※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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ZERO全国大会もいよいよ大詰め。
2つの事件が同時に発生し、大変な事態になっていきます。
翻弄される人々、彼等は自分に出来る事を精一杯やり通すだけ。
どんな人間であれ、それは変わらないのです。


極月 準決勝 『ファミリー』

 5分間の短い休憩時間が過ぎた。

 目を閉じて瞑想を行う者、オーロラビジョンを見つめる者、黙ったまま佇む者、そして会場の熱気に心を奪われる者。

「素晴らしいですわね、この雰囲気。

 皆が私の事を見てくれていますわ」

 

 満面の笑顔を見せながら観客に手を振る桜華。

 音楽祭の舞台に立っていた時とはまるで違う『優しさ』を彼女は感じていた。

 しかし純粋に彼女を応援する者だけで無く、『不信感』を抱く者達が多くいる事もまた事実である。

 

 金持ちに対する妬みだけで無く、黒い噂が絶えない『闇の財閥』のトップである桜華こそが『悪』であると信じている者は多い。

 哀しい誤解であったが、零達も同じ事を考えていた。

 彼女が『善』である事実を理解する事が出来なかったのだ。

 

『皆様、オーロラビジョンに御注目ください!

 只今より、ZERO全国大会決勝トーナメントの準決勝を開始致します!

 最初の試合は氷室零選手対青龍選手です。

 御二方はどうぞ中央のバトルフィールドまでお越しください』

 

 NEXTエリカの呼びかけに応え、零は立ち上がり歩き出そうとした。

 彼の肩に豊の手が触れる。

 

「精一杯やれ。

 お前の実力を奴に嫌と言う程見せ付けてこい」

「ああ、ココで負けるワケにはいかないからね。

 決勝は君とやりたいよ」

 

 握手を交わし、零は振り向かずに歩を進める。

 その後ろ姿を豊は真剣な表情で見つめていた。

 (俺もお前と決勝の舞台で戦いてぇよ。

 ただ、簡単な試合にはならなそうだ)

 

 青龍の身長は零よりかなり高く見える。

 だが九龍拓巳の身長は零とそれ程違ってはいない。

『俺ハオ前ヲ潰ス為ニコノ場所ヘ来タ気ガスル。

 因縁ヲ感ジルナ』

 

 厚底の靴を履かされているだけでは無く、金属の塊の様なその外見が実際よりも姿を大きく見せているのだろう。

「そうだね。

 7月に君と出会って勝負をしたあの時から、こういう形で戦う運命だったのかもしれない」

 零の脳裏に親善試合での僅差の勝利が鮮明に浮かんでいた。

 

 再戦を誓い合ったあの時から半年近くが経過し、こうしてもう一度戦おうとしている。

 どんな形であったとしても零は勝たなければならなかった。

 優勝する事こそが彼の悲願であったのだから。

 

 対して青龍は桜華以外のプレイヤーを蹴落とす為に戦っていた。

 己を犠牲にして彼女を勝たせる使命を背負っていたのだ。

『それでは、両者握手を交わした後に筐体の前へ移動してください』

 硬く、冷たい指が零の手に触れる。

 心の通っていない、操り人形の温度を彼は感じていた。

 

 (ココで何としても氷室零を叩き潰せ。

 お前が廃人になるのは一向に構わん。

 フルパワーで飛ばし続ける様にプログラムを組み直させている。

 御嬢様の優勝を邪魔する者は消えるのだ)

 

 染井は邪悪な笑みを浮かべながらそんな事を考えていた。

 中身の精神状態を壊すのは証拠隠滅の為でもある。

 精神状態が正常だと財閥主導でこの不正を行った事を証言されてしまうからだ。

 この試合が終わればどちらが勝つにせよ青龍は不要になる為、染井はその様な命令を部下に命じていた。

 

『両選手が筐体の前へ移動しました。

 今まで使用していたキャラクターと同じものを選択してくださいね。

 意図したものではありませんが準決勝の第1試合は主人公とその宿敵の戦いになります』

 

『両者共に飛び道具を持たない為、純粋な殴り合いになりますね。

 スピードは互角、技の種類においても互角なので勝利する為にはプレイヤーの判断力が問われる事になるでしょう』

 公平な立場を取らなければならないNEXTエリカと遼子は、心の中で零の勝利を祈っていた。

 機械が人間をなぎ倒して優勝する場面など見たくは無い。

 会場にいる観客の多くが彼女達と同じ事を考えていた。

 

『準決勝第1試合のフィールドは『ヴァルー・神殿前』になりました。

 神々が見守る中で決勝に向かうプレイヤーが決まります。

 まずはお互いに距離を取って攻撃のタイミングを伺っていますね。

 積極的に攻撃を仕掛けるのは青龍選手のヤシオ。

 跳躍から蹴りを入れますが簡単には崩れません。

 着地直後の硬直を狙って地上戦を仕掛けますがヤシオがしっかりガード。

 立ち上がりはお互いにかなり慎重なものになりました』

 

 全国トップクラスのプレイヤー同士の戦いである以上、崩れない事を前提に立ち回るのは当たり前の事だった。

 攻めはするが無理な仕掛け方はしていない。

 牽制を含めた静かな戦いが続く。

 

 (少しでも隙を見せたら噛み付かれる。

 今はダメージを受けない事をメインに考えて、攻撃が通ったらしっかり決めていこう)

 零はフルパワーの思考能力で攻めてくる相手を懸命に捌いていたが、やがてその均衡が崩れだした。

 

『後退して距離を取ろうとするヴォルフに対してぴったりくっついていき、防御に合わせて投げ。

 投げからのコンボ。そこから無理はせず後退。

 相手が追いすがってきた所で衝撃波を放ち、壁でコンボを稼ぎます。

 流れる様な動きであっと言う間にヴォルフの体力を半分以上減らしました』

 

『どう動くかと言う選択に関しての迷いが微塵も感じられませんよね。

 それにその選択が全て正解なのは凄いを通り越して怖気さえ感じます』

 相手の焦りを見抜き、ワザと追い討ちをせずにより大きなダメージが通る道を選んだ青龍。

 零はビハインドを負っている為、前がかりにならざるを得ない。

 

 反撃を喰らわぬ様に落ち着いて動こうとするが、裏目に出てしまう。

 (駄目だ。考えてセオリー通りに動くと全て防がれる。

 とにかく、タイミングをずらしていかないと)

 零は少しだけヴォルフの動きを緩め、相手の油断を誘った。

 だが相手はその若干の遅れすらも利用する狡猾さを見せる。

 

『緩慢な動きは巣の中で獲物を待ち構えるアリジゴクの様に見えます。

 カウンター狙いに切り替えた零選手の動きに呼応して、ヤシオものらりくらりと立ち回り始めました。

 飛び込まなければダメージは受けない。

 しかし零選手はどうしても相手にダメージを与えなければなりません。

 これはもう地獄ですね。待っていても動いても負ける。

 零選手としてはもう動くしか勝つ道は無いでしょう』

 

 残り20秒。

 ノーダメージでフルパワーを発揮してきた青龍の瞳は光り輝いている。

 キャラクターは全くダメージを負っていないがプレイヤーは深刻なダメージを受けていた。

 バチバチと身体から火花が発生し、頭からは黒い煙がもうもうと上がっている。

 

『それにしても青龍選手、相当な無理をしているのでしょうか。

 処理能力の限界を使い続けてオーバーヒートを起こしている様にも見えます』

『ロボットが機能停止した場合は、先程と同じ扱いになるんですか?』

『はい。試合不成立と判断し、氷室零選手の不戦勝扱いになります。

 ですから、青龍選手が無理をし続けて止まってしまうとそれはそれで今までの苦労が無駄になってしまうんですが……』

 

 零は凄まじい量の煙を見ながら、相手の自滅を待つ方法に切り替えた。

 人間が機械に勝とうとする事自体が無謀。

 心理の読み合いならばともかく、相手は確実に心理状態まで読んでしまっている。

 少しでも長く試合を続ける事で粘る。

 それしか道は残されていなかった。

 

『100%ヲ継続。

 コノ試合デ破損シテモ構ワナイト言ウ命令ニ従ウ』

 頭痛と耳鳴りが酷い。

 自分が何者で、何処にいるのかも曖昧になりつつある。

 そんな精神状態の中で、九龍拓巳は必死に電子頭脳の支配から抜け出そうとしていた。

 

 (頭が割れる様に痛い。

 一刻も早くこの苦しみから解放されたい)

『無駄ダ。オ前ハ充分ニ持ッテクレタ。

 ダガ最早不要デシカ無イカラナ。

 ソコデ大人シクシテイロ。

 全テヲ忘レテ楽ニナッテシマエ』

 

 身体中に電流が流れる。

 その一撃は気絶してしまった方が楽だと思える程の激痛を与えた。

 だが拓巳はギリギリの所で耐え抜く。

 本能的に今耐え抜かなければ自分が壊れてしまうと感じていたのだ。

 (このままでは駄目だ。何とかしなければ、何とか……)

 

 20秒間、零は動く事が出来なかった。

 動いても負けと言う状況下において、動かずに時間を稼ぐと言う理由もある。

 しかしそれ以上に、相手の圧倒的な力に屈したと言うのが正直な所なのかもしれない。

 

 (おかしい。本当に異常だ。

 僕の動きを完璧に読んでいて、動こうとした場所で待ち構えている。

 だから動けなかった。

 動かなかったと言うよりは、動けば即倒されるから一歩も前に出る事が出来なかった)

 

 底冷えする様な恐怖が全身に纏わりついていた。

 少しでも気を抜けばその恐怖に侵されそうになってしまう。

『第2ラウンドに移行しました。

 先程から両選手の動きが変化しています。

 後が無くなった零選手が殆どその場から動けず、それとは逆に青龍選手の動きが相当荒いものになりました』

 

 青龍の電子頭脳が受けた損傷は予想を遥かに上回っていた。

 決着を早く付けたいと言う思惑が今までの冷静な立ち回りを失わせ、荒削りな攻めを行わせている。

 一方零は先程の脅威に晒された結果、強気に攻める事が出来なくなっていた。

 

『このまま両者の体力が変わらなければ、零選手の負けが決まってしまいます。

 ですが猛攻をかけてくる青龍選手に対して有効な反撃の手を打てていません』

 上から、横から続けざまに仕掛けてくる攻撃を防ぐのが精一杯で、反撃に出る事が出来ない。

 零が勝てないと考えているメンタル上の理由もあって、キャラクターは動いていたが試合の展開は全く動かなかった。

 

「クソッ、このままだと負けちまうぞ」

「反撃出来ない様に圧力をかけた攻め方をしてるわね。

 零の心が折れているって言うのもあるけど……

 とにかく、心を奮い立たせるきっかけが欲しいわよね」

 

 豊やあかり、他の者達も懸命に声援を送っていたが、その思いは伝われど零の心に届いていない。

『コノ程度ナラバ、充分間ニ合ウ。

 所詮人間ガ機械ニ勝ツ事等出来ンノダ』

 

 最早崩されてコンボを入れられてしまうのは時間の問題だった。

『怒涛の攻めに対して何とか耐えていますが、零選手は有効打が見つからない様子ですね。

 1度投げを決めようとしたヤシオを衝撃波で吹き飛ばしさらに後退。

 しかし背後が壁となり逃げ場が無くなりました』

 襲い掛かるヤシオ。零は覚悟を決めて目を閉じた。

 

『兄さん、お願い……負けないで!』

 それは目を閉じた瞬間に耳に入ってきた瞳の声だった。

 涙声が多くの観客の声援から選別されて脳に送られる。

 まるで周囲が一瞬止まったかの様に感じられた。

 

 (そうだ。僕は何の為にココまで来たんだ。

 ピアノと言う退路を捨てて、ZEROの道を歩む為に頑張ってきたんじゃないか。

 優勝出来なければ何の意味も無い。

 諦めるのは今じゃない。

 負けたら諦めるべきであって、今勝負を捨ててはいけない!)

 

 距離を詰めてきたヤシオの姿がハッキリ見えた。

 攻撃のタイミングが映像として己の中でクッキリと浮かび上がる。

 相手をどの時点で殴るべきなのか、零には解っていた。

 集中力を極限まで研ぎ澄まし、ボタン入力を行う。

 

『おっと、零選手が防戦一方の状況から何とか脱出。

 僅かなチャンスをものにしてダメージを与えていきます!

 走ってきた相手に対して顎打ちのアッパー、空中で蹴りを入れて起き攻めを決めました』

 (馬鹿ナ。100%ヲ継続シテイル状態デ俺ガダメージヲ喰ラウダト!?

 ソンナ事アルハズガ無イ!)

 

 電子頭脳は動揺こそしないが予定外の状況に追い込まれてエラーを起こす。

 その小さな決壊が、眠っていた拓巳の意識を目覚めさせた。

 

 拓巳は、大観衆の中から確かに玖留美の声を聞いた。

「兄さん!!」

 悲痛な叫びが、拓巳の意識を覚醒させ、呪縛から逃れようと動き出す。

 

 (帰るんだ。俺は帰らなきゃ……)

『クソッ!先程ノ電流デ貴様ノ意識ハ遮断サレタハズ。

 何故マダ動ケル!』

 日向剛よりも遥かに強靭な意思の力で電子頭脳の束縛を跳ね除けた拓巳は、腕を動かした。

 

『サセルカッ!!』

 電子頭脳がさらに強い電流を流して阻止を図ったが、朦朧とする意識の中でもその腕は止まらない。

 本能で動き、青龍の頭部を両手で掴むと引きちぎる様に上に持ち上げた。

『ウグッ!……グワァァァァァァ!!』

 

 バチバチとさらに強い火花が散って電子頭脳が悲鳴を上げる。

 配線がブチブチと音を立てて切れ、青龍の頭部が床の上に転がった。

「……玖留美……俺は、勝ったんだ。俺は……」

 観客が騒然とする中、拓巳は椅子を使って何とか立ち上がり、妹の方を見つめる。

 

「兄さん!兄さぁん!!」

 玖留美は観客席から弾かれた様に立ち上がると、バトルフィールドに向かって走り出した。

 涙を流しながら拓巳のもとへ駆け寄る。

 彼女は拓巳に抱き付いて嗚咽を漏らした。

 

「俺……は……」

 妹の頭を撫でようとした兄の意識はそこでぷっつりと切れ、床に倒れてしまう。

「兄さん!?に、兄さん!!

 誰か、救急車を呼んでください!」

 玖留美はぴくりとも動かない拓巳を抱え起こし、救いを求めていた。

 

「ここからだと天武日本総合病院が一番近い。

 丹羽君、すぐに救急車を呼ぶ様に」

「承知致しました」

 観客席から一部始終を目撃していた信虎の動きは流石に早かった。

 

 即座に律に命令を下す。

 携帯を片手に話しながらも、彼女の視線は染井や黒沢のいる方へと向けられていた。

 騒然とする観客達。

 ロボットの中に人間が入っていたと言う事実で会場が揺れている。

 

 だがその最中であっても染井は決して動揺せず、狼狽したりはしなかった。

 (フン。我々の計画は『もしも』を想定して動いている。

 この程度のアクシデント等幾らでも誤魔化せるわ)

 担架に乗せられ運ばれていく拓巳の姿を見ながら、染井は『演技』を開始する。

 

「どういう事なのだ!

 何故青龍の中に人間が入っている!!」

 黒沢もその演技に応じ、予定通り計画を進める為に話を合わせた。

 

「私もこの様な事は耳にしていない。

 青龍は完璧な『ロボット』として作り上げたもののハズです。

 すぐさま技術スタッフに事情を訊かなければ」

 真実が数名の人間にしか解っていない以上、蜥蜴の尻尾切りを行い幾らでも言い逃れる事が出来る。

 黒沢と染井はそう踏んでいた。

 

 (問題は病院に運ばれるであろう九龍拓巳と日向剛の事だ。

 奴等は全てを知ってしまっている。

 意識を取り戻す前に始末しなければ。

 刺客を送って口を封じるのが最善手か)

 

 染井がそう考えたのを見透かしたかの様に、織田総理は命令を下す。

「青龍の中に人間が入っていたと言う事実は重い。

 玄武の中身もウチの者達に急いで調べさせる様に。

 それと万全を期す為に、九龍拓巳と日向剛の命を守る護衛を総合病院に送る様に要請してくれたまえ」

 

 九龍拓巳が『キーマン』である事を総理は見抜いていた。

 彼等が黒幕だと言う証拠を掴む為には拓巳の証言を聞く以外に方法が無い。

 

「それにしても、随分と大袈裟な発言ですな。

 命を守るとは……」

「拓巳君が意識を取り戻したら不味いと思っている人間がいるかもしれません。

 それと玄武の中身を今更『秘中の秘』で片付けるつもりは無いでしょうね?」

 信虎の発言に対して、黒沢は苦虫を噛み潰した様な表情で視線を逸らす事しか出来なかった。

 

 (我々の作戦にヒビが入ってしまった事は間違いない。

 九龍拓巳が意識を取り戻す確率はかなり低いが、可能性がある以上最早『暗殺失敗』は許されない状況になった)

 綾小路財閥を守る為には、総理を暗殺してこの一件を有耶無耶にするしか無いと黒沢は考えていた。

 逆を言えば、総理暗殺さえ成功すれば多少の誤算はどうにでもなると思っていたのかもしれない。

 拓巳に続き担架に乗せられ運ばれていく剛の姿を見ながら、染井と黒沢はただ黙ってその光景を見つめていた。

 

「な、何だよそれ!?どう考えたっておかしいだろ」

「しかし、証拠が無い時は追求する事が出来ないのが現代社会の鉄則ですからね」

 憤慨する久緒の近くに座っていた朋美は、綾小路財閥が『蜥蜴の尻尾切り』をするであろう事を確信していた。

 

「まぁ、確かに……部下がやったんだ。

 自分は知らなかったって言う人達の証言が嘘だって言う証拠は何1つ無いもんね~」

「それが現実なんでしょうけど、私は納得出来ません」

 雨宮比呂子も、NEWSZEROのメンバーも、その事実を受け入れる事しか出来なかった。

 

 納得するしないに関わらず、それが現代社会の限界なのだ。

 昔なら推測で罰する事も出来た。

 強大な権力者が1人いるのだから簡単にそうする事が可能だった。

 しかし革新党は『国民』を大事にする政治を掲げている。

 一党独裁に近い方法を取っていても、国民に自由を与えている特殊な状況下では証拠も無しに人を罰する事は許されない。

 

 国際社会からも非難されるであろう事が解っているからこそ、財閥に対してそれ以上追及する事は出来なかった。

「こ、これは……これは一体どういう事なんですの!?」

 しかし、こうして表に出てきた財閥の『裏の顔』が、何の影響も及ぼさないかと言えばそれは嘘になる。

 何も知らされずに財閥の『良心』を信じて生きてきた桜華にとって、この『不正』は信じ難いものだった。

 

 (どう考えても、無理やりにやった事としか思えませんわ。

 こんな事って……)

 狼狽する桜華の隣に立っていた豊が、彼女に対して目を合わす事無く話しかける。

 

「綾小路財閥はお前を優勝させる為に、九龍拓巳と日向剛の2人を誘拐して『利用』したんだよ。

 勝つ為には手段を選ばない卑劣な組織だ。

 だから、俺もお前には負けられないし、負けるつもりは無い」

 真っ青な顔になり、小刻みに身体を震わせる桜華。

 今まで彼女が信じてきた『価値観』が、不正が明るみに出た事で狂い始めていた。

 

 財閥の明るい未来の為に血を吐く様な努力でバイオリンを弾き、格闘ゲームをプレイしていたのだ。

「私は、一体何の為に……」

 決意が揺らぐ。

 財閥が『正義』なのだと教え込まれてきた彼女は、その『正義』を信じる事が出来なくなっていた。

 

「姉様!」

 客席から聞こえてきた叫び声。

 振り返ると、涙を流しながら歯を食いしばっている美香の姿があった。

 

「姉様がココに立っている理由は1つよ!

 姉様自身のプライドの為に優勝する事。

 そうすれば氷室零よりも上のプレイヤーとして認められる。

 私は姉様が勝つ姿が見たい!」

 

 誰が何をしようとこの世で一番素晴らしい存在であるのは桜華。

 そういう教育を受けてきた美香にとって、財閥の不正等どうでも良い事だった。

 彼女にとって大事だったのは、桜華がトップに立つ事。

 そして己が彼女を支え続ける事。それだけだったのだ。

 

 (私がこれまでやってきた事……

 それを全くの無にしてしまうワケにはいきませんわ。

 染井や黒沢が私を裏切った件に関しては後で話すとして、今大切なのは勝つ事だけですわね)

 

 桜華は己の栄光の為に覚悟を決めた。

 自分が卑怯者として蔑まれるのでは無いかと言う怯えもある。

 だからこそこの一戦で正々堂々と戦って勝利し、桜華は自身が潔白である事を観客に伝えなければならないと思っていた。

 

『波乱の展開となった準決勝第1試合は、青龍選手の不正及びプレイ続行不能の判定により氷室零選手の決勝進出となりました。

 九龍拓巳選手の安否が気になる所ではありますが、第2試合を始める事に致しましょう』

 

『渦中の人となった綾小路桜華選手と、井島豊選手の勝負ですね。

 こうして大会における不正が明らかになった以上、もっと厳正な審査が求められているのかもしれません。

 事前に選手の身元を精査する等の対応が望まれます。

 勿論次の試合においても私達がしっかり見届ける必要があるでしょう』

 

 笑顔での実況から一転、NEXTエリカと長尾遼子は俯いたまま言葉を発した。

 特に家風として『不正を嫌う』長尾遼子は、この事態に対して大きなショックを受けている。

 ルールと言う枠の中で戦うべき者達がそれ以外の所で汚い駆け引きをしていた事実は非常に重いものだった。

『それでは、両選手共に中央のバトルフィールドへお越しください!』

 観客席にいる者達の中には何が起こっても粛々と進行するトーナメントに対して軽く恐怖を感じる者もいた。

 

 その『恐怖』を生み出した元凶と思われている桜華には、冷たい視線が突き刺さる。

 (非は無い事をしっかりアピールする為に胸を張る。

 私の目標が優勝である事に変わりはありませんわ)

 

 色眼鏡で見られる事程辛い事は無い。

 だが彼女は挫ける事無く前に進む道を選択した。

 そしてその桜華と決勝進出をかけて戦う豊もまた、緊張する事無く自然体でいようとしたがなかなか上手くはいかない。

 

 (桜華に勝ってくれみたいな、無言のプレッシャーが凄い伝わってくるな……

 いや、そりゃ勝ちたいけどさ。

 ここまで露骨になるとちょっと戦い辛いよな。

 それは勿論、向こうも同じなんだろうけども)

 

 2人は横に並んだ状態のまま筐体の置いてある場所へ向かい、筐体の横で握手を交わす。

「お互いにとって、良い試合になる事を祈っていますわ」

「ああ。悔いの残らない戦いをしようぜ」

 

 眩しい程の純真さがそこに光っていたが、豊はその純真さを完全に信じる事が出来なかった。

 彼がどう思っていようとも、勝った者が先に進む事実は変わらない。

 豊も桜華も、自分が勝つ未来を見据えていた。

 

『握手を交わした両選手が、筐体の前に座り試合が始まります。

 キャラクター選択を終え、いよいよ試合開始です。

 背景はゴッドヤードの『天空回廊』ですね。

 雲の上に立ち並ぶ神殿の柱と言ったフィールドで準決勝が行われる事になりました』

 桜華は雑念を振り払い、目の前で起こっている戦いのみに神経を集中させる。

 

『画面の端から端まで飛んでいく貫通ビームと閃光設置罠で遠距離戦を仕掛けたい桜華選手。

 豊選手は何としてもそれをかいくぐり相手の懐まで潜り込まなければなりません。

 地面にいると設置罠を踏んでしまう確率が高くなるので、跳躍しながら近付くシラノ。

 しかし跳躍すれば当然貫通ビームが飛んできます。

 絶妙のタイミングでビームを放つユファール。

 ココでようやくシラノが右端にいたユファールを捉えました。

 防御している間は罠を設置する事が出来ません』

 

 無闇に前を目指すのでは無く、跳躍に対して飛んできたビームを空中ガードで耐えつつ機会を伺う。

 そしてにじりよった結果、『何時の間にか近距離攻撃の射程内にいた』シラノが攻撃を仕掛けた。

 

『高性能を誇るユファールでも、端に追い詰められれば話は変わってきます。

 メイン攻撃の2つを封じられた状態で窮地をどうしのぐか。

 斧を横になぎはらう攻撃を何とかガード。

 次の攻撃に移る前に敢えて危険を承知で近付き衝撃波を放つ事で形勢を変えましたね』

 

『空間認識力の高さも素晴らしいですが、攻撃力の高いシラノ相手に臆さないその度胸も見上げたものです』

 一度に与えるダメージは少ないが、相手を捕まえてしまえばコンボの合計で大ダメージを与える事が出来るユファール。

 相手が画面端に飛んだ瞬間にチャンスと踏んで畳み掛ける。

 勿論豊も相手が攻勢に出る事を見抜いていた。

 (ココで踏ん張れば、もう1回チャンスが出来る)

 

『画面端に閃光罠を設置。

 相手が跳躍で回避するのを読んでの貫通ビーム。

 シラノがガードでビームを耐えます。

 その間にユファールが近付いてきました。

 近距離で不利になるのを理解したうえでのアグレッシブな攻め。

 相手の着地に引っ掛ける形で光の剣を生み出して攻撃。

 不意を突かれた形になりこの攻撃が通りました』

 

 リスクを背負わなければ勝利は無い。

 桜華は相手が思ってもいなかった立ち回りで均衡した戦いを崩していく。

 一方豊はセオリーに拘り、近付いてきたユファールの行動を『好機』と捉えて侮ってしまった感は否めない。

 

 (この攻撃をコンボに繋げて、圧勝劇に繋げますわよ)

 シラノの攻撃力の高さを考えれば、逆に反撃を許さず勝ち切る事が求められていた。

 ユファールは倒れた相手を無駄の無い動きで追い詰め、ダメージを稼いでいく。

 

『完璧とも言える起き攻めで既に相手のHPを残り4割まで削り取りました。

 豊選手としては何とかこの地獄の起き攻めから逃れて反撃の糸口を見つけたい所でしょう。

 起き上がりに対して閃光設置罠を発動。

 真上に飛んで回避。

 着地に対して貫通ビームを合わせようとした所で斜め下に斧を振る攻撃が当たりました』

 

 桜華は勝負を急いだ結果、自分でも気付かない内に前がかりになってしまっていた。

 そこを的確に突いて劣勢から何とか立ち直った豊。

 だが吹き飛んだ相手に対して追撃する事が出来ない。

 

「追いかけるかどうか迷ってしまいましたね。

 この判断は後々の展開に響いてくるでしょう」

「下手に追撃して返り討ちされたらダウン確定だったからね~。

 判断が遅れたから逆に割り切ってガードを固めてるけど」

 だが相手が吹き飛んだ為、画面端で延々と攻撃される状況からは解放された。

 

『残り時間は30秒。

 再び設置罠で相手を崩しにかかるユファールと、それをかいくぐって近付こうとするシラノの戦いになります。

 シラノはHPで負けている為、相手をダウンさせるか第1ラウンド終了時にHP差で勝つ条件を満たさなければなりません。

 勿論相手を殴りに行かなければならないのですが、ユファールの堅牢な壁を突破するのはかなり難しいでしょう』

『ここまで来たからには、何とか意地を見せてもらいたいですね』

 

 後退して画面端に向かうのは危険だが、正面から近接戦闘に持ち込まれるのはさらに危険な為桜華はユファールを後ろに下げた。

 左端の完全に端では無く、キャラクター1体分の隙間を開けて相手を牽制する。

 

『残り時間は15秒。

 ここまで徹底的に邪魔されると近付く事すら困難になります。

 当たればダウンが狙え、当たらなくとも近付かせさえしなければ勝ちと言う状況では、ユファールが無理をする必要が全くありません。

 リスクを背負って負ける危険性を承知で攻めなければ勝ちが拾えないワケですが……

 シラノが地上から一気に走って距離を詰め、跳躍でさらに近付くと強引に攻撃を通しました。

 すかさず残しておいた逃げ道を使って壁まで下がり、画面端での攻めを防ぐ為に跳躍してシラノの背後を取りに向かいます。

 その着地硬直の隙を見逃さずにシラノが投げを決めました!』

 

 お互いに相手の背後を取ろうとし、後出しで豊が制した形となった。

 跳躍している間は罠の設置が出来ず、相手が懐近くにいる場合は斜め下に放つビームも当たらない。

 何発かの攻撃が通ったが、僅かにHP差を逆転する事が出来なかった。

 

『起き攻めに対して躊躇せず衝撃波を使って逃げの一手を図るユファール。

 ココでもう一度コンボが入ってしまうと逆転されてしまう為、必死に逃げて再び相手の接近を許さない立ち回りに戻りました。

 豊選手としては投げを決めた後のコンボでミスがあったのが痛い所でしょう。

 もう一発決まっていれば残りHPで逆転していたハズです。

 牙城を崩せず、タイムアップ。第1ラウンドは桜華選手が制しました』

 

 たった1回の崩しを的確に決めてラウンドを取った桜華。

 猛攻に対して一度しか崩れなかったが、決定的なチャンスが二度もあったにも関わらず決めきれなかった豊。

 

「残念だけど、実力の差が出ちゃったわね。

 勿論キャラ相性として不利だって言うのはあるんだけど、事前に解っていた事。

 この僅差での負けは次のラウンドに影響してくるわ。

 さらに厳しい戦いになるでしょうね」

 

「これで豊さんは耐えて守るか、相手の減っているHPを削ってダウンさせるかの二択を迫られる事になるんですね……

 出来れば豊さんに勝ってほしいです。

 私は零さんと豊さんの決勝戦を見てみたいので」

 

 比呂子の心境は複雑だった。

 同じ趣味を持つ『友達』と、紆余曲折の果てに生まれた『秘密の恋人』。

 比呂子にとって豊も桜華も応援すべき相手であり、勝って喜ぶ姿を見てみたいと思っている。

 だが最後には豊が勝ってほしいと願った。

 豊といた時間の方が長かったからと言うのも理由の1つなのだろう。

 

「いやぁ、さっきのミスが響いたな。

 でもまだ俺は終わってないぜ」

「私も余裕を持って戦っているワケではありませんわ。

 決めれる時に決めておきたいですわね」

 

 この不利な戦況を引っくり返すのは非常に難しい。

 だが不可能と言う程でも無かった。

 何故なら、先程の戦いで披露した守りをもっと堅くすれば、ノーダメージで最終ラウンドへ向かう事も夢では無いからである。

 

『第2ラウンド。

 開始と同時にシラノが距離を取ります。

 遠距離攻撃を得意としているユファールに対して牽制するのは非常に難しいのですが、ただ守りを固めているだけでは当然勝てません。

 ユファールも閃光設置罠で相手の逃げ道を塞ぎつつ、跳躍したシラノに向けて斜め上の軌道を描くビームを発射。

 防御して後ろの床に着地する為、端に罠を設置しておけば引っかかり易くなります。

 この局面は衝撃波で回避しました』

 

 無駄なダメージは一切受けない。

 豊の本気が感じ取れる一幕だった。

 勝つ為の行動を迷う事無く続けていく。

 超必殺技も視野に入れながら、出し惜しみはしないと心に決めていた。

 一方桜華の方は最終ラウンドにもつれ込む可能性も考え、積極的には攻めない。

 

『桜華選手、常にシラノと一定の距離を保つ事に拘っています。

 相手が一歩出れば一歩下がり、一歩下がれば一歩出る。

 これもまた豊選手と同じ様にダメージを受けない事を前提とした立ち回りですね。

 近付いてきたシラノに対してユファールがビームを放ち、その真下に罠を設置。

 しかし発動が一瞬遅かった為シラノは回避。

 斜め下への斧振りから着地して力強い横一閃の攻撃。

 ユファール、しっかりガードしています。

 そこからさらに相手の懐に潜り込んでシラノが投げを決めました。

 相手の隙を突いた素晴らしい動きです』

 

『今のは通常攻撃をガードして安堵してしまった桜華選手のミスですね。

 確かにシラノの動きはユファールに比べれば鈍いですが、投げの発動スピード自体はユファールとそう変わりませんし』

 衝撃波を発動した際に無理に攻めておけば良かったと言う思いも頭をよぎったが、後悔するよりもこの現状を改善するのが第一となる。

 桜華は怒涛のラッシュでHPを削ってくるシラノを衝撃波で吹き飛ばした。

 

『ユファールのHPは残り僅かです。

 当然、ココでシラノにダメージを与えておけば最終ラウンドが有利になります。

 まだ40秒もあるので逆転も可能。

 吹き飛ばしたシラノに対して距離が生まれたので再びビームと罠設置を継続。

 余裕の無い状況でも動揺する事無く出来る事をやる。

 こういったメンタル面の強さも勝つ為には大事な要素です』

 

 攻めて早くにとどめを刺すか。

 それともリスクを負うのを避けて40秒間逃げ続けるか。

 (攻める手段が豊富にあるユファール相手にワンチャンスを通していくシラノと言う構図。

 流石に40秒も逃げるってのは無理があるな。

 両方狙いつつ、隙が生まれたら通していくか)

 

 一気に距離を縮める事が出来ないと言う枷の中で、近距離戦に持ち込むのは非常に難しい。

 それを意識しながら豊は襲い掛かる床の上及び床の下の攻撃を捌かなければならなかった。

 

『攻勢を強めるユファールに対して、シラノも強気の攻めに出ています。

 攻撃をしっかりガードしながらも着実に前に出てくる相手に対して攻めあぐねるユファール。

 接近を許さないと言う点では徹底した立ち回りを見せていますね』

 こういった攻め込んでくる相手に対してやり合うキャラクターでは無い事が解っている場合、受け流したり上手く逃げる技術が求められる。

 ただ画面端へ向かうだけでは追い詰められてしまう為、隙を突いて位置を入れ替え相手を無理やり画面端に追い込むテクニックも披露した。

 

『両者が交錯した際にユファールの蹴りが入りましたがそこまで大きなダメージではありません。

 追撃にも繋がりませんでした。

 しかしシラノの一瞬の怯みを利用して巧みに位置を入れ替えます。

 そしてココで唐突に超必殺技を発動。

 距離が近かった為強引に攻撃を通そうとしたシラノの緩みを突きました。

 桜華選手、切り札を惜しみなく使い攻め続けていますね』

 

 巨大な貫通ビーム。

 ガードすれば無傷で済んだが、攻撃のモーションに入った直後を狙われた為大きなダメージを受けてしまう。

 

 (クソッ、半分持っていかれた。

 救いとしては、相手に余裕があった為にそこまで致命傷にはならなかった所か……

 もしこれが終盤のお互いにHPを減らしていた状態だったら決まっていただろう)

 

 だが気の緩みを見せたのは豊だけでは無かった。

 最終ラウンドに持ち込まれてもかなり有利に戦えると言う心理状況が、近距離での起き攻めに繋がってしまう。

『桜華選手、勝負を決めてしまおうとかなり強引な攻めに出ましたがシラノの暴れが通ってダウン。

 HPフル状態のユファールと、HPが半分しか残っていないシラノの最終ラウンドに入りました』

 

 超必殺技を残したまま手負いと言う『絶好の状態』であるシラノか。

 それともHPを残し、遠距離での圧倒的な火力で戦えるユファールか。

 準決勝最終戦の最終局面。

 決勝に進む為の戦いは終盤に差し掛かっていた。

 

『泣いても笑ってもこのラウンド、この60秒で勝者と敗者が決定致します。

 超必殺技においてもリスクを冒す必要があるシラノ。

 近距離でしか発動しない超必殺技の為ユファールは相手を寄せ付けない事が至上命題です。

 ラウンド開始と同時に距離を取るユファール。

 追いかけるシラノ。

 開幕直後からお互いの思惑がプレーに現れています。

 追いすがろうとするシラノに対してユファールがビームと設置罠で牽制。

 これ以上の無理は出来ないと判断したシラノは一旦距離を取ってチャンスを伺います』

 

 超必殺技が当たりさえすれば体力で逆転どころかその一撃で勝てる可能性が高いと言う状況ではあったが、シラノのHPにも余裕が無い。

 1度でもコンボが決まってしまうと負けてしまう為、お互いにひりつく戦いが続いていた。

 

「超必殺技を使用して外した後のリスクを考えれば、使わずに最後までとっておくと言うのも手かもしれません。

 相手にプレッシャーをかけ続ける事が出来るワケですからね」

「朋美ちゃんはそう言うけど、その1回位しかユファール相手にはチャンスが作れないって言うのも事実よね。

 引っ掛けた時にHPが逆転する様な事があれば焦った相手に必殺技を決める事が出来るんでしょうけど……」

 

 あかりが危惧していたのは、何のチャンスも作れずに屈する可能性がある事だった。

 20秒経過してもお互いに決めきれない状況は続く。

 しかし豊にしてみれば決めきれなければ負けてしまうのだ。

 

『遠距離でのやり取りが続いています。

 遠距離から閃光設置罠を上手く起爆させさえすれば勝利をもぎ取れる桜華選手に対して、豊選手はとにかく近付かなければなりません。

 当然ダメージを受けるワケにもいかないので相当慎重な動きをしています』

 

『これだけの猛攻に対してきっちりガードで耐えていると言うのは素晴らしいと思いますよ。

 並のプレイヤーなら20秒間のうちのどこかでもう崩れているんじゃないでしょうか。

 ただ、全くチャンスが作れていないのは厳しいですね。

 接近戦を挑みたい気持ちがあるでしょう』

 

 フィールド中央での戦いが激化していた。

 とにかくダメージを当てて相手を怯ませたいシラノが跳躍してユファールの真横に立ち、上からの振り下ろし攻撃を狙うがガードで防がれる。

 その直後にユファールがシラノの真下に閃光設置罠を仕掛けるが、シラノはバックステップでその場所から離れた。

 

『おっと、さらに遠距離での攻勢を強めようとしたユファールでしたが、牽制の為に放ったビームが外れシラノが場の主導権を握ろうとしています。

 斜め上に放たれたビームを避けて滑り込み、ユファールに攻撃が通ります。

 即座に起き攻めに対して衝撃波を放つユファール。

 防がれる事を見越していたのか超必殺技は温存。

 豊選手、ゆっくりとではありますが桜華選手の堅牢な要塞に傷を付け始めました!』

 

 受けたダメージ自体は致命傷では無かったが、もう少しでやられる可能性すらあったと言う脅威は桜華を驚愕させるには充分な出来事だった。

 (今のが必殺技だった場合私が負けていた……

 も、もう1回も攻撃を通させるワケにはいきませんわ!)

 焦りはプレーに直結する。

 動揺してはならないとは思っている桜華であったが、動きが先程より堅くなっていた。

 

 (この揺さぶりを勝ちに繋げていかねぇと……!)

 だが最後の所で桜華は崩れない。

 近付かせる展開を許してはいるが、実際にダメージは受けていなかった。

 ようやく落ち着きを取り戻した桜華は再び遠くにシラノを追いやると、ビームを撃ちつつ相手の動きを封じにかかる。

 

『お互いにダメージは通っていませんがかなり激しい試合展開。

 残り20秒の間に何が起きても不思議ではありません。

 ユファールは徹底した動きでシラノに攻撃を続けていますが、ガード及び回避でひたすら耐えるシラノ。

 シラノが1回チャンスを通したかと思えばユファールには10回のチャンスが生まれている様な気がします。

 ココでシラノが賭けに近い動き。

 かなり強引な攻めを見せました。

 端から脱出するとバックステップで距離を取ろうとしているユファールに近付きました』

 

 時間が残っていなかった。

 最早通常の攻撃でHPを逆転する手段が無い。

 苦し紛れで出した超必殺技もガードされ、その硬直の隙を突かれたシラノがコンボを喰らい倒れる。

 

『井島豊選手対綾小路桜華選手の戦いは、綾小路桜華選手の勝利となりました!』

 勝負を決められるタイミングは皆無では無かった。

 そこで決めきれなかったのが彼の敗因だったのだろう。

 

 今年、決勝トーナメントに挑む事が決定した時の豊はそれ程喜んではいなかった。

 嬉しくなかったワケでは無い。

 だが、最初に決勝トーナメントに進んだ時の感動や興奮を与えてくれはしなかった。

 その次は喜べると思っていた。

 

 ベスト8からベスト4へ。信じられない様な興奮に包まれた。

 あの時見た夢の続きをずっと見ている様な感覚……

 味わった事の無い未知の領域に挑んでいた。

「夢から覚めるのは……あっと言う間だな」

 

 覚めない夢なら良いのにと豊は思っていた。

 この興奮と感動をずっと味わっていたい。

 だがそれが許されるのはたった1人だけだ。

 前年王者の拓巳も悪夢を見るまでは希望に満ち溢れた夢を見続けていた。

 

 自分がその1人になる事は出来なかったが、不思議と後悔は無かった。

 精一杯やって負けたと言う気持ちもあったからだ。

「いや、楽しかったぜ。

 本当にココまで来れたのは嬉しかった。有難うな」

 

 桜華に対してそこまで良い感情を持っているワケでは無かった豊も、この試合に関しては桜華に感謝していた。

 正々堂々と美しく戦い、勝つ事に拘り、ありとあらゆるテクニックを駆使して勝利を掴む。

 彼女は立派に戦った。

 豊はその事実に関しては素直に称えなければならないと思っていた。

 

「素晴らしい勝負になりましたわね。

 優勝まであと1つ。夢を叶えるまであと少しですわ」

 椅子から立ち上がった豊が桜華に握手を求め、彼女がそれに応じると会場は大きな拍手の音に包まれた。

 

 その歓声と拍手の裏で、暗躍する者達は冷たい笑みを見せる。

 (素晴らしい。

 結果として財閥の『表』を愚民達に見せ付ける事が出来た。

 少々のアクシデントは御嬢様の輝きでカバーしている。

 『科学技術班の不正事件』は織田信虎暗殺事件のインパクトに掻き消される運命だ)

 

 染井は同じ様に拍手を送りながら、財閥の輝ける栄光を信じて疑わなかった。

 その近くで座り、事の成り行きを見守っていた竹中も心の中で邪悪な考えを巡らせている。

 

 (既に財閥の栄光を握り潰す準備は整っている。

 織田信虎が暗殺されるその瞬間までは同盟を組むが、死んだ瞬間から同盟など破棄だ。

 紅虎明命を私の手で滅し、綾小路財閥の暗部を国民に暴露する。

 財閥の者達が私の傷に触れる前に叩く必要があるな)

 

 財閥が強大な財力を持っている一方で、竹中も強大な権力を持っていた。

 生き残る為には手段を選ばない。

 その点では財閥も竹中も変わりはしなかった。

 

「丹羽君、自衛軍の毛利君に連絡を入れておいてくれたまえ。

 最悪の事態を想定する必要がある」

 織田信虎は丹羽律の耳元でそう囁くと、律はしっかりと頷きその場から離れていった。

「総理、どうかされたのですか?」

 

 彼女の行動に対して竹中が目敏く質問したが、信虎は笑ってはぐらかす。

「会場の外が随分騒がしくなっている様だからね。

 お祭り騒ぎは構わないが、それが何かのきっかけで暴徒と化す可能性は否定出来ない。

 私達がココにいて動く事が出来ない以上、保険はかけておく必要がある。

 それだけだよ」

 

 竹中はうすら寒いものを感じて戦慄した。

 『失敗』の二文字が頭をよぎったが、もう後戻りする事は出来ない。

 

 (とにかく奴等が信虎を殺ってくれればいいんだ。

 信国の連中が成功さえすれば私は助かる。

 信虎が多少の保険をかけたとしてもこの会場内ですぐに動けるのはテロ組織の者達だけだからな)

 動揺しそうな心を無理やり鎮め、竹中は目を瞑って静かに息を吐いた。

 

 綾小路桜華と氷室零。

 会場の中央に立っているのはこの2人だけになった。

 

『今までの結果をまとめておきましょう。

 決勝戦に進んだのは綾小路桜華選手と、氷室零選手です。

 なお本来ならば3位決定戦を行う予定でしたが、諸々の事情により3位は井島豊選手に決定致しました。

 現在の時刻は午後2時15分。

 10分間の休憩を挟み、2時25分から決勝戦を行う事になります』

 

『個人的に豊さんが3位になったと言うのは感慨深いですね。

 第1回大会は私も観客として観戦していましたが、本当にかっこいいプレイヤーでした。

 いずれもっと上まで行くだろうと思っていただけに嬉しいです。

 決勝戦に残った2名も相応しい実力を持っているでしょう』

 

『会場にいる皆さんはこの10分間の間に、トイレ休憩を済ませておいてください。

 決勝戦の直後にすぐ表彰式を行います。

 恐らく終了時刻は3時を少し回った辺りになりますね』

 

 NEXTエリカがそう言うと、多くの者がトイレに向かっていった。

 収容人数の多さもありトイレは数多く設置されている。

 エリカは軽く咳き込むと側に置いてあった水を口に含んだ。

 

「大丈夫ですか?」

 遼子は心配して彼女の方を見たが、エリカは笑顔を見せる。

「ずっと喋りっぱなしで喉が渇いただけよ。

 もうちょっと頑張らないとね」

 

 全国大会の『顔』になりつつあるNEXTエリカは、多くの若いZEROプレイヤーに支持されている。

 遼子も全国的な知名度ではエリカに及ばないが、実力を上げている有望な若手の1人だった。

 

「零さんが決勝か……

 本当にZEROの全国大会は夢があって良いわ。

 1年前は誰も知らなかったダークホースが、あれよあれよと勝ち抜いて栄冠を掴もうとしている。

 相手の桜華さんもそれは同じだけど、彼女は知名度に関しては零さんに勝っているわね」

 

「私は、零さんに勝ってほしいです。

 綾小路財閥は自分の所の宣伝にZEROを利用しているフシがありますから」

 財閥はそうであったかもしれないが、桜華自身は純粋だった。

 憧れた相手と違う土俵で雌雄を決しようとしている。

 他人の目が冷ややかであったとしても、桜華自身は本気だったのだ。

 

『姉様、遂に頂点に立つ時が来たね!

 私応援するから!』

 電話口から聞こえてきた美香の声から、桜華は彼女が相当興奮しているであろう事を知った。

 

 (私も興奮と緊張を抑える事で精一杯ですわ)

 桜華は向こうの方で同じ様に電話をかけている零の方を見る。

「零は私と最初に戦った時より確実に強くなっていますわ。

 それでも勝ちたい気持ちに変わりはありませんけれど」

 

『雑魚よ雑魚。

 有象無象の屑は決勝まで行けても姉様に敗れる運命!

 天武日本で一番強いZEROプレイヤーは姉様に決まってるわ!』

 

 テンションが上がりに上がっている美香を窘めつつ、桜華は彼女の近くにいるであろう妖と電話を代わる様に命じた。

「妖……有難う。

 ココまで来れたのも貴方の助けがあったからこそですわ」

『いえ、とんでもありません。

 御嬢様の実力があったと言う事。私が何かしたワケでは無いのです』

 

 妖は桜華に感謝されるのがあまり好きでは無かった。

 財閥の為に働いている自分の『仕事』を感謝されると心が苦しくなる。

 桜華の事が嫌いと言う事では無い。

 ただ、使命感を持って桜華を励ましてきた妖は彼女に喜ばれると罪悪感に包まれてしまうのだった。

 

「私の戦いを、見守っていてくださいまし」

『勿論です。

 御嬢様の優勝を心から祈っております』

 桜華は電話を切り、零の方を見る。

 零はまだ電話で誰かと話をしている様に見えた。

 

 (あと1回。1回勝てば私の優勝。

 全国の者達に私が知られ、そこで私の演奏を披露する。

 評価されれば御母様に良い報告が出来ますわ。

 それこそが財閥の悲願であり、私の夢)

 

 桜華は自らに言い聞かせる様にそう思った。

 幼い頃から自由を奪われ、自分の本当にやりたい事も出来ずに生きてきた。

 何度自由に生きたいと心の中で叫んだか解らない。

 それでもその気持ちを隠し続けた。財閥の為に……

「これからは、私の時代ですわよ」

 

 使命を果たす事が出来れば、少しは自由になれるのかもしれない。

 そんな僅かな希望を彼女は胸に抱いていた。

 

『兄さん、とうとう決勝戦まで来たわね』

「夢見ていた舞台ではあったけど、今はあまり実感が無いんだ。

 勝てて当たり前みたいな試合は1つも無かったし、全てが薄氷を踏む様な結果だった。

 でも決勝に挑むからには勿論勝ちたいよ」

 

 零は妹である瞳と電話で話していた。

 この時に至るまでずっと一緒にいてくれた妹の存在は大きい。

 格闘ゲームに挑戦すると言った当初から良い顔をしてくれていたワケでは無かった。

 

 反対された。一時は会話が減りもした。

 だが、井島豊と火村あかりが瞳に格闘ゲームの素晴らしさを教えてくれた。

『頑張って……兄さんの勝利を祈っているわ』

 零以外の仲間は祈る事しか出来ない。

 それは瞳だけでは無く、他の大勢の仲間達全員に言える事だ。

 

 零はその事を誰よりも解っていた。

 不思議と気持ちが楽になっているのを彼は感じていた。

「有難う瞳。見ていてくれ。

 きっと勝ってみせるよ」

 

 通話を切り、瞳がいるであろう観客席の方を見た。

 あかりや豊の姿も何とか確認する事が出来る。

 

 (僕だけの力では辿り着けなかった。

 皆本当に有難う。皆が良き友であり、良きライバルだった。

 紅白戦の時に戦った南屋さんや、親善試合の時に戦った天邪鬼さんも……

 そして何より、瞳も同じライバルだった)

 多くのプレイヤーと戦って腕を上げ、零は今ZEROプレイヤー達の頂点に立つかもしれないと言う所まで来た。

 

「行ってくるよ!!」

 聞こえるかどうかは解らなかったが、皆に向けて大声を出した後、零はゆっくりと歩き出す。

 桜華も同じ様に中央へと歩を進めていた。

 

 最後の試合が始まろうとしていた。

 どちらが勝っても歴史に名を残す事は間違いない。

 意地とプライドと、互いの夢を賭けて2人がぶつかり合う。

 観客達は歴史の目撃者になろうとしていた。

 

「H20爆弾の組み立ては完了しています。

 あとは機を見て飛び込むだけです」

「会場の外に用意してある電磁パルス爆弾の爆破のタイミングは絶対にしくじるなよ」

 もう1つの歴史の歯車も動き出す中、決勝戦の幕が開く。

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