色々迷いながら手探りで書いていました。
やり過ぎると収拾がつかなくなりますし、削り過ぎると
解らなくなる部分が出てくる。
この辺りのバランスは今でも答えが出ない難題ですね。
目の前の景色が突然変化したその瞬間から、俺は手袋を外し辺りを見回した。
どうやら俺の故郷、スカイロンを模したフィールドらしい。
市街地から離れた草原地帯に対戦相手以外の人影は見当たらなかった。
「随分と気持ちの良い風が吹いていますわね」
光に包まれた金髪の女はそう言うと、俺に対して手招きをする。
「私は美と傲慢の神、ユファール・シャインスピリア。
貴方を倒して先に進ませて頂きますわ」
俺を嘲る様な笑顔を見せた女に対して、俺は走り出すタイミングを見計らった。
(奴は恐らく飛び道具を持っているハズだ。
近付いて触る為には、それを避け続けるしかねぇ)
女の手が金色に光り、大量の光が空中に放たれた。
光の矢は地面に向かって落ちてくる。
「フン。当たるかよ!」
飛んでくる光の矢の軌道を読み、的確に避けながら宙に浮いている女の方へと近付く。
油断が許されない状況の中、走り続けながら俺は命を落としたであろうクルミの事を想っていた。
『私達には空中都市と言う素晴らしい居場所があるじゃない。
どうしてヴァルーの人達と戦わなければいけないの?』
涙を流しながら俺を引き留めようとするクルミに対して、俺は肩に乗せられた手を払いながら冷たくあしらう。
『空中都市以外にも領土が必要なんだよ。
俺達は増え過ぎた。地上に住む奴等が必要だ。
選ばれた者達をスカイロンに残し、淘汰された者はヴァルーの湿地帯に落とす。
その為には害獣駆除をしねぇとな』
『獣人だって私達と変わらないわ。
愛する人がいるし、守るべき人がいる。お互いに理解すれば……』
『五月蠅ぇな!俺の御袋はヴァルーの獣野郎に殺されたんだよ!
復讐して何が悪い!!』
怒りに任せて走り出した俺は、あいつの顔を見る事も無くその場から去った。
スカイロンの選民思想に迎合し、空中都市に残る為には『手土産』が必要だ。
暗殺者一族として迫害を受けてきた俺やクルミが選ばれる為には、ヴァルーの獣を一掃して実績を作る以外の道は無い。
御袋はクルミと同じ様にヴァルー侵略に反対した為、ヴァルーに追放され獣達の生贄にされた。
俺は親父と同じ様にヴァルーの獣を滅ぼす為なら何でもやる。
このZEROが開催するゲームでも同じ事だ。
優勝し、ヴァルーをスカイロンのものにする。女の姿が間近に迫っていた。
「成程、宙に浮く術を持たない下等な人間でもなかなか粘るものですわね」
「神だろうと何だろうと俺の敵じゃねぇ!
この世から塵1つ残さず消してやる」
指から発射された金色のビームを屈んで回避し、相手に飛びつこうとした瞬間、女が上に逃げる。
「私に勝てると思っているのならば、それは大きな間違いですわ」
さらに襲い掛かるビームを前転で回避すると、俺は跳躍し、女の目の前まで近付いた。
「美と傲慢の神も、スカイロンには選ばれねぇよ」
すかさず相手に触れようとした瞬間、俺の両腕が光線によって切り落とされる。
「いいえ、私が選ぶ側ですもの」
掌から放たれた金色の光に包まれ、俺の意識は暗黒へ向かって落ちていった。
私の生まれた世界、ゴッドヤードはスカイロンとヴァルーの両方を見下ろす場所だった。
神が彼等に加担し、導いていく。
ヴァルーに味方する者もいれば、スカイロンに肩入れする者もいた。
私は穏健派の女神達を嫌い、どちらの陣営も滅びてしまえば良いと思っていた。
この世で最も強いのは神なのだから、それを理解させなければならない。
ZEROに願うとするならばその願いは1つ。
私を頂点とする女神だけの世界を作る事。
『全てを手に入れてみせますわ。
私に向かってくる敵を消して、私にとって最も理想的な世界を作りたいんですの』
その夢はもう少しで叶う。
決勝戦の相手が誰であろうと私は負ける気がしなかった。
【2005年11月20日 天武日本政府主催ZERO全国大会・予選開催日】
「関東大会の参加者が多くなるかと思っていたけど、そうでも無かったね」
「この会場に行けば優勝し易い、なんてものは存在しませんからね」
関東大会の会場には、数百名のプレイヤーが集まっていた。
ZERO全国大会の予選が始まる前から参加者は篩にかけられている。
全国予選に参加する為には『認定ZEROゲーマー・2005年に開催された店舗大会の優勝者・決勝トーナメント出場経験者』の3つのうち1つを満たさなければならない。
最も条件を満たしやすい『店舗大会の優勝』も、16名以上で行われたシングルトーナメントの優勝者に限定されていた。
天武日本国民の多くが楽しんでいるZEROではあるものの、この厳しい条件を満たして出場出来る者はかなり少ない。
会場にいた氷室零は店舗大会で優勝し、柏糸涼介は認定ZEROゲーマーだった為条件を満たしていた。
11月20日に各地で開催される全国予選の方がハイレベルな戦いを見る事が出来ると主張する者は多い。
天武日本国8箇所で行われる全国予選は、2人でチームを組み2on2でのトーナメント戦を行うと言う内容だ。
全国予選で優勝すると『ゴールドチケット』と呼ばれる純金で出来た切符が渡され、その切符を手に決勝トーナメントへ向かう事が出来る。
8箇所で2人ずつ勝ち抜ける為、決勝トーナメントではルールが変更され、16名でのシングル戦になるのだ。
全国予選の参加条件を満たしてさえいれば誰が何処の会場に向かっても構わない為、零達はバラバラに分かれて参加していた。
「参加者より観客の方が多いかもしれないな……
フードコートもあるみたいだし、大規模な興行の1つでもあるんだろう」
「確か瞳さんは中部大会に参加してるんですよね」
涼介の言葉に対して、零は顔を曇らせた後頷いた。
「どの会場に行っても猛者が揃っているんだ。
厳しい戦いになるだろう。出来れば瞳にも勝ち抜けてもらいたいけどね」
本音を言えば、妹の勝敗を気にする余裕など全く無かった。
この会場にいるプレイヤー全てが、勝ち抜けようと必死になっていたのだ。
暖房の効いた会場の中で、笹森冬司と高瀬加奈の2人は2体のロボットを見つめていた。
「豊君の情報通りだな。
青龍と玄武が北海道大会に参加すると言うのは本当だった」
「私達も決して弱くは無いハズよ。
皆の為にも、精一杯頑張りましょう」
エターナルナイトの店員である2人は、零達の陣営の為に捨て石になる事を覚悟していた。
その為にわざわざ2体のロボットが参加する北海道大会に参加したのだ。
「あのロボットと当たって、何らかの弱点を見つけ出せれば良いんだが」
北海道大会と東北大会での『潰し合い』を両陣営が避けた中、2人はチームの為に何をすべきか考えていた。
導き出した答えは『青龍・玄武と戦い、他の者達に情報を提供する』と言うもので、その為だけに彼等は遠征してきたのだ。
勿論2人共あっさり負けるつもりは無い。
決勝トーナメント進出をかけ、あくまで勝ちに行く姿勢だけは変えなかった。
『抽選が終わりました。
プレイヤーの皆さんは指定された筐体の前に集まってください』
何処の大会でも会場には200台以上の筐体が用意されており、同じ時間にトーナメントが進行できる様になっていた。
対戦相手のもとへ向かう涼介の目に飛び込んできた少女の姿に、彼は一瞬心を奪われてしまう。
長く美しい黒髪をなびかせ、凛とした表情からは相当の気合が感じられた。
「零さん、あの人は?」
「さぁ、誰だろう。見た事が無い人だ。
遠征してきた人なのかもしれないね」
零はそこまで関心が無い様子だったが、涼介は冷静になろうと必死に頭を振る。
この世に『一目惚れ』と言う言葉がある事は知っていた涼介も、まさか自分がそれを体験する事になるとは思っていなかった。
あれ程美しい女性に遭遇した事は無い。
『美貌』と言う点だけなら、モデル並みの体型を持つあかりよりも優れている。
涼介は彼女が誰なのか知りたくなり、出来れば彼女と親密になっておきたかった。
四国大会の1回戦終了後、海野亜津子と天邪鬼の2人は次の対戦相手がどれ程の腕の持ち主なのか調べていた。
「リーダー、次の対戦相手は我々と同じ遠征者です。
茨城県で行われた店舗大会で2度優勝しています」
「強い方は私に任せて頂戴。
ストレートで勝ちに行くわよ」
1回戦を圧倒的な強さで勝ち抜いた2人を危険視するプレイヤーは多かった。
出来ればそういう相手と早々に当たるのは避けたいのだが、抽選は既に終わっている為ある程度先が読めている。
「げッ、2回戦勝っても次は古都府認定ZEROゲーマーとやんなきゃならねぇのかよ」
「予選で優勝する為には越えておかなければならない壁でしょ。しっかりして」
男女でペアを組んだ群馬県からの遠征プレイヤー達は、巨大な壁を越えなければならなかった。
中国大会では昼頃に休憩時間を設け、勝ち残ったプレイヤーもフードコートで食事が出来る様にしていた。
「九州大会の方は、まだ洋子さんとウチの健ちゃんが残ってるみたいです」
雨宮比呂子は他会場の戦況を調べながら、少しでも知り合いが多く勝ち残る事を祈っていた。
「私達も勝ち残らなければなりません。
兜の緒を締めて、冷静に試合を進めていきましょう」
雨宮比呂子は南屋朋美と組んでいた。
11歳の雨宮(あめみや)健太郎(けんたろう)は御母(みおも)洋子(ようこ)とコンビを組んで3回戦を突破している。
比呂子の弟である健太郎は姉に比べると実力は劣るものの、決して弱いワケでは無い。
何度もエターナルナイトに通い、今回比呂子と同じく全国予選に初挑戦する事となった。
(健ちゃんが頑張ってるんだから、私も頑張らないと)
優勝して決勝トーナメントに向かう為に、比呂子のさらなる飛躍が求められていた。
『只今より、ZERO全国大会予選準々決勝を始めます!該当者は筐体の前に集まってください』
九州大会は波乱の展開を迎えていた。
地元の有力候補と遠征してきた優勝候補が潰し合う中、井島豊と土田守の2人は生き残る事に成功する。
だがココで運も手伝い勝ち残っていた雨宮健太郎・御母洋子と戦う事になってしまった。
「直接対決はしたくなかったって言うのが本音ですけど、やるしかなさそうですね」
「どのみち仲間同士での戦いも覚悟するべきだった。
今は勝つ事だけを考えよう」
井島豊はエターナルナイトの店員である土田守と組んでいた。
元々出場するつもりの無かった全国大会であったが、九龍拓巳を救出する為に協力してあげてほしいと言う蔵崎の頼みを引き受ける形で彼はこの場所に立っている。
準々決勝で見知った相手と対戦する事は不運ではあったが、決勝トーナメントを目指す者同士絶対に譲るワケにはいかなかった。
「実力では間違いなく格上の相手ですが、付け入る隙は必ずあるハズです。
諦めずに頑張りましょう」
「僕達だってここまでやれたんだ。
豊さんにも勝って、お姉ちゃんと一緒に決勝トーナメントに進みたいよ!」
予選大会の2ヶ月前からZERO漬けの日々を送ってきた健太郎だったが、付け焼き刃の感は否めない。
べらぼうに強い相手と当たらずに上がってきた2人であったが、それでも窮地に陥る時があり、洋子が実力で彼を助けていた。
(健太郎さんが負けるのはほぼ確実。
私と豊さんが戦うとなれば全敗する確率が高い。
ココは私が土田さんと戦って勝つ事で可能性を残し、泥沼の延長戦に持ち込んで向こう側の精神を疲弊させるのが得策ですね)
土田守相手なら勝てると踏んだ洋子は、後決め権を得る為に何としても最初の勝負、じゃんけんで勝っておきたかった。
『それぞれの筐体に集まったチームの代表者の方は、前に進んでください。
相手の代表者とじゃんけんを行い、勝った方が筐体権か後決め権のどちらか好きな方を選ぶ事が出来ます』
御母洋子と井島豊が相対し、両方片手に握り拳を作ると身構える。
「最初はグー、じゃんけん……」
パーを出した御母洋子に対して井島豊はチョキを出し、後決め権を選択した。
(絶対に落とせない勝負で躓いた。
負ける確率が大幅に高くなったけれど、最後の最後まで勝負は捨てない!)
御母洋子が筐体の前に座り、次に井島豊が座る。
相手も洋子と全く同じ事を考えていたが故の判断だった。
「洋子ちゃん。テレビでサエさんが君の事を応援してると思うけど、勝たせてもらうよ」
「私は紅白戦の時より強くなりました。
貴方にも勝って、まずはベスト4に進みます」
この初戦が重要な鍵を握る事になるのは明白だった。
豊・土田組はここで勝って勢いを付け、試合運びを盤石なものとしたい。
一方御母・雨宮組はココで勝ちを拾う事で、次の試合で負けてもチャンスを残す形にしておきたかった。
洋子が勝てば2on2のルールにより土田守との決勝戦が行われる可能性が高い。
(勝つ為には、この試合は絶対に落とせない!)
両者の思惑は一致したが、どちらかは必ず負けてしまう。
連戦続きで疲れた心と身体をどう奮い立たせるかが重要だった。
『それでは、参加表明時の際登録用紙に記入したキャラクターを選択して試合を始めてください』
会場に響き渡る女性司会者の声が聞こえ終わる頃には、キャラクター選択は終了していた。
(近接格闘及び回復を必殺技に持つユウコに対して、こっちは喰らわない立ち回りを徹底するしか無いな)
巨大な斧によるリーチの長さは対戦相手にとって脅威ではあったが、技を繰り出した後の隙の大きさが弱点でもある。
豊としてはその攻撃直後の硬直をどうカバーするか、洋子としてはそこをどう突いていくかがポイントとなる試合だった。
『REAL DEATHGAME START!』
人々の行きかう通り『スカイロン・市街地』を背景に、シラノ・レミングとサラギユウコの戦いが始まる。
近接格闘のキャラクターが長いリーチを持つ武器持ちのキャラクターの懐にどうやって潜り込むか、それがこの試合の要だった。
シラノは広範囲に届く攻撃を利用してユウコを寄せ付けない様に立ち回り、ユウコはその攻撃を喰らわない様にして隙を伺う。
(この最初の駆け引きで勝てないと窮地に立たされる。
慎重に動かないと)
無言で背後に立っている健太郎の期待感は洋子にも自然と伝わってくる。
その期待に応える為にも、つまらないミスは許されない。
画面中央付近での堅い立ち回りは両者が共に先制攻撃を喰らいたくない事への表れでもあった。
「洋子ちゃんも大分腕を上げたね」
その均衡を破ったのはシラノの重い一撃だった。
相手の空中攻撃をガードし、受け身になりつつあったユウコが後方にジャンプした瞬間を見逃さずに追いすがりダッシュ攻撃で相手を壁に吹き飛ばす。
(不味い!立て直さないと)
吹き飛ばされたユウコは画面端で相手の追撃を喰らい、起き攻めを回避する為に衝撃波を放ったが、ガードされさらに追撃を受けてしまった。
相手がガードする事を読んでの投げから上方向に打ち上げ、斧で相手を何回か斬りつけた後再び画面端で容赦の無い攻めを継続する。
「格上の相手に甘えは許されない状況ではありますが……」
通常弱攻撃の暴れが通り反撃の可能性が出てきたが、シラノは早々に見切りを付けバックステップでその場から離れた。
(危ない危ない。
洋子ちゃんに連続攻撃されたら、今までダメージを与えてたのが無駄になっちまう)
豊は状況判断力に優れており、不利だと悟った時の切り替えが上手い。
洋子は豊の強さを目の当たりにし苦い表情を浮かべていた。
(強引に攻めれば捌かれる。奥手になると詰め寄られる。
どっちに転んでも攻撃されちゃうなぁ)
苦しい状況である事には変わりが無いが、先程の『反撃の匂い』を無駄にしたくなかった洋子は強気の攻めに転じる。
バックステップで逃げた相手に追いすがり、張り手で相手を怯ませた後蹴りで相手を地面に叩き付けた。
「いける!」
洋子はさらなるダメージを与えるべくシラノに襲い掛かるが、気持ちが前がかりになり過ぎてしまった事もあり、シラノの衝撃波を喰らってしまう。
高揚感が消え、動揺した瞬間を見逃さずに豊は上から斧攻撃を見舞い追加ダメージを与える事によって劣勢の空気を断ち切った。
(豊さん相手に無謀な突撃は通じないと解っていたハズなのに……
悪い癖が大一番で出ちゃうなんて)
豊はその後冷静な試合運びを続け、HPを半分以上残した状態でラウンドを取った事で優位に立った。
「このまま落ち着いていけよ。
相手の反撃の芽を全部潰しちまえ」
「解ってますよ。この現状は正直出来過ぎなんでね。
洋子ちゃんも波に乗るととんでもなく強いんで」
第2ラウンドは後が無くなったユウコがどう立ち回るかが焦点となっていた。
HPの差はそれ程離れていない。
最終ラウンドに持ち込ませる為に逃げるのか、それとも相手に立ち向かっていくのか。
洋子の技量が大きく問われる局面だった。
(ココは体力を回復してでも取りにいきたい。
積極的に攻めて、少しでも不利な状況に陥ったら逃げに徹しよう)
ぶれない戦略を立て、忠実に実行する。
当たり前の様に思えるが、実際に行うのは非常に難しい。
次々と局面が変化するゲームの特性上、『欲』が立てていた戦略を邪魔してしまう事が多いからだ。
(無理に勝ちは狙わない。
洋子ちゃんが無理やり攻めてきたら追い払って、安全な立ち回りを徹底しよう)
豊もまた、今掴んでいる余裕を最大限に活かす為最善の行動を取ろうと心に決めていた。
開始直後にチャンスを掴んだのはユウコの方だった。
画面左端付近で相手を捉え、上から被さる形で攻撃を行う。
シラノは的確なガードでその場をやり過ごすと、相手をジャンプで飛び越えて位置を入れ替え、相手の背後から斧攻撃を見舞った。
「ここまで実力に差があると、笑えてきますね」
洋子は自分の動きを完全に封じられ、掌の上で転がされている現実を認める事しか出来なかった。
無理な追撃を行う位置関係でも無いと感じた豊は後ろに下がり、カウンターを狙う。
一方洋子はカウンターを喰らう事を極度に警戒し、アグレッシブな攻めを継続する事が出来なくなっていた。
「心が折れたら勝てないよ。
諦めずに最後まで出し切らないと」
健太郎に発破をかけられ、諦めかけていた心を奮い立たせる。
カウンターを恐れずに果敢に攻め、シラノの懐に潜り込むと膝蹴りを入れ動揺を誘った。
(今のは完全に動きを見切られたなぁ。
まだ勝ってはいないんだから気を引き締めよう)
そのまま追撃をしようと前がかりになったユウコは衝撃波を受け吹き飛ばされる。
暫くお互いに攻めあぐねる展開が続いたが、中央付近でシラノが繰り出した牽制の斧振りがヒットした。
(攻撃範囲の広さは脅威ですね……)
横に吹き飛ばされたユウコを追う形でシラノがダッシュを行い、さらなるダメージを与えに行く。
相手の追撃を警戒した洋子は防御を固めたが、一瞬の隙を突かれ投げを決められてしまった。
(スピードに秀でていないユウコとは言え、シラノよりは速いハズなのに……!
実力の差が出てしまっている)
HPゲージの色が赤くなり後が無くなったユウコは何とかシラノの執拗な攻めから脱出すると、超必殺技を使う為に逃げ回る。
一方必殺技を使われてしまうと体力で逆転されてしまうシラノは当然、相手を攻め立てた。
「残り30秒か。
下手に動くと返り討ちにされかねないけど、30秒間抑えるだけってのも難しい局面だなぁ」
豊にとっては魔の時間帯とも言えた。
近接格闘で秀でるユウコには近付きたくは無いが、近付かなければ回復される危険が高まる。
様子見をして最終ラウンドに全てを託すか、玉砕覚悟で突っ込むか悩み所だった。
(逃げながら、相手が来たらダウンさせる類の攻撃を使って回復の時間を稼ぐ。
それしかない)
逃げに徹する洋子に対して、豊はこのラウンドで決着を付けるべきだと判断し追いかけ続ける。
何度か触る機会はあったものの、ユウコはきっちりガードしながら逃げ回り試合が動かなくなってしまった。
「焦るなよ。向こうの方が先に焦れてミスを犯すハズだ」
土田のアドバイス通り、残り時間が少なくなればなる程洋子は不利な状況へと追い込まれていく。
(このままタイムアップを迎えてしまうと負け。
でも不用意に攻めるのも危ない。どうすれば……)
シラノとのHP差もそこまで離れているわけでは無い。
ここで判定勝ちをおさめ、最終ラウンドで回復する事が出来ればそれが最もベストな形ではあるのだがそれが出来なかった。
「洋子ちゃん……悪いけど俺、勝つよ」
再び端に追い込まれたユウコが逃げる為に飛び上がろうとした瞬間を豊は見逃さなかった。
危険な賭けではあったが威力が最大では無い超必殺技を放ち、このラウンドで決着を付けようとしたのだ。
的確な位置関係で繰り出された超必殺技を回避する事は難しい。
洋子は咄嗟にガードしようとしたが、相手の攻撃が当たる方が僅かに早かった。
地面を抉る様な勢いで大地に振り下ろした巨大な斧が、衝撃波を生み出しながらユウコに襲い掛かる。
逃げ回るミッションを完遂する事が出来なかった洋子と、その場の判断を常に間違わなかった豊の差が出た試合となった。
(最後の最後まで、回復させてはくれなかったな……
それがシラノの強さだし、豊さんの強さでもあるって事だけど)
俯きながら唇を尖らせ、息を吐く。
洋子にも勝つチャンスはあったのだが、序盤でその芽を摘み取られてしまったのが最後まで響いた。
「健太郎君。任せたからね」
「僕が勝って、夢を繋ぐよ。豊さんにも勝ってみせるから」
健太郎と交代した洋子は何気なく豊がいる方を見る。
豊もまた、最後まで肝を冷やしていた事を伺わせる表情をしていた。
「洋子ちゃん、凄く強くなってたからビックリしたよ。
正直勝てて良かった」
勝つ確率は豊達の陣営が上回ったと見て間違いない。
全国大会の予選初参加の健太郎が井島豊を倒して勝ち進めるとは思えないからだ。
洋子もそれを充分理解していた。
『全国予選東北大会、決勝戦!
ゴールドチケットを賭けた戦いに挑むのは登坂・伊達チームと綾小路・五十神チームです!
両チームの代表はじゃんけんを行い、勝った方に筐体権か後決め権のどちらかを選んで頂きます』
猛者揃いの東北大会で次々と相手を撃破してきた桜華と妖だったが、最後の相手には苦戦しそうだった。
「ここまで来たんだ。
相手が誰だろうとぶっ倒して、決勝トーナメントへの切符を掴ませてもらうぜ」
代表者として登坂の前に出てきた桜華は、彼が手強い相手だとは思っていなかった。
「私の全力を披露して、堂々と次のステージへ進ませてもらいますわ」
じゃんけんで勝ったのは桜華の方だった。
妖は桜華に進言し、筐体権の方を獲得させる。
(この2人の実力に差は無い。
なら自分達にとって少しでも有益になる権利を得た方が勝利に近付く)
妖は桜華の参謀役としてこの大会に参加していた。
綾小路家の威信がかかったこの大会での敗北は絶対に許されない。
その為彼女は対戦相手のデータを収集し、勝つ為のあらゆる努力を惜しまなかった。
「まずは私が出ます。
御嬢様と私の力で、予選を突破致しましょう」
「妖、貴方の力を信じていますわ。
勝ってこの戦いに弾みを付けてくださいまし」
筐体の前に進んだ妖と相対したのは、伊達静香の方だった。
五十神妖は綾小路家に仕えてきた使用人一族の娘で、染井よりも立場が低い。
だが桜華は同年代の女性である妖を重用し、妖もその期待に応える為に働いてきた。
「妖。御嬢様が全国大会で優勝する為には都道府県認定ZEROゲーマーの情報が必要になる。
まずは己の身分を偽り、同じ認定ZEROゲーマーになって彼等に接触するのだ」
染井から命じられた任務を果たす為、彼女は『ギルドZERO』に入り他の認定ZEROゲーマーと友好関係を築いてきた。
良心が痛む時もあったが、全ては桜華を頂点に立たせる為と割り切り1年以上も仮面を被り続けた。
そして今、彼女は正体を白日の下に晒し、桜華の相棒として予選大会の決勝に挑もうとしている。
(この場所に来るまで、本当に長かった……
愛知県認定ZEROゲーマーとなり、ギルドZEROで研鑽を重ねて離反。
全ては御嬢様の為、綾小路財閥の栄光の為。
私はずっと黒子同然だった。それでも……)
彼女は己の人生を犠牲にして桜華の為に尽くしてきた。
だが決勝トーナメントでは一瞬だけ輝く事が出来る。
余程くじ運が悪くない限り、ベスト8の座は狙えるだろう。
桜華だけで無く、自分が檜舞台に立つ事が出来る喜びを妖は噛みしめていた。
(私と御嬢様が栄光を掴む為には、この戦いで勝つしか無い。
勝って、堂々と駒を進めてみせる!)
一方妖と戦う伊達静香の方も、順也を決勝トーナメントへ導く為必死で勝ち続けてきた。
大切な者の為に戦う、ある意味似た者同士と言える2人の戦いに注目が集まる。
「宜しくね。勝っても負けても恨みっこ無しよ」
「それはこちらの台詞です。
切符は私と御嬢様が手に入れますから」
お互いにキャラクターを選択し、戦闘画面に移り変わる。
相手を一定時間完全な無防備状態にする『毒の血』を持つカーミラ・クリムゾンと、『スーパーアーマー』を持つD・QUEEN。
どちらもインファイターだがD・QUEENは素早さと手数、カーミラは一撃の威力で勝っている。
相手の作戦に付き合う事無く、何処まで自分の試合に持っていけるかがこの試合の重要なポイントだった。
『REAL DEATHGAME START!』
大観衆が見守る中で始まった全国大会予選の決勝戦で、先に攻めの姿勢を見せたのはD・QUEENの方だった。
繰り出される拳や蹴りを的確にガードしつつ、カーミラは反撃の機会を伺うが動きが速い為隙がなかなか生まれない。
「成程、決勝戦まで残るだけの事はありますね」
妖は相手のテクニックの高さを褒め称えたが、それ以上の実力を持っている事をこの場で示すべく反撃に移る。
跳躍して相手の背後に回り至近距離で蝙蝠を飛ばして相手を怯ませると、相手のガードを崩してコンボを叩き込んだ。
(動きを制限されて、相手の予定に合った行動を取らざるを得なくなってしまう。
これが彼女のやり方なのね)
幸い画面端では無かったので追撃は入らず、再び睨み合いの展開が始まる。
「逃がしませんよ」
相手が受け身になっている事を察した妖は攻めの姿勢を貫き、相手を端近くに追い詰めた。
(ココで一気に突き放します)
スピードで勝るD・QUEENであったが、カーミラの攻撃から逃れる事が出来ない。
「試合の流れを変えなきゃ」
D・QUEENは1つのラウンドで1回しか使う事が出来ないスーパーアーマーを使用した。
数秒間完璧なガードを行うが機動力は大幅に下がる。
この間に自分のターンに持ち込もうと静香は考えていた。
(素直に下がっておきましょうか)
妖は無理に攻めた後のカウンターを恐れ、距離を置く。
その間に無敵時間が切れたD・QUEENが一気に距離を詰めてきた。
「今がチャンス!」
相手のダッシュ蹴りをきっちりガードで耐えると、後ろに下がったその微妙な距離を使いタイミングをずらす。
(無謀な攻めは相手に殴ってくれと言っている様なものですよ)
上方向への蹴りが跳躍してきた相手の攻撃と噛み合い、カーミラが再び主導権を握った。
(攻撃を見透かされている……!
完全に彼女の掌の上で転がされているわ)
画面端では無かった為にまたもや致命傷は免れたD・QUEENであったが、カーミラとのHP差は確実に開いている。
「相手に与えるダメージが少なかろうと、自分がダメージを受けなければ勝てます」
妖の強さは攻撃面では無く防御面にあった。
相手の攻撃をいなしてダメージを与えているので隙が少なく、また相手に攻められている時も鉄壁のガードで要塞を築いている。
静香としてはこの要塞をいかに攻略するかがポイントだった。
第1ラウンドは終盤へ向かっていた。
妖のカウンターとガードの上手さによって静香は攻め手を失い、逆に相手の攻勢を耐える場面が多くなっている。
「静香、もっと根性見せろ!」
登坂に発破をかけられた静香であったが、予想を遥かに超える相手の強さに対抗する事が出来なかった。
(相手の懐に入っても、攻撃が全然通ってくれない。
こんな相手と戦うのは初めてだわ)
相手がガードを固めるならばとD・QUEENは投げを狙おうとするが、それもきっちり対応されてしまう。
「私は昨年の大会優勝者や準優勝者と何度も戦ってきました。
貴方には無い『経験』が私には備わっているんです」
カーミラは相手が後ろに下がれば追い、向かってくるならば下って一定の距離を保つ事を心掛けていた。
その距離が最も攻撃のスイッチが入り易い位置関係であり、D・QUEENの攻撃を捌き易くもあったのである。
「経験なら、私にだってある!」
居直り気味に繰り出した攻撃が遂に通り、妖の築いた要塞にヒビを入れた。
(通った!)
すかさず手数を活かしたコンボへ移行し、画面端へと相手を持っていく。
焦った妖は衝撃波を放ったが、静香はそれをきっちりガードし、さらなるダメージを与えようとした。
『TIME UP!』
ボクシングで言う所の『ゴングに救われた』形だった。
60秒間の戦いは残酷かつ非情である。
「畜生、あと何秒かあれば逆転出来てただろ!」
登坂が吼えたが彼女が負けた事実は覆らない。
妖はHPを5分の4程残した状態で次のラウンドへ向かう事が出来た。
静香としてはもうHPで負ける事は許されない。
鉄壁のガードを誇る妖相手では自分もガードを行ってこのラウンドを耐え切るしか手は無かった。
「守るのが得意ってワケじゃ無いけど、何とか与えられた任務を完遂しないとね」
一方妖は予想以上に相手が食い下がり、厳しい戦いを強いられている事に焦りを感じていた。
(今の攻撃を完遂されていたら私が負けていた……
これ以上御嬢様に迷惑をかける事は出来ない)
険しい表情を浮かべ静香を睨み付ける妖を見て、桜華がアドバイスを行う。
「相手が一気に距離を詰めてきた時に耐えるのでは無く、『いなす』事を念頭にいれるべきですわね」
ガードよりも回避に重きを置くべきだと言う桜華の言葉に対して、妖は振り向く事無く頷いた。
すぐさま始まった第2ラウンドは、お互いに様子を見ながら動く、消極的な戦いになりそうだった。
(私も彼女も第3ラウンドまでもつれ込む覚悟を決めている……
手痛いミスはしたくありません)
隙があれば詰め寄りたい両者であったが、絶対にこのラウンドを落としたくない静香は回避に専念している。
(下手に動けば返り討ちに遭う。
そこまで積極的に攻める必要は無いでしょう)
妖もD・QUEENが繰り出す牽制技を見定めながらチャンスを待つが、膠着状態が続いた。
均衡を保ったまま最終ラウンドに勝負をかけたかった静香であったが、その静寂は突然破られた。
残り時間20秒、カーミラの攻めに対してスーパーアーマー状態になり、逃げ切りを狙うD・QUEEN。
妖はきっちり対応し、相手がアーマー解除の瞬間に詰め寄ってきても冷静に対処した。
「正面から奇襲を仕掛けたつもりでしょうが、そう易々とは喰らいませんよ」
相手のダッシュ攻撃をガードし、D・QUEENの硬直状態に対してすかさず『毒の血』を浴びせる。
(しまった!)
相手にプレッシャーをかけようと奇襲を行ったのが完全に裏目に出た。
無防備な状態になったD・QUEENにカーミラが襲い掛かる。
回し蹴り(溜め攻撃)→壁バウンドに対して爪引っ掻き→起き攻め(超必殺技)と意表を付いた。
(ココで超必殺技!?
今度は向こうが逃げ切りに出た)
タイミングを合わせる事で大量の血を相手に浴びせる超必殺技をヒットさせ、一気にD・QUEENの体力を3分の1まで減らす。
体力で逆転されてしまった静香は、何としても残り時間で巻き返しを図らなければならない。
「こうなったら私だって!」
残り10秒。
逆転の為には超必殺技を当てるしか無い。
体力が少なければ少ない程超必殺技のダメージが多くなるこのゲームでは、その一発だけで相手を一撃で倒す事も不可能では無かった。
(おめおめとは喰らいません)
勿論妖も相手が超必殺技に頼る事を承知していた。
堅実な戦いをしていても、重い一撃を喰らってしまっては苦労が全て水の泡になってしまう。
追いすがるD・QUEENに対して、カーミラが再び毒の血を繰り出した。
だが静香はその攻撃をガードで防ぐと、超必殺技を放つ。
相手を壁に叩き付ける強烈な拳が入り、第2ラウンドは辛くも静香が取る形となった。
「気の緩みが出ましたわね、妖」
「申し訳ありません、御嬢様」
妖は早い段階で勝負を決める事が出来なかった己の不甲斐なさを恥じた。
だがこの最終ラウンド、ルール上では妖が依然有利なままである。
HPバーを1本全て持つ妖に対して、静香はHPが3分の1しか残っていないからだ。
(序盤の不利が終盤になって効いてくるのがZEROと言うゲーム……
でも繋いだからには負けたくない!)
超必殺技のおかげで敗北は免れたものの、もう超必殺技も無い。
カーミラも超必殺技を使ってしまった為、純粋な殴り合いが始まろうとしていた。
(勢いに乗らせない!
HPでは有利と思っていると呆気なく覆されるのがZEROの恐ろしい所。
ココは一番集中すべき所……)
格闘ゲームでは瀕死に近い状態から相手を倒すと言う逆転劇も頻繁に起こっている。
様々な局面で状況が噛み合えば、HPが残っている限り勝つ可能性は残るのだ。
その『可能性』がZEROと言うゲームのユーザーを爆発的に増やした要因の1つでもあった。
「風はお前の方に吹いてるぞ。
このまま決めちまえ!」
登坂の激励が、静香の気持ちを奮い立たせる。
一筋の光を結果に結び付ける為に、静香は率先して攻めに出た。
D・QUEENがスピードを活かして跳躍から攻撃を通そうとするが、カーミラはバックステップで攻撃を回避。
すかさず反撃に転じるがD・QUEENは衝撃波で相手を吹き飛ばす。
追いすがって攻撃を決めに行ったD・QUEENだったが、カーミラは毒の血を飛ばしてきた。
「うわッ」
すんでの所で回避し致命傷を喰らわずに済んだ静香だったが、ここぞとばかりに妖は怒涛のラッシュを叩き込んだ。
(相手が怯んで受け身に回った今が攻め時。
てこずる事無く御嬢様に私の勇姿を見せなければ)
スーパーアーマーを発動し、焦る気持ちを抑え込んだ静香は、相手の動きを注視する。
「道を開けなさい、御嬢様の為に!」
意外と粘るD・QUEENに対してムキになり、防御が疎かになった瞬間を静香は見逃さなかった。
「嫌よ!」
スーパーアーマーが解除された直後に懐に潜り込んだD・QUEENが投げからコンボに移行する。
投げ→ダッシュパンチ→飛び蹴り→膝蹴り→起き攻めの流れで画面端での猛攻を続けた。
だが流れが完全に静香の方に傾くかと思われた時、カーミラの暴れが通りそこから致命的なダメージが入ってしまう。
お互いにノーガードでの殴り合いを行った結果、体力に余裕がある妖が勝利した。
(私も相手も隙だらけ……
そんな戦いだったけれど、スーパーアーマーを過信して前に出過ぎたのが完全に裏目に出た……)
最初のラウンドでの勝利が重要になるZEROにおいて、負けた方が劣勢になるのは常である。
それでも最後の最後まで諦める事無く戦い続けた静香に対して、会場にいる観客から惜しみない拍手が送られた。
「甘さが出ていますわよ妖。
人との触れ合いとは違い、勝負においては非情にならなければ。
貴方にはまだその覚悟が足りませんわね」
「はい。この結果を重く受け止め、次に繋げたいと思っております」
桜華にとって、妖は数少ない彼女の話し相手の1人だった。
黒沢(くろさわ)美香(みか)や彼女の事を桜華は心から信頼しており、彼女達が全国大会で躍進する事を期待している。
(勿論私も全国大会で優勝したいのですけれど、妖は昨年の決勝トーナメントで優勝に手が届かず悔しい思いをしていますわ。
もし、決勝に妖と私以外の者が進んだのなら……
その時は心から妖の事を応援したいですわね)
素直に頭を下げる妖の方を見ながら、桜華は彼女の成長を感じ取っていた。
『ZERO全国大会関東予選も遂に残り1試合を残すのみとなりました!
2on2で勝った両者が、ゴールドチケットを手に入れる為に最後の戦いに挑みます!』
氷室零・柏糸涼介の2人が組んで挑んだ関東大会。
決勝まで進んだ彼等は長尾遼子・小島宏弥の2人と戦っていた。
氷室零と小島宏弥の試合では零が圧倒的な実力を見せて相手を捻じ伏せたものの、涼介が遼子に惜敗してしまった為決定戦が行われる事になった。
(涼介君に勝つ程の腕前……
間近で見ていたけれど美しい立ち回りだった。それをさせない様にしなければ)
零には油断も慢心も無い。
己の力を出し切り戦って、勝利する事しか考えていない。
それは涼介を倒した遼子も同じだった。
(今年突然出てきたカリスマプレイヤー、氷室零……!
恐ろしいのは、新人故にデータ収集が殆ど行えなかった事。
先程の宏弥との戦いで感覚は掴めた気がするけれど、実戦は別物。
全力でぶつからなければ勝てない!)
負けてしまった涼介と宏弥は、相棒の勝利を心から祈っていた。
大事な仲間に対して何もしてやれない事に情けなさすら感じている。
「ごめんね……」
「大丈夫。任せて」
ばつの悪そうな表情を浮かべていた宏弥に対して、遼子は彼の為にも勝つと言う思いを強くした。
零にも決勝トーナメントで『九龍拓巳を救う』と言う目的がある。
予選で負ける事は許されなかった。
「どちらが勝っても恨みっこ無しだ。やろう」
大勢の観客や既に負けてしまった挑戦者達が見つめる中、それぞれのキャラクターが選択され画面が暗転し試合が始まる。
『REAL DEATHGAME START!』
近距離用の飛び道具である『氷の吐息』と遠距離用の飛び道具『氷の槍』を持つエレーナ・オーロランド。
ヴァルーの豪雪地帯を背景に、飛び道具を持たないヴォルフがどうやって相手の懐に潜り込むのかがこの試合の重要な点だった。
(氷の吐息があるから安易な攻めは一切許されない。
飛び込むタイミングを少しでも誤れば死ぬ)
その事を熟知している零は、ブラフを混ぜつつ相手の槍をガードし、相手のキャラクターをしっかりと見ていた。
「ならば、こちらから行きます!」
ヴォルフが氷の槍をガードした瞬間にエレーナが真横に立ち、氷の吐息をぶつけた後攻める。
遼子は的確な攻撃で相手の堅守を崩そうとしたが、零の立ち回りは彼女の勢いよりも勝っていた。
「流石によく見えているね」
零は動きの鈍ったヴォルフをしっかり耐えさせた直後に、効果が消えた瞬間を狙って反撃に転じる。
エレーナが近距離にいる事を逆手に取り、自分が思う通りの展開へと持っていく力を見せ付けた。
(崩れない、投げさせない。
言葉にすればたったこれだけの事。
実際に完遂するのは難しいんですけどね)
ガードに対して投げようとしたヴォルフに対し、衝撃波を使って逃げ駆け引きを元の状態に戻すエレーナ。
再び遠距離から槍を投げるエレーナと、それをかいくぐるヴォルフの攻防へと局面が移り変わった。
両者の精神は張り詰め、『完璧』であろうとする為に無理な行動を取れず暫くの間膠着した状況が続く。
(負けが絶対に許されない決定戦と言うだけで無く、零さんも遼子さんも相手の実力を充分承知している。
互いに隙を見せられないからHPが減らないんだ。
どちらかが崩れるとそこからは早いけど……)
静まり返った会場内に、対戦している2人の操作音と対戦中のBGMだけが流れていた。
涼介も宏弥も互いのパートナーを信じ、勝利を信じて祈り続ける事しか出来ない。
(槍を投げるタイミングと、ヴォルフとの距離の取り方が抜群に上手い。
近付こうとすれば牽制され、遠ざかれば着地の瞬間を狙ってくる)
零は強引に攻める事はしなかったが、相手にプレッシャーを与えながらゆっくりとエレーナに近付いていった。
(もし私が零さんだったら、相手が強引にダッシュして突っ込んでくる事はしないだろうと考える。
その思考の逆を突く!)
丁度ヴォルフまでの距離がキャラ4体分程になった瞬間にエレーナは駆け出し、鋭い跳び蹴りを見舞う。
「くッ」
零は敢えてガードでは無くカウンター狙いのストレートを選択した。
互いにダメージは入ったものの、体勢を崩したエレーナに対し、ヴォルフが追撃をかける。
(あの局面での反応速度が異常ですね……
並のプレイヤーなら、私が仕留める側だったんでしょうが)
完全にバランスを失ったエレーナがその攻撃に対処できるハズも無く、攻撃を喰らってしまった。
丁度エレーナが画面の左端にいた事もあり、ダメージがどんどん蓄積されていく。
「ココで諦める様な女じゃありませんよ」
起き攻めを何とか氷の吐息で鈍らせ、反撃しようとするものの、ヴォルフも引き際を心得ていた。
(自分が不利になったと悟るやいなや即撤退……
判断力では明らかに零さんの方が上)
お互いに崩れれば窮地に立たされる事は解っているのだが、体力で負けている遼子は攻めなければならない。
それ故に、先程の攻撃でカウンターされてしまったのは痛恨だった。
「残り20秒、絶対に逆転します!」
積極的に攻めてくる相手に対して守るだけでは厳しく、また攻めるのも難しい。
逃げ回るのもガードを固められない為相手の攻撃がヒットするとコンボが入ってしまう事もある。
(対処法として正解になるものは無い。
でも、3つのうちのどれかをやらなければならない)
必死に向かってくるエレーナに対して跳躍からの蹴りを用い、零は相手に圧力を掛けていった。
(まるで機械と戦っている様……私の動きを先読みして最適な立ち回りをしてくる。
それならばエラーを起こさせるだけ!)
ダメージを受ける可能性を全く考慮しない無謀な突撃は、零が予想していた彼女の行動とはまるで違うものだった。
「賭けに出たね」
ガードが間に合わず、相手のダッシュ蹴りを喰らってしまうヴォルフ。
すかさずさらなる追撃を入れる為にエレーナが駆け寄ってくるが、衝撃波により画面の右端に弾き飛ばされてしまう。
(こうなりますか)
ヴォルフの執拗な攻めをガードで耐え、何とか反撃を入れようとした所で第1ラウンドが終了した。
『両者共素晴らしい立ち回りを見せています。
ですが現時点では零選手の方に分がある様です』
会場アナウンサーの言う通り、HPがそれ程減っていない零は優位に立っている。
勿論第2ラウンドで負ければ消耗戦のラストゲームになってしまうので油断する事は出来ない。
「遼子ちゃん……」
「大丈夫。こんな逆境、何度も乗り越えてきたじゃない。
宏弥君が心配してくれるのは有難いけど、私を信じて」
遼子の言葉を聞き、口をつぐんだ宏弥であったが不安は消えなかった。
(今まで戦ってきた相手とはレベルが違う。
こんな人に勝てるんだろうか……)
涼介も遼子の実力を知っている為、この状況を楽観視する事は出来ない。
(零さんがリードしているけど、実力は拮抗している。
最終ラウンドに持ち込まれたら厳しいかもしれない)
どちらかのHPが完全にゼロになるまで戦わなければならない最終ラウンドまでもつれ込むと、流れが遼子の側に傾く危険がある事を涼介は見抜いていた。
「君の力をもっと魅せてくれ。
僕はあらゆるテクニックを駆使してその力を凌駕してみせる」
それ程の覚悟が無ければ、彼女には勝てない事を零も理解していたのだろう。
再び、お互いの牽制による静かな戦いが始まった。
ヴォルフが放った上段蹴りをガードで耐えたエレーナが氷の吐息を放ち弱体化を図るものの、動きの鈍ったヴォルフが敢えて近付き投げを決める。
相手が退いた為に追撃こそ入らなかったものの、駆け引きで完全に負けてしまったショックは隠せない。
(氷の吐息が無かったら、今の投げから決着していた可能性すらある……)
第2ラウンド開始10秒で再び高度な読み合いに負けてしまった遼子であったが、まだ勝敗が決したワケでは無い。
「何としても体力の差で競り勝って、最終戦に持っていきます!」
現時点では両者の残り体力はほぼ同じ。
遼子が勝つ為には零よりHPで上回るか一度倒してしまうか、そのどちらかしか方法が無かった。
(相手は前がかり気味に攻めてくるハズだけど……
どうしようか)
ヴォルフはスピードが元に戻った事を確認してからもう1度エレーナの近くに向かい、相手の中段蹴りをガードする。
(硬直後の隙を狙われるワケにはいかない……)
弱攻撃とヴォルフの爪攻撃が相殺されたが、早く攻撃をしなければならないと焦った遼子の行動が裏目に出た。
「くそッ、あっちの方が多くダメージを与えている……」
怯んだエレーナに対してヴォルフは追撃を試みるが、手刀攻撃がカウンターで当たってしまう。
(このワンチャンス、逃さない!)
エレーナは綺麗にコンボを決め、ヴォルフの体力を半分以下まで削った。
「決めきる所は流石だなぁ……
零さんに勝つにはこっちもそのチャンスを作らないと」
だが欲張ろうとせず一旦後退した事で、ヴォルフに『チャンス』を提供してしまう。
前がかりにはならないと自制した故のバックステップだったが、起き上がったヴォルフはそれを読んで猛ダッシュを行い一気に距離を詰めた。
(完全に私の心を読まれた……!)
後退した直後の無防備な瞬間を晒してしまった事で、ヴォルフが好き勝手に攻撃する機会が生まれてしまう。
丁度画面左端の近くだった事もあり、エレーナがどんどん体力を減らしていった。
「悪く思わないでくれ。僕は僕1人だけで戦っているワケじゃない。
託されているからには負けられないんだ」
当初、零の思いは己の夢だけだった。
安定した収入を得て妹を安心させる為に優勝すると言う独りよがりな夢。
だが今は違う。
メンバー同士で優勝を狙い合い、そして人を助ける為に彼は筐体の前に進み出たのだ。
「私だって……!」
遼子もまた、財閥の娘でありながら不出来な『兄』が溺愛され、自分が評価されない現状を打破する為に優勝を狙っていた。
彼女の優勝に対する思いは決して零に劣ってはいない。
起き攻めに対しての暴れが通り、再び試合の主導権を握ったエレーナ。
お互いに一歩も引かず、体力を減らし合う両者の激闘は観客の心に何かを残していたのかもしれない。
「零、頑張れ!
予選で負けちまった俺の分まで戦ってこい!男の意地見せろ!」
「長尾さん勝って!
女性プレイヤーが強いって事を証明して!」
観客の応援にも自然と熱が入る。
歓声の中、2人は2人だけの世界に身を置いていた。
誰の邪魔も入らない、零と遼子だけの戦いの世界に。
『YOU WIN!』
その音声が聞こえたのは、2人にとっては一瞬の様でもあり、多くの時間が流れた後の様でもあった。
最終ラウンドまでもつれ込んだ2人の勝負は、HPを残していた零が消耗戦を制し、零の勝利に終わったのだ。
(まさかアドバンテージを持ちながら半分以下まで体力を削られるなんて……
何度寿命が縮む思いをしたんだろう)
実力で勝ったとは言え2人の力の差はそこまで無い。
遼子の粘りは零の予想を遥かに上回っていた。
「私の全てを……
この1年間ZEROに捧げてきたゲーマーとしての自分を全て出し切っても、勝てなかった……」
遼子は気力を出し切った為か、筐体に突っ伏したまま暫く動く事が出来なかった。
自分が負けたと言う現実を認め切れていないのか、虚ろな表情を浮かべている。
「遼子ちゃん……凄かったよ。
並のプレイヤーではあそこまで頑張れなかった。
僕は君とパートナーである事を誇りに思う」
宏弥の励ましの言葉が敗北した事実を確たるものにした。
「う……ううッ……ふーッ、ふーッ」
泣き喚きたい衝動を必死に堪え、歯を食いしばりながら耐える遼子。
立って零と握手を交わす事等出来そうにない。
涼介はそんな彼女の姿を愛おしく感じ、手を差し出した。
「僕達は勝ったけれど、僕自身は貴方に負けました……
だからこそ、貴方の分まで戦ってきます」
揺らがぬ決意と真剣な表情に気圧され、遼子は一瞬涙が止まった。
誠意と遼子に対する申し訳なさが混じった表情に対して、遼子も彼と同じ様に恋心の芽生えを感じていた。
「決勝トーナメントの1回戦で負けたりなんかしたら、頬を思いっきり叩きますからね」
遼子は涙を流しながら、涼介と零に自分の『思い』を託した。
『ZERO全国大会予選、関東大会に参加してくださった皆様、本当に有難うございました!
関東大会で優勝した氷室零・柏糸涼介チームには決勝トーナメントへの切符が授与されます!』
関東会場の舞台に設置された表彰台に上がり、2枚のゴールドチケットを受け取った零と涼介は笑顔を見せていた。
その顔には1つの大きな試練を乗り越えた充実感が溢れている。
頂点への道はまだ続くが、今この瞬間は2人共素直に喜ぼうと心に誓っていた。
『そして惜しくも予選準優勝に終わってしまった長尾遼子・小島宏弥チームには来年行われる予選大会の1回戦免除チケットが授与されます』
一回り小さい銀色に輝くシルバーチケットもまた、栄誉な賞品である事は間違いない。
だが予選大会でシルバーチケットを獲得したプレイヤーは警戒される為、さらに来年の大会が厳しくなる事は確実だった。
『ゴールドチケットを獲得したプレイヤーは、来月の大晦日に行われる決勝トーナメントに挑む事になります。
明日から観戦チケットの予約が始まりますので、今日参加されたプレイヤーの皆様も是非彼等の応援にいらしてください!
それではゴールドチケットを獲得したチームのリーダーである、氷室零さんにお話を伺う事にしましょう』
アナウンサーがマイクを向けると、零は照れ臭そうに笑った。
『まずは、予選大会優勝おめでとうございます』
「有難うございます」
会場にいた観客だけで無く、涼介や遼子も彼に対して惜しみない拍手を送る。
『楽な戦いは無かったと思いますが、今日1日を振り返ってみてどう思いますか?』
「そうですね。
僕はオールラウンダーのヴォルフを使っていましたが対戦した人は皆癖のあるキャラクターを上手に使いこなしていましたし、自分が今この場所に立っていない結末も充分あったと思います」
『貴方が優勝した事は事実ですよ。
でもそれだけ、全体のレベルが向上していると言う事でしょうか』
「そうだと思います。
僕はZEROを始めてからそこまで時間が経っていないんですが、ココまで来れました。
努力すれば、レベルは上がりますし、そういう意味では誰にでも輝けるチャンスがある。
ZEROはそういうゲームだと僕は信じています」
零を見ている多くのプレイヤーや、観客に向かって零はそう言った。
僕の様に壇上に上がってきてほしいと言っている様でもあり、その発言で多くの者が彼を称賛する。
「あいつ、鼻高くしねぇし……立派だよなぁ」
「西園(にしぞの)も零さんの姿勢を見習ってほしいわ。
ああいう謙虚な態度って凄く大事だよ」
アナウンサーはその言葉に対して頷き、微笑んだ。
『私もそう思います。
この大会は全てのZEROプレイヤーに対して扉を開いていますからね。
最後に、貴方なりの勝つ秘訣や生き残る秘訣などがあれば教えてください』
「勝つ為には日々の研鑽が大事です。
さらに、試合の中で流れを掴んで自分の側に引き寄せる力や、対人戦での心の読み合いを制する力も不可欠だと思います」
『やはり努力なんですね。
私もZEROをプレイしていますが、数日間プレイしていないとコンボの精度がすぐ落ちたりしますからね。
継続が必要、と言う事ですか』
「その通りです。
これからも強いプレイヤーが沢山出てきてほしいですね」
『有難うございました。
それでは、今一度両選手に向けて大きな拍手をお願い致します!』
割れんばかりの拍手が鳴り響く中、零は会場の者達だけで無く各地で結果を残したであろう仲間に向けて笑顔で手を振った。
『皆様、オーロラビジョンに注目してください。
各会場の決勝戦が終了し、決勝トーナメントに進む16名が決定致しました!』
巨大な液晶パネルに地域と名前が映る。
『まずは北海道代表。
青龍(せいりゅう)選手と玄武(げんぶ)選手です!
予選敗退が濃厚と思われていた下馬評を覆し、全国大会初の『ロボットが決勝トーナメントに進出する』と言う快挙を成し遂げました!』
名前の横には顔写真が映っていた。
会場からは驚きの声が上がる。
「人間型ロボットがベスト16に入るなんて信じられねぇな」
「あそこよ、綾小路財閥。
科学の結晶だって言ってるけど、人間に勝つロボットを作り出せるなんて凄いわね」
画面を見ながら、零は心の中で呼びかけていた。
(拓巳さん……必ず助け出します。待っててください)
『東北代表は五十神(いそがみ)妖(あや)選手と、綾小路(あやのこうじ)桜華(おうか)選手です!
昨年の大会で準決勝まで残り、3位決定戦で勝利した五十神選手は今回も圧倒的な実力で決勝トーナメントの舞台に戻ってきました。
綾小路財閥の総帥である御令嬢、桜華選手も安定した戦い方を見せており、決勝での活躍が期待されます!』
(桜華……君と早く戦いたい。今度は僕が勝ってみせる)
五十神妖は昨年も結果を残していただけに、今大会の優勝候補とされていた。
財閥側の人物である事が判明してからはギルドZEROの者達とも袂を分かち、更なる成長を遂げている。
『関東代表は御存じ、氷室(ひむろ)零(れい)選手と柏糸(かしわいと)涼介(りょうすけ)選手です!
都道府県認定ZEROゲーマーの中では屈指の実力を誇る柏糸選手と、本大会が初参加ながら他を寄せ付けない強さで決勝への切符を手にした氷室選手。
決勝トーナメントでは2人共、台風の目になるのではないかと私は思っています!』
零の存在を知らない者はいなかったが、彼と実際に戦ったプレイヤーは少ない。
関東以外のプレイヤーは事前の対策を練る事が出来ずに敗北した。
その点でも零は恵まれていたと言えるだろう。
『中部代表は火村(ひむら)あかり選手と西園(にしぞの)久緒(ひさお)選手です!
決勝トーナメント進出経験の無いチームでしたが、並み居る強豪を倒して決勝へと駒を進めました。
注目すべきは今大会初参戦ながら気合の入った熱い戦いを見せたと言う西園選手でしょう!』
(あかりさんが抜けたか……
瞳は勝てなかった様だが、きっと最後まで諦めなかった事だろう)
「今年は関東勢が強いな。去年は結構ばらけてたけど……」
「一昨年は関西出身のプレイヤーと東北出身のプレイヤーが多かったな。
偏る時は偏るのかもしれない」
火村あかりの名前を知っているプレイヤーは多い。
井島豊と一緒に行動している時が多いからだ。
彼女が関東出身であったり綾小路桜華が東京出身である事から、関東のプレイヤーが数多く決勝に進んだ事を殆どの観客が認識していた。
『近畿代表は九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)選手と、双葉(ふたば)沙織(さおり)選手です!
昨年度の決勝で熱い戦いを繰り広げ、頂点に辿り着いた九龍拓巳さんの妹さんがお兄さんと同じ決勝トーナメントの舞台へ進みます。
そして関西を代表するZEROアイドルゲーマーの双葉沙織選手も堂々の勝利!
綺麗なだけでは無いと、実力を示しました!』
(玖留美さんは、信念を持って決勝に挑む。
兄を救うと言う目的の為に、皆と一緒に戦おうとしているんだ)
大阪府では圧倒的な人気を得ている沙織の決勝進出決定に、道頓堀に飛び込む者が多数現れる。
株式会社アークラインズも良い宣伝になる為、彼女の決勝トーナメント進出を歓迎していた。
『中国代表は南屋(みなみや)朋美(ともみ)選手と、雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ)選手です!
彼女達も関東からの遠征チームですが、皆さんも知っての通り南屋選手は元千葉県認定ZEROゲーマー。
その実力は柏糸選手に匹敵すると言われています。
両者の対戦カードが実現する可能性もありますね!』
比呂子は初参加ながら、狩谷優と井島豊と言う『双子の師匠』に支えられ成長を続けてきた期待の新人だ。
特に豊に鍛えてもらった結果読みも抜群に鋭くなり、素人相手なら相手を圧殺出来る様になる程強くなった。
(南屋さんとぶつかったとしても、現認定ZEROゲーマーの誇りにかけて負けられない!)
『四国代表は海野(うんの)亜津子(あつこ)選手と、天邪鬼(あまのじゃく)選手です!
全国大会ではRN(リングネーム)での参加も認められていますが、正体不明でありながら勝ち上がった天邪鬼選手に注目が集まっています。
そして地元四国、香川県認定ZEROゲーマーの海野選手は初の決勝進出!
四国勢初の優勝はあるのでしょうか!』
全国大会ではこれまでに九龍拓巳を含む3名の優勝者が生まれているが、四国から優勝者が出た事は無かった。
北海道・宮城県・東京都。
関西出身である双葉沙織も優勝すれば初めての関西勢優勝となる。
『そして九州代表は土田(つちだ)守(まもる)選手と、井島(いじま)豊(ゆたか)選手の2名となりました!
今年久しぶりに決勝の舞台へと帰還する事が決定した、私達のヒーロー豊さんの戦いに期待したいですね!
アークラインズの編集部員として、これまで私達に沢山の知識と思い出を提供してくださいました。
私もいち『闘戦興』読者として彼の事を応援したいと思っています!』
アナウンサーの言葉に賛同するかの様に、会場から大きな拍手が送られた。
闘戦興のコラムニストとして多くの記事を書き、読者を叱咤激励してきた豊。
若くして天才編集員と呼ばれた彼は、ZEROを愛する者にとっては教師の様な存在だった。
(豊がこんなに多くの人に愛されていたなんて知らなかった。
やはり君は凄い男なんだな)
『今年の決勝トーナメントは多くの関東出身者と関西・四国出身者が争う、熾烈な名勝負が生まれそうですね!
皆さん、今度は決勝トーナメントの舞台でお会いしましょう!』
アナウンサーが手を振り舞台から零達が降りると、多くの励ましの言葉が聞こえてくる。
その声に耳を傾けながら、零も涼介も優勝への思いをより強くし頂点まで登る夢を現実にしようと心に誓った。
銀色に光り輝くチケットを弄びながら、堀北(ほりきた)栞(しおり)は東郷(とうごう)恵(めぐみ)と共に古都府の駅へと向かっていた。
「リーダー……私達はあと一歩の所で勝てませんでした。
未熟な私をお許しください」
「自分を過小評価し過ぎるのも良くないよ~。
予選決勝までは行けたんだし、次に備えて頑張ろう」
肩を落とし涙を流す栞を恵は励ます。
決勝は双葉沙織と栞の決定戦にもつれ込んだが、序盤にバランスを崩した栞が立て直せず無念の敗退となってしまった。
「よくそんなにへらへら笑っていられますね!
本気度が足りないから……ッ!」
振り向いた栞の目の前に、笑いながら涙を流す恵の姿があった。
「でも、やっぱり負けるのは悔しいね」
自分の不甲斐なさが許せず、握り拳を作る栞。
チケットを持っている方の手を天高く上げ、彼女は叫んだ。
「私は勝つ!
数年以内に必ず優勝者になって、リーダーに褒められる様なZEROプレイヤーになってみせる!!」
勝者がいれば当然敗者が存在する。
栞はこの敗北を糧に、さらに大きなプレイヤーになる事を誓った。
数日後、遠征から戻ってきた関東勢はエターナルナイトで祝勝会を行っていた。
「いやホント奇跡的だよな。
エターナルナイトでZEROをプレイしてきたメンバーが決勝トーナメント進出者の中に9人もいるんだぜ。
古都親善試合のメンバーも含めれば半数以上がこっちの陣営って事になる。
この結果は正直予想してなかっただろ」
「各々が精一杯頑張った結果でしょ。
私だけじゃ無いし、豊だけでも無い。
個人的には比呂ちゃんの決勝進出を褒めたいわ。
あの時よりさらに実力が上がっているみたいだけど、練習したのね」
「ええ、まぁ色々と……」
曖昧な返答で答えるのを躊躇った比呂子は、豊の方を見て微笑む。
彼女は豊に稽古を頼み、豊もそれを了承し面倒を見ていたのだ。
承諾した裏には当然、比呂子に対する負い目や贖罪と言った思いがある。
「私と比呂子さんと、久緒さんが決勝トーナメントに挑む事が出来るなんて夢の様です。
ですが決勝の場では個人戦。
完全なる敵同士です。対戦相手となった時には、手加減しませんよ」
「当たり前だろ!寧ろ全力で来いよ。
俺が返り討ちにしてやるから」
久緒は古都府での敗北を教訓とし、比呂子と同じ様にあかりと言う師匠の下で特訓を続けてきた。
豊に育てられた兵であるあかりに育てられた久緒が強くなったのは当然の流れだと言えるだろう。
「オーナー、店員組の力を決勝トーナメントの舞台で見せ付けてやりますよ」
「土田君、君は我々の思いを代表して決勝に挑んでほしい。
君の活躍に期待しているよ」
「ええ、そう簡単に負けはしません」
土田守はエターナルナイトのオーナーである蔵崎(くらさき)源三(げんぞう)に恩義を感じている。
予選で敗退してしまった仲間である笹森(ささもり)冬司(とうじ)、高瀬(たかせ)加奈(かな)の為にも、優勝したいと思っていた。
「僕達が活躍出来たのは喜ばしい事ですけど、綾小路財閥側も4名全員勝ち抜けましたね」
「私と笹森君は現場で直接見ていたけれど、どの対戦でも勝てる気が全くしなかった。
どの局面においても最適な解を見つけ出して、迷わず実行する。
九龍君の頭脳と電子頭脳の融合は脅威だったわ」
笹森・高瀬チームは準々決勝で青龍・玄武チームと当たり、完敗した。
2人は口を揃えて『単なる負けと言うより、何もさせてもらえなかった』とその時の事を振り返る。
「親善試合の時に五十神さんの強さも見たし、桜華も相当訓練したんだろう。
この4人に勝たない限り、僕達の側が金メダルを手にする事は出来ない。
大晦日までの残り1ヶ月、この短い期間の間にどれだけ鍛える事が出来るかで今後の展開も大きく変わってくると思うよ」
零は桜華に敗北した時の事を思い出していた。
たかをくくっていたワケでは無い。
だが何処かに驕りの心があったのではないか。
それ故に負けたのではないかと自分自身に問うていた。
「零の言う通りだ。
向こうも最終調整を進めてくるだろう。だが俺達は1人じゃない。
籠の鳥では仲間と共に成長する事が出来ない。
だからこそ必ず勝機はある」
豊は皆を励まし、奮い立たせた。
豊本人も2度目の決勝トーナメントに挑むとあって、気合が入っている。
アークラインズに関わる者の1人として、是非優勝したいと言うのが偽りの無い気持ちだった。
祝勝会の後、氷室零は井島豊、火村あかりと共に一橋駅へと向かっていた。
今年の冬はかつてない程の厳寒になると天気予報で報じられており、北風が容赦なく彼等に襲い掛かる。
「玖留美ちゃん……
貴方のお兄さんを、絶対に助けましょう」
「皆さんの御力添えが私に力を与えてくれています」
3人は東京からやってきた九龍玖留美を駅まで送る為に外に出ていた。
「あの時、嫌な予感がして私は兄を引き留めました。
無理にでも止めるべきでした。
止めていたら、こんな悲劇は起こらなかった……
だから私が、兄を救わなければならないんです」
玖留美の決意に満ちた顔を見ながら、零はしっかりと頷いた。
「君に責任の一端があるワケじゃない。
でも、肉親である玖留美さんがお兄さんを助けたいと思うのは当然の事だ。
皆で協力すれば、きっと突破口が見つかるよ。
ロボットの中身を暴露する為の方法が」
完全無欠のコンピューターにも、弱点があると零は信じていた。
感情を持たぬロボットに『情』を理解する事は出来ない。
そこが窮地を脱する打開策になるかもしれないと彼は考えていた。
「全国大会で優勝する事で、綾小路財閥は天武日本の経済を支配しようとしているのかもしれねぇな。
優勝するだけで財閥にとっては大きな利がある。
宣伝効果も計り知れない。
その為に2人を拉致したんだとしたら、決勝トーナメントでも形振り構わず卑怯な手を使うだろう」
彼等が最も危惧しているのはその様な『不正』の可能性だった。
やろうと思えば綾小路財閥はどんな不正でも行う事が出来る。
決勝トーナメントの抽選や筐体への関与、ロボットの強化等不安要素は山程存在していた。
「汚い策略があったとしても、僕達は正々堂々戦うしか無い。
乗り越えていくしかないんだ」
零は自分自身に言い聞かせる様にそう言った。
零の周りにいた者達も同じ事を考えていた。
相手は巨大企業集合体、自分達は単なる一般人。
蟻が猛獣に挑む様なものだ。
それでも、蟻同士集まって団結する事で戦い抜こうと彼等は心に決めていた。
その頃、綾小路財閥の地下研究室では、青龍と玄武の『最終調整』が行われていた。
「新しい冷却装置が完成致しました。
これにより、電子頭脳を120%の状態で稼働する事が出来ます。
ただし、『中身』の方には負担がかかる為、実戦では短時間での使用が望ましいかと……」
「最高のクオリティを発揮させるのは決勝トーナメントの舞台だけで充分だろう。
その1日だけ耐えれば後はどうなろうと構わん。
『中身』の精神を破壊して、路地裏にでも捨てておけば良いのだ」
綾小路財閥の『計画』は、最終段階に入っていた。
「信国から調達しきれなかった分のH2O爆弾は部品毎に分けて保管しているな?」
黒沢の質問に対して、財閥の暗部を担う科学者達は皆一様に頷いた。
「チッ、使えない屑共が。
自分達の本国からろくに爆弾も持ち込めずにいるなど話にならん」
「まぁ、良いではありませんか。
どうせ総理暗殺が成った暁には切り捨てられる運命です。
覇権を争うのはあくまで我々と官房長官(アルティメット)様。
奴等は先にゴミ箱に捨てられる。青龍と玄武の様にね」
染井はそう言いながら邪悪な笑いを浮かべた。
計画の成就は間近に迫ってきている。
「桜華御嬢様が優勝し、尚且つ織田総理が暗殺されればこの国の愚民共は混乱し新たなリーダーを求める。
その時こそ、信国の者達を冷遇してきた『革新党』を糾弾し綾小路財閥が政権の中枢へと収まるのだ。
そうなれば後は容易い。
『表』は穢れを知らぬ御嬢様に任せ、『裏』では信国だけで無く天武日本の国民からも搾り取る。
奴等が気付いた時にはもう遅い。
財を奪ってしまえば、クーデターも起こせなくなるからな」
染井と黒沢が企てているのは、財閥を頂点とした帝国を完成させると言う悪夢の様な計画だった。
合衆国には『上納金』を払いつつカダル連合王国から武器を買い入れ、合衆国も迂闊に攻撃出来ない状態を作れば最早内にも外にも敵はいない。
特権階級だけが肥え太り幸せになると言う『極悪絶対王政』を、彼等はこの現代に復活させようとしていた。
「その為にも絶対に御嬢様以外の人間、特に財閥に全く関わりの無い人間が優勝する事態だけは避けなければならない。
愚民共の求心力を得る為には、絶大な人気と名誉を獲得しておかねばならんからな」
「染井様。既に準備は整っております。
決勝トーナメントの抽選こそ細工する事は出来なかったのですが、決勝戦でのみ使われる特別な筐体に仕掛けを施しました。
これで不測の事態にも対応が可能。
御嬢様の実力を持ってすれば、間違いなく決勝戦までは行けるでしょう」
どんな手を使ってでも、己の野望を叶える。
染井と黒沢は計画の成功を信じて下品な笑い声を響かせた。
九龍拓巳の意識は、深い闇の中に沈んでいた。
時折、彼は妙な夢を見る。
自分の前に誰かがいて、頭の中に妙な声が響くのだ。
『戦エ。完膚無キマデニ相手ヲ倒セ』
その声に拓巳は逆らう事が出来ない。
その声に従って、相手に勝つ。
すると、再び意識は深い闇へと落ちていく。その繰り返しだ。
たまに、違う声が聞こえる様な気がした。
それは自分の記憶の断片から生み出された、幻聴だったのかもしれない。
『兄さん、帰ってきて!
私、兄さんと一緒にいられれば、それで幸せなの』
その瞬間だけ、拓巳は意識を取り戻そうと足掻くが、闇に抑え付けられ、身動きが取れなかった。
『貴様ハ私ノ命令ニ従ッテサエイレバ良イノダ』
頭の中に響く機械音。
身体を縛られ、精神まで操られた拓巳の理性は、確実に蝕まれつつあった。
(俺……俺は誰なんだ?
俺は青龍……全てを滅ぼす最強者……)
決勝トーナメントまで残り1ヶ月。
拓巳もまた、他の者達と同じ様に運命に抗い、戦い続けていた。