※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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ZEROFINAL3 『箱舟の子供達』2

【西暦2100年 ?月?日 午後6時 ノア内 カフェ北野大茶店内】

 

 カフェ北野大茶は『光の矢』が降り注いだ後もノア内で存続している。

 当初は一店舗しか無かったが、需要に伴い最近ではあちこちでその姿を見かける様になった。

「前から、君と話がしてみたかったんだ。

 君は間違いなくこれからのZEROを牽引していくダイヤの原石だと思っている。

 君のプレイからはその片鱗が感じ取れるんだよ」

 

 店内は静かで店員はしっかりとした姿勢で応対し、客もそれぞれの時間を思う存分謳歌している。

 勉強している者、ノートPCで仕事をしている者、スマートグラスで映画を見ている者等様々だった。

「黒沢さんには、私がそういう風に見えているんですか?」

「かなり丁寧な立ち回りを心がけているからね。

 並みのプレイヤーは追い詰められてしまった時に雑なプレイをしがちだが君は違う」

 

 運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ後、永久はそう言いながらカップを皿の上に置いた。

 コーヒーのブラックと甘口のコーヒーフロート。

 注文した飲み物から何となくその人間の印象が読み取れる。

 彼の立ち居振る舞い、喋り方を見て美代子は男らしさや礼儀正しさを強く感じていた。

 

「防御に関してはしっかりしている。

 勝ち試合が増えないのは攻撃が甘いからだ。

 君の攻撃は相手の反撃を過度に恐れている様に感じられる。

 思い切りが足りないんだ。

 今のままでは勝てる試合も全部落としてしまうだろう」

 

 永久の指摘には美代子も思う所があった。

 ダッシュからの奇襲やジャンプしてからの斜め下蹴りでどうしても保険をかけたプレイングをしてしまう。

 防御可能な攻撃に終始してしまう為深く踏み込めず相手も防御し酷い時は反撃されてしまうのだ。

 その弱気なスタイルが災いし、体力差で負けてしまう事が非常に多かった。

 

「つまり君のその内向きな考え方を変える事が改善に繋がる。

 それには君がどうして過度に失敗を恐れるのかを知る必要があるんだ。

 君は何故そういう考え方をしてしまうのか、自分を客観的に見つめてほしい」

 永久はそう言った後手を組んだ状態でテーブルの上に乗せ、顎を手の甲に乗せたままじっと美代子の顔を見つめる。

 美代子は暫く目を伏せたまま考えていたが、やがて顔を上げ自らの意見を述べた。

 

「それは、私が……

 他人から『劣った人間』だと思われている事。

 そしてそれが生まれてから今までずっと私から離れなかったからだと思います。

 私はずっと、真国人の血が混じっている事を人から言われてきました。

 そしてそれを無視する事も出来なかった。

 瀬川美奈子が真国人でありなおかつ最高のZEROゲーマーであったからです。

 覇者の子孫である事への誇りと、薄汚れた血の子孫である事への哀しみ……

 相反する要素が、私から自信を奪っていたのかもしれません」

 

 先祖を敬おうとする気持ちと、その血が天武日本人より劣っていると揶揄される事への気持ち。

 持ち上げられながらも貶される。

 矛盾する事実の中で葛藤し、美代子は疲れてしまっていたのかもしれない。

 彼女はそんな心の内を隠す事無く永久に伝えた。

 彼は暫くの間目を瞑っていたが、ゆっくりと目を開けて相手を見る。

 

「君に必要なのは、『君だけじゃない』のを知る事だと思うよ。

 君はたまたま、本当に不幸な事だけれど『人生の傷』が他者に公開されてしまっている。

 そのせいで色々言われるのは実に不憫な事だ。

 ただ、そこで『何故自分だけこんな辛い思いをしているのだろう』とは思わないでほしい。

 人間は皆、心の中に何かしらの傷を抱えて生きているわけだからね」

 

 困っているのは君だけじゃないと言われても、美代子にはそれを信じる事が出来なかった。

 目の前に恵まれた人生を送ってきた人間がいるではないか。

 

「黒沢さんは非の打ち所が無い人間の様に見えます。

 音楽家としても一流。

 家柄も元黒沢グループと言う名家。

 ZEROプレイヤーとしては世界大会での実績あり。

 誰からも慕われ、尊敬されている貴方に傷があるとはとても思えません」

 

 永久は美代子に褒めちぎられたが、首を横に振ってそれを否定した。

 

「名家だったのは昔の話さ。

 黒沢グループは初代総帥・黒沢美香の頃と比べると大幅に弱体化した。

 市場を支配しようとして織田政権に睨まれた事。

 長尾涼介と長尾遼子の2人を盗聴の罪はあったとは言え長年性奴隷の様に扱っていた事。

 数々の汚い悪事が表に出てきて、黒沢グループは窮地に立たされていた」

 

 黒沢永久は御曹司として育てられていたが、未成年でありグループの経営に関わっていなかった。

 もし関わっていれば今頃『ノア』の外で死んでいた事だろう。

 

「そんな時に終末核戦争の予兆が訪れた。

 織田政権は『ノアに黒沢永久を入れる代わりに、今まで黒沢グループが稼いできた利益を全て差し出せ』と言ってきたんだ。

 僕は即座に了承するべきだと提言したよ。

 時間が無かったし、僕が死んだら黒沢グループの資産だってゴミ同然になる。

 生き残る事が先決だ。

 迷っている場合じゃなかった」

 

 黒沢永久と言う『未来への種』を残す為、黒沢グループは大きな犠牲を払った。

 溜め込んでいた金を全て吐き出し、グループの幹部・社員は厳しい制限をかけられる。

 それだけ織田政権は圧倒的な独裁力を持っており、当時の黒沢グループはそれに抗うだけの力を持っていなかった。

 一般人と同じ所からのスタート。

 自らの才能と実力で徐々に裕福な生活を取り戻しつつあった永久であったが火種はまだ残っていた。

 

「僕に生まれつき与えられたのは音楽や格闘ゲーマーとしての才能だけじゃない。

 黒沢美香の不祥事、粉飾決算などの経営に関する様々な疑惑。

 そして綾小路財閥の血を大きく受け継ぐグループの元御曹司……

 それを『クーデターを起こした悍ましい一族』と捉える者が沢山いる。

 僕は綾小路桜華とは赤の他人と言い切れるし、氷室零の血も入っているのにね」

 

 社会の敵と断罪したい愉快犯がいる。

 だがノア内での面と向かった誹謗中傷、特に謂れの無いものは大きな問題となる。

 目に付けば『追放』の恐れもあった為、彼等が永久の目の前で彼をなじる事は無かった。

 しかし、SNSでの悪口は嫌でも彼の目に入ってしまう。

 政治思想以外の自由な発言が許されている匿名掲示板は彼を貶すコメントで溢れていた。

 

「政府はこれも僕に与えられた『罰』だと考えているらしく、取り締まる気配を見せない。

 政府に噛みついた愚か者達の末路として相応しいとでも思っているんだろう。

 どれだけ実力で栄誉を勝ち取っても、人から称賛されても何処かで僕は叩かれ続けている。

 それが僕の精神を常に擦り減らすのは君にだって解るんじゃないかな」

 

 織田政権はノアでも絶大な権力を持ち、織田一族の人間が『市長』を務めている。

 生き残った5万人の人々は市長には逆らえず、様々な制約のもとで生きているのだ。

 『家の外では必ず裸同然の姿でいる事』も特別な事情が無い限り従わなければならない規則だった。

「そうですよね。

 黒沢さんにも悩む理由がある事を、私は理解出来ていませんでした」

 

 黒沢永久は誰からも慕われる完全無欠の存在。

 それは美代子の願望でもあり、実態は少々異なっていた。

 月山雫にも何らかの傷があるのだろうか……

 そんな事を考えていた時、彼女は永久に声をかけられ我に返る。

 

「でもね、そんな『見えている傷』なんて些細なものなんだよ。

 そういうものは真摯に受け止めて挽回する事が出来る。

 人には必ず『見せる事も出来ない傷』が存在するんだ。

 それにも例外は無い。

 君にだって誰にも見られたくない一面はあるだろう?」

 

 永久にそう言われ、美代子は少し考えた。

 (プライバシーが保証されてはいるものの、『監視員』がいるノアの中で見られたくないもの……

 最初は嫌だったけど今は慣れたものね。

 それを不特定多数の人々に晒されるのは流石に辛いわ)

 

 特に就寝中の姿や自慰行為を見られるのは嫌だとしか言えない。

 自分の愛する人になら見られても構わない秘密。

 そういった『信頼出来る相手にしか見せない一面』を永久も持っているのだろうか。

 美代子は彼の『秘密』に対して興味がわいた。

「黒沢さんにも『見せられない傷』があると?」

 

「誰にも例外は無いよ。

 僕にだって当然ある。

 知られたら破滅してしまう様なものが人にはあるんだ。

 皆にそういうものがある。

 だから君も『自分だけ苦しんでいる』なんて思わないでほしい」

 

 美代子は永久にここまで言われても、まだ半信半疑の状態であった。

 本当に、彼の栄光や功績を粉々に破壊してしまう様な秘密が彼の中にあるのだろうか?

 勿論、局部を写した写真などが世の中にばらまかれれば誰でも社会的に破滅するだろう。

 だがそれはどんな人間でも当たり前の事だ。

 彼の中に潜んでいる『秘密』と言うのはそういったありきたりのものとは異なる気がした。

 

「いつか……

 私が貴方にもっと寄り添えれば、その傷を教えて頂ける日も来るのでしょうか?」

 美代子は頬を赤くしながら、決意を込めて『告白』した。

 自分は貴方の事が好きですと。

 貴方に全幅の信頼を置いてもらえる相手になりたいと宣言したのだ。

 

「君が僕の伴侶になったら、そういう事になるんだろうね。

 僕は君に魅かれるものを感じるし、君もどうやら僕に魅かれているらしい。

 でも、まずは互いをもっと深く知る事から始めよう。

 最短距離を歩んで近道しようとしても大抵良い結果にはならない。

 僕達は歩み寄り、時間をかけて心を通わせていく必要があると思う」

 

 並みの男であれば、彼女をそのままホテルに連れ込んでもおかしくないだろう。

 それ程の美貌と美しい肉体を持っている事は見ればすぐに解る。

 美男美女揃いのノア内でも一際輝く美しさを放っている存在。

 鏑木美代子はそう言われるだけの輝きを持っていたし、黒沢永久も同じだった。

 だが彼は飢えた獣の様に振る舞わず、あくまで紳士的な態度を貫いたのだ。

 

 遠回りするのが互いにとって最良の選択だと。

 美代子は永久の優しさに触れ、ますます彼の事が好きになった。

「有難うございます。

 私、黒沢さんと話してもっともっとお互いの事を理解したい。

 どんな事も話し合える様な関係になっていきたいです」

 

 屈託の無い笑顔で一切邪な感情を持つ事無く、素直な気持ちを述べた美代子。

 その優しさに偽りが無い事は永久にも伝わっていた。

「流石にそろそろ出ないといけない時間だね。

 また声をかける時があるだろうからその都度付き合ってもらえると嬉しいな」

 2人は未成年であった為、夜遅くまで外にいると人の目につく。

 

 人々の訝しむ目から逃れる為にも、それぞれの家に帰るのが得策だった。

「僕が払っておくから先に店を出ていていいよ。

 今日は君と話が出来てとても楽しかった。

 多分明日も電脳皇帝にいると思うから、良ければ練習につきあってくれ」

 2人ともコーヒーを飲み終えている事を確認すると、そう言って永久は立ち上がる。

 

 美代子は自分を気遣い奢ってくれる彼に対して頭を下げた。

「何から何まで本当にすいません」

「僕がやりたくてやってる事だから別に良いんだよ。

 それじゃ、またね」

 彼は微笑みながらそう言うと、レジの方に向かって歩いていった。

 

 その瞬間、美代子は言葉では言い表せない軽い違和感を覚える。

 何がおかしいのかハッキリとは言えないのだが、おかしかったのだ。

 彼の笑顔が何時もと違う気がした。

 声の感じも通常とは異なっている様に感じられる。

 美代子は喫茶店を出た後、暫くの間その事ばかり考えていた。

 

 (解らない。

 作り笑顔に見えたとかじゃない。

 黒沢さんは本心から笑っている様に見えた。

 でも、私の心が強い違和感を訴えている。

 これは一体何なの……)

 

 確かな事があるとすれば、美代子はこの一件でますます永久への思いを強くしたと言う事。

 紳士的で誰にでも気配りが出来て親切で、頭脳明晰で容姿端麗で……

 何処に欠点があると言うのだろう。

 仮にあったとしてもそれを完璧に隠せているのならそれは完璧と言って良いのではないか。

 天井で光っている『偽の月』が、美代子の姿を照らしていた。

 

 美代子が自宅に帰った時、時計の針は既に8時を過ぎていた。

 こんなに長い間彼と話していたのだろうか。

 それとも『違和感』の事を考えながら歩いていたせいで余計な時間を使ってしまったのか。

 母親から叱られている間も、美代子はそんな事を考えていた。

 

 受験を控えた大事な1年。

 無駄にして大学受験をしくじるなどあってはならない。

 風呂の中でも母親の言葉を思い出すが、それと同じ位彼女にとって恋愛は大事なものだった。

 

 (黒沢さんと手を繋いで歩きたい。

 お喋りや食事をもっとしたい。

 叶うならデートだってしたいし、あの人が行く場所に同行したい。

 そして、何時かお互いの秘密を晒し合って1つに繋がって……)

 

 美代子は誰とも経験した事が無い処女だった。

 性知識もあまり無く、男性の勃起した肉棒も見た事が無い。

 だがクラスメイトの女生徒から話を聞いて、セックスがどういうものなのかは何となく理解していた。

 穴に棒を挿入して合体し、互いに快感を得て絶頂に至る。

 誰にも見せた事の無い秘密の花園を相手に見られた時の事を考え顔が真っ赤になった。

 

 (華奢だけど逞しい身体つきをしている黒沢さんと、貧相な身体の私がつり合うかどうか……

 でも、私は黒沢さんに恋をしている。

 何としてもこの恋を成就させたい)

 美代子は身長こそ女性にしては高いが胸は小ぶりでスレンダーな体型だ。

 美代子より胸が大きくモデルの様な引き締まった身体つきをしている月山雫の事が彼女には羨ましかった。

 

 (私も、頭だけじゃなくて身体を鍛える事を考えないとなぁ。

 常に人から見られているんだし、何処に行っても恥ずかしくない裸体を手に入れなきゃ……)

 二の腕が少しつまめるだけで、相手にとって相応しくない身体の様に思えてしまう。

 美代子にはそれだけ、黒沢永久の肉体が魅力的に映っていたと言う事だろう。

 実際彼は寡黙でさえなければ多くの女性に言い寄られるだけの美しい顔と身体を保有していた。

 

 美代子は昔の世界を映像博物館で見た事があったが、服を着ている人々には『甘え』があった様な気がする。

 体型をいとも簡単に隠してしまえる服が無くなった事で、人は今まで以上に周りの目を気にする様になった。

 その為、今では太っている人間はあまり見かけない。

 殆どいなくなったと言えるのが『太った女性』の姿だった。

 隠せないからこそ、より良い姿を目指す様になったのだろう。

 

 美代子も人から見られている姿は気にしていたが、努力不足は否めなかった。

 (黒沢さんに抱き締められたら、どんな気持ちになるんだろう。

 その先は……

 ああ、全然想像出来ないわ)

 粘着テープを剥がして風呂に入った為、自室に戻った彼女は正真正銘生まれたままの姿をしている。

 

 そのまま布団の中に潜り込むものの、気持ちが高ぶりなかなか眠れなかった。

 (どうせ、この状態なら監視員からも見えないわよね……)

 毛布にくるまれている彼女の身体は、透視能力でも備えていなければ見えるはずが無い。

 彼女はベッドの中で指を使った自慰行為を始め、もう片方の手で口を押さえる。

 漏れそうになる喘ぎ声を懸命に抑えながら、美代子は陶酔状態へと移行していった。

 

「おッ、布団の中で隠れてオナニーか。

 堂々としてもらった方が俺にとっちゃ眼福なんだけどな」

「馬鹿な事を言ってる場合か。

 俺達の『仕事』は人の秘密を覗き見る事じゃない。

 真面目に働け」

 

 犯罪監視センター。

 ノア内に設置されているこの施設では24時間常に人々の監視が続いている。

 監視カメラは街中だけで無く家庭の部屋1つ1つに必ず設置が義務付けられ、怠った者は『追放』されるシステムが確立されていた。

 監視員が職務上知ってしまった誰かの秘密を喋っても『追放』。

 その為、監視はされていても個人の性癖等が暴露される心配は無い。

 

 4万9千人の生活を100名の監視員が常に見張り、約900名の警官が外で巡回を行っていた。

 監視カメラの場所は把握されている為、問題が発生すれば即座に駆け付けられる様になっている。

「しかし、ここまでやらなきゃならんのかねぇ」

「当たり前だ。

 5万人しか収容出来ない施設でテロを起こす馬鹿が出てきたら一巻の終わりだぞ」

 

 裸で外を歩かなければならないのも、透明なバッグの使用しか認められていないのも全てはテロを未然に防ぐ為。

 極端な話、精神を病んだ何者かが自分の部屋に大量のガソリンを撒いて火をつけてもこの施設は容易く崩壊してしまうだろう。

 消防車も消防署も存在するが、大規模な火災を鎮火する事は極めて難しい。

 頑丈に作ってはいるものの、もし外と繋がっている壁が焼ける事があれば全滅する可能性も出てくる。

 個人のプライバシーを守る事よりも、5万人の命を守る事の方が優先されていた。

 

「おい、あいつ……!」

「D地区25ポイントの監視カメラにひったくり事件を起こした犯人が映った。

 犯人は婦人のバッグを奪って逃走中。

 E地区の方向に向かっている。

 付近にいる警官はすぐに容疑者を確保する様に」

 

 逆を言えば、ここまで監視が徹底されている状況で犯罪を行うには不意の一撃しか無い。

 無害な一般人を装いながらターゲットに近付き、すれ違いざまにタックルしてバッグを奪う。

 当然逃げても逃げ切れるはずが無く、ひったくり犯は即座に捕まった。

「馬鹿な事をしたな。

 お前は一時の気の迷いで『追放』される事になるんだぞ」

 

 警官に取り押さえられた犯人は、彼等の眼前で薄ら笑いを浮かべる。

「気の迷いなんかじゃありませんよ。

 この場所は狂っている。

 生きていても息が詰まりそうだ。

 一足先にこの世からお暇させてもらうだけです」

 

 優生思想に従って優秀な人間を集めても必ずエラーが出てくる。

 ノア内の人間はそのエラーを排除し、誰もが住み易い場所を維持し続ける事が求められていた。

「そうか、それなら良かった。

 明日の朝、テレビ局はお前の為に追放特番を組む事になるだろう。

 今の内に最期の台詞でも考えておけ」

 

 数人の警官に引きずられて『拘置所』に連れていかれる犯人。

 拘置所は壁の近くに設置されており、この場所で一晩過ごした被告人は次の日の朝壁の外に追い出される事になる。

 一線を越えた犯罪に手を染めた者は即座に『死刑判決』が下される厳しい場所。

 その『一線』の基準は非常に厳しく、万引きですら追放の対象となる程だった。

 実際、ここ数年ノア内での万引き事件は2件しか発生していない。

 

 逆にここまで締め付けなければ人は善性を保てないと言う事でもあった。

 生き残りをかけたサバイバルの最中に治安が乱れればそれは国の崩壊に直結しかねない。

 政府はそれを理解しているからこそ、厳しい規律を定め監視の目を決して緩めなかった。

 

 翌朝、目を覚まし1階で朝食を食べ終わった美代子は父親のいる居間に目を向ける。

 ソファに座っている父親がテレビを視聴していた。

『昨日の夜にひったくり事件を起こした被告人が我々の前に姿を現しました!

 恐らくこれから何時もの様に彼を『外』へと連れて行く様です!』

 

 テレビ局のリポーターも裸で、ひったくり犯もトランクスを履いただけの状態。

 だが彼を拘束している者達は防護服を着込んでおり、重苦しい雰囲気が漂っていた。

『私達はあの扉の向こうに同行する事は出来ません。

 あの扉の向こう、そのさらに奥には『外』へと通じる扉があります。

 我々が生活している施設の外には放射能が渦巻いており、生身であれば1時間程で死に至るのです』

 

 防護服を着ていても外での活動は1日15分が限界。

 それ以上経過すると身体に明らかな異常が現れる。

 そんな極限状況の中で仕事をする者達がいる事を美代子達はよく知っていた。

「危険な場所だが外で作業をしないと電気が使えなかったり外国との通信が出来なかったりする。

 我々は彼等に感謝しなきゃいけないぞ」

 

 父親にそう言われ、美代子はこくりと頷いた。

『被告人に最後のインタビューを試みたいと思います。

 これから貴方は『外』に追放される事になりますが、何か私達に言い残しておく事はありますか?』

 ひったくり犯はマイクを近付けられると、不気味な笑顔を見せる。

 

『閉じた偽物の世界で、監視カメラに囲まれ息の詰まりそうな生活を続ける。

 皆さん、これが人間らしい生き方だとでも?

 もう我々は終わっているんですよ。

 既に滅んでいるはずの人類が無理やり拙い延命治療を続けているだけじゃないですか。

 最低限の人間の尊厳すら守れずに、何がどうあっても生き抜くだ!

 私と同じ志を持つ人々よ。

 今こそ立ち上がり、我々の世界を正しい方法で終わらせましょう。

 人類は愚かな選択をした代償を払うべきなのです』

 

 言いたい事は言ったかとばかりに防護服を着た3名の男達がひったくり犯を扉の前に連れて行く。

 1人がカードキーを通すと扉が自動で開き、彼はそのまま扉の奥へと消えていった。

 

『私が言える事はただ1つ。

 愚かな選択をした各国の為政者達が背負った罪を、我々が背負う必要は無いと言う事です。

 何百年先の話になるのか解りませんが、次の世代に是非ともバトンを渡していきましょう。

 その時、我々人類がもう少しまともになっている事を信じたいですね』

 

 放送が終わった後、父親は通常の報道番組を眺めながら美代子に話しかける。

「美代子、私達がノアの中で暮らさなければならなくなった理由を間違えてはいけないよ。

 織田市長のせいでも無ければ、私達天武日本の国民でも無い。

 合衆国とカダル連合王国の、『どっちが偉いのか』と言う幼稚な見栄の為にこんな事になってしまったんだ。

 勝ちたいとか名誉が欲しいとか人間は色々な欲望を抱えるが、それに溺れない様にするんだぞ」

 

 覇権争い。

 どんな時代においても突き詰めればそれは戦争と言う『国同士の喧嘩』に発展してしまう。

 そして喧嘩をしても決着がつかない場合、為政者は癇癪を起こして最悪の選択をする事になる。

 

 人類が滅ぼうが自分達の陣営を勝利に導きたい。

 薄々勝者無しの地獄絵図になる事を理解していながらもそれを止める事が出来ない。

 美代子の父親は彼女が格闘ゲームに熱心に取り組んでいる事を知っていたからこそ、そういった忠告をしたのだ。

 勝つ事は大事だが、勝つ目的を見失ってはならない。

 熱い当初の志を忘れる様な事だけは避けなければならないのだと。

 

「お父さん、大丈夫。

 私には私を見ていてくれる沢山の友達がいるから。

 私は1人で勝利に執着する様な事はしない。

 皆で一緒に大きな目的に向かって進んでいきたいの」

 

「良い友達を持ったな」

 父親はそう言って美代子に向かって笑顔を見せ、美代子も笑顔で返す。

 出口の見えない暗闇の様な世界でも、笑顔は希望の光になる。

 希望を持ち続ける限り、人類はどんな危機に直面しても強く生きていけるだろう。

 鏑木美代子は、多くの人々にとって希望の象徴になる様な存在だった。

 

 四季が存在しないノアの中でも時間は過ぎてゆく。

 美代子は学業で優秀な結果を出し、ZEROにおいても少しずつ勝ち数が増えていった。

 月山雫と黒沢永久によるレクチャー、訓練は決して無駄にはなっていない。

 2学期の中頃には店舗大会の初優勝を果たした。

 2人が参加していない状態での栄冠であったが、彼女の腕が上達している事は間違いない。

 

 大会終了後、美代子は近くのファストフード店で月山雫と食事をとっていた。

『今回の店舗大会、24名のトーナメント戦で初優勝は立派な結果だよ。

 途中12から6になった時に敗者復活の2人が入ってきてその内の1人と戦い準決勝行き。

 決勝も落ち着いて戦えてた。

 この戦い方を忘れなければ世界大会でも良い結果を残せると思うな』

 

 敗者復活から勝ち上がってきたプレイヤーには度胸と実力が備わっている。

 そういったプレイヤー相手に勝てるのは彼女のプレイが習熟してきた事の証だった。

「いえ、黒沢さんを含め強いプレイヤーが何名か都合が合わず不参加になったから勝てただけです。

 雫さんにはセコンドに入っていただき、常に的確なアドバイスを頂いていた。

 世界大会ではそういう幸運や指導は無いのですから、まだまだ難しいと思います」

 

 永久はノア内で高い影響力を持っており、数少ない娯楽となったZEROを盛り上げる為の宣伝役となっている。

 闘戦興では彼との対談やコラムを毎回掲載しており、今回はその仕事の為に店舗から離れていた。

『美代ちゃん、そこまで自分を過小評価しなくても良いんだって。

 ノアの認定ZEROゲーマーである私が言ってるんだから間違いない。

 今後数年で美代ちゃんは大きく伸びて他の人が追い付けなくなるよ』

 

 雫は美代子の眠っている才能を深く理解している。

 対人戦で不可欠なメンタル面には改善の余地があるものの、目の良さと空間認識能力には目を見張るものがあった。

 自分達が育てていけば永久をも超える逸材になれる。

 そう思っていたものの、美代子はあくまで謙虚な姿勢を崩さなかった。

 

「そう言って頂けるのは有難いです」

 照れ笑いをしながら頭を掻く美代子。

 このままでは彼女の才能は死んでしまう。

 何か大きな、とても大きなショック療法が必要だ。

 雫は彼女の才能を開花させる為に己の『秘密』を明かす事まで考えていた。

 

『美代ちゃん、これから私の家に来てくれない?

 静かな場所でみっちり個人指導してあげる。

 それにココじゃ出来ない話も色々したいからね』

 僅かに感情を乗せた様な機械音声が美代子の耳に届く。

 

「宜しいんですか?

 雫さんに教えて頂ければ百人力です。

 本当に何時もすいません」

 美代子は雫が邪な思いを抱いているなど微塵も思っていなかった。

 底抜けに明るいお人好しで、彼女への恩義から相手を信用しきっている。

 

 美代子には『開花』が必要だと雫は考えていた。

 彼女はまだ何も知らない臆病な蕾なのだ。

 それを無理やりにでもこじ開ければ綺麗な花が姿を現すだろう。

 彼女の弱気を治し、世界に通用する逸材に育てなければ。

 そう、火村あかりと九龍玖留美が育て上げた『月山新二』の様に……

 

 雫にとって、彼女は大事な存在だった。

 だからこそ、初めては自分が手に入れたい。

 己の欲望を吐き出したい。

 思うままに暴れ回りたい。

 その欲望を満たすのと同時に彼女を良い方向に変えられるのなら良い事づくめ。

 

 それは言い訳だったのかもしれない。

 美代子に飴と鞭を与え、自分と繋がってもらえる様誘導する。

 月山雫が『飢えた狼』と化している事に、この時の美代子は全く気付いていなかった。

『それじゃあ行こっか。

 私の家、すぐ近くにあるんだ』

 

 雫が美代子の手を取り、先導する形で歩き出す。

 これからの『行為』が彼女にとって救いになるのか悪夢になるのか、それは雫にも解らなかった。

 ただ1つ間違いの無い事は、このままでは彼女は何も変わらないと言う事である。

 無邪気に笑う美代子の顔を見ながら、雫は心の中で舌なめずりをした。

 月山雫にとっても、己だけの秘密として隠し続けてきたものを解放する時がやってきたのだ。

 

 2人の人生が、月山雫の家で大きく変わろうとしていた。

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