そういった『普通の人々』の葛藤や戦いを描く事こそ
この作品の主題ですね。
綾小路桜華の人生の中で、これ程大勢の観客に見守られながら試合に臨む事は生まれて初めての事だった。
幼い頃に見た氷室零のピアノを弾く姿。
神童と呼ばれてもおかしくない圧巻の実力に魅入られ、バイオリンの練習を続けた。
両親を失った後英才教育が始まり、バイオリンだけでは無く政治・経済・法律を含めた所謂『帝王学』を学ぶ事になる。
財閥の思惑と言うレールに乗ってひたすらに走ってきた。
ZEROで優勝し、褒め称えられると言う夢を叶える為に……
世界一の音楽家、世界一の格闘ゲームプレイヤー。
彼女は2つの夢を実現させる為に努力し続けてきた。
今日、その努力を無駄なものにしない為にも、負けられない。
「貴方の噂は聞いていますわ、柏糸涼介。
全国でも競争の激しい激戦区、千葉県の認定ZEROゲーマーになった男。
その実力は認定ZEROゲーマーの中でも飛び抜けたものだとか。
それでも、勝ってみせますわよ」
「僕も、貴方に負けるつもりはありませんから」
柏糸涼介の人生もまた、先人の実力に魅了されて歩んできたものだった。
小学生の頃から格闘ゲームに熱中。
ZEROは稼働当初から嗜んでいる。
ゲームに熱中しながらも難関高校への進学を狙っており、頭脳で彼に勝る者はいなかった。
(零さんが僕に勝った時、新しい目標が出来た……
今度は自分1人の実力だけで零さんに勝ってみせると。
紅白戦や遠征の時の零さんの活躍を見る度にその思いは強くなった。
零さんと決勝戦でぶつかるのは僕だ。
この試合は通過点に過ぎない。それを証明しなければ)
2人は握手を交わした後、筐体の前の席に座りキャラクターを選択した。
『決勝トーナメント1回戦第7試合。
1回戦の試合も残り少なくなってきました。
綾小路財閥の総帥を務めている御令嬢、綾小路桜華選手と中学3年生にして千葉県認定ZEROゲーマーとなった柏糸涼介選手の一戦です!
2人共予選では圧倒的な実力を持って勝ち上がってきました。
どちらが勝つのか注目ですね』
『個人的には柏糸涼介選手に期待しています。
関東予選で私は彼と戦って負けていますが、洗練された動きは見事と言う他無いものでした。
対人戦に慣れているかどうか解らない桜華選手は、彼との戦いで苦戦するかもしれません』
画面が暗転し、2人の運命を決める試合が始まる。
『今回の背景は『岩山』ですね。
岩だらけの荒涼とした土地。
崖下には大量のゴミが置かれ山積みになっています。
数多くの特殊攻撃を持つユファールに対して、その圧倒的なまでの『スピード』だけでクラムがどう立ち回るか。
認定ZEROゲーマーとしての実力が問われる試合になるでしょう』
試合開始と同時に、クラムは前に進み、ユファールは後退した。
『スピードはあれどスコップでの近接攻撃しか出来ないクラム。
とにかく少しでも近付いておきたい。
ユファールの方は動きを見るだけの僅かな余裕が欲しいと言った所でしょうか。
ココでユファールが飛び掛かってきたクラムに対して貫通ビームを放ち、クラムがガード。
着地地点を予想して閃光設置罠を仕掛けますが、発動が僅かに遅れた為難を逃れます』
設置するタイミングと発動するタイミング。
2つの行動の内1つが狂っただけで相手は逃げてしまう。
そして、クラムを逃がす事が自分の窮地に直結する事を彼女はよく理解していた。
『そのままダッシュで滑り込んできたクラムの攻撃を画面端でガード。
これはクラムの十八番と言っても良い状況ですね。
そのスピードを活かして連続攻撃を行い、相手に反撃の隙を与えさせないクラム。
しかしユファール、鉄壁と言えるガード。
プレイヤーとしての底力を見せ付けます』
跳躍して襲い掛かってくる敵の攻撃。
その当たり判定は目まぐるしく変動する。
上段・中段・下段の当たり判定を見抜き、的確なガードを行わなければ崩れてしまうだろう。
桜華はしっかりと守り抜いた後、キャラクターの目の前に光の剣を出現させ反撃した。
『クラムがスピードならば、ユファールはコンボの継続に定評があるキャラクターです。
どちらも1回のミスが命取りになりかねない対戦カード。
剣の攻撃を喰らい吹き飛ばされたクラムの着地点を正確に予想し、閃光設置罠を設置して発動。
コレは綺麗に決まりました。
真上に打ち上げられたクラムをユファール自身が空中で攻撃。
画面端からの反撃だった為ダメージをさらに与える事は出来なかったものの、相手に揺さぶりをかける事は出来たのではないでしょうか』
事実、涼介自身や周りの観客も、桜華のガード性能の高さに驚きを隠せなかった。
「今の猛攻を、全部ガードしちまうのか」
「涼介も今の攻撃が通ってたら自分のペースに持ち込めたハズよ。
苦しい戦いを強いられそうだわ」
あかりの指摘通り、格闘ゲームの試合は1つ1つの攻防だけで無く全体の『流れ』によって勝敗が決まる事が多い。
その流れを掴めるか否かで結果が変わってくる為、今の好機を逃した代償は非常に大きなものだった。
(何とか主導権を握りたい所なんだけど……)
涼介は若干の焦りを覚えながらも、普段通りのプレイを心掛ける。
『追撃を行わず、後方で貫通ビームを放ちながら攻撃の機会を伺うユファール。
クラムは救われた形になりました』
『ココはどちらにとっても有難い局面でしょうね。
近接攻撃の鬼であるクラムと殴り合いはしたくないユファールと、立て直しを図りたかったクラム。
両者の懸念は払拭されましたが、こうやって仕切り直した後どうなっていくかが鍵になりそうです』
長尾遼子は的確な分析を披露した。
主なダメージ源が遠距離攻撃にあるユファールにしてみれば、願ってもないチャンスとなる。
『クラムも当然、近付く為の努力をします。
闇雲に近付いても勝機は薄い為、ブラフを混ぜつつ攻めるタイミングを伺っていますね。
一方、ユファールの方も貫通ビームや設置罠で応戦しますが、相手が素早い為なかなか攻撃を当てる事が出来ません』
牽制しつつ睨み合う展開となったが、その均衡は必ず崩れる。
『再びクラムの猛攻。
近付いてくるクラムを止める事が出来ません。
しかし攻撃はしっかりガード。
外堀を攻められても内堀には至らせない。
ダメージは断固阻止する形を貫いています。
ダッシュでスコップ打ち上げ攻撃を行ってきたクラムですが、ユファールがガードした直後に反撃。
相手の攻撃を防いで丁寧に攻撃を通しています。
美しいコンボの入り方ですね』
相手の動きを止めるのでは無く、敢えて自由に行動させた後で反撃する。
桜華の作戦は成功し、逆に涼介は彼女の術中にはまる形となった。
(桜華さんの思い通りの展開にされちゃってるな……
何とか反撃の糸口を探したい所なんだけど)
涼介にも流石に焦りの色が見え始めていた。
自身はHPを3分の1まで減らしているにも関わらず、相手は無傷。
このままではパーフェクト勝ちを許してしまいかねない。
「どちらが上かと言う事を、証明して差し上げますわ!」
桜華はユファールを動かし、逆に劣勢に立たされたクラムを追い詰めにかかる。
『攻守が入れ替わりました。
旗色が悪いと見て後退したクラムに対して、ユファールが攻めに向かいます。
攻める為のスピードが速いと言う事は逃げる為のスピードも当然速いのですから、ユファールがどの様な追い詰め方をするかが重要なポイントになりますね』
『下手な攻め方をするとカウンターを喰らいかねないので、状況によっては大胆な立ち回りも必要になってくるでしょう』
勿論ユファールには飛び道具がある為、ただ近付くだけでは無い。
貫通ビームと設置罠を駆使してクラムの動きを封じに来た。
『涼介選手、ココで端に行くのは不味いと判断して端近くで攻める事を選択。
ユファールが再び鉄壁のガード。
その攻めている場所の真下に設置罠。
すかさず発動させます。相手の動きを予測した見事な攻撃が決まりました』
柏糸涼介が、赤子の様に弄ばれている。
この事実は、会場にいる観客達をざわつかせた。
「……強いですね。彼女は。
私達が想像していたレベルを超越しています」
「まさか、涼介君があんな一方的にやられるなんてねぇ~」
朋美も桜華の実力を認めなければならなかった。
彼女がどれだけの努力を重ねてきたかが容易に想像出来る。
涼介が怠けていたワケでは決して無い。
彼の才能を超える才能を、彼女が持っていると言う証でもあった。
『起き攻めをしようとした所でクラムが攻撃。
意地を見せます。残り時間は10秒。
逆転は不可能かもしれませんが諦めずに挑戦し続けている。
少しでも体力を削って次のラウンドに備えたい事でしょう。
相手をスコップで殴り飛ばして起き攻め。
しかしユファールの暴れで崩れてしまいました。
ダウンこそ免れたもののココでタイムアップ。
結局ダウンを取られて相手は4分の1程体力を減らしただけ。厳しい局面です』
(不味い。この状況はどう考えたって不味い……)
大差を付けられた時の『逆転劇』を演じる事が出来ないのがクラムの最大の欠点である。
1発の相手に与えるダメージが少ないと言う特性上、時間が無ければ体力を奪う事が出来ないのだ。
ユファールに相当量のHPが残っている以上、涼介としては次のラウンドで逃げ回り、相手のダウンを狙うしか勝つ方法が無かった。
「貴方の考えは読めていますわよ。勿論、好きにはさせませんわ」
桜華にも涼介が『どう勝とうとするか』は理解出来ていた。
それを実際に阻止して、自分の戦い方を完遂出来るかどうかが鍵となる。
『第2ラウンド。涼介選手にとってこのラウンドが正念場となります。
何とか相手の攻撃を退けてHP差で最終ラウンドに持ち込みたい所。
桜華選手は万が一最終ラウンドにもつれ込んだとしても、少しでも多く相手のHPを削っておきたい所ですね』
桜華もクラム相手に無茶な突撃は出来なかった。
空中でビームを飛ばして相手の制空権を封じつつ、設置罠を置く。
『逃げ回ってノーダメージを狙うか、それとも欲張って差を広げに行くか。
両者の思惑が試合に大きな影響を与えそうです。
クラムがココで前に出て攻撃。深追いせずに後退。
距離を取りつつ即座に攻める事が出来るフットワークの軽さが光っています』
『今の攻撃は中央付近に設置罠を置かせない様にする為のものでしょう。
ガード中や攻撃を喰らっている最中は設置する事が出来ませんからね。
たった数秒の時間稼ぎでも、60秒と言う短い試合時間では重要になるでしょうし』
遼子の言う通り、涼介は相手の好機に敢えてリスクを冒し前に出る事で桜華の攻撃のチャンスを潰していた。
(1回引っかかっただけで致命傷になる。
安全策を取って守り切ろう)
桜華も涼介の策に気が付いてはいるが、相手の素早さに翻弄され、なかなか反撃の機会を作る事が出来ない。
(相手の思う壺になってしまうのは阻止しなければ。
こっちも仕掛ける必要がありますわね……)
『残り40秒。
クラムの動きに振り回されていたユファールでしたが、その均衡が遂に崩れました。
着地際のビームに合わせてガードをした所に本体が上から蹴りを仕掛けダメージ。
衝撃波を使ってクラムが起き攻めから逃れ、今度は危険を承知で無理な攻めに出ます。
それでもその無理を持ち前のスピードでカバー。
一転して殴り合いの様相を呈してきましたね』
『殴り合いで不利になる事は涼介選手も理解しているでしょうから、もう意地ですね。
何としてもこのラウンドで負けるワケにはいかないと言う彼の気概を強く感じます』
ダメージが与え難いクラムの特性上、やられたらやり返すのが難しい。
涼介はそれを把握してはいたが、勝つ為になりふり構わず行動する。
その勝利への執着心は、桜華の心も動かす程だった。
「私も貴方と同じですわ。
勝ちたいと言う気持ちに変わりはありませんわよ!」
桜華はダッシュで突っ込んできたクラムを捌こうとしたが失敗。
落とせない状況の中、プレッシャーに負ける事無く空中でのコンボを画面端で続け、差を広げる。
コンボが多ければ逃げ切りには最適と言う事実を、涼介はしっかり認識していた。
『落として起き攻め。
安易な衝撃波に頼らず、バックステップからの打開を試みるユファール。
しかしそこをしっかり読んでいたクラムが完璧なタイミングで超必殺技を発動。
体力差を広げます。
桜華選手の現在の体力は残り1割。
残り時間ではとても追いつけません。
ここは意地を張らず、超必殺技を温存。
最終ラウンドに託す道を選択。
時間切れ前に暴れてダメージは入った為、涼介選手の体力は2分の1程になりました』
誰がどう見ても、桜華が有利な状況である事は間違いなかった。
「体力満タンで超必殺技を残している。
涼介が無理をしないと勝てない状況を作ったのが効いたな」
「敵ながら天晴れな強さだわ。
涼介も相当練習して、レベルアップしていたのに……
ただ、ココから引っくり返る可能性があるのがZEROだし、涼介も諦めてはいないでしょうね」
桜華は自身の気の緩みがこの結果を生んでしまった事を悔いた。
(相手が突っ込んでいった所でガードして場を締めていれば、勝負はもつれ込まなかったハズ……
油断を的確に突かれたと言う感じですわね。
驕らずに、私の勝利で終わらせますわよ)
『最終ラウンド。
涼介選手は超必殺技を『使った』と言うより『使わされた』と言う感じでしたね』
『使っていなければ逆転される可能性がありましたからね。
時間をたっぷり使って逃げ切った。
クラムの必勝パターンに上手く持ち込んだと思います』
だが、必勝パターンを使って第2ラウンドを取った代償も当然あった。
『ココからは相手の超必殺技のプレッシャーと戦いながら、逆転する必要があります。
それもなるべく早く仕掛けて、再び逃げ切りに走る事になるでしょう。
それを絶対に阻止したい桜華選手。
今まで以上にビームの精度が増しています。
クラムを動かしてはならない。
実行するのは大変ですが、見事にこなしていますね』
近接攻撃をさせないと言う強い思いで、桜華はクラムを封殺した。
「あそこまで徹底されると、厳しいですね。
同じ立場に立たされれば、当然私も同じ事をするでしょうが……」
「ダメージを喰らわずに潜り込む事自体が困難だからな。
さっきのダッシュはラッキーだったと言って良い。
後はもう、相手の隙を見つけられるか否かって勝負になるだろ」
久緒は必死に粘る涼介の顔を見ながら、あれ程の闘志が自分にあったか自問自答した。
歯を食いしばりつつ懸命にユファールの攻撃を避けながら、恐らく1度か2度しか無いであろうチャンスを待っている。
(あれは、負けたら俺以上に悔しいだろうな……)
桜華も絶対にスペースを空けまいと、必死の攻撃を続けていた。
『殴り合いから今度は我慢比べ。
どちらも一度崩れれば危険な状況に陥る局面です。
残り30秒。
あと10秒も経過してしまうと、涼介選手としては苦しいか。
逆に言えば魔の10秒。
桜華選手はこの10秒間を何としても耐え切らなければなりません!』
空中で捉えたクラムの一撃はユファールがしっかりガードし、ダメージを恐れてクラムが後退。
勝ち目がどんどん無くなっている事は解っているが、ダメージを喰らうワケにもいかなかった。
(頼むよ。
ココで逆転しないと今まで僕がやってきた事が全て無駄になってしまうんだ。
神様、どうかチャンスを……)
涼介は神に縋る程追い詰められていたが、桜華の強固な防衛線を抜ける事が出来ない。
一方桜華は神仏に頼る事無く、己の腕を披露して守り切る事に全力を投じていた。
(無様な勝ち方でも構わない。
私に必要なのは勝利したと言う事実だけ。
この勝利が無ければ優勝も無い。
この一瞬に、集中して勝ちに行きますわ)
『設置罠の発動を紙一重で回避。ビームもガード。
頑張っていますが残り10秒。
最早どう足掻いても逆転の芽はありません。
超必殺技を温存出来ていればまた違った結果になったかもしれませんが……
健闘虚しくタイムアップ。
しかし、クラムは己のHPを守り切りました。
桜華選手もまた、涼介選手の防御を崩せなかったと言えるでしょう』
お互いが守り切った。
だが、守り切るのが遅過ぎた。
涼介の敗因は序盤の崩れにあると言えるだろう。
気合を入れて攻めに出たが、最初にラウンドを取られた時点で歯車はずれていたのかもしれない。
「駄目か……神頼みじゃなぁ……自分が強くならないと」
涼介は敗北を素直に認め、瞳に涙を浮かべながら筐体を見つめていた。
両手は既にレバーやボタンから離れているが、悔しさからか僅かに震えている。
「素晴らしい守りでしたわ。
出来れば貴方をダウンさせて勝ちたかったのですけれど……」
「そこはもう、僕のZEROプレイヤーとしての矜持ですよ。
負けが確定してもそれだけは譲れなかったものですから」
涼介の側にやってきた桜華が握手を求め、涼介もそれに応じる。
桜華の思いやりと勝者としての余裕は、多くの観客を唸らせるものだった。
(御嬢様。良いですぞ。
そうやって有象無象の者達にも情けをかける、懐の深さを見せ付けるのです。
さすれば信虎亡き後の世は自ずとこちらになびきましょう。
この全国大会の言う名の戦、絶対に勝たなければなりません)
染井は薄ら笑いを浮かべ、この結果に満足していた。
圧倒的な勝利を望んではいたが、まずは勝たなければ始まらない。
染井や黒沢にとっては及第点の結果だったとは言え、この勝利は優勝に大きく近付くものだった。
「涼介君でも、駄目だったか……」
「涼介さんも、好機はあったのですがそれを活かす事が出来なかったのが辛かったですね。
私も次は貴方と戦わなければならないので、同じ轍は踏みたくないと言うのが本音です」
天邪鬼は氷室零と戦って苦い敗戦を経験している。
あの時自分が出来なかった事を反省しどうすれば出来る様になるのか、どうすればその好機に持って行けるのかを考え続けた。
自分にとってのラストイヤー。
だが涼介はまだ来年もその次も、戦い続ける事が出来る。
(私はそうじゃない。
私は涼介君と違う。来年なんて無いのよ)
天邪鬼は結婚を機に、ZEROから引退すると決めていた。
だからこそ、今年の決勝戦に己の全てを賭けなければならない。
それぞれの思いが交錯する中、残る者と去る者が残酷に分かれていく。
そしてその一区切りとなる、最後の試合が始まろうとしていた。
『決勝トーナメント1回戦第8試合。
16名から8名に絞られるこの1回戦も、最終試合となりました。
南屋朋美、柏糸涼介と言った実力者が去っていった波乱の展開の中最後を飾るのはこの2名です。
五十神妖選手と、九龍玖留美選手に大きな拍手をお送りください!』
中央に進んだ2人は、握手を交わした。
2人の間には見えない火花が既に散っている。
「御嬢様との直接対決。
そこまで行って私の実力を示します」
「私はどうしても桜華さんと戦わなければならないんです。
ここは勝たせてもらいますよ」
この試合で勝った方が準々決勝で綾小路桜華と戦う事になる。
九龍玖留美が九龍拓巳の妹である事を知っている財閥側としては、彼女と桜華を戦わせる事はなるべく避けたかった。
(九龍玖留美は何かを知っている可能性がある。
勿論現時点では証拠も無い『言いがかり』で済ませる事が出来るが、御嬢様を動揺させる様な事態だけは防がねば)
当然、五十神妖も『裏』を知り尽くしているだけに、己に課せられた使命を理解している。
(御嬢様に九龍玖留美が真実を吹き込む様な事になれば、御嬢様の自信がぐらついてしまう。
それだけは断固阻止しなければ。
恐らくは染井様もそう思っているハズ)
妖は観客席を一瞬だけ見て、『解っているな』とばかりに厳しい表情を浮かべている染井の顔を確認した。
「はい、解っています。絶対に勝ちます」
準々決勝に行けば、八百長を演じなければならない。
その辛さがあった。
彼女程の実力を持つZEROプレイヤーが八百長を演じると言う事は、心が大きく痛む事である。
だが妖にとっては与えられた任務をこなすだけ。
辛かろうが何だろうが勝たなければならないのだ。
『この2人の内のどちらかが決勝トーナメントの舞台から去ってしまうと言うのは、厳しい現実ですね』
『そうですね。
1人は前回の全国大会で3位になった今大会の優勝候補。
もう1人は言わずと知れた天才ZEROプレイヤー、九龍拓巳と同じ血を持つ妹さんです。
どちらが勝っても優勝戦線に影響が出る事は避けられないでしょう』
握手を終えた2人が筐体の前に置かれた椅子に座り、キャラクターを選択する。
玖留美が選ぶのはサラギクルミ。
フガミヤシオを『止めようとする』少女と言う設定だった。
『カーミラ・クリムゾンは飛び道具に依存するキャラクターですね。
特に至近距離でのみ当たる『毒の血』が非常に強力です。
体力を奪いつつ一定時間動きを鈍らせる効果がありますから。
対するサラギクルミは魔法の詠唱によって光る石盤を『召喚』し、それを武器にして戦うキャラクターです。
小さな石盤を飛ばして相手を攻撃したり、大きな石盤を地中から出現させて攻めにも守りにも使用します。
一定時間横方向に飛んでいく小さな石盤には乗る事が出来るので戦略の幅が広がりますが、様々な局面を考えて戦う必要がある為上級者向けのキャラクターと言えるでしょう』
サラギクルミの必殺技は『治癒魔法転換毒』。
至近距離で無ければ当たらないが当たれば相手を猛毒状態にする事が出来る。
徐々に体力が減っていく『猛毒状態』は残り体力の計算が難しくなる為、玖留美としては狙いたい攻撃だった。
必殺技を使用した時の自分の体力が少なければ少ない程状態異常になっている時間が伸びる為、効果的に使おうと思えば危ない橋を渡る事になる。
(2人とも至近距離での『毒攻撃』を持っている……
近接格闘の時に気を付けて戦わなければ)
玖留美はベスト8入りを目指し、自分にそう言い聞かせた。
『ステージ背景は『古城の屋上』。
遠くでは黒雲から雷鳴と稲光が発生しています。
さぁ始まりました。
蝙蝠を飛ばしてカーミラが牽制。
そのまま準備が整っていないクルミを攻めます。
前がかりにはならず一旦距離を置くカーミラ。
巨大石盤で壁を作りつつ横に飛ぶ石盤の上に乗って上から攻撃を行うクルミ。
上手くタイミングをずらす事で妖選手の隙を生み出し、ジャンプ攻撃から的確にコンボを決めていますね』
(強い……!
ギルドZEROにいた頃何度か玖留美さんとお手合わせする機会があったけれど、ここまで上手くは無かった。
零さんや豊さんと一緒に練習した事で、間違いなくレベルが上昇している!)
呑み込まれそうになる自分を奮い立たせ、妖は必死にガードしようとする。
妖が苦戦している要因は2つあった。
1つは勿論玖留美が腕を大幅に上げた事。
もう1つは妖が玖留美と対戦した事そのものが少なく、事前にデータを調べる事が出来なかった為対策が不足している事だった。
「何を苦戦しているのだ。あんな小娘に……」
染井はそう吐き捨てたが、ほんの少し歯車の噛み合いが悪かっただけで戦況が引っくり返るのが格闘ゲームである。
ギルドZEROを裏切りグループから脱退した事で彼等の進化するスピードを測れなくなったのは大きな痛手だった。
『両手で繰り出した光の発勁から巨大石盤で相手を打ち上げ、ミスする事無くコンボを決めていきます。
倒れた相手に起き攻めしようとした所でカーミラがガード。
衝撃波を使って一旦距離を置きました。
既に3分の1程の体力を失っている妖選手。
何とか食い下がって挽回したい所。
今まで以上に慎重な立ち回りを見せます。
序盤の強気は影を潜め、受け気味になっている様にも見えますね。
カウンターを警戒しているのか玖留美選手も無理に追いかけようとはしません』
『何処かで攻めなければいけないのはカーミラの方ですからね。
我慢比べになるでしょう』
常に謙虚な姿勢で戦ってきた玖留美は、相手の実力を理解していた為ダメージを喰らわない事に重点を置いていた。
昨年の全国3位と言う成績は飾りでは無い。
少しでも隙を見せれば付け込まれるのは明らかだった。
「私は『次』に進む為にも、負けるワケにはいかないんです」
玖留美は再び石盤の上からジャンプし、カーミラは防御の態勢を取る。
そこで敢えて手前に降り立ち、時間差で攻撃する事によって相手の感覚を狂わせた。
『玖留美選手、相手のバランスを崩せていますね。
古典的な方法ではあるのですが効果は絶大だと言えるでしょう。
ここでカーミラが反撃。
暴れ気味に『毒の血』攻撃を行いましたがクルミがしっかりガード。
技を発動した直後の硬直時間の長さが災いして再びコンボに移行。
玖留美選手が試合のペースを握る展開になってきました』
妖が弱いワケでは無い。
全国3位を翻弄する程玖留美が強くなっていたのだ。
兄の血は確実に妹である玖留美にも流れていた。
秘めたる才能がエターナルナイトにて開花したと言えるだろう。
(こんな無様な負け方をしてしまっては、御嬢様に言い訳出来ない……)
財閥の思惑等、今の妖には関係無かった。
ただ負けたくなかった。
八百長でも何でも良いから、負けるなら桜華と戦って負けたい。
それが妖の正直な気持ちだった。
『丁寧にコンボを決めきり、一旦下がるクルミ。
無理な起き攻めはしない事を選択。
カーミラが起き上がりと同時に一気に距離を詰めます。
玖留美選手、勢いを恐れて巨大石盤を作り、壁を作りました。
妖選手もそれを予期していたのでしょう。
飛び越えてジャンプ攻撃。クルミはガード。
しかし蝙蝠飛ばしを交えた猛攻に耐え切れずガードが崩れます。
すかさず『毒の血』で追加ダメージを狙うカーミラ。
気迫で無理やり攻撃を通した妖選手。
残り時間は20秒。体力を逆転する事が出来るのでしょうか?』
まさに『負けたくない』意地を貫いた攻撃だった。
玖留美は受け手に回ってしまい、攻撃を受けてしまう。
だが体力を3分の2失ってしまっている妖の焦りは、玖留美の焦りを遥かに上回っていた。
『爪攻撃で相手の体力を削るカーミラ。
ココで毒の血による状態異常が解けました。
防戦一方だった玖留美選手、前がかりになっている妖選手の隙を突いて衝撃波を発動。
何とか難を逃れます。
ココはどうしてもラウンドを取りたい妖選手。
蝙蝠を飛ばしてガードを誘い一気に距離を詰めました。
玖留美選手、ココは耐え時です。
必死の攻撃を何とか退けています。
再びガードが崩れた瞬間にタイムアップ。
序盤のダメージが響き、逆転は出来ませんでした』
残り体力2分の1を保持した状態で次のラウンドに進む玖留美。
妖は焦ったせいで最後の攻撃が通らず、第1ラウンドを取られてしまった。
(前がかりになり過ぎてしまった……
あの局面で一旦退くフリをして、玖留美さんの様に揺さぶるべきだった。
勝つチャンスは何度もあったけれど、このラウンドを取られたのは痛い。
慎重に行かないと……)
息を整える妖を、桜華は心配そうに見つめていた。
「私が、御嬢様をもっと強く致します」
綾小路桜華の『教育役』を強く望んだのは、他ならぬ妖本人であった。
ギルドZEROで学んだ技術を惜しげも無く桜華に横流しする妖に、罪悪感が全く無かったワケでは無い。
それでも、桜華を敬愛する妖は、桜華の上達の為にあらゆる手段を用いた。
「妖、教えてくれた貴方の為にも必ず全国大会で優勝してみせますわ」
桜華の笑顔を見る為に、一生懸命妖は働いた。
汚れ仕事を引き受けてまで、財閥に手を貸した理由はただ1つ。
彼女の純真無垢な笑顔を守りたい。
その一心で妖はこの場所までやってきたのだ。
「妖……勝ってくださいまし。
私とベスト4の座を賭けて戦いましょう」
次の試合で八百長を演じなければならない妖の苦悩を桜華は知らない。
ただ純粋に妖と戦えると彼女は信じていた。
桜華をこの舞台まで連れてきてくれた妖と真剣勝負がしたかったのだ。
『第2ラウンドが始まりました。
カーミラが積極的に仕掛けていきます。
蝙蝠を飛ばして距離を詰めますが、攻め時では無いと判断して後退。
玖留美選手はその隙を突きに行きました』
一進一退の攻防が続く。
第2ラウンドは牽制合戦から始まるかと思われたが、早くも動きがあった。
『玖留美選手、カーミラを射程内に捉えました。
バックステップで距離を取ろうとしたカーミラの位置を予見した跳躍で、防御が出来ない僅かな隙を狙っています。
コンボを敢えてしない事で相手の暴れをガードで防ぎ、超必殺技!勘が冴え渡っていますね』
猛毒状態はすぐにライフが減るワケでは無いが、10秒毎に全体HPの10分の1分のダメージを確実に与える危険な技だ。
相手を焦らせ、さらに有利に立っておきたい玖留美が試合の主導権を握った。
妖は何とかして素早く相手をダウンさせなければならない。
勿論玖留美は守りを固めて耐える戦法に出るだろう。
(……これが『天才』九龍拓巳と同じ血を持つ女性プレイヤー、九龍玖留美……)
だが、妖の気力は萎えてはいなかった。
HPが半分しか無いクルミをダウンさせれば、この窮地を脱する事が出来る。
切り抜ければ超必殺技を保持した状態で最終ラウンドに行ける。
ピンチをチャンスに変える底力が彼女に求められていた。
「まるでお兄さんが乗り移ったかの様な動きをしてるなぁ、玖留美ちゃん」
「元々センスはあったのよ。
それを開花させるきっかけが必要だっただけ。
私達にはそのきっかけを与える力があった。
後は勝手に成長していったんですもの」
あかりは野試合で実力を付け、豊やあかりと対等に渡り合う様になった玖留美の笑顔を脳裏に浮かべる。
五十神妖も強いZEROプレイヤーであるが今の彼女とは背負っているものが違い過ぎた。
『カーミラ、果敢に前に出ますがクルミは防御においてもその真価を発揮するキャラクターです。
石盤を真正面に出現させて跳躍で飛び込むしか無い状況を作り出し、相手の跳躍を跳躍で飛び越えて逃げる。
相手もそう来る事は解っているんですが、いざそれを防ごうとすると難しいんですよね』
既に20秒が経過し、10分の2分のHPを失ってしまっているカーミラ。
残りの34秒の間にダウンさせる事が出来なければ、最終的に半分の体力を奪われてしまう事になる。
「こんな所で諦めるワケにはいかない!
御嬢様との対決は私が引き受ける!」
妖は形振り構わぬ強引な攻めに出た。
蝙蝠を飛ばしつつ間合いを測り、一気に飛び込む。
『今のは良い飛び込みでしたね。
石盤を出すタイミングを計り損ねる程の素早い動きでした。
ダッシュ攻撃はクルミがガード。
衝撃波が怖い所ですが強引に跳躍からの蹴り攻撃でダメージが入る事を狙っています。
ココで衝撃波を出しましたが着地が間に合いカーミラがガード。
直後の硬直に対して『毒の血』攻撃が決まりました!』
玖留美は受け身に回り過ぎた事が完全に裏目に出た。
相手を突き放す反撃さえ決めてしまえば何とかなると言う、甘えた考えが災いしたのかもしれない。
(懐に潜り込む事そのものを許してしまったのが不味かった……
もっと慎重になるべきだったのに)
毒の血によりガードに移行する動作そのものが鈍くなる為、攻撃も当たり易くなってしまう。
『一度この攻撃が決まってしまうと、コンボがほぼ確実に決まってしまうのが辛い所ですね。
妖選手、確実に攻撃を当てていきます。
蹴り上げからのコンボで下に落とし、状態異常に陥ったままのクルミに対して起き攻め。
これは防ぐ手段が乏しい。
再びコンボに移行し、その一連の動きでダウンさせました。
しかし、玖留美選手が粘りを見せた為、4割も体力を失ってしまっています。
妖選手としては、超必殺技に頼りたい状況でしょう』
ラウンドが終了した為、2人は共に状態異常から回復している。
妖は超必殺技の恐怖をちらつかせる事が出来る為、玖留美としてもHPでの有利だけでは心許なかった。
『いよいよ、決着の時が近付いています。
最終ラウンドが始まりました。
やはり2人とも試合の展開がもつれた事もあって、慎重な立ち回りになっていますね。
極端な話、後半の30秒で突き放すか体力で勝るかすれば勝てると思っているのかもしれません。
牽制合戦も白熱してきました。
どちらもなかなか飛び込めない状況が続きます』
カーミラもクルミも近距離がメインの攻撃となる為、『向かってくる相手を迎撃する』形には持ち込みたくないと言うのが実情だ。
特にカーミラには『毒の血』攻撃がある為、玖留美としては絶対に相手を寄せ付けたくない。
(最悪、このままHP差での勝利でも良い。
妖さん相手に向かっていくのはリスクが大き過ぎる!)
一方妖の方も石盤を壁にされ、そこから跳躍して即座に攻撃されると言う危険性が頭をよぎり積極的な攻めに出る事が出来なかった。
(相手の気が抜けるであろう後半に賭ける。
神経を張っている今の彼女とは勝負はしたくない)
2人の思惑が一致した為、30秒間は大きな動きも無く過ぎ去った。
『お互い、これは同意のうえでの行動と言う事でしょうか。
2人共深く飛び込まない為試合が全く動きません。
ですが、僅かでも隙があったら噛み付いてやろうと言う意思を感じますね。
静かな攻防ですが何時状況が引っくり返ってもおかしくない状況。
会場内も固唾を呑んで見守っています』
しびれを切らして先に仕掛けてきたのは妖の方だった。地上戦を避け上から攻撃してくる。
『残り時間25秒。
妖選手、画面右端付近でクルミを追い詰めました!
ガードした直後にバックステップからのダッシュ攻撃で事態の打開を図る玖留美選手。
妖選手、衝撃波のカウンターで端での容赦無い起き攻めを開始!
これは最大のチャンスと言っても良いでしょう』
『ココでコンボが入れば、HPで逆転する事が出来ますからね』
必死に下段と中段の攻撃を見切り、鉄壁の防御を見せる玖留美。
「通って!
残り時間から考えるとこの1回しかチャンスは無い!」
妖が焦れて隙を見せた瞬間を見逃さず、石盤を飛ばして相手が防御した瞬間に跳躍して逃げる。
『前がかりになって攻めている相手とは真っ向勝負出来ないと言う判断でしょうか。
このチャンスで決める事が出来なかったのは妖選手にとっては痛恨でしょう。
残り10秒。
逆転する為の時間が足りるかどうかと言った所です』
(負けられない、何としても!)
妖もダッシュで何とか体力を奪いに行こうとするが、壁に阻まれ動きが止まってしまう。
あれ程危惧していた『カウンターのパターン』にはまってしまった形となったが、玖留美は距離を取りダメージを取りに行かなかった。
『ココでタイムアップ!
徹頭徹尾の守備で最終ラウンドの苦境を乗り越えた玖留美選手が準々決勝進出決定です!
妖選手はやはりあの起き攻めで攻撃を通せなかった事が響いたのではないでしょうか』
『ダメージを是が非でも取りに行かなければならない。
でもカウンターを喰らいたくは無い。
1つの思いを通せなかった妖選手の方が、雑念により試合の主導権を握れなかったと言う感じがしますね。
玖留美選手の方は、とにかくダメージを奪って逃げ切ると言う戦法を行う際に『ぶれ』が無かったのが勝因でしょう。
妖選手も冷静になりたかったんでしょうが、それをさせない強さがあったと思います』
妖は何時の間にか自分が興奮状態に陥っている事に気付き、深呼吸を行った。
(試合全体を通して、熱に浮かされる様な戦いをさせられていた……
普段あれだけ冷静に立ち回っているハズの私が……
決勝トーナメントの舞台を経験している私が負けて、未経験の玖留美さんが勝つ。
皮肉な結果ですね)
妖にはそのアドバンテージがあった。
普段通りに戦えば、玖留美相手でも勝つ事が出来ただろう。
だが妖は雑念の中で戦っていた。
勝ちたい。でも大衆の前で八百長試合を行う事には抵抗がある。
八百長試合でも御嬢様と戦いたい。
でも本気で戦っていなかった事を御嬢様に見抜かれたら……
その多くの雑念が妖の心を狂わせ、前がかりにさせてしまったのだ。
(これで、桜華さんと戦える。
問い質す事が出来る……!)
玖留美は既に妖の方を見ていない。
視線の先には青龍と綾小路桜華の姿があった。
『現在、時刻は11時56分です。
只今より、1時間の昼食休憩となります。
12時50分までには自分の席に戻っていてください。
準々決勝に挑まれる8名のプレイヤーの皆様は、12時50分までに今いる場所と同じ中央の舞台に戻ってくださいね』
『会場内では、予選会場でも提供された各地方の名物料理が販売されているんですよね』
『はい。ZEROドーム内にあるフードコートでは、会場にお集まり頂いた皆様の空腹を満たす為に、大量の料理が用意されています!
特設ステージでは、過去の決勝トーナメントの模様を放送しておりますのでそれも是非御覧になってください』
会場内の客が腰を上げて食事に向かう中、妖は玖留美に握手を求め、玖留美もそれに応じる。
「素晴らしい戦いぶりでした。
御嬢様との準々決勝、観客席から拝見させて頂きます」
「有難うございます。
今回の全国大会は最後まで行きますよ。
貴方はそれを望んでいないかもしれませんけど」
妖が一礼し、観客席の方へ向かおうとした時、後ろから声が聞こえ、思わず彼女は振り向いた。
「何時でも帰ってきてください。
戻った時の席は用意してありますよ」
着物姿の天邪鬼が、屈託の無い笑顔で微笑んでいる。
その輝きを妖は直視する事が出来なかった。
「ごめんなさい」
目にうっすらと涙を浮かべながら、妖は足早にその場を立ち去る。
天邪鬼は憂いを帯びた表情のままそれを見送った。
「妖ちゃんも『財閥側の人間』みたいだけど、従わされている感じがするな」
「彼女も苦しいんでしょうね。
私達は私達に出来る事をしましょう。私の次の相手は……」
豊と話していたあかりがその『相手』に視線を向ける。
その視線の先にいる不気味な光を放つロボットは腕を組み、佇んでいた。
「俺もロボットとだ。
零の為にも、この準々決勝は勝とうぜ。何としてもな」
あかりはしっかりと頷き、2人の近くにやってきた零の肩を叩く。
「これまでやってきた事をしっかりやれば、大丈夫でしょ」
「そうだと良いんだけどね……」
零の次の相手は天邪鬼。
古都での親善試合では苦戦の末にかろうじて勝利を拾ったが、彼女が並々ならぬ決意でこの戦いに臨んでいる事は明らかだった。
九龍玖留美はプレイヤーの為に用意されていた控室に戻ろうとした時に、声をかけられた。
「先程の戦いぶりは実にお見事でしたな。
この染井、感服致しましたよ」
老人の顔は笑っていたが、その瞳には得体の知れぬ光が宿っている。
「貴方は……」
「桜華御嬢様の執事、染井義政と申します。
以後、お見知りおきの程を」
この人物に関わってはいけない。
本能的に危険を察知した玖留美は彼の横を通り過ぎようとした。
「宜しいのですか?貴方の御兄様がどうなっても」
その言葉を聞いた瞬間、玖留美は振り返り歯を食いしばる。
染井はそれを見て彼女を嘲笑った。
「貴方の御兄様を預かっているのはこちら側。
ゆえに、貴方が御嬢様に良からぬ事を吹聴すれば、即座に我々は手を下せる立場におります。
くれぐれも軽率な判断で身の破滅を招かぬ様、御忠告を申し上げに参りました」
「卑怯な真似を……!」
「吹けば飛ぶ様な下層の民が何をほざく。この愚か者が」
丁寧な口調から一転して、脅す様な乱暴な口調へと染井は立ち居振る舞いを変える。
「御前達は財閥の駒として、踊っておれば良いのだ。
余計な問題ばかり起こしおって。
いいか。よく聞け。
御嬢様に青龍と玄武の『中身』について尋ねたりしてみろ。
その時はお前の兄の首が木っ端微塵に吹き飛ぶぞ」
しわがれた低い声で吠え、睨みをきかせると、染井はまた表情を変えた。
「ともかく、そういう事でございますから準々決勝は貴方と貴方の御兄様の為にも是非負けて頂いて、早々に会場を後にして頂くのが宜しいかと存じます」
玖留美は臆する事無く、両手を握り締めながら相手に問う。
「兄を返してくれると言う、確かな保証はあるんですか?」
「この染井、天地神妙に誓って、御約束を致しましょう。
貴方様が我々の都合の良い様に動いてくれるならば、必ず御返し致します」
染井は胸を張ってそう答えた。
心の中で薄ら笑いを浮かべながら。
(ああ、返してやるとも。
ただし、人格を失って廃人となった姿でだがな)
「申し訳ありませんでした」
桜華の控室にやってきた妖は涙を流しながら頭を下げた。
「そんな、頭を上げてくださいまし。
貴方は充分頑張りましたわ」
「姉様との違いってやつでしょ?
所詮九龍拓巳の妹に負ける実力って事じゃない」
椅子に座っていた黒沢美香がそう言い放つと、妖は思わず視線を逸らしてしまった。
「美香!」
「姉様と彼女は違う。
もっと言えば、姉様と多くの人々が違う。
持って生まれたものが違うのよ」
美香は黒沢輝の娘として生まれ、幼い頃から桜華を敬う様に躾けられてきた。
桜華と同じ様に孤独な日々を過ごしてきた美香は桜華を実の姉以上に慕い、心酔している。
「姉様は圧倒的な勝利で全国大会の優勝を果たすのよ。
その辺りの石コロみたいな奴等とは格が違うの。
姉様は光り輝くダイヤモンド。
どんな宝石にも負けない煌びやかな光を放つ最上級の人間よ」
美香の桜華に対する愛情は常軌を逸する程だった。
美香にとっては桜華が世界の全てだったのだ。
「美香、妖に失礼ですわよ。謝りなさい」
桜華に窘められ、美香は渋々謝った。
「……ごめんなさい」
妖はこの状況を数年前から憂慮していた。
幼い頃から同じ様な感じではあったものの、最近特に拍車がかかっている。
(美香様は桜華御嬢様を溺愛している。
御嬢様しか目に映っていない。
この兆候は極めて危険である事は誰の目にも明らか……
でも、無理に引き離そうとすれば逆効果になる)
妖の心配をよそに、美香は桜華の華々しい活躍を思い浮かべながら笑顔を浮かべていた。
「姉様は優勝して、この天武日本になくてはならない存在になるの。
総理大臣も頭を下げる程の雲の上の人になる。
誰もが姉様に敬意を払い、そして愛する様になるわ。
私はその愛する者のナンバーワンになってみせる」
歌う様に美辞麗句を並べ、自分で自分の発言に対して恍惚の笑みを浮かべる。
「美香、それ位になさい。
私は確かに自らの手で全国大会の優勝トロフィーを掴み取りたい。
でもそこまでの事を望んでいるワケではありませんわ」
「自然にそうなるのよ姉様。優勝すればね」
美香は桜華の両手を握り締め、すねる子供の様な表情を浮かべた。
「姉様なら、優勝出来るでしょ?」
「……ええ、優勝してみせますわ」
桜華は美香の暴走に悩んではいたものの、相手が子供と言う事もありそこまで厳しく叱責する事が出来なかった。
その優しさが、美香の暴走をさらに加速させる事となる。
「姉様はやっぱり日本一、いえ、世界一の存在よ!」
桜華に抱き付いてはしゃぐ美香の姿を、妖は複雑な思いで見つめていた。