それと同じ位大切なのが実況者だと思います。
格闘ゲームを盛り上げる為、試合の内容を説明し観客を熱くさせる。
少しでもそれが伝わる様になっていると良いのですが……
10万人の観客で埋め尽くされたZEROドーム。
その観客達が見守る中央のバトルフィールドでは、決勝トーナメント第1回戦の第1試合が始まろうとしていた。
向かい合って置かれている筐体の前に置かれた椅子に、氷室(ひむろ)零(れい)と南屋(みなみや)朋美(ともみ)の両名が座る。
『氷室零選手が使用するのは、ヴォルフ・ムーンリファード。
スピード、攻撃速度共に平均的な万能キャラクターです。
尖った部分が無い為器用貧乏とも言われていますが、そういったキャラクターだけにプレイヤーの実力が問われますね。
南屋朋美選手が使用するのはヴィラン・エクセンテッド。
紫の麻痺炎、近距離で出す火柱、投げでの回復等、トリッキーな技を数多く持っています。
ジャンプ中にジャンプする事が出来ると言う能力以外は、攻撃のスピード等平均的。動きのうえでは互角と言えるでしょう』
実況担当のNEXTエリカの言う通り、キャラクターの運動性能はほぼ同じ。
実力が拮抗していた紅白戦から約半年が経過している。
共に研鑽し実力を上げる為に努力を続けてきた為、実力にも大きな差は無い。
(もう1回、勝たせてもらいますよ……朋美さん)
(絶対に負けるワケにはいきません!何としても勝って、次に進まなければ)
絶対に譲れない戦い。
お互いに決まっているキャラクターを選択し、画面が暗転する。
フィールドはヴァルーサイドである『神殿前』になった。
『レディ、ファイト!
さぁ始まりました氷室零選手と南屋朋美選手の戦い。
遠距離からのお見合いからヴォルフが果敢に攻める。
上段蹴りはヴィランがガード、追いかけない。
ヴィランが投げを狙うもののコレも空振り。
中段からヴォルフの攻撃が通る。
吹き飛ばし攻撃から倒れた所で追い討ちの蹴り。起き攻め。
この状況は衝撃波で回避しましたね』
NEXTエリカの流れる様な実況が観客席に響き渡る。
先程まで応援をしていた観客も静かに両者の戦いを見守っていた。
『今度はヴィランが麻痺炎。ヴォルフが硬直を利用して確定反撃。
勝負がややヴォルフ側に傾きつつある。
南屋選手としては何としても取り返したい。
ジャンプ蹴りからのコンボ。壁際に追い詰められた。
ヴィランの体力は半分弱と言った所。ココで今度はヴィランの投げが通る』
ヴォルフの攻撃を防いで、体力を吸い取るヴィラン。
不利な流れが若干変化した。
(前よりも状況を見極める力が強くなっている……!)
マント硬質化攻撃も通り、体力の差がほぼ無くなる。
『体力は五分近くまで何とか持ち込んだ。
ヴィランが一旦様子見で後方へ。ヴォルフが追いかける。
バックステップで麻痺炎を回避。追撃を入れる。
衝撃波で再び状況を元に戻した。
鬼気迫る追撃。今度はヴィランも付き合う。
真ん中で両者がジャンプ蹴りを狙うが相討ち。
ヴィランが立ち上がった瞬間にヴォルフが喰らいつく。
膝蹴りからの上空コンボ。第1ラウンドはヴォルフが取りました』
目まぐるしい攻防が目立ったが、ヴォルフの圧力にヴィランが屈してしまう形となった。
勿論零もただ闇雲に追いかけるだけでは無く、必要な時には下がり無駄な攻撃を受けない様にしている。
「零のやつ、最初からかなり飛ばしてるな」
「とにかく1ラウンドを先に取って、相手にプレッシャーをかけたかったんでしょうね。
朋美ちゃんはそれに引っかかっちゃった感じがするわ。
朋美ちゃんもココからはより慎重になるんじゃない」
豊もあかりも、零のセンスの高さに舌を巻いていた。
紅白戦の時も零が勝ったが、勝負がもつれにもつれた上で決着がついている。
今は零が確実に相手に圧力をかけていた。
(零さんも流石にあの時とは違いますね。
私も今までとは違うと言う事を次のラウンドで証明してみせます)
第2ラウンドが幕を開ける。
『第2ラウンドがすぐに始まります。
開幕近距離火柱。ヴォルフは避けられない。ヴィランの追撃。
衝撃波を見越してキッチリ防御。爪攻撃。
全て決めきってヴィランがラウンドを取り返しました』
それはあっと言う間の事だったが、両者の間では凄まじい心理戦が展開されていた。
試合が再開した直後にどういった行動を取るかがその後の試合の流れに関わってくるのだが、零はダッシュ攻撃を選択。
ヴィランの火柱が直撃してしまい、立て直す事が全く出来ずに第2ラウンドを取られてしまった。
(迂闊だった。
有利な状況にしておきたかったのに、全くダメージを与えられないなんて)
(コレが、『完璧』と呼ばれる私の立ち回りです)
静かに戦いを見守っていた観客も、朋美の怒涛の追い上げに対してどよめいた。
「朋美の奴、やるなぁ」
「零さんも朋美さんの実力は認めていますからね。
一方的な試合にはならないでしょう」
比呂子は久緒とは違い、どちらにも勝ってほしいと思っている。
氷室零も南屋朋美も、会って話をする度にZEROの素晴らしさを思い出させてくれた。
ZEROをこよなく愛している2人。
それでも、勝つのは1人だけである。
『最終ラウンド。
両者スタートから距離を取って様子見。慎重に立ち回る。
2人共牽制を行いながら近付こうとするがなかなか踏み込めない。
近距離メインだからこそ遠距離ではなかなか試合が動かないのはこのカードのお約束みたいなものです。
ヴィランが踏み込もうとした瞬間にヴォルフが割り込んだ。
ガード、反撃、これもガード。共に仕上がっている』
お互いの攻撃を防ぎ、また牽制合戦に戻る両者。
一発勝負での最終ラウンドが堅くなるのは当たり前だった。
たった1つのミスが負けに直結すると言うプレッシャーが2人に襲い掛かっている。
「楽しいかい?」
「ええ、とっても楽しいです」
冷房が効いている室内であるにも関わらず、2人の頬や額にはうっすらと汗が滲んでいた。
『ヴォルフが積極的に攻めてヴィランがカウンターを狙う状況は変わらず。
それでもヴォルフのガードが素晴らしい。
他のプレイヤーの方々も参考にすべき立ち回りでしょうね。
おっとココでヴィランの麻痺炎がヒット。
ヴォルフココは意地でも猛攻をしのぎたい。
勝負所と踏んで矢継ぎ早に攻撃を仕掛けるヴィラン。
防御に対して投げ。体力吸収。
起き攻め。衝撃波が通って失敗。
再びヴォルフが突っ込む。防御が間に合わない』
少しずつ、確実に体力は減っているが体力差が無いまま時間が経過していく。
残り30秒を切った時点で零にも朋美にも焦りが見え始めた。
(出来れば判定勝負にしたくない。
ココで何としても決めきりたい)
(朋美さんも逃げ切りを想定しているだろうけど、決めに行こう)
『起き攻め。壁際での回し蹴り。
壁を利用してコンボを稼ぐ。斜め下方向へのジャンプ攻撃は通らず。
衝撃波、失敗。ヴォルフがさらに怒涛の追撃。
必殺技を後出しの必殺技で返してヴォルフの勝利です』
必殺技発動直後の無敵時間を利用して、必殺技を必殺技で潰す。
相手の発動タイミングを読んでいなければまず出来ない荒業だったが、零は見事に試練を乗り越えてみせた。
「必殺技を必殺技で潰すだなんて……!流石零、見事ですわ」
『フン。アノ様ナ芸当、俺ニモ出来ル……』
青龍は零に対して異様なライバル心を燃やしていた。
勿論、それには中身の記憶が関係している。
必殺技でフィニッシュを決めた零は申し訳なさそうに俯き、朋美は敗北した瞬間思わず天を仰いだ。
「負けた……また、負けたんですね……」
涙が頬を伝っていく。
朋美は泣き喚きたい衝動を歯を食いしばって耐えた。
彼女はこの数ヶ月間に渡る特訓の記憶を思い出していた。
堀北(ほりきた)栞(しおり)と共に歩み、エターナルナイトや電脳皇帝に通って野試合を続けた辛く、厳しくも楽しい毎日。
その1日1日全てが勝利の為に費やされていた。
勝つ為にこの場所へ来たのだ。
この大舞台での勝利の為に捧げてきた人生が無残にも打ち砕かれた。
そのショックは相当のものだった。
「朋美さん……僕は、妹の為にも、皆の為にも負けられなかった。
その思いは貴方も同じだったんでしょう。
でも結果として僕が勝った。先に進ませてもらいます」
「……はい。解っています」
零が自分の気持ちを汲んでいる事は嫌でも解った。
彼は別に憎むべき敵では無い。
自分と全く同じ志を持ち、戦ってきた『もう1人の自分』なのだ。
だからこそ、氷室零に負けた事実は想像以上に重かった。
敗北を想定していなかったからこそ、余計に重く感じたのかもしれない。
『1回戦第1試合は、ヴォルフ・ムーンリファードを使用していた氷室零選手の勝利です!
惜しくも敗れてしまった南屋朋美選手にも、健闘を称える拍手を送ってあげてください!』
会場全体が揺れているのではないかと錯覚する程の熱気と盛り上がりは、2人が観客の予想を遥かに超える好勝負を演じていた事の証であった。
両者は再び握手を交わし、その後朋美は敗者となった為観客席の方へ向かう。
零は舞台の上に戻った。
『それにしても、最初の試合から白熱した勝負になりましたね』
『氷室選手のタイミングを読む力と、南屋選手のセンスの高さが共に光った試合だったと思います。
2人共試合の流れを掴んで自分のものにする事が出来る巧者同士だった為、勝利の女神がどちらに微笑んでもおかしくない展開でした』
長尾遼子も『巧者』の1人であるが、第2ラウンドの試合開始直後と決着寸前での攻防には内心舌を巻いていた。
自分があの局面で同じ事が出来るのかと考えてしまう程の度胸の良さ。
互いに相手の喉元に刃を突き立てたが、勝利したのは零の方だった。
『今年の16名は兵揃いですから、さらに私達を唸らせる様な試合を期待してしまいます』
『遼子さんの言う通り、物凄いものを見せてもらいましたね。
会場にいる皆さんも同じ事を感じていると思います。
それでは第2試合に参りましょう。
天邪鬼選手と、海野亜津子選手の戦いです!』
NEXTエリカに名前を呼ばれた2人が中央のフィールドに向かう。
会場はまだ先程の試合内容で盛り上がっていた。
幼い頃から、南屋朋美は人より恵まれた環境に置かれている事を実感していた。
大手造船会社の次女として生まれ、長男と長女が次代を請け負う事を宣言した為縛られる事も無く自由に振舞う事が出来た。
小学生の頃からトップクラスの成績を誇り中学、高校と負け知らず。
陸上部に所属し、ポテンシャルの高さから常に頼られ他の生徒からの信頼を得ていた。
(だからこそ、あの敗戦が痛かった)
何もかもが順調に進んでいると思っていた矢先の『事故』。
認定ZEROゲーマーの座を譲り渡してしまうと言う痛恨のミスを犯してしまう。
慢心は無かった。挑戦者に対して真摯に対応し、戦ったハズだった。
だが今振り返ってみれば、『甘え』があった事は否めないだろう。
子供の頃から何不自由無く与えられ、享受してきた。
乗り越えられない壁も経験してこなかった。
決して楽では無いハードルも難なく飛び越えてきたからだ。
その『約束された人生』を確信していたからこその敗北だった。
(あの後私はNEWSZEROのリーダーとして甘えを捨て、勝つ事に拘り続けた。
零さんとの紅白戦に敗れてからはこの全国大会で優勝する事しか考えていなかった。
それなのに……!)
2分弱で勝者と敗者が決まる過酷な世界。
その2つの境界線は綺麗な一本の線であり、勝者と敗者をしっかりと分けていた。
敗れた朋美が観客席に戻ってくる。
決勝トーナメントに挑むプレイヤーにはそういった席が事前に用意されていた。
「リーダー……」
隣の席にいた栞が悲鳴に似た声を発し、嗚咽を漏らす。
栞の隣にいた恵は、俯いたまま言葉を発する事無く、ただじっと朋美の顔を見つめていた。
「……私は諦めませんよ。
何度でも這い上がってみせます。
例えその先にどんな苦難が待ち構えていようとも」
涙を流しながらも、朋美はハッキリとした口調で2人に対して話す。
「NEWSZEROはまだ終わってないよ~。
朋美ちゃん以外にも残っている人がいるからね」
恵はただ友である雨宮比呂子の事を思った。
朋美の勝利も願ってはいたが比呂子の勝利を願う気持ちの方がさらに強い。
南屋朋美の『戦い』は幕を閉じたが、決勝トーナメントはまだ始まったばかりだった。
中央のフィールドに用意された椅子に座る2名の戦士。
天邪鬼と海野亜津子。
『代表』と『補佐する者』と言う関係だけならば朋美と栞に似てはいるが、亜津子が信頼している者は他にもいた。
(何処かで私の事を見てくれていますか?拓巳さん。
そして剛さん。リーダーが相手でも、私は物怖じしませんからね)
香川県の漁師町で育った亜津子は、幼い頃からずっと海を身近に感じていた。
そしてその海の向こうの『本州』に思いを馳せていた。
天武日本の首都、東京に行ってみたいと。
『ZERO』が発売された後、彼女は香川県認定ZEROゲーマーになる事が出来たが、己が井の中の蛙である事はよく解っていた。
(もっと強くなって日本一になりたいからって、必死にバイトをして貯めたお金で東京に足を運んだ時の事を思い出すわ)
ゲームセンター『電脳皇帝』で出会った九龍拓巳と日向剛と言う2人の『巨星』。
彼等と仲良くなり、さらに仕事を重ねて何度も東京に向かった。
どんなにきつい状態でも2人と戦っている時は全てを忘れる事が出来た。
やがて『ギルドZERO』の話が持ち上がった時、亜津子は拓巳の推薦でサブリーダーに抜擢される。
自分がZEROプレイヤーとして認められた瞬間だった。
今までの苦労が報われたのだ。
(リーダーと二人三脚で歩いてきた。
でも今は違う。乗り越えなきゃいけない大きな壁なんだ)
愛する者に勝利を捧げたいと願う天邪鬼との戦い。
亜津子も簡単に負けるつもりは無かった。
『天邪鬼選手が使用するのは、イリス・ウッドゴブリン。
巨大な棘付きの棍棒を振り回して戦うパワーファイターです。
動きこそ遅いですが、リーチと攻撃力の高さが魅力ですね。
海野亜津子選手が使用するのはマリン・ボルトアルファ。
遠距離では泡を飛ばし、近距離では電撃を使って立ち回る平均的なキャラクターです。
女性キャラは体力が低めに設定されている為、素早さや攻撃力の高さで勝負していきたい所でしょう』
第2回戦は追いすがるイリスと距離を取るマリンの戦いになるのは明白だった。
リーチこそ長いが近付かなければ相手を攻撃する事が出来ないイリスに対して、マリンは遠距離攻撃でダメージを与える事が出来る。
どちらの戦略が優れているか。
それが勝負の行方を左右する要因となっていた。
『さぁ、フィールドが決定しました。
これはマリンのホームである『海底神殿』ですね。
背景が海底なだけで、動きに変化があると言うワケでは無いんですが。
リアルデスゲームの始まりです。
先に仕掛けるのはイリス。
両手での斜め上に判定がある攻撃で跳躍での逃げを選択したマリンを攻撃。これはブロック。
相手の腹辺りに飛んでくる泡と、地面を這う様に飛んでくる電撃はそれぞれガードの仕方が異なります。
その二択をキッチリ見切ってイリスが近付いてくる。
マリンが壁際に追い詰められました』
天邪鬼の得意技である『動きの遅いキャラで圧力を掛けながらの近付き』を実行し、窮地に立たされた亜津子。
しかし近付けば近付く程遠距離攻撃での二択が難しくなる事も事実である。
(飛んでくる泡や電撃を見るのではなく、泡を飛ばすモーションや電撃を放つモーションを行う『マリンそのもの』を見る)
天邪鬼はその目の良さで相手の攻撃を防ぎ切り、遂に攻撃する為の射程圏内に相手を捉えた。
『横に棍棒を振るバッティングの様な攻撃をマリンが跳躍で回避。
着地した際の硬直は確定反撃のポイントです。
それをしっかりと熟知していたイリスが棍棒を前に突きだす攻撃で遂にダメージを与えました』
ジャンプ回避は相手から遠ざかる手段としてはバックステップよりも優秀だが、着地際を狙われるとあっけなくやられてしまうデメリットも存在する。
1つ1つの行動が勝敗に直結する中で、亜津子は軽率な逃げに走ってしまった事を後悔した。
(リーダー相手に、それは通用しませんよね……)
『相手を吹き飛ばした後イリスの起き攻めが始まります。
イリスの攻撃は他のキャラと比べても遅いので衝撃波のタイミングがずれるんですが、マリンは上手く対応しましたね。
大きくダメージを与える為にはマリンも近付く必要があるのですが、あくまでもインファイトを避ける作戦の様です』
不用意に近付けば電撃の餌食になる。
天邪鬼は相手との距離を見て的確な行動を取る事を心掛けていた。
(亜津子さんは私以上にHPを残して逃げ切る作戦を取っている。
貴方の思い通りにははさせません)
『衝撃波で距離を離されたイリスですが、ゆっくりとした動きにも関わらず再びにじりよってきました。
マリンの攻撃をガードで耐えながら近付いていきます。
マリンもガードを固める。ココでイリスの投げが決まりました』
投げからのコンボは数回の攻撃でありながら相手の体力をごっそり奪っていく。
女性キャラだけに減る量も多く、マリンはあっと言う間にダウン寸前まで追い詰められてしまった。
「えげつない攻撃やわ」
「天邪鬼さん、凄いわね。
あれだけ動きの鈍いキャラクターを使って完全に場を制圧してるじゃない」
沙織にとってもあかりにとっても、彼女は出来る事なら相手にしたくないプレイヤーだった。
マリンもインファイトに切り替え、事態の打開を試みる。
『棍棒攻撃を何とかガードした後、確定反撃で相手を怯ませたマリンが積極的に前へ出ていく。
残り時間を考え、リスクを負って前に出る事を選択した様です。
素早い攻撃の切り替えに対してもイリスは動じません。
ジャンプ蹴りからのバックステップ、一気に距離を詰める。
タイミングをずらした攻撃が通った。
電気を纏った拳から繋げていく。イリスも衝撃波で脱出しました』
亜津子も天邪鬼と同じ様に必死だった。
決勝トーナメントで『次』に向かう為には、何としても勝たなければならない。
マリンはさらに相手を追い、果敢に攻撃を仕掛ける。
しかし牽制気味に繰り出した棍棒を振り下ろす攻撃に当たってしまった。
『ココでダウン!
イリスの体力を半分近く削る健闘ぶりを見せましたが、力及ばず無念のダウンです。
しかし2ラウンド目に逃げ回れば、チャンスが生まれますよ。
ココで追いすがってくる相手をどう捌くかが重要なポイントになります』
クラムの様な先行逃げ切り型では無いマリンとしては、スピードが勝っている事を利用してイリスの攻撃を回避したかった。
だが、先程の戦いでも明らかになった様に天邪鬼相手では逃げもなかなか機能してくれない。
(リーダー相手にインファイトを挑めば捌かれ、遠ざかれば私に圧力を掛けながら近付いてくる。
どちらにしても勝ち目は薄い……
でも、やるしかないのよ!)
亜津子は呼吸を整えると、あくまで『基本の立ち回り』に拘った。
セオリーを無視してくる相手に対して、もう一度堅実な策を取る。
亜津子にはそうする事しか出来なかったのだ。
『先程と同じ様にイリスが近付きマリンが逃げる状況になりましたが、イリスの被弾が増えてきてますね。
早く決着を付けたいと言う気持ちが焦りを生んでいるんでしょうか』
亜津子も動揺していたが、天邪鬼もまた焦れていた。
亜津子は決して弱いプレイヤーでは無い。
決めきれる時に決めてしまいたいと言う雑念がプレイに現れ、無駄なダメージを喰らっていた。
「リーダー、不利な状況ですけど私は最後まで諦めませんよ」
「それはこちらの台詞です。
有利だろうが不利だろうがやる事に変わりはありません」
イリスの動きに変化が出てきた事に気付いた亜津子は、前に出る様なそぶりを見せて相手を揺さぶる作戦に出た。
『おっと、そう簡単には近付けないイリスに対して今度はマリンがプレッシャーをかけていく。
このゲーム、勝っている方もますます負けられないと言う思いが強くなって緊張してしまうんですよね。
前に出れなくなったイリスに対してマリンが出ていく。
端で攻撃を行った後戻りましたね。
無理をしないで様子を伺う作戦の様です。
イリスが遠距離攻撃により再びダメージを喰らってしまいました』
ただがむしゃらに戦っていた時の方が楽だったのかもしれない。
天邪鬼は勝ちたいと言う思いが強過ぎて、リスクを負えなくなってしまった。
マリンは今現在不利な状況が変わらぬ為、失うものは無いので無茶な行動も取れる。
(膠着状態に陥れば勝負がもつれる。
何としても前に出ないと……)
『残り15秒。今度はイリスがリスク覚悟で前に出ていく。
遠距離攻撃をガードで耐え遂に射程圏内へ。
マリンはインファイトに付き合う必要が全く無い為逃げたい所ですが……
おっと、当たりましたよ。
棍棒での突きから相手を端に追い込んで起き攻め。
衝撃波で逃げたいマリンに対して超必殺技を使いました。
ココで勝負を決めてしまおうと言う魂胆でしょう。
発動直前の無敵時間を上手く利用しましたね。
しかしマリンとの体力差はごく僅か。
マリンのコンボが通れば逆転出来ます。時間はあと5秒!』
天邪鬼は古都での対氷室零戦を思い出し、超必殺技を上手く使う事が出来なかった事を恥じていた。
あの時は零の衝撃波のタイミングを読む事が出来ずにチャンスを逃したが、今回はしっかり決める。
(駄目駄目!終われない!!)
亜津子はとにかく攻撃を当てなければと果敢に攻めたが、イリスは強かに立ち回り、それを許さない。
『飛び掛かってきたマリン相手にイリスの迎撃がヒット。
ココでタイムアップです!
体力の差で2ラウンド目もイリスが取りました。
天邪鬼選手の勝利ですね』
亜津子の敗因はイリスの圧力に屈してしまった事だろう。
最後の最後まで、堅牢かつアグレッシブなイリスの攻めや守りを崩す事が出来なかった。
だが一時とは言え天邪鬼も引き気味になったのだ。
そこで逆転出来なかったのが反省点と言える。
「リーダー……強過ぎですよ」
「亜津子さんには負けられないと思っていました。
サブリーダーに負けるリーダーなんて格好悪くて仕方が無いですから」
悔しい気持ちもあったが、亜津子は自分の全てを出し切った。
その表情に迷いは無かった。
「このままの勢いで突っ走って、必ず優勝してください。
ギルドZEROの底力、見せてくださいね」
「ええ。亜津子さんの分まで頑張ります」
しっかりと握手を交わす2人。
正々堂々と戦い白熱した戦いを繰り広げた両者に対して惜しみない拍手が送られた。
『いやー、どちらに転んでもおかしくない勝負でしたね』
『分岐点は2ラウンド目の序盤でしょう。
あそこで亜津子さんが玉砕覚悟のインファイトを敢行していたら、勝負の流れはまた違ったものになっていた可能性があります。
結果としては、天邪鬼さんのリスク管理の徹底ぶりが光った戦いになったのではないでしょうか』
遼子も天邪鬼とは戦いたくないと感じていた。
彼女の独特とも言えるプレイスタイルは、小島宏弥にも真似出来ない。
『場を見る』と言う格闘ゲームの基本を完璧にこなしている天邪鬼は手強いプレイヤーの1人だった。
「一旦焦りが出たけど、天邪鬼さんが上手く修正したね。
メンタルの面でも彼女は強いよ」
零は天邪鬼との再戦が決まり、複雑な気持ちを抱いていた。
一度勝った相手ではあるが、確実に成長している。
絶対の勝利など存在しないのは解り切っていた。
「あっちゃんも頑張ったのに……
一見圧勝したかに見えるけど、結構危ない橋も渡ってたんじゃない?」
「ああ。あれは楽な勝利じゃ無かったな。
でも勝ち切る強さを見せた。零も恐らく苦戦するだろ」
零に勝ってほしいと願う豊とあかりであったが、彼女の強さを目の当たりにしさらに激しい戦いが起こるであろう事を予感していた。
観客席に戻った亜津子は、香織の隣の席に座ると、溜息をついた。
「結構喰らいついとったやんか。良かったで」
亜津子にとって香織の励ましは嬉しかったが、一緒に笑い一緒に泣いた2人の仲間の姿が無かった事が寂しかった。
「拓巳さんと剛さん、何処に行っちゃったんでしょうね……」
「千葉県の方へ行くって言ってその後行方不明。
捜査も全く行われてへんって話やし、心配やわ」
負けた事は悔しかったが、やるべき事はやった。
悔やんでも仕方が無い。
だが、彼等がいたからこそ亜津子はこのステージまで上がってくる事が出来たのだ。
(褒めてください。
私、決勝トーナメントに進んだんですよ、拓巳さん)
歯を食いしばり、涙を流す亜津子。
負けた事よりも、大切な人がいない現実が彼女にとって最も苦しかった。
「亜津子はん……」
香織にも大切な人がいた。
だが今は何処にいるか解らない。
自分と同じ境遇だからこそ亜津子の苦しみは痛い程理解出来た。
どんなに遠く離れていても友達だと誓い合ったあの時からもう何年も経過している。
香織の心の中でどす黒い過去の思い出が蘇りそうになったが、何とか堪えた。
(ウチも、亜津子はんも、大切な人がいるのは同じ……
亜津子はんには、ウチみたいになってほしく無いんや)
膝に手を置き涙を流し続ける亜津子に対して、香織は言葉をかける事が出来なかった。