性的要素と合戦と言うものの融合を目指して書きました。
【1560年 6月11日 夜 清州(きよす)城 城内大広間】
清州城の大広間に集まった織田家の重臣達は、大将である信長と共に会議を行っていた。
「今川軍は大量の兵、兵糧を持って沓掛(くつかけ)城に到着したそうだ。
その数およそ25000。
まともにぶつかり合ってはとても勝ち目は無い。
どんなにかき集めても我々の軍勢は6000あるかないかと言った所だからな」
森(もり)可成(よしなり)はそう言った後、床に広げた合戦図の一部分を指差す。
「兵力を結集し、この清州城で篭城(ろうじょう)戦を行うのが最善の策では無いだろうか。
城攻めには篭城戦力の3倍の兵が必要だと言うが、我々ならば粘る事が出来るだろう。
数日粘りさえすれば、斎藤家の援軍とで挟撃する事も不可能では無い」
この世界では斎藤(さいとう)道三(どうさん)とその息子である義龍(よしたつ)の確執による戦で、織田軍が道三を救い義龍を倒した為現時点でも斎藤家との同盟関係が続いていた。
「しかし、挟撃と言っても斎藤家からの援軍は期待出来ぬ。
篭城してもいずれ落城してしまうであろう。
ここは城から出て戦うべきじゃ。
6000の兵で突撃すれば、25000の兵と言えども足が竦もう」
柴田(しばた)勝家(かついえ)は全軍突撃の案を出したが、丹羽(にわ)長秀(ながひで)は首を横に振った。
「25000の兵は皆精強。
我々の兵でまともに戦えるのはせいぜい半分の3000。
屈強な軍勢に戦いを挑んでも全滅するのは目に見えている。
ここは一度頭を下げ、今川軍の傘下に加わるべきではなかろうか」
篭城か、玉砕か、降伏か。
会議が紛糾する中、主である信長は上座に座ったまま黙って彼等の話を聞いていた。
遂に牙を剥いた戦国最強の弓取り、今川(いまがわ)義元(よしもと)。
彼は邪魔な織田家を滅ぼし、織田と同盟を結ぶ斎藤家も粉砕し上洛への道を切り開こうとしていた。
今回の出撃は上洛そのものでは無くその前準備であり、この織田家殲滅作戦が終了した後で上洛を検討しようとしていたのだ。
既に今川家は武田(たけだ)信玄(しんげん)・北条(ほうじょう)氏康(うじやす)と三国同盟を結んでおり、背後を気にする必要は無い。
今川軍は25000の大軍で織田家を簡単に蹴散らせると思っていた。
「殿、我々はどうすべきなのでしょうか」
柴田勝家の問いかけに対して、信長は身体を起こした後、笑みを見せた。
「心配するな。ちゃんと策は用意してある。
お前達は休んでおけ。明日は大いに働いてもらわねばならんからな」
信長は家臣達が大広間から退出した後外に人の気配が無いか確認し、天井裏に向けて呼びかけた。
「いるか、左近(さこん)」
「殿、某はここにおりまする。御命令を」
天井裏から聞こえてきた声に対して、信長は命令を出した。
「岡部(おかべ)元信(もとのぶ)が3000の兵を率いて鳴海(なるみ)城に入ったと聞く。
300の饗談(きょうだん)軍を率いて夜襲(やしゅう)をかける様に伝えろ。
向こうを強気にさせる為だけの策だ。
長い戦いは避け、なるべく傷を負わぬ様すぐに退却しておけ。
妖(あや)は明日の天気に関して何か言っていたか?」
「明日の午の刻の終わり頃から、付近一帯で強い雨が降るだろうと申しておりました」
「良いぞ、理想的だ。
作戦が漏れぬ様、他の者達には饗談(きょうだん)を使って戦の内容を伝えろ。
解ったな」
「承知致しました」
天井裏からの声が聞こえなくなった後、信長は寝そべり天を仰いだ。
(河原の石合戦の再現だな。
必要なのは少数の兵の使い方と戦の勝敗を握る『鍵』が成功するかどうかだ。
あの時も鍵となったのは女だったが……
今回も綱渡りをしなければならないのか)
信長は家臣団だけでは無く、己が従えた忍を用いての総力戦で強敵に挑もうとしていた。
そもそも、忍に求められているものとは何か。
それは『腕力』では無く、敵の位置や作戦を知る為に必要な『情報収集力』だった。
ドラマや映画で繰り広げられる様な忍者同士の派手な『戦い』等存在せず、寧ろ情報を持ち帰る為にどう逃げるかが大事な部分になる。
忍は敵から情報を得る為にあらゆる手段を尽くした。
忍の情報収集と言えば、不審に思われない様な格好で敵の領内に入り、その地の人々から話を聞く方法が有名である。
旅の薬売り、巫女、曲芸師……見慣れない人物でも不自然では無い職業の者に扮する事で、正体が露見するのを防いだ。
情報を得るだけでは無く、領内に入って嘘の噂を流す事で、敵を混乱させると言う戦法も盛んに行われた。
領内に入った後敵の権力者に取り入り、何年にも渡って情報を提供すると言う命がけの任務も存在する。
信長が饗談を用いて狙う乾坤(けんこん)一擲(いってき)の策、その鍵を握るのが1人の女性であった。
【1560年 6月12日 深夜 沓掛城 城内寝所】
今川義元は昂ぶる気持ちを身体に預け、少女との夜伽(よとぎ)を楽しんでいた。
「その逞しい魔羅(まら)で、私の女陰(ほと)を貫いてくださいませ」
「ふふ、何度でもくれてやるぞ。
私の精を受け取るが良い」
生まれたままの姿で紅蓮の髪を振る少女は、幼いながらも淫靡な魅力を持っている。
胸こそまだ小さいものの透き通る程に白い肌、華奢ながらも均整の取れた身体、美しい顔、ほぼ全てにおいて完璧と言えた。
「ああッ、最高です義元様。
もっと私の花を突いてください」
「今日は特に女陰の締まりが良いではないか。
これではすぐに果ててしまいそうだ」
少女と相対する男性は、長い黒髪を揺らし、引き締まった肉体を露わにしていた。
公家の化粧、即ち墨で描いた眉と鉄漿、口元には薄い髭を生やし鋭い眼で相手の女を見つめている。
「うくッ」
少女の膣内の強烈な快感に耐え切れず、義元は呆気なく射精してしまった。
義元がこの少女と出会ったのは数年前、戦争孤児となって幼い頃から娼婦となり戦場で春を売っていた彼女が彼のもとへ訪ねてきた時だった。
部下が少女の身体を絶賛した為性病を持っていないか確かめた後、一度夜を共にした時から義元は彼女の肉体に溺れる様になる。
彼女との性交は並の女性と行うものとは次元が違っていた。
彼女の美貌も与える快楽も素晴らしかった為、いつしか彼は少女を特別扱いし何度も肌を重ねたのだった。
「お前との夜伽は最高だ。
一糸纏わぬ姿も飽きさせぬ。良い身体に育ったものよ」
「義元様は路頭に迷っていた私に、何不自由無い生活を与えてくださいました。
この身体は義元様のものです。
今までも、そしてこれからもずっと」
交わりを終え、着物を羽織った義元は、全裸のままでいる少女の肌に触れていた。
「愛い奴よ。既に戦は始まっているが、恐れる事は無い。
私が率いる本隊は田楽狭間で腰を落ち着ける予定だ。
私についてこい。その時はまた可愛がってやろう」
数年間の間義元は彼女の肉体に魅了され、何度も夜伽を行った。
その間、少女はゆっくりと時間をかけて義元の精神を操り彼女に絶対の信頼を置く様にしていったのである。
「燈(あかり)……いよいよ時は来た。
私に逆らう哀れなうつけを滅ぼし、京への道を開く。
その後畿内の勢力を一掃し、そこから日ノ本全てを掌握するのだ。
そうなった暁にはどんな贅沢でもさせてやれるぞ」
「うれしゅうございます」
紫色に光る少女の瞳が、義元に対して催眠術をかけていた。
一時的なものでは無く、長期に渡ってかけている為かなり強固なものへと変化しつつある。
義元は最初の頃こそ燈の事を信用していなかったが、今では側室にする事まで検討していた。
『止めよ……』
不意に地の底から聞こえてくるかの様な不気味な声が寝所に響き渡り、燈は思わず自分の着物を掴んだ。
「な、何者だ!」
寝所の床から出現した白い煙の様な物体がだんだんと大きくなり、義元に語り掛けてくる。
「燈、逃げよ!この化け物は私が引き受ける」
燈と呼ばれた少女は白い着物を羽織り、帯を巻くと寝所から外へと飛び出していった。
『戦を止めよ……すぐに引き返すのだ……』
「貴様一体何者だ、名を名乗れ!」
義元は床の間にあった刀を手に取ると、正体不明の煙に対して身構えた。
『我は凶神(きょうじん)……世の運命を司る者也……
お前の顔には破滅の相が見える……我を信じよ。
今は機では無い。引き返すのだ。今ならばまだ間に合う……』
「ふざけるな。どれだけの準備をしてここまで来たと思っているのだ。
我が軍は総勢25000。
向こうはどれだけ多くかき集めたとしても10000にも届くまい。
私は間違いなく勝てるのだ。
臆病風に吹かれて、大事な好機を失ってなるものか!」
義元は憤り、刀で煙に切り掛かった。
通常の煙であれば切れるハズは無いのだが、その白煙は真っ二つに分かれて消えていく。
『愚かな判断をするな……我を信じよ……』
消えぬ声を消そうと、義元は消えていく白煙を幾度も斬りつけた。
「雪斎(せっさい)がいなくとも、この戦は私の勝ちが決まっている。
天下を取るのは私と今川家だ!」
荒い息を吐きながら、義元は己に言い聞かせる様に叫んだ。
一方寝所から飛び出した燈は、誰にも会わぬ様に外へ出ると、予め待機させていた烏を呼び出した。
「これを簗田(やなだ)様に届けて」
着物の中に忍ばせておいた筆で紙の切れ端に『田楽(でんがく)狭間(はざま)』とだけ書き込むと、烏の足にそれを結えて飛び立たせる。
「あとは……全て運次第、ね」
燈は不審に思われぬ様にすぐさま来た道を引き返すと、寝所の近くへ戻っていった。
【1560年 6月12日 深夜 ほぼ同時刻 鳴海城 城外】
今回の戦の重要な拠点となる鳴海城を任されていたのは長きに渡って今川家に仕えてきた老将、岡部元信である。
3000人の兵士を連れて鳴海城に入った元信は、敵の襲撃に備え寝ずの番を続けていた。
「元信様。織田軍の夜襲でございます」
「やはりこの城を攻めに来たか。敵の数は?」
「それが、あまりにも外が暗い為把握出来ておりません。
織田軍の陣容からして、大人数とは考えにくいのですが……」
元信は攻撃を受けぬ様慎重に外を見たが、敵の松明の光が散らばっている為多くも見えた。
「フン、兵士の数を多く見せる為の策に過ぎぬわ。
城外に1000討って出よ!目障りな敵を潰すのだ」
元信の命令により城外に出てきた敵兵の姿を、黒装束を身に着けた多くの忍が見つめていた。
「相手は夜目がきかぬ。
懐に潜り込んで掻き回した後、即座に退却するのだ」
外に飛び出した兵士達は月の光も殆ど届かぬ闇の中で敵を即座に見つける術を持っていない。
忍者は目で相手を圧倒する。
その為忍者部隊にとって夜襲こそ最も得意とする戦法だった。
「私にお任せを」
小刀を両手に持った少女が、敵の間をすり抜けながらかまいたちの様に相手の腹や腰を切り裂いていく。
「ぐあッ」
「相当の手練だ。一度退け!」
鍛練を積んだ忍が300人もいれば、相手の姿を捉えていない1000人の兵士を相手にする事が出来る。
真昼間に正々堂々と正面から戦えば今川軍の方が勝つだろうが、奇襲戦であれば饗談の方が勝っていた。
「今川の精鋭達が、何を梃子摺っておるのだ!
さらに1000城外に出て、敵を囲んでしまえ!」
元信はこれ以上軍勢が崩れる事を恐れ、一気に片付けようとさらに城外に出す兵を増やす。
「よし、頃合いだろう。
我々の目的はこの小競り合いで勝つ事では無い。全員退くのだ!」
リーダーである忍の頭領の言葉に少女は頷くと、他の仲間と共に駆け出し、あっと言う間に姿を消してしまった。
「逃げ足も速いとは……織田軍も侮れんな。
あの者達が他の拠点に向かうと面倒な事になりかねない。
拠点を守る兵の数を増やす様に嘆願せねば。
すぐに伝令を義元様の所へ送るのだ!」
元信は多くの負傷者を出してしまった事でこの事態を憂慮し、守りに重点を置く事を決断する。
結果的には、その判断が今川軍敗北の遠因となってしまう事をまだ彼は気付いていなかった。
「伝令、伝令!岡部元信様が守る鳴海城が、織田軍の夜襲を受けかなりの死者を出した模様!」
数十分後、沓掛城の寝所にいた今川義元と燈の前に伝令兵が現れ敵の夜襲を報告した。
「小癪な……敵はどれだけいたのだ」
「鳴海城から城外に出た兵士は1000程でしたが、全く相手を傷付ける事が出来ず一方的に壊滅したとの事……
夜襲の兵は恐らく2000から3000はいたのではないかと思われます」
「くッ、主力を走らせる奇策に出たか。
こちらもぐずぐずしてはおれぬ。
松平(まつだいら)元康(もとやす)と本多(ほんだ)忠勝(ただかつ)に伝えよ。
丸根(まるね)砦と鷲津(わしづ)砦を落とすのだ。
他の将にも各地に散らばる敵の砦を叩く様命ずる!」
義元は各地の砦を陥落させる事で大将である信長の逃げ場所を無くし、追い詰めてから始末しようと考えていた。
「燈、我等も出るぞ。何、恐れる事は無い。
本陣の行軍は物見(ものみ)遊山(ゆざん)と変わらぬからな」
頭を撫でられた燈は義元を抱き締め、この抱擁が『最後の抱擁』になるかもしれない事を感じていた。
【1560年 6月12日 午前3時頃 丸根砦 城外】
松平元康と後の徳川四天王、酒井(さかい)忠次(ただつぐ)は丸根砦を見つめていた。
「外を眺められる部分は全て閉め、砦内に篭もる者達の陣容を解らなくさせておりますな」
「うむ。織田軍はそこまで数が多いわけでは無い。
この数で落とせるとは思うが……」
元康の脳裏には、幼い頃信長と共に過ごした日々の記憶が蘇っていた。
『俺とお前で、日ノ本を治めようじゃないか。
優れた者達を配下に加えて領土を拡大する。
そして世界と対等に渡り合える国を作るんだ。
俺とお前でなら必ず実現出来る。俺を信じろ』
後に信長と共に天下取りを目指す元康であったが、当時は今川家の家臣と言う立場にいた。
「殿。私心はお捨てくだされ。
信長殿と殿が竹馬の友である事はこの忠次もよく存じております。
ですが我々は今川の人間。
今川家が織田家を滅ぼすと決めた以上は、やらねばなりませぬぞ」
忠次は織田家を憎んでいるワケでは無い。
ただ松平家を守る為には織田家と戦わねばならないと思っていたのだ。
『帰って来いよ、竹千代(たけちよ)。
今度会った時に敵同士だったとしても、俺は絶対にお前を迎え入れてみせるからな』
信長の笑顔を思い出し、元康は涙腺が緩んだが何とかこらえ兵達に命令を下した。
「砦を落とし、他の砦を攻めている者達と急ぎ合流せよ!」
【1560年 6月12日 午前3時頃 鷲津砦 城外】
鷲津砦を囲んでいる3000もの兵を確認した織田(おだ)秀敏(ひでとし)は、砦に篭もる兵士に檄を飛ばした。
「我々と対峙しているのは今川軍の中でも特に強いと言われている本多忠勝だ。
我等の数はたった500。
城攻めには3倍の兵力が必要と言われているが敵の数はさらにその倍。
敗北は必然。問題は、どう敗北するかだ。
我々は捨て石となって、織田家の為に死ぬ!」
信長の叔父にあたる織田秀敏は、砦に篭もる『やられ役』を織田家の未来の為に承諾した。
集まった兵士達も皆同じ気持ちで、殆どの者がここで死ぬ覚悟を決めている。
「我等の役目は本多軍をここになるべく長い間釘付けにし、今川軍の本隊との合流を防ぐ事だ!
敵が功を焦り援軍を呼べば尚良し。
本陣を手薄にし、信長の乾坤一擲の策を成功へと導くのだ。
その為には今この場にいる陣容をなるべく多く見せる必要がある。
鬨の声は割れんばかりの大声を出せ!」
兵士達はそれに応じ、1000とも2000とも思える様な大声を張り上げ、外の敵にその轟音を聞かせた。
本多忠勝は後に徳川家四天王の1人となった『戦国最強』とも謳われる武将である。
「敵は相当猛っておる様だな。
潰すのに骨が折れそうだ」
忠勝は敵の士気が高い事に対して驚きを隠す事が出来なかった。
砦に篭もる兵が少数の場合、普通ならばほぼ死ぬ事が解り切っているのだからそこまで士気は上がらない。
「やけになっているのか、それとも我等との兵力差がそこまで無い事の証なのか……」
各地に散らばった織田軍の軍容を把握し切れていない今川軍にとって、籠城している相手の兵数を知る事はさらに困難である。
砦の兵を殲滅し、他の隊との合流を図りたい今川軍は、この砦もなるべく早くに落としてしまいたかった。
「皆、敵の士気は高い!
こちらも全力を出して戦うのだ!」
忠勝の檄に対して3000の兵士達も鬨の声を上げ、戦いの火蓋が切って落とされた。
ほぼ同時刻、清州城で待機していた信長のもとに様々な情報がもたらされた。
「政綱(まさつな)か。敵の動きはどうなっている」
「はッ、申し上げます。
鳴海城夜襲によるこちら側の被害は殆ど出ておりませぬ。
ですが、攻撃を受けている丸根砦と鷲津砦の軍勢は苦戦必至かと」
「うむ。ここからは時間との戦いだ。
燈からの連絡は届いたか?」
「烏の足に巻いてあった紙には『田楽狭間』とだけ記されておりました」
「その情報と、妖の観天(かんてん)望気(ぼうき)。
そして運が全ての鍵を握っている。
一瞬の勝機に全てを賭けるのだ。我等も出るぞ!」
信長はそう叫ぶと同時に立ち上がり彼が最も気に入っている幸若舞(こうわかまい)の1つ、敦盛(あつもり)を舞った。
人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ
下天とは下界の事では無く、天上界の様なものを想像しているとされる。
つまり『人間の世の50年等、下天では1日程度の時間でしか無い』と言う世の儚さを示していると言えるだろう。
信長が『敦盛』を気に入っていた理由の1つこそ、その世の儚さ、人間の生命は特別扱いされないと言う『現実的思考』だったのではないだろうか。
そうして敦盛を舞い終えた信長は具足を身に着け、立ったまま朝食である湯漬を食べると、甲冑を纏い出陣した。
【1560年 6月12日 午前10時頃 善照寺砦】
午前4時に清州城から出陣した織田軍本隊は午前8時に熱田神宮で戦勝祈願を行い、午前10時頃今回の戦いの前線基地と言える善照寺砦に入った。
既に織田軍の精鋭部隊は善照寺砦に集結しており、その数は3000。
決して多くは無いが武芸に秀でた柴田勝家や前田利家も本隊に所属している。
「戦況はどうなっている」
織田軍は伝令から情報を随時聞き、今川軍の本隊の動きを探り続けていた。
「丸根砦では佐久間盛重殿討死!
白兵戦を挑みましたが精強な今川軍に押し潰された模様……
鷲津砦も籠城し粘っていた様子でしたが、織田秀敏殿討死によりほぼ壊滅状態に陥ったとの事」
「叔父上……貴方の死は絶対に無駄にはしません。
我等は善照寺砦に兵500を残し、3000の兵で田楽狭間へ向かう!」
信長がこの合戦で勝利する為には、敵の総大将である今川義元の首を取るしか無い。
織田軍は本陣の場所を把握し、天候を味方に付ける事でこの大勝負に勝とうとしていた。
「午の刻の終わり頃から大雨が降る。
こちらはそれが解っているのだから火縄銃を濡らす心配が無い。
火縄を持っている兵は雨で濡れぬ様にせよ。
雨があがった瞬間を見計らい、正面から敵本陣に突撃するのだ!」
他の足軽達に混じって説明を聞いていた前田(まえだ)利家(としいえ)は、この戦で活躍し、必ず己の名誉を取り戻そうと心に誓っていた。
(上様の寵愛を受けていた俺が、嫉妬で恋敵の拾阿弥(じゅうあみ)を殺してしまってからもうすぐ1年になる。
この戦で義元の首を取り、帰参する事を許してもらわねば)
若い頃利家は信長の『夜の相手』を務めており、拾阿弥が自分よりも信長に愛されていた事に怒り狂った利家は相手を殺害。
一時は利家を死罪にすべきだと言う声も上がったが、柴田勝家らの説得により利家は織田家を出奔した事にされ、浪人となる。
今川軍との決戦において森可成の計らいにより足軽の1人として潜り込み、参戦する事になった。
無論、利家以外にもこの戦をチャンスだと捉えている兵士達は大勢いる。
本陣への奇襲攻撃が成功した場合敵と味方が入り乱れ、誰でも総大将を討ち取る事が出来るからだ。
「この戦で勝利し、この危機的状況を打破する!
皆、気を緩めるな!」
兵士達は鬨の声を上げ、織田軍の士気はどんどんと上がっていった。
【1560年 6月12日 午後12時40分頃 田楽狭間】
今川軍は丸根砦、鷲津砦の陥落に加え中嶋(なかじま)砦の味方有利の報を聞き戦意が上がっていた。
「織田軍の本隊は善照寺(ぜんしょうじ)砦から出陣した後、行方をくらませております。
善照寺砦と丹下(たんげ)砦の敵は士気高く、少数の兵ながら苦戦している模様」
「中嶋砦は兵を5000送っている。
勝利を盤石なものにする為には隠れている鼠を引きずり出さねばな。
我が本隊からも増援を送れ。
善照寺砦と丹下砦に篭もる敵兵を皆殺しにするのだ」
豪華な興に乗り、側に燈を置いた義元は余裕の表情を浮かべる。
公家の様な服装に豪華な太刀、見事な漆塗りの扇子を持つ義元の姿は今川軍の威容を体現していた。
「今川が天下を取った暁には、一族郎党全てが潤う『今川幕府』を作り上げるのだ。
今川にあらずんば人にあらずと謳われる様な、我々にとって最も幸福な国家を作ってみせよう」
武田信玄すらその力を恐れ直接対決を避けた今川軍。
少数の織田軍に対してどうしても『驕り』は出てしまったのかもしれない。
だが戦が進めば、絶対に勝てると思う程の戦力差は確かに存在し驕るのも無理は無い事だった。
「その時は、私をさらに愛してくださいますか」
「ふふ、勿論だとも。
お前にも極上の暮らしを与えてやろうぞ」
そう言って義元が燈と接吻しようとした刹那、突然強い雨が降り始めた。
「雨か……いや違う、何だこれは」
雨粒に混じって握り拳大の雹が降ってきたのだ。
興の上にいた義元は燈を庇い、背中に雹を受ける。
本隊の兵士達も大粒の雹が当たり、豪雨が身体に直撃した事でどんどん体力を奪われていった。
「この雨は尋常ではありませぬ。
視界も効かなくなった今、闇雲に動くのは危険かと」
「うむ。皆ここから動くな。雨が止むまで耐えるのだ」
今川軍はこの豪雨のせいで田楽狭間から離れる事が出来ず、近付いてきた織田軍の姿を認識する事も出来なかった。
【1560年 6月12日 午後2時頃 田楽狭間】
この雹混じりの雨は各地の戦場で織田軍にとって良い結果をもたらした。
砦に篭もる織田軍は雹による被害を殆ど受けず、外にいた今川軍だけが雨と雹の直撃によって疲弊していく。
さらに豪雨となった事で今川軍は伝令との連絡が取れず、身動きも取れなくなった為戦の状況が停滞。
信長が待ち望んでいた『時間稼ぎ』が見事に達成され、正面からの突撃も容易となった。
雨が降る事を知っていたかそうでないか。
それだけで両軍の明暗は大きく分かれたと言えるだろう。
「行くぞ!」
1時間程で豪雨が止んだ直後、織田軍の本隊3000が今川軍本隊5000に対して正面突撃を敢行。
火縄銃を使用して敵を倒す事が出来た織田軍に対し、今川軍は火縄銃を使う事が出来なかった。
雨によって体力を奪われていた今川軍の本隊は大きく崩れ、織田軍の兵士が義元の喉元に迫る。
「くッ、ここは退け!
退いて別働隊と合流すれば勝てる!」
興を捨て、燈と共に走り出そうとした義元の前に2人の足軽が立ちはだかった。
「我が名は織田軍足軽大将、服部(はっとり)一忠(かずただ)と申す!
今川義元殿と御見受けした。その首、某が貰い受ける!」
刀を手にしていた義元は咄嗟に燈を突き飛ばし、敵と刃を交えた。
「燈、逃げよ!
儂は必ず生きて再びお前と会う!」
少女が無事に逃げた事を確認すると義元は鍔迫り合いの末、襲い掛かってきた相手を返り討ちにする。
「ぐわッ」
「くッ……!出来る!
某は同じく織田家足軽大将、毛利(もうり)良勝(よしかつ)!
いざ尋常に勝負!」
もう1人の足軽が義元に斬りかかった。
義元は避けきれず、腹に傷を負ってしまう。
「こんな所で儂が……
今川家が終わるわけにはいかぬ!」
猛獣の如く足軽に向かっていった義元だったが攻撃をいなされ、今度は膝を斬られ動きを封じられてしまった。
「覚悟!」
首を狙って振られた刀は義元の息の根を止めたが、良勝も指を何本か斬られて負傷する。
(さ、流石海道一の弓取りと謳われただけの事はある。
このぬかるんだ地面で無ければ倒れていたのは俺の方だろう)
義元が討たれた事により本隊は大崩れとなり、織田軍の精鋭部隊の活躍により今川軍は壊滅状態に陥った。
【1560年 6月12日 午後3時頃 鳴海城 城内】
岡部元信は義元の訃報が信じられず、引きつった顔を浮かべていた。
「義元様、織田軍の奇襲を受け討死!
本隊に同行していた松井(まつい)宗信(むねのぶ)殿、井伊(いい)直盛(なおもり)殿、蒲原(かんばら)氏徳(うじのり)殿、由比(ゆい)正信(まさのぶ)殿、同じく討死!
織田軍は勢い付き、砦を攻めていた別働隊を敗走させた模様!」
「ば、馬鹿な……義元様が討死なさるなど……」
事態を認め切れていなかった元信であったが、やがて激怒し、部下に命令を下した。
「徹底抗戦じゃ!散った兵士達を鳴海城に集めよ!
この城を拠点として信長と戦う!」
義元の弔い合戦だとばかりに兵士達の士気は上がり、元信をリーダーにした篭城軍が完成されつつあった。
【1560年 6月12日 ほぼ同時刻】
松平元康は義元の討死の報を聞いた後、現戦力を残しての撤退を決断。
鷲津砦を攻めていた本多忠勝と合流し、『松平軍』となって織田軍と戦わずに戦場から退いた。
「まさか義元様が合戦中に討たれる事になろうとは……」
「殿。これは千載一遇の好機ですぞ。
今川家の影響が薄くなった今こそ、我等が今川の手から離れ独立する機会かと」
今川家の家臣として望まぬ戦いを強いられていた元康は、信長の勝利によってその枷から逃れる事が出来た。
以後、松平家は今川家と離反し、『徳川家』となって織田家との同盟関係を築く事となる。
巨大な化け物であった今川家の力が削がれた事で、周辺にいた大名達の動きも大きく変わる事になった。
【1560年 6月21日 清州城 大広間】
織田家と今川家との戦いは、終わりに近付いていた。
この日、今川軍残党が守っていた沓掛城が陥落。
近藤(こんどう)景春(かげはる)は討死する。
その一方で鳴海城を守っていた岡部元信のもとには今川家の別働隊の生き残りが集まり、強い結束力のもとで篭城を続けていた。
「この状況は非常に危ない。
元信との戦いが悪戯に長引けば周辺の大名達が漁夫の利を得ようとこちらに襲い掛かってくるだろう。
何とか講和を結び、奴等の戦意を喪失させなければ。
向こうは何か言ってきているか」
「元信は我々が討った義元の首を渡す事を講和の条件としております」
合戦で得た大将首は武功の誉れであり、普通ならば敵方に渡すのは躊躇われる。
だがこのまま1つの事に拘っていれば破滅するのは目に見えていた。
織田軍を壊滅させようと躍起になって自陣を手薄にしてしまった今川軍の様に……
「武田、北条、上杉は義元の死によって大きく動く。
岡部元信を中心とした勢力が生まれる事は絶対に避けなければならない。
戦の手柄等これから織田家が躍進する事実に比べれば意味の無いものよ。
首を差し出し、元信を撤退させるのだ」
信長の命令は即座に伝えられ、兵士達によって義元の首は鳴海城にいる元信のもとに届けられた。
「義元様、何とおいたわしい御姿に……
急ぎ駿河まで引き返し、義元様を弔わねば。
すぐに撤退じゃ!
織田軍に追撃されぬ様、背後には常に注意を払え!」
今川軍は撤退したが、織田軍が岡部元信のもとで結束しているこの別働隊を攻める様な事は無かった。
今川義元を倒した事自体が大金星であり、それ以上の余力が残っていなかったと言う事でもあったのだろう。
大将が死んでも尚忠義を尽くす元信に対して、信長が敬意を払ったと言えるかもしれない。
「義元公が死んだ?
何かの間違いでは無いのか」
甲斐の武田家の頭領、武田信玄は今川義元の訃報に対して信じられないと言う表情をしていた。
「尾張の織田軍を攻めるにあたって攻め急ぎ、本陣の守りを薄くした事で織田軍の奇襲を受け討死した模様」
「戦の天才である義元公が随分と無様な負け方をしたものよ。
やはり雪斎殿がおらぬと人は変わってしまうものなのか……」
信玄は三国同盟を成立させる為に裏で暗躍した太源(たいげん)雪斎(せっさい)の顔を脳裏に浮かべた。
義元もまた優れた人物であったが、雪斎が死んでしまった事で今川家のバランスが崩れてしまったとも言えるだろう。
「だが、義元公がいなくなったとなれば思う存分に駿河を攻め取れるというものよ」
三国同盟が崩壊した今、今川家の領地を奪い宿敵である上杉謙信との決戦にそなえるべきだと信玄は考えていた。
織田家は信玄の考えを読み、豪華な貢物や政略結婚によって武田家の御機嫌を取った。
織田家と戦うより今川を滅ぼす方が先だと考えた信玄は織田軍と一時的な同盟を結ぶ。
この同盟は武田家が織田軍包囲網に参加するまで続き、両家の思惑のもと互いが兵力を増すきっかけとなった。
「義元公討死!
鳴海城で籠城していた岡部元信も義元公の首を条件として引き上げた模様」
武田家と同じ様に越後の長尾家にも義元の訃報が伝えられた。
「織田軍が勝ったとはにわかには信じられぬが、これで心置きなく関東を攻める事が出来るな」
長尾(ながお)景虎(かげとら)は『関東管領』の立場を賜る事になっていた為、北条家を倒し関東を自分達の領土に組み込みたかった。
だが三国同盟が結ばれた事で長尾家が北条家を攻める事が難しくなり、景虎はその機を伺っていた。
織田軍が義元を討った事により、長尾家にも大きな恩恵がもたらされたのである。
「信長……お前の言った通りの展開になったな。
今川家を倒すその実力、本物であったか」
信長の追い求める理想は景虎にとってすぐには受け入れられないものだった。
旧勢力の復活を目指す謙信と旧勢力を打破し、『日本を変える』事を目指す信長は相容れない真逆の存在だ。
「私は室町幕府の復権を目指す。
関東を取れば、その夢に近付く事になるだろう。
いずれはお前と戦う事になるかもしれない。
だが……本音を言えば本当はお前と手を握ってみたいのだ」
あの時の信長の屈託の無い笑顔が、真剣な眼差しが、謙信の心を大きく動かしていた。
この世界において後の上杉家は、史実と違った行動を取る事になる。
それにより信長は『滅びの運命』から逃れ、新しい世を作ると言う大望を果たす事になるのだった。
岡部元信が鳴海城から撤退し、今川軍全てが駿河に引き返した事で織田軍と今川軍の戦いは幕を閉じる。
「それではこれより、此度の戦に関しての論功行賞を行う。
毛利良勝、前へ!」
清州城の大広間に集まった織田家の面々が見守る中、足軽大将の良勝は信長の眼前に進み出た。
「毛利良勝、お主は今川軍の迎撃にも怯む事無く義元の首を取った。
その働き見事である!」
褒美の内容は破格のものだった。
自分の働きが認められた事もあり、良勝の目には涙が滲んでいる。
「しかし、此度の戦において最も優秀な働きをしたのはそちでは無い。
簗田(やなだ)政綱(まさつな)、前へ!」
名前を呼ばれ、進み出た政綱に対して、信長は労いの言葉をかけた。
「御苦労であった」
「ははッ!有難き幸せにございます」
頭を下げ、平伏する政綱を見ながら、信長は彼が一番の働きをした理由を述べる。
「政綱は『情報力』を駆使して今川の本陣が田楽狭間で休息を取る事を知り、儂に報告した。
その報が無ければ正面からの奇襲突撃は成らず、織田軍は敗北していただろう。
戦の勝敗を握る『鍵』となったのは政綱だ。
ゆえに一番の褒美はそちに取らす」
この桶狭間の戦いを語るうえで最も重要なのは『情報戦を信長が制した』と言う事実である。
圧倒的兵力を持つ義元が信長の本隊を捉える事が出来ず、逆に信長は義元の本隊を見抜いた事で大逆転勝利を果たした。
情報こそ最も勝つ為に必要なものだと言う事を信長が認知していたからこそ、この結果に繋がったのだろう。
織田家はこの後、斎藤家との協力もあり足利(あしかが)義昭(よしあき)を奉じて上洛。
浅井家、徳川家と同盟を結び大きく躍進する事となる。
大広間に織田家の面々が集まり論功行賞が行われていた頃、付近の河原で物思いに耽る燈の姿があった。
「ここにいたの」
声をかけられ振り向くと、そこには同じ饗談の仲間である妖が立っていた。
「貴方の成した事も、私の観天望気も闇に消えていく。
誰からも称賛されない、辛い仕事ね」
「そうかもしれない。
でもそれが忍と言うものでしょう?愚痴っていても仕方が無いわ」
燈の功績は表の世界で生きる簗田政綱のものとなり、2人はそもそもこの世にいないものの様に扱われていた。
名前も知られる事無く、裏で織田家の繁栄を支える。
それが饗談の使命であった。
「義元と幾度も身体を重ねたんでしょう?
土壇場で情が移るのではないかと心配していたのよ」
義元が燈に魅かれたのは確かな事だったが、それは逆もまた然り。
燈も義元の壮大な野望や彼女に対する優しさに心を動かされていた。
「確かに、義元様に対して何の情も無いと言えば嘘になるわ。
あの人は純粋に私を愛する様になった。
でも報われなくても、私が愛する人は他にいる。
その人の為に全力を尽くすのが私の仕事よ」
義元の事が嫌いでは無かった。
だが燈には義元よりも大切な者がおり、彼の意思を優先したのだ。
饗談は情報収集力を活かし、この後も織田家を影から支えていく事になる。
剣技により敵を圧倒する妖と、男を色香で惑わせ破滅へと導く燈。
この2人がこの世界に存在した事で、織田家は天下を取りその先の『天武日本』へと繋がっていく事になるのだった。