凛々しい強さ、男性的な強さと女性的な強さを併せ持つ男役の様な人物。
そして晩年は包容力のある女性。
口調が変わっても『強さ』や『鋭さ』は変わっていない事を
表現したかったので、こういう話になりました。
【1573年 4月12日 夜 三州街道上 信濃国駒場】
畦道(あぜみち)から離れた、草原の中に小さな陣が作られていた。
陣の四隅では火が燃やされ、中央には木製の台に畳が敷かれている。
純白の布をかけられた男の周りには、涙をこらえて唇を噛む男達が大勢集まっていた。
「無念じゃ」
中央で身体を横たえている壮年の男性は、か細い声でそう呟く。
「神仏がこの儂にあと10年生きる時間を与えておれば、第六天魔王をこの世から滅ぼし京に武田の旗を立てていたものを」
山県(やまがた)昌景(まさかげ)は主の言葉に対して、深く頷いた。
「御館様。上総守(かずさのかみ)の喉元に迫ろうとしていたこの時に病状が悪化してしまうとは……」
横たわる男よりも相当に背が低い男は、そう言うと居並ぶ家臣団を見た。
穴山(あなやま)信君(のぶただ)、小山田(おやまだ)信茂(のぶしげ)、真田(さなだ)信綱(のぶつな)、馬場(ばば)信春(のぶはる)等、精鋭達が勢揃いしている。
特に横たわる男の真横にいた山県昌景は、絶大な信頼を寄せられていた。
「これもまた天命か……そこに四郎(しろう)はおるか」
「ここにおります」
呼ばれた男は寝ている男の側に寄った。
「四郎。知っての通り儂の後を継ぐ当主はお主の倅、武王丸(ぶおうまる)である。
これより10年はお主が後見人として武田の当主を引き受けよ」
「はッ」
言葉を発する度に、風の様な掠れた声が聞こえてくる。
「儂の死後、儂の死を3年の間隠匿せよ。
遺体を諏訪湖(すわこ)に沈め、儂が死んだ事を感付かせるでない」
戦国時代の『覇王』とまで呼ばれた男の最期が、訪れようとしていた。
「四郎。お主は儂の死後、長尾(ながお)の龍を頼るがよい。
ああ見えてあやつは慈悲深く、義理堅い女じゃ。
お主が誠心誠意頭を下げて懇願すれば、必ずや窮地を救ってくれるであろう」
そう話している間にも男の顔色はどんどん悪くなり、話す言葉も途切れがちになっていた。
「御館様!」
その場にいた男達が一斉に男の近くに寄り、涙を流す。
「源四郎(げんしろう)、明日は瀬田に……武田の旗を立てよ」
意識を失いつつある男が、混濁する意識の中で呟いたその言葉が最後の言葉となった。
戦国時代を駆け抜けた巨星、武田(たけだ)信玄(しんげん)。
父親を追放して家督を継いだ後は『甲斐の虎』の異名で恐れられた。
5回も行った『川中島の戦い』において上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)と何度も戦い、第一次信長包囲網の中心として織田家を滅ぼす為に動くも既に彼の身体を蝕んでいた胃癌が悪化し撤退。
信玄が死んだのはこの撤退途中での出来事だった。
もし信玄が生きていたら、信長も無事では済まなかっただろう。
信長は普段から信玄に贈り物をして御機嫌を取り、信玄と戦わない様にしていた。
それだけこの信玄と言う男を警戒していたのだと思われる。
兵法、軍略、調略に優れ、家臣団の結束も固い。
信長にとって信玄の死は救いとなった。
この後武田家は滅亡への道を辿っていく事となる。
【1573年 10月初旬 昼 越後 春日山城 城内】
10月の初め頃、上杉謙信の居城である春日山城に、一通の密書が送られてきた。
「密書を運んできた者が『歩き巫女』であった為、武田方からの密書ではないかと思われまする」
部下から手紙を受け取った謙信は、中身を読み愕然とした。
「……信玄公が、息を引き取ったそうです」
「な、なんと!母上、それは真の事でございましょうか」
謙信の傍らにいた2人の養子である景勝と景虎は、信玄の死と言う報に対し息を呑む。
「跡目は信勝(のぶかつ)殿に譲り、その後見として勝頼(かつより)殿が10年の間当主になるとの事。
ついてはこの窮地を脱するべく、上杉家に救援を要請したいと書かれていました」
長年の宿敵であった信玄が、自分に救いを求めている。
命のやり取りまで行った信玄が恥をかなぐり捨てて助けを求めていると言う事実は彼女を複雑な気持ちにさせた。
「公方(くぼう)様が上総守によって追放されたばかり。
包囲網の核を担っていた武田に肩入れすると言う事は、織田・斎藤・浅井・徳川連合軍と対立する事になりまする」
景勝(かげかつ)は織田信長との直接対決は無謀であるとし、景虎(かげとら)は意見を異にした。
「しかし、公方様を担いで室町幕府を復活させると言う大望の為には、連合軍との衝突は避けられぬ。
織田と同盟を結ぶより、大義を優先させるべきであろう。
ここは武田と結んで新たな包囲網を形成すべきぞ」
織田か、武田か。
包囲網に参加していなかった謙信は、織田と真っ向から対立してはいなかった。
織田と組めば武田と、武田と組めば織田と戦わなければならない。
情勢を見れば織田につくのが得策であったが、信義を重んじるならば武田につくべき。
2人の息子がああでもないこうでもないと激しく言い争う中、謙信は2人を諌めた。
「今すぐに結論を出すべき話ではありません。
私に1人で考える時間をください」
1573年。この年には様々な事件が起こっていた。
信玄の逝去、朝倉(あさくら)家の滅亡、足利(あしかが)義昭(よしあき)が京都から追放される等、その全ての事件に織田(おだ)信長(のぶなが)が関与している。
当時この世界では連合軍の一角を担う徳川軍が武田軍との戦いに敗れ、織田家に緊張が走っていた。
しかし信玄が死亡した為、織田信長は主力である織田軍と斎藤軍を朝倉家討伐に向かわせる事を決断。
8月には義昭が京都から追放され、9月には朝倉(あさくら)義景(よしかげ)が逃亡中に捕まり処刑された。
天下の趨勢が徐々に織田方に傾いていく中、上杉家には選択の時が迫っていたのである。
春日山城(かすがやまじょう)は、その名の通り春日山の頂上に建設された城である。
外は既に秋の気配が漂い、紅葉が目立ち始めていた。
(あの時に会ったのが、今生の別れとなる事は予期してはいましたが……
まさかこれ程早く別れる事になろうとは)
謙信は1人自室で、信玄との思い出を振り返っていた。
信玄と謙信が『宿敵』の間柄である事を知る者は多いが、その理由を知る者は少ない。
元々謙信は義理堅い性格で、人の頼みを断れないタイプの人間であった。
命からがら逃げ延びてきた関東管領の上杉(うえすぎ)憲政(のりまさ)を匿った事で北条家と戦う事になり、信濃守護だった小笠原(おがさわら)長時(ながとき)の救援要請を断る事が出来ずに武田軍と戦う事になった。
人から頼まれたら嫌とは言えない。
それは、人から必要とされている事に対する喜びだったのかもしれない。
足利義昭の上洛を知った時、代わりにそれを成し遂げてくれた信長にも当時は喜んだものだった。
勿論、その後の展開は当然、自分が願ったものにはならなかったのだが……
それは、1572年の春頃の事だった。
「武田様より文を貰って参りました、『たつ』と申します。
御面会をお許しくださいませ」
甲斐国にある武田家の本拠地、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)に1人の尼が来訪する。
家来がその文書の筆跡や花押を確認したが間違いなく信玄本人のものだった。
何より信玄自身が『その者を中に入れてやれ』と言った為、すぐに彼女は信玄の前に姿を現す事となる。
「御館様。この者は何者なのですか?」
幹部達が怪訝な顔で彼女を指差し、信玄に尋ねた。
「儂も仏門に入った身。
仏教勢力を味方に付け、国の安定化を図る為には仏教を学ぶべきであろう。
この尼はさる高名な僧侶の娘でな。
仏教と言うものを知り尽くしておる。
文でやり取りを続けていたのだが、実際に目の前で説いてもらいたいと思い遠方から呼び寄せたのじゃ」
幾分皺が目立ってはいるが、鋭い目つきに水色の瞳、整った顔立ちを持つ美人だった。
若い頃は大勢の男を魅了していたとしても不思議では無い。
「お前達は下がっておれ。
勉学は1人が1人に集中して教えるもの。
決して覗いたり、聞き耳を立てたりしてはならんぞ」
信玄は部下達にそう命じると、自室に彼女を招き、奥の方へと姿を消した。
「新たな側女と逢瀬を楽しむ為の作り話ではなかろうの……」
「それは考えにくいのではないか?
御館様は衆道を嗜む事すら止めておられる。
それにそこまで歳を取った相手を選ぶ道理があるまい」
部下達は詮索してはみたものの、こっそり部屋の近くまで行く様な事はしなかった。
信玄の気配を察する能力は相当なもので、すぐに見破られて叱責される事は明白だったからだ。
「桜の季節になったのう……見よ、今が一番の見頃ぞ」
信玄の本拠地である躑躅ヶ崎館はその名の通り『屋敷』であって城では無い。
背後に堅固な城があるが、城下町の近くにあるこの屋敷が信玄にとっては最も落ち着く場所であった。
奥の自室はそのまま外の景色が見られる様になっており、外に出る事も出来る。
「お互いに……随分と歳を取りましたね」
顔だけが見える様になっている布を頭から外した彼女の頭は、信玄と同じ様に剃髪されていた。
「若い頃に相対した時とはまるで別人の様じゃな……のう、長尾の」
長尾と呼ばれても別に気にする事無く、女性はふっと笑みを作る。
信玄の脳裏には、あの『川中島の戦い』の記憶が鮮やかに蘇っていた。
武田軍と上杉軍の正面衝突は、第4次川中島の戦いにて起こった。
妻女山に陣取った上杉政虎(当時はまだ謙信では無い)を討ち取る為の策を練る様に命じられた武田軍の軍師、山本(やまもと)勘助(かんすけ)は名案を考え付く。
「上杉軍の本隊13000は、妻女山(さいじょさん)におりまする。
我等の隊の合計は20000。
まともにやり合えばこちらもかなりの痛手を負いましょう」
勘助は付近の要所を記した地図の、下の位置を指差した。
「そこで隊を2つに分け一方を妻女山の上杉軍にぶつけ、一方を八幡原(はちまんばら)に潜ませておくのです」
武田軍20000を別働隊12000、本隊8000に分ける事を提案すると勘助はさらに言葉を続けた。
「妻女山を攻める別働隊は、上杉軍が八幡原に退却する様に仕向けまする。
すかさず八幡原に潜んでいた本隊で挟み撃ち。
挟撃と言う形になれば、いかな精強な上杉軍とて倒れましょう。
穴をつついて虫を追い出し食べる啄木鳥(きつつき)の如し。
これ即ち『啄木鳥戦法』と言えましょう。如何でございまするか、御館様」
「うむ。挟み撃ちともなれば長尾とて屍を晒す事になろう。
儂は八幡原に布陣する」
1561年10月27日、武田軍は軍を2つに分け密かに信玄率いる本隊を八幡原へ移動させた。
だが、妻女山で常に武田軍の動向を注視していた政虎は、その微かな異変を見逃さなかったのである。
「おかしい。
何かが違うと思わぬか、慶之助(けいのすけ)」
妻女山に陣を敷いていた彼女は、腹心である小島(こじま)弥太郎(やたろう)に話しかけた。
「何時もより、飯を炊く時に出る煙の量が多いのではないでしょうか」
「ああ。それに煙の数も倍に増えている。
飯を炊くと言う事は、『動く』と言う事だ」
しかし、政虎は狡猾な武田信玄がただ黙って正面から突撃してくるとは思えなかった。
(もし私が信玄ならばどうするだろうか。
相手は山に布陣しており、そこから北には八幡原がある。
信玄は北に布陣しているから、どうせならば相手の背後を突き八幡原で挟撃したいと考えているだろう。
ならばあの煙の数が多いのも頷ける。
恐らく別働隊の為に腰弁当を多数作っているのだ。
八幡原にいるであろう本隊の信玄を倒す事が出来れば、この戦に勝てる)
政虎の頭の回転は信長に匹敵する程早く、あっと言う間に山本勘助が知恵を絞って考え付いた啄木鳥戦法を見破ってしまった。
「慶之助、諸将を集めよ。
我等は深夜になってから相手に気付かれぬ様に妻女山を下り八幡原に布陣する」
この夜、武田軍は相手に気付かれぬ様細心の注意を払いつつ隊を移動させたが、時を同じくして上杉軍も妻女山を後にしていた。
つまり妻女山の南側に武田軍の別働隊12000が着陣し、武田軍の本隊8000と上杉軍本隊13000が八幡原にて睨み合う様にして対峙したのである。
僅かな月明りしかない状態では、信玄と言えども上杉軍が自分達の隊のすぐ前にいる事を見破る事は出来なかった。
1561年10月28日、早朝。
八幡原は霧が濃く、遠くの景色が全く見えない状態だった。
「これでは、何時長尾めがこちらに逃げてくるのか解らぬな」
「もうすぐ、妻女山攻めが始まりまする。
その後じきに上杉軍の声も聞こえてくるかと」
大きな黒の軍配を持ちながら、床机と呼ばれる椅子の様なものに腰を下ろしていた信玄は、上杉軍の接近を心待ちにする。
だが数分後に霧が晴れ、武田軍の目の前で鬨の声を上げる上杉軍の姿を見た勘助は驚愕の色を隠せなかった。
「こ、これは!?
どうなっておるのじゃ、勘助!」
信玄も驚き勘助に呼びかけたが、勘助は呆然としたまま動く事が出来ない。
(馬鹿な……武田軍きっての天才軍師と謳われたこの山本勘助が、必死で考え付いた策を見抜いて我等を出し抜く等……)
全体が石の様に固まってしまった武田軍に、数で上回る上杉軍の本隊が突撃してきた。
「鶴翼の陣で耐えよ!
相手は短期決戦に向く車懸りの陣で向かってきておる。
長尾めは別働隊が異変に気付き、八幡原に向かってくる前に本隊を壊滅させようと言う腹じゃ!」
信玄の読みは正しかった。
妻女山の別働隊が八幡原に到着すれば、結局上杉軍が挟撃(きょうげき)されてしまうからである。
この上杉軍の猛攻により、武田軍は多数の有能な家臣を失った。
「武田が苦戦を強いられるはこの勘助の失態。
我が命を持って償いまする!」
信玄は必死に止めたが、自分にも上杉軍の兵士が襲い掛かるかもしれないと言う状況の中で部下を止める事は不可能に近い事だった。
山本勘助は前線に出て奮戦するも戦死。
馬に乗っていた上杉政虎は、床机に座ったままの信玄を発見する。
(大将首の好機、逃さぬ!)
政虎は馬に乗った状態のまま突撃し、長刀で斬りつけるも信玄は咄嗟の判断で軍配を構え攻撃を防いだ。
(こやつが、長尾の……小娘か!)
長い黒髪に雪の様な白い肌。
整った顔立ちに異人の様な水色の瞳が目立つ。
女性とは思えぬ程の大胆さと怪力に、信玄は一瞬魅了された。
「覚悟せよ、その首貰い受けるぞ!」
再び長刀で信玄の軍配をわざと斬りつけ、相手が油断した瞬間に今度は信玄の肩を斬りつける。
(こ、この女子(おなご)……勘助以上の軍略に、一騎討ちのやり取りの巧みさまで。
人の子とは思えぬ!)
肩を斬りつけられた痛みで軍配を落としてしまう信玄。
政虎は長刀を振り上げた。
あと数秒、武田の兵達が槍で馬を刺すのが遅れていたら信玄の命は無かったであろう。
馬が痛みによって暴れ、政虎は落馬。
兵士達は槍で政虎を貫こうとしたが、政虎は常軌を逸した跳躍でそれを回避。
「我等は勝たせてもらうぞ。信玄公!」
馬を捨てて風の如き素早さで離脱していく政虎の姿を、信玄はただ眺めている事しか出来なかった。
(成程、『男も及ばぬ大力無双』と謳われるその実力は確かな様じゃな)
この戦いで上杉軍は挟撃を回避して戦線を離脱した為、有能な家臣を失う事は無かったが失った兵士数で見れば大差は無い。
大規模な戦においても武田と上杉は互角。
周囲の大名にそれを理解させた戦いでもあった。
「あの時の、お主の気迫……素晴らしかった。
あの艶やかな黒髪や、凛とした表情も容易には忘れられぬ」
動けた頃の己を懐かしんでいるのか、信玄の顔は穏やかで遠い所を見ている様だった。
「……昔話をする為に、わざわざ私を呼び出したのでは無いのでしょう?」
謙信は信玄と馴れ合うつもりは無かった。
あの時と同じ鋭い目で信玄を見つめる。
「なかなかに手厳しいな。
まぁ、儂も昔語りばかりしようとは思っておらぬよ」
信玄は横で座っている謙信の方を見ずに、眼前を見据えながら話し始めた。
「公方様から上洛要請が来た。
秋には織田と一戦交えるつもりだ」
武田家は織田家と友好関係を築いていたが、織田包囲網の核を担う存在となり始めていた。
本願寺、朝倉からの救援要請に応じ、織田軍との全面対決に踏み切ったのである。
「織田を……倒すのですね」
「儂なら、織田等簡単に倒せる。
斎藤・浅井・徳川が味方にいようと、全て討ち果たせるだろう」
誇らしげにそう言ったが、信玄は嬉しそうな顔をしていなかった。
「昔の儂ならな……」
謙信は、信玄の体調の変化を感じ取っていた。
元々痩せていた信玄の身体が、さらに痩せている。
「どうやら、儂の身体は危機的状況にあるらしい。
臓腑(ぞうふ)に病があると言われた。
酒を浴びる程飲んだ罰かもしれんが……いずれにせよ、余命は短い。
織田討伐を成し遂げられるかどうかも怪しいじゃろう」
この頃から、信玄は度々喀血する様になっていた。
体力も徐々に衰え、昔の輝きが失われつつある。
宿敵である信玄の弱い姿を見るのは、謙信にとっても辛い事だった。
「そうだったのですか……」
「お主を呼んだ理由はそこにある。
織田を倒したとしても、倒せなかったとしても儂は恐らく死ぬ。
跡目は孫の武王丸に継がせ、後見を四郎に任せるつもりじゃ。
しかし四郎はまだ若い。武田を任すには不安が大き過ぎる。
そこで……恥を忍んで願う。
儂亡き後の武田を助けてやってくれぬか」
思いもよらない言葉に、謙信は目を丸くした。
意外過ぎる願いに言葉が出ない。
「貴方が、私に救いを求めるとは……
思ってもいない事でした」
「お主との関係が、悪い事は承知している。
無茶な願いだとも思っている。
それでもどうか、聞き届けてくれぬか。
どうか、この通りだ」
信玄は姿勢を正し、謙信に向かってゆっくりとした動作で土下座をした。
それは形振り構わぬ、鬼気迫る土下座であり土下座をされている方が気圧される程の迫力がある。
「……今すぐに答えを出せと言われても、それは承知しかねます。
越後に戻り考える時間をください。
私がどうするべきか、必ず返答は致します故」
謙信は静かに、だが威厳のある口調で言葉を紡いだ。
信玄の有無を言わせぬ様な迫力にも負けない、強い意志。
両者の睨み合いは僅か数秒の事であったが、まさに龍虎の戦いを見ているかの様だった。
「……相分かった。
儂もお主がすぐには答えを出す様な軽薄な女では無い事をよく知っておる。
じゃが最後にこれだけは言わせてほしい。
儂は真剣に困っておる。助けを求めておる。
お主にならその意味が解るだろう」
上杉は困っている者を見捨てない律義者。
周囲にそう思われている以上武田が助けを求めて上杉がそれを断れば、非難される可能性がある。
卑怯とも思える言葉だったが、謙信は何も言わずにただ踵を返しその場を立ち去った。
それから謙信は自分の領地に戻り、武田は織田討伐の為に上洛戦を開始。
志半ばで信玄が死に、謙信は選ぶべき時を迎えていた。
この世界における信長と謙信の邂逅は、謙信の気持ちを激しく揺らす。
『俺と一緒に、日ノ本の民全てが幸せに暮らせる国を作ろう。
犠牲は出るが、必ずやり遂げる。俺についてきてくれないか?』
武田に肩入れすれば、将軍義昭を中心とした室町幕府の復活を成す事が出来るかもしれない。
信玄が死んだ今キャスティングボードを握るのは上杉。
包囲網を担う者達も上杉が織田に勝てば言う事を素直に聞くだろう。
織田につくと言う事は、武田を見捨て室町幕府の再興を諦めると言う事である。
包囲網も一斉に上杉に襲い掛かり、厳しい状況に陥るだろう。
普通ならば謙信がどちらにつくべきかは明白であった。
(日本を豊かにする為に、朝鮮半島と明を犠牲にする。到底許される事では無い。
だが、あいつは真剣だった。
真剣に民を思い、私から一度も目を逸らす事無く純粋な瞳を見せ続けていた。
人から思われている様な『第六天魔王』では無い。
それは……私自身が一番良く解っている)
謙信の決心が新しい世界を生み出す。
『強い日本』を目指す別の歴史が動き始めようとしていた。
春日山城に武田方からの密書が送られてきてから数日が経過したある日、謙信は自室に景勝と景虎の2人を呼び寄せた。
「私の腹はもう決まっていますが、貴方達2人の意見も聞きたい。
景勝はどうすべきだと考えていますか?」
謙信の顔は晴れやかだった。
悩みが消え、決心がついたと言う充実感に満ち溢れている。
「……織田に付くべきだと考えます。
武田は助けを求めてきていますが、元々武田と我等は敵同士。
敵が態度を翻してこちらにしがみつこうとしているだけの事。
公方様には申し訳ありませんが、今は家を考えるのが一番。
上総守率いる連合軍は包囲網を粉砕しそうな程の勢い。
織田に付いて上杉の家を守るのが道理と考えます」
景勝は上杉家を守ると言う決意から、例え家の本懐に背いても家を守ると宣言した。
理想があっても実現出来なければ家が滅びる。
理想よりも現実を取る案だと言えるだろう。
「景虎はどう考えていますか?」
「武田と結ぶべきだと思います。
武田は信玄公を失っても尚騎馬隊を持ち精強。
毛利家、四国水軍を持つ長曾我部家、島津家といった西国の勢力も織田には与しない模様。
織田が強くても、同盟を結んでいる大名家はどれも脆弱。
我等が組めば、簡単に討つ事が出来ましょう。
母上の悲願であった公方様の栄華も実現出来まする。
家の為に、ココはかつての敵と手を取り合うべきかと」
景虎もまた上杉家の為を思った発言をした。
理想と現実の両方を実現する策。
織田を軽んじる発言は、そのまま上杉家の実力を過信し過ぎている事にも繋がる。
上杉家の為にどう動くのが正解なのか、謙信の口から最終決定が下されようとしていた。
「……我々上杉家は、織田と手を取り共に『誰もが幸せに暮らせる世』の実現を目指します」
謙信の発した言葉に対して景虎は愕然とした表情を見せ、思わず謙信の腕を掴んだ。
「かッ、考え直してくだされ母上!
織田と歩むは滅びの道ですぞ!
公方様の幕府復古もならず、織田の手駒として扱われるだけ。
何1つ我々にとって利になる事はございませぬ!
義においても利においても、ココは武田と結ぶべきです!」
懇願口調で訴えた景虎であったが、謙信の決意は揺らがなかった。
「私はかつて、若い頃の上総守と会った事があります。
その壮大な夢は私が持っていた理想よりも遥かに巨大な理想で、それに加えて現実性も併せ持つものでした。
無意味に見える殺戮にも、その先の答えがある。
私は、彼に頼まれたのです。一緒に戦ってくれないかと。
武田の懇願はその後。織田の方が先です」
「しかし……」
尚も食い下がろうとする景虎を、景勝が制した。
「母上が決断された事だ。
我々に口を挟む権利は無い」
「馬鹿を言え。上杉の存続が懸かっているのだぞ!?
単なる戦の軍議とはわけが違う。
部下達を泥船に乗せるワケにはいかぬのだ!」
景虎の言葉に対して、謙信は強い口調でそれを否定した。
「私が家臣を泥船に乗せようとしていると貴方が思うのならば、それはそれで構いません。
ですが、私自身は泥船に乗せよう等と思った事は1度も無い。
今までも、そしてこれからもその思いは変わりませんよ」
そのハッキリとした口調に、景虎もそれ以上の抗議を諦める他無かった。
「母上。ですが織田との同盟を結ぶとなれば、織田は必ず無茶な要求をしてくるはずです。
織田は同盟を結ぶ大名家でもおかしなそぶりを見せれば容赦しない恐ろしい男。
必ず我々の存在を脅威と感じ、跪かせようとするでしょう。
上手く交渉がまとまるかどうか……」
「それに関しては問題ありません。
交渉役には私自らが出向くからです」
謙信の決意に満ちた表情に対して、最早景勝も景虎も言葉を発する事が出来なかった。
自分で乗り込んでいく。
その決意の堅さがあるのならばもう何を行っても彼女の気持ちは覆らないだろう。
「……解りました。
母上がそこまでの決意を持っているのならば、最早何も言いますまい。
上杉の家を守る為の決断であると信じます。
私はこれで失礼をば」
立ち上がり、足早に去っていく景虎の姿を、景勝は不安な表情で見送った。
「このままでは、上杉の分裂に繋がるのではありませんか?」
「そこは私も考えています。
上杉家の跡目を継ぐのは景虎になるでしょう。
しかし、『長尾家』の跡目を継ぐのは景勝、貴方ですよ」
謙信の発言に、景勝は目を丸くした。
全く思ってもいなかった言葉だったからだ。
【1573年 11月下旬 昼 美濃国 岐阜城 大広間】
1573年当時、安土城はまだ建設も開始されておらず信長は稲葉山城があった場所に岐阜城を建設。
自らの居城としていた。
密書が送られてきた時からおよそ1ヶ月後、上杉謙信は信頼のおける家臣数名と景勝を連れ、信長と面会した。
越後の龍と恐れられた上杉謙信が自ら信長の領地に来て面会を希望する事自体が異例であり、織田家の家臣達も緊張の色を隠せない。
「まさか、謙信殿自ら儂の前に姿を現すとは思っておりませんでしたぞ」
「その事自体が、私の覚悟の証であると思ってください」
信長は幾分へりくだった口調で謙信に話しかけたが、謙信はさらに深く頭を下げた。
「これより我が『長尾家(ながおけ)』は織田家と同盟を結び、織田の天下一統を達成すべく出来る限りの御助力を惜しまぬつもりです」
謙信の言葉に、信長は訝しげな表情を見せる。
「長尾家……とは?」
「私自身は、貴方の成していく事を側で見てみたい。
されど上杉憲政殿が託した、関東管領の座を持ったままでは織田の家臣の皆様の信頼を得る事は出来ぬでしょう。
上杉の理想と、私の理想は食い違ってしまったのです。
公方様を護り、室町幕府を復興すると言う上杉の理想と私の理想は逆。
上杉として織田に肩入れする事は出来ません。
故に、私は関東管領の座を、息子の1人である景虎に譲ろうと思っています」
分裂が避けられないのであれば開き直って分裂し、どちらの道が正しいのかを問う。
それが、上杉謙信改め長尾(ながお)謙信(けんしん)の出した答えであった。
「今、長尾家の当主は私と言う事になりますが、数年後には私のもう1人の息子である景勝に家督を譲り隠居するつもりです。
上杉の家は残り、私の夢も残る。
これが、私が苦渋の末に選んだ答えだと思ってください」
分裂とは言ったものの謙信についていく家臣が大半を占め、景虎についた家臣はごく僅か。
事実上上杉家は滅ぶのを待つ状態となり、謙信はそれすらも仕方ないと諦めたも同然だった。
「長尾家となり、織田と同盟を結ぶ。
謙信殿にとって、それがどれ程重い決断であったかは儂も解っておるつもりです。
これからは天下布武の理想の為、共に手を携えましょう。
宜しくお頼み申します」
信長は手を差し出し握手を求めたが、謙信はすぐには応じなかった。
「ですが……私は貴方の理想に賭けたのです。
日ノ本の民を皆幸せにすると言う貴方の理想に。
もし、万が一その理想に反した行動を取る様な事があれば、私は差し違える覚悟で貴方と戦いますよ」
老いても尚衰えぬ鋭い眼光。
流石の迫力に部下達が息を呑んで見つめる中、信長は真剣な表情で謙信と向き合う。
「儂は、嘘は付きませぬ。
戦略上の事で嘘を言って敵を欺き倒してきた事は数え切れぬ程ありまするが、その決意に対して絶対に嘘は無い。
もしそれが結果的に嘘になってしまったのならば、儂の首を斬って捨ててくださっても本望でござる」
信長と謙信は暫くの間見つめ合っていたが、どちらも決して目を逸らさなかった。
「解りました。貴方の言葉を信じましょう。
貴方と一緒に戦う事が、正義であると私は信じます」
謙信はようやく信長の手を取り、しっかりと握手を交わす。
どちらの陣営の家臣も、ホッと胸を撫で下ろした。
「しかし、謙信殿が御味方になってくだされば百人力。
いや千人力でござる」
「長尾の家を残す為、共に戦いましょう。
宜しくお頼み申しますぞ、織田の皆様」
家臣達も手を取り合い、同盟の成就を素直に喜ぶ。
そんな中、信長と謙信の2人は岐阜城の天守閣へと去っていった。
「上杉は、武田と共に滅ぶだろう。
長尾は、恐らく織田と同盟を結んだ大名家の中で最も発言力のある勢力になるだろうな」
「上杉の領地も結果的に殆どが長尾の領地となった。
景虎はそれでも、上杉の大義があれば全て覆ると息巻いている」
昔の2人に戻った信長と謙信は、外を見ながら感慨にふけっていた。
長尾に戻った謙信に味方する家臣達を尻目に、景虎は上杉家として武田家との同盟を宣言。
勝頼と共に織田包囲網の核を担う事を宣言したが、状況は依然として織田家有利な状況だった。
「西国の兵が厄介だ。織田の覇権を快くは思うまい。
公方様が号令をかければ、一斉に向かってくる可能性もあるぞ」
「それでも俺は……やらねばなるまい。
どれ程の血が流れようとも、その先の平和を目指して走るしか無いんだ」
信長は日本を二分する様な一大決戦が起こったとしても、勝って己が目指した道を完成させるつもりだった。
そしてその志に感銘を受け浅井や徳川、長尾が織田に味方している。
この世界の信長は、孤独では無かった。
「私は……己の『正義』を諦めた。
それは、お前の『正義』の方が世を平和にすると信じたからだ。
その期待、決して裏切ってくれるなよ。
長尾は、織田の監視役として時代が変わろうともその責務を全うし続ける事になるだろう」
「解った。見ていてくれ。
そして、一緒に戦ってくれ。
お前が『選んで良かった』と思える様に、俺も全力を尽くす」
織田と長尾の同盟は成立し、長尾は織田の同盟相手でありながら織田を見張る役を担った。
そして織田信長が天下を取った後長尾家は越後を安堵され、越後で財を成し『長尾財閥』の礎を築く事になる。
政治・財界のパートナーとして協力する一方、織田政権に唯一意見出来る存在としてその確固たる地位を示していった。
現代でも長尾が織田の監視役である事は変わらない。
共に歩み、遠慮なく何でも言い合える存在。
信長と謙信の友の様な関係は続いていくのだ。