※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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この物語のテーマの1つとして、
『人は変われるが本質は変わらない』と言うものがあります。
思想の一部が変わっても根は同じ。いやそもそも
変われない部分があると言う事です。黒沢美香は変わる努力を
しましたが『人を虐げる事に喜びを見出すサディスト』と言う
本質は変えようが無かった為地獄に堕ちる事になりました。
人は変わりたいと願う生き物ですが、子供の頃から蓄積されてきた
『アイデンティティ』は洗脳でもされない限り消えはしません。
それが良い方向へも悪い方向へも行くのが人生なのです。


ZEROFINAL3 『箱舟の子供達』5

【西暦2100年 ?月?日 午後6時 ノア内 ゲームセンター『電脳皇帝』店内】

 

 数日後、ゲームセンター『電脳皇帝』内で行われたシングル戦。

 店内には再び優勝し皆から称賛の拍手を浴びる美代子の姿があった。

 黒沢永久、月山雫の両名が参加した大会での堂々たる優勝。

 永久は小さなミスが響いて美代子と当たる前に負けてしまったが雫とは準決勝で激しい戦いを繰り広げる。

 どちらが勝ってもおかしくない試合内容だったが僅かなHPの差で美代子が逃げ切った。

 

「いや、凄く落ち着いてたね美代子ちゃん。

 少し前とはまるで別人みたいだったよ」

「ホントホント。

 全然慌てないで冷静に雫さんの攻めを捌いてた。

 こんなに急に変わるなんて、何があったの?」

 

 観客も格闘ゲームプレイヤーも美代子の変貌に驚いていた。

 焦りからの自滅が多かった美代子が全く慌てる事無く試合を進めていく。

 その泰然自若ぶりは永久も舌を巻くほどだった。

「雫さんに色々教えて頂いたので……

 1つの事でくよくよ悩んでいてはいけないと思える様になったんです」

 

 美代子は雫のおかげで変わる事が出来た。

 そこに嘘は全く無い。

 世の中には話さなくても良い事が沢山あるのだ。

 そんな風に思いながら美代子は近くにいた雫に視線を向ける。

 雫はにこやかに笑いながら美代子の成長は自分の手柄であると誇っていた。

 

『これは私の教え方が上手いからだね。

 美代ちゃんはこれからもっともっと伸びるよ。

 頑張ればきっと世界にも手が届くと信じてる』

 ネットを用いて行われる世界大会。

 滅びかかっている陰鬱な世界でそれだけが世界が1つにまとまり人々を幸せにするものだった。

 

 既に殆ど滅びたに等しい真国の末裔が、天武日本人と共に手を取り合って優勝を目指す。

 何と儚げで美しいストーリーなのだろう。

 店内にいた者達は雫の意見に賛同し美代子に対して惜しみない拍手を送った。

「有難うございます。

 皆さんの応援を力に変えて、これからも上を目指して努力します」

 

 話題の中心となり持て囃される美代子。

 その美代子の笑顔を、永久は遠くから静かに見守っていた。

 (やはり君は至高の原石だった。

 磨けば磨く程輝きを増し、最後には眩い煌めきを放つ宝石になる。

 僕の実力を越えるのも時間の問題だろう)

 

 己の実力を誇り数少ない自慢としてきた永久にとって、美代子の成長は寂しい事でもあった。

 勿論これから研鑽して高め合っていきたいとも思っているが、彼女はもっと上に行ってしまうだろう。

 彼の鍛え抜かれた審美眼が美代子の才能を保証している。

 だが気になっている相手が羽ばたき笑顔になるのは自分にとっても嬉しい事。

 永久はそんな相反する2つの感情を抱きながら、祝福される美代子の姿をずっと見つめていた。

 

 季節は過ぎ去り、『ノア』内部は暦上夏から秋へ向かおうとしていた。

 施設内の温度は全く変わらないが中で暮らしている人々の心持ちは確かに変化している。

 この間に行われたZEROの世界大会において鏑木美代子は初めて地区予選を突破。

 決勝トーナメントを目指すグループステージまで到達すると言う快挙を達成した。

 

 決勝トーナメント進出までは叶わなかったものの、素晴らしい結果である事に疑いは無い。

 黒沢永久が決勝トーナメント8位、月山雫が世界大会準優勝に輝くなど天武日本勢はその存在感を見せ付けていた。

 

『光の矢によってZEROプレイヤーだったカダル連合王国の人達が全滅しちゃったからね……

 あの人達は『終わり』が来る時も避難せずゲームセンターに居続ける事を選んだ。

 笑う人もいるけど半端な覚悟で出来る事じゃない。

 格闘ゲームの為に殉死するなんて私達には出来ない事。

 少なくとも私は、彼等の事を心から尊敬してるよ』

 

 合衆国とカダル連合王国との間で勃発した『最終戦争』の最中でも、旧パキスタン地区の人間は軽視されていた。

 合衆国が格闘ゲーマーを手厚く保護するだけの余裕があったのとは正反対だったと言える。

 最強のゲーマー集団が忽然と姿を消した今、天武日本人にも復権のチャンスが巡ってきていた。

『美代ちゃん、来年はグループステージを突破して必ず16強に進もうね。

 今の美代ちゃんならきっと出来る』

 

 雫の励ましに対して頷き、さらなる奮闘を誓う美代子。

 永久の方に視線を向けると、彼は優しく微笑んだ。

「僕が追い越されるのは時間の問題だね。

 でもそこまで悔しくない、むしろ嬉しいんだ。

 美代ちゃんが頑張ってた事は僕が一番良く知ってるから」

 

 美代子に近付き、両手を掴んで苦労を労う永久。

 店内の客は2人を『祝福』して囃し立てる。

 2人が恋仲になっている事は既に周知の事実となっていた。

 

 春から秋にかけての『デート』は何回も行われた。

 ゲームセンターで雫の様に練習相手を務めるだけでは無い。

 映画館・観覧車・博物館・プール……

 様々な施設へ出向き2人での思い出を作る。

 そして永久と過ごす時間に心地良さを感じ、美代子はますます彼に魅かれていった。

 

 黒沢永久と一緒にいて、他愛無い会話をしているだけで満たされる。

 一言で言えば、白馬に乗った王子様の様な人。

 クールで、紳士的で、優しくて常に品の良さが出ていて……

 正直何故自分を選んでくれたのか不思議に思う程だった。

 彼なら、恐らくもっと上のランクの女性でも容易く虜に出来るだろう。

 

 容姿でも金銭の面でも優れている女性達が彼に振り向いてほしいと願い、美代子に嫉妬と羨望の眼差しを向けている。

 今まで軽い扱いばかり受けてきた美代子にとって、それは味わった事の無い感覚だった。

『もっとお金を持ってる女性とか、もっと容姿が優れている女性とか、そんな事は一切関係無いんだ。

 人は誰かを好きになったらその女性以外は目に入らなくなる。

 君が好きだと言う気持ち以外に必要なものがあると言うのかい?』

 

 私で本当に良いのかと言う後ろ向きな発言をした時、永久はそれを真っ向から否定した。

 鏑木美代子と言う女性に惚れたのだと。

 君を愛する心に決して嘘は無いのだと。

 その言葉を聞いて美代子は嬉しかったが同時に不安になった。

 永久は自分と『月山雫』の両方を受け入れてくれるのだろうか?

 

 我儘な自分を、理解してくれるのだろうか?

 許容出来ずに最悪の結末を迎える事だけは避けたい。

 本当は、黒沢永久ただ1人を愛するべきだと言うのは美代子にも解っている。

 だが自分と同じ孤独を抱えていた雫を見捨てる様な真似はどうしても出来なかった。

 彼女は少し違う道を歩いている自分の様なものなのだ。

 

 月山雫を孤独のままにすると言う事は、孤独から抜け出したかった自分を否定する様なもの。

 永久に愛されて自分だけ幸せになるなんて許されない事。

 そう思っていた美代子であったが、何時その話を切り出すべきか迷っていた。

 言い出せないまま時が経ち、2人が共にいる時間は長くなってきている。

 両親も黒沢永久との交際を歓迎していた。

 

『凄いじゃないか。

 彼は世界大会の優勝者、つまり英雄として知られている。

 元黒沢グループの御曹司で音楽家としても有名。

 非の打ち所が無い立派な人物だよ』

 

『凄い凄い!

 そんな人と付き合ってるなんて。

 絶対幸せになってね、お姉ちゃん』

 

 父親と妹の『彼と結婚するべき』と同じ様な発言が脳裏をよぎる。

 もし彼が自分の考えを尊重してくれなかったらどうしよう。

 最悪別れると言う事になったら……

 一番酷い事態を想定してしまうのは美代子の癖だった。

 だがそうなってしまったとしても、この意思を曲げたくない。

 

 今はただ永久の優しさと、月山雫に対する好感度の高さを信じるしか無かった。

 実際永久と雫は非常に仲が良いのだ。

 2人が協力して美代子に格闘ゲームを教えた事も一度や二度では無い。

 共に励み競い合ってきた『戦友』である事は確かだった。

 

「褒めて頂き有難うございます黒沢さん。

 私もココで終わるつもりはありません。

 来年は16強、出来るなら優勝を目標に頑張りたいと思っています」

 そういった負の感情を悟られぬ様、精一杯明るく振る舞う美代子。

 ささやかながら3人を祝う小規模なパーティも催され、大勢のゲーマーがこの偉業に対して熱狂していた。

 

『次のニュースです。

 東京群青大学の研究チームが『淡水で活動する事が出来る海水魚』の開発に成功しました。

 これまでノア内では最低限の種の保存としてしか海水魚を飼育出来ないと言う現状があったのですが、その常識が覆ったのです。

 遺伝子改良を繰り返し、味を保ったまま淡水で生きる事が出来る海の魚。

 現在は数種類の魚類でしか成功していない様ですが、それでも食卓に並ぶ魚の内容が大きく変わりそうです。

 織田市長は今後川魚の養殖スペースを改良淡水魚の養殖スペースに切り替えていくと発表し……』

 

 ノアのシンボルとでも言うべき東京ランドマークタワー。

 ノア建設に伴い天井にぶつかってしまう分だけ上部分が解体されたが、今でも充分存在感を放っている。

 その近くにあった街頭テレビを眺めながら、美代子と永久は信号待ちをしていた。

「楽しんでもらえたかな?」

「はい、とっても楽しかったです」

 

 何度目かもう解らない『デート』……

 永久と共に水族館で魚を見物し、併設されているイベントステージでイルカショーを堪能。

 その後ランドマークタワー近くのレストランで食事を取り、帰宅する所だった。

 全てが永久の奢り。

 少し申し訳ない気持ちになったが、それ以上に心が満たされていた。

 

 イルカを見て子供の様にはしゃぐ永久。

 料理における作法を完璧にこなす格好良い姿。

 どの姿も魅力的で、美代子が惚れるのも無理は無かった。

 だからこそ、『見えていない一面』と言うものがどんなものなのか気になる。

 信号が青になり、横断歩道を渡り終えた後永久は美代子に話しかけた。

 

「今度、僕の家に来てほしい。

 大事な話をしよう、あの『見えない一面』の事も含めて」

 彼の言葉の真意を知り一瞬美代子は硬直してしまう。

 交際を経て、遂にココまで辿り着いたのだ。

 互いの『秘密』を全てさらけ出し、1つになる時が……

 

 誠実でいたい。

 永久と言う魅力的な相手に嘘をつきたくない。

 美代子は覚悟を決めて歩き出し、彼に本音を語る。

「私は貴方に対して、何時も正直でいたい。

 隠し事をしたくないので、全部話します」

 

 永久はその言葉を聞き、ますます美代子に好意を持った様に見えた。

 自分と違い、大きな秘密を持つ事無く堂々としている女性。

 彼は誰に対しても優しくありたいと言う彼女の慈悲深い心に惚れ込んでいた。

 

「……私は今、月山雫さんと仲良くさせてもらっています。

 彼女の身体は通常の女性とは異なっていて、その為にずっと孤独だったんです。

 私と出会って、彼女はようやく自分の殻に閉じこもる哀しい人生を終える事が出来ました。

 雫さんと離れてしまえば、彼女は前の孤独な人生に逆戻りする事になってしまいます。

 雫さんが苦しむ姿を、私は見ていたくないんです」

 

 気の短い人間であれば、鏑木美代子にレズのレッテルを貼り罵倒しながら彼女を拒絶するだろう。

 自分はここまで君を愛したのに君は僕を裏切っていたのかと思い切り美代子をなじるに違いない。

 その結末もありえたからこそ、美代子は今喋っている言葉を放つ事が怖かった。

 だが隠せば隠す程事態が悪化するとしか思えない。

 美代子は正直に告白する事こそが誠実さの証であると信じていた。

 

「私は、雫さんに育ててもらった恩があります。

 彼女の自宅でもゲームセンターでも、常に私の傍らにいて教えてもらいました。

 黒沢さんと同じ位彼女から与えられた影響は大きいんです。

 雫さんと黒沢さんがいたから私はここまで来る事が出来ました。

 両方を望むのは、我儘な事なんでしょうか?」

 

 永久は何も言わなかった。

 ただ黙って美代子に全部言いたい事を言ってくれと促している様に見える。

 口を挟まず、彼女が語り終えた後に自分の考えを口にするべきだ。

 美代子は彼がそう考えている様に感じた。

 

「雫さんには『人には見えない一面』があります。

 軽々しく話せない、とても大きな秘密があるんです。

 だから、黒沢さんに『見えない一面』があるのならいっその事互いに明かして秘密を共有すべきだと思っています。

 黒沢さんと結婚したい気持ちに嘘はありません。

 それでも『3人』で残りの人生を歩いていきたいんです」

 

 自分でも愚かな選択だと思っている。

 1つに決められない、自分に救える者は全て救いたいと考える女。

 それでもその道しか選べない。

 あとは永久がどういった判断を下すのか審判の時を待つだけ。

 美代子は頭を下げ、どんな言葉が飛んできても動揺しない様身構えていた。

 

「今の話を聞いて、驚かないと言えば嘘になるよ。

 君と雫さんがそんな親密な間柄になっているとは思わなかった。

 ……だけど、僕はまだ君の選択に関してこの場で結論を出す事は出来ない。

 雫さんの『見えない一面』が僕の秘密に匹敵するものなのか。

 それも含めて、『3人』で今後の事を話し合う場が欲しい」

 

 先延ばしや保留と言う意味で結論を出さなかったのでは無い。

 最終決定を下すにはまだ材料が足りないと永久は考えている様だった。

 お互いの隠し事や雫自身がどう考えているか等、見えていない部分が多々ある。

 美代子が正直であろうとしているのは伝わるが、霧がかかっていて全体がよく見えない。

 彼が雫もいる中で話し合おうと提案するのも当然だった。

 

「黒沢さん、ごめんなさい」

 再び頭を下げて詫びる美代子の頭を、永久は優しく撫でる。

「謝らなくても良いよ。

 君は自分の気持ちに嘘をつかなかった。

 僕は美代ちゃんの純粋さに魅かれたんだから」

 

 見捨てたり、切り捨てたり出来ない人間。

 好きな相手ならどんな状況でも助けたくなる。

 永久はそんな美代子の包容力に救いを見出していた。

 彼女ほどの『受け入れる能力』があれば、自分の哀しい秘密も受け入れてくれるかもしれない。

 そう考えていたからこそ、月山雫と関係を持っていたと告白されても怒る様な事はしなかった。

 

 逆を言えば少し嬉しかった。

 誰とも知らない人物と美代子が関係を持っていたのなら憤っていたかもしれない。

 だが雫はゲーマー仲間であり永久とも非常に親しい関係だ。

 常に理知的で格好良く振る舞う彼女は黒沢永久に似ていると言われる事も多い。

 雫が自分と同じ様に何らかの秘密を抱えているのなら、その内容を知りたいと言う欲求もあった。

 

「美代ちゃんの言いたい事は解ったよ。

 少なくとも答えを出すのは今じゃない。

 僕達が互いの考えを理解する為には深く話し合う必要がありそうだ。

 今度の日曜日、僕の家に集まろう。

 君と僕、そして雫さんを含めた『3人』でね」

 

 美代子はその言葉を耳にした瞬間、地面に膝をつきぽろぽろと涙を流す。

 緊張の糸が切れ、安堵と共に涙が止まらなくなった。

「大丈夫?」

 慌てて永久が彼女に駆け寄り立たせようとしたが、なかなか立ち上がれない。

 少しの間、彼女の心を落ち着かせるだけの時間が必要だった。

 

 遠くから子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。

 美代子は何とか落ち着きを取り戻した後、永久と共に公園へと足を踏み入れていた。

 ベンチに座り、何となく辺りを見回す。

 天井の明かりはそろそろ夕方になる事を告げていた。

 

「黒沢さん、有難うございます。

 私の我儘に付き合わせてしまって……」

「良いんだよ。

 僕は逆に嬉しいんだ。

 君の性格はこれから上に行く為に必要なものだからね」

 

 永久は美代子の『全部失いたくない』と言う思想に感銘を受けていた。

 失いたくないと言うのは全部手に入れたいと言う気持ちと同じ。

 それ程の貪欲さが無ければ世界の強豪とは戦えない。

 リスクを背負ってでも頂点を取りに行く。

 彼は美代子こそ次の世代を担うリーダーになれると信じていた。

 

「どちらかを選べと言われて1つを選ぶ様な人間は所詮凡人。

 そこから強くなっていくのは難しい。

 美代ちゃんみたいに『どちらも欲しい』と思う程の欲深さが必要なんだ。

 当然、それに見合うだけの実力が求められるけどね。

 僕は君が欲張りでも許される位の人間になると思ってるよ」

 

「私が、欲張り……

 そうですよね。

 黒沢さんも雫さんも私にとって大切な人ですから」

 

 美代子にしてみれば、欲張りでも何でも良かった。

 永久が彼女の強欲さを受け入れてくれた事が嬉しかった。

 誰も見捨てられない溢れる程の優しさも、裏を返せば我儘と言う事になる。

 そうだったとしても、美代子にはその道を選ぶ以外の選択肢が無い。

 永久が美代子の我儘を肯定的に捉えてくれたのは幸いだった。

 

「僕も本当は表舞台で大きい顔をする事が許されない類の人間だよ。

 今の美代ちゃんと同じかそれ以上に僕も『裸の自分』を晒すのが怖いんだ。

 こうして殆ど裸に近い恰好をしている僕ですら『本当の自分』じゃない。

 でも美代ちゃんも僕と同じ様に、僕を受け入れてくれると信じてる。

 いや、現時点では信じたいの方が適切かな」

 

 素肌を晒す事が『その人間の真実』を映す鏡にはなりえない。

 美代子は今まで漠然と『裸では嘘はつけない』と考えていた。

 物を隠したり、犯罪の準備をしたりする事は裸では不可能。

 犯罪を未然に防ぎ真実を暴き出す為に皆裸でいる様になったと思っていた。

 そこまでしても、『心の嘘』だけは人の目では見抜けないのだ。

 

「信じてください。

 黒沢さんが私を受け入れてくれたのと同じ様に、私も真実を全て受け入れます。

 そこにどんな秘密があったとしても、黒沢さんへの愛が揺らぐ事はありません」

 言葉では言い切ったが、不安が全く無いワケでは無かった。

 だが前に進む為にはそんな事をいちいち口にしてはいられない。

 

「そうである事を願うよ。

 美代ちゃんだけで無く、雫さんも僕を受け入れてくれたら嬉しいね」

 これ以上は何を話しても平行線を辿るだけだ。

 美代子も解っていた為、この後永久と別れるまで一連の話題を一時封印した。

 実際に会って互いの秘密を暴き合うまで、謎は謎のままなのだ。

 

 何度も考えた、『黒沢永久の秘密』。

 今まで築いてきた地位も名声も好感度も全て粉々に吹き飛ばしてしまう程の破壊力だとされる代物。

 そこまで言うのなら、恐らく両性具有よりも衝撃的な内容だろうと美代子は思っていた。

 だが、それが何かと言われるとよく解らない。

 余計なものがあるのか、無ければならないものが無い事なのか?

 

 (実は男性に見える両性具有者……とか?

 黒沢さんの性格的に借金が莫大にあるとか、そういう人格破綻であるとは考えにくい。

 でも黒沢さんは『裸であったとしても表面上は見えないもの』だと語っていたし、身体の異常とは違う。

 そういうもので無いとすると……)

 

 美代子には1つだけ、ぼんやりと浮かんでいる『答え』があった。

 あの時に彼が見せた『不自然な瞬間』が本性なのだとしたら、謎が解ける様な気がする。

 勿論現段階では全く証拠も無いし美代子の妄想に過ぎない。

 それでも美代子にはそれが『正解』なのではないかと感じられた。

 

「目に見えるものが全てとは限らない、かぁ」

 一人になって帰宅する彼女がぽつりと漏らした一言。

 そしてそれは自分には当てはまらない事に美代子は気付いている。

 見た目だけで全てを暴かれ少し冷たい視線を向けられてきた自分と、そうではない永久。

 そんな2人が『一緒に生きる』のも面白い話じゃないかと彼女は思った。

 

 (雫さんに連絡しよう。

 3人で話し合おうって……

 きっと雫さんなら黒沢さんに秘密を明かす事を了承してくれる)

 そしてそこに加わってほしい『もう1人』。

 ずっと仲良くしてきた者達ともっと仲良くなって幸せになる事が美代子のささやかな望みだった。

 

 この後、帰宅した美代子は雫に電話をし彼女に『協力』を要請する。

 黒沢永久も含めた話し合いもあり『秘密の明かし合い』は予定通り行われる事となった。

 数日後、黒沢永久の自宅で。

 その言葉が何度も美代子の頭の中を駆け巡る。

 不安と期待が混ざったまま遂に『その日』が訪れようとしていた。

 

【西暦2100年 ?月?日 午後1時 ノア内 黒沢永久の自宅】

 

 ノアの内部には高層マンションが多数建設されている。

 一軒家はノアの外側に多く、中央に近付く程マンションが多い。

 5万人と言う多くの人々が生活していく為には住居を縦に増やしていく必要があるからだ。

 鏑木美代子と月山雫が目にしている50階建てのマンションもその1つだった。

 

『メゾン・ド・ノワール。

 直訳すると『黒い建造物』かぁ。

 名は体を表すって感じだねー』

「ここに住んでいると言うより住まされていると聞いた事があります。

 黒沢グループに関与していた人々を管理しやすくする為に」

 

 黒沢グループは常に光と闇を抱えている大企業だった。

 核となるプラナスは東京都内に本社があった為それをそのままノア内に持ち込み現在も人々の役に立っている。

 世界が滅茶苦茶になってしまっても金を預かり資産を守る銀行は絶対に必要なものだ。

 経営も何ら問題は無く優秀な人材が揃っている。

 それが黒沢グループの『光』であり、織田市長が彼等を完全には切れない理由だった。

 

 そして『闇』。

 綾小路財閥時代の『天武日本に対するクーデター』は歴史として今も伝えられている。

 黒沢グループになってまともになったかと思えば黒沢美香の『罪』が発覚した。

 長尾涼介・長尾遼子の2名を玩具の様に扱い時には非道な監禁や虐待を行っていたと言う事実。

 美香はグループの総帥から失脚させられ刑務所入り。

 黒沢零と美香の息子が後を引き継ぐ事となったが監視の目はより厳しくなった。

 

 ノア内に黒沢グループの関係者を招き入れるか否かで会議は難航する。

 血を入れ替えてノア内で大きな問題を起こされる可能性を潰すべきと言う意見。

 優秀な人材を多数失ってまで血の入れ替えをするべきなのかと言う意見。

 最終的には織田市長の鶴の一声によって会議は終結した。

 懲罰と監視強化を上手く運用すれば問題発生は未然に防げると言う結論に達したのだ。

 

 ノア内に入れる黒沢グループの血縁関係者は黒沢永久のみ。

 黒沢グループで働いている幹部クラスの役員は全て同じマンションに強制移住。

 メゾン・ド・ノワールで生活する住人は月に1回集まり織田市長との定例会議を行う。

 裏では既に『黒沢永久と鏑木美代子が結婚する』前提で話が進んでおり、市長もそれを承認していた。

 彼は『誰と結婚するか』まで自分1人では決められなくなっていたのである。

 

『今は黒沢グループの元専務が総帥の座についてるんでしょ?

 黒沢さんは『英雄』として格闘ゲーマーのまま担ぎ上げておきたいって話もあるし。

 ただ、美代ちゃんと黒沢さんの間に子供が産まれたら後継者問題が起きるかもね』

「私と黒沢さんの間の子供には、既に決められた人生なんて歩んでほしくないです。

 勿論、私の気持ちだけで決まる事では無いんでしょうけど……」

 

 閉じた小さな世界になっても尚、基本的人権を制限される人々がいた。

 社会に大きな影響を与える人物、下手をすればノアの行く末すら変えかねない者達。

 そういった者達に『自由』を与えた場合、5万人が住む世界に混乱が起きる可能性が高い。

 そういう意味では常に国民の事を考えていなければならない織田市長も不自由な存在だと言えるだろう。

 織田一族の独裁政権時代からずっと織田本家は政治に携わらなければならなかった。

 

『ココに住まなきゃいけない。

 好きな職業を無闇には選べない。

 でもそれは私達だって大なり小なり同じ事だよね。

 限られた土地を分け合って生活してるんだもん。

 虐待も受けずに平和に暮らせてる事を有難がるべきだよ』

 

 雫の発言には賛同も出来るし、何か言いたい所もある。

 天武日本国が全て存在していた時代でも『完全な自由』は無かった。

 政府の悪口など公の場所で叫べないし、それは今ますます厳しくなっている。

 簡単に言えば人々に余裕が無いのだ。

 息苦しい生活を強いられているのだからある意味当然の結果だった。

 

 (この壊れてしまった世界で、私達は生きなければいけない。

 そして出来るだけ幸せになりたいと願っている。

 今日の話し合いだって本当に全部上手くいくかどうか……

 怖がっていても仕方無いわ。

 前に進んでいかなくちゃ)

 

 目の前にある事から実現させたい。

 メゾン・ド・ノワールに住んでいる黒沢永久と結婚したい。

 その結果起きるであろう様々な『不自由』を受け入れてでも。

 美代子の彼を愛する気持ちに嘘は無かった。

 彼にどんな秘密があったとしても受け入れる覚悟を決めていたのだ。

 

『じゃあ、行こうか』

 雫の言葉には自分自身に言い聞かせる意味が含まれていたかもしれない。

 機械音声に抑揚は無いが、雫の顔はこわばり不安そうな表情を浮かべている様に見えた。

 (雫さんも怖いんだ。

 互いによく知ってる仲とは言え自分の秘密を晒すのは勇気がいる事……)

 

 雫も簡単な気持ちで黒沢永久に身体の『異常』を明かそうとは思っていない。

 永久を信用している所もあるが一番信用しているのは鏑木美代子だった。

 彼女がそこまで誠意を尽くして願うのなら叶えるしかないだろう。

 受け入れてくれるかどうかも解らない相手である事は変わっていない。

 だが恐れてばかりでは話が前に進まない事も解っていた。

 

 外装も黒一色なら入口の自動ドアもガラス以外は黒一色。

 立派な建物だったが同時に『監獄の様だ』と言う感覚は拭えない。

 49-Aに住んでいる永久にインターホンで連絡を取り、扉を開けてもらう。

『うわ、凄い。

 高層マンションと言うよりホテルだよ、これは』

 

 壁も天井も黒く塗られたロビー。

 天井にはシャンデリアが吊られ、コンシェルジュが優しく応対してくれる。

 受付を済ませている間、美代子はロビーの絢爛豪華さに度肝を抜かれていた。

 (もしこの場所が監獄なのだとしたら、随分居心地の良い監獄なんでしょうね。

 自由が無いなりに、やれる事が限られていても精一杯おもてなしをしようと言う意思が伝わってくる)

 

 エレベーターには珍しくエレベーターガールが常駐しており、美代子達をじっと見つめてくる。

 (エレベーターガール兼監視員よね。

 外から来る客人、物の出入りを警戒しているんだわ)

 ロビーでも監視カメラが多数ある事が解ったが、エレベーターの中や廊下においてもカメラが設置されている。

 死角を作らないと言う理念が感じられ、美代子は恐らく永久の部屋の中も同じ位監視されているのだろうと思った。

 

 (私の家にだって監視カメラはあるけれど、永久さんのはそれ以上かもしれない。

 トイレや風呂場、自分の部屋にだって監視カメラがある。

 迂闊にわざと死角に潜り込んで何かをする様な素振りを見せてはならない)

 度を超える監視社会となったノアでの生活は息が詰まりそうだ。

 プライバシーも監視員には駄々洩れとなっており、それをいちいち嘆く暇も無かった。

 

 49階のA部屋。

 扉の前に立ち、美代子は大きく深呼吸した。

 (神様……)

 そこまで信心深くは無い彼女でも、神と言う不確かな存在に頼りたくなる。

 それだけ全てが成功する確約が無く、雫も厳しい表情を浮かべていた。

 

『月山雫です。

 黒沢さん、開けてもらっても宜しいでしょうか?』

『君達が到着した事は教えてもらっていたよ。

 今開けるからちょっと待っててくれ』

 

 カチャカチャと言う音の後、ゆっくりと扉が開く。

 恐らく今日と言う日も月山雫の秘密を知ったあの日と同じ様に忘れられない1日になるだろう。

 それは予感では無く確信に近いものだった。

 2人が中に入り、黒沢が扉を閉めた後しっかりと鍵をかける。

 それは普通の人には見る事の出来ない、『宴』の始まりを示す合図だったのかもしれない。

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