自分が退治して彼女を救う夢。

 そんな事は当時の自分には不可能だしそんなチャンスは何処にも無かったのは解っている。

 しかし頭では理解していても、その妄想を止める事は出来なかった。

 

 (彼女の目の奥は今も濁っている。

 笑顔を見せる時も、楽しそうにしている時もその瞳の奥には無限の暗闇が広がっているんだ。

 何で助けてやれなかったんだ。

 あの時の俺に何か出来る事は無かったのかと何度も自分を責めた。

 そして今、俺は彼女を抱こうとしている……)

 

 柳瀬のもとに恵から電話がかかってきたのは数日前の事だった。

『私とセックスしてくれない?

 私を好きだと思うなら、どうか断らないで』 

 最初は驚き、理由を聞こうとしたが結局聞けなかった。

 そして何度も考え迷った末に、柳瀬は彼女の求めに応じる事を決断したのだ。

 

 (彼女の求めに応じても応じなくても、誰かの気持ちを裏切る事になる。

 ならば最終的にはどちらを愛しているかだ。

 恵か、政略結婚で子供が産まれた後夜の営みも無く会話も無くなった妻か。

 俺は恵の気持ちを優先する事を選ぶ。

 善悪で決めてるんじゃない。

 俺が彼女を愛しているのか、そうじゃないのかと言うだけの話だ)

 

 自分とセックスする事で、『輝いていた頃の東郷恵』を思い出したいのか。

 好きな相手とする事で日々好きでもない人間と暮らしている現実を忘れたいのか。

 あるいはその両方なのか。

 考えた所で答えは出ないし、柳瀬が自分からその理由を聞く勇気は出なかった。

 ただ、彼女の心に寄り添ってやりたいと言う気持ちだけは嘘では無く真実だった。

 

「柳瀬君、泣かないで。

 柳瀬君が必要以上に私の荷物を背負おうとしなくてもいいんだよ。

 貴方が悪いんじゃない。

 私が偶然獣の悪意に巻き込まれて色々なものを失っただけ。

 それだけは、今日会った時に話しておこうと思ってた」

 

 恵はそう言いながら、それでも柳瀬は背負い続けるのだろうと思って哀しい気持ちになった。

 心から愛しているからこそ、守る事が出来なかったと言うショックが大きくなる。

 風俗嬢にならずに柳瀬と結婚する別の未来はあったのだろうか。

 そして自分もまたその『もしも』を考え続ける哀しい人間なのだろう。

 人間は傷付き苦しむ運命から逃れられないのだと彼女は思った。

 

 (正直、柳瀬君としたいと思った理由を私自身もちゃんと解ってるワケじゃない。

 私を救ってくれたとか、彼がいなかったらあいつを捕まえる事が出来なかったとか……

 挙げようと思えば幾らでも理由なんて出てくるんだけど。

 きっと私は柳瀬君とセックスするこの日を1つの『転換点』にしたいんだと思う。

 明日から、気持ちを変えて1つのゴールを目指して頑張れる様に)

 

 柳瀬と約束した、東京群青大学への挑戦。

 最底辺の職業と陰口を叩かれそうな『風俗嬢』である自分が、天武日本最高峰の大学に入学しようとしている。

 人に笑われても仕方が無い大きな目標だが、今では挑戦そのものが大切であると思っていた。

 

 (私だって、何時までも美貌や肉体を保てるとは思ってない。

 花が必ず枯れる様に、永遠の美はこの世に存在しないんだから。

 若さも美しさもかつては自分の武器だったけど、あと数年でその武器も壊れてしまう。

 だから、人は新しい武器を手に入れようとするのかもしれない。

 それに、柳瀬君や他の皆と同じ目線に立てたらどんな気持ちになるのか知りたいから)

 

 悩み苦しみ、躓きながらも何とか歩いてきた。

 落ち込んだ時も涙を流した時もあった。

 恵にとって柳瀬は恩人であり、自分を幼い頃から愛してくれた人。

 そういった人物に身体を許さないまま死ぬのは嫌だ。

 彼女はその強い意志で柳瀬を呼び出したのだった。

 

「有難う。

 そう言ってもらえると嬉しいよ。

 俺がお前を抱く事が、お前にとっての救いになるのならその気持ちに応えてやりたい。

 俺はお前に何かしてやりたくてしょうがないんだ。

 他の3人だって、お前が求めれば助けようとするに決まってる」

 

 負い目や後悔、そういったものを抱えているであろう柳瀬の姿。

 それは恵自身にも同じ事が言えた。

 そのくだらない哀しみや苦しみを身体を重ね合わせる事で何処かへ吹き飛ばしてしまえれば……

 多分それが無理だと解っていても、恵はそうなってほしいと願った。

 自分よりも、柳瀬が救われてほしいとすら思っていたのかもしれない。

 

「そろそろ、移動しようか。

 ココに長居するのも悪いし」

 恵の言葉に対して柳瀬は頷いたが、彼女の顔を見る事が出来なかった。

 僅かに顔が赤くなり恥ずかしそうにしている姿は、特A時代と殆ど変わらない。

 ふしだらな事に関して潔癖だった少年が、そのまま大人になった様だった。

 

【2012年2月11日 午後9時 東京都豊島区池袋 ラブホテル『FIG』部屋内】

 

 高校生の頃、何度ラブホテルを利用した事だろう。

 援助交際で自宅など当然使えるワケも無く、中年男性と何度もホテルに入った。

 恵にとってはある意味自宅よりも馴染みのある場所である。

 一方柳瀬はラブホテルに入るのはこれが初めての経験であり、落ち着かない様子だった。

 

「なんか、普通のホテルと違って随分部屋の中がギラギラしてるんだな。

 部屋と風呂場を隔ててる壁もガラスになってるし……」

「そりゃラブホテルだもん。

 当たり前だよぉ~。

 ベッドが回転するのだけは未だにどういう理由なのか解らないけどね」

 

 壁のガラスはマジックミラーになっており、風呂場にいる側は相手を見る事が出来ない。

 桃色の『騒がしい照明』は柳瀬にとって未知の光景だった。

「こんな所では、落ち着く事も出来んな……」

「照明の色や照度は変えられるし、もうちょっと無難な色に変えよっか。

 シャワー浴びようと思ってるんだけど、柳瀬君はどうする?」

 

 恵にそう言われ、柳瀬は激しく動揺した。

 普通は『一緒に入る』選択肢は取らない。

 お互い恥ずかしいだろうし、まず恵1人にシャワーを浴びさせるだろう。

 だがマジックミラーで相手の裸を堂々と見れる状態となれば話は別だ。

 自分が変態の様に思われるのも嫌だし、恵に裸をジロジロ見られていると思われながらシャワーを浴びるのも怖い。

 

「……一緒に入ろうか」

「柳瀬君ならそう言うと思ってたよ~。

 相手に恥ずかしい思いをさせたくないって考える紳士だもんねぇ」

 恵にからかわれながらも、柳瀬は真面目な態度を崩さなかった。

 

「相手に凝視されていると思いながらシャワーを浴びるなんて、普通は嫌だろう。

 お前も嫌だろうし、俺も嫌だ。

 それなら一緒に入った方がマシだってだけでな……」

 そう柳瀬が喋っている間に、恵はかなりのスピードで服を脱いでいった。

 笑いながら雪合戦でもするかの様に脱いだ服を柳瀬の方に放り投げる。

 

「おいおい、何やってるんだ。

 子供じゃあるまいし」

 ブラジャーとパンツも投げつけ、生まれたままの姿で子供の様に笑う恵。

 幼い頃のにこやかな笑みとは違っていたが、それは柳瀬に昔を思い出させた。

 

『柳瀬君は特Aメンバーの中でも一番の努力家だもん。

 私は信じてるよ、貴方が一番最初に夢を叶える人になるって』

 笑顔の中に友情や信頼と言った感情を覗かせていた恵。

 純白の肌は褐色になり艶のある黒髪は金髪に変わっていたが、顔は変わっていない。

 変貌してしまった友の変わらない部分を見て、思わず柳瀬の目に涙が溢れる。

 

「大人になっても、楽しく遊ぶ気持ちを持つ事は大事だよ~。

 さ、柳瀬君も脱いで脱いで。

 これから楽しい夜が待ってるのに湿っぽいのは無しだからね」

 言われるがまま柳瀬も服を脱ぎ、そのまま恵と共にシャワー室に入る。

 浴槽も風呂場全体もかなり広く、この部屋の値段を考えれば妥当なクオリティだった。

 

 透き通る様な肌、黒髪、純粋な笑顔。

 子供の頃しか会っていない女性の裸を、昔と比較する事は出来ない。

 だが見た目が変わってしまってもその美しさが崩れる様な事は無かった。

 それほど大きくは無いが美しい流線形を保つ胸、ウエストの引き締まったスタイルの良い身体。

 けばけばしいメイクもシャワーで全て流れ落ち、彼が望む姿に近付いているかの様だった。

 

「綺麗だ」

 お世辞でも何でもない、正直な感想を柳瀬は述べた。

 黒ギャル化して見た目が汚くなる女性はいくらでもいる。

 俗に言う『ケバくなる』と言う状態だが、不思議と恵にはそれが全く感じられなかった。

 

「柳瀬君にそう言ってもらえるのは嬉しいね~。

 男の人は股間が凄く正直だから解り易くて良いよぉ」

 興奮すれば当然、陰茎の皮が剥け亀頭が露出し重力を無視する様になる。

 かなり立派な砲身を惜しげもなく晒している事に気付き柳瀬は思わず赤面した。

 

「スマン。

 まだ始まってもいないのに情けないな……」

「謝る必要なんか無いって。

 柳瀬君が私の身体に魅力を感じてくれているって事でしょ?

 それは私にとって凄く嬉しい事なんだよ」

 

 恵は優しく丁寧に前から柳瀬と抱き合い、目を閉じて微笑む。

「服を着ていた時は解らなかったけど、結構がっしりしてるんだね」

 痩せてすらっとしている様に見えた柳瀬の上半身は筋肉の鎧に覆われていた。

 闘う男の肉体と言う言葉が似合うだろう。

 

「医者はスーパーマンである必要があるからな。

 知識だけでなく無尽蔵の体力・スタミナが要求される。

 病院で一夜を明かしたり何時間もぶっ続けで手術をする事が珍しくないんだ。

 暇を見つけて身体を鍛えたり、食事も節制していかないととても務まらない」

 

 人間は決して完璧な存在では無い。

 だがそれに限りなく近付く事を求められるのが医者と言う職業だ。

 枯れぬ井戸の様に湧き続ける力。

 膨大な知識量と咄嗟の判断力、迅速な対応などこなさなければならない事が山の様にある。

 柳瀬は医者になると言う夢を幼い頃から抱き続けその夢を実現させた。

 

「やっぱり柳瀬君はかっこいいよ~。

 夢を一途に目指して、夢を叶えてずっとそれを維持出来てる。

 そのスタミナを、今夜は私の為に使ってほしいな」

 愛する女性から褒められ、幾度もの『仕事』を期待されている。

 柳瀬はその仕事に応えて恵を満足させる事こそが今の自分の役目であると思った。

 

「ああ。

 お前をがっかりさせない様に頑張るよ」

 本当はそこまで自信が無い。

 妻と子供を作ってからは何年間も夜の営みから遠ざかっている。

 恵には口が裂けても言えないが彼女と会う前に精力剤を飲んでおり己の素の実力を全く信用していなかった。

 

 和気藹々と雑談をしつつ身体を洗い、シャンプーで頭も洗う。

 お互いの背中や頭をシャワーで洗い流しているとお互いの距離が縮まった様な気がした。

「私ね、柳瀬君が色々なリスクを背負っても私と寝てくれる事が凄く嬉しいんだ。

 下手をすれば職を失いかねないし、家庭も崩壊してしまう。

 それでも、私の気持ちを優先してくれた事が本当に嬉しくて」

 

「俺にはこんな事でしかお前に応えてやれないだけだよ。

 お前が歩んだ道のりは険しく、しかも一度破壊されてしまっている。

 俺がお前の傷付いた心を癒せるのなら、リスクだって負うさ」

 

 正直医者としての自分をも裏切っていると柳瀬は感じている。

 スマートフォンの電源を完全に落としているからだ。

 普段ならば急患が出た時の備えとして常に待機していなければならない。

 本来は夜遊びなど以ての外。

 ホテル街にいる所を見られただけでもスキャンダルになりえる。

 

 誰でも破滅は恐れるものだ。

 柳瀬は破滅と誘惑を天秤にかけ、結局誘惑に屈してしまう。

 最後の最後、自分がどうしたいかを何度も確かめ正直に行動した結果だった。

 妻、息子、仕事仲間に不義理をしてでも目の前の女性の心に寄り添う道を選ぶ。

 初恋のあのときめきを不完全なままで終わらせたくは無かった。

 

「ありがとう」

「いや、俺こそ御礼を言わなくちゃいけない立場だ。

 俺の愛を受け入れてくれて、こうしてお互いに愛し合える。

 それが本当に嬉しくてな」

 

 優しい眼差しが恵の胸に響き、思わず涙が零れる。

 彼女は柳瀬に甘えたかった。

 何も考えず、快楽と愛に溺れたかったのかもしれない。

 相思相愛の2人が1つになる瞬間が確実に近付いていた。

 

 キングサイズのベッドはセックスを行うのにも便利な大きさをしている。

 身体を拭き合った後2人はそのままベッドへ向かい、柳瀬を座らせた。

 

「いやぁ、こうして間近で見てみるとやっぱり柳瀬君のって大きいね~。

 今まで色々な男の人のおちんちんを見てきた私が言うんだから間違いないよ。

 平均的なのと比べても二回りは大きいんじゃない?

 長さも結構あるし、磨けば相当良くなると思うな」

 

 勃起した肉棒がいかに立派なものでも、テクニックが伴わなければ女性を気持ち良くする事は出来ない。

 セックスを『作業』としてしか経験してこなかった柳瀬には耳の痛い話だった。

「お前に喜んでもらえるなら何でも良いよ。

 女性と愛のある性行為を行うのは俺の人生で初めての事なんだ。

 童貞みたいなものだから、色々教えてもらいたい」

 

 そう言いつつも、柳瀬はこのセックスが自分の人生における最後のセックスになる可能性すらある事を自覚していた。

 政略結婚後夜の営みは数年前に無くなり、立場上風俗店に行くなど自殺行為。

 『天武日本総合病院のエリート医師』と言う肩書は自分を縛る鎖でもあった。

 もし自分の子供が医者として大成出来ないと早くから判断されたら、『2人目を作る作業』があるかどうかと言う所だろう。

 考えるだけで憂鬱な気分になりそうだった。

 

「じゃあ、始めるね~」

 柳瀬のペニスは既に怒張していたが、さらに硬く太くさせスムーズな挿入を目指したい。

 そして自分が持っているテクニックを駆使して相手に快感を与えたい。

 恵はそんな思いを抱きながら先端部分に舌を這わせる。

 上目遣いで相手の顔を見ながら舌を出している姿は柳瀬を大いに興奮させた。

 

 (ああ、そうだ。

 俺はフェラチオも初めてだし淫らな表情をされるのも初めてだ)

 自分で肉棒を勃たせて挿入し、機械の様に腰を振って射精するだけの行為。

 それが互いに愛の無い妻とするセックスだった。

 

 そんな子供を作る為の事務的な性行為に何を見出せと言うのだろう。

 喜びも嬉しさも無い、ただひたすらに虚しさが残る日々。

 今自分が置かれている夢の様な環境と比べる事自体が間違っている。

 柳瀬はそう思いつつ、恵が与えてくる快楽に身を委ねた。

 

「いっぱい気持ち良くなってね~。

 セックスって言うのは互いに快感を与え合う行為だから」

 亀頭、尿道口、剥けた皮の境目……

 男性が肉棒において感じるポイントを突きつつ、そのまま口の中に誘う。

 咥え込み、そのまま竿全体を刺激すると瞬く間に股間が震え始めた。

 

 (股間を中心に全身が熱くなってくる……

 亀頭の先端に欲望が集まってくるかの様だ。

 もう、出る……ッ)

 百戦錬磨の風俗嬢に口でされてはどんな男性もあっと言う間に絶頂へと導かれる。

 だが恵は射精の予兆を感じた瞬間根元を抑え込みつつフェラチオを止めた。

 

「な、何で……」

「だって、口で射精なんて勿体無いよ~。

 膣内で射精する方が何倍も気持ち良いのに。

 それに、寸止めされればされるだけ後で出る精液の量が多くなるからねぇ」

 

 恵はそう言いながらベッドに横たわり、両手で膣を左右に広げつつ柳瀬を誘惑する。

「貴方のしたいようにしていいんだよ。

 時間が来るまでたっぷり遊ぼ!」

 笑いながら白い歯を見せる恵の姿が、幼い頃の彼女の笑顔と重なった。

 

「恵……!」

 理性の糸が切れ、柳瀬は本能のままに両手で膣を広げ犬のようにベロベロ陰部を舐め続ける。

 恵はあまりの激しさと股間を舐められている恥ずかしさから思わず両手で顔を覆った。

「何時もの柳瀬君じゃ無いみたい……

 気持ち良いよ、もっと舐めてぇ」

 

 普段彼が見せる理知的でクールな表情とはかけ離れた、原始的な行為。

 柳瀬は相手にどう見られるかなど全く考えないまま彼女の身体を貪る。

 (ずっと、こうしたかったんだ。

 何も考えず、俺のやりたいように彼女とセックスするのが夢だった。

 その夢が目の前にあるのに、格好つけてなんかいられるか)

 

 そうして彼女の膣を濡らしている間にも、欲望の塊は硬くなりそびえ立っていた。

 ビクビクと脈動しながら重力に逆らい、先端から透明な粘液が滴っている。

 この時だけは、全部忘れようと柳瀬は思った。

 医者としての肩書も、妻の自分を見る冷めた表情も、息子の存在も。

 今は余計な情報を横にどけて、東郷恵と向き合うべき時なのだ。

 

 意識に靄がかかった様な感覚に身を委ねながら、柳瀬は立ち上がり荒い息を吐く。

 このまま彼女に覆い被さり肉棒を彼女の膣内に突き入れたい。

 その欲望に支配された彼は片手で砲身を持ったまま彼女の股間に先端部分を添えた。

「柳瀬君、良いよぉ。

 快楽を好きなだけ味わって……」

 

 頬を赤く染め、微笑みながら言葉を発する恵。

 『おあずけ』をくらっていた柳瀬であったが、今我慢する必要は全く無い。

 自分がやりたい事をするだけだ。

 腰を前に突き出し、肉棒を彼女の体内に潜り込ませていく。

 やがて砲身は根元まで埋まり、柳瀬は彼女に覆い被さると胸に顔を埋めた。

 

 (ぬるぬるが俺のに絡みついてくる。

 熱い壁がモノにまとわりついて、射精を促しているようだ。

 俺は今、恵を抱いているんだな……)

 あまりにも現実感が無かった。

 普段の自分なら、急患に備えくつろぎながらも自宅で待機していただろう。

 

 だが今の自分はラブホテルの一室で幼馴染で恋焦がれていた女性と繋がっている。

 一つになって、愛を確かめ合っている。

 彼女の温もりも、熱い吐息も、夢なのではないかと疑いたくなる程だった。

 (今、俺を愛してくれている女を俺は抱いているんだ。

 彼女が今までにどれだけの男とセックスしたとしてもそんなものは関係無い)

 

 同じ性行為であったとしても、商売の為に行う性行為と純愛で行う性行為は全く違う。

 かつて『子作り』と言う目標達成の為だけの性行為をしていた柳瀬にはその違いがはっきり解っていた。

 相手が欲情してくれている。

 竿を突き入れた時に心からの笑顔を見せてくれる。

 彼がそれが本心からのものであると信じていたし、恵も信じてもらえる様努力していた。

 

 (それにしても何だこの膣の締まり方は。

 俺の亀頭が一番奥まで入った時、その部分の壁がすぼまって締め付けてくる。

 まるで先端部分を膣で甘噛みされている様だ)

 

 女性には『名器』と呼ばれる膣の形状及び性質が存在する。

 特に男性に対して驚異的な快感を与えてくる膣を持つ女性は数万人に1人の確率だとされているのだ。

 そして火村あかりは『ミミズ千匹』、東郷恵は『巾着』と言う異なるタイプの名器を持っていた。

 

 ミミズ千匹は膣壁がミミズが這う様に蠕動(ぜんどう)する事により肉棒に快感を与える。

 巾着は膣壁の奥、子宮口に近い部分が狭まる事により肉棒に快感を与えると言う違いがある。

 乱暴な例え方をするならばミミズ千匹は性行為と手コキを同時に行っている状態。

 巾着は性行為とフェラチオを同時に行っている状態だと言えるだろう。

 

 火村あかりはミミズ千匹の中でも己の意思で蠕動の具合を調節出来ると言う神業を持っていた。

 流石に恵がそこまでの域には達しているとは言い難い。

 だが男性に通常行われる性行為の数倍の快感を与えると言う点においてはそこまで大きな差は無かった。

 (奥に突き入れる度にきゅっと締まって俺のを刺激してくる……

 抜き差しする度にこの快感に襲われると、すぐに達してしまいそうだ)

 

 ピストン運動を開始してから僅か数十秒間で限界を迎えそうになる己の分身。

 即座に暴発すると言う情けない姿を見せたくないと言うプライドが彼を支えていた。

 だが常に射精の予兆の様に身体全体が震え、頭の中で火花が散っている様な感覚に襲われる。

「我慢しないで出したい時に出しちゃっていいんだよ~。

 私は避妊薬を飲んでるし、この日の為に精力剤も買ってきてるから」

 

 この1日しか時間が取れないのに、もし柳瀬が勃たないと言う事態に陥ったら話にならない。

 最悪の事態を回避する為に、恵はカタクナールΩを何本か購入し持参していた。

 柳瀬自身も緊張で勃たなくなる可能性を考慮して事前に飲んでいるのだが、出せば当然萎えてしまう。

 萎えた肉棒を無理やり元気にさせなければならない程この数時間は互いにとって重要なイベントだった。

 

 そんな限界が近付いている時にも柳瀬は恵とのスキンシップをかかさなかった。

 胸を揉みしだき、舌を入れ合う濃厚なキスをし、抱き合ったまま腰だけを振る。

 虚しく自慰行為を行い達しそうな所で挿入。

 そのまま果てた妻との乾いたセックスとはまるで違う充実感があった。

 

 (俺は今まで、本当のセックスと言うものをまるで経験してこなかった。

 そしてこれからも恐らく、長きに渡り夜の営みすら無い日々が訪れるだろう。

 俺にとって恵とのセックスは脳味噌に永遠に刻み付けておかなければならないもの。

 この一瞬一瞬が何にも代えられない宝物なんだ……!)

 

 繋がっている時間を何よりも大切にしたい。

 そう思っていても名器が与えてくる甘美な快感に耐え続ける事は難しかった。

 柳瀬自身がそもそも性行為に慣れておらず、肉棒も刺激に対してほぼ無防備な状態。

 そんな状態のままで腰を振り続ければ、すぐに果てるのは明らかだった。

 

「もう、我慢出来ない。

 出るッ……」

「良いよぉ、いっぱい精液出して。

 私のオマンコに柳瀬君の思いを全部注ぎ込んでぇ」

 

 卑猥な言葉が耳元で聞こえる。

 熱い吐息が耳を刺激する。

 五感を司る器官全てが性器と化したかの様な快感が全身を駆け巡った。

「あぐッ!!」

 呻き声を発しながら柳瀬は彼女の膣奥に肉棒を突き入れ、そのまま果てる。

 

 全身をビクビクと痙攣させながら、繋がったまま断続的に精液を吐き出し続けた。

 やがて硬度を失った肉棒が膣からぬるりと抜け、膣から溢れた精液がベッドを汚していく。

 まだ興奮が冷めず何度も荒い息を吐いている柳瀬の頭に恵の手が触れた。

 

「ありがとう。

 私、柳瀬君とこういう関係になりたいってずっと思ってたのかもしれない。

 色々な事が会ってそうはならなかったけど……

 これで少しだけ、失ったものを取り戻せたのかな」

 

 まるで満点のテストを見せてきた子供を褒めるかの様に優しく柳瀬の頭を撫でる恵。

 母性では無く、そこには相手がとても愛おしい事を示す意味があったのだろう。

 恵の瞳からは涙が溢れ、柳瀬も目に涙を滲ませていた。

「ごめんねぇ。

 湿っぽいのは無しって私の方から言ってたのに」

 

「良いんだ、良いんだよ。

 他の奴の前で涙を見せなければそれで良い」

 恵も、この涙を見せられるのは柳瀬だけだろうと思っていた。

 客は当然として、身内にも比呂子達にも弱い自分は見せたくない。

 剥き出しの感情を露わに出来る相手は、心から愛している人間以外考えられなかった。

 

 恵は大荒れの海の様な波乱万丈の人生を振り返っていた。

 政治の世界で間違いなく成功すると思っていた幼少期。

 身体が汚され自分を取り巻く世界が壊れ、自暴自棄に陥っていた中学・高校時代。

 心の渇きを癒やせぬまま風俗嬢になり自分を騙しながら金を稼いでいた日々。

 そしてひょんな事から悪しき元凶を社会的に抹殺し、柳瀬と再会出来た現在。

 

 今でも恵の心の中には深い傷が残っている。

 この傷と彼女を包み込んでいる冷たい空気は生涯彼女を苦しめるだろう。

 その事実を覆せなかったとしても、こうして柳瀬とセックス出来たのは素直に嬉しい。

 今はそういった前向きな感情だけを抱いていたい。

 恵はそんな事を考えながら何気なく天井を見つめていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。