※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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何故こうなってしまったのか?に対する説明回となります。
九龍拓巳が何故スターになったのか、どうして狙われたのか。
後々の番外編の伏線にもなる大事な話ですね。


番外編 あにいもうと

【2004年 12月31日 東京都 ZEROドーム内】

 

『それではこれより、表彰式に移りたいと思います。

 該当者は、前に出てきてください!』

 熱狂に包まれたZEROドーム。

 観客席からの拍手の音が鳴り止む事は無かった。

 

 遂に決定した2004年度の覇者。

 万雷の拍手は彼を称える為のものだった。

『まずは3位決定戦にて勝利し、見事3位に輝いた五十神(いそがみ)妖(あや)さん!』

 赤い瞳と漆黒の髪を持った少女が表彰台に上がり、マイクを向けられる。

 

『今の率直な気持ちを教えてください』

『……3位と言う最低限の結果を残せた。それだけです。

 勿論、優勝したかったのですが、残念な結果になってしまいました』

 少女は殆ど無表情で淡々と答え、メダルと賞金パネルを貰った後も俯いたままだった。

 

『3位となった五十神さんには、銅メダルと賞金1000万円が授与されました。

 続いて惜しくも頂点には届かなかった準優勝者、日向(ひむかい)剛(つよし)さん!』

 大柄な男性は表彰台の上に登ると、メダルとパネルを受け取り、照れ臭そうに笑った。

 

『どうですか、今のお気持ちは』

『悔しいですけど、凄ぇ楽しかったなぁ。

 拓巳と思いっきりガチでやって、勝てなかったんですからしょうがないです。

 でも俺は諦めませんよ。今度は必ず、1番上まで登ってみせますから』

 司会者と手を握った後、剛は観客席に向かって力一杯手を振った。

 

『準優勝の日向さんには、銀メダルと賞金5000万円が授与されました。

 そして、今大会の栄えある優勝者、九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)さん!』

 表彰台に上がった青年はメダルと賞金パネルを貰い喜びを露わにした。

 

『まずは、2004年度全国大会優勝おめでとうございます!』

『有難うございます。この場所に立つ事をずっと夢に見ていました。

 それが叶って、ほっとしていると言うのが今の率直な感想です』

 美しく輝く金メダル、さらに優勝賞金1億円。

 世の幸せの全てを手に入れた様な笑顔を浮かべ、喜ぶ青年に司会が質問を続ける。

 

『色々苦しい局面もあったと思いますが、貴方の中で何処がターニングポイントだったと思いますか?』

『一番は決めにくいんですが、敢えて挙げるなら準決勝で五十神さんと戦った時ですかね。

 何度も追い詰められましたが、玖留美の声援が何度も俺の背中を押して、励ましてくれました』

『妹さんも喜んでいるでしょうね』

『はい。今もあそこにいるんですけど、涙を流しちゃってますね。

 恥ずかしいなぁ』

 

 そう言った拓巳の目にも涙が浮かんでいた。

『最後に、今後貴方と同じ場所を目指す皆さんに対して、何か一言メッセージをお願いします』

『格闘ゲームは努力の世界なので、諦めずに継続する事が大事ですね。

 それと、仲間内で切磋琢磨し合う事。己を信じて挑み続ける姿勢を忘れない様にしてください』

 司会に拍手を促され、観客席からはさらに大きな拍手が巻き起こる。

 

『それでは優勝トロフィーの授与です。

 アークラインズ名誉会長である織田信虎総理から、優勝者である九龍さんに直接手渡されます!』

 何人ものSPに囲まれていた男性が彼等から離れ、1人で彼のもとへと近付いていく。

 銀色に光り輝くトロフィーを持って移動する織田(おだ)信虎(のぶとら)の姿を見つめる者の中に、竹中(たけなか)醍醐(だいご)官房長官の姿があった。

 

 (トロフィーを両手で持っている為銃が使えない。

 SPも帯同しない。奴を仕留めるとしたら、邪魔が入らないこの瞬間しか無いだろう)

 そんな邪悪な計画を企んでいるとは思えない張り付いた笑顔を浮かべながら、彼も他の者達に混じって拍手を送る。

「優勝おめでとう。君は我が国の誇りだ」

 トロフィーを渡された後それを掲げた拓巳は歓喜に酔いしれ、大歓声の中何度も片手を上げていた。

 

「乾杯!」

 東京都にあるゲームセンター『電脳(でんのう)皇帝(こうてい)』のメンバーは、元日に新年会を開いていた。

 参加メンバーは見事全国大会で優勝した九龍拓巳と彼の妹である九龍玖留美。

 まだ家に帰っていない日向剛と彼等と仲が良い香川県認定ZEROゲーマー、海野(うんの)亜津子(あつこ)も参加していた。

 

「それにしても、凄いですねぇ……

 私なんてまだ1度も予選を突破した事が無いんですよ。

 昨年の大会も拓巳さんは全国大会の決勝トーナメント進出を果たしてましたけど、まさか今年優勝するとは……」

「本命中の本命だよ。それだけにプレッシャーが半端無かっただろ」

 

 2mの身長を持つ剛は居酒屋の中でも一際目立つ。

 当時まだ未成年だった為酒は飲んでいないが、皿の上の刺身を次々に平らげていた。

「まぁね。俺だって人間だ。

 そりゃ緊張したさ……結果的には勝てて良かったよ」

「来年は俺が王座を奪う。少なくとも連覇は絶対阻止してやるぜ」

 

 剛が準優勝と言う結果に満足していないのは当然だった。

 貰える賞金以上に、優勝した後覇者が得るものは大きい。

 その圧倒的な名誉は優勝した者にしか味わえない特権の様なものだろう。

「来年こそ、決勝トーナメントに行きますよ!

 私としては、まずそこからですね」

 

 居酒屋内の空気に気圧され、口数が少なくなっていた玖留美は、兄と目が合った。

「……私、信じてたから。

 兄さんが勝つって。本当に良かった」

「有難う、お前のおかげだよ。

 最後まで集中力を切らさずに戦えたのは……感謝してる」

 

 拓巳は玖留美を強く抱き締め、彼女は兄の思いを感じ涙を流す。

 ここまでの道のりが長く険しいものだったからこそ、玖留美は今この瞬間の喜びを噛み締めていた。

 

 九龍拓巳の人生は全国大会で優勝した事により一変した。

 アークラインズが出版している雑誌のコラムを任され、対談企画等でさらに知名度が上がる。

 ゲームCM、TV番組への出演、東京での講演で次々に溢れんばかりの金が懐に入ってきた。

 時代の寵児となり、各方面で引っ張りだこ。

 彼を知らない者は1人としていなくなった。

 

 それは天武日本だけでは無く、EU諸国連合やアメリカ合衆国でも同じだった。

 海外に招待され実力を存分に発揮し、生まれた国だけで無く世界中が彼をスターとして扱う。

 それは今までの優勝者も同じであったが、拓巳の場合はルックスの良さも手伝い、さらに人気が拡大していった。

 

「この前オーストラリアでZEROの大会があったんだろ?」

「招待されたよ。天武日本は冬だけどあっちは夏。

 水着美女に囲まれて、豪華なホテルに宿泊させてもらって……

 凄い歓待ぶりだった。

 向こうでもZEROが流行ってはいるみたいだけど、技術的にはまだ発展途上だね。

 あっさり優勝して、政府から純金の金貨を貰ってきたよ。

 あそこ、金の採掘が盛んだからさ」

 

 新年会から1ヶ月が経過した頃、九龍拓巳と日向剛は喫茶店で話をしていた。

 ヤギの姿が描かれた金貨を見せながら笑顔を見せる拓巳に対して、剛は心から羨望の眼差しを向ける。

 

「はぁ……お前の話を聞いてると嫌になるね。

 1位と2位でこの違いだよ。

 天上人と一般人程の差がある。

 あの時勝ってりゃ、今頃俺がお前に自慢話をしてたんだろうな」

「それはどうしようも無いだろ。お前は負けたんだから」

「いや、それはそうだけど……」

 

 サングラスをかけて人目を忍ぶ拓巳であったが、近くにいた女子高生達は彼の存在を察知して近付いてきた。

「あ、あの……九龍拓巳さんですよね?」

「そうだよ。こういうのは慣れてるし、気軽に話してもらって構わないから。

 サインでも書く?それともツーショット写真を御所望かな」

 疲れてはいるがそれを見せまいと振舞う拓巳は彼女達の要望に応じ、写真撮影とサインを済ませた。

 

「有難うございました!」

「憧れるだけじゃなくて、俺と同じ場所を目指しなよ。

 何時か決勝トーナメントの舞台で会えると良いね」

 

 女子高生2人が去った後、拓巳は重い溜息をつく。

「全てにおいて幸せだなんて幻想だよ。

 プライベートも何もありゃしない。

 有名になればなるほど練習時間が減っていく。

 全国大会で連覇する奴が出ないのも頷けるね」

「有名税って奴か。ファンへの御機嫌取りも大変そうだな」

 拓巳はその言葉に対して頷いた後、懐から小さなノートを取り出した。

 

「実は今、『ギルドZERO』と言うチームを作らないかと亜津子ちゃんから誘われていてね」

「へえ。どんなチームメンバーで構成するつもりなんだ?」

 彼はノートを剛に渡し、剛はノートの中を覗いた後真剣な表情を見せる。

 

「こりゃ、相当豪華なメンバーだな。

 都道府県認定ZEROゲーマーばかりじゃねえか」

「メンバーになる為の条件がそれだからね。

 剛、お前にも入ってほしいんだ。

 俺がリーダーだと角が立つだろうし、リーダーは別の人にお願いしようと思ってる」

 

 一番実力を持っているプレイヤーが人の上にまで立ち始めると、様々な軋轢が発生する。

 拓巳はそれを知っているからこそ、チームリーダーを天邪鬼にする事を前々から考えていた。

「ギルドZEROの目的は1つ。

 メンバー同士で高めあい、全員が頂点を狙って邁進する事。

 それが行える環境が古都府にあるからこそ、リーダーを天邪鬼さんにお願いしたのさ」

 

 古都府のゲームセンターは地下に存在し、非常に広くフロア全体を貸し切りにする事も可能だった。

 都道府県認定ZEROゲーマーのレベルになると、なかなか兵同士で対戦を行う事が出来ない。

 拓巳はゲームセンターに兵しかいない状態を作る事で、全体の能力向上を図ろうとしていたのだ。

 

「お前にも入ってもらう予定だ。

 出来れば、今度の決勝トーナメントはメンバー全員で占めたいと思ってる」

「大胆なアイディアを考え付いたな。

 近付いてくるファンを追い払うんじゃなく、閉鎖空間を作る事によりファンが入ってこれない状況を作り出すなんて」

 

 剛にとっても、悪くない話だった。

 東京都のゲームセンターは人が多く集まってくる為、プレイヤーの腕に差がある。

 腕自慢の者達しかいない場所で戦い続ければ、今よりももっと強くなれる可能性が高い。

 

「じゃあそれに関しては喜んで入らせてもらうぜ。

 豊さん達も、対策を練ってくるだろうがな」

「確かに千葉の連中は要注意だね。

 決勝トーナメント進出経験のある豊さんや、最近相当強くなってると言う涼介君もいる」

 

 お互いに切磋琢磨し合う事で強くなろうとしているのは、彼等だけでは無かった。

 危険視すべき相手は沢山いる。

 既に知っている人物だけで無く、まだ見ぬ強豪も多く存在しているだろう。

 拓巳はそれを知っていたからこそ、優勝しても尚頂点を追い求めようとしていたのだった。

 

 7月の終わり頃に行われた『親善試合』は、ギルドZEROに多くの課題を突き付けた。

 誇りを持って挑んだ試合で拓巳は氷室零に負け、リーダーの天邪鬼でさえ彼には勝てなかった。

 氷室零との対戦経験が無かったと言えば言い訳にしかならない。

 拓巳は、全国大会の予選が始まる前にどうしてもリベンジがしたいと思っていた。

 

「正直、自分の認識が甘かったとしか言いようがありません。

 真剣勝負で負けたのは、自分の腕がまだ未熟であると言う事。

 ギルドZEROのメンバーとしてもう一度、今度は彼等のホームで戦おうと思っています」

 

『九龍君、本当にごめんなさい。

 本当は私も同行したいんだけど、色々と忙しくて……』

「良いんですよ。

 俺が勝手に向こうへ行って、戦ってくるだけですから。

 吉報を待っていてください」

 

 8月下旬、拓巳は日向剛と共に千葉県にあるゲームセンター『エターナルナイト』へ向かおうとしていた。

 自分達のホームで負けた屈辱を晴らす為には、彼等のホームで勝つしか無い。

 その思いを胸に、出発の準備を整えていた拓巳は、自分の部屋のドアを軽く叩く音を聞いた。

 

「入っても良い?」

「ああ、構わないよ」

 ドアが開き、玖留美が部屋の中に入ってきた。

 何時もとは違う憂鬱そうな表情をした妹の様子が気になり、拓巳は声をかける。

 

「どうしたんだ、浮かない顔をして」

「兄さん、千葉の方へ行くんでしょ?」

「ああ。この間古都で痛い敗戦を喫してしまってね。

 今度は絶対に勝ちたいんだ。俺の強さを皆に証明してみせる」

 

 決意に満ちた表情で語る拓巳の腕を、玖留美はぎゅっと強く握り締めた。

「兄さん、ココにいて。

 何故だか解らないけど凄く嫌な予感がするの。

 胸騒ぎと言うか、虫の知らせって言うか……

 お願い、少しの間家の外に出ないで」

 

 玖留美は昨日の夜、悪夢を見た。

 兄がとても邪悪そうな黒い影に攫われ、姿を消してしまうと言う夢だった。

 これ程ハッキリと内容を覚えている悪夢を見た事が今まで無かった彼女にとって、それは予言の様に感じられたのだ。

 

「駄目だよ、剛とも約束してるんだ。

 そう簡単に予定を変更する事は出来ない。

 このチャンスを逃すと、自由に振舞える時間が出来るまで相当待たなければいけなくなるからね」

 

 ギルドZEROの活動は拓巳の助けにこそなったが、それでも時間は限られていた。

 様々なイベントに呼ばれ、勝つ事に拘る拓巳が自由に動ける時間はかなり少なくなっていたのだ。

 今回の丸2日の休みも、スケジュール調整を何度も行い、ようやく作れたものだった。

 

「この機会を逃すと手遅れになる。

 俺は行くよ。行かなきゃならない」

「兄さん!私を信じて!!

 今まで私が兄さんに対して嘘をついた事があった?

 側にいてほしいと思った事はあったわ。

 でも今回はそれとは別。兄さんの身に危険が及ぶかもしれないの」

 

 涙を流して拓巳に抱き付いた玖留美の頭を、拓巳は優しく撫でた。

「大丈夫だよ、東京から千葉へ行って、帰ってくるだけさ。

 それに剛は腕っ節も強いから頼りにしてる。

 俺は自分が何処までやれるか挑戦してみたいんだ」

 

 準備を済ませた拓巳の耳に、インターホンの音が聞こえてきた。

「剛が来たみたいだ。もう行かないと」

「兄さん……」

 玖留美の懇願する様な声を背に、拓巳は自分の部屋から出ていく。

 己の判断が間違っていた事を、彼はまだ知る由も無かった。

 

 拓巳は全国大会で優勝した事もあり零と同じ様な高級マンションに引っ越していた。

 エレベーターで1階のロビーへ向かい、外で待っていた剛と合流する。

 

「待ったか?」

「いや、そこまでじゃねえさ。

 久しぶりの遠征でワクワクしてきたぜ」

「豊さんの通っている『ホーム』のゲームセンターに行くのは初めてだからな……

 まずは山手線で上野駅まで行こう。

 そこから一橋駅まで、30分位で行けるハズだ」

 

 拓巳は東京都在住だったが、住んでいる場所自体は静かな場所であった。

 駅に到着すれば人の波が待ち受けていたが、今歩いている場所は人気が少ない。

 

「良い所に住んでるんだな。

 俺も引っ越したんだが戦闘機の離着陸音が五月蠅くてよ」

「天武日本自衛軍の基地が近くにあるんだっけ?

 住まい自体は綺麗で良かったのに」

 適当に会話をしつつ歩いていた2人の耳に、呻き声が聴こえてきた。

 

「何だ、今の声は」

「裏路地の方から聞こえてきたぞ」

 助けを求める様な声に反応した拓巳と剛は、すぐに脇道に入り奥の方でうずくまっている老人の姿を見つけた。

「大丈夫ですか?」

 胸を押さえて苦しむ老人に駆け寄った拓巳は、剛に向かって叫ぶ。

 

「急病かもしれない。

 剛、119にかけて救急車を呼ぶんだ」

 最新型の携帯電話を取り出し、慌てて電話をかけようとする剛の背後に、何時の間にか怪しい男が立っていた。

「その必要は無い」

 ガスマスクを着用した黒服の男は剛が振り向いた瞬間、顔に催眠スプレーを噴射する。

「うぐッ」

 ほぼ同時に胸を押さえていたハズの老人も素早く懐から催眠スプレーを取り出し、拓巳の顔面に噴射した。

 

「がッ」

 超強力な催眠スプレーは噴霧されたガスを吸い込んだだけで即座に昏倒する程の威力を持っている。

 意識を失い、倒れた2名に黒服の男達が近付き、注射器で腕に薬液を注入した。

 催眠スプレーの効果は一時的なものだった為、さらに深く昏睡状態に陥らせる為に注射を行ったのだろう。

 男達は完全に意識を失った2人を車の中に押し込むと、老人と共に車に乗り込み走り去っていった。

 

 2人が意識を取り戻した時、彼等は身体の自由が奪われている事を認識した。

 手術室の様な台に寝かされ、青色の手術服を着せられている。

 手首と腹が金属によって固定されていた為動く事も出来ない。

「剛、どうする」

「畜生、起き上がる事も出来ねえ。一体何だってんだ!」

 

 自動ドアが静かに開き、先程の老人と黒服を着た髭面の男性が部屋に入ってきた。

「初めまして。

 君達に大分無礼を働いてしまったが、これも全ては我々の計画の為だ。許してほしい」

 謝っていると言うよりも、酷薄な笑みを浮かべていた老人の顔に対して、剛は腹を立てる。

 

「くそッ!ニヤニヤ笑ってねえで、これを外しやがれ!!」

「それは出来ない。君達には大事な仕事が待っているからね」

 部屋の奥の方から運ばれてきた2体のロボットの方を見ながら、老人は彼等に話しかけた。

「私の名は染井(そめい)義政(よしまさ)。

 君達を拘束したのはこのロボットの『中身』が欲しかったからだ」

 

「中身とはどういう意味なんだ」

 拓巳の質問に対して、染井は目を細める。

「言葉通りの意味だよ。君達にはこのロボットの中に入ってもらう。

 このロボットは中の人間を特殊な電磁波を使って操作する事が出来るのでね。

 脳波コントロールを行う事で単なる機械には出来ない事までやれる究極のマシンが完成すると言うワケだ」

 

 拓巳の顔から血の気が引いていった。

 完全な操り人形になれと言われているのだ。

「俺と剛の2人が突然失踪したとなれば、警察は必ず俺達を探そうとするハズだ。

 お前の思い通りにはならないぞ」

 

「期待しない方が良い。

 我々は警察に対して圧力をかける事が出来る。

 法曹関係者も政治家も金の力で黙らせる事が出来るんだ。

 君達を探そうとする公的機関など存在しないよ」

 

 憤怒の表情で睨む剛を見ても、染井と黒沢は全く動揺しなかった。

「綾小路財閥だな。

 そこまでハッキリと金の力を示せる所はそうそう無い」

「全て忘れる事だ。

 まぁ、君達はどのみち全ての記憶を失い廃人になるしか無いんだがね」

 

 医者の恰好をした2人の男が部屋に入ってきた。その手には注射器が握られている。

「君達2人にとっては現世で見る最後の光景だろう。

 数時間後には、ロボットとしての新しい人生が始まるんだ」

「俺はお前達に屈しはしない。

 必ずお前達の非人道的な実験の実態を世間に晒してやるからな」

 

 暴れる剛と拓巳の腕に再び針が刺さり、深い眠りへと導いていく。

 染井は満足気にその一部始終を眺めていたが、2人が意識を失うとすぐに部下2名に命令を下した。

「青龍と玄武を2人の身体に装着するんだ。

 馴染むかどうかのテストを行うぞ」

「了解致しました。準備は整っております」

 黒沢は『財閥の道具』となった2人の末路を、表情を変えぬまま見続けていた。

 

 数日後、九龍玖留美は全く連絡が取れなくなってしまった兄を探してもらう為に交番を訪れていた。

「千葉県のゲームセンターに行くと言って出ていった後、行方が解らなくなってしまって……」

「解りました。

 お兄さんの顔写真や、出かける時に来ていた服装等を説明してもらえますか?」

 応対した警察官は親身になってくれている様で、結果としては失踪の捜索広告が作られただけだった。

 

 メディアも不気味な程に静かだった。

 あれだけ世間に顔が知られていた九龍拓巳が失踪してしまったと言うのに、最低限の報道で幕を閉じてしまう。

 手掛かりも目撃情報も全く無いまま、まるでもとから九龍拓巳と言う人物などいなかったかの様に扱われた。

 だが当然妹の玖留美は諦めてはいなかった。

 周囲に話を伺ったり、千葉県のゲームセンターに足を運んだ。

 

 彼女が知っている情報は『千葉県のゲームセンター』と言う一部分だけ。

 やっと目的の店を探し出した時に、兄が置かれている状況が把握出来た。

 兄を救い出す為なら、兄を越える程強くなる。

 玖留美はそう心に誓い、彼等と共に練習を始めたのだった。

 

 玖留美は東京の高校に通う傍ら、『エターナルナイト』に足を運び、猛者達と練習を続ける日々を送っている。

「宜しくお願いします!」

 筐体の前に座り、画面を見つめる彼女の瞳の奥には、『兄を助ける』と言う信念の炎が燃えていた。

「そういや、玖留美ちゃんは2on2の相方、決まってるの?」

 練習試合の開始前に声をかけてきた豊に対して、俯きながら彼女は首を横に振った。

 

「今の所はまだ……」

「相方は当然、強い人の方が良いけど相性の問題もあるから難しいわよ。

 でも任せておいて。玖留美ちゃんと組んでくれる人を絶対に探しておくから」

 あかりも玖留美の気持ちを受け止め、出来る限り力になろうとしていた。

 

「全国大会の予選は11月に行われる。全国8箇所の会場で同日開催されるんだ。

 僕達は予選での同士討ちを避ける為に遠征も視野に入れている。

 参加する会場は自由に選べるからね」

 8つに分けたエリアの代表を決める予選でありながら、何処の予選に参加しても問題は無い。

 つまり、沖縄県の人間が北海道の予選に参加して『北海道エリア代表』となる可能性は充分にあった。

 

「今、ギルドZEROのメンバーと話し合って参加する会場を吟味している所だ。

 色々調べているんだが、情報によると綾小路桜華は東北会場に参加するらしい。

 あのロボットは北海道の会場に行くんだそうだ。

 俺達はそのエリア以外を狙う」

 

 情報をリークしたのは綾小路財閥側で、会場の情報を彼等に教えたのは五十神妖だった。

 『決勝トーナメントで零と戦いたい』と言う桜華の意向には反対出来なかった染井が、妖を使ってわざと情報を漏らしたのだ。

 零達もその情報から予選で彼女と当たる事を避け、他の会場での参加を模索していた。

 

「予選で勝てればそりゃそれに越した事は無いが、あれだけの強さだ。

 予選の様子は全てTV中継され、動画配信も行われる。

 そこで彼等の戦い方を見てから決勝までに対策を練った方が良い」

 

 青龍に惨敗したあかりはその言葉に同意した。

「玖留美ちゃん。青龍の強さは貴方のお兄さんと同じ。

 いえ、ミスの頻度が限りなく低いと言う点を加味すれば上かもしれないわ。

 格闘ゲームにおいてミスをしないと言う事は隙が殆ど存在しないと言う事。

 それでも、ロボットと直接殴り合うのでは無くゲームで戦うのなら必ず勝機はあるハズよ」

 

 届かない場所でも、己の鍛練とたゆまぬ努力によってその場所を飛び越えていく。

 格闘ゲームプレイヤーはその積み重ねで成長し、数々のドラマを自ら作っていくのだ。

「自分の全力……

 いえ、それ以上の力を出して何としても決勝トーナメントまで行きます」

 己に言い聞かせる様に発した玖留美の言葉に対して、その場にいた全員が頷いた。

 

「この場所にいる全員の力を合わせて、予選突破者が多く出る様にしたい。

 玖留美さんもそう思っているだろうし、僕もそうだ。

 僕達の夢は僕達自身で実現させよう」

 

「今年は行ける気がするんですよね。

 仕上がりも上々だし。

 千葉県認定ZEROゲーマーの名に恥じない様に戦いたいです」

「皆さんの成長は私も実感していますし、私自身も勝ちが増えてきた気がします。

 拓巳さんを救う為にも、そして優勝者をこの場所から出す為にも頑張りましょう!」

 

 多少思いは違えど、目的は同じ。予選突破に全力を尽くす。

 2005年度のZERO全国大会は、昨年度の決勝を上回る名勝負が生まれるかもしれなかった。

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