心は弱いけど芯は強い。でも幸せにはなれない運命を背負った人物。
そういった彼女の不器用な生き様を感じてもらえれば幸いです。
戦国時代、名の知れた大名は万が一にも敵に討たれない様に、影武者を側に置いていた。
影武者は本人と容姿の似た者が本人そっくりの恰好をして、敵の目を欺く戦法の1つである。
本人が何処にいるのか解らなくしたり、本人を逃がす為に影武者が殿を務める等、用途は様々だった。
そして現代社会においても影武者の様に本人では無い者を本人の様に仕立てあげる事は盛んに行われている。
誰かを自分そっくりに仕立て上げる理由。
狩谷優が『影武者』を仕立てた理由は、大切な人を傷付けまいとする心からだった。
狩谷(かりや)優(まさる)は古都府の出身で、物心がつく前に両親が離婚。
優の親権は父親のものとなり、母親は関東の方へ行ってしまった。
家にはもう母親の写真も何も残されておらず、父親も母親の事は話したがらなかった為顔も解らぬまま月日が過ぎた。
大学進学直前に、父親が他界した。
ストレスを溜め込んでいたらしく、飲酒運転を行いトラックに正面から激突。
遺体の顔は最早判別も出来ぬ程の状態だった。
葬式の後、長い間連絡手段も無かった母親から突然電話がかかってきた。
『貴方に教えておかなければならない事があるの。東京の方に来てくれない?』
二つ返事で了承すると、優は母親にこう告げた。
『俺も話しておかなければならない事があるんだ』
千葉県で暮らしていた母親の住居は、比較的質素なものだった。
奥の部屋へ向かうと、そこに中年の女性と、狩谷優と全く同じ顔をした青年がいたので彼は驚いた。
「久しぶりね、優。
貴方は私の事を覚えていないでしょうけど」
「顔を見るのも生まれて初めてだよ、母さん。……この人は?」
母親に促されるまま、青年は彼と同じ声で話し始めた。
「初めまして。井島(いじま)豊(ゆたか)と申します。
母親の井島(いじま)百合(ゆり)に引き取られた、貴方の双子の弟です」
優にとって、信じられない事実だった。
父親は生前何一つ母親の事を語らなかったが、兄弟がいる事も明かしてくれなかったのだ。
「俺に、双子の弟がいたなんて……」
「俺も、ちょっと前に母さんから聞いたばかりで、まだ完全に受け入れられていない状態なんだけど……
俺達はそれぞれ幼い頃父親と母親に引き取られて、お互いの存在を知らないまま育ってきたんだ」
全く同じ顔を持つ豊であったが、声のトーンは違っていた。
豊は声が高く早口だったが、優は低い声で思慮深く喋る為遅めの喋り方をしている。
「ずっと長い間黙っていてごめんなさい。
貴方達にその事を告げてしまうとあの人にまた会わなければならなくなるんじゃないかと思って怖かったのよ。
あの人が亡くなったからもう隠している必要も無いし、打ち明けようと思ったの」
暫くの間沈黙が続いたが、優の隣にいた女性が自己紹介をした。
「初めまして。兎川(うかわ)真紀(まき)と申します。
優さんと交際させてもらっています」
鋭い目つきをした金髪の少女は、決意に満ちた表情で優の母親の方を見ていた。
「貴方が話したかった事と言うのは、この事だったのね」
「……母さん。俺、この人と結婚しようと思っているんだ。
古都の方で一緒に暮らそうと思ってる」
母親は笑顔を見せ、深く頷いた。
「今まで貴方達に辛い思いをさせてきたんですもの。貴方を縛るつもりは無いわ。
好きにしなさい。これからは自由に、羽ばたいていって」
父親の存在を求めていた豊とは違い、優は母親に会えた事だけで満足していた。
寧ろ母親がそう言ってくれた事が嬉しかった。
彼はずっと、『新しい家族』を作りたいと思っていたのだ。
「離婚した後ずっと俺に連絡もしてこなかったんだ、御袋は。
そんな相手に義理も何も無い。
反対されたとしても絶対に結婚するつもりだったよ。
俺は俺の家庭を持って、今までの家族から離れたかったんだ」
母親と別れ、近くの公園のベンチに腰をおろした優は、隣に座っていた豊にそう言った。
「俺は……兄貴とは逆だな。
小さい頃から父親に会いたいってずっと思ってた。
出来る事なら普通の、当たり前の家族に戻れたらいいなって思ってたよ。
それが無理だと解った時、恋に対して臆病になった。
結婚して一緒に過ごす様になったら、些細な事で喧嘩して離婚なんて事になりかねない」
豊は双子の兄の婚約者がいる前であえて自分の思いを打ち明けた。
「そういう考え方もあるかもな。
でも、俺は真紀と出会って、沢山のものを貰ったんだ。
これからは結婚して、その貰ったものを返していかなきゃならない。
一緒に生きていくって言うのは、そういうものさ」
「もう付き合って何年にもなるから、彼の事は解ってるつもりよ。
勿論、お互いに妥協しなきゃいけない事はいっぱいあるわ。
そういう困難を乗り越えた先に、きっと幸せな未来が待ってるって私達は信じてるから」
真紀は優の手を取ると微笑み、豊の方に目線を移す。
「ただ、貴方に1つだけ守ってもらいたい事があるの。
私と優の関係を、黙っていてもらえないかしら。
闘戦興の編集員である貴方なら私の素性に薄々気付いていると思うけど……
私は今年の全国大会を最後にZEROプレイヤーを引退しようと思ってる。
私にとってこれが最後の挑戦。
全国大会の決勝戦が終わるまでの間、私に付き合っている人がいる事が知られると色々と都合が悪いのよ。
お願いしてもいいわよね?」
兎川真紀は全国大会の決勝トーナメントに進出した事もある強豪プレイヤーであったが、古都で夫婦として狩谷と過ごす為に引退を決意していた。
彼女がマスコミや周囲の人々の目に晒されない様に、狩谷との関係を黙っておいてほしいと豊に頼んだのだ。
「勿論ですよ。兄貴だってそれを望んではいないでしょうし」
「有難うな。色々と迷惑をかけちまって」
優はばつの悪そうな顔をしたが、豊は別段気にするワケでも無く、笑顔を見せた。
「いきなり俺がお前の兄貴だって言って、兄貴面してるのも嫌だろ?」
「全然。寧ろ嬉しいよ。
俺、母さんと俺だけだってずっと思ってたから、他の家族がずっと欲しかったんだ。
手に入るはずの無い夢だった。
でも突然こうやって兄貴が出来て、色々頼りにしてくれると面白くてさ」
自分と全く同じ顔を持つ兄が突然目の前に現れた現実を豊は素直に受け止めていた。
「それと、私は今度貴方が通っているゲームセンターの主要メンバーと真剣勝負をしたいと思っているの。
貴方の仲間がいる前で再会する事になるでしょうけど、その時も他人のふりをして頂戴」
「解りました。兄貴も来るの?」
「ああ。今更兄弟だって言ってお前の仲間の所に出向くのも恥ずかしいんだ。
俺もお前とは無関係って事にしておいてくれ」
豊は真紀と優の意見を尊重した。
あかりや比呂子に対して、ちょっとした秘密を持ったと言う事実は彼をワクワクさせた。
秘密を持つと言う事はそれだけで楽しい事でもある。
秘密の会合や秘密基地の様に、面白い事が起こる期待感があるものだ。
それ以後、豊は優と2人きりで話す時以外は、赤の他人を装う様になった。
2005年、9月。狩谷優は千葉県宮本市にあるアパート貧荘を訪れていた。
古都府にいる地元の仲間、家族、親戚を招く事になる真紀との結婚式を来年の3月に行う予定を立てており、実の弟である豊にそれを直接報告して話し合う為である。
「今、アパートの前にいる」
『了解。すぐに降りるわ』
あかりが出かけている間に豊は優と合流し、近くの喫茶店で話し合う事にした。
「御注文が決まり次第、お声をかけてください」
「あ、ハニーミルクのホットで。あとホットのブラックコーヒーもお願いします」
店員が去った後、優は周囲を見回しながらポケットから煙草を取り出し、火を付ける。
「それにしても、俺と兄貴は双子なのに嗜好が全然違うよな。
俺、軽い煙草しか吸えねぇし」
「特に不思議な事でも無ぇだろう。
同じ家で育ったのならともかく、別々の家で生きてきたんだ」
喫煙席は政府の関与もあり年々減少傾向にあったが、この喫茶店ではまだ残っていた。
「結婚式は来年の3月でほぼ確定だ。
場所は古都府にあるゴブリンガーデン結婚式場。
内輪のみの質素なものにしようと思ってる。
お前には祝賀スピーチもしてもらうぞ」
「俺、そういうの苦手なんだよなぁ。スピーチとかした事無ぇのに」
「やってもらわなければ困る。
実の弟から何の言葉もかけられない兄がいるか?」
外に映る人々を見つめながら、優はそう言うと運ばれてきたコーヒーを一口飲んだ。
「そういえば、兄貴は酒飲めるの?」
「嗜む程度ならな。真紀はかなり強い方だ。
古都で売られている日本酒を一瓶全部飲み干した事がある」
「いや、めでてぇ席だし、酒でも持っていこうかと思っててさ」
豊は祝いの席での贈答品を酒にしようと考えていた。
「真紀は喜ぶと思う。酒は贈答品としては無難な所だからな。
他の者にも飲んでもらえるだろうし、良いんじゃないか」
「日本酒が良いんだったら、『赤鬼』とかどうよ。
真紀さんが扮してるのは青鬼だけど」
優は既に色々な手続きを済ませており、豊にそれを報告するのが話し合いの主な内容となっていた。
「しかし、兄貴が結婚かぁ……
20歳で結婚なんて、早いもんだよな」
「そうかな。お互いが好きだとはっきり言える出会いがたまたま早かっただけだ。
俺が真紀と言う結婚相手に巡り合えたのは幸運だったんだろう。
お前もいずれ、そういう相手が見つかるさ」
「どうかなぁ。結婚は結構重いモンだし……
お互いに色々背負う形になるのが嫌って言うか」
話し合い自体は1時間程度で終わり、2人は喫茶店を出た段階で別れる。
豊と別れた後、優は急ぎ足で駅へと向かっていた。
(遭遇する確率はそこまで高くは無いだろうが……用心する必要はあるな)
辺りを見回しながら慎重に、けれど早歩きで商店街を通り、駅を目指す。
「師匠?」
だが駅の入り口近くまで来た所で、彼は駅前のドラッグストアに立ち寄っていた比呂子と出くわしてしまった。
(こんな土壇場で……ついてないな)
「どうしても2人きりで話したい事があるんです。
ちょっと時間を頂いても宜しいですか?」
観念した優は、比呂子と共に駅の裏手にある自転車置き場へと移動した。
「話したい事って、一体何だ。
お前はもう自分の足で歩いていくべきだろう。手短に頼む」
真紀の事を思い、もう比呂子とは距離を置こうと思っていた優であったが、比呂子の言葉は衝撃的なものだった。
「告白させてください。師匠、貴方の事が好きです。
人を心から好きになったのは生まれて初めてですけど、本気で貴方を愛しているんです」
その言葉に優は面食らった。
僅か数ヶ月と言う短い間に、ZEROのレクチャーをしただけの相手と言う認識だった優にとっては、思いもよらぬ告白である。
だが比呂子にしてみれば、生まれて初めて自分に対して親身になって接してくれた男性だ。
自分1人では到底辿り着けない場所へと誘ってくれた、彼女にとって大切な人だった。
「待ってくれ、俺は……」
「師匠には結婚を誓った人がいるんですよね。
この告白が何の意味も持たない事は自分でもよく解っているんです」
その言葉を聞いて、さらに優は面食らった。
「……何処まで知ってるんだ?何故知ってる」
兎川真紀と自分の関係を知っているのは彼の親類に限られていたハズだった。
絶対に周囲には悟られない様に努力していたつもりだっただけに、比呂子の言葉はより衝撃的なものとなる。
「古都で知りました。
申し訳ないとは思いつつも、師匠の後を尾けてしまったんです」
優の頭の中で疑問と恐怖が生まれ始めていた。
彼女は全て知ってしまっている。
恐らく橋の上で真紀と会った時、背後に比呂子がいたのだろう。
この事を喋られてしまっては、今までの努力が水の泡だ。
天邪鬼は闘戦興でも紹介された事があるプレイヤー。
彼女に結婚相手がいる事が解ればマスコミはこぞって騒ぎ立てる。
そうなってしまっては最早集中して最後の全国大会に挑む事など出来ない。
優にしてみれば、このネタで脅迫されている様なものだった。
比呂子にはそんなつもりは全く無かった。
ただ、優に結婚相手がいようとも比呂子は自分の気持ちを素直に伝えたかったのだ。
「……何を、望んでるんだ」
掠れた声を、優は何とか発する事が出来た。
とても弱々しい、『敗北』を認める様な声だった。
「1つだけ、師匠にお願いしたい事があります」
比呂子は意を決して、その願いを優に告げた。
「私を、抱いてください」
一瞬、優は比呂子が何を言っているのか、理解する事が出来なかった。
「馬鹿な女だって、自分でも思ってるんです。
でもこの気持ちをどうしても抑える事が出来なくて……
師匠の結婚相手である真紀さんに、迷惑をかけるつもりはありません。
私は、師匠への思いをその1回で断ち切ります。
断ち切ってみせます。だから……お願いです」
それは最早脅迫では無かった。
涙を流しながら、優の肩に両手を乗せ心から懇願する。
「一度だけで良いんです。私を抱いてください」
それを断ると言う選択肢は優にはもう無かった。
真紀との関係をばらされる可能性がある以上、この比呂子の懇願を断る事は出来ない。
しかし、ばれようがばれまいが、比呂子と寝る事は結婚相手である真紀への裏切り行為に他ならなかった。
(酷い四面楚歌だ。
比呂子を抱いたら地獄、抱かなくても地獄とは)
暗闇に塗り潰されていく彼の心の中に浮かんだのは、一卵性双生児である弟の無邪気な笑顔だった。
『頼む。もうお前しかいないんだ』
豊は陰鬱な気分であろう実の兄の声を、自分の部屋で聞いていた。
突然かかってきた兄からの電話を軽い気持ちで取ったが、今はそんな気持ちにはなっていない。
「無理だよ。そんな事……
比呂ちゃんとセックスしたなんて事があかりにばれたら、俺が殺されちまうよ」
『俺はばれようがばれまいがそんな事をしてしまったら終わりなんだ。
頼む、一生の願いと思ってどうか引き受けてくれないか』
豊ならば優の『身代わり』を務める事が出来る。
優に双子の弟がいる事は知らない比呂子を騙し通すには、この方法しか無いと思っていた。
「……そんな事言ってもさ……」
ひそひそ声で話しながら、豊は比呂子の顔を頭の中に思い浮かべていた。
彼女は純粋で、とても良い子だ。
そんな彼女の気持ちを裏切る事は、豊にとっても苦痛でしか無い。
何より自分やあかりの『仲間』であり、そんな彼女を騙す事はとても心苦しい事だった。
「断れないのかよ」
『それこそ無理な相談だ。
比呂子は俺と真紀の関係を全て把握してしまっている。
下手に断って周囲に秘密を洩らされたら、真紀の最後の晴れ舞台の機会は永遠に失われてしまうんだ』
優も比呂子の気持ちを裏切る事に対して痛みを感じている様だったが、彼にとって一番大切な存在は兎川真紀であり、彼女では無い。
二者択一を迫られれば、絶対に真紀の気持ちを大事にするだろう。
豊にも兄の気持ちは理解出来た。
『豊。俺を救うと思って、一度で良いから悪人になってくれ。この通りだ』
頭を下げに下げた姿すら容易に想像がつく、悲痛な訴えだった。
(比呂ちゃんと、俺が……セックスする事になるなんて。
しかも、俺が兄貴のふりをしてセックスを……)
今の今まで比呂子を性的な目で見た事が無い豊にとって、それはなかなか受け入れ難いものであった。
豊としては比呂子の事を可愛い妹の様に見ていた部分があった。
あかりもそれは同じだろう。
性行為に至ってしませば、もうそんな目で比呂子を見る事は出来なくなるかもしれない。
心の痛みで言えば、久緒とセックスした時の比では無いだろう。
だが、彼は引き受けてしまった。
懇願する兄の頼みを、結局断る事が出来なかった自分の心の弱さを豊は痛感していた。
(大丈夫だ。この1回さえ終われば何も無かったのと同じ。
比呂ちゃんは満足して兄貴への思いを捨て去り、兄貴は何の障害も無く真紀さんと結ばれる事になる)
必死で自分で自分に言い聞かせる言い訳がましさに、豊は呆れていた。
「馬鹿だよなぁ、俺は」
もう約束してしまったのだ。後戻りは出来ない。
そして、この企てが比呂子やあかりに露見する事も許されない。
優になりきる努力と彼と同じ服を購入する資金。
自分は兄貴を側で見てきたのだ。演技力さえあれば何とかなる。
豊は何度も何度も壊れたカセットデッキから流れてくる音楽の様に心の中で言い訳を繰り返していた。
約束した日時は、次の日曜日の午前11時。
場所は、東京ランドマークタワー周辺に存在するラブホテル街の入り口付近。
794mと言う天武日本では最も有名かつ国内一高い電波塔で、周辺には飲食店や観覧車等の見所が多数存在している。
カップルが圧倒的に多く、当然そんな場所には歓楽街も作られる。
ラブホテルでは片方の身分証明書さえ見せれば、中に入れると言う『稼ぎ重視』のチェックの甘さも有名だった。
優から借りた運転免許証は鞄の中に入っている。
身分詐称までしなければならないと言う重圧に豊は今すぐ待ち合わせ場所から逃げ出したい気持ちにかられていた。
(ああ、何でこんな事になっちまったんだ)
心の中でぼやきつつも、豊は待ち合わせの時間ぴったりにやってきた比呂子の姿に驚かされた。
「師匠。待ちましたか?」
恐らく、メイクの技術や服選びが上手な東郷(とうごう)恵(めぐみ)のアドバイスに従ったのだろう。
精一杯の御洒落に慣れないハイヒールの靴。
万が一の為の用心なのかウィッグまで付けてまるで別人の様になっていた。
普段の少しだけ根暗に見えるショートカットの彼女とは全く違う姿に、思わず豊は見惚れてしまう。
「凄いな。お前が自分で選んだのか?」
「これなら、女子高生には見えないでしょう。
友達に選んでもらったのもありますけど、殆ど自分で決めました」
それが優には嘘でも通用して、豊には通じない事を豊は知っていた。
内気で人見知りな所がある比呂子に、そもそもそんな知識があるハズが無い。
「凄く綺麗だ。よく似合ってる」
動揺を悟られない様に、優の声色を完全に再現する豊。
元々同じ声なのだ。トーンさえ変えてしまえば、見破られる事は無い。
「行きましょうか」
決意を滲ませる彼女の口調には、豊と同じ様に後戻りが出来ない自分に活を入れている様な部分があった。
ホテル街を訪れた2人は、緊張した気持ちのまま適当に選んだラブホテルの中に入った。
「只今の利用状況ですと、お部屋が空くのは12時からになります。
休憩時間3時間で1万円。
延長料金は30分毎に1000円ずつ加算されていきますのでお気を付けください」
身分証明書の提示を求められ、豊は優の運転免許証をフロントの人間に見せる。
「はい。有難うございます。
御客様、まだお時間がございますがロビーでお待ちになられますか?」
「そうさせてくれ」
ラブホテルにしてはロビーはまるで普通のホテルと変わらなかった。
人気の無い場所に座った2人はそれぞれのプレッシャーから無言のままになっている。
「……今日は、私の願いを聞いてくださって、本当に有難うございます」
ぽつりと優に対して漏らした一言が、豊の心に突き刺さった。
「本当に良いのか?俺なんかで。
俺には結婚相手がいるんだぞ。
全く叶わない恋に対して意地を張るより、新しい相手を見つけてみたらどうだ」
豊は比呂子が何とか思いとどまってくれないかと言う望みを込めて、そう言った。
「これは、私の感謝の気持ちでもあるんです。
ZEROの腕が上がらなくて涙を流していた私に、師匠は優しく手を差し伸べてくださいました。
だから、私の全てを師匠に捧げたいんです。
迷惑なのは解っています。でも……私はどうしてもそうしたくて」
優の望みでは無く、比呂子自身の望みである事は豊も承知していた。
そして、決意に揺らぎが無い事を知った豊は、諦めて彼女を騙し通す道しか無くなった事を悟った。
(そうだよな。比呂ちゃんは昔から芯の強い子だった。
虐められていた弱さはあったけれど、自分の信念は絶対に曲げなかった。
それは、初めて彼女と会った時から気付いてたんだ)
久緒と同じ18歳の少女とのセックス。
ただあの時とは状況が全く異なる。
別人の様に振舞いながら比呂子を抱かなければならないのだ。
豊は全てが一刻も早く終わる事を祈っていた。
カードキーを使って入った部屋はラブホテルではお馴染みの大きな円形の回転するベッドがあるベッドルームと、バスタブ・シャワー付きの風呂場のみと言う簡単な作りだった。
3時間1万円と言う高額故か、枕や布団の質が高い。
バスタブも、2人が入っても充分なスペースが確保出来る程広かった。
(ま、ラブホテルなんて寝るかやるかのどっちかの用途しかねぇんだからこれで良いんだよな)
生まれて初めてラブホテルの部屋の中に入った豊は少々テンションが上がっていたが、何とか堪えて平静を装う。
「師匠、先にシャワーを浴びてきてもらえますか。
その後で私も浴びます」
豊は頷くと、シャワールームの入り口にあるカーテンを閉め、服を脱ぎそのままシャワーを浴びた。
何時もは長い髪を上げている豊であったが、今は優と同じ様に髪で瞳を覆い隠している。
(まだ、何の実感も湧かねぇや。
全然現実感が無くて、今も夢の中にいるみてぇだ)
おめかししてきた比呂子と、ラブホテルの中に入りこれからセックスをするのだ。
何もかもが日常とはかけ離れており、豊の中でもまだ非現実さが拭えずにいる。
だが、精神の高揚からなのか、陰茎は完全に皮が剥け、雄々しく反り立っていた。
「情けねぇ……」
罪悪感よりも性欲の方が上回っている自分が恨めしくもあった。
比呂子と行うセックスは生まれついての才能を持つ名器持ちのあかりや、腹筋の鍛えによって抜群の締まりを持つ久緒とのセックスとはまた違った魅力があるハズだ。
心の何処かでそんな役得感情が生まれており、期待に胸が膨らんでいる。
だが心の中に占めるその期待は僅かなものであり、殆どはプレッシャーと早く終わらせて帰りたいと願う精神的疲労感だった。
比呂子がシャワールームからバスタオル姿で出てきた時、部屋は薄暗くなっていた。
「師匠……」
「恥ずかしいだろ。配慮してやったんだ」
豊は同じく股間をバスタオルで隠しただけの姿でベッドの端に腰掛けていた。
豊本人は比呂子の裸体をしっかり見ておきたかったが、セックスの最中に髪が乱れ自分の目が見えてしまう事を警戒した為明りを弱くしていた。
「助かります」
比呂子はそれを配慮だと信じて疑わない。
人を疑う事を知らない、底抜けにお人よしの性格が豊の良心を強く抉る。
(ああ、なんて良い子なんだ比呂ちゃんは。
出来る事なら、何をする事も無く穏便にこの場からいなくなりてぇ……)
比呂子に対する気持ちと性欲の間で心が揺れ動いた。
比呂子はバスタオルを付けたまま、豊の隣に腰を下ろす。
「後ろで色々指導してもらった事はありましたけど、隣に座ってもらったのは今日が初めてですね」
屈託の無い笑顔を浮かべる比呂子に対して、豊は何も言う事が出来ず俯いた。
「師匠、私……師匠の事が大好きです。
だから、今日は私の全てを受け取ってください」
そう言うと、比呂子は当たり前の様に目を閉じて、唇を突き出して豊の顔に近付いていく。
(そういや、あかりとはあんまりキスした事無かったなぁ)
夢遊病患者の様に心は上の空で、豊は現実逃避するかの様に今目の前で起こっている事とはまるで違う事を考えている自分が情けなく感じた。
全て夢だと割り切ろうと開き直る形で、その動きに応じる。
唇が重なり、2人は数秒間そのままの状態でいた。
ベッドに仰向けの状態で横たわった全裸の豊。
その猛る股間に、比呂子の舌が触れる。
「気持ちいいですか?」
バスタオルを外して、生まれたままの姿になった比呂子は、豊の陰茎を舐めていた。
薄暗い室内でも目をこらせば、比呂子の裸体を確認する事が出来る。
あかりと比べれば、お世辞にも男を魅了する身体だとは言えない。
僅かに膨らんだ胸、健康的とは言えない痩せた体つき。
股間には毛も生えていなかった。
「剃ってるのか?」
豊の問いに対して、比呂子は頬を赤らめながら頷いた。
「ちょっとは生えるんですけどあまりにもみっともないので、剃ってるんです」
あかりと比べる事自体が酷なのかもしれない。
あまりにも魅力的な身体を持つあかりと比較すれば劣るだけであり、平均よりは魅力的だと言えそうだった。
165cmとやや高めの身長を持つ比呂子だが、182cmの豊からは小さく見える。
(随分大きい……こんなに熱を持ってるものが、私の中に入るんだ)
性知識は一応持っている比呂子であったが、実際に勃起した陰茎を目にするのは初めてであった。
丁寧に扱わなければ相手が痛がる事を知っていた比呂子は、噛まない様慎重に陰茎を口に含む。
顔から火が出る程恥ずかしかった比呂子であったが、相手に喜んでほしいと願う心が原動力となっていた。
垂直に反り立つ陰茎の近くに自分の股間を寄せ、比呂子が膝立ちの状態で近付いてくる。
「それじゃあ……挿れますよ」
身体が小刻みに震え、その震えは密着している豊にも伝わってきた。
「まだ、引き返せるぞ」
そう言って事態を収束させようとする豊に対して、比呂子は首を横に振った。
「私が私の我儘でここまで来たんです。
絶対に引き返したりなんかしません」
膣口に陰茎の先端をあてがい、ゆっくりと沈めていく。
比呂子の膣が根元まで熱く滾る肉棒を飲み込んだ瞬間、凄まじい激痛が彼女を襲った。
「んんんんんんんッ!!」
必死に歯を食いしばり、襲い掛かる激痛と戦う比呂子。
一方豊の方は、狭い膣壁に包まれ快楽に溺れていた。
(うわ、比呂ちゃんの膣ってこんなに狭いんだ。
締め付けてくると言うよりは俺のモノが無理やり押し広げてる感じがする)
涙が溢れ、比呂子は豊の肩に手を置くと、その肩をしっかりと握り締めた。
「痛ッ」
「ふーッ、ふーッ……」
息を何度も吐き、呼吸を整えようとする比呂子であったがあまりの激痛でその場から動く事も出来ない。
涙を流しながら、比呂子はやっとの思いで唇の端を上げた。
「師匠、私達……繋がってるんですね。嬉しい……です」
喋るのも苦しそうな比呂子であったが、豊はその気持ちの良さに耐え切れず下から軽く彼女を突き上げる。
「はぐッ!!」
涙を流し続ける彼女の事が見ていられず、豊は上体を起こすと繋がったまま比呂子を優しく抱き締めた。
「痛いか……少しの間だけ我慢しててくれ。
なるべく早めに終わらせる」
その抱き締めに応じ、比呂子は痛みと感動から来る涙を流す。
「はい……師匠、好きです。大好きです」
どうせ激痛は暫く続くのだからと、豊は何度も膣の奥を目指した。
比呂子の負担を軽減する様に、抱き締めたまま繋がる。
狭い膣が、突然無理やり入ってきた異物を排除しようときつく締め上げ、それが豊の陰茎に快楽を与えていた。
「師匠の熱いものが……私の中で暴れて……」
激痛を少しでも緩和させようときつく豊を抱き締め、荒い息を吐く比呂子。
一方豊は陰茎を出し入れするものの、なかなか達せない事に焦りを感じ始めていた。
(あかりの膣内(なか)に慣れ過ぎたのか?)
常日頃あかりの名器に陰茎を扱かれ、1分もたずに射精してしまっている豊であるが、決して早漏と言うワケでは無い。
寧ろ相手が悪いと言うべきであり、普通の女性相手ならば耐え抜く事が出来る。
だがあかりとばかりセックスを続けていたせいで、『通常の女性器』で得られる快感が物足りなく感じてしまっていた。
焦れば焦る程射精出来なくなる。
だが痛みに耐える比呂子の為にも早く解放してやりたい。
それでも、気持ちは良いのだが射精出来ないと言う状態は数分間続いた。
「ま、まだ……ですか?師匠。ちょっと私、もう……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠しつつ、比呂子はそう呟いた。
「まだだ。もう少し時間をくれ」
手応えはある。全く快感を感じない事は無い。
豊は比呂子をベッドに横たわらせると、自分から動き、腰を振る。
「ひぐッ、あう……うぁ」
涙で酷い顔になってしまった事を理解した比呂子は両手で顔を覆いながら最早声にもならぬ声を発していた。
(よし、いける……うッ)
挿入してから5分は経過しただろうか。
比呂子にとっては十数分程に感じられたのかもしれない。
豊は膣奥に己の欲望を吐き出すと、荒い息を吐きながら萎えかけた陰茎を引き抜く。
「はぁ……はぁ……はぅぅ……」
だらしなく口を開け、止まらぬ涙を手で拭う比呂子。
膣からは精液と血が混ざり合ったものが溢れ出していた。
(終わった……後は服を着て、帰るだけだ。
誰も傷付かない。大丈夫、何も問題は無い)
鈍い膣の痛みに苦しむ比呂子を見ながら、豊は再び自問自答を繰り返していた。
薄暗さに不便を感じた豊は、比呂子がベッドシーツで裸体を隠しているのを見てから部屋の明りを強める。
だらしなく萎えた陰茎を再びバスタオルで隠した後、何気なく鞄から煙草の箱を取り出し、ライターの火を付けた。
この部屋は禁煙では無く、自由に煙草を吸う事が出来る。
比呂子はやっとの思いで我に返ると、煙草を吸っている豊を眺めていた。
(師匠……私、一度だけとは言え師匠とこうやって愛し合う事が出来たんですね)
まだ痛みは残っていたが、繋がる事が出来た嬉しさの方が勝っていた。
視線が何気なく煙草の箱の方へと向けられる。
『フラットグリーン』と書かれた箱を見た瞬間、比呂子の脳裏に2つの記憶が蘇った。
1つは、狩谷優に指導を受けていた時の思い出。
「大分上達したな。休憩するか」
大きく伸びをした優は、ポケットから『ゼブラ』と書かれた煙草の箱を取り出した。
「それ、見た事が無い銘柄ですね」
「そうか?西の方じゃ有名な銘柄だ。
俺は重い煙草が好きでな。これ以外は吸わないんだ」
優は箱から煙草を取り出すと、ライターの火を付けて煙草を吸う。
そのライターも金属製の高そうな品だった。
もう1つは、井島豊や火村あかりと共に、部屋でゲームをしていた時だった。
慣れないレースゲームに悪戦苦闘しているあかりの方を見ながら、豊はポケットから煙草の箱を取り出す。
「あ、有名なやつですよね。それ」
「え?ああ、フラットグリーンの事か。
軽くて吸いやすいんだ。俺のお気に入りの煙草さ」
そう言いながら、ベランダに向かう豊の姿を、比呂子は何故かよく覚えていた。
安値で買えそうなライターを使いながら、『フラットグリーン』を吸う『狩谷優』。
(まさか……もしかして)
疑惑は殆ど確信に変化していた。
優が言っていた事が真実であるならば、答えは1つしか無い。
気が緩み、自分を曝け出してしまった豊の前髪を、いきなり起き上がった比呂子が上げて顔を見た。
豊は暫くは動けないだろうと思っていた比呂子の動きに対して反応する事が出来ず、顔を見せてしまう。
「ゆたか……さん?」
比呂子は驚いたが、すぐに真剣な表情で豊の顔を見つめた。
「……弟の事は知られたくなかった。俺と井島豊は双子の兄弟なんだ」
パニックに陥りかけた豊であったが、ギリギリの所で踏みとどまり必死に弁解を行う。
「それがもし本当だったとしてもその言い訳は通りませんよ、豊さん。
師匠は『重い煙草』、つまりニコチン・タールの含有量が多い煙草しか吸わないんです。
フラットグリーンは『軽い煙草』。
まさか箱ごとそっくり中身を入れ替えたなんて言い訳はしませんよね?」
問い詰めていると言うより、『もう嘘はつかないでください』と言わんばかりの懇願口調。
全てを受け止めるから本当の事を話してくれとばかりに豊の方を鋭い眼差しで見つめていた。
その純粋で一点の濁りも無い瞳に見つめられた豊は、目を逸らし歯を食いしばった後ぽつりと呟く。
「……ごめん。比呂ちゃん」
その言葉で比呂子は全てを悟った。
狩谷優は比呂子の事をそう呼んだりはしない。
自分を一度だけでも良いから抱いてほしいと言う悲痛な願いまでも拒絶され、代わりに井島豊と交わったと言う事実を知ったのだ。
勝手に目から涙が溢れ、頬を伝う。
唇の端が無意識に上がり、哀しいハズなのに口から笑い声が漏れた。
「は……ははッ……ははは……」
豊の目の前で醜態を晒す事になるであろう事を比呂子は感じていたが、最早その笑いを止める事が出来ない。
「あーはッはッはッはッ……あははは……は……」
自分の惨めさを笑い飛ばせとばかりにベッドのシーツを手で叩きながら笑い続ける比呂子。
先程の性行為で生まれた痛みが笑う度にズキズキと痛んだ。
その痛みは、心の痛みに比べればまだマシなものだったのかもしれない。
「比呂ちゃん……」
とんでもない事をしてしまったと言う罪悪感が、比呂子に見破られた後にのしかかってきた皮肉を豊は感じていた。
「はは……は……そうですよね。
私、何を勘違いしてたんだろう。バカですよね。
本当に愚かでした。
師匠の迷惑になる事も考えずにそんな事を頼んだ、罰が当たったんです」
優に突き放された事で、彼への恋心は急激に冷えつつあった。
比呂子は、何時もよりくだけた調子で豊に迫る。
「それにしても、本当に師匠そっくりでしたね。
師匠の双子の弟と言う話も、まんざら嘘では無さそうです。
こうなったら、今までの種明かしをしてください。
本当の事を話してくれなかったら、あかり先輩に全部ばらしちゃいますよ」
優に告白した時とは違い、この発言には豊を脅迫する意図がハッキリと込められていた。
豊は背筋が寒くなり、慌てて比呂子の肩を掴んで首を横に振る。
「そ、それだけは勘弁してくれ比呂ちゃん。
あかりにばれたら、殺されちまうよ」
狼狽する姿を見て、比呂子は『普段通りの井島豊』に触れている現実を鮮明に感じていた。
「豊さん、本当にあかり先輩には頭が上がらないんですね」
比呂子は豊の慌てように思わず笑ってしまった。
急速に全身の力が抜け、だるさだけが残る。
彼女は豊の告白を、少し俯いたまま何も言わずに聞いていた。
「……師匠は、私の思いより真紀さんの気持ちを優先したんですね。
師匠の立場に立って考えれば、解る気がします。
結果、私の初体験の相手が豊さんと言う事になってしまったんですが……」
豊が全てを告白した後、比呂子は腕を組み、頬を膨らませた。
「当然、私を抱いた責任は取ってくれますよね?
謝罪だけじゃなく、誠意を見せてもらえないと困ります」
比呂子の言葉に、豊は何も言い返す事が出来ずにいた。
「とにかく、豊さんと私がセックスしてしまったと言う事実はもう覆りません。
私の傷付いた心を癒す責任が、豊さんにはあると思います」
そう言うと、比呂子は豊の背中を強く抱き締め、呟く様に言葉を続けた。
「……だから、もう一度してください。
今度は、絶対に嘘をつかないでくださいね」
恋心を抱いていた相手に裏切られ好きでもない相手と性行為をしてしまった比呂子にとって、唯一壊れそうな心を守る手段はそれしか残されていなかった。
豊の事は好きでは無かったが、嫌いでもなかった。
火村あかりと言う人物がいなかったら、彼女と豊の関係も変わっていたかもしれない。
毒を喰らわば皿まで。
比呂子は豊に思いを寄せる事で、悔しさや哀しさを紛らわせようとしていたのだった。
「そんな、比呂ちゃん……」
「私に対して申し訳ないと思う気持ちがあるのでしたら、応じてください。
そうでもしないと、私が……惨め過ぎるじゃないですか」
振り向いた豊の眼前で涙を流しながら笑う比呂子。
豊は衝動的に比呂子を強く抱き締めた。
「ごめんな……」
豊は自分の目から自然と涙が溢れ出すのを感じていた。
そして、比呂子に対する気持ちが変わり始めている事にも気付いていた。
「ホラ、もっとちゃんと舐めてください。
奉仕しないと、後が大変ですよ?」
人に対して強く出る事が出来なかった比呂子の中で蓄積されていった『優位に立ちたい』と言う願望。
追い詰められている豊に対してその感情が出てきている事を彼女自身も感じていた。
豊は彼女の陰部を舐めながら、再び陰茎が硬くなってきている事を把握する。
「比呂ちゃん……」
「豊さんもなかなか変態ですねぇ。
あかり先輩の様な魅力的な身体ならともかく、私みたいな未成熟の女性に対して発情しているんですから」
半ば自虐的な発言だったが、それは比呂子の本心から出た言葉だった。
昔から彼女は火村あかりの様な人間になりたいと思っていた。
スタイルも行動力も強さも全てが比呂子の理想であり、そんな彼女と仲の良い豊に対して幸せなのだろうとも思った。
「いや、比呂ちゃんも綺麗だよ。
あかりとはまた違った魅力がある」
豊は真剣な表情で比呂子と向き合い、そう言った。
その言葉が比呂子にとっては嬉しかった。
「御世辞なんか言っても駄目ですよ。
まぁ、そう言ってもらえる事は有難いですけど」
比呂子も心の中で叫んでいた。
自分もあかりの様に魅力的だと言ってもらいたい。
素敵な男性に出会って、心から愛されたい。
女性が持つ、その感情が今の比呂子を突き動かしていた。
「痛うッ……」
先程の破瓜の激痛に比べれば少々マシと言う程度の痛みが比呂子に襲い掛かる。
最初からその状態であったかの様に勃起した陰茎は膣に飲み込まれていき、根元まで深々と突き刺さった。
「比呂ちゃん、大丈夫?」
「さっきしていた時に言ってくださいよ。
まぁ、師匠の性格を考えれば出なかった言葉なのかもしれませんけど」
双子の兄弟であったとしても、性格が全く違う事は比呂子にも解っていた。
豊と違い優は寡黙で少々思いやりに欠け、人と距離を置く冷たさを持っている。
豊はあかりの影響が大きく、誰かと一緒になって行動する事を好みお喋りが好きで、誰にでも心を開く人間だった。
「さっきと同じで、時間がかかるかもしれないけど許してほしいんだ」
「……しょうがないですね。許してあげます」
比呂子を気遣う豊に対して、彼女は豊への思いが芽生え始めている事を感じていた。
(きっと、私の感情は自己防衛による所が大きいんだろう。
思い込む事で、現状を正当化しようとしている。
それでも……別に構いませんよね?
豊さん、貴方の事を好きになっても)
ふっと自嘲気味な笑いがこぼれた比呂子の顔を見ながら、豊は彼女に覆い被さり腰を何度も振っていた。
女性がセックスによって快感を感じるまでには、数回の交わりが必要だと言われている。
当然個人差があり、破瓜の痛みですら大した事が無い女性もいるが比呂子はその逆であった。
「ふぅ……本当に痛みが続きますね。
先輩も……最初は痛かったのかなぁ」
「あかりも慣れるまでは時間かかったらしいし、比呂ちゃんもそのうち気持ちよくなると思うんだ」
比呂子の膣はあかりのものと違い、一般の女性とあまり変わらない。
違いを挙げるとすれば、子宮口までの距離が短く、狭い事だろう。
その為、勃起した陰茎が入ってくる時の『無理やり感』が強く、痛みがどうしても増してしまう。
「豊さん、抱き締めてください。
多少強くても構いません」
繋がっている事を認識しながら、比呂子は豊と抱き合い、その痛みと戦っていた。
一方豊の方は先程射精した為、陰茎全体が敏感になっており最初のセックスよりも早く絶頂を迎えようとしている。
「比呂ちゃん、俺……」
「中に、中にください。薬は持ってきてますから」
腰を深く突き入れ、豊の陰茎の先端が子宮口に触れる。
そのまま子宮へ直接、精液が注ぎ込まれた。
「うぁ……豊さんのが、私の中で跳ねてますッ」
脈動しながら何度か欲望を吐き出した陰茎は、やがて硬さを失い膣から抜け出る。
比呂子は生まれたままの姿で寝そべったまま、膣から精液が流れ出るのを感じていた。
鈍い痛みは、怪我を負ったまま風呂に入った時のヒリヒリした痛みと混ざり合い、彼女を苦しめ続けている。
比呂子は今感じている全ての痛みや心の苦しみが現実である事を、なかなか自分の中で認める事が出来なかった。
「豊さん……正直に言ってもらって構いません。
先輩と私、気持ち良さをより強く感じたのはどちらですか?」
比呂子の質問は、あかりに対する憧れと、それを追い抜きたいと願う意地から生まれたものだった。
「……あかりのは、規格外だからなぁ。
多分世の中のどんな男性でもあいつとしたら、離れられなくなるだろ。
陳腐な表現だけど、次元が違うって言うか」
「羨ましいです。どんな人でも虜にしてしまう。
見た目でも、中身でも。先輩は……本当に凄い人なんですね」
あかりの裸体を、比呂子は何度か目にした事がある。
風呂場で身体を洗う彼女の完璧に近い肉体に、比呂子は羨望の眼差しを向けていた。
引き締まった腰回り、適度に付いた筋肉。
主張し過ぎる事の無い乳房、モデル並みの整った顔立ち。
全てのパーツが自分より素晴らしく、輝いている。
自分でも理解していた。彼女を追い越す事は絶対に出来ないと。
それでも尚、憧れを捨て去る事は出来なかった。
そんな彼女を抱いた事のある男と、セックスを行ったのだ。
「私はそこまで魅力的ではありませんし、気が弱くて人を魅了する話術もありません。
でも、そんな私でも誰かを好きになる事は出来ますし、振り向かせる事は出来ると思うんです」
だが、未成熟である事と魅力的では無い事と言うのは、イコールでは無い。
彼女には彼女なりの魅力がある事を豊は知っていた。
「比呂ちゃんには、あかり以上の優しさと、心の強さがあると思うよ。
好きな人に対して全力でぶつかっていけるし、その身体だって、多くの人を魅了すると思う」
「そうですか?私自身はそうは思えませんけど……」
上体を起こし、疑う様な目を向ける比呂子の頭を、豊は優しく撫でた。
「自分自身の良さを知る事って案外難しいんだよ。
他人の良さはよく見えるけどね。
だから、俺には比呂ちゃんの良い所が沢山見えるし、比呂ちゃんにはあかりの良い所が沢山見える。
人間ってのはそういうもんなんだと思う」
豊の言葉は比呂子の心を揺らした。
今まで抱いていた疑問が、氷解していくのを彼女は感じていた。
(私自身にはなかなか見えない私の魅力があるなら……
少しずつでも、豊さんに教えてもらおうかな)
比呂子は背後から豊の肩を掴むと、小悪魔的な笑みを浮かべた。
「さてと、まだまだ時間がありますよ。
今日1日、恋人として付き合ってください。
私、ランドマークタワーの近くにある観覧車に乗りたかったんです。
一緒に乗ってもらえますよね?」
勿論、豊にそれを拒む権利は無い。
「そういや、あかりと観覧車に乗った事は無かったな……」
豊は何気なく、そうぽつりと呟いた。
東京ランドマークタワーが間近に見える位置まで上昇する観覧車は、カップルに人気のデートスポットとして知られている。
服を着て、ラブホテルから退出した2人はその足で観覧車へ向かい長い時間待った後でやっと乗り込んでいた。
「凄いですね、東京が一望出来ますよ。
ほら、あっちにZEROドームが見えるじゃないですか」
アークラインズイベント専用ドーム。
通称ZEROドームと呼ばれている施設では、様々なイベントが開催されている。
日本中を席巻した格闘ゲームを作り出したアークラインズと織田政権の力を誇示する為に作られた建物だ。
毎年大晦日にはこの場所でZEROの決勝トーナメントが開催される事になっている。
「何だか不思議な気持ちです。
何時も傍らにいる豊さんが、私の隣にいるだけなのに」
近くにいる事が当たり前であったが、いざ恋人として意識するとその意味合いがまるで変わってくる事を比呂子は感じていた。
「比呂ちゃん……
俺はあかりと恋人じゃないし、比呂ちゃんとも恋人関係にはなれそうに無い。
兄貴と違って、それまでの関係がおかしくなっちまうんじゃないと思って怖くなるんだ」
比呂子にも豊の言葉の意味は理解出来た。
お互いが強く結び付けば結び付く程、お互いの嫌な部分が見えてきてしまう。
好きになればなる程、嫌いになる確率も高まる。
それでも、豊に対する思いが消える事は無いだろう。
「私は師匠の事が好きでした。
そして今は、豊さんに恋心を抱いています。
ただ、もうそれだけで良いとも思っているんですよ。
近付き過ぎれば痛い目に遭う事はもう充分過ぎる程理解しましたから」
自分への罰。比呂子は今回の出来事をそう認識していた。
彼女はあまりにも多くを求め過ぎたのだ。
無茶な要求を通そうとした事で、狩谷優も井島豊も苦しめてしまった。
そして自分自身の身体と心も……
豊とあかりの距離位が最も幸せになれる関係なのだと言う事を知り、彼女は自らを戒める様にそう言った。
「でも……たまには、先輩に内緒でデートとかしてくれると嬉しいです。
映画館とかショッピングとか、ありふれたもので構いませんから」
豊もその願いには応じるべきだと思っていた。
比呂子を傷付けてしまった償いも兼ねて、もっと彼女と親しくなるべきだろう。
恋愛では無く良い意味で仲間として、親友として彼女と触れ合っていこうと豊は決意していた。
東京駅までの帰り道、比呂子は豊と手を繋いで歩いた。
「何か、恥ずかしいな。
比呂ちゃんとこんな風に歩いた事無かったし」
「でも、こういう事してみたかったんですよ。
師匠とも、一度は手を繋いで歩いてみたかったです」
順序が逆だな、と思い比呂子は笑った。
昔はこんな小さな願いも叶わなかったが、今は違う。
隣にいてくれる人がいる。彼女の願いは既に叶っていた。