※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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本格的に『主人公サイドが誰と戦うのか』と言う部分が
ハッキリとしてくる回です。相手の実力、主人公と敵が
求めているものは何なのか。その辺りの説明も行っていますね。


長月 黒幕の嘲笑

 壁にもたれかかって目を閉じていた俺は、背後にあった壁が消失した瞬間に目を開け、辺りを見回した。

 石造りの神殿が目の前にそびえ立ち、入口へと誘う階段の前に鎧を着た獣人の姿が見える。

 両手で巨大な斧を持ち、俺の姿を見つけると大声で声をかけてきた。

「対戦相手とお見受けした。某の名はシラノ!シラノ・レミングと申す。

 互いに思う所はあれど、命を賭けて戦うと致そう。いざ尋常に勝負!」

 

 俺は皮手袋を外し、青く光る右手を相手の方へ向けた後身構える。

「かかってきやがれ!

 誰であろうと、このヤシオ様の敵じゃねぇぜ」

 

 鎧を着た状態で巨大な斧を持っているにもかかわらず、相手の動きは意外と素早かった。

 あっと言う間に間合いを詰めてくる。

 俺に向けて振った一撃を俺は飛んで回避した。

「流石にそう簡単には斬れぬか……!」

 

 獣人は大体大振りな攻撃の際には隙を生むものだが、相手の攻撃には隙が見当たらなかった。

 斧の振りも早く、右手を見て俺の攻撃方法を見抜いたのか俺を寄せ付けまいとしてくる。

 (面倒な奴だぜ。サッサと片付けたい所だがとんでもねぇ馬鹿力だ)

 動きを見切り、避けるだけで精一杯の状況が続く。

 相手のスタミナを消耗させようとしたが、全く息が切れていない。

 

 (この右手で奴に触れば勝ちだ。

 俺が例えダメージを受けようとも相手が死ねばこちら側の傷は回復する)

 俺は懐に潜り込む為に走り出した。

「その意気やよし!」

 そう叫んだ獣人は両手で斧を構えた状態のまま身構える。

 

 俺は相手が斧を振ったその瞬間に合わせてスライディングを行い、そのまま斧での攻撃を避けた。

 リーチが長いと言うのは相手側の利点だが、一度攻撃を行った瞬間に潜り込めば相手は無防備な状態を晒す事になる。

「終わりだ」

 立ち上がり、相手に触れようとした瞬間だった。

 斧を完全に振った状態で前方に突き出していた肘を使い、相手が俺の顎に肘打ちを行ったのだ。

 

「グッ」

 俺が怯んだ瞬間に相手は斧を捨て、さらに肘打ちを行った腕を振り俺の頬を殴りつける。

「いかなる状況にも対応出来る力を持つ者こそが、生き残る事が出来るのだ」

 重い攻撃に一瞬意識を失いかけたが、かろうじて踏ん張り身体全体で相手にぶつかる。

「馬鹿な、あれ程の打撃を頭に受けたと言うのに」

 

 抱き付いたまま、俺は相手の頭に右手を当てた。

「斧を手放した事が裏目に出たな。

 おかげでテメェの身体に触れる様になったぜ」

 相手の姿が消えた瞬間、景色が暗転し、再びエントランスに戻ってきたのが解った。

 

 エントランスホールには狼の獣人、光に包まれた女神、青い肌を持つ鬼の女の姿があった。

「ケッ、獣野郎が。まだ生きてやがったのかよ。

 往生際が悪過ぎるんじゃねぇのか?」

 俺は目をつけていた相手に向かって挑発を行ったが、狼の獣人は俺から離れ、光の女神と話を始める。

 (無視かよ。ヴァルーの獣人どもは本当にむかつく奴だらけだぜ)

 

 部屋の隅で震えながら涙を流している鬼の女の近くに来ると、女は歯を鳴らしながら俺の方を見た。

「とんでもなくビビってるじゃねぇか。今は殺さねぇよ。

 この部屋での殺しは禁止されてんだろ」

 虎柄の民族衣装を纏った女は、怯えてはいるものの棘の付いた巨大な棍棒を壁に立てかけていた。

 

「テメェもヴァルーに住んでる奴か」

「は、はい……イリス・ウッドゴブリンと申します。

 ヴァルーの湿地帯出身です」

 

 涙を流して命乞いを始めそうな雰囲気を漂わせているが、ここまで生き残っている以上相応の力を持っている事は間違いない。

「私はただ、のんびり毎日を過ごしていただけなんです。

 それなのにこんな殺し合いの場所に放り込まれて……

 死にたくないと思って必死に戦っていたら、ここまで残ってしまいました」

 

「俺と当たる事になったら、覚悟しとけよ。

 俺は並の強さじゃ無ぇからな」

 獣人に対しては憎しみしか持っていなかったが、ここまで哀れな女に対しては、多少同情の余地がある様な気がした。

 俺は相手を罵倒せず、ただその場を離れる。

 彼等との決戦の時は間近に迫っていた。

 

 

 9月上旬の日曜日。昼時であったがエターナルナイトには多くの客が集まっていた。

 ほぼ何時ものメンバーが揃い、野試合が盛んに行われている。

 そこにはNEWSZEROのメンバー、東郷(とうごう)恵(めぐみ)の姿もあった。

「コレがなかなか取れないんだよね~」

 UFOキャッチャーの景品の1つであった『クマッタシャンプーボトル』に挑戦していた恵であったが、引っ掛ける為の輪が小さく苦戦する。

「今の位置取りはなかなか良いんですが、もう少し右に行った方が良かったかもしれませんね」

 

 2000円を使っても取れなかった為、見かねた店員の高瀬(たかせ)加奈(かな)がアドバイスを行っていた。

「頑張ってください、恵さん!」

「比呂子にそう言われると、頑張らないワケにはいかないね~」

 多くの客がそれぞれのゲームで楽しんでいたその時、自動ドアが開き、ドレス姿の少女が姿を現した。

 

「ごきげんよう、皆様。

 このゲームセンターで切磋琢磨している方々とお会い出来て嬉しく思いますわ」

 黒い服を着た初老の男性と若い黒服の男女が数名共に店内に入り、その後に2体のロボットが入ってくる。

 どちらもかなり大きなロボットで、人間の様な姿形をしていた。

 

「桜華さん!」

 比呂子は綾小路(あやのこうじ)桜華(おうか)の事を思い出し駆け寄ろうとしたが、黒服の男性に阻止されそうになる。

「あら、比呂子じゃありませんの。

 まさかココで再会する事になるとは思ってもいなかったですわ。

 良いんですわよ、私の御友達ですもの……退がりなさい」

 

 黒服の男に命じると、彼は何も言わずにその命令に従った。

「ココに氷室(ひむろ)零(れい)が来ていると聞いて来たのですけれど……

 何処にいるか教えて頂けませんこと?」

「あそこにいますよ。丁度今涼介さんと対戦中です」

 

 桜華が店内を移動すると、先程までかなり後ろの方にいたロボット2体が護衛の様についてきた。

 零は丁度対戦が終わった直後の状態で、何気なく横を向いた時に彼女と目が合い少々驚いた様だった。

「君と会うのは何年ぶりかな……もう会う事は無いだろうと思っていたよ」

「数年前にコンクールで御一緒した時以来ですわね」

 

 桜華は零を見た時から、懐かしそうな表情を浮かべていたが、真剣な表情で彼を見つめた。

「私は、綾小路財閥の威信を賭けて全国大会に挑むつもりですわ。

 私の敗北そのものが、財閥の敗北。

 その覚悟を貴方と戦い勝利する事で示したいと思っていますの」

 

 桜華はそう言うと、背後にいたロボット2体を指差す。

「そして、この二足歩行ロボット『青龍』と『玄武』は格闘ゲームをプレイする為に作られたもの。

 この2体もまた綾小路財閥の財力と技術を結集して作られた最強のマシン。

 私の味方として動くこのロボットと私が共に全国大会制覇を目指す事になりますわ」

 不気味な光を放っているロボットは何も喋らず、桜華の命令を待っている様に見えた。

 

「誰か、この店内にいる中で我こそはと言う御方はいませんこと?」

 凛とした声が店内中に響き渡る。

 身長こそ低い方であったが、人を魅了するカリスマ性が感じられた。

 先程から桜華が喋っている間に話す者はおらず場が静まり返っていたが、2人の人間が手を上げた。

 

「じゃあ、俺が」

「私も挑戦させてもらいます」

 豊とあかりが手を上げ、ロボットの前に進んだ。

 (この2人がZEROの上級者である事は妖(あや)から聞いて知っている。

 全国予選前の良い肩慣らしになるだろう)

 

 桜華の執事である染井(そめい)義政(よしまさ)はそう思い、心の中で醜悪な笑いを浮かべながら桜華に進言した。

「御嬢様、下賤の者達に『青龍』と『玄武』の強さを見せ付ける良い機会になりそうですな」

「そのようですわね。

 このロボットが優勝したとしても、綾小路財閥の名声は大いに高まりますわ」

 

 青龍とあかり、玄武と豊が対戦する事が決まり、2人はそれぞれ筐体の前に座ると、相手を見た。

 身長が高く、特に玄武と言う名が付いたロボットは身長が2m以上はある様に見える。

 (ゲームをする為のロボットなんて珍しいけど、人間と対等に戦えるレベルなのかしら?)

 

 あかりはゲームロボットの性能を甘く見ていた。

 事実去年の大会では2体とも大した成績を残せていない。

 だが、去年とは全く違うと言う事実を、豊とあかりは嫌と言う程見せ付けられる事になる。

 

 午前11時26分 エターナルナイト店内 あかりVS青龍(せいりゅう)

 

『貴様ガドレ程強イプレイヤーデアロウトモ、私ノ敵デハ無イ。

 徹底的ニ叩キ潰シテクレル』

 青龍の口元から漏れた機械音の様な『声』にあかりは驚いた。

「去年のロボットは喋れなかったのに……」

 

「それだけ、財閥が投資を行い本気で開発したロボットだと言う事です」

 染井はそう言って微笑むと、青龍の肩に手を置き、ロボットに向かって発破をかける。

「この試合は全国大会の勝敗に直接影響をおよぼすものでは無いが、お前の性能を試す為のもの。

 財閥の威信がかかった戦いでの負けは絶対に許されんぞ」

『解ッテオリマス。コノ様ノ者達ニ負ケハシマセン』

 

 全く変化しない表情ではあったが、語気を強めて己の強さをアピールしているかの様だった。 

 (どんな戦い方をしてくるのか解らないから、気を引き締めて戦わなきゃ)

 あかりはキャラクター選択画面でサイファを選択すると、筐体の向こう側にいる相手を見る。

 瞳の奥が青色に光り、指の準備運動とばかりに手を組んでいた。

 

 (指もちゃんと5本あって、人間みたいに動いてる……

 余程精巧に作られているのね)

 青龍が選択したキャラクターはフガミヤシオだった。

 久龍拓巳の持ちキャラでもある。

 

 フィールドは『雨の密林』。

 神殿が見える密林のグラフィックに雨を降らせた流用背景だが、これもまた趣があった。

 

『REAL DEATHGAME START!』

 開幕と同時に攻めに出たのはサイファの方だった。

 パワーは高いが若干動きが鈍いヤシオが相手と言う事もあり、強気な態度で前へ出ていく。

『フン。工夫ノ無イ女ダ』

 上からの蹴り、中段殴り、下段スライディングを全て防御で捌きスライディングの後の隙を突いて相手を吹き飛ばす。

 

 画面端の近くでは無かったので大事には至らなかったが、あかりは相手の防御性能に舌を巻いていた。

 (画面を見ただけじゃ捌き切れるものでも無いのに……

 ガードが予想以上に堅いじゃない)

 あかりは受け身を取って起き上がると再び前に出ようとダッシュしたが、相手はその勢いそのままにカウンターを見舞う。

『単純ナ動キダナ。笑ワセテクレル』

 

 中段の吹き飛ばしが綺麗に決まり、壁バウンドによる追撃が始まった。

 この攻撃だけでサイファはゲージの半分近くを削られてしまう。

 

「嘘でしょ?あかりさんが1回も攻撃を当てられてないなんて」

 あかりの実力をよく知る涼介にしてみれば、信じられない出来事だった。

 最近さらに実力を上げ、涼介を相手にした野試合では勝ち越しを決めているあかりが一方的に追い詰められている。

 あかりは懸命に粘るものの、突破口を見出せずにいた。

『ソノ程度ノ実力デノコノコ壇上ニ上ガッテクルトハ……人間トハ実ニ愚カナ生物ダ』

 

 追撃の後に起き攻めを仕掛けてきたヤシオを衝撃波で何とか追い払ったものの、すぐさま相手は近寄ってくる。

 (何とか打開策を練らないと)

 あかりはバックステップで距離を取り、相手が襲い掛かってきた所でカウンターを決めようとしたが、簡単に回避されてしまった。

『不意打チ程度デ私ガ倒レルトデモ言ウノカ』

 

 相手が殴り攻撃のモーションを終えた瞬間に下段の蹴りが入り、倒れるサイファ。

 容赦の無い追撃が続く。

「先輩が、ここまで苦戦するなんて……」

「人間の能力では機械に勝つ事など出来ないと言うだけの話ですよ。

 電子頭脳は人間の力を遥かに凌駕していますからな」

 

 染井はそう言うと、青龍の動きを眺めながら悦に入っていた。

 (電子頭脳のサポートで人間の頭脳の限界を引き出し、常人では到達出来ない場所に至るのだ)

 青龍には秘密がある。

 機械と人間の融合を果たす為の、恐ろしい仕掛けが施されていたのだ。

 

 青龍の中には人間が入っている。

 だが遊園地の着ぐるみの様に単に人間が操作しているワケでは無い。

 近くにいる人間の心拍数、温度、頭脳が発する微弱なパルスを読み取り、コンピュータが即座に人間にそれを伝える。

 コントロールしている相手の指の動きから次に相手が繰り出す攻撃まで見切り、的確な動きを行う事が出来るのだ。

 

 人間では攻撃を完璧に予測する事は出来ないし、機械では格闘ゲームをまともにプレイする事が出来ない。

 電子頭脳と人間の頭脳が一体化する事によって両者の弱点を克服し、『ゲームマシン』を作り出す事に成功した。

 だが、中に入っている人間の負担は半端なものでは無い。

 電子頭脳に脳を乗っ取られている状態で、無理やり激しい消耗を強いられているのだ。

 

 精神、肉体共に酷使される為、この状態を維持する事が出来るのはせいぜい数ヶ月。

 中身の人間は廃人と化し、恐らくはまともに喋る事も出来なくなるだろう。

 

 (コイツが壊れてしまうのは我々にとってむしろ好都合だ。

 廃人と化した状態で発見されれば拉致された事も話せなくなる。証言は不可能。

 つまり綾小路財閥の関与が疑われる可能性は極めて低い。

 使い捨ての道具として、お前は財閥の為に戦えばいいのだ)

 

 染井は初めからそのつもりで中身となる人間を拉致し、ロボットによって洗脳した。

 この事実は染井本人と数名の技術者、黒沢輝にしか知らされておらず、桜華も美香も中に人間が入っているとは思ってもいない。

『人間ノ限界ハロボットノ限界デハ無イ。

 ロボットニシカ到達出来ナイ高ミガアル』

 青龍はあかりが操るサイファの動きを把握し、相手の動きを封殺していた。

 

「人間だってどこまででも行ける。

 私がそれを証明してみせるわ」

 あかりは自分の動きが相手に読まれている事を悟り、『夢遊病』で戦う事を決断した。

 無意識から繰り出される攻撃は流石に読み難く、何回か攻撃が当たる。

 

 だが戦略も何も無い夢遊病では相手を追い詰める事等出来なかった。

『フン、他愛モ無イ』

 結局あかりは圧倒的大差を付けられて敗北。

 相手に与えたダメージは1本目の半分にも届かないと言う屈辱的な結果だった。

 

 午前11時26分 エターナルナイト店内 豊VS玄武(げんぶ)

 

『人間相手ガコノ俺様ニ勝ツツモリデイヤガル。舐メラレタモンダゼ』

 玄武の口元から漏れた機械音の様な『声』は、豊にとって何処かで聞いた様な声だと感じられた。

 (何だ、この『既視感』は……

 こいつとは当然初対面のはずなのに、戦った事がある様な気がする)

 

「玄武は小型のスーパーコンピュータを内蔵した戦闘マシンとも呼べる代物。

 誰が相手をしたとしても、そう簡単には勝てませんわよ」

 桜華が横に立つと、玄武の高身長のせいもあり、余計に小さく見える。

 キャラクター選択画面で、豊はシラノを選択し、玄武はGU-DONを選択した。

 

 (やっぱりそうだ。これは単なる『偶然』なのか……?)

 豊の猜疑心は試合が始まる前からあったが、いざ始まるとそれは決定的なものへと変化していく。

『REAL DEATHGAME START!』

 GU-GONとシラノ。共に動きが鈍く、リーチが長いと言う特徴を持っている。

 攻撃判定の大きさと言う点ではGU-DONの方が明らかに不利だった。

 

『踏ミ潰ス!』

 リーチの長さを活かして牽制攻撃を振るシラノに対して、GU-DONは誘導式ミサイルで対応する。

 シラノが防御した所を見計らって前に出ていくGU-DONに対して、シラノはバックステップで後ろに下がった。

 (もし俺の予想が正しければ、相手は無意識であの攻撃を出すハズだ)

 GU-DONは咄嗟に後ろに下がった相手を見て腕を伸ばす。

 

 だがこの位置関係ではギリギリシラノに届かない。

『俺の攻撃判定が常に頭の中にあって、ついやっちゃうんですよ。

 豊さんだってそういう手癖とかあるでしょ?』

 (剛君……!)

 電子頭脳によって操られていても、無意識に出る攻撃までコントロールする事は出来なかった。

 

 その隙を突いてシラノが斧を振り、相手にダメージを与えていく。

「何をやってるんですの!」

 桜華に叱咤され、玄武は起き攻めを回避するとシラノに近付いて投げを決め、体力を逆転した。

 

 (しかし……こんな手癖、誤動作の内とでも言われれば反論は出来ない。

 万が一俺の予想が外れていたら恐らく相手は全力で賠償金を請求してくる。

 今はその『あるかもしれない陰謀』を主張しても無駄だ)

 悪癖も電子頭脳の学習能力によって修正され、以後GU-DONが同じミスを行う事は無かった。

 だが豊にしてみれば疑念を持つにはその1回で充分だったのだ。

 

 豊は1度ダウンさせられていたが、何とか食い下がり、ゲージの半分程を減らす事には成功していた。

『チッ、蟻ノ癖シテ俺ノ足元ニ纏ワリツキヤガッテ』

 玄武は怒りに震えていた。

 その『怒り』の感情がロボットのものだとはとても思えない。

 (どういう状況なのかは解らないが、とにかく今は勝つ事だけを考えよう)

 

 ステップを踏んで前に出てきたGU-DONの下段攻撃をガードした後、リーチの長い中段攻撃を振り相手を牽制する。

 ダメージを受ける身体が大きいキャラクターは相手のリーチが長いだけで苦戦を強いられるのだ。

 その為、有利な状況であっても迂闊には近付けない。

「流石に零の取り巻きだけあって、手強い御方ですわね。

 染井、これでは予選通過も危ないですわよ」

 

「承知致しました。まだ稼働直後の状態なので手直しは充分可能です。

 この試合を参考に調整を進めていきましょう」

 朱雀の戦いを見ていた染井は、桜華に呼びかけられると余裕たっぷりにそう答えた。

 (相手も慎重に対応してきているな。

 不用意に飛び込んだりはしてこない。このままなら時間切れを狙える)

 

 2ラウンド目に体力が勝っていれば、最終ラウンドに持ち込む事が出来る。

 試合がもつれこめばどう転ぶか解らない。

「玄武、貴方の実力はその程度ですの?

 廃棄処分にならない様に全力を見せてくださいまし」

 

『御任セクダサイ桜華様。

 俺ハ強イ。人間ナド比ベ物ニナラナイ程強イノデス』

 誘導式ミサイルを撃ち、相手が牽制攻撃を出せない状況を作り出しながらじりじりとシラノに近付いていく。

 シラノも懸命にガードを行うが、相手の直接攻撃もリーチが長いものがある為簡単には逃げられない。

 

 (ココは何としても体力を死守だ。

 ガードを続けて時間を稼ぐ。あと10秒。逃げ切るには充分だろう)

 遂に画面端に追い詰められたが、必死にガードで耐える。

 GU-DONの容赦の無い攻めを防御し続けた。

「豊さん、ココが踏ん張り所だよ!」

 

 涼介の必死の応援も虚しく、ガードクラッシュしてしまったシラノは攻撃を受け、みるみる内に体力が減っていく。

 時間切れとなったがGU-DONの体力の方が勝っていた為、玄武の勝利となった。

 怒涛の攻めが始まった5秒間が無ければ、試合の結果も大分変わったものになっただろう。

 

 (回避しようにも反撃しようにも打開策が全く思い浮かばなかった。

 相手に要塞を築かれてしまったのが敗因だったな)

 豊はがっくりと肩を落とした。

 一方桜華は少し不満げな顔つきで玄武の方を見る。

 

「私達は全国大会で優勝する為に貴方を作ったんですわよ。

 更なる改造が必要ですわね」

「仰る通りでございます御嬢様。

 青龍は予想以上の成果を見せましたが、玄武はまだまだ改良の余地がありますな」

 

 染井は電気ショックを使った『矯正』を考えていた。

 敗北する恐怖が脳に刷り込まれれば、勝利への執念も向上するだろうと思っていたのだ。

 

 午前11時32分 エターナルナイト店内 零VS桜華

 

 ロボットが戦っていた試合の時から店内の客は全てその試合を見る為に集まってきていたが、さらに人が増えつつあった。

「真剣勝負で、勝たせて頂きますわよ」

「僕もZEROの試合で簡単に負けるつもりは無い。

 君との勝負だと言うのなら尚更だ」

 

 綾小路財閥のトップである桜華と『リストの再来』と呼ばれた元凄腕ピアニスト、現凄腕の格闘ゲームプレイヤーである零の対戦。

 電子頭脳を持つロボットならまだしも、ZEROを始めたばかりであろう女性が零に勝てるとは誰も思っていなかった。

 (ココは蔵崎さんの店だ。不正を行う時間は無い。

 あの怪しいロボットはともかく、アイツが零に勝つ事は無ぇだろ)

 豊は零の勝利を確信していた。

 

 豊だけでは無く、あかりを含めたプレイヤー全員がそう思っていたのだ。

「桜華さんの実力ってどんなものなんでしょう。

 お手合わせした事は無いのでよく解らないんですが……」

「ただ、あの時から優勝したいって言ってたから、練習はしてたんだろうと思うけどね~」

 向かい合う2台の筐体に用意された席に座り、お互い軽く息を吐き呼吸を整える。

 

 (最初から僕を指名してくると言う事は、それ相応の自信があると言う事の表れ。

 簡単に勝てる相手じゃない)

 どんな相手であろうと、全力で勝負して勝ちに行く。零はそう心に誓っていた。

 桜華はユファール・シャインスピリアを選択する。

 画面端から端まで貫通するビーム攻撃を持っているが、動きに癖がある上級者向けのキャラクターだ。

 

「ちょっとジャンプの時にふわって浮くのよね。

 動きも結構鈍い方だし、相手に近付かれると厳しいわ」

「アメジストに似てますよ。

 閃光設置罠みたいなのも置けるので、それをどう回避していくかが重要なポイントになりますね」

 ヴォルフ・ムーンリファードはとにかく近接格闘に持ち込み、相手を自由にさせない様に立ち回らなければならなかった。

 

 (遂にこの時が来ましたわね。

 講師陣を招いて猛特訓した成果を見せる時ですわ)

 綾小路財閥は潤沢な資金を使ってその道のプロを雇う事が出来る。

 ZEROもまた例外では無かった。

 

 五十神妖だけでは無く、ZEROを製作した開発スタッフを招いて攻略法を探し続けた。

 表舞台に立つのは今日が初めてであったが、彼女は何年も前から全国大会で優勝する為に腕を磨き続けてきたのだ。

『REAL DEATHGAME START!』

 全ては籠の鳥が羽ばたく為に。大勢の人々に認められる為に。

 桜華の挑戦が始まろうとしていた。

 

 ステージ背景は『神々の神殿』。

 ヴァルーの密林地帯に存在している神殿とは違い、大理石が使われている。

 空中都市スカイロンよりさらに上に位置している場所と言う設定から、雲1つ無い快晴のグラフィックが用いられていた。

「行きますわよ、零!」

 

 序盤からユファールは積極的な攻めの姿勢を見せる。

 癖のあるジャンプを使いこなしながら閃光設置罠を床に置き、降り際に貫通ビームを放って相手の動きを制限した。

 (相手が貫通ビームを防御した位置のすぐ横に設置罠を置いた。

 流石に基本はしっかりマスターしている)

 このキャラクターはダメージを受けない様にするアメジストタイプだ。

 

 防御力の弱さを特殊能力でカバーしている。

 平均的な防御力を持ち能力を持たないヴォルフとは対極に位置するキャラクターだった。

「久しぶりに楽しめそうだ!」

 零はそう言って笑顔を見せると、設置罠を素早い前ジャンプで回避しユファールのもとへ辿り着くと攻撃を行う。

 

 画面端では無かった為一方的に攻め続ける事は出来なかった。

 光の剣を出現させたユファールが反撃を行い、相手を吹き飛ばす。

「近付かれても、落ち着いてますね」

「パニックを起こさない事が大事だからね~。

 その点を桜華さんはよく解ってると思うよ」

 

 直接攻撃のダメージは少なかったものの、その直後に待ち受ける貫通ビームの洗礼が厄介だ。

 桜華は相手がどう動くかを予想してビームを放たなければならない。

 真横、斜め下、斜め上にビームを撃つ事が出来るが、ユファールの立ち位置と相手の立ち位置によって常に軌道は変化し続ける。

 上級者にしか扱えない難易度を誇る貫通ビーム攻撃を、桜華は巧みに使いこなしていた。

 

「そこですわ!」

 自分が下で立っている場合、相手の行動はジャンプして襲うかダッシュしてくるかの二者択一になる。

 ヴォルフのスピードを考慮すれば勘でどちらであるかを見抜かなければならないのだが、ココでは桜華の読みが当たった。

 一気に距離を詰めようとしてきたヴォルフが貫通ビームを喰らい吹き飛んだ瞬間に、素早く閃光設置罠を地面に仕掛ける。

 

「まだまだ、そう簡単には終われないね」

 零は起き上がりのタイミングをずらして足元からの攻撃を回避すると、再び距離を詰め相手を攻め立てた。

 予想していなかった攻撃に戸惑い、防御に専念するしかなくなったユファールに対して遂にコンボが入る。

「クッ」

 

 投げ→上段蹴り→ジャンプ下段蹴り→起き攻め中段引っ掻きと怒涛の攻めを見せるヴォルフであったが、衝撃波によって吹き飛ばされた。

「私のライバルに相応しい実力……

 それでも最後に笑うのはこの私ですわ!」

 ライフポイントにかなりの差があったが、油断してすぐに逆転される事はこのゲームでは珍しくない。

 現在桜華は残りHPバーが全体の3分の1程。零は4分の3は残っている。

 

「的確に衝撃波を当てて追撃を免れたわね。流石だわ」

「零相手に奮闘してるって感じだな。

 追い上げる事が出来れば、また状況も変わってくるんだろうが……」

 観客の殆どが零の優位を確信していた。

 零自身も落ち着いて立ち回れば負ける相手では無いと思っている。

 

 桜華にしてみれば、完全アウェーのこの状況で差を付けられている事自体がプレッシャーになった事だろう。

「私の本気を御覧なさい」

 桜華はヴォルフに対して攻めに出る。

 暫くの間どちらも攻撃のタイミングを掴めずにいたが、彼女は貫通ビームがヴォルフに命中した瞬間を見逃さなかった。

 

「良い拾い方が出来ましたわ」

 画面端で連続攻撃を決め、閃光設置罠で追撃を決める。

 再び浮かんだ所でコンボが入った。

 ユファールの攻撃が完全に決まってしまうと衝撃波を出す事が出来ない。

 空中で攻撃されている間は衝撃波のコマンドを入力しても技が発動しないのだ。

 

「時間切れを狙い過ぎてしまったかな」

 2回目の閃光設置罠は何とかバックステップで回避したヴォルフだったが、体力は既に逆転されている。

 残り時間も少ない。零は勝つ可能性だけを信じて斜め上から襲い掛かった。

「そう簡単には崩れませんわ」

 桜華は的確な防御で相手を捌き、上段蹴り直後の硬直に貫通ビームを当てて相手を倒す。

 

 一時は追い詰められたユファールであったが、心理的に優位に立った事で戦況を引っくり返した。

「零さんが、先にラウンドを取られるなんて……」

「まぁ、悲観する程体力が離れてるワケでも無いし、幾らでも巻き返せるでしょ」

 観客もラウンド1の結果に驚いていた。

 今まで大事な局面では勝ち続けてきた零が追い詰められている。

 

「御嬢様、お見事です」

「このまま、畳み掛けていきますわよ」

 桜華もこの勢いのまま勝利へとひた走る心づもりであった。

 一方豊やあかり、涼介と言った零の仲間達は懸命に声援を送る。

 

「実力的には互角!とにかく勝つ事だけを考えろ!」

「ココで臆病になっちゃ勝てないわよ!積極的に攻めて!」

 零もそれは承知していたが、心の奥に生まれた動揺を消し去る事は難しかった。

 

 (大丈夫だ。普段通りにやれば取り返せる。

 まずはイーブンに戻す所から始めよう)

 ラウンド2が始まると、2人共かなり硬い動きを見せる様になった。

 無理も無い。桜華は大勢の前での対人戦は初めての経験。

 豪邸で練習を続けてきた彼女にとっては、怒号にも似た声援は大きな重圧となっている。

 

 零もまた、負けられない戦いで劣勢に立っていると言う事実から、攻めあぐねる状況が続いていた。

「お互い、何がが当たったら負けに直結しかねないからな……」

「桜華さんも相当慎重になってますね。

 この状況だとどう転んでもおかしくないです」

 牽制攻撃での探り合いであったが、両者防御のスキルは相当高く、隙が見当たらない。

 

 (時間切れになると、私がラウンドを取られてしまいますわ)

 そのラウンドでのHPの高い方が勝者となるこのゲームでは、アドバンテージも決して盤石なものでは無かった。

 だが桜華側にしてみれば、このラウンドで及ばずともHPを減らしておけば最終ラウンドで優位に立てる。

 (……かと言って、前がかりになればカウンターの恐怖と戦わなければなりませんわね)

 

 完全なる正解など存在しない。

 1つの選択で勝敗が決まってしまう。

 桜華は少しだけ前に出た。

 均衡が崩れた瞬間を見逃さず零がスライディングで相手を転ばせる。

 

「零の賭けが成功した形になったか。

 あの技は攻撃範囲が横に広い代わりに技を出した後の硬直時間が長い。

 防御されていたらカウンターが決まっていただけに、桜華としては痛手だろう」

 相手が起き上がった瞬間に零は『超必殺技』を繰り出し、相手を倒した。

 連続噛み付きからの切り裂きフィニッシュでラウンドを取り返し、最終ラウンドに持ち込む。

 

「ココで必殺技を使ってしまった事がどう出るか、ですね」

「五分五分の状態に持ち込めば勝てると踏んだからこういう選択をしたんでしょうけど、焦り過ぎてる気もするわ」

 あかりの考えは正しかった。

 桜華は必殺技を撃てると言う状態で最終ラウンドを迎えれば当然彼女の方が有利になる。

 体力の差を活かして時間切れに持ち込んだ方が良かった。だが全ては結果論だ。

 

 零にしてみれば、やるべき事をきっちりやってこの状況に持ち込めただけでも充分だっただろう。

「とうとう来ましたわね、私と零の戦い。

 その決着を付ける時が……」

 体力は五分。両者1本まるまるゲージが残った状態で始まった最終ラウンド。

 心理的には桜華の方が追い詰められている状況である。

 

 一方零の方はこの勢いを利用してそのまま勝利を掴みたいと思っていた。

 (相手は臆している。一気に決める!)

 攻めるヴォルフと逃げながら貫通ビームで相手の動きを制限していくユファール。

 開幕直後と似た流れになったがユファールの『逃げ』はさらに徹底されたものへと変化していた。

 閃光設置罠を自分の真横に置き、近付かれない様にした後貫通ビームで相手を止めながら相手を飛び越えていく。

 

 最早積極的に攻める姿勢は完全に失われていた。

 勝つと言うよりは負けを回避する為の戦い方だと言って良い。

「逃げ腰だけど、その逃げが徹底したものだとなかなか攻撃が当たらないわね」

「単に逃げていると言うよりは、相手の自滅を願いながら逃げてる感じがするな」

 

 貫通ビームの存在はヴォルフにとって脅威だった。

 画面端から画面端まで一直線に飛んでいきそのスピードは非常に速い。

 ユファールの鈍い動きを補う為の技とは言え、あまりにも強い攻撃となっていた。

「このまま終わりにするワケにはいかない」

 それでも零は諦める事無く愚直に攻め続ける。

 

 相手の攻撃の隙間を見つけてそこに飛び込んでいく。相手が防御した所でその攻めを継続した。

「こうするしかありませんわ!」

 危機を感じた桜華は衝撃波で相手を吹き飛ばすと、相手が起き上がり再びジャンプしながら攻撃しようとした瞬間に必殺技を繰り出した。

 チャンスだと思って前がかりになってしまった零に落ち度があったとはいえ、これは桜華の戦略を褒めるべきだろう。

 

 相手を光球の中に閉じ込めたユファールがそれを爆破させ、ダメージを与える。

 ユファールの残り体力がそこまで少なくなかった為一発KOには至らなかったが、それでもかなりの量のHPが減った。

「うわ、カウンターがモロに入っちまったか」

「この残り時間だとすぐに攻撃が当たらない限り逆転出来ないよ」

 

 桜華は時間切れでの勝利を狙っていた。

 ヴォルフは必死になってユファールを追うが、間に合わない。

『TIME UP!』

 相手の攻めを的確に見抜き、最後まで崩れる事無く徹底した立ち回りを見せた桜華が勝利した。

 

 それは、まるでお通夜の様な光景だった。

 エターナルナイトにいた観客の殆どが、零に惨敗した経験を持つプレイヤーばかりである。

 相手も辛勝したとは言え、零が大事な試合を落としたと言う事実は簡単には受け入れられないものであった。

 

「何とか、勝てましたわ……」

「御見事でございました御嬢様。

 全国大会の優勝にまた一歩近付きましたな」

 染井が桜華に対して労いの言葉をかける。

 桜華は零のもとへ近付くと握手を求めた。

 

「全国大会の会場でお会いする事を、楽しみにしていますわ」

「ああ。その時は、絶対に君に勝ちたい。

 新しい目標が増えて良かったよ」

 零は毅然とした態度で応じたが、その瞳は微かに潤んでいる様にも見えた。

 

 (まさか、零が負けるとは……ただ、桜華自体は実力で勝っていたな。

 何処にも不正は見当たらなかった)

 豊はロボットの『中身』を疑い相手が『公正な試合』を望んでいないのではないかと思っていたが、大きな問題は無かった。

 この短時間で筐体に仕掛けを施す事は不可能である。

 

「比呂子、私の強さを証明する事が出来ましたわ!」

「私個人としては、複雑な気持ちですけど……

 それでも、今は素直に桜華さんを称えたいです」

 桜華にも、比呂子の気持ちは理解出来た。

 零を信頼していた仲間の1人であった比呂子にとって、彼の敗北はショックだった事だろう。

 

 それでも手を握り、笑顔を見せながら桜華の勝利を喜んでくれる比呂子の態度に、彼女は喜びを感じていた。

 (こうして勝てば、皆が私の事を認めてくれるんですわね……)

 そう思っていた矢先、染井が桜華の肩を叩いた。

 

「下賤の民と喜びを分かち合う暇等ありませんぞ。

 これから急いで屋敷に戻り、更なる研鑽を続けましょう」

 半ば乱暴に比呂子を桜華から遠ざけ、汚いものでも見るかの様に振舞う染井の態度はあかりにとって許せるものでは無かった。

 

「アンタ、本当に彼女の事を考えているの!?」

「当然だ。私は御嬢様の事を第一に考えている。

 御嬢様の願いを叶える為に全力を尽くしているのだ。

 お前達凡人とは比べものにならない程身を捧げている事が解らないのか。愚かな女だ」

 

「私はアンタがそう考えているとは到底思えないけどね。

 自分の近くに縛り付けて、野望の為に利用している様にしか見えないわ」

「貴様!」

 

 一触即発の空気が場を支配したが、桜華は染井を窘めた。

「行きますわよ。私には時間が必要ですわ。もっともっと沢山の時間が……」

 店を後にする桜華の後ろ姿は、何故かとても寂しそうに見えた。

「皆さん、またお会い致しましょう。

 全国大会で、私の快進撃を見届けてくださいまし」

 

 染井と黒服達、そして2体のロボットもその後に続く。

「どうせお前達は無様に敗北する運命だ。

 綾小路財閥に挑んでも無駄だと思い知るがいい」

 彼等が去った後、静寂は破られ、様々な場所でざわめきが起きた。

 

「でも、零さんにだって勝つチャンスはあったよな。

 これから対策を練れば勝てるよ」

「桜華より、あのロボットの方がやばいだろ。

 あんなのと戦って勝てる気がしねぇもん」

 筐体前の席に座ったまま俯き、身動き1つしない零に豊が近付き、声をかける。

 

「……残念だったな」

「いや、後悔はしてないよ。

 全て自分が選んだうえでの結果だからね。

 ただ、自分の全力を出して惜敗したと言う事実はとても重い。

 暫く、後を引く事になりそうだ」

 

 零は言葉を選びながら、淡々とそう答えた。

 膝に触れている両手に自然と力が入る。

「正直な気持ちとしては、勝ちたかったな……」

 涙が頬を伝い、零れ落ちる。

 桜華とは過去音楽界で戦ったライバル同士であっただけに、ショックは大きかった。

 

「また初心に戻ってやり直さないとね。

 私達は前を向いて、進んでいくしかないの。そうでしょ?」

 あかりの励ましに対して、零は何も言わず、ただ静かに頷いた。

「それにしても、あのロボットは明らかにおかしかった。間違いなく中に人が入ってる」

「確かに、去年と違ってあの大きさだと人が入っていても不思議じゃないね」

 

 涼介は豊の考えに同意した。

 彼も試合を見ていて、疑問に思う部分があったのだ。

「桜華さんは、その事を知っているんでしょうか?」

「それはどうとも言えねぇな……

 ただ、演技だとしたら女優も顔負けだ。桜華はその事を知らないと思う」

 

 重苦しい時間が続いた後、その雰囲気を変えたのは店に入ってきた1人の女性だった。

「すいません、兄さんはこちらに来ていないでしょうか?」

 金髪の少女は、そう言いながら店内を見回した。

 鋭い目つきと整った目鼻立ちは、ある人物の顔によく似ている。

 

「玖留美ちゃん……?」

 豊がそう呟くと、金髪の女性は豊の存在に気付き近寄ってきた。

「豊さん、兄さんが行方不明なんです。

 最後に兄が私に言った言葉を頼りに訪れそうなゲームセンターを片っ端から調べていたんですが……」

「行方不明……?」

 

 豊の心の中で、1つの結論が生まれようとしていた。

「この人は?」

 あかりにそう問われた豊は、彼女の方を見ながら紹介する。

「彼女は九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)さん。

 東京都認定ZEROゲーマー、九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)の妹さんだよ」

 

 豊は取材の際、何度か彼女と会った事があった。

 瞳と同じ様に兄思いの良い妹だった事を覚えている。

「8月の終わり頃、兄さんが『ゲームセンターに行ってくる』と言って出かけた後行方が解らなくなってしまったんです。

 警察にも相談して、捜索してもらっているんですが手掛かりが全く無い状態で……」

 玖留美もまた、ZEROのプレイヤーとして有名だった。

 

 兄ほどの実力は無かったが、東京のゲームセンターで行われた店舗大会で優勝する等、実績は残している。

 藁をもすがる思いでこの店を訪れたのだろうと思い、豊は彼女の肩に両手を置いた。

「玖留美ちゃん、冷静になって聞いてほしい。

 確証があるワケじゃ無いが、君のお兄さんが今いる場所は解るよ」

「そ、そうなんですか?」

 

「ただ、相手は天武日本の三大財閥である綾小路財閥だ。

 下手に動くと大変な事態を引き起こしかねない。

 君のお兄さんを救う方法はただ1つ。

 全国大会であのロボットの化けの皮を剥がすしか無いんだ」

 豊は先程の桜華が連れてきたロボットの事を話し、その中に拓巳と剛がいるのではないかと言う考えを玖留美に伝えた。

 

「もし、それが真実だとすれば、とても許せません。

 兄さんを道具の様に扱うなんて……」

「さっきも言ったけど、あくまで俺の考えが正しければの話だ。

 証拠は今の所何1つ無い。

 相手は警察や法曹界にも絶大な影響力を持っているんだ。

 下手に首を突っ込めば大変な事になる」

 

 豊は懸命に玖留美を宥めた。

 それは彼女を危険な目に遭わせたくないと言う親切心から出たものだった。

 もし彼女が暴走して命を失う様な事になれば一番悲しむのは拓巳本人であろう。

 豊は心からそう思っていた。

 

「全国大会で、青龍と玄武に勝つ。

 それしか君のお兄さんを救う方法は無い。

 俺達と一緒に練習すれば、その目標をクリアする事は難しい事じゃないんだ。そうだろ?」

 玖留美は暫く逡巡していたが、やがて決意に満ちた表情で頷くと、零の方を見た。

 

「宜しくお願いします」

 零に向かって頭を下げる玖留美には、『誰に頼るべきか』と言う疑問に対する答えが見えていたのだろう。

 九龍拓巳が『自分の全力をすべてぶつけて勝ちたい相手』とまで言った男、氷室零。

 彼に教えを乞い、知識やテクニックの全てを吸収すれば、兄にも負けないプレイヤーになれる。

 

「僕で良ければ、力を貸そう」

 零にとっては、もう一度前に進む為のきっかけを貰った様なものだった。

 負けた事実は覆らないが、勝ちたいと思う気持ちや、大きな目標が生まれた。

 今はそれだけで充分だったのかもしれない。

 

「1人で背負わないでよ、零。私達もいるでしょう?」

 あかり、涼介、比呂子も集まってくる。

 彼等だけでは無い。エターナルナイトにいた客が次々に彼女の近くにやってきた。

 

「俺達に出来る事があったら、何でも言ってくれ。力になるぜ」

「元から財閥の連中は気に食わなかったのよ。

 この機会に、ギャフンと言わせてやりましょう!」

 多くの善意に囲まれ、玖留美は感謝の涙を流した。

「有難うございます皆さん。兄さんを救う為に、力を貸してください!」

 

 鬨の声の様な大歓声が巻き起こり、零がその先頭に立つ。

「目指すは全国大会。

 1人でも多く予選を突破して、優勝を目指そう。そして拓巳さんを助けるんだ」

 決意に満ちた表情で語る零の顔にもう迷いは無かった。

 己の為だけで無く、皆の為に。その心を糧にして、彼は全国大会制覇を誓った。

 

 漆黒に彩られたリムジンの中に、綾小路桜華と車を運転する染井の姿があった。

 彼は桜華の『何でも屋』である。

 運転手もこなし、護衛のリーダーであり、経営のアドバイザーもこなす。

 先代の獅子王が探し当てた『光り輝く宝石』として迎え入れられ、以後何十年にも渡って財閥を成長させてきた。

 

 だが最近は強引な買収や政治家との癒着等、黒い噂が絶えない。

 桜華はその事実を全く知らなかった。

「染井、先程の件ですけれど……

 私の為に、綾小路財閥の為に働くと言った言葉に嘘はありませんわね」

 

「勿論でございます。私は財閥によってこれ程の暮らしが出来る身。

 全ては先代獅子王様のおかげでございます。

 その獅子王様が心から愛していた御嬢様の為に粉骨砕身努力する事は当然でございましょう」

 染井の言葉に嘘は無かった。だからこそタチが悪かった。

 桜華に真実を伝えない事こそが彼女の為になるのだと信じ、牢獄の様な屋敷の中で帝王学を学ばせる事こそが大切なのだと思っていた。

 

 ZEROの筐体を購入し、彼女に様々なテクニックを授けたのも染井である。

 彼女が公の場で優勝し、綾小路財閥の名を世間に轟かせる事こそが彼女の為、財閥の為になると信じていた。

 その彼の歪な愛情の裏で、桜華は実に多くのものを失ってしまった。

 クラスメイト、楽しい学校行事。

 外で思い切り遊んだり、他愛も無いお喋りを楽しんだり……

 

 そういった『心の触れ合い』を体験してこなかった桜華は、心の奥でその寂しさと必死に戦っていた。

 彼女もまた、そうする事が綾小路財閥の為になるのだと信じ込まされてきたのである。

 

「染井、私は貴方を信じていますわよ。

 共に頂を目指して、頑張りましょう」

「はい。早速屋敷に帰って特訓を開始致しましょう。

 零も同じ様に鍛錬に励むハズ。

 練習量で奴を上回れば御嬢様の勝利はますます揺るがぬものになりますぞ」

 

 桜華を乗せた黒の囚人護送車が豪邸と言う名の刑務所へと向かっていく。

 彼女に『自由』は許されていなかった。

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