意味不明な言葉になっていたり辻褄が合わない台詞があったりしました。
とにかくより良いものにする様全力を尽くします。
意識が、底無しの暗闇へと落ちていく。
首を失ったユファール・シャインスピリアの身体を抱きながら、俺は落下を続けていた。
意識と同じ様に奈落へ落ちていく俺の身体は、彼女の身体を掴んだまま決して離さない。
意識を完全に失う前に思い出していたのは、最終戦争が始まる前日の記憶だった。
「お前が参加してくれるのは、正直心強いよ」
あの日、俺は勝利祈願の宴が終わった後1人で神殿の裏手に移動していた。
暗闇に包まれた階段に腰を下ろしていた時、サイファが近付いてきて俺の隣に座る。
「リーダーがいないと思って探してたんだ。
こんな所にいていいの?」
艶やかな衣装に身を包んだ彼女の周囲は光っており、周囲の暗がりを明るく照らしていた。
サイファ・レッドボルケーノ。
下界の民からは『炎と戦いの神』と呼ばれている。
鬼神の如き強さを誇り、全てを燃やし尽くす炎で天界人を蹴散らしていたが何故自分達に味方してくれるのかは謎だった。
「ちょっと1人になりたかったんだ。
いや、別にお前がいるのは構わねぇけど」
「何よ、アタシに告白でもしようと思ってるの?
モテる女は辛いわね」
明日には神であろうとも命が危険に晒される戦争が始まろうとしているのに、何時も通りの暢気さを見せる彼女に対して俺は思わず笑ってしまう。
「もう、笑わないでよ」
「いや、ゴメンゴメン。
あまりにも普段通りだったもんだからさ」
つられて彼女も笑った。
屈託の無い笑顔を見て、思わず彼女に身を預けたくなる。
恐怖に震える弱い自分がいないワケでは無かった。
それを周りの仲間に少しでも見せてしまうと、全体の統率が失われてしまう。
だから1人になって、恐怖に打ち克つだけの時間が欲しかった。
だがサイファにだけは、弱い自分を見られても仕方が無い様な気がしたのだ。
「大丈夫?」
僅かに震えていた俺の肩に、サイファの暖かい手が触れた。
「今度は、本当に命のやり取りになるだろう。
今までの小競り合いとは全く違う。
天界人は明日の朝から、全軍を出撃させると言う情報が入ってきた……
死への恐れが無いなんて言ったら、嘘になるな」
「アタシだって、死ぬのは嫌だもの。
アタシに任せて。天界人の『奥の手』は必ず倒してみせるから」
真剣な瞳で真っ直ぐに俺の方を見つめてきたサイファの顔は、とても気高く美しかった。
「なぁ、どうして俺達に味方してくれるんだ?」
今まで聞きたくてもその都度チャンスを逃して聞けなかった疑問を彼女にぶつける。
「理由なんて大した事無いって。
アタシは神様。弱い者虐めが嫌いなの。
困っている人がいたら思わず助けたくなっちゃう性質でね。
今こうやって震えてるアンタの事だって、助けてあげたいと思ってるのよ」
そう言いながら、サイファは俺の背中に抱き付く。
かなり大きな胸が背中に当たり、俺は思わず赤面した。
「あれ、元気になっちゃった?」
俺が履いているズボンの股間部分が膨らんでいる事に、サイファは目敏く気付いたらしい。
「いや、これは……」
「ねぇ、ちょっと移動しない?
誰にも見られない様な所に行きましょう」
淫靡な声で囁いてくる彼女の誘惑に、俺は抗う事が出来なかった。
あの時俺は、誰かに甘えたかったのだと思う。
仲間こそ大勢いるが戦う時は己の力量だけが生き残れるか否かの鍵を握っているのだ。
その不安を一時でも忘れて、自分に纏わりついてくる恐怖から決別したかった。
「あは、こんなに大きくなってる」
ズボンを脱がせたサイファは、股間にそり立つものをまじまじと見つめる。
「そ、そんなにジロジロ見るなよ」
「だって珍しいんだもん。
天上世界には女神しかいないの。
男性のペニスを見る機会なんてそう無いのよ」
獣人の陰茎は、天界人とは形状が大きく異なる。
天界人は皮がついており勃起前も視認する事が出来るが、獣人の場合は陰茎全てが剥き出しの状態で勃起前は体内に収納されている為視認する事は出来ない。
相当に興奮する様な事が無ければズボンを着用する必要が無いのだが、戦いと言う『興奮状態』に陥る事が多い俺達には必要不可欠なものだった。
「いやらしい形……震えてるよ、可愛いなぁ」
サイファはそう言いながら露出度の高い衣服を脱いでいく。
胸を露わにした彼女が俺の怒張した肉棒に舌を這わせてきた。
「うおッ!?」
普段の凛々しい表情とはまるで違う、男を誘う様な淫らな顔。
舌で陰茎を舐めるその姿に、俺は興奮を抑えきれなくなっていた。
「ねぇ、初めての相手がアタシじゃ嫌かな?」
そう言って立ち上がったサイファは、靴しか身に付けていない状態になっていた。
後ろを向いて尻を突き出し、俺を誘惑する。
「そんな……お前じゃ嫌だなんて言わないよ」
そう言いながら、俺は妹の姿を脳裏に浮かべていた。
妹は俺に似る事無く、素晴らしい美貌を持って生まれてきたものだと思う。
俺はそういう意味では最低の獣人だった。
妹の裸を思い浮かべて自慰行為に耽った事すらある。
いっそ血が繋がってさえいなければ己で妹の身体を貫きたいとすら願う自分の浅ましさは、自己嫌悪に陥る程だった。
「じゃあ遠慮なんかしないでいいから、アタシを使って頂戴」
サイファばそう言って小悪魔の様な笑みを浮かべた。
見抜かれているのだろうか。
俺の妹の事はサイファもよく知っている。
妹思いの兄と言う表の顔に隠された、近親相姦すら望む屑と言う裏の顔を知っているのか……
愛するのでは無く『使う』。
つまり性処理の為に使えばいいじゃないと言っているのだ。
それはサイファが俺との関係に一線を引く意味で言ったのかもしれなかったが、その言葉は俺にとっても有難かった。
「解った」
きっと、サイファも『愛される』事を拒んでいるのだろう。
俺とは仲間のままでいたいと思っているのかもしれない。
その真意を俺が理解する事は出来なかったが、俺はその申し出に応じ肉棒を彼女の中に沈めていった。
サイファと繋がったその瞬間、俺は長きに渡って持たされていた『童貞』と言う重荷から逃れた事を悟った。
「アタシの中、熱くて気持ちいいでしょ」
サイファの言う通り、熱を持った肉の壁が俺の陰茎に絡み付いてくる。
自慰行為では得られなかった快楽の凄まじさに、思わず奇声を発しそうになった。
「思いっきり感じて、全部出し切って。
お互いに悔いを残さない様にね」
そう言った彼女の肩が、僅かに震えていた。
顔は見えなかったが、泣いている様にも見える。
ああ、そうか……俺は彼女も死を恐れている事を把握した。
女神であろうとも殺されれば死ぬのだ。
俺が怯えているのと同じ様に彼女も怯えている。
俺は、自分の震えを取ってくれた彼女の恩に対して、報いなければならないと思った。
「ああ、『お互いに』今だけは全部忘れて、快楽を貪ろう」
歯を食いしばりながら俺は彼女の腰に両手を添え、何度も何度も往復運動を繰り返す。
あまりの快感に早くも暴発しそうになる息子を叱咤し、力任せに陰茎を膣の奥深くまで潜り込ませた。
「ヴォルフのが、アタシの中でひくついてるよ……
もう、出ちゃいそうなの?」
サイファが俺に尋ねてきたが、俺はその問いに答える余裕すら無い。
陰茎全てが剥き出しの状態になっていると言う事は、刺激によって与えられる快楽も数倍に跳ね上がると言う事だ。
男として、即座に達するワケにはいかない。
ピストン運動を続けながら、必死に意識を別の方向に向けようとする。
『兄さん、必ず無事に帰ってきてね。
私、兄さん達なら勝てるって信じてるから』
妹の、ヴィアージュの顔が浮かび上がった。
最終戦争の足音が近付く中、妹が俺の手を握りながら涙を浮かべていた光景を思い出す。
「負けてたまるか……」
滾った肉棒が膨張し、柔らかい肉の壁を奥に向かって突き進んでいった。
「俺はこの戦いに必ず勝つ!
生き延びて、俺達の未来を守ってみせる!」
纏わりつく快楽を無視して彼女の奥に到達すると、その奥を突いて刺激を与える。
「あはッ、アタシの子宮に触れてるよ。
アンタの思うままに、もっと動いて」
俺の剛直を逞しくさせたのは生存本能故だったのだろうか。
生きたい、ただ生きていたい。
その当たり前の権利さえ踏みにじろうとしている天界人に対して憤りすら感じる。
「天界人を追い払って、俺達の強さを解らせてやる!!」
生きたいと思うエネルギーと、怒りから生まれる滾りが、股間に全て集まっていく様な感覚があった。
何度も何度も愚直に、奥へ奥へと突き動かす。
肉棒の根元が丸く膨れ上がり、快感が突然弾けた。
「ウオオオオオオオッ!!」
憤怒と欲望が混ざり合い、外へと出ていく。
最奥に到達した俺の陰茎の先端から、白濁液が大量に放出された。
周囲に聞こえてしまう程の咆哮を発しつつ、両手をサイファの尻に添えたまま全てを中に出し続ける。
「出てるの解るよ……
アタシの中でヴォルフのモノが、何度もひくついてる……」
サイファの耳を舐める様な艶めかしい声が、射精の快楽をさらに強いものにしていった。
膨張と収縮を繰り返し、己の欲望の全てを注ぎ込んでいく。
暫くすると萎えた陰茎が自然に抜けた。
あっと言う間に体毛の中へと収まっていく陰茎。
滾りを吐き出した反動か俺は草叢の上に倒れた。
仰向けになって目に飛び込んできたのは満天の星空。
小さな星までもが強い光を放っている。
「……綺麗だ……」
漆黒の夜空に、眩いばかりに光を放つ星が彩りを添えていた。
目が眩みそうな程の美しさに溜息すら出そうになる。
「ホント、綺麗だよね。この空……
アタシがいた所も凄く綺麗だったけど」
仰向けになって星を眺めていた俺の横に、裸体を月明かりに照らしながらサイファが近付いてきた。
俺は彼女の肩に手を回して寄り添う。
「ヴォルフ、天界人達は空を欲しているのよ。この美しい空を」
サイファの股間からはまだ白い液体が零れ落ちていたが、彼女はそれを気にもしていない様子だった。
「天界人は浮遊する巨大な土地を自分達で作り上げて、そこに街を築いた。
科学と魔法の発展によって豊かな暮らしを得たけれど、代わりに環境が犠牲になったの。
奴等は貴方達獣人を排除して、この土地を何としても手に入れたいのよ。
富裕層の為の『リゾート地』としてね」
そんな話は初耳だった。
俺は思わず身を乗り出して彼女に対して問う。
「俺達が劣等種族だと言うレッテルを貼って、殲滅したいって言う理由じゃなかったのか」
「天界人は『大義名分』が欲しいのよ。
いくら彼等が獣人を見下しているからと言って、侵略してこの場所をリゾート地にしますなんて馬鹿正直に言ったら為政者が非難されるでしょ。
適当に何かしら理由を付けて、全て奪い取るつもりなのよ。
貴方達の居場所も、生命も」
サイファは空を見ながら、拳を高く突き上げて決意を露わにした。
「どう考えたって理不尽でしょ。
そんな糞みたいな理由で貴方達を皆殺しにしようとしてるのよ?
他の女神は殆どが中立を決め込んでるけど、アタシは納得がいかない。
アタシの力で、必ずヴァルーの人達を助けてあげる」
女神が、俺達を救おうと力の限り奮闘している。
その事実を知り、思わず俺の瞳から涙が流れ落ちた。
「有難う。俺も、俺達の居場所を守る為に戦うぜ」
「うん。そう言ってくれたのが一番嬉しかったわ。
怯えてるだけじゃ無くて、戦おうとする意志を見せてくれた人達ばかりだったから」
俺はサイファの身体に抱き付き、共に生まれたままの姿で星空を見つめていた。
あの時は、俺の傍らにサイファや妹がいてくれた。
だが今は誰もいない。
俺は独りぼっちになってしまった。
最終戦争の後に始まった『ゲーム』によって……
俺は自暴自棄になっていたのかもしれない。
ユファールを殺す為に相討ち上等で飛び込んでいったのも、半ば死を望んでの行動だった。
彼等の所に行きたかったのだ。
だが、行けなかった。まだ戦いは続いている。
主催者に対する激しい怒りも、大切な者を失った哀しみも暗闇の中へと吸い込まれていった。
『12時50分になりました。
御約束通り、準々決勝の1試合目を始める事に致しましょう。
現在中央のバトルフィールドに残っている挑戦者は8名。
この8名の中から準決勝に進めるのは僅か4名です!
全国予選を突破してきた精鋭達が、ココでさらに篩にかけられる事になります!』
ZEROドームの中は再び熱気に包まれていた。
NEXTエリカの透き通った声が会場内に響き渡る。
『準々決勝の第1試合は、氷室零選手と天邪鬼選手の戦いとなります。
御二人はそれぞれ筐体の前に来てください』
名前を呼ばれた零と天邪鬼が、舞台の中央へと歩を進める。
その歩みに躊躇いは無かった。
天邪鬼こと兎川真紀は、古都府にある老舗酒屋の長女としてこの世に生を受けた。
幼い頃から様々な事に興味を示し、百科事典を読み漁る等知識を蓄える事に熱中。
彼女が中学生の頃に『格闘ゲーム』の流行が始まり、その本場である東京に足を運んでみたいと思う様になった。
親に頭を下げに下げて頼み込み、実現した東京遠征。
高校1年生の夏だった。
ZEROゲーマーの聖地とも言われる『電脳皇帝』に足を運び、仲間になってくれる者達と出会った。
そして、当時技量はあったにも関わらず全く芽が出なかった為、途方に暮れていた狩谷優にも……
狩谷優とは東京で偶然に出会ったが、同じ古都府に住んでいる事が解り意気投合。
頻繁に東京へと向かう彼を支えて応援しているうちに、恋が芽生え育まれていく。
その熱い愛情は一線を越え、激しく愛し合った2人は結婚を誓い合う様になった。
今回の全国大会は、そんな彼女の人生の総決算とも言えるだろう。
「宜しくお願いしますね」
丁寧な口調で手を差し出した天邪鬼であったが、既にその目は激しい火花を発している。
「こちらこそ」
一言だけ発して握手に応じる零も、同じ気持ちであった。
(貴方には1度負けている苦い過去がある。
その過去を払拭し、勝つ!優の為にも負けるワケにはいかないわ)
(貴方が負けたくないと思うのは嫌と言う程解ります。
でも、僕も負けたくないんですよ)
『元千葉県認定ZEROゲーマーである南屋朋美さんを倒して勢いに乗る氷室選手。
一方天邪鬼選手の方も香川県認定ZEROゲーマーである海野亜津子選手に勝利しています。
お互いにぶれない土台と力量を持つ2人の内、準決勝に駒を進めるのはどちらになるのでしょうか!』
握手を終え、筐体の前に設置されている椅子に座る2人。
天邪鬼は観客席で自分を応援しているであろう狩谷優の事を想った。
(ねぇ、優……凄いと思わない?
去年あんなに悔しい思いをしたばかりのこの私が、また全国大会の決勝トーナメントに出ているなんて。
勿論、ココで終わるつもりは無いわ。
目指すのは優勝。それだけよ)
観客席を見回したがあまりにも大勢の人間が座っている為確認出来ない。
「リーダー、私を踏み台にしたんですから絶対に優勝してくださいね!」
観客の歓声の中僅かにそんな声が聞こえてきた気がして、天邪鬼は笑顔で彼女がいるであろう方を見ながら手を振る。
(亜津子、貴方の夢を台無しにしてしまってごめんなさいね……
貴方はずっと私の事を支え続けてくれた、最高のパートナーよ。
だから、観客席で見ていて頂戴。
貴方の分まで、必ず勝ってみせるから)
一方、零の背後からも声援が飛ぶ。
「零、何時も通りの平常心を忘れるな!
必要以上に緊張すると勝てる試合も勝てなくなるぞ!」
「そうよ!落ち着いてリラックスするの。
零なら必ず勝てるわ!妹さんの為にも頑張って!」
井島豊も火村あかりも、勝ち残っているのだから零がライバルである事に変わりは無い。
だがそれでも尚純粋な気持ちで応援してくれる仲間がいるのだと言う事実が、零の目頭を熱くさせた。
(最初は、僕だけの夢だった。
でも豊やあかりが瞳を説得してくれたおかげで、妹もその夢を応援してくれる様になったんだ。
もう僕は1人で戦っているワケじゃない。
それをこの大舞台で証明してみせる!)
エターナルナイトのメンバーが、そして妹が応援してくれている。
零は改めて気持ちを奮い立たせた。
「古都府の親善試合以来の対決ですね。
あの時は貴方が勝ちましたが、今回は私が勝たせてもらいますよ」
「いえ、何としてももう1回勝たせてもらいます。
貴方と同じ様に僕も沢山の犠牲を払ってきた。
その犠牲を無駄にしない為にも、先に進むしか無いんです」
互いに一歩も譲らぬ2人。
キャラクター選択の時にボタンを押す力が、自然と強くなる。
『近距離ファイター同士の対決。
ヴォルフ・ムーンリファードとイリス・ウッドゴブリン。
ヴォルフはスピードで勝り、イリスはリーチと攻撃力で勝る。
キャラクターの長所をどう相手に押し付けるかに注目したいですね』
『飛び込んでいかなければいけないのに、長い棍棒を振られると言うのはかなりのプレッシャーになると思いますよ。
逆にイリスが注意しなければならないのは、スピード任せで突っ込んできたヴォルフを懐に潜り込ませてしまった時の対処の仕方でしょうか』
遼子もリーチの長い相手に苦戦させられた事があり、天邪鬼に分があるのではないかと思っていた。
だが天邪鬼は一度零に負けている。
その屈辱的な記憶を引き摺らない様にすると言う精神面での戦いも求められていた。
『背景は神殿前ですね。試合が始まりました。
まずはヴォルフが不意打ち気味の下段蹴り。イリスがこれをガード。
カウンターとばかりに繰り出した振り下ろしはヴォルフがバックステップで回避。
初手は完全に互角と言っていいでしょう』
技を出し合う所から始まる牽制合戦。
格闘ゲームはそれが鉄則となっている。
相手を容易に近寄らせない様にする為、突っ込んでいく事を悟らせない為等様々な理由があった。
『フィールド中央部からやや左側での攻防。
バックステップで画面端に近付くヴォルフ。追いすがるイリス。
突撃するタイミングを伺っている様にも見えます。
逆にタイミングを逃すと苦しくなる局面でしょうか。
ココでヴォルフが画面端から跳躍で脱出。
イリスを飛び越えて着地した瞬間に攻撃。ダメージが通りました』
目まぐるしく攻守が入れ替わる中、零はチャンスを掴みコンボへと繋ぐ。
(通ってしまったらその時は潔く諦める。
肝心なのは喰らっている最中では無く起き攻めが始まった直後よ)
天邪鬼は心の中で自分にそう言い聞かせ、チャンスが巡ってくる瞬間を待った。
『与えた総ダメージは3分の1と言った所。
起き攻めに対しての暴れが通りヴォルフにもダメージが入ります。
ただしヴォルフが上手く逃げた為追撃には至りません。
動きが遅いイリスは動くか待つかの判断が大事になってくるのですが、今回は待って抜き打ちを狙うみたいですね』
勿論ヴォルフも迂闊に飛び込んでいくワケにはいかない。
ブラフを交えつつ飛び込むチャンスを狙い、さらに時間も稼ぐ。
(クッ……!時間切れでも構わないと言う露骨な意思表示。
勝つ為には手段は選んでいられないと言う事かしら)
体力で負けている以上、待機を続けていればいる程不安が募る。
だが無闇に動けば迎撃が怖い。
『一見試合が膠着しているかの様に見えますが、裏では2人の高度な駆け引きが展開されているハズです!
ココでヴォルフが危険を承知でダッシュ。
不意を突かれた形となりましたがイリスは何とかガード。
しかし懐に飛び込まれた事で連続攻撃を耐えなければならない状況に追い込まれました』
守りに入ってしまうと、イリスの機動力では限界がある。
天邪鬼は一旦衝撃波を使って距離を取り、相手の出方を伺った。
「準々決勝の相手ともなると、やっぱりそう簡単には勝たせてくれませんよね」
零はふっと笑みを漏らすと、再び上空からの蹴りで攻撃を仕掛ける。
イリスはそれを捌いて攻撃に転じた。
『横への吹き飛ばし攻撃から追い討ち。
相手が起き上がった所で投げを狙いましたが溜め蹴りを喰らって吹き飛びました。
イリスの攻撃力の高さが解りますね。この数秒間で逆転。
残り20秒の間に零選手は何とか食い下がりたい所です』
積極的な攻めが裏目に出た。しかし体力で負けている以上、向かっていくしか勝つ方法は無い。
(意表を突く。緩急を付ける。
猛者に勝つ為には、動揺を誘っていかなければ……)
零は体力差を覆す為に勝負に出た。
『おっと、ヴォルフがココで何も考えていないかの如き猛ダッシュ。
そんな事はまさかしないだろうと言う相手の考えを読んでの行動でしょうか。
完全に不意を突かれたイリス。
ガードが間に合わずダメージを受けてしまいます。
ずいぶんと思い切った行動に出ましたね』
『いや、今のダッシュはかなりタイミングを読んでいましたよ。
間髪入れずにと言うよりかは、僅かにずらした感じがします。
天邪鬼選手としては悔しいダメージですよね。
容易に防げた可能性もあったワケですし』
負けが許されない一発勝負では、いかに相手の『緩み』を突くかがポイントとなってくる。
相手の心理を出来うる限り読み、攻撃に繋げる。
零はそれが出来るZEROプレイヤーへと成長を遂げていた。
(こんな単純な猛ダッシュに反応する事が出来なかったなんて……!)
天邪鬼は歯を食いしばったが、単純であればある程効果的な攻撃であったのもまた事実である。
メンタルにダメージを負ってしまうと、簡単には立て直せない。
天邪鬼は何とか集中力を取り戻そうとしていた。
『イリスの体力が残り3分の1。ヴォルフが約半分。
巻き返せる範囲ではありますが、残り時間はあと10秒。
天邪鬼選手は攻めるしか無い局面。
零選手としては守りに入っても充分ですが、ココは攻めを続ける時だと判断したんでしょうか』
お互いの思惑がぶつかり合い、殴り合いに発展する。
お互いに1発は入るものの追撃する事が出来ない。
心理的にそれが出来ない状況の中、僅かにHPを残した天邪鬼が最初のラウンドを辛くも取った。
『飛び込んでいけない。追いすがれない。
そういった両者の心理が体現されたかの様なラウンドでした。
一息付く間も無く第2ラウンドが始まって……すぐに最終ラウンドへと移ります』
互いに集中力を取り戻し、差を少しでも広げたいと考えていた天邪鬼であったが、その雑念の隙を狙われてイーブンに戻された。
超必殺技をどこで繰り出すか。
試合の鍵を握っているその駆け引きに注目が集まる。
(完全に零さんに乗せられてしまった……
熱に浮かされている様なプレーから脱却しないと)
最終ラウンドに入り、2人の動きは慎重なものへと変わっていた。
余程好機と捉えない限り無闇には飛び込まない。
画面中央での小競り合いでも互いに攻めきれず、ダメージは入らなかった。
『超必殺技の恐怖からか、一旦両選手共に距離を取り好機を狙っています。
イリスの必殺技は当たり難いですが当たれば試合の勝敗を決定する程の破壊力を持っているので、それを狙っている様にも見受けられますね』
一撃入ればその後にコンボ、あるいは超必殺技に繋げる事が出来る。
その技量を充分に持っている零と天邪鬼の勝負は膠着状態に陥っていた。
「どこかで勝負に行かなきゃいけねぇんだろうが……難しいよな」
「飛び込んでくる相手に対して待ち構える方が有利だから、先に動いた方が厳しい戦いを強いられるわね」
少量のダメージは入るものの、完全に入る所までは行かず、残り時間が遂に半分を切る。
『残り25秒。展開次第ではどちらにも勝ち目があります。
ヴォルフの攻撃を防御したイリスが棍棒で反撃。
バックステップで回避したヴォルフが突っ込んできた所でイリスが衝撃波。
絶対に致命傷は与えさせないと言う強い意志を感じますね』
焦れたイリスが衝撃波で壁に吹き飛んだヴォルフを追いかける。
ヴォルフは態勢を立て直し、それに備えた。
『イリスが長い棍棒を使った突きでヴォルフにダメージを与えようとしましたが防御でそれを回避。
ヴォルフが上空から飛び込んで、イリスはそれを防御。
おっと、ココでヴォルフの投げが決まりました!』
投げから超必殺技をかけられた場合、天邪鬼程の腕の持ち主でも被弾は免れない。
投げた直後に超必殺技のダメージを受けた為、イリスの体力は僅かに残った。
『残り時間は10秒。
体力が残っている限り何が起きても不思議では無いのが格闘ゲーム。
超必殺技が残っていれば尚更です。
零選手、勝負の決着を急ぐあまりに決めきれませんでした。
この残り時間を天邪鬼選手はどう使うのか?』
当然、何としてでも喰らい付いて負けも覚悟の突撃を敢行しなければならない。
(終われないッ!こんな所で、涙なんて流せない。
私は、勝つ為にココに来たんだから!)
相手が逃げに徹する事は百も承知だった。
天邪鬼は懸命にキャラクターを走らせる。
空中に逃げようとしたヴォルフの姿をしっかりと捉え、棍棒で地面に叩き付けた。
「いける!」
この後の起き攻めを上手く通せば大逆転勝利も見える。
天邪鬼がそう思った瞬間、無情にもタイムアップの音が鳴った。
『準々決勝の第1試合に相応しい、劇的な幕切れとなりました。
制限時間があるルール上、こういった事も起こります。
大袈裟に言えば、よくある事なのかもしれません。
敗者には、ああしておけば良かった、こうしておけば良かったと思う所もあるでしょう。
ともあれ氷室零選手が、天邪鬼選手を破り、準決勝へと駒を進めました!』
零にしてみれば、痛恨のミスを犯しただけに勝った気がまるでしなかった。
常に薄氷の上を渡っていた様な感覚に陥る。
「僕が、勝ったのか……」
何気なくハンカチで頬を拭うと、冷や汗を相当かいていた事が解った。
まだ『次』があるにも関わらず、どっと疲労が出てしまう。
「勝負に行けなかった……
最初に飛び込んできたのが貴方の方で、迎撃出来ると思って私が前がかりになってしまった所を狙ってきましたね。
本当に、よく見えていたものだと感心しますよ。
おめでとうございます」
何時の間にか零の隣に立っていた天邪鬼が、化粧が崩れ落ちそうな程の大粒の涙を流し続けていた。
涙こそ流しているが、口調もしっかりしており気丈に振舞っているのが解る。
彼女は人に弱い所を見せるのが嫌いだった。
『両選手、前に出て互いの健闘を称える握手をしてください!』
零は立ち上がり、手を差し出したが天邪鬼はそれを制し観客席の方を向く。
「私の戦いが完全に終わる前に、皆さんにどうしても話しておきたい事があります」
天邪鬼はそう言うと黒髪のかつらを取り、懐から取り出した化粧落とし用のタオルで顔を拭った。
そこまで長くは無い癖のある金髪。鋭い瞳。
凛とした表情は化粧が無くなった事で一層際立っている。
『貴方は、昨年の決勝トーナメントに出場された兎川真紀さんですね?』
目を丸くしながら質問したNEXTエリカの問いに対して、真紀は静かに頷いた。
「あの時、私はあまりの悔しさに自分を失ってしまいました。
恥ずかしい所を見せてしまった事を悔いた私はZEROを引退しようかと思いましたが、大切な人が背中を押して、励ましてくれたんです」
大観衆の中で号泣してしまった弱い自分を、彼女はずっと嫌悪していた。
その弱い自分を隠す為に名前も姿も変えた。ラストチャンスで輝く為に……
「この年で、どちらにせよZEROプレイヤーとしての自分からは離れようと心に決めていました。
でも、最後にもう一度だけ自分の腕が通用するのか否かを確かめたい。
その一心で私は『天邪鬼』になったんです」
大勢の観客が昨年の彼女を覚えていた。
記録は今年と同じベスト8。普通に考えれば充分誇れる戦績である。
『真紀さん。私は去年からこの全国大会の実況を担当させてもらっています。
勿論、貴方の事も覚えてますよ。
立派じゃないですか。2大会連続でベスト8。
どれだけ頑張ったとしてもそのレベルに辿り着けないプレイヤーは大勢いるんです。
胸を張って、その大切な人に報告してあげてください。
自分は最後まで、諦める事無く戦ったんだと』
観客席から、彼女を讃える拍手が聞こえてきた。
その音は徐々に大きくなり、会場全体に鳴り響く。
「皆さん、有難うございました。
私はこの戦いから去る事になりますが、今こうして私に拍手を送っている人の中から新しい強者が出てくる事を期待しています」
涙を流しながらもしっかりした口調でそう言うと、真紀は零の方へ向き直った。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「貴方の無念は、勝った僕が引き継ぎます。
観客席で見守っていてください」
かぶりを振りながらそう言うと零はもう一度手を差し出し、真紀はそれに応じてしっかりと握手を交わす。
歯を食いしばりながら耐える真紀の姿を、狩谷優は俯きながら見つめていた。
(真紀……よく頑張った。
零には勝てなかったが、俺はお前がこの1年間努力し続けてきた事を誰よりも近くで見てきた。
笑顔で帰ってこい)
鳴り止まぬ拍手の中、零の目にも涙が滲んでいた。
長く苦しい戦いがようやく終わった。
自分の望む終わり方では無かったがとにかく終わったのだ。
そんな思いを胸に抱きながら、真紀は海野亜津子や狩谷優がいる観客席の方へ戻ってきた。
『それでは第2試合を始める事に致しましょう。
青龍選手と火村あかり選手の戦いです!
両選手は中央のバトルフィールドにお越しください!』
実況席の声が、遥か遠くから聞こえてくるな気さえした。
もう、自分とは関わりの無い事だ。
真紀はそんな負の感情に押し潰されそうになっていた。
感情を抑えようとしても涙が溢れて止まらない。
「リーダー、お疲れ様でした」
亜津子はそんな彼女の様子を察して、両手を握り締めると、精一杯の笑顔を見せた。
「恰好良かったです。
最後まで諦めない、ZEROプレイヤーとしての矜持を示しましたね」
「負けたら……何の意味も無いのよ!」
自暴自棄気味に言い放った真紀の言葉に対して、狩谷は首をきっぱりと横に振った。
「そんな事は無い」
真紀は狩谷の方を見た。
本音では、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。
「お前の努力は、必ず別の形で報われるハズだ。
目標に向かって懸命に努力する。
そういう毅然とした生き方は、これからの人生において大切な宝物になるだろう」
狩谷は真紀を見たまま、視線を逸らす事無く見つめ続けている。
「俺と一緒に今度は『別の努力』をして、『別の目標』に向かって歩いていこう。
1人だけじゃ出来ない事も、2人ならきっとやれる。
手を繋いで生きていくんだ」
真紀は涙を流しながら、何も言わずに深く頷いた。
亜津子も真紀の事を心配していたが声をかける雰囲気でも無かった為、励ましてあげられないのがもどかしかった。
(リーダー……本当に、お疲れ様でした。
今はとにかく、ゆっくり休んでください。
貴方の心の整理が付くまで……)
中央に立った2人、いや見た目には1人と1体と言うべきなのだろうか。
玄武程の威圧感は無いものの、あかりよりも背が高くロボットとは呼べない『怪物』の様な迫力がある。
『誰ガ来ヨウト同ジダ。
徹底的ニ叩キ潰ス。俺ハ最強ダ』
「へぇ、面白いじゃない。
じゃあ負けたら土下座でもしてみる?」
あかりは背の高いロボットと相対しても動じなかった。
怯えが全く無いとは言えない。持ち前の明るさでそれを誤魔化している。
『準々決勝第2試合。最も見応えがあるカードかもしれません。
決勝トーナメント初出場及び認定ZEROゲーマーでは無いいわば『無名の挑戦者』。
しかし彼女は認定ZEROゲーマーである双葉沙織に勝利し、その実力を示しました。
そんな火村あかりに対するは情け容赦の無い『心を持たぬゲーマー』、青龍選手。
予選においてもこの決勝トーナメントにおいても、的確な戦い方で対戦相手を恐怖の底へと突き落としています。
この勝負、どちらが勝っても不思議ではありません!』
『あくまでも私の予想ですが、青龍選手が勝つ可能性の方が高いと思います。
機械が人間を凌駕する時代。
ただ優勝までしてしまうと、参加資格に修正が加えられる可能性もありますよね』
遼子の言う通り、圧倒的な強さは大会を開催する際問題となる。
綾小路財閥はこの年に賭けていると言っても過言では無かった。
どんな手を使ってでも桜華を優勝させようとしていたのだ。
暖かさがまるで感じられない機械の腕と握手を交わした後、筐体の前にある椅子に座る。
ゲームセンターで何百回、何千回も繰り返してきた何時もの行為もこの日ばかりは彼女にとって特別なものに感じられた。
(零や豊の為にも、勝っておかなきゃ)
西園久緒と火村あかりはよく似ているが、2人の考え方には細かな違いがある。
強くありたいと言う思いは同じだが『誰にも弱い自分を見せたくない』と思う久緒とは違い、『嫌な相手に弱い自分を見せたくない』と思っているのがあかりだ。
己の弱さを外に晒す事は、罪では無い。
弱い心を持っていない人間なぞいない。
強くなる為にそれは必要な事だとあかりは思っていた。
だが、絶対に弱い自分を見せる事が出来ない局面がある。
今がその時なのだとあかりは自分に強く言い聞かせていた。
(私の為だけじゃない。
皆の為に、この一戦は譲れない!)
母親の影響で誰かの力になる事を強く望んだ少女は、友情を育み恋に落ちて皆が明るく笑顔でいる事を願った。
その笑顔を曇らせようとしている者がいるのならば、怯えてはいられない。
「勝たせてもらうわよ」
『フン、人間ノ分不相応ナ夢ナド、コノ俺ガ粉砕シテクレル』
無表情なロボットの顔が、醜く歪んだ様に見えた。
既に対面しているのに、その時以上に大きく見える。
『両選手がキャラクターを選択し、試合が始まります。
背景は『神殿前 天候・雨』ですね。
お互いに近距離型のぶつかり合いになりますが、サイファは飛び道具を持っています。
そのアドバンテージを活かせるか否かでこの試合の結果が変わってくるのでしょうが……』
手から真横に炎を飛ばす飛び道具攻撃。
斜め上にも発射する事が出来る為、相手のダッシュや跳躍に対してのカウンターを狙う事が出来る。
勿論自身の動きと絡めれば牽制や奇襲にも用いる事が可能。
あかりがこの炎をどれだけ使いこなせるかに注目が集まっていた。
『早速、青龍選手が試合の主導権を握りに行きます。
相手を近寄らせない様にと放ったサイファの炎を見てヤシオが飛び込む。
一瞬の隙を突いた鮮やかな攻めですが、あかり選手も何とかガードで耐えています』
青龍は猛攻を仕掛け、あかりに攻撃のチャンスを作らせない。
その場その場の最適解を選び出し、ガードをも破る。
『あかり選手、画面端に追い詰められた。
上段蹴りで上へと飛ばした後のコンボも完璧です。
地面に落として起き攻め。あかり選手の衝撃波もガード。
衝撃波を行った後の硬直はかなり長い為、見切られてしまうと手痛いダメージが入ってしまいますね』
比呂子の時と同様、何もさせてもらえない状態が続いていた。
青龍はノーダメージのまま既に半分以上の体力を奪っている。
「こ、これじゃあ……」
「いえ、まだです。
まだあかりさんの心は折れていません」
再び青龍が情け容赦の無い起き攻めを行おうとした瞬間、あかりの暴れが通った。
『何!?』
最適解と言えども『完全な正解』では無い。
青龍は居直り気味に攻撃を仕掛けてきたあかりの『気持ち』を読み取る事が出来なかった。
同じ様な事が現実の社会でも起こっている。
勝つ為に開発されたソフトは、相手の人間が負けに向かう様な流れを選択するとその意味を理解する事が出来ずにエラーを起こしてしまうのだ。
悪く言えば杓子定規。
与えられた課題は完璧にこなせるものの、イレギュラーな事態が発生した場合対処する事が出来ない。
『相手の攻撃が通る直前、その僅かな時間にしっかりとカウンターを入れたあかり選手。
崩れたヤシオに対して的確にコンボを決めていきます。
不利な状況を気合で跳ね返しました』
あかりが体力差をほぼイーブンまで縮めた時、青龍はガードであかりの起き攻めを防いだ。
(負荷、50%カラ70%ヘ変更。
絶対ニ引イテハナラナイ局面)
青龍の瞳が光り輝いた瞬間から、あかりは自分の見ている光景に対して愕然とした。
『青龍選手、これ以上の深追いを危険と判断し後退したサイファと全く同じタイミングで追いかけ攻撃を与えます。
まるで予知能力でもあるかの様な動きで、動揺したあかり選手の怯みに合わせてきました』
『相手のバックステップを見切って攻撃する時はありますが、今のは凄いですね。
後退しない場合カウンターを喰らう可能性もあると言うのに、確信して動いたワケですから』
まさに予知と言っても過言では無いスーパープレイだった。
特にあかりが怯んだ瞬間、脈拍の変化を見逃す事無く獲物を捕らえている。
「あのロボ、ギアを上げてきた時が厄介だな。
人間の処理能力以上の力を発揮してる」
「自分が不利な状況に陥ったと理解した瞬間に切り替えてきた。
あれを攻略しない限り僕達じゃ勝てないよ」
スピードが緩んだ瞬間を見逃さずに、追いすがって攻撃。
ヤシオが完全に崩れたサイファに対して連続攻撃を叩き込む。
『顔面捕縛→爆発→中段蹴り→上段蹴りのコンボ。
相手がガードも出来ない状態を保ったまま攻撃を続けています。
ココで青龍選手がラウンドを先取。
あかり選手はかなり苦しい状況に立たされました』
青い光が消え、第2ラウンドが始まった瞬間にあかりは不意打ち気味の攻撃を仕掛ける。
攻撃をガードしている青龍の『心』を読み取る事は、誰にも出来なかった。
声が、聞こえた様な気がした。
九龍拓巳の周囲から、確かに多くの声が聞こえてくる。
『大歓声ダナ。
ソレニシテモオ前ハ玄武ヨリ相当耐久力ガ高イ様ダ。
私ニトッテハ有難イガ』
声だけが聞こえてくる状態で、目が見えない。
彼の周囲は暗闇に包まれ、耳障りな機械音が響いていた。
『私ハオ前カラカナリ多クノ知識ヲ学ンダ。
小娘如キ私ダケデ倒セル。決勝戦ニ備エテ休ンデイロ』
もがこうとするが、手足も縛られている様だ。
こうしている間にまだ意識が失われてしまう。
沈んでいく意識の中で、青龍は聞き覚えのある声を微かに聞いた。
「頑張って、あかりさん!絶対に負けないで!」
九龍玖留美の声が聞こえた瞬間、青龍の動きが僅かに鈍った様な気がした。
『第2ラウンド。
あかり選手としては絶対に退けない局面ですが、無理に攻めるワケにもいきません。
青龍選手の緩みを察してサイファが攻めに行きますが、間一髪と言った所でヤシオが衝撃波を放ちました』
あかりは青龍の動きが止まった事を察知していた。
ガードでは無く衝撃波を選択した所に、不自然さを感じる。
(もしかして、玖留美さんの声に反応しているのかしら……?)
『牽制も行わず後退していきます。
今までとは大きく違う消極的な対応です。
あかり選手、ココは当然攻め時と判断。
負っているビハインドを帳消しにする為に近付いていきました。
青龍選手は完全に後手に回っています』
青龍の妙な動きは、当然勝ちに拘る染井を激怒させた。
「なんだ、あのやる気の無い動きは!
我々は金をつぎ込んで青龍を開発したのだぞ!」
「わ、解りません。テストの時には一切見せなかった反応です」
あかりは嗅覚の鋭さで今なら倒せると判断し、ほぼ丸腰の状態で仁王立ちのまま動かないヤシオに攻撃を仕掛けた。
だがそれは罠だったのだと思う程急にヤシオは動き出し、カウンター攻撃でサイファにダメージを与える。
(邪魔ダ、寝テイロ!オ前ノ出ル幕ハ無イ!)
(玖留美……玖留美!!)
頭はぼんやりとしている様で、指だけが凄まじいスピードでスティックとボタンを操っている。
そんな異様な姿を見せる青龍の口から、対面にいるあかりにしか聞こえない程の小さな声が漏れた。
『ク……クルミ……クルミ……』
(やっぱり、拓巳さんだったのね!)
起き攻めに対して防戦を強いられるあかりは、同じ様に対面にいる青龍に小さな声で呼びかける。
「拓巳さん。拓巳さんなんですよね?
私です、火村あかりです。私が解りますか?」
『アカリ……?オ前ノ名前ニナド、興味ハ無イ』
青龍が復活した。
青い光を目から放ち、再び鬼の如き猛攻を行う。
『隙の見当たらない起き攻めに対して、必死で粘るあかり選手!
暴れるチャンスも、衝撃波のチャンスも与えない非情な立ち回りです!
あかり選手の放った衝撃波をガードし、硬直に超必殺技を放ちます。
しかし、体力に余裕がある為、大きなダメージにはなりませんでした。
残り時間40秒。サイファのHPは3分の1程。
あかり選手、ココは勝負に行かなければならない局面です!』
当然、HPが残っている限り諦めるワケにはいかない。
必殺技の後倒れたサイファに対して起き攻めを行うヤシオ。
だが、人工知能と言えども完璧では無かった。
覚醒しそうになっている中身を眠らせると言う厄介事にも関わっていた為、隙が生まれてしまう。
『起き攻めに対してガード。跳躍で裏を取りに行きます。
少しだけ向きを直すのが遅れたのか、蹴りを喰らってしまいました。
体力は赤。躊躇する場合では無いと判断。
ココで超必殺技を使い、何とか最終ラウンドに望みを繋げます』
朦朧とした様な動きをしている青龍の姿に憤慨した染井は、すぐさま研究員に電話をかける。
「失態だ、財閥の威信に関わる大失態だ!
我々の科学技術力がこの程度だと思われては御嬢様の名も傷付く。
試合後、臨時メンテナンスを行え。
一切のバグを取り除くのだ!」
興奮した様子で電話を切った染井を見かねて、黒沢が肩を叩いた。
「落ち着いてください染井さん。
機械にはそういう不確定要素もありますから」
黒沢も青龍の中身が露見する事態だけは避けたかった。
尻尾切りの準備は整っていたとは言え、桜華の優勝をアシストする要素が消えるのは痛手だったからだ。
『泣いても笑っても全てが決まる最終ラウンドです。
火村あかり選手、青龍選手共に必殺技は使い切りました。
HPの差は相当開いていますが、逆転が狙えない程の差ではありません。
HPが残っている限り諦めてはいけないのが格闘ゲームですからね』
終盤の最も冷静にならなければならない局面。
青龍は己の限界を発揮し、中身である拓巳の意識の覚醒を食い止めた。
(負荷100%。
中身ノ脳神経ニ与エルダメージヲ考慮シ、早々ニ決着ヲ付ケル)
当然、フルパワーを発揮すれば熱暴走も起こり得る。
青龍の頭からも灰色の煙が上がっていた。
「最後まで、一歩も引かないわ!」
あかりは何としても逆転しなければならない為、逃げの姿勢には移れない。
『あかり選手、バックステップを使い追いすがってきたヤシオに対して炎を出し距離を取ります。
ヤシオがガード状態のまま地面に降りた瞬間を狙い距離を詰めて攻撃。
しかしこれも通りません!』
サイファの素早い攻撃にも一切動じず、ガードを崩さないヤシオ。
カウンターを警戒しつつ、攻めに転じる。
負荷がかかっている以上青龍も勝負を長引かせるワケにはいかなかった。
『その攻撃の硬直に割り込む様な形で、ヤシオが投げからコンボ。
投げ飛ばし→壁バウンド蹴り→掌底壁当てで青龍選手が勝利しました』
負けたあかりですら息を呑む様な、美しい動きだった。
一切の無駄を排除した、流れる様なコンボに目を奪われてしまう。
(コレが、拓巳さんの頭脳と、人工知能の正確さを合体させた、最強の力……)
あかりも勿論、全国レベルの実力を備えているプレイヤーだった。
だが相手が素の九龍拓巳だった場合でも、結果は変わらなかっただろう。
昨年度の優勝者は今回の決勝トーナメントでも充分優勝を狙える位置にいる。
しかし、人工知能によって無理やり動いている為か大きな不具合が生じていた。
『機械の進化は止まらないのでしょうか。
圧倒的な実力を見せた青龍選手が第2試合を制しました!
しかし敗れたあかり選手も相手に対して物怖じする事無く、健闘したのではないでしょうか。
両者に拍手をお願い致します!』
『これから改善していくんでしょうけど、まだまだロボットも完全な存在ではありませんね』
敗北を認め、立ち上がったあかりは青龍に握手を求める。
だが青龍はまだ椅子から立ち上がる事が出来なかった。
(ココは何処なんだ……?)
九龍拓巳は、精神世界の中で己を取り戻していた。
四角い透明な箱の中に閉じ込められ、身動きが出来ない。
『眠ッテイロト言ッタダロウガ。面倒ナ奴ダ』
青い目と耳まで裂けた様な青い色の口が、暗闇の中で光る。
「ココから出せ!俺は妹の所に帰るんだ!」
『モウイイ加減ニ諦メタラドウダ。
オ前ノ意識ハ脳ニ負荷ヲカケル事ニヨッテユックリト壊レテイク。
最後ニハ自分ガ誰ナノカスラ解ラナクナルノダ。
眠ッテイタ方ガ絶望セズニ済ム』
「嫌だ、と言ったら?」
真の青龍と言うべきコンピュータは、箱の中にいる拓巳に対して電撃を浴びせた。
『意識ヲ無理ヤリニデモ失ワセル。
ソレガ私ニ与エラレタプログラムダカラナ』
(玖留美、玖留美ぃ……)
呻く様な声で呟きながら、拓巳の意識はまた深い闇の底へと沈んでいった。
『青龍選手、何かトラブルでしょうか?
全く動きません』
NEXTエリカが訝しがる中、綾小路財閥の研究者達が青龍を運んでいく。
「皆さん、御安心ください。
青龍がちょっとしたトラブルで止まってしまった様ですね。
少々別室で調整をかける必要があるかもしれませんが、次の試合までには間に合わせますので心配は無用です」
染井が愛想を振りまきながら笑顔でそう呼びかけた。
内心ではかなり腹を立てていたが強い気持ちで怒りを抑え込んでいる。
運ばれていく青龍の姿を、あかりは複雑な気持ちで見つめていた。
(拓巳さん……
今はどうする事も出来ませんが、必ず私達が助け出しますからね)
解っていても、絶対的な証拠が見つからない以上彼等の悪事を糾弾する事は出来ない。
それがあかりにとって一番悔しい事だった。
明確な悪がそこにいるのに、正義がそれを倒す事が出来ないのだから。
「先輩も負けてしまいましたか……」
「準決勝に進める可能性を持つのは豊さんと玖留美さんですね。
私達の側と言う意味では……
相当苦しい戦いになるでしょう。
零さんのみが準決勝で私達の無念を晴らしてくれる展開もあり得ます」
朋美はそう言うと、厳しい表情を浮かべたまま玄武の方に目を向けた。
「ただ、ロボットと中身である人間の意思が真逆である以上必ずそこに弱点や隙があるハズです。
人間相手なら人を見る事で勝つ為のヒントを得る事が出来ますが、この場合はそれが出来ませんからね」
井島豊の実力は朋美も充分承知している。
もし勝って準決勝に駒を進める事が出来れば、氷室零との決勝戦も現実味を帯びてくるだろう。
勿論、目の前の相手を倒す事が出来ればの話ではあるのだが。
『それでは、準々決勝第3試合。
井島豊選手対玄武選手の試合を始めます!
両選手は中央のバトルフィールドまでお越しください!』
この戦いが、決勝トーナメントの展開を決める一戦になるであろう事を、多くのZEROプレイヤーが感じていた。