※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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最後の最後にどんな話で終わりにするべきか。
と言う意味ではこれで良かったのだと思います。
様々な国際情勢、そして物語の終幕に相応しい規模の縮小、
そして原点に立ち返る形の少し歪なボーイミーツガール。
ZEROと言う話は膨れ上がった後萎んでいきます。
数字が大きくなった後また『ゼロ』に戻っていく様に。

そんな物語を楽しんでくだされば幸いです。


ZEROFINAL3 『箱舟の子供達』1

【ナイトメアズゲート深淵 無数にある世界の1つ】

 

 黒一色に彩られた空間。

 壁も柱も床も全てが黒に染まり、空は星も見えぬ真っ暗闇。

 何処から漏れているかも解らない光が、その漆黒の空間を照らしていた。

『見事です、フガミヤシオ』

 薄い水色の光を身体から発しているその人物の顔が、様々な人の顔に変わっては消えていく。

 

 ヴァルーの獣人達、スカイロンの天界人、そしてゴッドヤードの神々……

 顔は変わっていても、胸にぽっかりと空いた穴が塞がる事は無かった。

『貴方は曇りの無い瞳で、偽りを見抜き真実を探し出してみせた。

 圧倒的な力でヴォルフ・ムーンリファードとの決勝戦を制し、ココまで辿り着いたのです。

 そんな貴方に敬意を表し、どんな願いでもたった1つだけ叶えて差し上げましょう』

 

 ヤシオの願いは単純なものだった。

 自分達の種族が永遠に繫栄し、獣人族を滅ぼすと言う悲願。

 その願いを叶える為ならば自分を慕う者も非情に切り捨ててきた。

 彼にとって慈悲や愛情は1つの願い以下の存在でしかなかったのだ。

 

「俺達を消した『光の矢』を地上全てに降り注がせ、ヴァルーの獣どもを皆殺しにしてほしい。

 ただしスカイロンは無傷で残せ。天界人で死んだ者がいれば全員生き返らせろ。

 この世に生きて繁栄を享受するのは俺達スカイロンの民だけで充分だ」

 

 傍らにいたサラギクルミの存在など彼にとってはどうでもいい事だった。

 獣人を病的に憎み、天界人の『完全勝利』が目標であった為に生まれた願い。

 そして、ZEROは善悪に囚われる事なく己に勝った者の願いを素直に叶えようとしていた。

『どんな願いであろうとも、私は約束に従い叶えて差し上げます。

 貴方の望み通りの世界に御案内致しましょう』

 

 フガミヤシオにとっての理想の世界へ誘う。

 多次元宇宙の全てを統括しているZEROにとってそれは実に簡単な事だった。

 

 白い光の矢……矢の様に見える何百何千もの細い光が地上に向かって降り注ぐ。

 スカイロンだけを避ける様に天から放たれた無数の光を見てヤシオは狂喜乱舞した。

「やったぞ!

 俺の願いが叶ったんだ。

 獣どもを駆逐して天界人だけが地上と天空の支配者になると言う願いがなぁ!!」

 

 喜び勇んでヤシオは王に謁見し、一部始終を王に話した。

 自分達が一度滅んでいる事、ZEROと言う人物に獣人殲滅の願いを叶えてもらった事を……

「数百年にも渡る我らの因縁に決着がついた形となります。

 後は悠々と地上に降り立ち地上を天界人のものとするだけ。

 王の右腕としてベストを尽くしたこの俺に、大いなる褒美をお授けくださいませ」

 

 全てはスカイロンの『夢』を現実のものとする為。

 投獄されて獄死した父親の無念を晴らす為。

 ヤシオ本人に特定の思想は無かった。

 国の思想・父親の思想に脳を焼かれそれしか考えられなくなってしまった男。

 ある意味、自分というものが存在しない哀れな人物だったのかもしれない。

 

「その男を今すぐ拘束しろ」

 広間に王の言葉が響き渡った瞬間、ヤシオは自分の耳を疑った。

 滅の右手に手袋をはめていた為、抵抗も出来ず背後から布の袋を被せられてしまう。

 両手を後ろに回した状態で縄をかけられ、首も縄できつく締められた。

 

「俺はスカイロンと言う国の大望を果たしたのです!

 何故俺を捕らえる必要が……!」

「愚か者が。

 光の矢が降り注いだせいで森林地帯も神殿も滅茶苦茶だ。

 我々が喉から手が出る程欲していた地下資源もまとめて消滅したのだぞ」

 

 先々代の王の時代まで、ヴァルーの民は全て滅ぼすべきだとされていた。

 ヤシオの父親はその国策を忠実に守っていたが、先王が考え方を変えた為に投獄されたのだ。

 今の王も獣人の殲滅よりも、スカイロンの国益を優先するタイプの人間だった。

「不毛の大地となったヴァルーに何の意味がある。

 我々が王族の為の一大リゾート地を作ろうとしていた事をもう忘れたのか」

 

「その様な計画を進める為には、まず獣人をこの世から消滅させなければなりません!

 枯れた大地となろうとも、優れた技術を持つ我々が入植すればすぐに緑は取り戻せましょう。

 俺は数百年もの間誰も成し遂げられなかった第一歩を踏み出せたのです。

 この一歩が無ければそういった話も全て夢物語だった!!」

 ヤシオは自分の功績は偉大であると主張したが、王は考えを決して曲げなかった。

 

「数百年分の地下資源はスカイロンの街を発展させる為に必要だった。

 それがゼロになったと言う事はこれから我々が保有している資源や魔法で維持していかなければならないと言う事。

 徐々に衰退していくスカイロンがお前の望みなのか?

 それに、今回の一件で私は王として確実に民から糾弾されよう。

 お前を投獄し、早急に処刑しなければ国体そのものが揺らぎかねん」

 

 簡単に言えば、フガミヤシオ1人に全ての責任を押し付けて国を守る方法を取ったと言う事だ。

 ヤシオは当然納得する事が出来ず暴れたが抑え付けられ、そのまま兵士に連れられていった。

「国民の怒りの捌け口として、特別惨い拷問をした後に奴を公衆の面前で処刑するしかあるまい。

 すぐに国民に伝えろ。

 植民地にするはずだった土地を滅茶苦茶にした大罪人を捕らえたと」

 

 王はそう言うと椅子に深く座り溜息をつく。

 喚いていたヤシオの声も鉄の扉が閉まった事で聞こえなくなった。

 (食料も資源も皆無となった大地に、下級国民を落とすしかないか……

 我々が栄華を極めていく為には口減らしが必要だ。

 地上に降りた民には土を耕し生きていく所から始めさせるとしよう)

 

 奴隷・犯罪者・魔法の適性が無い者……

 スカイロンの権力者にとって不要な天界人を地上に追放して緑を復活させる。

 王族のリゾート地として機能するにはさらに数百年はかかるだろう。

 地上に落とした者達との対立構造を生まない様気を付けなければならない。

 王が王として自身の権力を維持していく為にすべき事は山積みだった。

 

『王からの新たなお触れを通達致す!

 これまでの間に盗みを働いた者、人を殺めた者、奴隷として働いていた者達を下界に落とす事となった。

 魔法の力で締める事が出来る首輪をはめたうえで農奴として働いてもらう事になる。

 我らは常に下界にいる者を上空から監視し、怠けている者は即座に処刑するのでそのつもりでいる様に』

 

 結局こうなるのだ。

 サラギクルミは聴衆に混じって兵士の声に耳を傾けながらそう思った。

 獣人族を奴隷にしてヴァルーの開発を進め、天界人の理想の世界を作る。

 その獣人族が滅んだとなれば天界人の中から奴隷を作って汚れ仕事をやらせるしかない。

 フガミヤシオが望んだ『夢』とはこんなに暗澹としたものだったのか……

 

 クルミは彼が拷問にかけられる所を見たくなかったし、処刑される所などもっと見たくなかった。

「私も行かせてください」

 お触れを通達している兵士にクルミがそう呼びかけると、兵士はニヤリと笑う。

「志願する者は率先して行かせてやる。

 死を待つ事しか出来ぬ様な荒涼の大地に自ら赴こうとはな」

 

 植物も水も無い土地で魔法を使った所で、即座に結果が出るわけも無い。

 クルミの魔法は治癒・毒に特化していた為それが喉の渇きを潤せるとも言い難かった。

 しかし彼女はそれで良かったのだ。

 ヤシオの存在しない世界に生きる価値を見出せない。

 万が一生き残ったとしてもヤシオの事を忘れられる過酷な土地にいる事が望みだった。

 

 (これは移住と言うより追放よ。

 スカイロンはリゾート開発を諦め、役立たずを排除する口減らしの方向に舵を切った。

 ヴァルーの地で人が繁栄していけるとは思えない。

 そして、何が何でも生き抜こうとしてきたのもまた人間なのよね)

 

 兵士に首輪をはめられながらクルミは『これからの生活』をぼんやりと考えていた。

 ヤシオへの恋慕も、回復術士としての名声も一度『ゼロ』になるのだ。

 ヴァルーでは飢えや渇きを満たせる魔法を使える者の到来が待ち望まれている。

 土地を開墾し、枯れた土地に水を満たせる者がいれば尚良いだろう。

 

「さようなら、ヤシオ。

 貴方の望みが貴方にとって幸せであったと思いたいわ」

 クルミは犯罪者や他の奴隷達と共に地上に向かう為の一歩を踏み出した。

 

 ZEROは小さな立方体に閉じ込められた小さな魂を眺めていたが、指でつまんでいたそれを口の中に放り込む。

『初めて、願いは叶ったのに願った本人が不幸になる展開になりましたね。

 非常に珍しい。

 でも良かったのだと信じましょう。

 彼の、『獣人を滅ぼしたい』と言う願いが現実のものとなったのですから』

 

 暗闇の中に青い炎が灯った。

 ZEROはこの世界におけるあらゆる多次元宇宙を支配している存在だ。

 人間も獣人も、神すらも超越した圧倒的な魔力で多くの者の人生を翻弄している。

 ZEROにとって願いを叶えるのは『遊び』の1つでしか無かった。

 

 どの様な結末だったとしてもZEROにとってはどうでも良い事だ。

 2人きりの世界で子供を作り未来を育んでいく結末。

 2つの種族が手を繋ぎ未来へ向かって歩き出していく結末。

 天界人が緩やかに滅んでいく救いの無い未来が待つ結末。

 それらは全て無限に増え続けていく世界における『可能性の一端』に過ぎない。

 

 全ての結末において共通しているのは、どんな結末が訪れたとしても生き残った者達が生きようと抗い続ける点だった。

『生存本能とは闘争本能と根は同じもの。

 生き残りをかけて戦うから本気の戦いを心から楽しむ事が出来る。

 少しすればまた私の所に『生き残りを願う最後の1人』が姿を現すのでしょう。

 非常に楽しみです』

 

 ZEROの居住地である特異点に戦う者が幾人も訪れる。

 その遊戯はあらゆる可能性を生み出し続け、未来永劫続く事だろう。

 

【西暦2100年 正確な日時不明 鏑木(かぶらぎ)美代子(みよこ)の自宅】

 

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計のスイッチを手のひらで叩いて止めた後、鏑木美代子は上半身をベッドから起こした。

 何時もと変わらない朝、変わらない日常の1ページが始まる。

「お姉ちゃん、お父さん達もう下で待ってるよ」

「解ってる……

 今行くからもうちょっと待ってて」

 

 美代子はベッドから離れると、机の中から水色の粘着テープを取り出す。

 (いっその事下の毛剃っちゃおうかなぁ。

 今じゃ病院で3時間もあれば終わるって話だし……)

 強力な粘着力を持ち、防水加工も施されていて余程の力で引っ張らないと剥がれない。

 彼女は膣の部分にテープを貼って覆った後、それ以外は全裸のまま1階に降りた。

 

 1階の居間では食事の支度が出来ており、両親と妹が椅子に腰を下ろしている。

「さぁ、一緒に食べよう」

 妹と母親は全裸に股間テープと言う美代子と全く同じ姿。

 父親は上半身はネクタイだけ、下半身はトランクスのみと言うコント番組の様な恰好をしていた。

 だが今はこの恰好が『常識』であり『当たり前』なのだ。

 

「お母さん、私目玉焼き嫌い~。

 卵食べないなんて言わないから今度から卵焼きにしてよぉ」

「目玉焼きなんてメジャーな料理なんだから、好き嫌い言わずにちゃんと食べなさい。

 いつか誰かと食事に行った時に『目玉焼きなんて食べれない』なんて言ったら笑われてしまうわよ」

 

 妹が愚痴をこぼし、母親が諫める。

 日常を感じ、美代子は心の中で思わず笑ってしまった。

「それと美代子、最近帰りが遅くなってるけどどうしたの?

 受験も控えているんだから夜遊びは程々にしておきなさい」

 

「息抜きにゲームしてるだけよ。

 ちゃんと勉強もしてるから心配しないで」

 犯罪が減少傾向にあっても、遊びに対して心配になるのは世の母親の常だ。

 そしてその過度の心配を宥めるのが父親の役目でもある。

 

「この間の中間テスト、クラスでの順位が3位だったんだろ?

 立派な記録だ。

 息抜きと勉学のバランスが取れている何よりの証拠だな」

「有難うお父さん、これからも期待に応えられる様に頑張るわ」

 

 高校3年生の美代子にとって、大事な大学受験シーズンとなる。

 大学には通っておくべきだし、卒業後の進路選択における幅が広くなるのは間違いない。

 

「やっぱり全部は食べれない~」

「美希子(みきこ)、残すのはいけないよ。

 味噌汁で流し込んでしまいなさい。

 お父さんも嫌いなものが出てきて、それでも食べなければいけない時はそうしてる」

 

 過度に甘やかさず、しかし悪戯に厳しく接しもしない。

 アドバイスを与え、目の前にある問題をしっかり解決に導く。

 美代子の父親は父親としての『理想』を体現していた。

 そうやって長いようで短い朝食の時間が流れていく。

 そろそろ高校に行く為家の外に出る時が近付いていた。

 

「今日は新しい商品製作に関しての会議があって遅くなるから夕飯は外で食べるよ。

 2人はちゃんと家で御飯を食べる事、いいね?」

「お父さんばっかりズルい!」

「アンタも大人になれば嫌でもそうなるんだから今は家で食べておきなさいな。

 いずれ家で食べてた時が懐かしく感じる様になるんだから」

 

 玄関先でのやり取りも何時もと殆ど変わらない。

 母親が見送り、父親と妹が先に出ていく。

「車に気を付けるのよ」

「うん、解ってる。

 行ってきます」

 

 裸に股間テープと言う格好は一切変わらない。

 中身が見える透明な鞄を持ち彼女は家を出た。

「さぁ、今日はどんな1日になるのかな?」

 天を仰いで独り言を呟く美代子。

 

 地面はしっかり舗装されており、素足で歩いても怪我をしない様になっていた。

 ゴミのポイ捨ては全面的に禁止されており、何体かの掃除ロボットが地面を這う様に移動している。

 太陽の様に見える巨大な丸型の照明。

 全裸でも寒さを感じない様一定の温度に保たれた『室内』。

 この世界は広がりを失い、とてつもなく巨大な1つの施設の中で完結していた。

 

【天武日本人避難施設『ノア』内 東京群青高校】

 

「2080年に発生したカダル連合王国と合衆国の戦争は、核の報復合戦と言う勝者無しの状態で幕を閉じた」

 黒板にチョークで文字を書き込んでいる教師の『服装』もネクタイにトランクスだけと言うものだ。

 普通ならば笑ってしまうだろうが、これが日常となっている生徒達はクスリとも笑わない。

「特にカダル連合王国が開発していた『光の矢』の威力は凄まじく、高濃度の放射能が世界中にばらまかれた。

 世界各地にあった核シェルターに逃げ込めた者以外はことごとく死亡し、現在の世界は完全に断絶している」

 

 天武日本の首都、東京。

 人類滅亡すらありえる『第三次世界大戦』を予期していた人類は各地で巨大な核シェルター施設を作り始める。

 天武日本もまた例外ではなく、東京に巨大なシェルターが建設された。

 5万名もの人間を収容し、米・肉・魚等の食料を調達出来る農地や養殖場。

 住宅地・ビジネス街・生産地を含めた巨大複合施設『ノア』に人類は希望を見出していた。

 

「我々天武日本人は5万人しか生き残っていない。

 世界全体でも人類は数百万人程度しか生き残っていないのだ。

 この戦争を『人類最大の愚行』として人々の記憶に刻み込み、こうした争いの再発を防ぐ必要がある。

 私達はこうして平穏無事に生きている事を最大限感謝しなければならない」

 

 最早世界は戦争どころではなかった。

 最優先事項は自分の国の生き残りを飢えさせない事。

 軍事力など何の意味もなさない。

 核シェルターの外に一歩出たら高濃度の放射能が渦巻いている。

 生身で外に出れば1時間も経過しないうちに死に至るだろう。

 

 他の国の侵略に向かう余力も無ければ意味も無い。

 放射能に包まれた世界はあと数百年間は続くだろうと学者が予想している。

 放射能が消えたとしても外にあるのは動植物が死に絶えて草も生えなくなった不毛の土地。

 海の色は毒々しい緑色に染まり魚は死に絶え飲み水にもならない。

 こんな世界でどこそこの国を侵略したとして何の旨味があるのだろうか。

 

 今の世界はそれぞれの国が小さな居場所を細々と守り、独立している状態だった。

「今週末の小テストは第三次世界大戦から戦後復興までの期間から出題される。

 各自しっかりと予習をして当日に備えておく様に」

 教師が教室から出ていき、次の教師が現れるまでの短い休み時間。

 クラスメイトは将来の進路など、とりとめのない会話を楽しんでいた。

 

「そういや美代子って将来、どういう仕事に就くか決めてるの?」

「ゲーム関係かな。

 クリエイターは無理だから闘戦興の編集員になれればなぁって……

 ZEROは大好きだし、何かの形でずっと関わっていたいから」

 

 世界的な人気を誇っていたZEROはアップデートを行いながら製作が続いていた。

 カダル連合王国が地上に落とした『光の矢』はZERO内の用語を引用したものである。

 核兵器の名前に格闘ゲームの用語が使われる程世界の人々に知られていると言う事でもあった。

 そして今ZEROは世界の人々を繋ぐ唯一のツールとなっている。

 

 戦争終了後、新たな通信衛星が打ち上げられ世界のインターネット環境は大分回復してきた。

 核シェルター『ノア』の外側には送受信を行う為の電波塔が設置されておりこれによって世界との会話が可能となっている。

 それは即ち、インターネットの格闘ゲーム対戦によってコミュニケーションを取れると言う事だった。

 数年前からゲームの国際大会が開催される様になり、ZEROも1年に一度大会が開かれている。

 数少ない娯楽に人々はますますのめり込み、ZEROは熱狂的な人気を獲得していた。

 

「へぇ、編集員かぁ。

 確か美代子のとこって天武日本人と真国人の血が混じってる家系なんだろ。

 数少ない生き残りだろうし、多くの人にお前のやる事が認められると良いな」

 鏑木美代子は鏑木修吾と瀬川美奈子の子孫である。

 そういった家系でありながらノアに避難する事が出来たのは鏑木家だけだった。

 

 絶滅こそ免れたが、真国人の血はこれからどんどん薄まっていく。

 事実上『血が絶えた』扱いになるのも時間の問題だった。

「私の家しか残っていないのに『国』も何も無いじゃない。

 国の誇りなんて言った所で国は放射能でとっくに滅んでいるんだし。

 そんな事より自分が何を成し遂げたかが大事でしょ」

 

 子供の頃から美代子は一貫して他の人々から差別されるのが当たり前だった。

 勿論面と向かって馬鹿にされる事は無いが、軽い扱われ方をされるのは日常茶飯事だ。

 悔しかったし、少しでも早く有名になって見返してやりたかった。

 妹である美希子にも彼女は『実力で黙らせてやれ』と口を酸っぱくして言っている。

 

「よっ、流石は名誉天武日本人!

 ちゃんと私達の国の事を考えた発言をしてるわね」

「止めてよ、そういうのはいいから」

 からかわれるのは当たり前。

 友達からも一歩距離を置いた所から話しかけられる。

 

 それが嫌でもこの『ノア』では黙って受け入れるしかなかった。

 そもそも真国人を徹底的に排除してきたこの施設が彼女達を受け入れたのは奇跡的なのだ。

 瀬川美奈子の圧倒的な功績が無ければ、彼女は今頃生きていなかっただろう。

 先祖に感謝しながらひたすら冷たい視線に耐える。

 今の美代子にはそうする事しか出来なかった。

 

 鏑木美代子の心を癒してくれる唯一の場所……

 それが『電脳皇帝』であり格闘ゲーム『ZERO』であった。

 世界大会殿堂入りを果たし、世界にその名を轟かせた伝説の存在。

 神話の様に語り継がれている人物こそ瀬川美奈子であり、美代子は彼女の事を心から尊敬していた。

 (私も、彼女の様になりたい)

 

 そう思い格闘ゲームの世界に足を踏み入れた美代子であったが、現実はそこまで甘くなかった。

 店舗大会では一度優勝したものの、世界大会では一度も予選を通過した事が無い。

 核シェルターに避難出来た人間の中にはZEROで結果を残した人物が多かった為、自然と濃度も高まっている。

 美奈子に匹敵する様な天賦の才も美代子には備わっていなかった。

 

「美代ちゃん、ストレスを感じる程の練習は身体に毒だよ。

 あくまでゲームは娯楽の1つでしか無いんだから、悩み過ぎない様にね」

 電脳皇帝の店員である笹森(ささもり)和也(かずや)がそう言うと、隣にいた土田(つちだ)真奈(まな)もその言葉に同調する。

「笹森さんの言う通りよ。

 たまには小休止して、周りを見渡す余裕を持たなくちゃ」

 

 高校の授業が終わった後、何時もの様にゲームセンターに入り浸っていた美代子。

 この日の彼女は絶不調で、50%の勝率も保てていなかった。

 (あーあ、私にもっと実力があったらなぁ。

 そうすれば黒沢さんにもっと注目してもらえるかもしれないのに……)

 

 少し離れた所で筐体と向き合っている端正な顔立ちの男性。

 黒沢(くろさわ)永久(ながひさ)は美代子にとって憧れの存在だった。

 ZEROに関してはプロ級の腕前。

 楽器を触らせればピアノやバイオリンで人々を熱狂させる音楽家。

 元黒沢グループの御曹司で今は一般人並みの生活をしているが多くの人々から一目置かれている。

 

 20歳にして『この世の全て』を手に入れたと言っても過言では無い経歴を持つ男。

 紳士的な性格と美貌に、美代子はすっかり夢中になってしまった。

 このゲームセンターに通っている理由の1つが、彼が練習の為に使っているからでもある。

 自分に振り向いてもらいたい。

 万が一恋仲になれたならば最高。

 

 そんな事を考えている時、不意に肩を叩かれ美代子は後ろを振り返った。

『練習に付き合ってもらっても良いかな』

 長い金髪と海の様に美しく光る青い瞳。

 電脳皇帝に通っている常連の1人、月山(つきやま)雫(しずく)が立っている。

 腕に付けている装置から聞こえる機械音声も彼女にとっては聞き慣れたものだった。

 

「はい、宜しくお願いします」

 月山雫は白人と天武日本人のハーフだ。

 第三次世界大戦が勃発する前、白人の遺伝子を保存する国々が多く存在した。

 人種の単一化による遺伝子の劣化を防ぐ為である。

 高額だが払いさえすれば白人の精子・卵子を提供する研究所が建設されていた。

 

 提供された遺伝子はロシア系の合衆国人のものだと雫は語っていたが本当かどうかは解らない。

 月山雫の母親の卵子を身体から取り出して体外受精を行い、母親の身体に戻す。

 その受精卵から誕生したのが雫であったが、何故か生まれつき喋る事が出来なかった。

 

『声は出せるのよ。

 掠れた風の様な音を出すだけだけど……

 先祖返りの一種なのか、体外受精の時に何かトラブルがあったのか。

 理由は解らないけど、実際に喋れないんだからしょうがないわよね』

 

 抑揚の無い機械音声で笑い声を出力する雫。

 声が出ないと言うハンデも、格闘ゲームでは大した障害にはならなかった。

 彼女の先祖には瀬川美奈子と同じ様に世界大会での殿堂入りを果たした月山新二がいる。

 その血を受け継いだのか、彼女は『ノア』の中では最強の実力を誇っていた。

 昨年の世界大会での優勝、認定ZEROゲーマーの称号を得るなど素晴らしい活躍を見せている。

 

 この世の全てを手に入れた黒沢永久と月山雫。

 彼等と同じ様に偉大な先祖を持っているのに結果が出ない鏑木美代子。

 仕方の無い事なのだと自分で自分を慰めても、彼女はどうしても惨めな気持ちになってしまうのだった。

 (雫さんも強い。

 ノアに入れてもらったZERO強豪プレイヤーの末裔の中で、私だけが取り残されている……)

 

 ノアの中に入る事が出来たのは、素晴らしい功績を残した者や大金を払って政府に媚びを売った者達だった。

 また、優生思想も容赦なく適用された。

 容姿が優れている者、身体能力が高い者、知能が高い者を優先的に入れる。

 逆に容姿が劣っている者、病気を患っている者、一見して明らかに身体的異常がある者は門前払いされた。

 真国人はそれ以前の問題として拒絶され、瀬川美奈子の様な『特例』でしか入れていない。

 

 身体的異常者ではある両性具有者は、自分がそれである事を隠しつつ何百人かの女性が潜り込んでいた。

 彼女達が両性具有者であるのかいちいち確かめている暇が無かった事も彼女達を救う一因となる。

 『国家の危機』と言う大義名分の前では優生思想に異議を唱えている場合では無かった。

 何しろ優秀な天武日本人を残さなければ種そのものがあっけなく滅ぶのだ。

 ノア稼働後も昔ならば『悪法』になる様な法律も『種の保存』の為に様々なものが可決された。

 

 男性は裸にトランクスのみ、女性は裸に股間前貼りと言うのもノア内で可決されたものだ。

 男女の性的興奮を高めやすくして恋愛を成立し易くする。

 裸で生活する事によって凶器を隠し持つ事を封じ犯罪を未然に防ぐ。

 服を作るのが資源の無駄遣いであり一定に保たれた室温で充分対処が可能。

 こういった理由から始まった裸生活も美代子達にとっては当たり前となっていた。

 

 生まれた時から服を着ないで生活する事が常識となっていたからである。

 美代子も『恥ずかしい』や『裸を見られるのは嫌』と言った感情は生まれなかった。

 周りの人々が皆同じ姿、同じ条件下で生活していたからだ。

『美代ちゃん、大分良くなってるよ。

 前は結構雑な逃げ方をしてたけど、改善されてる』

 

 野試合を数回行った後、雫は美代子が座っている筐体に近付き彼女の頭を撫でる。

「そうですか?

 上達していると良いんですけど……」

『格闘ゲームはそれこそ経験を積む事が全てだからね。

 極端な事を言えば全ての練習試合に意味があるのよ』

 

 雫は今や世界と戦う事が出来るゲーマーであったが、そういった人間に鍛えられれば自然と伸びる。

 技量の上達はハッキリ出てきており、後はメンタルをどう鍛えるかだった。

『それと、過度に怯えない事。

 勝てないって思ってしまったら本当に勝てない。

 負けるかもなんて考えは頭の中から排除しないとね』

 

 精神の乱れが勝敗に直結するのは格闘ゲームの世界でも変わらない。

 古今東西どんな『競技』も実力と同じ位精神面の鍛錬が推奨されてきた。

「それはそうなんですけど……」

『勿論、今すぐ変わるのは難しいでしょう。

 でも貴方はまだ若いんだから、これから幾らでも変わっていけるわ』

 

 雫はそう言って美代子を励ましていたが、こちらに向かって歩いてくる人の気配を感じ視線をその人物に向ける。

 その瞬間何かを悟ったかの様に雫はその場から離れ、美代子に向かって手を振った。

『頑張ってね』

 その言葉には2つの意味が込められていたのだろう。

 格闘ゲーム、そして彼女の恋心を応援する気持ちだった。

 

「やぁ美代ちゃん。

 ZEROの練習、頑張ってるみたいだね」

 美代子に話しかけてきたのは黒沢永久だった。

 自分が思いを寄せている相手に声をかけられ彼女は緊張してしまう。

 

「は、はい!

 雫さんに色々教えてもらっています」

「どう、これから喫茶店にでも行ってちょっと話さない?

 練習をやり過ぎるのは身体に毒だし、互いの事を理解し合う為にも会話は必要だよ」

 

 黒沢永久が彼女に対して微笑みながら語りかけてくる。

 突然の『お誘い』を受け美代子はすっかり舞い上がってしまった。

 (黒沢さんと一緒に喫茶店!?

 あまり他の人と会話しないで黙々と格闘ゲームをプレイしている黒沢さんが!?

 これは願っても無いチャンスよ)

 

 表情を崩さず、ポーカーフェイスで敵を倒していくその姿から『氷の帝王』と言う異名を持つ黒沢。

 口数が少なく普段は何を考えているのか解らないとさえ言われている。

 そんな青年が美代子と一緒に静かな場所で話そうと提案してきたのだ。

 (何回かお相手してもらった事はあるけど、その時も挨拶をする程度で……

 私から声をかける度胸が無かったからこの状況は渡りに船だわ)

 

 淡い恋心を抱いている相手の事をよく知れる最高の機会が巡ってきた。

 今から喫茶店に向かうと門限破りになりそうだったがそんな事は言っていられない。

「あまり遅くなると親に叱られるので、少しだけなら……」

 

「解っているよ。

 君はまだ高校生だし今は6時だ。

 もし話が長くなったとしても必ず7時で切り上げよう」

 噂には聞いていたが紳士的で礼儀正しい人物だ。

 美代子はこの『ノア』で生活している限り間違った事等絶対に起こらないのは解っていたがそれでも嬉しかった。

 

「私の事を気遣っていただき有難うございます。

 宜しくお願いしますね」

「こちらこそ」

 女性をエスコートするかの様に手を差し出す永久。

 美代子はその手を取った後『カフェ北野大茶』に向かって歩き出した。

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