※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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読み返していると、当時西園久緒に抱いていた感情が蘇ってきます。
彼女は自分の好みだけで作り上げたキャラクターでしたが、
立派に務めを果たしてくれました。この作品を盛り上げてくれました。
悔しくても前を向く。それはどんな人間でも同じだと思っています。


極月 井島豊VS西園久緒

 西園久緒にとって、様々な意味で負けたくない試合が始まろうとしていた。

 ゆっくりと歩を進める彼女の眼前には井島豊の姿がハッキリと見えている。

 

『ZEROの表も裏も知り尽くしていると言っても過言では無い、井島豊選手の登場ですね』

『決勝トーナメント進出は2回目になるハズですよね。正直、

 毎年の常連になってもおかしくない実力を持っていると思います。

 西園選手としては、チャンスを確実に掴む決定力が問われる戦いになるでしょう』

 

 中央のバトルフィールドに足を踏み入れた2人は、互いの健闘を誓い握手を交わす。

「お互い、力を尽くして頑張ろうぜ」

「勝てると思ってるんだろ?

 返り討ちにしてやるから覚悟しとけ」

 

 笑顔を浮かべながら手を差し出した豊に対して、久緒は噛み付く様な険しい表情で応じた。

 ゲームの中の戦いとは言え、生半可な気持ちで挑めない。

 そんな気持ちが久緒にその様な顔をさせたのだろうが、余裕が無い様にも見える。

 

『資料によると西園選手はお父さんが名の知れた柔道家で、彼女自身も黒帯を巻ける程の有段者なんだそうです』

『オリンピックの男子柔道で金メダルを獲得した人の娘だそうですが、格闘ゲームはストリートファイトじゃありませんからね。

 ですが視野や反応速度、空間認識能力の高さには期待が持てると思います。

 一流のアスリートは感覚の研ぎ澄まし方が違いますし』

 

 遼子は有段者では無いが武道に関しては興味があり、合気道と弓道に手を出した事がある。

 その道の達人の『集中力』は彼女もよく知る所であり、久緒にもその集中力は備わっているであろうと容易に想像がついた。

 

 (この場所に辿り着くまでの間に、何度も挫折した……

 目の前にいるこいつと何故かセックスをする事になり、古都の親善試合では惜敗。

 全国予選もあかりの力で勝ち上がってきたと思われてる。

 だが、こいつを倒す事で今までの俺とは違うと言う事を証明してやるぜ)

 

 椅子に腰かけた久緒は、片方の手で拳を握りもう片方の手でそれを包み込む、武道家特有の手を合わせ方を行い気合を入れる。

 (久緒ちゃん、張り切ってるなぁ……

 ま、俺もココまで来たら負けられねぇんだけどさ)

 

 井島豊も2回目の決勝トーナメント故、気合が入っている。

 初回の挑戦では初戦敗退。

 だからこそ、まずはベスト8に進みたい。

 絶対に落とせない試合である事は明らかであった。

 

『D・KINGとシラノ・レミングの戦い。

 D・KINGとしてはスピードを増す『魔獣変身』をどう使っていくのか。

 シラノとしてはそれをどう捌き、攻撃していくのか。

 試合巧者である事が問われる対戦カードとなりました。

 背景は『古城の上』ですね。

 時折発生する背景の稲光に惑わされる事無く戦う集中力も必要となるでしょう』

 

 動きこそ鈍いシラノであるが、ガードの速さは全てのキャラクターで共通となっている。

 相手の攻撃に耐えつつ場を制圧する我慢強さが必要になる事を、豊は試合開始前から既に把握していた。

 

 (こういう時こそ、慌てずにのらりくらりと立ち回らなきゃいけねぇんだよな)

 久緒も相手を好き勝手に動かすワケにはいかない事を理解している。

 彼女は空中からの攻めを起点に立ち回るつもりだった。

 

『始まりました。

 両者共に飛び道具を持たない近距離格闘のキャラクターの為、D・KINGは手数の多さ、シラノはリーチの長さを武器にして戦う事になるでしょう。

 早速シラノが絶妙のタイミングでD・KINGを返り討ちにしましたね。

 空中からの攻撃に対する迎撃は難しいんですが、豊選手は軽々と決めています。

 早くも壁際に追い詰められたD・KING。

 魔獣変身を使って距離を取ります。

 変身中は攻撃は一切出来ない為、こういう使い方をするのは一般的でしょうね』

 

 空中での下段蹴りに対してシラノが対応し、手堅く立ち回っていく。

 攻撃が若干遅いシラノはそのタイムラグを考えて行動しなければならないが、豊はそれをしっかり理解しており格の違いを見せ付けていた。

 (クソッ。今の一撃だけでHPの4分の1が消し飛びやがった。

 強過ぎだろコイツ)

 

 魔獣変身は1ラウンドに1回使用する事が出来る。

 久緒は回避と攻撃の両方をこなし、変身解除寸前にシラノの真横に立った。

 

『今度はシラノが構える前にD・KINGの攻撃が当たりました。

 コンボの多さで1発あたりのダメージの低さを補うキャラクターの為コンボを継続させる事が大切になりますが、しっかり決めています。

 体力が逆転。起き攻めはシラノが衝撃波で防ぎ、再び牽制ターン。

 両者共に一歩も譲らぬ戦いを見せていますね』

 白熱する試合の中、観客席にいた中澤、柊、万場の3名は久緒の健闘を心から喜んでいた。

 

「西園先輩、豊さん相手に一歩も引いてませんよ。

 トレーニングの成果が出てますね」

「そりゃそうだろ。

 近くにある数箇所のゲームセンターで武者修行してたからな。

 実戦で積んだ経験がそのまま実力に繋がってくる。

 やればやっただけ強くなるって事さ。やり込みは決して裏切らない」

 

 久緒は全国予選からこの日を迎えるまで、多くの者達に支えられてきた。

 彼等だけで無く今戦っている豊を含めたエターナルナイト組や、NEWSZEROのメンバーと共に成長してきたのだ。

 久緒は自分の為だけでは無く、様々な者達の思いを背負って戦う試合で勝つ事を心から望んでいた。

 

『お互いに攻めあぐねる状況が続きます。

 残り30秒。遠距離攻撃でのダメージが無い為、体力差は変わっていません。

 シラノが再びD・KINGに近付いて、攻撃。斧での振り下ろしをしっかりガード。

 投げようとした所で衝撃波が入り今度はD・KINGが追いすがる。

 ココで位置が入れ替わりました。

 跳躍直後の攻撃がD・KINGにヒット。

 コンボがなかなか入りにくいキャラであるにも関わらずキッチリ繋げています』

 

 一撃の攻撃力が大きいシラノはコンボを継続させる事自体が困難になる様に製作されている。

 だが豊はそれでも数回コンボを繋げる為のレシピを自分で開発し、実戦で使える様に練習を重ねてきた。

「危ねぇ、ギリギリ掠らなかったら反撃されてたな」

 

 攻撃がヒットする範囲は決まっている為、攻撃が外れれば命取りになりかねない。

 井島豊も西園久緒と同じ様に訓練を重ね、今日と言う日に備えてきた。

 この場所に来るまでの間努力してこなかった者等1人としていなかったのだ。

 

『画面端でのコンボ。

 ただし、コンボが続けば続く程ダメージは減るので、すぐに落として起き攻めに移行するのもアリですかね』

『反撃されるリスク付きなので、ケースバイケースと言った所でしょう。

 今回はとにかく少しでもダメージを奪っておきたいと言う意思が感じられる攻撃だったと思います』

 

 コンボが継続していればその分時間も経過していく。

 豊はコンボを繋げた事で10秒以上時間を稼ぐ事に成功した。

「まだ取り返せる!」

 

 起き攻めから逃れたD・KINGが跳躍で逃げ、着地後にそのまま反撃する。

『回避と反撃を兼ねる移動。

 この辺りは西園選手、流石と言った所でしょうか。

 先程の魔獣変身の際もそうでしたが、1つの行為でどれだけの成果を出せるのかと言うのも重要ですからね』

 

 だが途中でシラノがガードした為、一旦後ろに下って仕切り直しを図るD・KING。

 それを追いかける形でシラノが動きを見せた。

 

『防御を無視した追いすがり。

 相手の動きを完全に読んでいますね。

 バックステップに対してダッシュ攻撃。

 綺麗に決まっています。

 制限時間前に、シラノがまず最初のラウンドを取りました』

 

 心理戦において豊が勝っていると言う事実を、久緒は素直に受け止めなければならなかった。

 今の局面はどうしても距離を取りたくなる。

 逃げずにダッシュしてきた所を迎撃すれば勝てただろうが、相手の一撃を恐れてそうする事が出来なかった。

 

 (情けねぇ……逃げた所を突かれて殺されるとかとんだ赤っ恥だぜ。

 ま、何にも考えずにガン攻めするのも良くは無ぇけど)

 状況を見て動く。その判断力では豊が上。

 それでも久緒は勝利を目指さなければならない。

 背後から聞こえてくる声援が、彼女に再び立ち上がる為の勇気を与えていた。

 

『第1ラウンドからすぐに第2ラウンドへ。

 シラノのHP残量は2分の1程。

 ココで耐えてHP差で勝つべきか、それとも倒すべきなのか。

 西園選手の技量が問われます』

 

『豊さんとしては、少しでもダメージを与えて、負けたとしても最終ラウンドを有利にしておきたいでしょうね。

 一撃が重いので、久緒さんは慎重にならざるを得ないかもしれません』

 どれ程有利な状況であったとしても、一発当たるだけで引っくり返されるかもしれない。

 そういった心理状態に陥れば、自然と慎重な立ち回りになる。

 ラフプレーに走れる程ダメージを与えられるキャラクターでも無いからだ。

 

 (耐え時だな。

 逃げるのは好きじゃねぇが、殴り合いに付き合うと勝ちの目が無くなる)

 向かってくる相手に対応出来るシラノも、最初から全力で逃げる相手を追いかけるとなると厳しい。

「俺にやれる事をやるだけでしょ」

 牽制を絡めつつ跳躍して近付こうとするが、自分より素早い動きで逃げるD・KINGを捕まえる事が出来なかった。

 

『西園選手、このラウンドで相手にダメージを与える事を放棄し、最終ラウンドに持ち込む作戦に出た様です。

 勿論、そうはさせないと豊選手も近付いていきますが、徹底した逃げの前に成す術がありません』

『動きの鈍いシラノは、スピードがあるキャラクターを捕まえるのが難しいですからね。

 特にD・KINGの場合は厳しい位置関係に持ち込まれたとしても魔獣変身と言う切り札がありますし』

 豊も無理に攻めようとすれば手痛い反撃を喰らいかねない。その心理もあり試合は膠着していく。

 

「豊さんも、今の久緒さんの怖さを解っていますね。

 フロックで上がってきたプレイヤーでは無いのですから」

「久緒ちゃんも緊張してるね~。ココは我慢のしどころだよ」

 少しでも歯車が狂えば有利不利が一変すると言う状況の中で、2人は共に己との戦いに身を投じなければならなかった。

 

『同じ状況が続いていますが、逆を言えば2人がこの状況を保ち続けている事自体が凄まじいのだと言う事を皆さんには解ってもらいたいですね。

 D・KINGが壁近くで追いつかれ、魔獣変身。

 さらにスピードが上がった為シラノは追いつく事が出来ません。

 しかし、リーチの長さが武器であるシラノなので、攻撃が掠るだけでも危険。

 油断が全く許されない局面が続いています』

 

 確実に時間が経過していく。

 豊も久緒も焦れる事無く最終ラウンドに全てを託す心づもりであった。

 

『残り10秒。大きな動きはありません。

 魔獣変身も解けているD・KING。シラノの突進攻撃をガード。

 攻撃直後の硬直にD・KINGの蹴りが刺さる。

 ダウンさせる事は出来ませんでしたがコレでシラノの逆転の芽は潰しましたね。

 HPで勝るD・KINGが第2ラウンドを獲得。

 両者のHPが満タンの状態で最終ラウンドに突入します』

 

 豊も『当たればいいな』と思って出した攻撃の為、さほど落胆してはいない。

 ただ負けるだけでは恰好が付かないと思って繰り出したこの一撃が最終ラウンドに何かしらの形で影響を与えそうだった。

 

『互いに超必殺技を残した状態のまま最終ラウンドへ。

 西園選手、何とか望みを繋げました。

 今の所、体力差は全くありません。

 2人の技術力と、諦めない心が試される一戦になりそうです!』

 

 勝負も終盤。

 絶対に負けられない、1回限りの勝負と言う事もあり久緒にのしかかるプレッシャーはさらに大きなものへと変化している。

 豊も体験しているアドバンテージはあったが、彼女との対戦にやり難さを感じていたのも確かだった。

 

 (久緒ちゃんが今まで努力し続けてきた事を、俺達はずっと見てきた。

 恋人や後輩、クラスメイト……

 沢山の人達が力を貸してくれたから、彼女は今ココに立っている。

 勝たせてやりたい。でも、俺だって勝ちたい!)

 

 人生における1つの点で交わりを持った2人が、この勝負によって別々の運命に引き裂かれてしまう。

 非情な宣告を突き付けられたくない。

 その思いが2人をさらに慎重にさせていた。

 

『シラノが近付いてジャンプ斬りから連続攻撃を叩き込みますがD・KINGが全てガード。

 近付いて攻撃を当てようとするもシラノが衝撃波でそれを許しません。

 先程とは一転して、両者の探り合いが始まっています』

『試合の中で2人の動きが洗練されてきてますね。

 所謂『仕上がっている』状態と言えるでしょう』

 

 観客席からの声援も聞こえていたが、あまりの音量で誰が誰を応援しているのか解らなくなっている。

「シラノだと、受けに回り易いのよね。大丈夫かしら……」

「豊さんなら大丈夫でしょ。

 場数踏んでるのが最後に効いてくると思いますよ」

 

 緩慢な動作のシラノはどうしても敵の刃に捕らえられやすい。

 だがそれはシラノの攻撃範囲に敵がやってきたと言う事でもある。

 

『ダッシュで近付いてきた所に突進攻撃が刺さりました。

 2人の動きが噛み合ってしまった感が否めません。

 しかし壁際では無かった為追撃は出来ず。

 先制攻撃を喰らってしまうと西園選手にとっては少々厳しいか』

 

 ダメージが多い事に動揺している場合では無かった。

 久緒としては何としても逆転しなければならない。

 (まだだ、幾らでも取り返せる。

 俺は勝てるんだ。舐めんなよッ!)

 

 不屈の闘志で再び丁寧な動きを見せ、今度は確実に相手を追い詰めていく。

 勿論、シラノも追い詰められていく中で相手の動きを逐一把握していた。

 

『西園選手、ココで最後の魔獣変身。

 攻撃こそ出来ませんが動きで相手を翻弄する作戦に出たか。

 井島選手としては相手の動きを見抜き、さらにダメージを与えたい。

 解除直前がこの試合のターニングポイントとなるでしょう!』

『この作戦の結果がどう出るかによって、勝敗の行方が変わってくるでしょうね』

 

 賭けに出た久緒の素早い動きを、豊は凝視していた。

 攻撃が当たってしまえばコンボの最後に超必殺技を入れ、逆転勝利を狙ってくる。

 豊が当てる事が出来れば自分が超必殺技を混ぜてダメージを蓄積させ勝利する事が出来るだろう。

 

 (一挙一動、見逃すな……

 画面全体を見て、相手の今の動きでは無く、最終的な着地点を予測しろ)

 豊は己の緊張を心の中に納め、ただ、目の前の現実と真摯に向き合った。

 

『変身が解除されました。

 シラノの真横にかなり近い状態。

 バックステップで一旦D・KINGが距離を取る。

 シラノは追いかけない。

 少し位置が外れただけで致命傷になりかねない中、両者が安全策を取った形になりましたね。

 残り15秒!シラノの有利は変わらず。

 どちらも何とか攻撃を当てたい所。

 おっと、ココでシラノの投げが入りました!

 超必殺技を喰らうまいと必死の衝撃波。

 しかし距離を取ってしまった事で近付くのに時間がかかります。

 D・KINGのHPは4割程。

 シラノの体力は減っていません。

 逃げに徹するシラノ。残り5秒。

 D・KINGが画面端でシラノを攻撃。耐えるシラノ。

 ガードを崩してダメージが入りましたがタイムアップです!』

 

 時間がもう少し余分にあったならば、久緒は勝利を手にしていただろう。

 だが魔獣変身からの攻撃の失敗や、投げを喰らってしまった後の衝撃波等の失策は確実に響いていた。

 あと一手、決定的な何かが足りなかった。

 その少しの差を埋める為に、彼女はこれからさらなる努力を重ねていかなければならないのだろう。

 

「……クソッ……駄目、なのかよ。今の……」

 久緒は拳を握り締め、大粒の涙を流していた。

 小刻みに肩が震える。

 

『今の試合は熱かったですね』

『西園選手の敗因は、やはり時間を使ってしまった事でしょうか。

 体力で負けている状態で余計なダメージをさらに受けたくないと言う思いはあったんでしょうが、詰めが甘かったんだと思います』

 やると決めたら全力投球。久緒はその信念を貫いてきた。

 周りの者達との軋轢を生みながら挫折して、成長してきたのだ。

 

 この挫折もまた、久緒の成長の糧となるに違いない。

「久緒ちゃん、行こう」

 豊が久緒の肩に手を置き優しく呟いたが、久緒はなかなかその場から動く事が出来なかった。

 

 強気な彼女が見せる涙。

 人前で弱い所を見せたくない久緒であったが、どうしても涙を止める事が出来ない。

「畜生……俺だけの負けじゃ無かったのに……

 皆から色々なものを貰ったうえで立っていたのに……」

 

 豊の背中にしがみつき、歯をくいしばりながらひたすらに泣いた。

 最早勝負後の握手など出来ない状態だった。

「今、泣けるだけ泣いておくんだ。

 次に笑う時、その涙を流した量よりもっと沢山笑える様に」

 豊は彼女にそう言うと、久緒を引きずる様に連れていきバトルフィールドから去っていく。

 

 そしてその2人と入れ替わる様に、身長の高い2人の男が中央へと歩を進めていた。

『誰ダカ知ラネェガ、完膚無キマデニ叩キ潰シテヤル』

「その言葉そっくりそのままお前に返してやるよ、ポンコツ野郎」

 

 しっかりと立てた髪に整えられた口髭。

 蝶ネクタイが目立つエターナルナイトの制服。

 店員組として戦う土田守の晴れ舞台。

 彼にとって初めての決勝トーナメントの試合が始まろうとしていた。

 

『決勝トーナメント1回戦第6試合。

 玄武選手と土田守選手の戦いです!

 先程圧倒的な実力を見せた青龍選手の様に、マシーンの実力を見せる事になるのか。

 逆に土田選手が人間の底力、プライドと意地で勝ち抜けるのか。

 目が離せない試合になる予感がします』

 

『格闘家としてのメンタルが、ロボットとの対戦でどう影響するかに注目したいですね。

 雨宮選手の戦い方を土田選手も見ていたでしょうから、それを教訓に出来るかどうかと言う点も重要だと思います』

 成す術無く敗北してしまった比呂子の姿。

 土田は青龍の強さの『秘密』に迫れた気がした。

 機械としてひたすらに強いが、『人間』としての弱点も僅かながらに見えている。

 

 千葉のゲームセンターを大いに宣伝する為にも、土田はこの試合で勝とうと心に誓っていた。

 (人間で無いのなら、人間には出来ないあらゆる不正行為を平然と行ってくる。

 だが俺や筐体に対して不正行為を働く事は出来ないだろうし、その兆候は感じられなかった。

 なら、俺自身の努力で勝率を上げる事は出来るハズだ。

 彼女の仇を取ってやろう)

 

 玄武と握手をしながら、土田はそう思っていた。

『ヘッ、俺様ヲ目ノ前ニシテ考エ事トハ良イ度胸ジャネエカ。

 スグニソノ余裕面ヲ恐怖デ歪マセテヤル』

 玄武はあくまで余裕である事を周りにアピールしている様だった。

 

 両手を上げて観客から声援を浴びる。

「頑張れよ、ロボット!

 決勝トーナメントを引っ掻き回してやれ!」

「土田君、頑張って!私達がついてるわ。

 皆、貴方が勝つって信じてるから!」

 

 高瀬加奈の声が聞こえた様な気がして、土田は思わず顔を上げた。

 遠くにぼんやりと蔵崎達の姿が見える。

「おう、任せろ!」

 

 決勝に進めなかった笹森と高瀬の無念を晴らす。

 その思いがさらに土田の気持ちを奮い立たせた。

 筐体の前に座り、キャラクター選択画面でキャラを選択後画面が暗転。

 いよいよバトルが始まる。

 

「悪い……俺の力が及ばなかったばかりに……」

 観客席に移動した久緒は、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま期待に応えられなかった事を謝った。

 

「ううん。久緒ちゃんはホント凄い頑張ったよ~。

 相手が悪かったって。

 全国でもトップクラスのプレイヤーとガチンコ勝負して惜しい所まで行ったんだもん。

 充分だと思うなぁ、私は」

 

「恵さんの言う通りです。貴方はベストを尽くしました。

 貴方を責める資格のある人間などこの世に存在しません。

 この経験を次回に活かす事が出来れば、私すら超えるZEROプレイヤーになる事も夢では無いでしょう」

 

 朋美は久緒の健闘を心から称えた。

 朋美も1回戦で敗れているが、彼女が自分に肉薄する程の実力を備えつつある事を実感している。

 もし今己と久緒が戦えば、どちらに勝利の女神が微笑むか解らない。

 嬉しさと同時に脅威を感じる程だった。

 

「西園先輩、お疲れ様でした」

「私達も次があればその時は全力でサポートさせてもらいます!」

 周囲の励ましが逆に久緒の心に突き刺さる。

 

「久緒……もう泣くなって。

 悔やんでも時計の針は戻らないんだ。

 だからこそ、常に前を向いて進んでいこう」

 中澤の優しい言葉が引き金となり、久緒は中澤の方を見ながら嗚咽を漏らした。

 

「ごめん……本当にごめんな……」

 敗北を認める事が嫌いな久緒は、この日大舞台で初めて敗北を認めた。

 自分が負けた事実を受け入れ、謝罪した。

 全てが彼女にとって初めての事だった。

 

「いいんだ。

 俺達の為に頑張ってくれたのは皆ちゃんと解ってるから」

 久緒が隣の席だったらすぐにでも抱き締めて、頭を撫でてやりたい。

 そんな思いが中澤の脳裏を掠めていた。

 

『それぞれの持ちキャラクターを選択。

 バトルが始まります。今回の背景は遠くに廃工場も見える『雪山』になりました。

 アイスノーとGU-DON。

 シラノよりも動きが鈍いキャラクター同士の戦いですが、アイスノーとしては如何に誘導式ミサイルをかいくぐって近付くか。

 GU-DONとしては相手をなるべく近付けず、近付いてきた時にどう捌いていくのかが重要なポイントになります。

 まずはお互いに様子見。

 牽制技を振りつつ誘導式ミサイルをガード。

 アイスノーもしっかり相手を見ていますね』

 

 スピードで相手を翻弄する事が出来ない玄武は、火力で相手を圧殺していくスタイルで攻める。

 投げを主体とした高い攻撃力で戦わなければならない土田は、まず相手に近付く事が第一条件だった。

『チッ。ノラリクラリト立チ回リヤガル』

 

 玄武は優れた解析能力を持っていたが、生粋のアスリートである土田の対策は徹底していた。

 まず、落ち着く事。

 サーモグラフィーや心拍数を測る事で相手に自分の動きが知られてしまうのならば、それを抑えるしか無い。

 

 手元の動きも殆ど悟らせない様に最小限の指捌きでしのぐ。

 格闘家として修羅場を潜り抜けてきたその経験が、土田を支えていた。

 

 (雨宮さんは完全に相手の勢いに呑まれていた。

 呑まれるのでは無く、それに付き合って、跳ね返す。

 自分と言う確固たるものを見せ付ける事で、相手の力を削ぐ事は充分に出来るハズだ)

 さらに、玄武の中身が血の気の多い日向である事も幸いし、徐々にアイスノーが場を掌握していく。

 

『アイスノーが腕振り回し攻撃でGU-DONにダメージを与えています。

 この振り回し攻撃は隙こそ大きいのですが当たると必ず相手が倒れるので、起き攻めに繋げ易いと言う利点があるのが特徴ですね。

 衝撃波をガード。硬直に対して投げ。

 両者共に一発のダメージが大きい為、既に6割近くのHPを奪っています』

 

 土田が優勢になっている事で、GU-DONの人工知能が能力を解放した。

 (負荷50%ヲ80%ニ設定変更。

 脳ニ与エルダメージヲ考慮シ、早期ノ決着ヲ付ケル事ガ望マシイ)

 

 人間が本来ならば使う事が出来る『筋力の限界』や『脳の限界』を無理やりに引き上げ、今までは無理だった些細な変化から相手の動きを見破る。

 幾ら心拍数を抑えようとしても変化しない人間はいないし、指を全く動かさずに格闘ゲームをプレイする人間等この世に存在しない。

 玄武は全神経を研ぎ澄まし、土田の次の行動を予測する事に集中した。

 

『再び起き攻め。ココはGU-DONの暴れが通り失敗。

 今度はGU-DONが攻めています。

 誘導式ミサイルで相手がガードした瞬間に近付き、腕を剣に変化させたうえでの斬りつけ攻撃。

 当たりました。

 左端に追い詰められた格好になったアイスノー。

 お互いに機動力があまり無い為、一度纏わりつかれると逃げにくいのが痛いですね』

 

 的確に相手の動きを読み、攻撃を当てていくがそれでも土田は慌てる事無く冷静さを保つ。

 逆に玄武の頭部からは少量の黒煙が出てきていた。

 電子頭脳の冷却装置は付いているが流石にそれだけで温度を維持出来るとは言い難い。

 

 (あの程度の相手でオーバーヒート気味になるとは……

 青龍はともかく玄武の中身の人選を間違えたか)

 遠くから双眼鏡を用いて試合の様子を見ていた染井は、唇を噛みながらそう思った。

 この日を万全の状態で迎える為に何度も負荷テストを行い中身を慣れさせたつもりだったが、訓練と実戦の違いはあまりにも大きい。

 

『なかなか画面端から抜け出せないアイスノー。

 一方空中からの攻撃も交えた猛攻で隙を与えない立ち回りを見せるGU-DON。

 下方向槍攻撃→剣薙ぎ払い→上方向ハンマー打ち上げと華麗にコンボを決めていきます。

 衝撃波を出す暇すら与えずGU-DONがまず最初のラウンドを奪取。

 しかしアイスノーも残りHPが4割となった相手を倒すチャンスは充分。

 まだまだ勝負の行方は解りません』

『ロボットの頭から湯気と煙が出てきていますが、大丈夫なのでしょうか』

 

 60秒経過させる事無く最初のラウンドを終える事が出来た玄武だったが、何の休憩も無しに次のラウンドに移る為休む事が出来ない。

 能力をフル活用しなければ勝てない相手である為、少しでも粘られると危険な状態に陥る。

 (負荷80%ヲ維持。最高持続時間ハ2分。

 最終ラウンドニ移行スル事ハ阻止スル)

 

 休まず、続けて2ラウンド取る事を選択した玄武。

 だが土田もこのまま終わるつもりは毛頭無かった。

「こんな事でキツくなってるのか?だらしねぇな、ロボットのくせに」

 

『貴様ァ……!』

 玄武を挑発し、相手のオーバーヒートを積極的に誘う。

 試合において場を握られている以上、その外で活路を見出す他手は無い。

 

『起き上がったアイスノーに再び起き攻めを仕掛けようとするGU-DON。

 しかしガードしつつ反撃。

 また牽制。腹の探り合いに戻ります。

 一度ダメージを喰らうとダウンに直結しかねない対戦カードの為、2人共慎重です』

『飛び道具があるとは言え、GU-DONの方が有利かと言えばそうでもないですからね』

 

 誘導式ミサイルを飛び込む為の囮に使用する事で再び懐に潜るGU-DON。

 だが土田は全く慌てる事無くガードを固め、猛攻を防ぐ。

 投げを狙った所で衝撃波が放たれた。

 

 (コイツ、サッキノ女トハマルデ違ウ……!

 コイツモ機械ナノカト思ウ程ノ肝ノ据ワリ様ダ。

 分析システムガ機能シナクナッテイル。

 コウナレバ負荷100%!決着ヲ付ケナケレバ)

 

 感覚を研ぎ澄ました人間は、『ゾーンに入る』と言われている。

 極限まで集中力を高めると周囲の人や物が止まってみえ、どう転んでも自分が勝てる状況を作り出せる様になるのだ。

 玄武はその『ゾーン』に好きなタイミングで突入する事が出来る。

 ただし、中身の脳に損傷を与える事は避けられない。

 

『衝撃波で吹き飛ばされた相手を追いかけて起き攻めしたい所でしょうが、遅いキャラクターはそれが出来ません。

 中央で再び両者が邂逅。

 腕を振る攻撃をガードしたGU-DONが、その隙を突いて超必殺技を発動。

 完璧なタイミングで巨大なドリルを上から相手に突き刺し、ダメージを与えます。

 与えたダメージは5割程。

 アイスノーとしてはこの窮地を何とかしてしのぎたい!』

 

 GU-DONがダメージを負っていない為、この時点で倒せる程の攻撃力にならず、まだ決着が付かない。

 ぶすぶすと黒煙を頭から出しながら戦っていた玄武であったが、危険を察知し自動的に負荷を下げた。

 

 (限界間近。負荷ヲ一時的ニ30%マデ低下。

 人工知能ノ維持ニ努メル)

 自分の身体の休息を優先した為、能力を中身に依存する形となる。

 土田はココで何とか挽回しなければならなかった。

 

『玄武選手の頭頂部から出ていた黒煙が少なくなりました。

 熱暴走しそうだったので休んでいると言う所でしょうか。

 しかし玄武選手の有利は変わりません。

 第2ラウンド終了まではあと40秒。

 HPを減らし窮地に陥っている土田選手としては、何としても攻めに行かなければならない局面です』

 

『リスクを恐れている場合では無いですね。

 積極的に動くしか無いでしょう』

 土田は相手の動きがさらに鈍くなった事を悟ると、GU-DONを壁際に追い詰める。

 

『今度はアイスノーがGU-DONに攻撃を仕掛けています。

 バックステップで回避しようとするも、その直後にアイスノーの超必殺技が発動。

 相手を掴んで投げ飛ばし、口から冷気を吐き出して大ダメージを与える技ですね。

 アイスノーの体力が残り少ない事もあり、GU-DONがダウン。

 最終ラウンドにもつれ込みました!』

 

『手に汗握る消耗戦が続きますね。

 切り札無しの状態での殴り合いになれば、まだ勝負の行方は解りませんよ』

 土田は現時点で自分が優位に立っている事を実感していた。

 相手に先程の勢いがまるで感じられない。

 休む暇を与えずに攻めれば、勝てる。

 

 大勢の観客も土田が勝つのではないかと思い始めていた。

 (そうはさせるか。

 中身が壊れるリスクを考慮している場合では無い。続行だ)

 

 染井は玄武が休むのを許しはしなかった。

 ポケットの中に忍ばせているリモコンのボタンを押す。

 遠隔操作で玄武のポテンシャルを大幅に上げたのだ。

 玄武は再び『ゾーン』に突入する。

 

『最終ラウンド。まずは両者様子見か。

 おっと、GU-DONがどんどん相手の方に近付いていきます!

 アイスノーも迎撃。

 ですが空中での攻防を制したのはGU-DONでした。

 相手を地面に叩き付け起き攻め。

 しかし壁際では無かった為アイスノーも窮地を脱します』

 

 距離を取った瞬間、狙いすました誘導式ミサイルが命中しアイスノーのHPは1割まで減った。

 (中身ノ頭脳、記憶系統ニ関スル損傷発生。

 危険、危険……)

 

 玄武の頭からは黒煙が出続け、回線がショートしたかの様な火花が散る。

『GU-DONがアイスノーに対してもう一度誘導式ミサイルを放ちます。

 ガードした所で距離を詰め攻撃。

 上からの下方向攻撃で隙を与えません。

 耐え切れずアイスノーがダウン。玄武選手の勝利です!』

 

 (強制シャットダウン。

 中身ト自身ヲスリープモードニ移行)

 勝利した瞬間玄武の目の光が消え、火花は消えたが黒煙はぶすぶすと舞い上がり続けていた。

 

「玄武の調整を行え。

 実戦の負荷に耐えられる様に改良を施すんだ」

 染井の命令により、綾小路財閥のお抱え科学者達が集まり、かなりの重さがある玄武を運んでいく。

 最新鋭のマシンを積んだロボットがシーソゲームを演じてしまったと言う現実に対して、染井は苛立ちを隠す事が出来なかった。

 

「第2試合までに間に合わせろ。

 それだけの金はお前達に払っているハズだ」

 科学者達に発破をかける染井を、黒沢や大臣達は何も言わずに見つめていた。

 

「それにしても、おかしいとは思わんかね……丹羽君」

「私もそう思います」

 この光景を見つめていた信虎が疑問を呈すると、傍らにいた律が頷く。

 

「綾小路財閥の科学者に対して躊躇なく命令を下すのが『染井義政』。

 桜華さんはただ黙って見ているだけ。

 まるで綾小路財閥のトップが彼であるかの様です。

 どうしてあそこまでの権限があるのでしょうか」

 

「先代の獅子王様が染井さんを寵愛していましてね」

 彼等の疑問に対して、黒沢が口を開いた。

 

「彼は綾小路桜華の執事と言う立場だけでは無く、経営のプロとしての一面も持ち合わせています。

 獅子王総帥は彼の実力に惚れ込み、ナンバー2と言っても良い程の権限を与えました。

 ナンバー1が何も言わずとも、彼は『財閥の繁栄』の為に動いている。

 御嬢様は染井さんの事を信頼しているのですよ」

 

 大臣達がその言葉に納得する中、信虎と律だけはその疑問を解消する事が出来なかった。

「青龍も玄武も勝ちましたわね。

 私がココで負けるワケにはいきませんわ」

 

 一方、運ばれていく玄武を見ながら、桜華は柏糸涼介と共にバトルフィールドの中央へと移動する。

 青龍や玄武の戦いと同じく、財閥にとって絶対に落とせない試合が始まろうとしていた。

 

「あと少しで勝てたんだが……

 すまなかった。俺の力が足りないばかりに」

「いや、凄かったですよ。

 あの玄武相手に互角の立ち回りを演じる事が出来たのは立派でした。

 俺が戦った時は、あそこまでアイツを追い詰める事すら出来ませんでしたからね」

 

 土田は豊に労いの言葉をかけられながら、観客席の方へと戻っていく。

 全て出し切れたかと言えば自分の中で疑問が残った。

 『勝てる』と思ってしまった驕りが相手の反撃に繋がってしまった事実は否めない。

 

 (もっと落ち着くべきだった……

 先に進みたかったが、決着は付いた。後は任せよう)

 自分に対する憤りや、後悔の気持ちが無いワケでは無かった。

 だが、久緒とは違い土田は自分1人で戦ってはいないと言う事を正しく理解している。

 彼等が自分の負けを打ち消す様な戦いを見せてくれると心から信じていた。

 

 顔を上げた土田の表情は、充実感に満ちて輝いている。

 負けた事を素直に認める潔さが、彼にそんな顔をさせていたのだろう。

 蔵崎はそんな土田の晴れやかな顔を見て、1人頷いた。

 

 (君はよく頑張った。

 あの大舞台で自分を見せ、観客を大いに魅了したんだ。

 我々の分まで戦ってくれて有難う)

 勝者と敗者はどんな時でも必ず生まれ、敗者は去っていく。

 土田は今大会一番のグッドルーザーなのかもしれなかった。

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