彼女達の個性や思いを表現するのに苦労しました。
瞬きをする間に景色が全く違うものへと変化する。
あの古城に招かれてから何度も経験した為、俺はこの変化に慣れてしまっている事を感じた。
それと大切な人々の死……
これは慣れなのか、それとも己が現実を認めていないのか。
(両方かもしれないな)
そう思いながら俺は、ぬかるみの目立つ湿地帯を見渡していた。
ヴァルーは神殿が建っている場所以外殆どがこういった湿地帯となっている。
獣人が生活していくには充分過ぎる程の果物があり、美しい湖も点在していた。
「わ、私は……絶対に死にたくないんです。
人を殺したくはありません。
でも生き残る為には仕方がないんですよ。
生き残って、お父さんとお母さんに会わないと」
青い肌を持つ鬼の娘が俺に話しかけてきた。
その手には巨大な棘付きの棍棒が握られている。
涙ぐんではいたが、4人まで生き残る実力の持ち主である事は間違いない。
「俺が勝ったとしても、恨むなよ」
攻撃の準備の為に俺は身構えた。張り詰めた空気が流れ始める。
見た目は華奢な女性そのものだが、鬼族は元々力が非常に強い。
棍棒の重さも相当なものだろう。一度当たれば致命傷になると思われた。
「うわあああああッ!!」
叫びながら突進してきた彼女の攻撃を回避する為、俺はぬかるんだ地面から離れた。
素早く伸びた木の枝に掴まり、棍棒の一撃を回避する。
「このッ!」
次の一振りで俺が掴んでいた木々が根こそぎ持っていかれた。
(なんて馬鹿力だ。
重い棍棒を振り回しているハズなのに隙が見当たらない。
恐らくこのパワーとスピードに皆やられてしまったんだろう。
作戦を考えないと俺も負けてしまう)
咄嗟に跳躍して別の木の枝に掴まり、相手の出方を伺う。
ケルゾアの様に翼を持っていない彼女は、恨めしそうに俺の方を見た。
「私だって、本当は貴方と戦いたくはないんです。
最初は交渉しようとしました。
でも襲い掛かってこられたらやるしかないでしょう。
攻撃もやむなしです」
跳ぶのは苦手そうな彼女は、辺り一帯の木々を全て根元から斬り倒す作戦に出た。
上を取れる今しか有利な状況には持ち込めない。
俺は目をこらし、相手の挙動を確認する。
(今だ!)
彼女が棍棒を振る瞬間を見計らい、俺はその場から飛び降りて彼女の頭を踏みつけた。
「うわッ」
振ろうとする勢いを止める事は出来ない。
彼女は棍棒を見当違いの方向に振り、そのまま足を滑らせて倒れてしまった。
「俺も妹の為に負けられないんだ」
棍棒を離した事を確認すると、俺はそのまま空中で腕を伸ばし相手の首を斬る為再び落下していく。
だが棍棒を離した彼女の身体能力はずば抜けていた。
あれ程重い鉄で出来た棍棒を持っていたのだ。
俺は彼女がそれを手放した時、どれだけ動きが素早くなるか全く考慮していなかった。
「甘いですよ」
首に近付く腕を凄まじい反射神経で捉えた彼女は、俺の腕を手で掴んでそのまま投げた。
予想だにしない反撃を喰らい、成す術も無く地面に叩き付けられる。
地面がぬかるんでいた事もあって致命傷には至らなかったが、それでもかなりのダメージを負ってしまった。
「もう殺される恐怖を味わうのは嫌なんです。
終わりにしましょう」
起き上がった彼女は何とか身構えた俺の方を見据えた。
手には棍棒がしっかりと握られている。
(跳躍する力は残されていない。
相手の懐に潜り込む手を考えなければ)
ココで死ぬワケにはいかなかった。
ヴァルーの民を生き返らせ、残ったスカイロンの軍勢を追い返す。
生き残っているヴァルーの戦士が俺だけしかいないと言う使命感が俺の身体を支えていた。
「行きますよ!」
覚悟を決めた彼女が突っ込んでくる。
逃げても追いつかれる事は解っていた。
俺は敢えて全力で彼女の方へ走る。
一瞬その行動に戸惑った彼女の隙を見逃さなかった。
「うおおおおッ!!」
ぬかるんだ地面を利用し、腹這いの状態で相手目掛けて突っ込んでいく。
怯えを見せた彼女は俺に向かって攻撃しようとしたが、間に合わなかった。
「フンッ!」
彼女の足元に到着した俺は、その勢いのまま彼女の両足を爪で切り裂くと、足を失って倒れた彼女の胸に爪を刺す。
僅か数秒間の出来事だったのかもしれないが、俺にとっては相当に長く感じられた。
「……強いんですね、貴方は……」
口元から血を垂らしながら、彼女はそう呟く。
降り始めた雨が、彼女の頬を涙と共に濡らしていた。
「俺の願いはヴァルーの民を生き返らせる事だ。
お前もヴァルーの湿地帯に住んでいるんだろう。俺が勝てば、生き返れるんだ」
荒い息を吐きながら、俺は彼女の頬に手を当ててそう言った。
「そう……ですか……
じゃあ、貴方の……勝利を……祈る事に……します」
涙を流しながら、彼女は微笑んだ。
静かに目を閉じ、そのまま息を引き取る。
暫くの間、俺は彼女の綺麗な死に顔を見つめていた。
天武日本では毎年10月の頭に大規模なゲームイベントが開催される。
『戦国ゲームラボ2005』と銘打たれたこのイベントでは、ZEROドームを使用して多くのゲーム開発会社の者達を招き、試遊台の来場者数を競わせるのだ。
今年も主催会社であるアークラインズ、音ゲーを多数製作している『潮』、サバイバルゲームで大ヒットを記録した『ブラッド』等、様々なゲーム会社が集っていた。
『皆さん、見てください!
これ程多くの一般ユーザーの方々がこの会場に集まってくれています!
本日の来場者数は現時点で10万名を超えており、この数字はまだまだ増える可能性がありそうですね。
今私の後ろに見えますのは一番人気の『ZERO SECOND』のブースなんですが、試遊台での体験者数は現時点ではトップだそうです』
テレビ中継では女性リポーターが大勢の人でごった返している会場内で必死に大声を出し、現場の様子を伝えていた。
『ゲーム市場に革命を起こした怪物ソフトの続編と言う事もあり、来場者の皆さんの期待は大きいようです。
以上、熱気に沸く会場から別所がお伝え致しました』
ニュース番組『NEWS Meridiem』のスタジオには、特別ゲストが招かれていた。
『本日は株式会社アークラインズの社長、徳川維康(とくがわこれやす)さんにお越しくださっております。
宜しくお願い致します』
『宜しくお願い致します』
髭の生えた恰幅の良い男性は、微笑みながら机の上で両手を組んでいた。
『徳川さん、今回の続編発売の一報はユーザーにとって大きなサプライズだったと思うのですが、この時期に発表した事に何か目的はあるのでしょうか?』
『アークラインズの名誉会長である総理から、このタイミングで発表した方が全国大会にも良い影響を与えるだろうと言うアドバイスを頂きましてね。
確かにそうだと思い、決断致しました。
ただ、続編の発売自体は来年の夏頃を予定しております』
黒縁眼鏡をかけた痩身のアナウンサーの質問に対して、徳川は言葉を選びながらゆっくりと答えた。
『政府がゲーム会社に肩入れする形で様々なイベントを行っている事には批判の声もある様ですが、それに対してはどうお考えですか』
『そういう声もあるとは思います。
しかし我々としては、経済的に非常に重要な意味を持っている行為だと思っていますよ』
『と言いますと』
『天武日本には天然資源が殆どありません。
経済で合衆国やEU諸国連合と勝負する為には、無から有を生み出さなければならないのです。
そういう点から見ても、総理の進めるクールジャパン戦略は有効です。
既にZEROでは世界中のユーザーがゲームを購入しています。
またこういったイベントでの売り上げも経済効果としては相当大きく、今や天武日本の中心産業と言っても過言ではないのです』
徳川の声には熱意がこもっていた。
その勢いにのまれ、アナウンサーも言葉を失ってしまう。
『現時点ではZERO SECONDの開発進捗率は15%と言った所です。
新しいキャラクターやステージを数多く製作し、より重厚でユーザーを納得させる様なストーリーを皆様にお届けするつもりでおりますので御期待ください』
ニュース番組を眺めながら、雨宮比呂子は呆けた様な表情で火村あかりに話しかけた。
「凄いですね。
人の波とかよく言いますけど、波じゃなくて洪水ですよ。あの人だかりは」
「今日も朝から副編集長の平手さんと一緒に豊も会場入りしてるはずよ。
ゲーム雑誌編集者って大変よね」
あかりも人ごみは嫌いだと言わんばかりの表情を見せ、大きく伸びをした。
「続編の情報は気になるけど、発売までまだ半年以上もあるんでしょ?
情報なんてさほど無いでしょうに……」
「それでもその数少ない情報から人に読んでもらえる様な記事を書かなきゃいけないんでしょうね」
アパート貧荘に住んでいるあかりの自室には、比呂子や涼介がよく遊びに来ている。
身体にだるさが残るあかりはエターナルナイトに行く事を諦め、比呂子はそれを気遣い対戦相手を務めていた。
「玖留美ちゃんはエターナルナイトにいるんでしょ」
「零さんと涼介さんがコーチになって、特訓してるみたいですよ」
あかりは比呂子の前で拳を握り、全国大会への決意を露わにする。
「私達も頑張らなきゃね。
CPUの強さをMAXにして、全キャラクターとの対戦で勝てる様になりましょう」
比呂子は頷き、ビデオのゲーム画面に戻すとコントローラーを握り締めた。
エターナルナイトでは、常連客が九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)と野試合を行っていた。
元々拓巳(たくみ)の妹と言う事もありプレイセンスにはずば抜けたものがある。
兄の背中を追い続け、兄にこそ劣るが数々のタイトルを獲得してきた。
「零さん、どう思います?」
「僕がこういう事を言うのはおこがましい事なのかもしれないけど、強いね。
正直玖留美さんだったら都道府県認定ZEROゲーマーになれるよ。
なろうと思えばすぐにでも」
柏糸涼介と氷室零も彼女の実力に舌を巻いていた。
彼等が鍛えているのは間違いないが、明らかに常人よりも成長していくスピードが早い。
「1つ1つの動作が丁寧で、隙を作らない安定した戦い方をしてるよなぁ」
玖留美に敗北した常連客の1人は、そう言って席を離れた。
その席に涼介が座る。零は気を引き締めている玖留美に対して話しかけた。
「全国大会の予選は2on2形式で行われる。
タッグを組むプレイヤーが必要になるんだ。
同日8箇所の予選会場で勝ち抜かなければ、決勝トーナメントに進む事は出来ない」
2on2(ツーオンツー)とは、格闘ゲームを嗜んでいる者ならば誰でも1度は経験した事があるであろう対戦形式の1つである。
2人がチームを組んで同じく2人のチームと対戦する。
対戦の組み合わせを両方のチームの話し合いにより決定し、2勝すれば文句無しの勝ち抜け。
1勝ずつであった場合は、既に行われた2試合の勝者同士で対戦して決着を付ける。
これを抽選により決定したトーナメントで行うのだ。
決勝トーナメント同様、一度負ければ敗北と言う厳しいルールである。
「集中力を保つ事、でしょう。
その為には、勝率を上げなければならないと零さんは私に言いましたよね」
「そう。こうして連続で試合を行っているのも集中力を養う為さ。
全国大会の予選では常に負けられない試合が続く事になる。
モチベーションを保ち続ける事は非常に難しい。
どれだけ勝ちたいと思っても、いきなり挑戦すれば負けるのは目に見えているからね」
絶対に負けられない試合が続けば、人は疲弊していく。
どんなに強いプレイヤーであってもその重圧や疲労から逃れる事は出来ない。
事前に体験しておき、その重圧や疲労に慣れる事しか出来ないのだ。
当然、その疲労を予習しておく価値は充分あった。
「誰とチームを組むべきか、考えておいた方が良いですよ。
僕からのアドバイスとしては、自分と同じタイプのキャラクターを使っている人とは出来るだけチームを組まない方が良いですね。
バリエーションが増えれば相手のチームと戦う時に、このキャラクターにはこのキャラクターをぶつけようと言う戦略が生まれますから」
ZEROにはキャラクター同士の相性が存在する。
露骨な有利や不利が付くワケでは無いが、避けた方が無難と言うカードが存在する事もまた事実だ。
特に何が何でも1勝しなければならないと言う状況に陥った時、その相性が勝敗を左右する事も充分起こりうる。
プレイヤーには総合的な戦略と、相性の不利を跳ね返す程の力量が求められていた。
新潟県(にいがたけん)魚沼市(うおぬまし)のゲームセンター、『五百万石(ごひゃくまんごく)』では地元のプレイヤーが多数集まりZEROを楽しんでいた。
厳寒の地方であるが故に家や近くのゲームセンターでゲームに熱中する者は多く、腕自慢の猛者が揃っている。
「今日の2on2店舗大会の優勝者は、『雪姫』さんと『越後の鬼』さんです。
皆さん暖かい拍手を!」
筐体の近くに設置された壇上に立った2人は、誇らしげな笑みを浮かべていた。
ゲームセンターでは本名で戦う場合とRN(リングネーム)で戦う場合の二通りがあるが、このゲームセンターは後者の方だった。
店舗大会の優勝者となった2人の男女はどちらも中学生で、大人を撃破しての勝利だっただけに地元の期待も大きい。
「遼子ちゃん!この調子で全国大会の予選も突破してくれよ。
そうでないと俺達の立場が無ぇもん」
「そうそう。
遼子ちゃんと宏弥君が勝ち抜けてくれなかったら、私達はどれだけ弱いの……って事になっちゃうでしょ」
大学生のプレイヤーが2人に声をかける。
長く伸びた黒髪と水色の瞳を持つ少女は意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「駄目よ、そうやって逃げちゃ。
私達みたいに努力しないと。ねぇ宏弥」
「遼子ちゃんの言う通りだよ。
僕達より強くなって、予選突破してやるって言う位の気概を持ってほしいな」
紺色の髪と銀縁の眼鏡をかけた少年は、そう言うと少女と共に壇上から降りる。
昼に行われていた店舗大会も無事に終了し、店内は再び和気あいあいとした野試合へと戻っていた。
長尾(ながお)遼子(りょうこ)と小島(こじま)宏弥(ひろや)。
新潟県でこの2人を知らぬ者はいない。
長尾遼子は天武日本三大財閥の1つである長尾財閥の総帥、長尾(ながお)重慶(しげよし)の孫娘である。
大金持ちの孫ではあるが普通の公立中学に通っており、小島宏弥はクラスメイトの1人だ。
2人とも天才的なZEROの腕前を持っており、長尾遼子は新潟県認定ZEROゲーマーとしても知られている。
誰に対しても明るく振舞う朗らかさと、その美貌も手伝って、遼子はゲーマーから圧倒的な支持を得ていた。
「今度は誰が私と戦ってくれるの?誰でも良いよ」
「十中八九負けるのが解ってるから、気が進まねぇなぁ」
県内ではほぼ負けなしの成績を誇っている遼子は、他のプレイヤーと戦おうとしてもなかなか戦ってもらえなかった。
その為、野試合では小島宏弥と対戦している事が多く、その試合を見守る客が自然と多くなる。
何時もの様に2人が筐体の前の椅子に座ろうとした時だった。
「邪魔するぜ」
「すっごーい。私のホームより広くてお客さんが多いじゃない。
賑わってるのね」
店内に入ってきた2人組の姿を見て、プレイヤー達の空気が張り詰めたものへと変化していく。
「あの2人、確か2人共都道府県認定ZEROゲーマーだろ」
プレイヤーの1人が声量を抑えて隣の男に問いかける。
「素行が悪いって評判だからなぁ。
ココで暴れられたらたまったモンじゃない」
逆立てた金髪、耳にはピアス。
黒いジャケットを羽織った姿はお世辞にも常識人とは言い難い。
その男性の後ろに立つ女性も茶髪に豹柄のジャンパーと黒のスカート、灰色のレギンスと言う恰好をしていた。
小さな悪評は気にも介さず、2人は店の中へと進んでいく。
「御客様、本日はどの様な用件で御来店なさったのでしょうか」
大柄で強面の男性店員が2人に近付いてきた。
政府の風営法強化により迷惑行為には厳しい罰が与えられている。
店舗によっては店内全スペース禁煙、ブラックリストの閲覧可能等、『クリーンなゲームセンター』を標榜していた。
それも全てZERO全国大会を成功に導く為の布石である。
政府は万が一のトラブルも発生させたくなかったのだ。
「別に暴れようってワケじゃ無ぇよ。
この店に凄腕の女がいるって言うから、是非お手合わせしてもらおうと思ってな」
「あ、あの子達じゃない?
私は秋田県認定ZEROゲーマーの伊達(だて)静香(しずか)って言うの。宜しくね」
伊達静香と名乗った女性は握手を求め、近くにいた宏弥がそれに応じた。
「登坂(とさか)順也(じゅんや)さんですよね。
色々と噂は聞いていましたが、まさかココで会えるとは思っていませんでした」
遼子の屈託の無い笑顔を見て、順也もふっと笑みを見せる。
「そういう顔をされると参っちまうな。
敵意の欠片も無ぇ面しやがって」
順也も遼子と握手をし、筐体の前へ移動した。
登坂順也は青森県認定ZEROゲーマーと言う『プロの格闘ゲームプレイヤー』の顔と、東北地方で幅を利かせている暴走族の頭(ヘッド)と言う2つの顔を持っている。
幼少期から『狂った蜥蜴(クレイジーリザード)』と呼ばれ、素行の悪い者達ばかりが集まる中学校で頭角を現し、生徒全員を自分の支配下に置いた。
自分に忠誠を誓わせた部下達を前身とする『毒の杖(ポイズンロッド)』と言う名の暴走族は、瞬く間に敵対するグループを潰し、吸収していく。
それに『待った』をかけたのが、織田信虎政権と長尾財閥であった。
天武日本の地位を著しく貶める団体を排除すると言う名目で、ポイズンロッドは無期限活動停止処分を受け順也自身も数ヶ月の禁錮刑に処せられたのだ。
だがグループそのものは解体される事無く残り、登坂順也を慕う者は非常に多い。
登坂順也と恋人の伊達静香はポイズンロッドを『格闘ゲーマー集団』と言う位置付けに変更する事で政府の取り締まりを回避し、同時に全国大会制覇の夢を掲げた。
暴走族として天武日本に名を轟かすと言う夢に限界を感じ始めていた2人は、格闘ゲームでその夢を実現させる事にしたのだ。
元々暴力だけでなく智謀も優れていた順也はあっと言う間に認定ZEROゲーマーの座を獲得すると、夢に向かって爆走していった。
登坂順也も長尾遼子も、進んできた道こそ違うが『天才』である事には変わりが無い。
14歳と言う年齢で柏糸涼介に匹敵する実力を持つ財閥総帥の孫娘と、18歳と言う年齢で東北全土を席巻した暴走族のリーダー。
どちらもカリスマ性を持ち、多くの仲間を持っている。
この2人の戦いに、観客の注目が集まった。
「俺もお前も相棒持ちか、面白ぇ。
どうだ、2on2で勝負するってのは」
「望む所です。私も宏弥も、負けるつもりはありません」
椅子に座り、キャラクター選択画面を凝視する2人。
静香は柱にもたれかかって勝負を眺めようとしていた。
「順也、負けたら承知しないわよ」
「解ってるさ。
全国制覇を掲げておいて、こんな所で躓いてられるかってんだ」
順也はそう言いながら『ギドー・スネークラージ』を選択した。
大鉈や背中に背負った火炎放射器等、様々な武器を使用する上級者向けのキャラクターだ。
対する遼子は、『氷と魔性の神 エレーナ・オーロランド』を選択した。
口から出す氷の吐息は、ヴィランと同じ様に対戦相手の動きを鈍らせる効果を持っている。
数秒間と言う短い時間ではあるが、連続して攻撃を受ければ致命傷になりかねない。
「宏弥、絶対負けないから応援してね」
「勿論!遼子ちゃんが勝つって信じてるよ」
勝負の舞台は『ヴァルー 豪雪地帯』に決まった。
神殿から遠く離れた場所にある雪山と言う設定だ。
それぞれが操作するキャラクターが睨み合い、試合が始まる。
『REAL DEATHGAME START!』
試合開始と同時にギドーの大鉈がエレーナに襲い掛かった。
ジャンプからの斜め下攻撃を防御すると、一旦相手との距離を取る。
エレーナは氷の吐息で牽制しながらチャンスを伺った。
「チッ。そう簡単には崩れねぇか」
ギドーも横方向に判定を持つ火炎放射攻撃で様子を見ながら攻撃の機会を待つ。
実力者同士の対決は1つのミスで有利不利が決まってしまう為、2人共慎重にならざるを得なかった。
(遼子ちゃんは1つ1つの動作が丁寧で隙が無い。
でも、完璧な立ち回りなんてものは存在しないわ)
ギドーは火炎放射攻撃や手榴弾投擲でエレーナを少しずつフィールドの端へ追い込んでいく。
だが遼子も引くつもりは全く無い。
地中から飛び出す氷柱を使いギドーを上に跳ね上げると、相手が起き上がる前に近付き、手刀でダメージを与えていった。
「奇襲を察知し、防ぐ事が出来なければ勝てませんよ」
ギドーが地面に倒れたのを確認してから、エレーナは起き上がりに氷の吐息を放ち、相手のスピードを奪う。
バックステップで距離を取ろうとしたギドーに対してダッシュ攻撃を行い、今度はエレーナの方がギドーをステージの端に吹き飛ばした。
(畜生、俺の心理状態を把握してやがる)
即座に反撃をしていれば、ダッシュしてきたエレーナを迎撃する事が出来たかもしれない。
だが、態勢を立て直す事に拘ったのが裏目に出て、ギドーは窮地に立たされてしまう。
「順也、こういう時こそ落ち着いて!焦れば焦る程相手の思う壺よ!」
静香からの助言を受け、順也は相手の起き攻めに備えた。
セオリー通りならば、相手は氷の吐息を放った後、投げやジャンプからの蹴りを狙ってくる。
遼子は勝ち筋通りの攻撃を行ってきた。
投げを狙おうとした所でギドーの衝撃波を喰らってしまい、吹き飛ばされる。
「ファーストアタックはそこまで悪くなかった。次も積極的に攻めていこう!」
宏弥は再び相手の出方の探り合いに戻った遼子を励ました。
一進一退の攻防が続き、第1ラウンドは終盤に差し掛かっていた。
じわじわとダメージを与えていったエレーナの方が体力的には優位を保っていたが、ギドーの反撃には鬼気迫るものがあった。
(クソッ、どう動いても綺麗に捌かれちまう。こんな屈辱は初めてだぜ)
何とかダメージを与える事は出来ているものの、相手の防御を崩して決定的なダメージを与える事が出来ない。
一方遼子の方も心理的に優位に立っておきたいと言う意識が仇となり、なかなかとどめを刺す事が出来ずにいた。
(手傷を負った蜥蜴に近付くのは危険。
ココはタイムアップ狙いでも良いかもしれない)
残り20秒の時点で体力を半分程残しているエレーナ。
対して何としても勝ちを拾いたいギドーは全体の1割程しか体力が残っていない。
順也の方も形振り構わず攻めたいが、下手に近付けば反撃されるだけなのは解っていた。
ジャンプ→斜め火炎放射→尻尾振り回しに対して、防御→バックステップ→氷の吐息→氷の槍飛ばしで対応するエレーナ。
動きが鈍ったギドーに氷の槍が当たり、怯んだ瞬間を見逃さず懐に潜り込んで上段蹴りを見舞った。
「迂闊に攻め急ぎ過ぎたな……
今は攻めなきゃ負けてたからしょうがねぇか」
ラウンドこそ制した遼子であったが、有利な状況を保つ事は難しいという事実を認識していた。
(HPこそ持ち越されるけれど、相手の体力は回復している。
タイムアップまで逃げ回られるか、私に猛攻を仕掛けてくるか。
どちらにせよ私は受け身になり易くなってしまう)
遼子としてはココで受け身になる事無く、何としてもこのラウンドでとどめを刺したい。
順也の方は挑戦者になったつもりで、相手を撃破するだけの力が求められていた。
店内の客が固唾を飲んで見守る中、第1試合は後半戦に突入しようとしていた。
「大丈夫、まだ勝機はあるわ。
焦らずに基本に立ち返れば、必ず活路が開けるハズよ!」
静香の言葉を真剣に受け止め、順也は頬を叩いて気合を入れる。
(折角新潟まで遠征してきたんだ。相手のホームで無様な負けを晒せるかよ!)
第2ラウンドが始まると、再び両者は牽制し合う形となった。
ギドーの手榴弾投擲攻撃は遠距離、近距離と投げる場所を選ぶ事が出来る。
エレーナの氷の吐息は真横まで近付かなければ当てられない為、遠距離での戦いは彼女にとっては不利なものだった。
(元々遠距離攻撃の手段が豊富なギドーに対して、こっちは氷の槍飛ばししか遠距離攻撃の手段が無い。
何としても相手の懐に潜り込んで、決着を付けなければ)
この両者の遠距離攻撃にも違いがある。手榴弾は弧を描いて飛んでいくのに対して、氷の槍は一直線に飛んでいくのだ。
つまり、弧を描く手榴弾の軌道の下で槍が飛んでいき、相手にダメージを与える事も出来るのである。
「そこッ!」
氷の槍が当たり、仰け反るモーションを見てからエレーナが一気に畳み込もうと突進してきた。
ギドーは何とか立て直し、相手の攻撃を防御してから確定反撃を決める。
(うッ、焦り過ぎたかな……)
天才プレイヤーと言われている遼子だが、14歳と言う年齢は大きい。
順也の方が対戦経験は豊富で、追い込まれてからの捲りにも定評があった。
「よし、決めちまうか」
順也がココが勝負所であると判断し、相手が浮いた瞬間を見計らって超必殺技を発動する。
相手が超必殺技を残したまま最終戦に突入すると言う不安要素はあるものの、1回倒してしまおうとしたのだ。
ギドーが背中に背負っていたタンクを投げつけ、着火させる。
エレーナは燃え上がり、ラウンドを取られてしまった。
(相手のペースに引き摺りこまれそうになっている。
ココは我慢して、反撃の機会を見定めないと)
実力者同士の試合はもつれ込むのが常ではあるが、この展開に店内の客も大いに沸いた。
「やっぱり、お互いに一歩も引かねぇな。
流石都道府県認定ZEROゲーマーだ」
「流れが変わったわね。
遼子ちゃんとしてはどう立て直していくかがポイントになるんだろうけど」
盛り上がりを前にして、順也は不敵な笑みを浮かべていた。
「ヘッ、やっぱり対戦ってのはこうじゃなくちゃな。
実力が拮抗していればしている程面白ぇ」
「最後に笑うのは私ですよ!」
お互いHPにそれほどの差が無い状態で、最終ラウンドに突入した。
遼子に『保険』として超必殺技が残されてはいるが、そこまで信頼出来る程の武器では無い。
彼女としては、流れをどう自分の方へと引き寄せるかが鍵となっていた。
最終戦はお互いに攻め急がず、様子を見る展開になった。
勢いのまま押せ押せで攻めたかったギドーであったが、エレーナの氷の吐息による牽制が怖くてなかなか近付けない。
エレーナの方も隙の少ないギドーの動きに翻弄され、決定打を与える事が出来ずにいた。
(やっぱり、膠着状態に突入するわよね……)
静香は試合の展開をある程度予測していた。
たった一発攻撃がまともに入っただけでHPが大きく奪われてしまう。
その様な格闘ゲームの場合、どうしても牽制合戦になり、試合が動かなくなってしまう事の方が多い。
「こっちから行くぜ」
順也は相手の懐に潜り込む為、跳躍して相手の氷の吐息を避けながら詰め寄っていく。
端に追い詰められたエレーナは相手の投げを警戒し、衝撃波で相手を吹き飛ばした。
「うわ、凄いな。
2人共相手の動きが見えているからこそ出来る芸当だよ」
心理戦が絡んだお互いのテクニックの高さに、店内からは感嘆の溜息が漏れた。
盛り上がっていた観客も、今では声も出さずに2人の戦いを拳を握りしめながら見守っている。
ギドーは起き上がると、牽制の読み合いに戻ろうと後ろに下がった。
だが、客も対戦相手も思ってもいなかった事が起こる。
エレーナがいきなりそのバックステップを読んだかの様なダッシュ攻撃を行ってきたのだ。
(起き上がりに襲い掛かってくるんじゃなくて、後ろに行こうとしたら来るのかよ。
タイミングを上手くずらしやがったな)
順也は咄嗟に対応しようとしたが、ダッシュからの蹴りが入る方が僅かに早かった。
遼子はすかさず、ダッシュ蹴り→端蹴り→上段蹴り→蹴り落とし→氷の吐息に移行する。
全く無駄の無い洗練された連続攻撃に、成す術無く体力を減らされていくギドー。
(相手の油断を突けた。このまま押し切る!)
遼子は動きの鈍ったギドーにさらなる追撃を与えようとしたが、火炎放射攻撃で追い払われてしまった。
「何て奴だ。大人になったらもっと強くなるかもしれねぇな……
末恐ろしいガキだぜ」
追撃のチャンスを逃した事は後の展開に響くかもしれない。
遼子は露骨に悔しい顔を見せる。
(もうちょっと入っていればそのまま勝てたのに!)
しかしそれでもギドーが窮地に追い込まれている状況には変わりが無かった。
あともう1回コンボを決められれば確実に負けてしまうだろう。
体力は全体の2割程まで減っていた。
(体力が残っている限り、まだ負けたワケじゃない。
諦めないで、順也!)
格闘ゲームプレイヤーにとっての『一流の条件』とは、案外この局面で勝てるか否かなのかもしれない。
体力を大きく減らしている瀕死の相手にとどめを刺せるかどうか。
相手が向かってくる限り勝負に『絶対』など存在しないのだ。
「ココで決めてみせる!」
じわじわと相手との距離を詰めながら、氷の吐息で付け入る隙を与えない。
一方順也としては様子見をした時間が長かったのが響き、もう15秒しか猶予が残されていなかった。
(無理やりにでも攻めるしか無ぇか)
手榴弾投擲で相手に防御させ、その間に距離を一気に詰めると攻め続ける。
だが卓越した技術力と相手の心理状態を見破る想像力の高さによって、遼子は相手の攻撃をことごとく耐え切った。
「都道府県認定ZEROゲーマーにしては、ちょっと攻め方が単調過ぎるんじゃないの?」
そして彼女は順也が不利を悟り一旦離れようとした瞬間を見逃さなかった。
即座に反撃に転ずる。
(しびれを切らしやがったな)
ギドーが相手に襲い掛かろうとした瞬間、タイムアップとなり、遼子の勝利が確定した。
「いやぁ、凄いモンを見せてもらったぜ。
超必殺技を温存して、使わずに相手を圧倒しちまったよ」
「認定ZEROゲーマー同士の戦いは最後までもつれる事が多いけど、遼子ちゃんはやっぱり強さを誇示したね」
店内にいた客は皆遼子に惜しみない拍手を送った。
遼子は何も言わず、ただ黙って片方の拳を振り上げる。
「ナイスファイト!僕も負けてられないな」
宏弥は遼子とハイタッチを交わすと、席を譲ってもらい、筐体の前に座った。
「クソッ、ビビッて消極的になっちまった。もう少し時間があれば逆転出来たってのに」
歯を食いしばりながら、順也は立ち上がり、静香に席を譲った。
「頼む」
「任せて頂戴。
ココで2連敗するワケにはいかないでしょ」
伊達静香は大きく伸びをして気持ちを落ち着かせると、筐体の前に座り、宏弥に呼びかける。
「宜しくね」
「宜しくお願いします。ココで勝てば完全勝利。
遼子ちゃんも勝ったんだし、僕も良い所を見せたいです」
幼いながらもしっかりとした態度を見せる宏弥に、静香は昔の自分を重ねていた。
一時は東北地方の北部一帯を制覇した伊達家に待っていたのは、織田家による厳しい監視の目と、領土縮小と言う憂き目だった。
元上杉家である長尾一族が事業で大成功を果たし、長尾財閥として成長していくのを横目で見ながら悔しい思いをしてきた。
努力を怠ってきたワケでは無い。
だが、チャンスを掴む事がどうしても出来なかった。
静香は、伊達家の末裔として育ってきた。
伊達の子孫として恥ずかしい振る舞いをしない様にと厳しく躾けられた。
だが思春期を迎え、やりたい事も出来ず鬱憤が溜まる毎日に耐え切れなくなった彼女は『出奔』。
東北を制覇した暴走族『ポイズンロッド』のリーダーである登坂順也と出会い意気投合。
その後秋田県認定ZEROゲーマーとなり今に至る。
そんな彼女にとって、長尾遼子や小島宏弥は絶対に負けたくない相手であった。
「私はドロップアウトしてしまったけれど、『伊達家の末裔』である事を誇る気持ちは今でも変わらない。
真なる雪国の覇者はどちらなのか、正々堂々決着を付けましょう」
それは、彼女の心に残っていた意地だったのかもしれない。
彼女自身は躾けられる事を嫌っていた。
それでも長尾財閥への対抗心の様なものは育っており、同じゲームをプレイしているならば勝って自分が上である事を証明したかったのだ。
小島宏弥も長尾遼子と同じ戦国時代の武家の末裔で、祖先は上杉謙信の家臣であった。
勇猛果敢な戦いぶりから『鬼小島』と恐れられた小島(こじま)弥太郎(やたろう)の子孫であり、遼子と共に全国大会を目指す様になったのはある意味当然とも言える。
彼はキャラクター選択画面の際に赤いカラーのイリスを選び、勝ち続けてきた事から『赤い悪魔』の異名を持っていた。
「静香さんと直接戦った事は無いですけど、D・QUEENの使い手である事は知ってましたよ。
昨年の全国大会では16強に残った程の腕前だそうじゃないですか。苦戦しそうです」
その時静香が初戦で敗れた相手がベスト8へと駒を進めた『天邪鬼』こと、兎川真紀だった。
当時の口惜しさがまざまざと蘇り、思わず静香は顔を背けてしまう。
「イリスに負けた時は、一瞬目の前が本当に真っ暗になったわ。
同じ思いは、もうしたくない」
D・QUEENはD・KINGの妻と言う設定で、動作は似ているがスピードが全く違う。
魔獣変身も備わっているが、D・KINGとは違い動作が緩慢になる代わりにスーパーアーマーが付くと言う特性を持っていた。
(相手はスーパーアーマー持ち……
防御が崩れずガード破壊も無効化するチート性能。
ただし、1回のラウンドで1度しか使う事が出来ない。
その数秒間を何処で使ってくるかが勝負の分かれ目になる)
キャラクター選択が完了し、戦うステージは『ヴァルー 湿地帯』に決まった。
大勢の観客が見守る中、試合が始まる。
『REAL DEATHGAME START!』
積極的に攻める姿勢を見せたのは静香の方だった。
D・QUEENの素早さを駆使してイリスに近寄っていく。
リーチの長さと与えるダメージの大きさで勝負するイリスにとって、動きの速い相手は苦戦しやすい。
「こっちが守る展開になるのは元々承知の上。
でも最後は勝たせてもらいます」
至近距離での攻撃をガードした後、相手がジャンプした瞬間を見逃さずに棍棒を振る。
それだけで体力の3割程が失われ、D・QUEENは大きく横に吹き飛ばされた。
(状況を把握して、私の事をちゃんと見てる。
インファイター同士の戦いは如何に相手の動きを読むかが大事な所だわ)
立ち回りの点では優位に立つ静香であったが、勝つ為には攻撃を当てねばならない。
不用意に飛び込むと棍棒の餌食となってしまう為、慎重な動きが要求された。
一方宏弥の方は緩慢な動きながらもジャンプで前後に飛びつつ、相手の懐に飛び込むチャンスを伺う。
(しびれを切らして突っ込んできてくれれば一番有難いんだけど、そうはいかないよね)
静香は相手が後方に向かってジャンプした瞬間にダッシュで殴り込みをかけ、相手が着地する前に突きで相手をダウンさせた。
動きの素早いキャラクターの起き攻めを回避するのは難しい。
宏弥は起きた瞬間に衝撃波を放ったが、その行動パターンは見抜かれていた。
「解るわ、私だって貴方の立場だったらそうするもの」
衝撃波を防御して、攻撃に転じたD・QUEENは、相手の体力を大きく減らす事に成功する。
溜め突き→壁バウンド引っ掻き→炎を纏ったパンチ→上段蹴り→再度起き攻めと流れる様な動きを見せた。
「洗練された動きだな。
手数を増やさなければダメージが増えないキャラクターで、最高のパフォーマンスを披露している」
「認定ZEROゲーマー特有の、高度な読み合いが上手く嵌った形になったわね」
観客席の方から感嘆の声が漏れる一方で、宏弥は内心焦りを感じ始めていた。
(捕まってしまうと逃げたり捌いたりするのが難しくなる。
何とか距離を取らないと)
宏弥は緊急回避として頭突きを行い、D・QUEENを一度ダウンさせる事に成功した。
静香は棍棒での起き攻めを受けたが、魔獣変身でガードを行いゆっくりと後退して追撃も防ぎ切る。
(頭突きではダメージが多く入らない。
静香さんは相当戦い慣れている)
イリスの一撃とD・QUEENの連続攻撃で与えられるダメージはあまり変わらない。
最初のラウンドの半分、30秒が経過した段階でお互いの体力も半分程に減っていた。
お互いの『強さ』を確認した両者は、牽制技を使い相手の動きを探り合っていた。
「去年の全国大会でイリスに負けた後、ウチのメンバーでイリスを使っている人と相当試合をこなしたわ。
もう絶対にイリスには負けられない。
トラウマを払拭して、私は前に進むのよ!」
絶妙なタイミングで棍棒を振りながら近付いていくイリスに対して、D・QUEENも果敢に攻める。
攻撃後の硬直に割り込む様な形で斜め下蹴りがヒットし、そのままコンボへと移行した。
「……相当場数を踏んでいますね。
勝負度胸も当て勘も冴えている様です」
遼子が顔を曇らせる程、静香のZEROプレイヤーとしての強さは高いものだった。
残り時間を考え、衝撃波で吹き飛ばされた後何とか逆転しようと近寄ってくるイリスに対して逃げの一手を取る。
徹底的にドライな立ち回りで勝利に拘った静香が、タイムアップでまず1ラウンドを取った。
(今まで沢山の人と戦って勝ってきたけど、どうもこの人とは相性が悪いな)
宏弥は自分の勝ちパターンに相手をはめる事が出来ず、苦しんでいる。
「よし、この勝ちはでかい。
このまま押し込んで逆転の芽を摘んじまえ!」
肩に手を当てて無邪気な笑みを見せる順也の声を聴きながら、静香は口元を緩ませた。
(うん、順也が喜んでくれるのが一番嬉しい。
貴方の為にも、絶対勝つから)
夜の街をあてもなく彷徨っていた時に声をかけてくれた順也の姿は、今でも静香の脳裏に焼き付いている。
順也がいたからこそ今の自分がある。
静香は再び真剣な表情に戻り、画面を凝視した。
D・QUEENの動きは非常に速い。その動きはクラムと同程度。
パワーこそあまり無いが、スピードで相手を翻弄する事が出来る。攻めにも逃げにも適した能力だ。
(このラウンドの60秒間は逃げ主体で捨てる。
運良くダメージが与えられれば御の字。
そうでなくても最終ラウンドで体力はイーブンになるんだから慌てる必要は無いわ)
第2ラウンドはイリスが積極的に攻めなければならない試合になった。
だがイリスの動きはかなり遅く、リーチの長さだけではD・QUEENになかなか追いつけない。
(焦ると逆に危険だ。
適当にあしらわれて、貴重なHPを失いかねない)
余裕を残している静香に対して、宏弥の方は残った1本のHPを守らなければならないのだ。
お互い決定機を見出す事が出来ず、悪戯に時は流れていく。
「もうこのラウンドは勝てないモンだと思って、攻めちまえよ」
残り時間が20秒になった時点で順也が静香にそう提案した。
確かに相手は攻める事に対して恐れを抱いている。
積極的に攻めて、HPを削りに行くのも悪くない。
D・QUEENは間合いを詰め、連続攻撃を仕掛ける。
イリスはその攻撃を衝撃波で無理やり潰した後、起き攻めを行った。
(イリスの起き攻めに対する防御は二択。
上段ガードと下段ガード……上段に賭ける!)
静香にとってこの選択は痛恨のミスに繋がってしまう。
下段棍棒跳ね上げ攻撃をガードする事が出来ず、重い攻撃を喰らってD・QUEENはラウンドを取られてしまった。
(相手が逃げを徹底していたら、結果は違っていたかもしれない。
とりあえず、流れは取り戻したぞ)
宏弥は心の中でほっと胸を撫で下ろした。
一方静香は順也の助言が結果的に敗北に繋がってしまった事に対して動揺を隠せない。
(順也、自分を責めないで。
私はあくまで自分の意志で貴方の助言を聞いただけなんだから)
「このまま行けば、勝てるわ。頑張って宏弥」
「うん。流れはこっちに来てるよ。連勝して完全勝利を目指そう」
最終ラウンドは有利不利無しの真剣勝負となったが、この時点では宏弥に分があった。
小島宏弥と伊達静香の戦いは終盤戦に突入していた。
実力的には互角。どちらが勝っても不思議では無い。
静香は何としてもこの試合に勝ち、長尾遼子との戦いに持ち込まなければならなかった。
「ココは譲れないわよ」
D・QUEENは開幕直後から果敢に攻めるが、イリスの鉄壁の防御に阻まれダメージを与える事が出来ない。
イリスの方も相手の隙を伺うがD・QUEENも深入りしてこなかった為反撃の機会に恵まれなかった。
「流石にどっちも後が無いだけあって堅い立ち回りをしてるなぁ」
「1つのミスが大ダメージに直結するゲームだもの、慎重になるのは当然よ」
観客も試合の行方を見守っている。
2人の後ろにいるパートナーも口を出す事が出来なかった。
(何としてもこの試合で終わらせる。
遼子ちゃんに負担はかけさせない)
(絶対に勝つ。勝って、長尾遼子を引きずり出す。
そして私が彼女にも勝つ!)
2人の気持ちは共にかなり強いものであったが、その気負いが仇となってしまったのかもしれない。
均衡が破れたのは、宏弥が近付き超必殺技を決めようとした時だった。
(不味い)
静香の反応の速さは驚異的なものだった。
スーパーアーマー状態を発動させ、間一髪の所で棍棒の一撃を無効化する。
「嘘でしょ……」
決まったと思った宏弥にとって、精神的動揺は相当大きかったに違いない。
スーパーアーマー状態を解除したD・QUEENが、今度はイリスの防御を崩し超必殺技を放とうとした。
(くッ……衝撃波が使えない。さっきの1回が響いた)
相手を掴んだ後放り投げ、巨大な紫色の炎に包み込み、爆発させる。
超必殺技が決まってしまったが、D・QUEENのHPが潤沢に残っていた事もあり、イリスはまだ体力を残していた。
「うわ、今のは防げないよなぁ」
「でも、まだ解らないぜ。
超必殺技はもう使えないけど、イリスの攻撃力は相当高い。
攻撃が上手く?み合えば逆転も可能だ」
宏弥は覚悟を決め、負けても悔いなしとばかりに無謀な攻めに転じる。
静香はその執念に気圧され、受け身に回ってしまった。
(まだ終わっていない。
相手が臆病になっている今がチャンスだ)
イリスはジャンプからの棍棒振り下ろしで相手にダメージを与え、怯んで後ろに下がった瞬間を見逃さず、投げを決める。
確実に狙っていた事が観客にも理解出来る程の露骨な投げだったが、結果としてその攻撃は通った。
「呑まれんな!」
順也の言葉が静香を落ち着かせた。
まだHPには余裕がある。下手に受け続ければ敗北は必至だ。
投げからの連続攻撃で一気に体力を削ろうとしたイリスだったが、衝撃波で吹き飛ばされる。
「宏弥。あと2、3回でかい攻撃が当たれば充分勝てるわよ!」
遼子の助言が宏弥をさらに奮い立たせた。
勝利を信じて、攻めを継続する。
だが反撃された時の対処を考えていない攻撃の代償は大きかった。
(見えた!)
キャラクターが後ろに仰け反りそうになる程の重い一撃を叩き込んだイリスであったが、その攻撃直後の硬直時間も必然的に長くなる。
D・QUEENのスピードと相まって、確定反撃からのコンボを喰らったイリスは倒れてしまった。
自分が負けてしまった事が信じられず、呆然と画面を見つめていた宏弥は遼子に肩を叩かれようやく我に返る。
「大丈夫、まだ負けたワケじゃない」
(馬鹿な事をしてしまった……
確かに劣勢には立っていたけど、あそこまで無茶な戦い方をすれば反撃されるに決まっている。
熱くなり過ぎて戦況を見定める事が出来なかった僕が負けたのは必然。
まだまだ勉強不足だな)
2on2は最終戦に持ち込まれる事になった。
勝者同士が戦い、真の勝者を決めなければならない。
宏弥と席を交換した遼子は、キャラクター選択画面で迷う事無くエレーナを選択した。
「貴方とは戦ってみたかったの。
お互いに背負っているものはあるでしょうけれど、どちらが上なのか証明するわ」
「望む所です。
全国大会の予選も近いですし、私がどれ程成長したのかを見定める良い機会になりそうですね」
2人はZEROプレイヤーとしてはまだまだ伸びる余地を残している者同士だ。
この2人のどちらが予選突破の実力を持っているのか、観客はそこに注目していた。
(静香は俺よりも勉強熱心だ。
俺は経験を積む事で強くなったが、アイツには多くの知識がある。
俺は野試合に付き合いその知識に経験を与え、さらに上のレベルに引き上げた。
こんなガキどもに負けるワケが無ぇ。絶対に勝てるぜ)
順也は彼女と出会った事で粗暴さや残忍さが抑えられ、理知的なものの考え方や冷静に振舞う事の大切さを教わった。
人はそうやって変化していく。
より良い自分になれる様に切磋琢磨する事で勝利に近付こうとする。
静香も遼子も勝利を渇望する貪欲さがあり、その部分では互角。
あとは実力が全てを決めるだろう。
『REAL DEATHGAME START!』
雷鳴轟く『古城の屋上』を背景に、2人の最終戦が始まった。
エレーナ・オーロランドとD・QUEENの対決。
スピードではD・QUEENが、パワーや技の豊富さではエレーナの方が上である。
特に『氷の吐息』は両者にとって重要な意味を持っていた。
如何に当てるか、如何に避けるかと言う点だ。
「ココは攻めに行くわ」
D・QUEENの方が攻撃においてアドバンテージを取りやすい。
そこを理解していた静香は果敢に攻撃を仕掛けた。
(来ると解っていても選択を外せばダメージを受ける。
相手の動きを見極めないと)
しっかりと防御で攻撃に耐えた後氷の吐息で相手の俊敏さを奪おうとしたが、バックステップで回避されてしまう。
(登坂さんだったら焦れて無茶な行動に出たハズ。
静香さんは慎重さにおいて彼より優れている)
遼子はより一層気を引き締め、牽制を交えながら相手の攻撃を誘った。
「チャンスがあれば、無理にでも行くべきよね」
D・QUEENはダッシュで相手の懐に潜り込み、跳び蹴り→膝蹴り→ダウン追い討ち→起き攻めとエレーナを攻め立てる。
エレーナは衝撃波で余計な追加ダメージを回避すると、空中蹴り→パンチ→下段蹴り→氷の吐息でD・QUEENのHPを削った。
「凄ぇ。一歩も引かない殴り合いだ」
「2人共プレッシャーを感じているハズなのに、自分からミスをしていないわ」
最終戦と言う事もあり、高揚感はある両者であったが、不思議と落ち着いて対処する事が出来た。
戦っている『楽しさ』と、負けられないと言う『冷静さ』が2人の心にあったからだろう。
(単なる殴り合いじゃエレーナの方に分がある。
こっちは手数で押していかないと)
D・QUEENも衝撃波を上手く使い相手のラッシュから逃れると、相手の動きを見定める為スーパーアーマー状態になった。
(クッ、流れを断ち切られた。
かなり私が圧力をかけていた時だったのに)
遼子は試合中に『波』がある事を知っていた。
一方的に攻め立てる時と逆に追い詰められてしまう時の2つの波がある。
静香は自分に不利な『波』が来ている事を即座に判断し穏やかな凪、即ちどちらにも不利で無い状況に戻したのだ。
「良いぜ。相手の勢いを潰した。
このまま一気に押し切っちまえ」
スーパーアーマー状態から元の状態へと戻ったD・QUEENは、後ろに下がって様子を見ていたエレーナに襲い掛かった。
氷の吐息を喰らっても尚強気に近付いて投げを決めるが、動きが鈍ったせいで追撃が出来ない。
エレーナは態勢を立て直し、逃げようとしたD・QUEENに連続攻撃を行う。
(ちょっと意地を張り過ぎたかな)
何とか起き攻めを回避し、怒涛の攻撃をガードで耐えると、一旦距離を置く為ジャンプで相手の頭上を飛び越えた。
遼子はその一瞬を見逃さなかった。
相手が着地した瞬間に氷の吐息を喰らわせ、動きが鈍った所で投げ返す。
丁寧に攻撃を与えていったが、あと少しの所で攻撃が届かない。
「強引だけど、やるしかない!」
静香はD・QUEENの超必殺技を発動し、真横にいるエレーナに魔獣状態で抱き付いた。
相手の身体を馬鹿力で粉砕し、何とか1ラウンドをもぎ取る。
だがD・QUEENの体力は残り1割で、超必殺技を使ってしまうと言う大きな代償を払ってしまった。
この判断が正しかったのか間違っていたのか、静香にはもう解らない。
ただ、何としてもラウンドを取りたいと言う執念から、咄嗟に出た動きであった。
(私のミスを見逃さず、力で強引に捻じ伏せた……
この人は強い。本当に強い)
遼子は悔しい気持ちもあったがそれよりもこれ程までに強いプレイヤーと戦っている事に喜びすら感じていた。
彼女は井の中の蛙。県内では負け無しの強さを誇るものの全国大会予選突破の経験は無い。
そんな遼子の目の前に突如『ベスト16』が現れた。
静香と互角に戦えている事が嬉しくて仕方が無いのだ。
「私は今年も全国大会の予選に出場します。
勿論狙うのは予選突破、そして優勝です。
その為には、今是が非でも貴方に勝たなければならない。
勝てなかったら後々人生を振り返った時に激しく悔やむ。そんな予感がします」
「私も同じ気持ちよ。
私だってベスト8、そしてその上を目指しているんですもの。
貴方に負けてたら絶対に頂上には辿り着けないわ。
この試合は絶対に譲れない!」
互いに目指す『ZEROの頂点』。
昨年も同じ様にドラマがあり、静香はその一端を経験した。
経験したからこそ、もう1度その大舞台で輝いてみたい。
経験した事が無いからこそ、その大舞台に立って、スポットライトを浴びてみたい。
思いの強さは同じ。遼子は軽く息を吐き、目の前の戦いに集中した。
2人の体力が同じ状態で迎えた最終ラウンド。
遼子は静香の隙を突いて回し蹴りを喰らわせ、ハンデの無い状態でラストゲームを始めていた。
勿論、この状況になれば超必殺技を既に使ってしまった静香の方が不利になる。
しかし超必殺技も万能では無い。
外れれば発動直後の硬直は非常に長く、連続攻撃を喰らうのは間違いないのだ。
静香は相手が仕掛けてくるタイミングを見極めなければならなかった。
「どっちが勝つと思う?」
「いやぁ、やっぱり遼子ちゃんでしょ。
経験って言う点では負けるけど、才能がずば抜けてるからね」
努力で勝ち取った実力と、才能で得た実力。
長尾遼子は才能に溢れたプレイヤーだった。
そういった点から見れば、僅か数ヶ月で認定ZEROゲーマーに勝利する程の実力を付けた氷室零と似ているのかもしれない。
(少しでも隙を見せたら、やられる!)
静香は遼子の実力を充分承知していた。
彼女が順也と戦っていた時からその恐ろしさは理解していたのだ。
その為D・QUEENはさらに慎重な立ち回りをしていた。
決して無理をせず、ちまちまとダメージを与えていく。
エレーナはその見切りの良さに翻弄され、なかなかダメージを与えられずにいた。
(まだ4分の3しか減っていないけど、相手はノーダメージ。
残り30秒……判定で負けてしまう)
かと言って無理に攻める事も出来ない。
相手の方が動きが速く、下手に攻めるとカウンターを喰らいかねなかった。
(今の所は順調ね)
少しだけ安堵の表情を見せた静香。
だがその気の緩みが命取りになる。
バックステップ後ジャンプ攻撃で覆い被さってきたエレーナを捌こうとしたD・QUEENであったが、その空中下蹴りが防御していたのに当たってしまった。
「不味い!」
防御の為に入力しているコマンドの方向を狂わせる事を格闘ゲーム用語では『めくり』と言う。
ゲームキャラウターはガードする際、右か左にスティックを倒して防御姿勢を取らねばならない。
ジャンプをして相手に攻撃した時、相手を飛び越える様な軌道で攻撃が当たるとガードしている方向が逆と言う判定になり、攻撃が通ってしまうのだ。
狙って行う場合と偶然にそうなってしまう場合の2種類があり、この時は全くの偶然であった。
静香としてはガードしていれば防げる位置関係だと思っていたが、掠っただけでも攻撃判定は通ってしまう。
「やった!」
この幸運を逃すまいと連続攻撃を叩き込むエレーナ。
空中下段蹴り(めくり)→弱パンチ→上段蹴りから叩き落としに持ち込もうとしたが、途中で衝撃波を使われてしまった為に攻撃が途切れてしまう。
(ここは無理でも巻き返しに行く!)
すかさず起き攻めへと向かうD・QUEEN。
残り時間が少ない為何としても逆転しなければ勝ちが拾えない。
だが遼子はその起き攻めを読んでいた。
どう考えても静香が勝つ為にはそうするしかなかったからだ。
(決めさせてもらいます)
突っ込む様な形で近付いてきたD・QUEENにエレーナの超必殺技が命中した。
巨大な氷の塊を手に纏わせたエレーナが全力でD・QUEENを殴り、相手のHPをゼロにする。
実力と運。2つの要素を兼ね備えた遼子がこの対決を制する事になった。
「……あーあ。
さっきのは普通に防御出来たと思ったのに。私の負けね」
静香は肩をすくめて自嘲気味な笑みを見せながら自身の敗北を認めた。
逃げ切る事に気を取られた事、果敢に攻めなかった事で受け気味になってしまった事、逆転された時の想定を考えていなかった事……
敗因は多々あり、不運な要素もあったが結局は己の些細なミスの積み重ねが原因だった。
それを素直に認め、次に繋げていけるか否か。
ZEROプレイヤーとして彼女に求められているのはそういう部分なのだろう。
「貴方は本当に強かった。
偶然勝てた部分もありましたが、総合的には上回れたのではないかと思います」
遼子の言葉に静香はしっかりと頷き、不満は全く無い事を示す。
観客は両者の激闘を称え、勝利した遼子に対して惜しみない拍手を送った。
(まさか、静香が負けるとは……
予選前にこの結果が出たのは不味いな。対策を練っていかねぇと)
2on2で組む以上、静香は負けてはいられない。
勿論、彼自身も敗北したのだから様々な点をもう一度考え直さなければ次の勝ちには結び付かないだろう。
遼子も宏弥もこの勝ちに驕る事無く、最終調整を進めていかなければならない。
「有難うございました」
しっかりと握手を交わす静香と遼子。予選までの猶予期間はもう殆ど残っていなかった。
その後野試合をこなしていた遼子は、暫く休憩を取る為に椅子に腰をかけた。
そこに伊達静香が現れ、隣に座ると持っていた缶ジュースを遼子に渡す。
「私の奢りよ。
2on2の試合、貴方と戦っていて本当に楽しかったわ」
「わざわざすいません」
静香は自分用に買った缶コーヒーの蓋を開けると、一口飲んでから遼子の方を見た。
「私は貴方と同じ『良家の出身』だけど、貴方と違って逃げてしまった。
やっぱり、運命に立ち向かえる人の方が強いのかもしれないわね」
「いえいえ、私なんか好き勝手に遊んでるだけですよ。
財閥を支えていくのは兄の方だと思います。
ちょっと頼りない所もありますけど、私はそういう荷物を背負える様な人間じゃ無いですから」
遼子の母親は遼子の兄である晴男の事を溺愛しており、ゆくゆくは財閥の跡取りにする予定を立てている。
遼子は与えられる事を拒み、一般家庭で一般的な生活を営んだ事で庶民と変わらぬ目線を持っていた。
だからこそ大勢の者達に支持され、ZEROの世界で活躍出来ているとも言える。
「私の祖先にあたる上杉謙信公は兄が頼りない人間だからと進んでトップに立とうとしましたが、私はその器じゃありません。
万が一器であったとしても、私は今こうしてこの場所にいるだけで嬉しいんです」
多くの人間を魅了するカリスマ性、冴え渡る頭脳と向上心、そして男性にも負けぬ程の『強くありたい』と願う姿勢。
客観的に見ればどちらが財閥の後継者として相応しいかは一目瞭然であったが、彼女は『自身の幸せ』を優先した。
歩んできた道こそ違えど、長尾遼子と伊達静香は『似た者同士』なのかもしれない。
「順也は日本一の暴走族の頭になりたかった。
その夢が断たれてしまったからこそ、私は今の順也の夢を叶えてあげたい。
夢を現実にする為に、まずは予選を突破しないとね」
腹いせとばかりに野試合で格下のプレイヤーを『虐殺』している順也の方を見ながら、静香はそう言った。
静香は実家に帰る事すら出来ない状態だったが、例え勘当されたとしても『血』が失われる事は無い。
伊達政宗は『反骨の魂』を持っていた。
時代の流れを確実に見極め、それでいてその流れに素直に従うのを良しとしない。
彼女はZEROと言う怪物ゲームが現れた『時代』に抗っていた。
日本一になる夢を捨てずに戦い続ける。
誰もがその夢を共有し、勝とうと努力する。
ZEROが1つの時代の象徴となっている世界で、『日本一の座』が変わろうとしていた。
綾小路財閥の科学研究所では、『玄武』と『青龍』の性能テストが行われていた。
染井(そめい)義政(よしまさ)と黒沢(くろさわ)輝(あきら)の指揮のもと行われているこのテストでは、限界を引き出す為の開発が進められている。
「脳波コントロールの強度を上げ、それでも中の人間が壊れない様に負担を軽減するのだ」
いくら全国大会まで持てば良いと言っても、中身である九龍拓巳と日向剛が壊れてしまっては計画が頓挫してしまう。
その為冷却装置による電子頭脳及び人間の脳をクールダウンさせる措置が取られていたが、焼け石に水と言う状況だった。
「全国大会の決勝トーナメントでは最大出力にし、予選ではギアを少し下げるとしよう」
「しかし社長、そうなると最大出力にするのをぶっつけ本番で行わなければならなくなりますが」
社員は最大出力のテストでも中の人間が壊れる危険性があると主張し、黒沢はそれに同意した。
「今までの予行演習で充分データは取れている。問題は無いだろう。
そもそも使い捨てなのだから決勝戦まで中身が持つと言う確約さえ取れれば構わない」
黒沢は最大出力にする事で確実な勝利と中身の『記憶の破壊』と言う2つの難関を突破しようと企んでいた。
「適応力は流石ですな。
日本一の栄冠を得た頭脳だけの事はある」
「その通り。
馬鹿共が無駄な足掻きを続けている様だが、愚民を完膚無きまでに叩き潰し、綾小路財閥を日本一に据える。
総理暗殺によって混乱した社会を統率し、まとめ上げるのは我々だ。
御嬢様もその状況になればご活躍なされる事だろう」
「御嬢様は正義の心を持った御方。御嬢様が矢面に立ち国民の支持を受ける事によって我々裏方も動き易くなると言うもの。
最終的には政府は形骸化し、実質的に綾小路財閥が天武日本の覇権を握る事になる」
「……その暁には、竹中様にも消えて頂かねばならなくなるな」
竹中も、信国も、綾小路財閥も、一時の結束こそしているが結局己の私利私欲の為に働いているに過ぎない。
共通の目的の為に手を結びながら、背中に隠したもう片方の手に短刀を握り締めている状態だった。
それでも、この結託は政府にとって脅威と成り得る。
彼等の謀略は最終局面へと向かいつつあった。