ゲームセンターの店員も主人公達の仲間として描きたい。
そしてセックスが1つの日常であり、ストーリーの中で自然に
行われるものである事を表現したい。
色々な思いを込めて当時書いていた事を思い出します。
ここからキャラクターも増えて賑やかになるので大いに楽しんでください。
「いらっしゃいませ、ようこそエターナルナイトへ!」
1週間後の日曜日、本郷市のゲームセンター『エターナルナイト』は多くの客で賑わっていた。
クレーンゲームやシューティングゲームのコーナーの入りも上々だったが、格闘ゲーム『ZERO』がある一角の熱気はその比では無い。
「見たか、入口の貼り紙」
「ああ、氷室(ひむろ)零(れい)がココのスタッフとやるんだろ。
零も滅茶苦茶強いが、スタッフもかなりやるらしいからな」
客がああでもないこうでもないと議論を重ねる中、その話題となっている店員達は何時もと変わらぬ仕事ぶりを発揮していた。
「この『弩デカクマッタ』には引っ掛ける紐が付いてるけど、大きくて重いから切れちゃうでしょ。
無理に一発で決めようとしないで、引き摺って落としてしまえば簡単に取れるのよ」
高瀬(たかせ)加奈(かな)はクレーンゲームで大物を狙うものの取れないでいる女子高生に対してアドバイスを行っていた。
高校を卒業した後すぐにこのゲームセンターの店員となり、頼れるお姉さんとして客の信頼を得ている。
「やあ、君達も来てくれたんだ。
今日のお目当てはやっぱり零君かい?」
「そんな事無いよー。私達は冬司さん一筋だからね!
今日は戦ってる姿が見れるって言うから飛んできたの!」
イケメン店員として女子高生の集客に一役買っている笹森(ささもり)冬司(とうじ)は顔だけで無く頭脳も一流だ。
胸に付いている税理士バッチは難関と言われる税理士試験を突破した証である。
雑務だけでは無く、業務終了後は売上の計算も行いエターナルナイトの経営を大いに助けていた。
「すいません、ジャックポットを引き当てたんですけど変な位置にメダルが挟まっちゃったみたいで」
「解った。ちょっと待っててくれ」
土田(つちだ)守(まもる)は工業系の高校出身の為機械に関する見識が深く、筐体の故障を速やかに直すプロである。
元々はプロボクサーになる事を夢見ていたが、店長への恩義から店員を務めている変わり種だった。
「何時も通りの活気だね」
氷室零が井島豊、火村あかりと共に入店してきた瞬間、ゲーマー達は一斉に反応し入口の方を見た。
彼等を待っていた柏糸涼介と雨宮比呂子は緊張のあまり息を呑む。
何時もより真剣な表情をした店長が3人を出迎えた。
「やあ零君。エターナルナイトへようこそ。
この店で私達と親善試合を行う事を了承してくれて嬉しく思うよ」
「僕にとっても実りある話ですから。
強いプレイヤーと戦えるならこちらとしても望む所です」
一見2人共落ち着いている様に見えるが、2人の間には激しい火花が散っていた。
3名のスタッフと共に店長はZEROのコーナーへ移動する。
零達もその後に続いた。比呂子はあかりの耳元で囁く。
(零さんの妹さんがいらっしゃるって言う話、どうなったんですか?)
(もし良ければ来てって言う感じで話したから、来なくてもしょうがないかな。
私は残念だと思ってるけどね)
ZEROをプレイしていた者達も筐体から離れ、普段見られない対戦を一目見ようとしていた。
涼介も合流し、全員が集まった所で店長と零は握手を行い、互いに全力を尽くして戦う事を誓い合う。
「豊君から私の事は予め聞いていると思うが、改めて自己紹介させてもらいたい。
私の名前は蔵崎(くらさき)源三(げんぞう)。
このゲームセンターの店長をしているよ。スタッフや皆は私を『オーナー』と呼んでいるがね」
総白髪に口髭と顎髭を蓄えているが年寄りくさくは無く、寧ろその瞳には少年の様な純粋さが溢れていた。
髪の毛も服装も整えられており、スタッフも身に付けている赤紫色の制服がとてもよく似合っている。
「皆の貴重な時間を無駄に浪費するワケにはいかない。
早速始めよう。ルールは単純な勝ち抜き戦。
君が私を含む4人の対戦者と勝負して1回でも負ければそこで終了。
全て一度限りの勝負だ。いいね?」
「ええ。既に豊からそのルールについては伺っています。
この日に向けた対策も練ってきました」
蔵崎の隣に立っていた3名のスタッフ、その一番左端に立っていた男性が前に一歩出てきた。
「まずはウチのスタッフである笹森君と対戦してもらおう」
容姿端麗である事にだけ注目すれば、その端正な顔立ちは零と互角と言って良かった。
そしてこの場所がスタッフにとっての『ホーム』である事を考えると、若干零が不利である。
「笹森さん。頑張ってー!」
普段クレーンゲームやプリクラで遊んでいる女子高生達が笹森の応援に回っていた。
「初めまして。30連勝の噂は聞いているよ。
どちらが勝っても恨みっこなしだ」
「貴方に勝てなかったら、全国制覇の夢も遠のく。
僕は戦う以上、負けたくないと思っています」
じゃんけんで2人は『筐体権』を決め、勝った零が1P側を選択。
その反対側に笹森が座った。
「出だしは順調だな。ZEROも筐体権によって有利不利が若干出るゲーム。
たかが席決めと侮ると痛い目に遭うぜ」
筐体権は、『どちら側に座るか』を決めるものである。
ゲーム開始時にどちら側を向いているかで戦略が異なる為、ゲーマーにとっては重要な権利の1つだった。
それは勿論右向きか左向きかで入力コマンドが異なる為、そのコマンドの入力が行いやすいか否かと言う問題にも直結してくる。
「大丈夫かな。笹森さんの使ってるケルゾアは滞空ジャンプを持っているキャラクターだよね」
「ふわっと浮く動作があるのよね。
どちらも近接攻撃のみのキャラクターだからそこまで極端な有利不利は無いと思うわ」
お互いどのキャラクターで戦うのかは解っている為滞り無く画面が切り替わり、密林をモチーフにしたバトル画面に変わった。
『REAL DEATHGAME START!』
ゲーマー達の声援の中、試合が開始される。
笹森は開始数秒こそ後ろに飛び様子を見ていたが、地面に着地した後一気に駆け寄ってきた。
「どんな不意打ちだろうと、予兆があれば防いでみせるよ」
ケルゾアの日本刀による攻撃を防ぎ切ったヴォルフは、一連の動作と動作の間にある隙を狙ってカウンターを仕掛ける。
「よし、良い流れだぞ!そのままダウンさせちまえ!」
コマンド入力をミスする事無くケルゾアを端に追い込んでダウンさせた後、起き攻めを行うが相手の衝撃波によってヴォルフは吹き飛ばされた。
「危ない危ない。そう簡単に倒されるワケにはいかないよ。
僕にだって店員としての意地があるからね」
地面を走るスピードはヴォルフと大差が無いケルゾアだが、背中に生えている翼を使って緩やかな跳躍を行う事が出来る。
零は空中で相手に捕まる事を避け、隙の無い動きで地面からの迎撃を狙う。数秒間睨み合いが続いた。
「笹森さんも普段は僕と張り合えるレベルの技術を持ってる人なんだけどね。
流石に零相手だと分が悪いみたいだ」
「別格って感じですね。
涼介さんとの対戦の時もそうでしたが、相手の隙に付け入る事が出来て、自分は隙を見せない良い立ち回りです」
店内の天井に設置されているモニターに筐体の画面が映し出されており、そこで涼介達は2人の戦いを見守っていた。
一方零の背後で声援を送っていた豊とあかりであったが、ケルゾアが反撃に転じてきた為息を呑む。
「不味いね」
そう呟いた通り、降下中に右や左へ移動する事が出来るケルゾアの動きを掴みきれず、ヴォルフはダメージを受けてしまっていた。
間髪入れずにケルゾアは日本刀による攻撃で体力バーを削っていく。
ヴォルフよりも動きは早いが1発あたりのダメージが少ないケルゾアはクラムと似たタイプのキャラクターだった。
「うーん、追撃を許しちゃくれないか」
攻守がめまぐるしく入れ替わるのが格闘ゲームの特徴だ。
起き攻めに失敗したもののガードを続けるヴォルフに対して果敢に攻め続けていたケルゾアだったが、隙を突かれ1ラウンドを取られてしまった。
「油断すんなよ!ケルゾアは少しの差位すぐに取り返せるキャラクターだからな!」
「ああ解ってるよ豊。油断はしないさ」
黄色い声援を送っている女子高生の横で蔵崎は2人の戦いを静かに見守っていた。
「高瀬君、次は君の番だが大丈夫かい?」
「ちょっとキツいかもしれませんね。
私は笹森君程ZEROが得意ってワケじゃありませんし……」
高瀬は弱音を吐いたが、土田は何も語らずただじっとモニターに映る2人の戦いを凝視していた。
「まだまだ巻き返せるよ。
ZEROのシステムは僕も充分承知している」
筐体のメンテナンスは主に土田が担当しているものの、彼も店員として筐体に触れている。
だが零が自宅に筐体を持ち据え置き機とは違う操作方法やキャラクターの微妙な動きの違いを掴んでいる事までは知らなかった。
「そのまま勝つのよ、零!」
あかりもハイレベルな戦いに興奮していた。
自分が零と野試合をしている時も彼の強さは感じる事が出来たが、今回の戦いはそれ以上の攻防である。
零が空中からの迎撃に苦手意識を持っていると思った笹森は、地面から走って迫る事を止め、徹底的に空中から近寄る戦法を取った。
相手の苦手な所を攻めるのは勝負の常道ではあるが、笹森の行動はやり過ぎであった為に却って零に動きを見切られてしまう。
「見えた!」
零もセオリーを捨て、敢えて奇襲に転じた。
ケルゾアを空中で捕まえたヴォルフは投げで相手を地面に叩き付ける。
「まだまだ!」
HPバーがイエローゾーンに達していたケルゾアの必殺技がヴォルフにヒットする。
日本刀で相手を滅多刺しにするモーションの後ヴォルフはラウンドを取られてしまった。
「先出しで何とか繋いだか……零は必殺技をまだ使ってねぇからまだ不利って程でも無ぇが」
「ただ零の方は投げからの攻めの時にゲージを吐いちゃってるから、笹森さんにもまだ逆転のチャンスがあるよ」
豊も優れた戦術眼を持っていたが、涼介はその上を行く。
戦いを俯瞰で見ている時の彼はセコンドとして頼もしい存在だった。
仕切り直しに近い状態となったが若干ケルゾアの体力の方が少ない。
零は安直な攻めがこの事態を招いた事を反省し反撃の機会を伺う。
「笹森君、ヴォルフの動きが鈍くなってるわ!一気に決めちゃって!」
一方笹森は高瀬からの声援を受けながら相手の強さに舌を巻いていた。
(加奈ちゃん……簡単に言ってくれるけど、相手がプレッシャーかけるの上手いから気軽には近寄れないんだよなぁ)
再び相手の隙を伺う睨み合いが続く。
両者とも飛び道具は持っていない為こうなると試合展開は膠着した状態に陥ってしまいがちだ。
(零は当然として、笹森さんは相手の強さによく付いていってるなぁ。熱くなりがちな俺とは大違いだぜ)
豊達が固唾を呑んで見守る中、先に動きを見せたのはケルゾアの方だった。
ヴォルフの近くに着地した直後に走って詰め寄る。
ヴォルフは即座に反応して防御したものの、端に追い詰められ絶体絶命の窮地に立たされた。
ココで攻撃が通れば大ダメージは免れない。
「うわ、緩急ある動きで零さんを翻弄してるよ」
「ふわふわした動きで油断させて、ヴォルフと同じ動きで一気に近付くと言う戦法は有効みたいですね」
だが零も一瞬の隙を突いて衝撃波を使い相手を吹き飛ばすと、そのまま相手を怒涛の勢いで攻め立てる。
見る力、さらに攻める力は零の方が上だった。
ケルゾアは同じ様に衝撃波での回避を試みるが、ガードで防がれダメージを受けてしまう。
「うわ、今の衝撃波をいなしちゃうの?相変わらず凄い目をしてるわね零は」
「場数を踏んでるって事だろうな。
この1ヶ月の間対人戦も相当やってたみてぇだし」
格闘ゲームの決着は一方的な攻めで終わる事もある過酷なものであるが、笹森は零相手に健闘した。
戦いを見ていた誰もがそう思える程の圧倒的な実力を見せての決着であった。
「崩されてコンボの最後に必殺技を当てられてちゃ勝てないよね。良い勝負だったよ」
「笹森さんも変則的な動きはお見事でしたよ。
並のプレイヤーなら精神を乱されて終わっていたでしょう」
お互いに相手を褒め称えながら握手を行う両者。
笹森は観客の方へ戻り、今度は高瀬が筐体の方へ動いた。
「高瀬さんは僕を上回る変則的な動きを持ち味にしていますからね。良い所まで行くと思いますよ」
笹森はそうフォローしたものの、高瀬のZEROプレイヤーとしての腕は笹森より低い。
女性プレイヤーの性と言うべきか『本番に弱い』タイプである高瀬は、この時もガチガチに緊張していた。
(こんな大勢の人が見ている前で戦うのなんて初めてで……ああもう、落ち着け私落ち着け私)
プレッシャーがかかると弱いと言う点では雨宮も高瀬とよく似ていた。
その為雨宮には今の高瀬の心境がとてもよく解る。
「大丈夫ですよ、落ち着いていきましょう!」
親善試合に敵も味方も無い。
あかりの声援で我に返った高瀬は、零とじゃんけんを行い筐体権を手に入れた。
深呼吸を行い、ただ目の前のモニターに集中する事を念頭に入れつつ、高瀬は先に座る。
「高瀬君、相当緊張しているみたいだけど、大丈夫かい?」
「オーナー、心配しなくても平気ですよ。
高瀬さんはウチのメンバーの中では落ち着いてやれる方ですから」
精神的な重圧は単に戦うと言う事だけでは無い。
大勢の観客からの声援も否応無しに彼女にプレッシャーをかけた。
「気楽にやりましょうよ高瀬さん。周りの声は気にしないでください。
命まで取られるワケじゃ無いんですから」
零も高瀬に声をかける。
高瀬もキャラクターを選び、モニターを凝視する事でようやく気持ちが落ち着いてきた。
(有利な2P側に座れたけど、ここからが本番。
イメージ通りの戦いを心がけないと)
キャラクターを選び、バトルエリアは泉に決まる。先程の鬱蒼とした密林とは異なり、神秘的な雰囲気を持つ背景だ。
『REAL DEATHGAME START!』
バトル開始と同時にヴォルフは勢い良く高瀬の使用キャラクター、フローネに向かってダッシュした。
だがダメージこそ無いものの相手を押す効果を持つ強風を使いフローネはヴォルフを画面端へと追いやる。
「フローネ・カームグリーンはアメジストと同じ遠距離特化型タイプのキャラクターだ。
強風で一時的に相手の動きを止める事が出来るが、連発出来るワケじゃねぇ。
零がその隙をどう突いていくかだな」
強風を当てた直後、フローネの掌から放った葉がヴォルフ目掛けて飛んでいった。
連射する事が出来る為近付かなければ攻撃を当てる事すら出来ないヴォルフにとってかなりのストレスになる。
(ヴォルフを相手にした時のセオリーを忠実に守ってるね。
華は無いかもしれないけど、勝利に拘った確実な戦法だよ)
プレッシャーを与えつつ相手にだけダメージを与えていく。
フローネはそれが出来るキャラクターだった。
だが防御力は他のキャラクターに比べて低く設定されている為、相手に捕らえられてしまうと致命傷になりかねない。
弾幕の如く飛んでくる葉を防御しながら、ヴォルフはフローネに近付き投げを決めた。
こうなると怒涛の攻めに翻弄される事になる。
「焦るな、焦らず素直に衝撃波で相手を弾き飛ばせ!」
笹森のアドバイスも虚しくヴォルフの起き攻めは成功し、相手のHPを削り取っていく。
一度攻めに回られただけでフローネのHPは半分以上減っていた。
(このままじゃ不味い!)
衝撃波をいなした零の観察眼を警戒し、高瀬はフローネにジャンプさせる事で2度目の起き攻めを回避した。
「へぇ、今のは結構零にとっても意外な動きだったんじゃないかしら」
「高瀬さんも相当目が良いですよね。
タイミングをしっかり把握しているからこそああいった動きが出来る筈ですから」
こういった場合詰め寄られる事を恐れて普通のプレイヤーはバックステップで後ろに飛ぶか強風で相手の動きを封じるか、どちらかを選択するものだ。
だが高瀬は零が普通のプレイヤーでは無い事を知っている。
詰め寄ってくるだろうと考え即座に竜巻を飛ばし攻撃を行った。
「!?」
流石にダッシュした直後に防御する事は出来ず、ヴォルフは至近距離まで詰め寄ったにも関わらず竜巻で吹き飛ばされてしまう。
今度は高瀬に起き攻めのチャンスが生まれた。
葉と違って連射こそ出来ないもののダメージの大きい『風の槍』を投げる。
「極端に防御力が低いキャラクターはそのハンデを埋める為に絶大な威力を持った技が使える。
風の槍は隙こそでかいが当たりさえすれば不利な状況をあっと言う間に引っくり返せるぜ」
高瀬加奈はそこまで強い格闘ゲームプレイヤーでは無い。
それは事実だ。だが雨宮比呂子と違う点は『無茶はしない』所だった。
比呂子は勝ちたいと思う気持ちが強過ぎるあまりミスをしてしまう。
だが加奈は自分の力量を承知しているが故に冷静かつ常に的確な戦術を行う事が出来ていた。
「ちょっとヤバくなってきちゃったかな……?」
零も流石に全くの平静ではいられなくなってきた。
風の槍をまともに喰らい先にラウンドを取られてしまう。
先にラウンドを取られると言うのは心理的な部分でも不利になる。
無理に攻めれば逆にさらなる劣勢に立たされかねないからだ。
「いいぞ高瀬、相手はムキになって仕掛けてくるハズだ!
冷静に対処すれば必ず勝てる!」
笹森の言う通りだった。
必殺技もまだ使っていない為必殺技でとどめを刺す事も可能。
相手の必殺技にさえ気を付けていればまず負けはしない。
だが零の行動は高瀬の上をいった。
即座に駆け寄って途中で止まり相手のダイミングを狂わせ、再び攻撃を仕掛けてきたのだ。
(そんな、私が対応を誤るなんて……)
強風を使って相手を寄せ付けまいとしたものの、そのタイミングを見破られ逆にチャンスを与えてしまった高瀬。
『チャンスが無いなら無理やり作る』を体現したその動きに、観戦していたZEROプレイヤー達からも賞賛の声があがった。
「おいおい、今の凄かったよな。どうやったんだ?」
「零さんホント目が抜群に良いよな。
並のプレイヤーじゃあれは避けられないハズなんだが……いやぁ勝てないワケだ」
爪で相手を切り裂きラウンドを取り返したヴォルフ。
イーブンの状態に持ち込まれた高瀬は頑なに『無茶はしない』主義を貫いた。
(ココで焦ったら愚の骨頂。
体力差は無いんだから今まで以上に相手を寄せ付けない立ち回りをすれば勝機はあるハズ)
フローネは起き上がり試合が再開するといきなり風の槍を出して近寄ってくるであろうヴォルフを牽制した。
ヴォルフもしっかりガードして余計なダメージを喰らわない様にする。
嫌がらせに近い方法でフローネは相手を遠ざけ続けた。
「近距離特化型と遠距離特化型の戦いは至ってシンプル。
攻撃を当てる為に近付くヴォルフとそれを追い払うフローネの構図になる。
まぁ今までの戦いを見るに高瀬さんは零の動きについていけてねぇし、ちょっと不利かもなぁ」
近付かれた時の対応が甘いと言う点も不利な状況を作り出していた。
近付かれまいとするキャラクターであろうとも何度かどうしても近寄られてしまう事は覚悟しなければならない。
その時の衝撃波を放つタイミング等が甘く、まだZEROと言うゲームに慣れていない高瀬の弱さが露呈していた。
「何としても勝ちますよ!」
状況は膠着していた。
ヴォルフは今まで以上の強風、竜巻の連発に防御のみを強制され続け、1回の油断が命取りになりかねない。
だがフローネの方もチャンスを与えてしまえば詰め寄らせる為迂闊に大技を出す事は出来ない。30秒間ラウンドが続いた。
「2人共ラウンドを取ってるからカウントがリセットされる事はもう無い。
あと30秒。下手したら引き分けに終わるかもしれないわね」
「でも先輩、一度でも飛び道具が当たればHPの多さで優位に立てる高瀬さんの方が勝つ可能性も出てきましたよ」
時間切れでの勝利。
高瀬も強敵である零相手にラウンドを取る形での勝利は不可能と判断していた。
(時間切れを狙ってるみたいだね。
相手が完璧な勝利プランを構築するのなら、僕はそれを崩していかなきゃいけないな)
零はヴォルフをワザとダッシュさせて再びタイミングを崩そうと試みた。
だが同じ手に引っ掛かる程高瀬も甘くは無い。
「今、私が焦る必要は全くありませんよ。
零さんの方は、本気でかかってこないと不味い状況だと思いますけど」
冷静に振舞っている様に見えるが、高瀬の額には汗が滲んでいた。
心臓の鼓動が早鐘を打ち、膝が震える。
確かに高瀬は有利な状況に立っていたが、『勝たなければならない』と言うプレッシャーが再び襲いかかってきたのだ。
「高瀬君、落ち着いて!
愚直に同じ戦法を続けても勝てる状況だよ!」
蔵崎も高瀬にエールを送り励ましたが、その声は最早彼女に届いていない。緊張すると弱さが顔を出す。
(よし、今だ!)
強風を出すタイミングがずれ始めているのを零は見逃さなかった。
すかさず近付き必殺技を繰り出す。
どの様な状況においても常に冷静だった零の方が一枚上手だった。
必殺技を喰らいフローネの残り体力は2割程度。
最早高瀬も必殺技を出さなければ逆転出来ない。高瀬は最後の逆転を狙い必殺技を……
『TIME UP!』
筐体から聞こえてきた言葉に高瀬は呆然としていた。
緊張のあまり画面上に表示されているカウントが見えなくなっていたのだ。
「高瀬君が、HP差で負けた……」
目が点になったまま暫く微動だにしなかった高瀬は、安堵の表情を見せる零の顔を見て全てを悟った。
(違う。私は見えなかったんじゃない。
『見えなくさせられていた』んだ。
終盤私が怒涛の攻めで余裕が無くなる事を見抜いて、絶妙のタイミングで必殺技を出して私の逆転の芽を摘んだ……)
高瀬は戦慄した。
ここまで彼女の心理状態を的確に見抜き、勝利したプレイヤーは他にいない。
格闘ゲームでは通常のセオリーのみならず対戦相手の癖を見抜く事も重要だが、その見抜きのレベルも常軌を逸している。
「凄いわね。
昨日零に対戦相手の事はざっくり話したけど、私達の拙い情報であんなに的確な立ち回りをするなんて……」
「化物だな。俺も『高瀬さんは結構気が弱いから』とは言ったが、どう弱いのかも判断出来たってのか」
最早自力で立ち上がる事も出来ず、精神力を使い果たした高瀬の目から涙が流れた。
零は彼女に近付き握手を求める。
「貴方は僕がここまでしなければ勝てない程の相手だった。
本当に素晴らしいプレイヤーですよ高瀬さん」
「……有難う、零君。
こんな負け方は初めてだわ。もっと私も勉強しなきゃね」
気力を振り絞り涙を拭うと、彼女は椅子から立ち上がる。
そのまま階段を降りようとしたがよろけて危なく転びそうになった。
咄嗟に零は彼女の腕を掴むとそのまま肩に手を回し、一緒に階段を降りる。
この反射神経の高さが零に勝利をもたらしたのだ。
「次は俺か。じゃあ、行ってきますよオーナー」
「土田君。零君は本当に強いプレイヤーだ。
くれぐれも気を抜かないようにね」
土田は笹森達のもとに向かう高瀬の耳元で「仇は取るぜ」と呟いた後、筐体の方へ移動した。
『絶対、後悔させないから。
他のゲームセンターと比べても一番活気に溢れた場所なのよ』
生まれて初めて訪れたゲームセンターと言う場所は、確かに刺激的な魅力に満ちていた。
ゲームをやった事が無い彼女はゲームを楽しそうにプレイしている人達を見たり、また兄を応援している者達を見た。
自分の全く知らない世界ではあったが、何故か気持ちが高ぶり、また奇妙な安心感を覚えたりもする。
(どうしてなんだろう。
兄さんからピアノを奪った場所なのに、何故か心の高鳴りを感じている私がいる)
勝手が解らずウロウロしている瞳を見つけたあかりは、彼女に声をかけ前の方まで連れてきた。
「来てくれたのね瞳さん、とても嬉しいわ。
貴方のお兄さんは今3人目の相手と戦う所よ」
あかりは比呂子の隣に移動した瞳に零がいる場所を教える。
丁度どちらも筐体の前に座りキャラクター選択を行っている所だった。
「上にあるモニターに画面が映し出されているので、戦いの内容は把握出来ると思いますよ」
零が嬉しそうに説明する事はあった。相手の体力をゼロにすれば自分の勝利となるゲームだと。
勿論、実際のゲーム画面を見るのは初めてだったが、瞳は美しい背景に目を奪われた。
「これは……雪山を意識したものですか?綺麗ですね」
「凄いわよね。
アークラインズの技術力の結晶と言うべき作品だから映像美も半端じゃないし」
自分が気に入らないから意識から遠ざけてきた世界。
だが、その世界はとても美しくそれを見る者達が本気で兄を応援している。
彼女は一言も発する事無くただずっとモニターを凝視していた。
一方、土田守と氷室零の戦いは既に始まっていた。
典型的な投げキャラであるアイスノー・ブルーマウンテンは動きこそヴォルフより鈍いものの、一発の攻撃力がかなり高い。
「標準的なスピードのヴォルフだが、接近戦を挑まなくちゃいけないのがキツイ所だな。
涼介のクラムの様に圧倒的なスピードと手数の多さがあったり、高瀬さんが使ってるフローネの様に飛び道具を持ってるワケじゃ無ぇ。
一度掴まれるだけで体力を3分の1は持っていかれるからな。
捕まらない様に立ち回れるかが勝負の鍵になるだろ」
一発の攻撃力が高い相手には絶対に隙を見せない。
迂闊に技を空振りしたりすればその瞬間に掴まれてしまう。
(豊から土田さんもかなり『目が良い』と聞いている。
あまり派手な動きは出来ないな)
掴んだ後のコンボ精度が高い相手だからこそ、着地の瞬間に割り込んで攻撃を当てる。
防御されたら引く。この繰り返しで勝利を掴みに行く。
(俺の動きを読んで動いてやがるな。だが、実戦によって得た動体視力はお前の上を行くぜ)
大きな動きは無く30秒が経過した時だった。
ヴォルフは無傷で相手の体力を半分減らしている状態で、順調に行けばノーダメージでラウンドを取る事が出来る。
丁度端にいたアイスノーを一方的に攻撃していたヴォルフだったが、一旦離れようとバックステップで回避しようとした瞬間、身体を掴まれた。
「うわ、凄い。バックステップを読んでの合わせダッシュ。完璧に決まっちゃったよ」
横に回転しながら地面に叩き付けられ、そのまま弧を描いて投げられるヴォルフ。
戦闘態勢に戻ろうとするが安易な防御をした事で再び投げが通る。
(見えているのか、この人にも!?)
今まで投げキャラを相手にしてここまで翻弄される事は少なかった。
動きの鈍さで自分にろくなダメージを与える事無く負けていったからだ。
だが土田の操るアイスノーは的確な動きと判断力で体力が逆転。一転ヴォルフの方が窮地に立たされる。
「今までのプレイヤーとは、ちょいと動きが違うだろ?」
冗談交じりに土田は零にそう言ったが、零は笑って言葉を返せる状況では無かった。
焦ればさらに相手に隙を与えてしまう。
平常心で先程の戦法に戻る事が大事だ。
零は自分の心を鼓舞しつつ再び着実に、少しずつではあるがアイスノーにダメージを与えていった。
土田守は、幼い頃からやたらと喧嘩が強かった。
恵まれた体格と無駄の無い筋肉で県内では敵無しを誇り、小学生の時点で大勢の子分を持つ程だった。
不良の道へ進む事を恐れた両親は土田にボクシングを薦める。
リングの上での孤高の戦い……土田は瞬く間にその世界の虜になった。
中学生の時点でその才能は高く評価され、『稀に見る逸材』として期待を寄せられた。
彼の最も得意とする攻撃は非常に高い動体視力を持つ彼だからこそ成し得る『見えない拳』だった。
相手の目線から相手が何処に注目しているのかを的確に判断し、盲点に拳を叩き込む。
プロボクサーへの道は確実に見えていた。
それは彼が高校を卒業し、プロボクサーとしての道を本格的に目指そうとしていた頃の出来事だった。
早朝の河川敷でロードワークを行っていた彼は、後ろからいきなりバットで殴られたのだ。
「生意気なんだよお前。
後輩の分際で俺より上に行きやがって……ぶっ壊してやる」
その声はかつて高校時代に同じくボクサーとしての道を目指していた人物のものだった。
完全に不意を突かれ、土田が覚悟を決めた時突然警笛の音が聞こえてきた。
「貴様、何をやってる!」
「チッ!!」
捕まる事を恐れたのか襲撃者はそのまま退散した。
駆けつけた老人は私服姿で、護身用の警笛を鳴らした事が後に解った。
「大丈夫かい?相手も凄く強そうだったけど、警官の振りをすれば逃げてくれると思ったんだ。
すぐに救急車を呼ぶからね」
偶然この時間に河川敷を散歩していた彼こそが、エターナルナイトのオーナーである蔵崎源三であった。
(蔵崎さんはその後何度も病院に足を運んでくれて、俺が退院する時までずっと面倒を見てくれた。
俺の事を怖がっていた両親とは違って、あの人は俺の事を『透き通った綺麗な瞳をしている』と言ってくれた。
恩を返す為に俺はプロボクサーとしての道を一旦保留し、エターナルナイトで働く事を決めたんだ。
あの人が喜んでくれるならこの戦い、絶対に勝ってみせる)
後に土田の供述により襲撃者は捕まり、現在彼はトレーニングこそ行っているがゲームセンターの店員を続けている。
彼の見えない拳は格闘ゲームでもその強さを発揮した。相手を翻弄するそのプレイスタイルは脅威である。
(1回のミスが命取りになる。
集中しろ。僕のやり方を押し付ければ必ず勝てる)
最初のラウンド残り10秒の時点で、体力はヴォルフの方が逆転していた。
このままラウンドが終了すれば、体力が少ないキャラクターがダウンを取られ、かなり不利な状況となる。
「甘く見るなよ」
動きが鈍いからこそ投げキャラは積極的に動かなければ勝ちを拾う事が出来ない。
アイスノーは空中でヴォルフを掴むと下に放り投げ、追撃を行おうとしたが逆にヴォルフが攻撃してきた為防御した。
「相手のゲージ溜まってるぞ零!ガードクラッシュさせちまえ!」
残り数秒。的確な動きで相手を逃さずガードクラッシュに追い込むと、そのまま一気に1ラウンドを取る。
だが勝負が決したワケでは無い。体力を比べてみてもそこまでヴォルフが有利と言える状況でも無かった。
「やっちまったか。思ったよりもガードの時間が長かったな」
格闘ゲームではずっと敵の攻撃をガード出来るワケでは無い。
ガードゲージと呼ばれるゲージが上昇していきそれが満たされてしまうと一時的にガード不能に陥るのだ。
相手の攻撃を受け続け一時的に行動不能に陥る『気絶』より時間は短いが、ゲーマー同士の戦いではその一瞬で勝負が決まってしまう。
「だが、すぐに取り返すぜ」
この優位な状態を保ちたい。零がその様な心理状態にあるのは明白だった。
恐らく今まで以上に相手が消極的になると判断した土田は攻撃を恐れずとにかく近付いて掴もうとする。
勿論掴まれれば致命傷は避けられない。
(相手は前がかりにならざるを得ない。
掴む事に躍起になるだろう。そこを突く)
お互いの思惑が交錯する中、シーソーゲームの様に攻守が入れ替わる。
気付けば残りの体力は両者共に半分程となっていた。
「土田さん相手に大分ダウンを引っ張ったけど、投げキャラだと呆気無く減らされちゃうのが怖いよね」
「ああ。特に実力者ともなると投げキャラ相手に無傷で勝てるなんて試合はほぼ無いと言って良い」
両者共に慎重な立ち回りを要求された。
下手に動けば負けると言う状況からどちらも様子見程度の攻撃に留まる。
残り40秒。動きが起きない展開が続いていたが、先に動いたのは零の方だった。
(現時点では土田さんの方が勝っている。
下手に日和見を決め込むと体力差で負けかねない)
前がかりになるとカウンターを喰らいやすくなる事は零も充分承知している。
だがそうしなければ負けると言う状況ならば、尻込みしてはいられない。
相手がガードする事を見越してお株を奪う様に投げを決めたヴォルフ。
すかさず端に追い込んで起き攻めを行う。
「まだまだ俺も鍛錬が足りねぇな」
投げキャラの脅威は追い込まれてもチャンスさえあればアッサリ逆転出来てしまう所にある。
レッドゾーンに達したアイスノーだが両者共に必殺技を使用していない。
次の瞬間、ヴォルフは掴まれた。
(不味い!)
起き攻めに投げ必殺を出されれば敗北必死。
こうなれば恥も外聞も無いとばかりにヴォルフは必死に逃げようとする。
近付いてきたアイスノーに対して衝撃波を出し窮地を脱したもののどちらも究極必殺技を放てる状態に変わりは無い。
「兄さん、負けないで!!」
瞳の声が観衆の声援に混じって聞こえてきた。
耳も良い零はその言葉をしっかりと受け取り、再び集中する。
(有難う……来てくれたんだね瞳。なら尚更負けられないな)
「うわぁ、もうどっちが勝ってもおかしくない所まで行っちゃいましたね」
「まぁ土田さんだからそうなるかもしれないとは思ってたけど……流石よね」
あかりもまた土田と戦う時は苦戦していた。
勝率を見れば先月戦って4割程度。6割は負け、その殆どが逆転負けに終わっている。
(幾らでも引っくり返せるって言うのがアイスノーの魅力。
問題はそれをどう防ぐか)
最早どちらかの攻撃が1回通れば勝敗が決すると言う状況に、観衆の熱気は最高潮に達していた。
残り20秒。体力差での判定にするつもりはどちらも無い。
真っ向勝負で2人ともダウンを取りたいと思っている。
「見せる為の牽制なんかに騙されるかよ」
隙をワザとちらつかせつつも反撃が可能な動き方をするヴォルフに対して、アイスノーは距離を保ちつつチャンスを待ち続ける。
だがスッと気配を見せずに近付き、必殺技を繰り出してきたヴォルフの動きを流石の土田も読む事は出来なかった。
「うわ、マジかよ!」
「凄ぇ、当たり前の様に近付いて勝っちまった。何だ今の攻撃は」
土田は画面を食い入る様に見つめ、自分が負けたのが信じられないと言った表情をしていた。
(注意はしていたハズだ。
こんな見え見えの攻撃を喰らった?この俺が!?)
だが彼は先程の高瀬と零の試合で彼が見せた『精神的な見えない拳』の事を思い出した。
(違う。俺はコイツに騙されていたんだ。
消極的な動き、見せ振りの連発……そうする事で俺に『日和見をしている』と言う印象を植え付けた。
だからこそお互いがまんじりともしない展開になった時、『そういう動きをするハズが無い』と思っちまったのか)
単なる画面上の戦いだけでは無く、その先の精神の読み合いに発展するのが格闘ゲームの特徴である。
ただひたすら己が研鑽すれば勝てるアクションゲームとは違い、人の心を読まなければ対人戦で勝利する事は難しい。
人との触れ合いを避けてきた零であったが、人と向き合っている時に心を読む力は並外れていた。
「色々と勉強しなければならない事があると再認しました。有難うございます」
「いや、俺の方こそまだまだ勉強が足りねぇわ。
今度やる時は勝たせてもらうぜ」
お互いの健闘を称え合い、握手を交わす零と土田。店内の熱気は最高潮に達する。
「いよいよ、エターナルナイトのスタッフの中ではトップと言われている蔵崎さんの番ね」
「いやぁ、相手を侮ったら負けるのが格闘ゲームの怖い所だからなぁ。
涼介程の腕じゃ無いってのはあるんだが……」
豊も涼介と並ぶとまで言われているプレイヤーの1人だが、蔵崎と野試合で戦い敗北したと言う苦い経験があった。
「申し訳ありませんでした。借りを返しておきたかったんですが……」
「いやいや、君は頑張ったよ土田君。
それに、私も零君とは戦ってみたかったからね」
68歳とは思えないしっかりした足取りで筐体の前に立つと、蔵崎は零に対して穏やかな笑顔を向ける。
「零君のおかげで店も盛り上がっているよ。
私はゲームが大好きなんだ。
初めて喫茶店に導入された筐体に触った時からゲームと言うものに魅了されてきた。勿論格闘ゲームもその1つ。
君には感謝しているが、勝負となれば話は別だ。勝たせてもらうよ」
「経験差があると思うのなら、それは間違いですよ。
場数は僕の方が踏んでいますから」
蔵崎源三はシルバーゲーマーの代表とも言うべき格闘プレイヤーだ。
ZEROの全国大会では全て予選敗退と言う苦汁を舐めてはいるが、そのセンスは涼介も認めている。
お互いを認めはするが、決して譲れない戦い。
互いに握手を交わした後2人は筐体の前に座り準備を始めた。
「これが……格闘ゲームなんですね」
瞳は先程の試合を見た事ですっかりZEROを気に入ってしまった様だった。
彼女も理解したのだ。何故ここまで兄がのめり込んだのか、そして本気になって戦っているその理由が。
「あとで瞳ちゃんもやってみる?
涼介だったらしっかり教えてくれると思うわよ」
「はい。有難うございます……
でも私は、兄さんがZEROだけに集中してしまうのは不安なんです」
格闘ゲームに対する敵愾心は消えたが、瞳の中にはまだわだかまりが残っていた。
あれ程素晴らしいピアニストとしての実力があるのにそれを完全に捨ててしまうのではないかと言う不安が。
「零も多分、ピアノを全て捨てるつもりは無ぇんだろ。
いや、もしそうだったら俺が全力で止めるけど」
ZEROと言う繋がりの中で確かに育まれてきた友情を豊は感じていた。
「全国大会の優勝賞金を零は確実に狙ってる。
だから今は他の事が何も目に入らないんだろう。
金額は1億円。その賞金以外にも色々なおまけが付く。
上手くやれば一生遊んで暮らせる程の金が手に入るってんだから凄ぇよな」
「い、1億円ですか!?」
瞳は全国大会の事や賞金の事も零からは説明されていなかった。
彼にとってはただの道楽では無く、この世界でスターになる為の大事な鍛錬なのである。
「だから今は、お兄さんの事を許してあげて。
全国大会が終わったら一段落つくから、そこでまた話し合いましょう。
私も豊も出来る限り協力するわ。
1人で悩んでいても解決しないんだったら、皆で考えれば良いじゃない」
格闘ゲームが悪いワケでは無い。それは瞳も解っている。
それでも格闘ゲームに夢中になる兄に対して不安を拭う事が出来ずにいた。
だが今は、その不安を払拭してくれる者達がいる事に感謝したい気持ちになっていた。
彼女も今は、1人で戦っているワケでは無い。
お互いにキャラクターを選択し、時折稲光が見える不気味な背景の下でゲームが始まる。
「オーナーが使うのはラスト・N・アーヴィング。老獪な杖使いだ。
トリッキーな動きでプレイヤーを惑わせダメージを与える上級者向けのキャラクターだよ」
ラストの最大の特徴は伸びる杖のリーチの長さと背後へ回る瞬間移動を使用する事が出来る点である。
軽い気持ちで端固めを敢行すると命取りになりかねない。
ヴォルフよりも若干動きが鈍い為詰め寄りやすいが油断は禁物だった。
『REAL DEATHGAME START!』
零は試合開始と同時に一気に蔵崎のラストに向かって近寄っていき、的確に攻撃を当てていく。
リーチで勝るが機動力では劣ると言う点でラストは豊が使用しているシラノに似ているが、シラノとは違う点があった。
「ダメージを与えられていない時が要注意だ。
ほんのちょっと油断しただけで自分が逆にコンボを喰らっちまうなんてのは対ラスト戦ではよくある。
ああやって端に追い詰めていても相手が『防御出来ている時』は常に背後に気を配るべきだ」
他のキャラクターは『衝撃波』で防戦一方の状況を打開していくが、ラストは残像を残しながら消え、ヴォルフの背後に回り込んだ。
「残念ですが、解っていれば瞬間移動は対応出来ますよ」
零はそう言うと、杖を振り回すラストの攻撃を防いだ後絶妙のタイミングで衝撃波を放ち、再びお互いの慎重な立ち回りに戻る。
一方蔵崎はリーチで勝ると言うキャラクターの特徴を活かし、自分から積極的に相手に向かっていくプレイは行わなかった。
「ああいうリーチが長いキャラクターは相手が走ってきた所にカウンターを入れるのが得意なんだよ。
でも逆に自分から攻めるのは苦手なんだ。足が遅いからね。
自分より足の速いキャラクター相手ならああいった戦い方がスタンダードになる」
涼介の解説に比呂子は頷いた。
この場にいるZEROプレイヤーは皆『自分だったらどう戦うのか』と戦況を見つつ考えている。
零が自分達のライバルになる以上、そうやって対策を講じなければならないのは明らかだった。
「見えたよ!」
跳躍からの攻撃を仕掛けてきたヴォルフの一撃をラストは自慢の伸び縮みする杖で弾き飛ばす。
吹き飛ばしの効果が付いている為、ヴォルフは端へ吹き飛び、すかさずラストは追撃する為近寄った。
「焦りは禁物ですよ蔵崎さん。
キャラクターの得意、不得意を見極めないとね」
ヴォルフの動きの方が一瞬早く当たり、連続攻撃でダメージを受けた為ラストはラウンドを取られてしまう。
あまりダメージを受けていないヴォルフに対してこのままこの様なダメージを許していては、敗北は必死だった。
「オーナー、その程度のHP差なら巻き返せます!落ち着いて行動してください!」
「そうですよオーナー、諦めないでください!」
笹森と高瀬がオーナーである蔵崎に対して助言を行いながら励まし続ける。豊達も同じ様に零を応援していた。
「零、相手は捨て身の反撃に出てくるぞ。
今まで以上に瞬間移動を警戒しつつ、逆転の芽を摘むんだ!」
蔵崎は真剣な表情で相手キャラクターの一挙一動も見逃すまいと身構えた。
カウンターからの逆転を狙う以上、距離を取りながら相手が近付いてくるのを待つしか無い。
「相手の反撃がある以上、ある程度ダメージを与えておかないと僕がダウンする羽目になるからね」
相手の空振りを誘いつつ、幻惑するかの様な動きでラストを翻弄するヴォルフ。
走ってくるタイミングを見極めなければならない為、この場合はラストの方がより神経を使う事になる。
「いや、ここは出る!」
ちょっとした移動、ゲームの画面で言えばキャラクター2人分程度進んだだけだったが、相手の攻撃範囲を考えつつ立ち回っていたヴォルフに攻撃の端がヒットした。
本当に微妙な差であったが、吹き飛ばされたヴォルフは左の壁近くにいた為連続で杖によるダメージを受けラウンドを取られてしまう。
「うわ、蔵崎さん68なのに目良過ぎだろ」
「ああいう目の良さってのは格闘ゲームに必要な要素だって言うけど、今のはちょっとラッキーも入ってるんじゃないかしら」
あかりの考えは当たっていた。
蔵崎が意図的に動いたとは言え、本当に少しだけヴォルフのいる場所が違っていれば当たらない位置関係だったのだ。
(成程。蔵崎さんにはゲームメイクの巧さがあるみたいだ。
これは暢気に構えてはいられないぞ)
仕切り直しの様相を呈してきたラストバトルも、お互いが今まで以上にダメージを受けない様に立ち回っている事で時間がどんどん経過していく。
「あと30秒でダメージを多く受けている方が負ける事になる。
万が一今の状態で時間が過ぎたら引き分けだな」
お互いのHPがフルゲージの時に時間切れになると両方ダウンする為引き分けになる。
当然零も蔵崎もそれを望んではいない。
(瞬間移動を持つ私の方が若干有利……
タイミングを見計らいつつ、賭けに出る事にしよう)
先に攻撃を仕掛けてきたのは蔵崎の方だった。
リーチを活かして動き、積極的に近付いていく。
攻撃を外せばカウンターになる為それでも迂闊に動く事は出来ない。
だが近距離に特化したヴォルフは攻撃の隙が少ない為ラスト程それを気にする必要が無かった。
「よし、今だ!」
言葉と動きを若干ずらしたトリッキーな詰め寄り方でラストを攻撃するヴォルフ。
ラストはすかさず瞬間移動で背後に回ったが、ヴォルフはそれに対応して必殺技を放った。
一気にレッドゾーンまで相手の体力が低下する。
「おー、瞬間移動のタイミングがバッチリ見えてるなぁ。流石だぜ」
「相手に必殺技を出すチャンスが残されている以上、今の状況は危険ですよ!」
残り10秒。ラストとしては何としても追いすがり必殺技を当てるしか逆転の方法が無い。
だが相手もそれを理解している為逃げ続ける。
(不味い、タイムアップになれば私の負け。
だがスピードで劣るラストでは本気で逃げられると追いつけない!)
逃げると見せかけてヴォルフも攻撃に転じる様な素振りを見せて徹底的にラストの動きを封じた。
どう動けばヴォルフに追いついて逆転出来るのか答えを見い出せないまま無情にもタイムアップの音が店内に響き渡る。
「必殺技を喰らってしまったのが最大の敗因か……」
両手を静かに握り締め、悔しさを滲ませる蔵崎。
しかし彼がゲームプレイヤーとして劣っていたワケでは無い。
その証拠に零に当てたあの一撃は運の要素も絡んでいたとは言え、その後ダウンさせるまでの対処は完璧だった。
「一歩間違えれば僕が負けていました。
あのラッキーヒットで僕の方が運を貰えたんだと思います」
「……そうかもしれないね。私の負けだよ零君。
少なくともこの店内で君を上回るプレイヤーはいなくなったのかもしれない」
穏やかな表情に戻った蔵崎は零と握手を交わした。
悔しい気持ちはあるが負けた事実はしっかりと受け止めている。
「やったぜ零、笹森さん達とオーナーを4人連続撃破だ!」
思いを抑えきれなくなった者達が壇上に立った。
ある者は零を祝福し、ある者は蔵崎の健闘を称える。
どちらも互いの力を精一杯出し切った上での結果。
蔵崎にももう悔いは無かった。
「兄さん……」
あれ程感情を外に出せなかった零が笑顔を見せている。
それを見つめていた瞳の頬を涙が伝った。
格闘ゲームを通して深まる絆も存在する。彼女はそれを初めて知り、理解したのだ。
「貴方のお兄さんの戦いはまだ始まったばかりよ。
瞳ちゃん、しっかり零を支えてあげてね」
あかりは彼女の肩を叩きながらそう言うと、手を引っ張って皆の輪に加わろうと彼女を連れて行った。
「乾杯!」
グラスを掲げ、グラス同士を軽く触れ合わせた後豊は中身を一気に飲み干す。
「ちょっと豊、最初から一気は無いでしょ一気は。
幾らお酒じゃ無いからって……」
「悪ィな。さっきまで応援してて喉が渇いてたモンだから」
エターナルナイトを出た零達は、祝勝会と称して豊の家に集まり、パーティを開いていた。
少人数とは言え、こじんまりとした室内は人が集まるとかなり狭く感じる。
「やっぱり、僕の家でやった方が良かったんじゃないかな」
「いや、丁度色々用意してたからさ。
準備は出来てたんだよ。手際も良かったろ?」
豊とあかりは零の勝利を確信しており、事前に酒や唐揚げ・ピザ等の冷凍食品を買い揃えていた。
「それにしても零さん流石だよ。
実力者相手に4人抜きだなんて。もう僕じゃかなわないかもしれないなぁ……」
「諦めちゃいけませんよ涼介さん。
私達だって努力すればきっともっと上に行けるハズです」
家に集まったメンバーの内、酒を飲むのはあかりだけだった。
かなりの酒豪で飲み出すとなかなか止まらない。
酷い時には自分で用意していた一升瓶を2本分空にしてしまう程だった。
「酒を飲まないんだね豊。意外だな」
「酒が飲める男になりたかったんだけどさぁ。
ワンカップをちょっと飲んだだけで吐いちまって……
下戸だから無理って結論が出た。その代わりに煙草吸ってる様なモンでさ」
豊は未成年の比呂子や涼介がいる手前、部屋の中で大っぴらに煙草を吸う様な事はしなかった。
ただしゲームセンターは煙草の煙が普段から漂っている為、休憩中によく吸っている。
「あかりは酒はガンガン飲めるんだけど煙草が嫌いなんだよ。
1回だけ誘った事もあったけど断られちまった」
「あんなのただ煙たいだけでしょ。それに思考能力が低下するんだから致命的よ」
頭の回転が早い事が求められる格闘ゲームにおいて、思考速度が低下する事は命取りになる。
ゲームをプレイしている最中に吸っているだけで負けがこむ事も珍しくない為、豊は吸う本数を減らし始めていた。
「ま、一度吸い出すとなかなか抜けられなくてな……ちょっと吸ってくるわ」
豊はそのままベランダの方へ向かった。
あかりは既に顔が真っ赤になっている。
煙草の煙が空に舞い上がり、夕闇から夜の漆黒へと変わりつつある上空の雲と重なっている様に見えた。
(なんだかんだ言って、1日に一箱は吸っちまうもんなぁ。
最近は一箱の値段も高くなってるし……業界が儲かるワケだ)
本数を減らしている分、1本1本を大事に吸っている。
その為、昔よりもニコチンやタールを多く摂取しているのかもしれないと豊は思った。
「お、お前がこっちに来るなんて珍しいな。何時もは嫌がるのに」
「夜風に当たって酔いを覚まそうかと思ってね~」
既にかなり酔っている様で足が少しふらついている。
ベランダから落ちない様豊はあかりの肩に自分の腕を回した。
「ちょっと酒を飲むスピードを上げ過ぎたんじゃねぇか?」
「何時もよりはね。テンション上がってたからつい調子に乗っちゃって」
そう言って屈託の無い笑顔を見せるあかりに対して、豊も笑顔を返した。
「零は凄ぇ格闘ゲームプレイヤーになるぜ。
闘戦興でまた特集記事を組んでも良い位だ。
こうやって強い奴が出てくれば出てくる程業界全体の活気に繋がる。今の所は好循環だろ」
「私もそう思う。ZEROが隆盛になればなる程それをやってきた私達も嬉しいしね」
2人は暫くの間、それぞれの思いに耽りながら綺麗な夜空を見つめていた。
未成年者が多くいる為宴はそこまで遅い時間にならず終了する事となった。
「じゃあ豊さん、そろそろ僕達は失礼します。またエターナルナイトで会いましょう」
「今度は私とも戦ってくださいね。この前よりは強くなってますから」
用意した食べ物も殆ど無くなり、一升瓶も空になっていた。
涼介と比呂子が去った後、零と瞳は後片付けを手伝い、帰り支度を始める。
「この人数でパーティをしても、かなり汚くなるね」
「兄さんの部屋だって、私がこまめに掃除をしているから何時も清潔なのよ」
普段から綺麗好きと言うだけあって、瞳の片付け方はしっかりしており手際も良い。
「ねぇ瞳ちゃん。生まれて初めてゲームセンターに入った感想は?」
「……そうですね。
思っていたより綺麗で、人の気持ちが伝わってくる場所でした。
多分、スタッフの方達が私と同じ位綺麗好きなんだと思います。
また機会があればお邪魔しようかなと」
「耳が痛い話でしょ、豊」
「俺だって片付け位はするぜ?……まぁ、頻度は相当低いけど」
豊がそう言うと、あかりと瞳は笑った。
零は妹に掃除を任せてしまっている部分がある為、複雑な表情をしている。
「それじゃ、僕達もそろそろお暇しようか。今日は色々と有難う。応援も励みになったしね」
「家の方にも是非遊びに来てください。
とても良いハーブティーが見つかったので他の人にも感想を聞きたくて」
客がいなくなり静寂が訪れると、何時もと同じであるにも関わらず豊は寂しい気持ちがした。
皆で集まって楽しむのが好きな『お祭り男』を自負している彼としては、1人でいる時が辛く感じてしまう。
そんな時傍に何時もあかりがいて、彼を慰めたり、励ましたりしてくれるのだった。
「ふぁぁ……皆帰っちゃったね」
「そうだな。お前相当酔っ払ってるみてぇだし、今日はそこで寝とけ。
俺ももう少ししたら寝るから」
あかりは豊が敷いた布団に潜り込むと「じゃ、お先に……」と呟いた後、眠りについた。
数分後にはかなりきつい鼾が聞こえてくる事を知っている豊は、耳栓を付けた後綺麗に拭かれた机の上にノートパソコンを置く。
(新しい戦術や、人読みの技術の向上……まだまだ始まったばかりだ。
俺達がエターナルナイトを、いやZEROのプレイヤー全体を盛り上げていこうじゃねぇか。なぁ零)
1人のゲーマーとして、そして編集者として感じた事を正直に、熱が消える前に書き上げる。
それが彼の記事の持ち味であり、人気や支持を得ている理由だった。
格闘ゲームは当然ゲーム会社が生み出すものだが、発売された後にさらにプレイヤーを増やす起爆剤となるのはプレイヤーだった。
彼等がそのゲームを理解し、戦術を生み出し、技術を高めていくからこそ名勝負が生まれ、人気を得ていく。
誰でも『人が面白い』と言ったものだからこそ『じゃあやってみるか』と試してみるもので、そういう意味では彼等が第二の親なのである。
「タイトルはどうしようかな……『さらなる飛躍 新たな世代の輝き』とかはありきたりか。
もっとインパクトのあるタイトルが欲しいよな……」
少しのつもりが長引くのが彼の仕事の常であった。仕事に対しては常に真摯に取り組む為、時間がかかる。
井島豊にとっての夜は、まだ始まったばかりだった。
井島豊が記事を書き終えたのは、午前1時を過ぎた頃だった。
「ふう……大分かかっちまったな。シャワーでも浴びてから寝るか」
ノートパソコンの電源を落とした後、風呂場へと向かう。
(朝会社に着いたら準備をした後取材の為東京へ出発。
早めに記事が出来たから帰った後レイアウトをどうするかデザイン担当の浅井さんと決めて、コラムのページを完成させる。
時間があったら他の所の手伝いに回る事になるか)
日曜日こそのんびりしていた豊であったが、次の日曜日が来るまでは仕事に追われる6日間がまた始まる。
織田政権の決定により『土曜日は必ず半日までしか仕事をしてはならない』と定められているものの、編集員としての仕事量はかなり多かった。
「あれ、お前入ってるの?」
豊の視界から見て左側に様式トイレ、中央に脱衣所を兼ねる洗面台、右側にあまり大きくない浴槽とシャワーが設置された風呂場がある。
水音が聞こえてきた為、中に人影がある事を確認しつつ豊は呼びかけた。
「ゴメンね。私の方に戻るのが面倒くさくなっちゃって」
「そう言って地味にケチってるんだろ。
夏場だと必ずクーラーのかかってる俺の部屋に避難してくるしな。
電気代も水道代もかかってるんだぞ」
「そんな堅苦しい事言わないでよ。浴びたいんでしょ?一緒に入りましょ」
豊は溜息をつきながら服を脱ぎ、あかりの衣服と混ざらない様に置くとそのまま風呂場に入った。
「酒は抜けたのか?かなり飲んでたろ、無理すんなよ」
「大丈夫大丈夫。まだ少し残ってるけど平気よ。
大学の講義が始まるまでには全部消えるハズだから」
酒が飲める年齢であるとはいえ、彼女はまだ大学生。豊の生活と比べると大分遊んでいる方だ。
ゲームセンターで遊んでいる時間もかなり多い。
豊はあかりの事を羨ましいと思う反面、どんな仕事に就けるのか心配もしていた。
「相変わらず良い身体してんなぁ」
「えへへ~。酒は飲んででもちゃんと管理はしてるからね」
高校生の頃豊はあかりと生まれて初めて性行為を体験したが、その頃からあかりの肉体は完成されていた。
引き締まった体、激しい自己主張こそ無いものの存在感はある胸。
身長も女性にしてはかなり高く、顔も整っている。
(子供の頃はこんなに化けるとは想像もしてなかったぜ。男を誘惑する身体だよな)
あかりの方は頭も身体も洗い終えていた為、シャワーを豊に渡した。
浴槽以外のスペースはかなり狭く、2人が立てる程のスペースしか無い。
濡れた裸身は彼女の内に光る淫靡さを更に際立たせていた。
「男殺しの身体だよなぁホント。
お前の裸を前にして興奮しない男がいたらホモだろって思う位だ」
「そうね、有言実行してるじゃない豊。そのままだと股間が苦しいでしょ」
彼女はこういう時の立ち居振る舞いも心得ていた。
指で自分の股間を指し、悪戯っ子の様に舌を出し豊を誘惑する。
豊はその美しい身体の内側の事までよく知っていた。
『膣内の快感』を思い出すと益々下半身が硬くそそり立つ。
「良いよ豊、私に任せちゃって」
アパート貧荘は右隣こそあかりが住んでいる部屋なので気にする必要は無いが、左隣に住んでいるのは赤の他人である為音には気を付けなければならない。
その為性行為に及ぶ際は必ず声を殺し、嬌声も小さくしなければならなかった。
夜中ならば尚更だ。
「人のはよく知らないけど、豊のって結構大きい方なんじゃないの?」
「そうだと良いんだけどな。
俺も人と大きさを比較した事が無ぇからどうとも言えねぇわ」
あかりは片膝をついた状態で豊の勃起した陰茎を咥え込んでいた。
彼女は何事にも勉強熱心で、男を悦ばす方法もよく心得ている。
(早くも腰が抜けそうだ。どうしたらこんなに気持ちよくさせられるんだよ……)
「ふぉう?気持ちいいれひょ」
咥えられたまま喋られるとあまりの快感に意識が飛びそうになる。
もう何回も経験している事とは言え、豊はこの勝負において彼女に勝てる気がしなかった。
「悪ぃ。出すぞ」
今日1日声を枯らす勢いで応援を続け、夜中まで仕事をしていた為溜まりに溜まっていた性欲が早くも弾ける。
あかりの口の中に熱さを伴った精液が流れ込み、あまりの多さにむせて相当量を吐き出してしまった程だった。
「そんなに私のフェラチオが気持ちよかったんだ?
でも、こんなのがまだ序の口だってのは解ってるわよね」
あかりは両手で膣を広げ、無邪気な笑みを見せる。
まるで精を吸い尽くす無邪気な女悪魔の様だと豊は思った。
だが彼女が与えてくれる快感を思うと射精したばかりの陰茎がまた滾り、重力を無視してあかりの腹に先端が触れる。
「そのまま挿入しちゃう?私はどっちでも良いけど」
豊はあかりの片足を持つと、もう片方の手で陰茎の先端を膣口にあてがい、そのままゆっくりと潜らせていく。
(うわー、これだよこれ。何でこんなにすげぇの?)
熱さと硬さを伴った剛直も、それ以上の熱さと柔らかさを兼ね備えた秘密の花園にはまるで歯が立たない。
ぬるりとした膣の壁がまるで別の生命体の様に要所要所で締め上げながらその硬いモノを扱きあげる。
「ちょっとでも抜き差ししたらまた出ちまいそうだ」
「えー?もうちょっと頑張ってよ。
何時も豊だけ気持ちよくなっちゃってさ。
結局私はオナニーでイカなきゃならなくなるじゃない」
それは2人にとって慣れた事とは言え、豊にとってもあかりにとっても哀しい現実だった。
初体験の頃から今に至るまでずっと、膣の中に入れてから1分以上豊はその硬さを保てた事が無い。
磨き上げられた究極の名器とも言うべきあかりの膣内では、豊だけでは無くどんな男性もその快感に打ち勝つ事は出来ないだろう。
(うわ、もう駄目だ)
男として早漏気味に発射するのは屈辱的ですらあったが、何十回と繰り返していると感覚も麻痺してくるものである。
それは単なるセックスでは無く、膣によって扱かれフェラまでされている様な複合的な快楽とも言えよう。
あかりの胸を握りながら自棄になって陰茎を抜き差ししようとしたが、却ってそれが快感を倍増させ、呆気なく果ててしまう。
「ご、ごめん……」
謝りつつも大量の精を彼女の体内に放つ豊。
滾った欲望の全てを吐き出すと、ぬるりと膣から陰茎が飛び出し、その後大量の精液が漏れた。
「早過ぎでしょ……私が気持ち良いと思う前に射精しちゃうんだから。
でも、まだ全部は出し切ってないみたい」
あかりは荒い息を吐いている豊の精液まみれになっている陰茎を再び咥えこみ、半ば強引に勃起させようとする。
「うわッ、おいおい!」
言葉とは裏腹に彼女のテクニックには勝てず、萎えかけていた陰茎は再び硬さを取り戻しつつあった。
「これ位でしてみよっか。
完全に勃起してない状態だけど、この状態で挿入したらもうちょっと保てるかもしれないし」
性行為の時に豊が主導権を握った事は一度も無い。
あかりを満足させる事が出来るのならそれが許されるのかもしれないが、現状ではそれはほぼ不可能に近かった。
(うーん、あかりの相手を何もせずにこなすのは無理だよなぁ。
今度薬局にでも行ってそれっぽい強精剤でも探してみるか……)
豊もまた、あかりの身体の魅力に完全にはまっていた。
明日が早い事を知りつつも、目の前にある裸体から逃れる事が出来ない。
結局豊は寝不足のまま家を出る事になりそうだった。