足りない台詞の補修や、改行を使って見易くしたりなどの行為です。
少しでも良いものにする為に頑張りますので宜しくお願い致します。
俺が天から降ってきた光の矢に貫かれる前――
『何としても全員生き残ろう。ココに集まった者達皆で勝ち鬨をあげるんだ』
俺達は天界人との最終戦争に備え、少しでも多くの仲間を集めようとしていた。
地上の密林地帯で生活している俺達ヴァルーの獣人族を空中都市に住むスカイロンの連中は認めようとせず、何度も滅ぼそうと攻めてきた。
俺達は炎の神の力も借りて撃退してきたが、スカイロンの天界人達は遂に『奥の手』を出してきたらしい。
全兵力をこちらに差し向け、ヴァルーの民達の殲滅を図ろうとしていた。
勿論俺は奴等にこの地を侵略される事など望んではいない。
戦う意志のある仲間達はこの戦争のリーダーとなった俺と共にヴァルーの象徴である『勝利の神殿』の前に集結した。
しかし蓋を開けてみれば俺達は成す術も無く数を減らしていった。
獣人族よりも遥かに多い天界人の兵士達が攻めてきただけで無く、『奥の手』と呼ばれていた1人の少年の力により軍勢が崩壊。
俺と共に戦っていた仲間達の安否も解らぬまま、俺は得体に知れない場所に飛ばされ不気味な豪邸に招かれる事となった……
「ココが、ZERO様のお屋敷でございます。
お時間まで、くつろいで頂いて結構ですが、くれぐれも絵画や美術品に手を触れたりしない様お願い致します」
玄関から入るとそこは広いエントランスホールとなっており、既に見知った顔も含め様々な世界の者達が集まっていた。
「チッ、最後もケモノ野郎か。
ZEROって奴はヴァルーの下等民族を随分過大評価してやがるな」
目つきの悪い天界人の少年がワザとこちらに聞こえる様にそう言ったが、俺は聞こえないフリをして仲間がいる方へと歩を進める。
黒づくめの悪趣味な衣装に灰色の革手袋……戦っていた時遠くからでもよく見えた『奥の手』の姿がそこにあった。
「もう諍いは止めて頂戴。互いに憎み合って何になると言うの?」
巫女の様な衣装を纏った水色の髪を持つ少女が、無視された事に苛立ち突っかかっていこうとした少年を宥めた。
ギラついた深い深淵の様な濃い赤紫色の瞳を少女の方へ向け、少年は服を掴んで制止しようとした少女を振り払う。
「説教なんざもう聞き飽きたぜクルミよ。
テメェが何と言おうとコレは私怨じゃ無ェ。仕事だ。
この世から獣人族を一掃しろと王は俺に命令を下した。
殺すなんて言葉も生温い。害虫駆除みてェなモンだろ」
尚も制止しようとする少女を突き飛ばし、少年は俺の背後に立つと挑発する様な言葉を発した。
「ヴォルフ・ムーンリファード……確か獣人族のリーダーで一番強ェんだってなぁ。
俺の力がありゃすぐにこの世からいなくなるんだろうが。
テメェも必ずこの俺が滅ぼしてやる。
天界人の方がケモノなんかよりずっと優れた民族である事を証明してやるぜ」
俺はこの場で声を荒げても得にならぬ事を充分理解していた為、少年の罵声を無視して仲間達の方へ向かう。
「チッ、臆病者が。ボロ雑巾の様に地べたに這いつくばらせてやるからな、覚悟しやがれ」
「よく耐えたね、偉いよヴォルフ。
アタシもああいう輩は殴ってやらなきゃ解らないと思うけど、今はとにかく話し合わなきゃ」
既に端の方に集まっていた俺の仲間達は、俺が近付くと無事を喜び、暖かく出迎えてくれた。
サイファがココにいる事が頼もしい。
彼女ならば、天界人と戦う事になった場合頼りになるだろう。
「それにしても、挑発だけとはな。
天界人の奴等ならすぐにでも俺達を攻撃してきそうなものだが……」
「館の主が『決してこの中では争うな』と言っていたからだ。
それを無視しようとしたあやつは拙者を連れてきた老人に凄まじい形相で睨まれたわ。
すごすごと引き下がりおった」
艶やかな露出度の高い衣装を身に纏った褐色肌の女性の隣にいる、よく見知った顔の戦友はそう言うと目を瞑った。
純白の甲冑を身に付け巨大な斧を両手に持つ猪の獣人……シラノ・レミング。
レミングとは100年前の戦いでスカイロンの屈強な戦士をも食い尽くした齧歯類の名だと彼は口癖の様に言っていたものだ。
「とにかく、我々は全員あの老人に連れてこられたと言うワケか。
どういう思惑があるかは知らんが、油断せぬ方が良さそうだ」
鷲の獣人であるケルゾア・スカイフィールドもいた。
そんな顔馴染みの中に混じっていた獅子の獣人の姿が目に留まり、俺は息を呑む。
「あの御方は、まさか……?」
「我々も最初は人違いではないかと思ったが、エンペラー様に間違い無いそうだ。
天界人と戦うとなった際は御味方してくださるらしい」
俺達とは少し距離を取って壁にもたれかかっている男……彼は俺達にとって紛れも無い英雄だ。
過去幾度と無く大軍勢で攻めかかってきた天界人の兵達を撃退した獣人族の元リーダーで、俺が生まれる前に死んでいたハズだった。
呆然としていた俺に背後から近付いてくる者の気配を感じ、振り向くと泣きじゃくっている妹の姿があった。
「ヴィアージュ、無事だったのか……全く姿が見えないから、心配していたんだぞ」
「兄さんこそ無事で良かった。
兄さんの身に何かあったらと思うと、私怖かったの」
駆け寄り抱擁を求めてくる妹を受け入れつつ、俺は周囲をもう一度確認する。
サイファと同じ様に光を纏っているゴッドヤードの者達の姿もあれば、戦争に参加しなかったヴァルーの民の姿もあった。
向こうも俺達の事を見知っているらしく目を合わせようとすると顔を背ける。
参加しなかった負い目を感じているのだろうか。
最も強く俺の興味を引いたのは部屋の隅でピクリとも動かずただ立ったままの状態でいる巨大なロボットだった。
「ケルゾア、あれはスカイロンの機動兵器か?」
「神殿で戦っていた時は一度も目にしていなかったからな……
スカイロンの兵器ならば真っ先に最前線に投入されそうな代物だが」
何らかの金属で全身が構成されている事はまず間違い無い。
身長は俺の2倍はあるだろうか。
この場所にいる16名の中では誰よりも大きく、もし敵であるのならば最も手強い相手になりそうだった。
『4つの世界から選ばれし戦士達よ!私の名はZEROと言う』
突如ホール全体に響き渡った声に、俺を含めた全員が反応し辺りを見渡した。
だがエントランスの何処にも人影は見えない。
『獣人達の世界ヴァルー、天界人達の世界スカイロン、神々の住まう天界ゴッドヤード、地の底の魔界ヘルハウンド。
私は全ての世界を繋ぐ特異点に君臨する最強の王なのだ。
君達を光の矢によって滅ぼし、この特異点に連れてきた目的はただ1つ。
私と戦うに相応しい最強の戦士とは誰なのか、それを決める為のトーナメントを行う為だ』
機械を使っていると言うより、天から声が降ってきている様だった。
男かも、女かも解らぬ不気味な声に天界人の少年でさえも黙ってその声に耳を傾けている。
『今から君達を無作為に2人ずつ選び出し、別の場所で戦ってもらう。
これは試合では無く、どちらかの命が果てるまで続く殺し合いだ。
勝った者はまた別の勝者と殺し合いをし、最後の1人になるまでそれを続ける。
そして最後の1人は私と戦う権利を得るのだ。
私を倒す事が出来たならば、1つだけ何でも望みを叶えてやろう』
それは俺達が互いに殺し合わねばならない事を意味していた。
今俺を離すまいとしている妹とも、仲間とも殺し合いをすると言う事だ。
「そりゃあ良いな!そういう展開を待ってたんだ!
俺は最強だ、誰であろうと俺を越える奴等いねェ!
獣だろうと神だろうと全員ぶち殺してやるぜェ!!
ククク……ヒャーハッハッハッハ!」
天界人の少年は狂った様に喚き散らした。その笑い声にZEROと名乗る人物の声が被さる。
『それでは早速第1回戦を始めよう。
どちらかが死ぬまで私が指定した場所から戻る事は出来ん。第1回戦のスタートだ』
その声が聞こえるか聞こえないかと言う内に、一瞬で俺の周りの環境はガラリと変わっていた。
俺を離さなかった妹の姿も、仲間の姿も消え失せ、気がつけば俺は岩だらけの荒涼とした大地に立っていたのだ。
そして目の前には先程ホールにいた16名の1人である紫色の帽子を被った少年が立っていた。
「どーも。僕はクラム。クラム・スモールデビル。
ケチなヘルハウンドの墓荒らしさ。
特に恨みは無いんだけど、勝って世界中のお宝を手に入れたいんだ。
僕の願いの為にもアンタには消えてもらうよ」
両手で持っているスコップの先端が槍の様に鋭くなり、クラムと名乗った少年はニヤニヤ笑いを浮かべながらジリジリと間合いを詰めてくる。
(相手はやる気充分の様だな、やるしかないのか……)
俺は覚悟を決め呼吸を整えると、迫り来る敵に対抗する為構えを取り唸り声を発した。
『次のニュースです。
昨日発生した信国の大規模なテロ事件において、斎藤善龍総理は会見を開き一連の事件を引き起こした組織であるとみられる紅虎明命との対決に挑む姿勢を露わにしました』
『私はテロ組織によるクーデター等絶対に認めるワケにはいきません。
織田総理とも協力して、紅虎明命を壊滅させる事に政治生命の全てを捧げる事を誓います』
『近年信国では斎藤善龍総理のもとで安定した政権が続いていましたが、それを快く思わない紅虎明命と名乗る過激団体が天武日本大使館を襲撃する等の事件が多発しています。
織田信虎総理大臣は一連のテロ組織の暗躍に『紅虎血判』と呼ばれている信国の裏サイトが絡んでいる事を会見で発表し、信国のネット規制にも取り組んでいく事を明らかに――』
気分まで憂鬱になりそうな長い雨が昨日の夜からずっと降り続いていた。
霧雨の様な弱いものであったが何時強くなるのかも解らない為外にいる人々は殆どが傘をさしている。
「ニュースも気分が明るくなる様なモンは無えか。
この間も信国の方では駐車場に停めてあった天武日本製の車がガソリンをかけられて燃やされたって言ってたな」
「そりゃ天武日本人の所有者もいるでしょうけど、殆どは信国人が使ってる天武日本の車でしょ?
同じ国の人同士で被害を出してるなんて変な国ね」
アパート貧荘の井島豊が住んでいる部屋では朝から火村あかりがソファに座って携帯機を操作していた。
「しょうがねぇよ。
今の信国は事実上天武日本の属国みてぇな扱いだけど、戦国時代までは明って言う別のアジアの国だったんだからさ。
総理の祖先がそこを侵略して完全に統治して今に至るワケだが、日本に対する潜在的な憎しみは相当強いらしいぜ」
既に2人共着替えを済ませており出かける事は出来るのだが、一応軽い朝食は取っておきたいと豊が言った為あかりは食事が終わるのを待っている所だった。
「それにしても生卵と納豆を混ぜたのは御飯との相性抜群だな。
スルスル入っていくし、味噌汁も美味えや」
「今日は零の住んでる所にお邪魔するんだから、ちゃんと歯は磨いておきなさいよ。
そこに口腔洗浄剤も置いてあるみたいだけど」
「解ってるって」
あかりは豊の部屋に来る前に朝食をとっていた。
アークラインズが数日前に発売を開始した携帯機、ブラックエリプスを即日購入したらしく豊にも購入を勧めている。
「そういや、携帯機のZEROにもストーリーモードはあるのか?
外で対戦が出来るのは有難いけどさ」
「映像美って点ではアーケード版に劣るのかもしれないけど、アーケード版でやれた事は全部出来るわよ。
対人戦には及ばないかもしれないけど己を研鑽する為にプレイするチャレンジモードも搭載されてるんだから」
対戦格闘ゲームが携帯機に移植される場合1人用のゲームモードも充実させていかなければならない。
特に重要なのはストーリーモード等に使用されるコンピュータの仮想対戦相手の人工知能(AI)であろう。
人工知能が優秀でなければ実戦訓練にならない為、アークラインズはその点も踏まえたゲーム作りを心得ていた。
「零の戦い方があまりにも恰好良かったから今ヴォルフでプレイしてるのよ。
ストーリーモードだとトーナメントの対戦相手も変化したりするのよね。
涼介が使ってるクラムが第一回戦の相手だったりして」
対戦格闘ゲームの『売り』となるのはストーリーとキャラクターだ。
ストーリーが秀逸であればある程プレイヤーはのめり込み、キャラクターへの感情移入も増していく。
ZEROもキャラクターを前面に押し出したゲームとなっており、プレイヤーの増加を大きく牽引していた。
「いやぁ食った食った。朝食はやっぱ腹にもたれないモンに限るわ」
「食器は私が洗っておくから歯を磨いてきて。
零はかなり良い所に住んでるみたいだし身だしなみには気を遣わないと」
豊は大きく伸びをした後テレビの電源を落とし、洗面台の方へ向かう。
あかりは食器を台所の方へ持っていった。
4月に豊達が零と出会った後交流は続いていたが、豊とあかりが零の家に出向くのは今回が初めてである。
『たまには僕の家にも遊びに来てよ。
妹も友達が出来たって言ったら喜んでくれたんだ』
あの勝負の日以降零は頻繁にアパート貧荘を訪れ、ブラックホイールでの野試合を楽しんでいた。
涼介や比呂子も混じって遊び、エターナルナイトのゲーマーともすっかり顔馴染みになって最近は毎日の様に顔を出していると言う。
その為豊もある程度は零の家庭環境を推測する事が出来たが、いい加減な記事を書くワケにはいかなかったので今回の訪問は願ってもいない展開であった。
(零に承諾を得る事さえ出来りゃ、闘戦興の記事になるしな。
ゲーマー達の間でも話題になっちまってるんだし)
今年の年末に開催される一大イベントである全国大会で活躍しそうな選手。
その『謎の新人』の腕前を拝見しようと他県からやってくるプレイヤーも多い。
零の存在が一種の客寄せになってくれている為エターナルナイトのオーナーである蔵崎も最近は満面の笑みを絶やさなかった。
「ねぇ、あれじゃない?スカイヒルズ本郷って」
「おお、すげぇ……俺らの住んでる所とは世界が違うって感じだな」
小雨の中出発し、アパート貧荘から20分程歩いた所で零の住んでいる場所が見えてきた。
ゲームセンターがある一橋駅周辺から少し離れた、閑静な住宅地である点はアパート貧荘とそれ程変わりはしない。
しかしスカイヒルズ本郷はその階層、美しさ、規模どれを取っても比べ物にならない程の高層マンションであった。
「ベッドタウンになりつつある宮本市じゃ20階建てのマンションなんか普通だと思ってたが、豪華な所じゃねえか」
「20階建てのマンションって言うから縦に細長いのかと思ってたけど広さも相当なものね」
2人がまず目を見張ったのは住民達の玄関となるロビーだった。
高級ホテルのロビーと見紛う様な絢爛さに溢れている。
「豊、警備員の人が何人もいるわよ。
インターホンじゃなくて受付で聞いた方がいいのかしら」
「天井も凄ぇ……マンションのロビーだってのにシャンデリアが飾ってあるぜ。
凡人の俺等には想像も出来ない世界があったとはなぁ」
完全に都会へやってきた田舎者の様になっていた2人であったが、気を落ち着けた後ロビーにいる係員の所へ向かった。
「すいません、井島豊と申します。
氷室零さんの自宅に招かれているんですが……」
「了解致しました。15-Bの氷室様ですね。只今お伺い致します」
係員は近くにあった受話器を取り誰かと暫く会話していたが、やがて受話器を置いた後2人に免許証の提示を要求した。
「お手数をおかけしますが、最近何かと物騒なもので」
(監視カメラも結構あちこちにあるな。セキュリティも磐石か)
豊は免許証を持っていたがあかりは持っていない為健康保険証を渡す。
係員は暫く写真と実際の顔を見比べていたが免許証を返却しさらに金色のカードを2人に渡した。
「スカイヒルズ本郷では顔認証システムとカードキーを併用するシステムとなっております。
こちらのカードキーは誰に貸し出したかも逐一記録しておりますので、退出する際には必ず返却してくださいませ」
奥に進む為の通路は強靭そうなガラスのドアに閉ざされており、その隣に顔認証システムらしきカメラとカードを挿入する箇所が見える。
「最長貸出期間は3日間になります。
それ以上滞在する場合は貸出期間の更新を行ってください。
貸出期間の更新やカードキーの返却の際は必ずこちらへおこしになってくださいませ」
豊は係員の言葉に対して頷くと、あかりと共に開いた扉の向こうへと進んでいった。
この扉を通るまではどんな者でも係員の視界に入る事になる。
その扉の奥にあるエレベーターの近くにも監視カメラが配備されていた。
泥棒がいちいち破壊していたら間違い無く捕まってしまうだろう。
「高層マンションともなると、流石にうちと違って顔パスってワケにはいかないわね」
「沢山の監視カメラ、恐らくは24時間体制の係員。
一番最初のロビーに入る為の扉の両隣には警備員もいたし、監視室みたいな所もあるんだろ。
この豪華さからいくと、部屋1つの値段は5000万以上はするだろうな。零は大金持ちってワケだ」
「大金持ち……豊、そういえば私、『氷室』って姓で有名な人がいたハズなのよ。
正確には覚えてないんだけど、新聞で顔を見た事があってね」
エレベーターは15階で停止し、2人はそこで降りた。
零から誘いを受けた時点で彼の部屋が15階にある事は彼自身から聞いている。
15-Bと書かれた扉のインターホンを押すと、零では無い女性の綺麗な声が聞こえてきた。
『どちら様ですか?』
「アークラインズ編集部の井島豊と、俺の友達の火村あかりです。今日そちらにお招きを受けまして」
豊がそう言った後ドアが開き、零とよく似た雰囲気を持つ銀髪の女性が2人を中に招いた。
「兄さんから話は伺っています。どうぞこちらへ……」
彼女は零の妹だとすぐに解る様な儚げな雰囲気を漂わせていた。
兄と同じ冷たさすら感じさせる水色の瞳が相対する者を一瞬竦ませてしまう。
瑠璃色のワンピースを纏い、歩く姿は凛とした印象も与えた。親はかなり躾に厳しかったのだろう。
「兄さん、豊さんとあかりさんが来たわよ」
「やぁ、待ってたよ。
何時も何時もそっちにお邪魔して悪いから、たまには来てもらおうと思っていたんだ」
零もやはり変わってはいない。
妹と同じ銀髪で、とてもすっきりした顔立ちをしている。
白のワイシャツにジーンズだけと言うラフな格好をしていたが、着ているもの自体はかなり高そうに見えた。
「瞳(ひとみ)、宅配業者がもうすぐ来るだろうから受け取っておいてくれ。
それと2人に紅茶を」
「ええ、解ってるわ兄さん。御二人とも紅茶で宜しいですか?」
「あ、はい……それで良いです」
呆気に取られていた2人は我に返り質問に応えた。
リビングのソファやテーブルはかなり良さそうな材質で出来ており、部屋全体が生活感を感じさせない程綺麗に片付いている。
自分達が住んでいる狭くて汚れも目立つアパートとはまるで違う世界に2人は暫くの間完全に見惚れてしまっていた。
(ホント、こういう所に住めたらいいわね)
(壁にかかってる絵とかあそこにある青磁の壷とかはやっぱ高ぇのかな。
窓からの眺めも凄ぇわ)
リビングからベランダに出る事が出来る様で、部屋の中にいても15階から見る景色はなかなか壮観だった。
よく目をこらしてみれば自分達が住んでいる貧荘も見えるかもしれない。
そんな事を思っているうちに紅茶が運ばれてきたので2人はソファに座った。
「遠い所からよく来てくれたね。どう、なかなか良い所だと思ってるんだけど」
「いやいや、良い所過ぎてどうコメントしたらいいのか解らねぇよ。なぁあかり」
豊と同様に、あかりもどう応えていいか困る程良い部屋であると思っていた。
「ホントよね、あ、有難うございます……美味しいですねこの紅茶も」
「高級と言う程ではありませんが良い茶葉を使っていますから」
零は笑顔を浮かべていたが、妹の方は複雑そうな表情をしていた。
俯き、悩んでいる様にも見える。
「そういえば紹介が済んでいなかったね。
妹の瞳だ。こちらは僕の友達の豊君とあかり君」
「初めまして。
兄から色々とお話を伺っていましたが、兄に友達が出来たのは初めてなので私も嬉しく思っています」
瞳はやっと笑顔を見せ、兄の方を見た。
零も少し気分が高揚している様にも見受けられる。
あかりが持参してきたブラックエリプスを見せると、零も戸棚の方を指差した。
「僕も念願の携帯機を買ったんだ。
後で対戦をお願いしても構わないかな?」
「ええ勿論。私もまだ携帯機で対戦した事が無いから是非零と戦いたいと思っていたの」
その時インターホンのチャイムが鳴った為、瞳が席を離れ玄関の方へと向かう。
戻ってきた時にはかなり大きな荷物を抱えていた。
「随分大きい荷物ですね」
「今日の昼食です。良かったら御二人もどうぞ」
キッチンで中の食材を取り出していく瞳。
鶏肉や白菜等様々な食材が中に入っている。
冷蔵庫には調味料や飲み物が入っていた。
「飲料水や調味料は1週間に1回、食べ物は1日3回規定の時間帯に届けられる。
買い物をする時間の節約になるんだ。
全てカード決済だから余計な小銭を持ち歩く必要も無い。
ZEROもプレイする時は何時もゲームカードを使ってるからね」
財布の中に小銭や札が全く入っていなかった時の事をあかりは覚えていた。
恐らく万単位のお金を予めチャージしているのだろう。
「だからあの時、カードしか持ち歩いてなかったのか。
食べるものも全部取り寄せとなるとかなり金がかかるだろ」
「今は親の遺産で食べさせて貰ってるからね……無茶な使い方をしない限りは大丈夫だと思うよ」
あかりはキッチンに向かい、瞳の手伝いを申し出た。
「兄さん、時間がかかると思うから先にあれを見せてあげたらどう?」
「そうだね。豊、ちょっとこっちに来てくれないか?見せたいものがあるんだ」
零が豊と共に奥の部屋へ向かうと、瞳は大きな溜息をついた。
「私の気持ちも察してくれると嬉しいんだけど……」
憂鬱そうな溜息に心配し、あかりは声をかけた。
「どうしたんですか?」
あかりにしてみれば、こんな豪華な部屋に住み満ち足りた生活をしている彼女に不満がありそうなのが不思議だった。
瞳は何も言わず、目で合図を送るとあかりを別の部屋へ案内する。
そこには高そうなグランドピアノが置かれていた。
「凄い……これ、何なんですか?」
あかりが驚いたのはそのグランドピアノでは無く、その近くの棚に所狭しと飾られているトロフィーやカップの方だった。
全て音楽関係のものらしく、大会に優勝した記念や功績を称える記念を示す言葉がトロフィーやカップに記載されている。
「私の父と母のものです。
父はその世界では有名な指揮者で、母はその才能を大いに愛されたピアニストでした。
多忙な毎日で私と兄は愛情を与えられる事が少なく、兄にピアニストとしての才能がある事が解ると父は兄を溺愛する様になり、同時に厳しい教育を施す様になったんです。
母親もそれに参加し、兄も両親の笑顔が見たい一心で練習を続けました。
やがて兄は幼い頃からその才能を開花させ、『リストの再来』と呼ばれる程に腕を上げました。
これできっと2人にも喜んでもらえる。そう思った矢先、両親が他界しました。
大規模な公演の為にニューヨークへ向かう途中、紅虎明命の自爆テロ事件に巻き込まれて……」
瞳の目には涙が滲んでいた。
悔しさを隠せないのか、両手の拳をきつく握り締めている。
「特にショックを受けて、変貌したのは兄の方でした。
元々私も兄も与えられる愛情が少なかったせいで笑う事が少なかったのですが、兄は両親の死後殆ど笑わなくなりました。
厳しい教育のせいで感情をどう表に出せば良いのか解らなくなり、両親の為に努力し研鑽を続けていたピアニストとしての地位も両親の死により無駄になったと思ったんでしょう。
魂の抜け殻の様になり、ピアノに触らなくなってもう何年にもなります。
高校を卒業した後何をするでも無く、両親の遺産で食べていく事を選択しました。
働かず、最近はゲームセンターに入り浸る様になって、話すのは格闘ゲームの事ばかり。
このままじゃ、兄は駄目になってしまいます!」
あかりは泣き崩れそうになっている瞳の肩を優しく叩いた。
「焦っちゃ駄目ですよ、瞳さん」
「でも……」
「傷は、すぐには癒えないものなんです。
長い時間をかけて、話し合ったり、笑い合ったりして癒していくものですから。
私も豊の『傷』を癒してきた過去があります。
誰だって、人には言えない傷を持っている。お兄さんの気持ちも理解してあげてください」
「…………」
瞳は俯いたまま黙ってしまった。
あかりはただ何となく、15階の部屋から見える眺めに目を向ける。
「それに、格闘ゲームも甘くは無い世界ですよ。
特にZEROに関しては、日本のみならずアメリカやEU諸国連合にも熱心なプレイヤーがいる程ですから」
「……どうしてあかりさんは、得にもならないゲームを続けているんですか?」
瞳の質問に、あかりは笑顔を見せながら応えた。
「楽しいからですよ。
そりゃ格闘ゲームで食べていけるのはごく限られたトッププレイヤーだけですけど、面白いじゃないですか。
男に腕力ではかなわない私が、大の男に勝つ事が出来るんですよ?
努力次第で何でも叶う。それが格闘ゲームなんです」
「努力、次第で……」
あかりは棚に置いてあった写真立てを手に取った。
そこには幼い頃の零と瞳、そして両親の姿が映っている。
「親の枷から外れて、自由気儘に羽ばたいてみるのも、悪くは無いと思いますよ。
そりゃピアニストとしての腕があるなら、それを活かすに越した事は無いですけどね……でも、任せてください。
関わりを持ったからには貴方のお兄さんも私達の仲間です。
時間はかかるかもしれませんが、何時か必ず……」
瞳はあかりの手を取り、涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
「有難うございます。
もう、私1人の力ではどうにもならないんです……
お願いします。兄を助けてください!」
「零、お前本気なんだな」
その頃豊は、零に案内された部屋に置かれていた物を見て息を呑んでいた。
「据え置きの本体でプレイするものは実際のゲーム内容と異なっている場合が多いからね。
細かい調整や設定の変更が行われる事がある。
ゲームセンターで強くなりたいのなら、一番の近道はこれしか無いさ」
それはZEROの筐体だった。
恐らく株式会社アークラインズから独自のルートで購入したのか、何処かのゲームセンターと直談判して購入したかのどちらかだろう。
「まともに買えば200万以上するだろ、これ」
「先行投資だと思えば高くは無いさ。今年は僕も頂点を狙ってるからね」
豊はその言葉を蛮勇だとは決して思わなかった。
零の腕ならば、確かに優勝も充分狙えるだろう。
「今年の年末に行われる全国大会。
優勝者には1億円が支払われる。しかもそれだけじゃない。
優勝者に与えられる名誉、プロゲーマーとしてのテレビ出演・本の出版・講演活動……
最終的には一生食べていけるだけの金が手に入る」
国民的格闘ゲームとなったZEROで勝ち抜いた先にあるものを零は承知していた。
その栄光を手にする事が出来るのは天武日本国民1億人の中のたった1人。
2000年に稼動開始。2002年から全国大会が行われる様になり、これまでに3人の優勝者が誕生している。
「俺もアークラインズの記者になる前から挑んで、1度だけベスト16入りした事がある。
初年度の大会だった……
ただその後から本格的な研究が進んで、理詰めで戦う奴が多くなってな。
涼介みたいなプレイヤーがどんどん増えていったよ」
豊は愛おしそうに筐体に近付くと、レバーを弄んだ。
彼もまたあかりと同じ様にZEROの魅力に浸かっている者の1人である。
「零、強いプレイヤーが続々と名乗りをあげている今、全国大会で優勝するのは至難の業だぞ」
「解ってる。それでも僕はやらなくちゃいけないんだ。妹の為にも」
零は穏やかに語りながらも、その内面に滾る決意を隠しはしなかった。
「昔の僕はゲーム以外の事をやらされていた。
嫌々やっていた部分はあったけど、最終的には少し好きになったよ。
でも今はZEROの事以外考えたくないんだ。
だから、妹を安心させる為にはZEROで勝つしか道は無い」
零のまるで女性の様な白い手は血の滲む様な練習を物語るかの様に、所々にまめが出ていたり、腱鞘炎の腫れの跡が残っていたりした。
豊もまた、諦めている様に振る舞いながらも諦めきれず零の様に戦い続けてきた身であった為彼の気持ちが理解出来る。
「僕がZEROの世界で有名人になり安定した収入を得る事が出来れば、妹が不安になる事も無くなる。
だから必ず栄冠を掴まなきゃならない。
努力が必ず報われるのがこの世界だ。
やり込みは決して自分を裏切らないからね」
熱に浮かされた様に喋り続けていた零であったが、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、再び豊の方を向いた。
「お互いに切磋琢磨し合って、一緒にその先へ行こうじゃないか」
目の奥の光が決意の強さを物語っていた。
豊も零ならば、と思った。
彼ならば、本当にやれるのかもしれない。
数ヶ月と言う短期間で稼動当初から今までプレイを続けていた自分や涼介をあっさりと追い抜いてみせた男だ。
これからまだまだ伸びていくとすれば最早想像も出来ない領域へと到達するのではないか。
豊はそう信じて疑わなかった。
リビングに戻ってきた豊と零は、瞳とあかりが作った鳥肉と白菜の煮込み鍋を一緒に食べる事にした。
「豚骨スープで煮込んでいるので、シメは市販の袋麺を入れたお手軽ラーメンです」
高いマンション暮らしの為食事は節約しているのだと瞳が説明したが、食材自体はかなり質の良いものだった。
(配達品だしこれ産地直送なのかしら……
同じ様なものを家でも作るけど、ここまでは美味しくないもの)
「4人で食事を取るなんて何年振りだろう。
長い間ずっと、2人で食べていたからね」
零は何気無くそう言ったが、その言葉には彼が孤独から解放された喜びが伝わってくる。
「君の兄貴は凄い奴だよ。
これからもっともっと伸びていくと思うと恐ろしさすら感じる程だ」
袋麺をスープに入れながら、豊は笑顔でそう言った。
「兄さん……楽しいのは解るけど、父さんや母さんが伝えようとしてきた事も忘れないでね」
「勿論、父さんや母さんが残してくれたものには感謝しているよ。
だけど……今はピアノを弾く事よりもレバーとボタンを操る事の方が楽しいんだ。
人の気持ちも理解出来る様な気がするから」
零は一瞬だけ『その事には触れるな』と言わんばかりに不機嫌な態度を見せたが、またすぐ笑顔に戻った。
瞳も自分にはどうする事も出来ない不甲斐なさからか、自然と小さな溜息をつく。
空気が若干張り詰めたものへと変わった。
「瞳ちゃんは、ゲームはやった事無いの?」
事情を知らない豊はそんな質問を瞳にぶつけた。
「……子供の頃から今まで、触った事すらありません。
何も生み出さないものをやった所で、そこに意味なんてありませんから」
「はは、手厳しいねぇ。そりゃ残念。
俺としては、ゲームをやった事が無い奴は人生の半分位は損してると思うよ」
あくまで笑いながらの発言ではあったが、瞳は豊の目の奥で光る真剣な眼差しを感じた。
その真剣な顔に気圧されながらも、瞳は豊に質問を返す。
「……何故、そう思うんですか?」
「ゲームはそれ自体が面白いんだけどさ、優れたコミュニケーションツールでもあるんだよゲームって。
初対面同士でもゲームと言う繋がりを持つ事が出来るし、格闘ゲームなら互いのテクニックを駆使した真剣勝負を楽しむ事が出来る。
俺さ、ゲームやってる時『1人じゃ無い』って事を強く感じる事があるんだ。
その感覚が味わいたいのかもしれないね」
意図して言った言葉では無かったが、瞳はその言葉で少し心が動いた。
(孤独を感じていた兄さんが、人との繋がりを求めてゲームを始めた……?)
零は何も言わず、ただ静かに頷いた。
あかりもその意見に賛同する形で話し始める。
「私も格闘ゲームプレイヤーとして色々な繋がりが持てたし、男女問わず沢山の友達が出来たわ。
ゲームって言うのはその人の積み重ねてきた思いが凝縮されているもの。特に格闘ゲームなら尚更よ。
あの人に勝ちたいって強く思って練習して、筐体の前に立った人の覚悟や、信念が伝わってくる。
その心が大きければ大きい程私だって負けたくないと思っちゃうし、その気持ちに応えないといけないって思うのよね」
「…………」
瞳は何も言わず、ただこれと言った反論が出来ない自分に悔しさを感じている様だった。
ゲームに全く触れた事が無い彼女は、何も知らない故に確固たる反論等出来なかったのだ。
ただ漠然と、ピアニストとして尊敬していた兄からピアノを奪った悪としかゲームと言うものを認識出来なかった彼女にとってその言葉は意外なものだった。
事実彼女は筐体も据え置きも全く触った事が無い。画面すら見た事が無かったのだ。
「零、そう言えばお前に行っておかなきゃならない事があったんだった。
来週の日曜日空いてるか?」
「大丈夫だけど、それがどうかしたのかい」
「いや、俺達のホームになってるゲームセンターのオーナーである蔵崎さんがさ、零と戦ってみたいって言うんだよ。
ZEROの腕も立つ店員も含めてさ。まぁ客寄せの一環って部分もあるんだろうけど、向こうは本気みたいだぜ」
零には揺らがぬ自信があった。
そのレベルの人間に負けていては、自分の目指す場所には辿り着けない。
「解った。承諾したと向こうに伝えてくれ」
ピアニストとしての兄を心から尊敬していた瞳にとって、零の変貌は許せない裏切り行為であった。
それでも、その頃には決して見せなかった快活な笑顔やあの頃以上に見せる真剣な表情、そして先程の言葉が耳から離れない。
(……本当に、その世界を少しでも知れば私の価値観は変わるのかしら?)
「瞳さん、貴方も一度、エターナルナイトに遊びに来ない?」
考えを巡らせていた最中、あかりの突然の提案に瞳は面食らった。
「えッ、私が?」
「蔵崎さん達との対戦日にエターナルナイトに来てほしいの。
瞳さんも色々思う所はあるでしょうけど、ゲームセンターって凄く楽しい所なのよ」
「まぁ、昔はガラの悪い連中もかなりいたけどさ。
エターナルナイトはそういう迷惑な客を締め出してるからトラブルには巻き込まれにくいぜ」
豊もあかりの言葉に賛同する形で瞳を誘う。全く触れる事無くただ憎んできたゲームの世界。
だが目の前で笑っている2人の言葉に嘘は感じられなかった。
心からゲームを愛している人間がいる事実に驚きを隠せない。
(兄さんが、ZEROに固執する理由も解るかもしれない。
何より、私を励ましてくれたあかりさんが何かを伝えようとしてくれている)
腹を括り、瞳は零と共に『エターナルナイト』へ来店する事をあかりと豊に誓った。
千葉県柏市。
『千葉県の心臓』と呼ばれる事もある繁華街で、日曜日ともなると多くの人々が駅前に集まってくる。
付近にはマンションや飲食店が立ち並び、夜になれば路上ミュージシャンが夢を求めてギターを掻き鳴らす街。
一橋駅からそう離れてはいない柏駅の近くにあるゲームセンター『ヘリオス』もまた、ZEROで一旗揚げようとする若者達で溢れかえっていた。
(……また、負けた……どうしよう、完全にスランプに陥ってる)
外から聞こえる雨音は彼女にとっては涙雨の様なものだ。
雨宮比呂子は豊達が零の家で昼食をとっていた頃、練習台で己と向き合っていた。
人見知りがちな彼女はエターナルナイトでは無いこの場所でストーリーモードを続けていたが、コンピュータの対戦相手にすら勝てない状態だった。
(私も、先輩に憧れてこの世界に飛び込んだけどもう限界なのかな……)
比呂子はZEROを始めた時期こそあかりと同じで様々な大会に出たものの、徐々に実力差が付き始めている。
エターナルナイトでプレイしている客の殆どが実力者であり、それに追いつけない『壁』を比呂子は感じ始めていた。
(私だって勝ちたい。勝って先輩の様にとびきりの歓喜を味わいたい。
でも、練習を続けても全然勝てなくて……)
雨宮比呂子が火村あかりと出会ったのは、高校1年生の頃だった。
人見知りで臆病な彼女は女子グループに目を付けられ、陰湿な虐めを受けていた。
絶望の淵にいた彼女を救ったのが当時高校3年生のあかりだった。
『許せないんだよね、個性を尊重せずにただ排除すれば良いって考えている奴はさ。
比呂ちゃんは何も心配しないでいいよ。私達が守ってあげるから』
比呂子はあかりに深く感謝し、以後彼女を『先輩』と呼んで慕う様になった。
比呂子をZEROの世界に誘ったのもあかりである。
『面白い格闘ゲームがあるんだけどやってみない?
誰だってヒーローになるチャンスがある。それが格闘ゲームの魅力よ』
懸命に練習を続けた。全てはあかりと肩を並べる為に。
虐められていた頃の自分から抜け出しヒーローになる為に。
しかし途中で『壁』が生まれ彼女を阻んだ。
何度挑戦しても勝てなくなった。
負の連鎖が彼女をゆっくりと蝕んでいく。
(あ……)
慣れたハズのゲームオーバーの画面がぼやけた。
涙が溢れて止まらない。比呂子は負の感情を抑えきれなくなっていた。
「それじゃ駄目だな。その動きじゃアメジストの強さを相手に押し付ける事が出来ない」
後ろから声をかけられ、小動物の様に震えながら反射的に振り向く。
涙を拭く余裕も無くただ呆然となって相手を見つめた。
比呂子と同じ様にニット帽を目深に被り、煙草を口に咥えている。
豊と同じ様な顎鬚を生やし、背格好も豊とよく似ていた。
だが豊の様な人懐っこさは無く、寡黙そうで、何処と無く厳格な雰囲気を漂わせている。
「あ、貴方は……?」
「狩谷、狩谷優(かりやまさる)だ。
まずはこれで顔を拭け。綺麗な顔が台無しになっちまう」
狩谷と名乗った男はポケットからハンカチを取り出し、比呂子に渡した。
比呂子は渡されたハンカチで涙を拭う。
「有難うございます」
「いや、ちょいとお前さんのプレイが気になってな。
遠距離戦のコツを今ひとつ掴めてない様に見えたんだが」
比呂子は心の中で頷いた。
飛び道具キャラクターであるアメジストを使っているにも関わらず、相手に詰め寄られて敗北するパターンが非常に多い。
「その通りです。何時も捕まってばかりで勝てなくて……」
「だが、単なる下手じゃ無い。
下手ってのは経験も培ってきた技術もまるで持ち合わせていないプレイヤーに言う言葉だ。
お前には技術があるし、繊細な指使いも決して見劣りはしていない。
足りないのは……立ち回りの技術だろうな」
全てを完璧に看破された比呂子は目の前の男性をまじまじと見つめる。
彼は彼女に足りないものを全て持っているかの様に見えた。
「何故解ったんですか?今までそれを人に教えてもらう機会が無くて……」
「勿体無えな。折角技術も経験もある女性プレイヤーがこんな所で埋もれちまうのは。
ここで俺がお前に声をかけたのも何かの縁だろう。お前の名前は?」
「雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ)です」
「よし、比呂子。暫くの間、俺がお前の面倒を見てやる。
俺から学べば、全国大会の決勝トーナメントに出場する事だって夢じゃない」
比呂子は夢では無いかと思い頬を片手で強く引っ張った。
勝てない自分。一流プレイヤーである仲間の輪に入れない自分……
虐められていた頃と同じ疎外感なら抜け出せるのなら何でもしようと思っていた。
そして偶然にも自分を鍛えてくれる救世主が目の前に現れたのだ。
「お前には全国大会でも通用する実力がある。
さらに言うなら、練習次第ではあの柏糸涼介に匹敵するプレイヤーにだってなれるだろう」
呆然としたまま、比呂子は狩谷の言葉を聞いていた。
あまりの展開に驚くばかりで声も出ない。
「よし、まずはCPUキャラクターと戦って勝つ事からだ。
実戦はそれをクリアしてからだな。
まず指摘しておくべき事として、比呂子。
お前は何故何時も負けていると思う?」
突然の質問に対して、比呂子は俯きながら答えた。
「相手に何時も詰め寄られています。
遠距離での戦いに持ち込めない場合が非常に多いです」
「そうだ。そしてその原因はお前の立ち回りにある。
通常飛び道具を持っているキャラクターはとにかく離れて一定の距離を保ち牽制しつつ機会を伺うべきなんだが、お前は気持ちの面で焦っちまってるんだな。
勝とうと思う気持ちは大事だが、その焦りがそのまま行動に出ちまってる。
結果相手に付け入る隙を与えちまってるってワケだ」
比呂子は心の中で頷いた。そして悔しさを滲ませ歯噛みした。何もかも彼の言う通りだった。
「精神面を鍛えるのと同時に、アメジストの動きを掴むんだ。
各キャラクターに対しての立ち回りも学べ。
そうすればお前はもっと強くなれる。
俺がお前をその舞台に引き上げてやろう。それは決して夢物語じゃ無いんだぜ」
狩谷の言葉には説得力がある。
比呂子もまた、1人でもがき苦しむより彼のアドバイスに従ってみようと言う気になっていた。
「有難うございます。
自分がどこまで強くなれるかどうかは解りませんが、精一杯頑張ります!」
「ああ。良い返事だ。それと、俺がお前にZEROの技術を教えるにあたって2つ程条件がある。
あくまで俺の個人的な要望だが、俺がお前に教えている事を周りの人間に喋らない事。
それと、俺の事を師匠と呼ぶ事。どうだ、守れるか」
「はい、解りました師匠!」
狩谷はまるで小動物を愛でるかの様に比呂子の頭を撫でた。
表情こそしっかりとは読み取れなかったが笑っている様に見える。
「よし、まずは1ヶ月だ。1ヶ月でお前の力は数倍に跳ね上がる。俺と共に頂点を目指そう」
この日から比呂子は狩谷と共にこのゲームセンターで練習を開始した。
そしてこの男の言う通り本当に強くなっていくのである。