※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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この物語の最大の山場であり、全国大会のクライマックスです。
最高潮からゆっくりと物語の終わりに向かって進んでいきます。
大規模なイベントはココで終わりますが、
物語自体はまだまだ続いていくのです。


極月 決勝 野望の終わりと絶望の始まり

 会場が暗闇に包まれ、強い光がバトルフィールドに立つ2人に当てられる。

『皆さん、いよいよ待ちに待った決勝戦です!

 全国から集った16名の強豪プレイヤーは、遂に2人に絞られています。

 氷室零選手と、綾小路桜華選手です!』

 

 会場全体が明るくなった時、先程まであった筐体が別のものに変化していた。

『決勝戦は最後を飾るに相応しい特別筐体にて行われます。

 筐体を覆っているのは純金。

 椅子も何時までも座っていたくなる様な特注品です』

 

 通常の筐体よりもゲーム画面が一回り大きく、椅子の座る部分も若干高めになっている。

 達人は得物を選ばないと言うが、今までプレイしてきた筐体との違いがプレイに与える影響は決して少なくない。

 

「無理やり豪華にしてみたって感じね。

 去年まであんな事してなかったのに……」

「特別ってのが引っかかるな。嫌な予感がするぜ」

 あかりや豊が疑うのはもっともだった。

 観戦していた織田信虎も怪訝な顔をする。

 

「あれは一体何なのかね。

 私は一切聞いていなかった演出なんだが」

 不機嫌な表情になった織田総理に対して、慌てて総務大臣の羽柴永吉が弁明を行った。

「今大会のスポンサーである綾小路財閥側から提案されまして、了承した次第でございます。

 総理にもサプライズとして、筐体の事は申し上げずにおこうとも……」

 

 それを聞いて信虎は呆れてものも言えないと言った表情を浮かべる。

 (成金趣味の羽柴君らしい、派手だが創造性に著しく欠ける演出だ。

 私に確認を取らずに喜んでもらおうと言う発想も実に彼らしい。

 困ったものだが……

 しかし、綾小路財閥の製作した筐体となると、また問題が起こりそうだな)

 

 NEXTエリカが特注筐体を製作したスポンサーに触れないのも、事前の取り決めがあっての事だった。

 綾小路財閥は大会のスポンサーとして多額の資金提供を行い、その見返りを『桜華優勝』と言う形で求めていたのだ。

 

 (青龍と玄武の正体が露見する可能性はあった。

 ならばそうなった時の予防線を張る必要がある。

 大切なのは御嬢様が優勝する事。

 あの筐体には我々が特殊な仕掛けを施しているからな……)

 先程こそ若干の動揺があったものの、染井は落ち着きを取り戻し席に座って合図のタイミングを計っていた。

 

 (事前に何度も大会を運営するスタッフが筐体に異常が無いかどうか確認している。

 通常のZEROと全く同じかどうかを。

 だがそんな事前の調査等何の意味も持たん。

 プログラムの改竄によってユファール・シャインスピリアのスピード及び当たり判定が変更出来る様になっている。

 そのプログラム変更そのものが遠隔操作によってプレイ直前に行われるのだ。

 元に戻す事も出来るから証拠も残らない)

 

 リモートコントロール。

 テレビのチャンネルを変更するのと一緒で、ボタンを1回押せばプログラムが変わりもう1回押すと元に戻る。

 染井や黒沢がその操作を直接行うのは自殺行為に等しい為、リモコン自体は筐体により近い観客席に座っている部下の1人が所持していた。

 

『この特別筐体にて行われる決勝戦の前に、ココまで残った2人のプレイヤーの紹介とインタビューを行いたいと思います』

 零と桜華の2人にマイクが手渡される。

 NEXTエリカも長尾遼子も実力を発揮して頂上近くにまで到達した彼等に対して尊敬の眼差しを向けていた。

 

『まずは、氷室零選手の紹介から。

 出生は東京都。現在は千葉県在住。

 妹の氷室瞳さんと2人暮らし。

 御両親は御二人とも音楽家で、零選手自身もこの道に入るまではピアニストとして活躍されていました。

 音楽の道からこの場所に来るまでには紆余曲折があったのでしょうが、その理由を伺っても宜しいでしょうか?』

 

 彼女から放たれた質問に対して、零は静かに頷き答えを発する。

 

『自分が今この場所に立っている理由。

 その1つはやはり両親の死にあったのではないかと思っています。

 ピアニストとしての僕に愛情を注いでくれた母。

 その一方で、父は僕にそれ以外の選択肢を全く与えてくれなかった。

 機械の様にピアノと向き合う日々が続き、2人が死んでしまった後僕はピアニストを続ける意味を失ってしまったんです』

 

 零と桜華の境遇はよく似ていた。

 父親が苛烈であった事、母親が愛情を注いだ事、

 そしてその2人が死んでしまった事。

 零には自由が与えられたが桜華は檻の中から抜け出す事が出来なかった。

 

『抜け殻の様になってしまった僕の目に映ったのは、ZEROの全国大会……

 まさにこの場所で行われていた決勝トーナメントの映像でした。

 ピアニストと同じ様に己の腕だけで道を切り拓ける格闘ゲームの魅力。

 僕は自分の意志でその道を選択し、こうして決勝戦に挑むまでになったんです。

 ただ、ピアニストだった頃とは大きく変わった所がありました。

 それは、自分を取り巻く環境です』

 

 零の目の前には大勢の観客達がいた。

 豊やあかりがいるであろう場所を見つめ、記憶を思い返す様に目を瞑る。

 

『ピアノを上手く弾く為に部屋に閉じ篭もり、1人でピアノと向き合っていたあの頃の自分はもういません。

 格闘ゲームを始めてから仲間が出来ました。

 ゲームセンターに通って共に研鑽し、技術を高め合って勝利を目指す。

 ZEROに関しては、僕1人でココまで来る事は出来ませんでした。

 仲間のおかげで決勝まで来れたのだと思っています。

 だからこそ、この場所に僕を連れてきてくれた仲間達の為に勝ちたい。

 今はそれだけしか考えていません』

 

 豊、あかり、比呂子、涼介と言ったホームの仲間だけで無く、南屋朋美や天邪鬼と言ったライバル。

 自分の夢を理解し応援してくれた瞳。

 負けてしまったプレイヤーの夢を全て背負っている事を零は理解していた。

 

『それでは最後に、この決勝戦にかける意気込みを一言お願いします』

『自分の持っているもの全てを出し切って、優勝したいです。

 勝ちに行きます』

 視線を逸らす事無く真っ直ぐに見つめてくる零の本気を、NEXTエリカは素直に感じ取っていた。

 

『有難うございました。

 それでは次に、綾小路桜華選手の紹介に移らせてもらいます。

 出生及び現住所も東京都。

 綾小路財閥の現総帥にして、現役のバイオリニストでもある桜華選手。

 幼少期に御両親が他界されてから、色々と苦労された点も多かったと思います。

 この場所に至るまでの経緯をお聞かせください』

 

 NEXTエリカの質問に対して、桜華は言葉を選びながら答えていく。

『私にとって大事なのは、綾小路財閥の繁栄と私自身が誰よりも強いスポットライトを浴びて輝く事。

 バイオリンを弾く事も、経営を担う事も、そしてZEROに挑むのも全てその為ですわ。

 でもこの決勝戦は財閥の繁栄よりも、私のプライドにかけて負けられないと思っておりますの』

 隣にいる零に視線を移し、桜華は羨望と嫉妬が混ざり合った気持ちを露わにした。

 

『天の悪戯とでも言うべきかもしれませんけれど、決勝戦の相手になった零は私にとって特別な存在ですわね。

 私よりも音楽で勝り、そして私よりも自由に生きている。

 零に勝るものが1つでも欲しい。

 その一心で私はがむしゃらにこのZEROと言う格闘ゲームに励んできましたわ』

 

 孤独を埋める者はいた。

 妖や美香と言った彼女を支えてきた女達。

 だが桜華の孤独感を完全に拭うまでには至らなかった。

 零を超える事で、自分の孤独に満ちた人生が間違っていなかった事を証明したかった。

 

 そして優勝をきっかけにして真の自由を、新しい仲間を手に入れたかった。

 それが彼女の本懐だったのだ。

『頂点に立った時の景色がどんなものなのか、純粋に知りたいですわね。

 この決勝戦で勝って、満ち足りた気持ちで帰りたいと思っていますの』

 

『零選手とは因縁があったんですね……

 この決勝戦はその因縁に決着をつけるものになるかもしれません。

 最後に、この決勝戦にかける意気込みを一言お願いします』

 

 桜華はマイクを握っていない方の手を上に突き上げ、笑顔を見せる。

『勝つのは、私ですわ!

 私の事を応援してくれる人の為にも負けられないですわね』

 

 準決勝にて財閥の不正が明らかになり、桜華の本気に対して訝しんでいた観客達もただひたすら純粋にZEROと向き合ってきた彼女の思いに感激して惜しみない拍手を送った。

『両選手、互いの健闘と真剣勝負を行う事を誓って握手をしてください!』

 NEXTエリカがそう言った後、零と桜華は向き合い互いの顔をしっかりと見つめながら握手を行う。

 

 相手にかける言葉はもう必要では無かった。

 自分が優勝したい。

 戦う相手がそう思っている事は嫌でも解っている。

 桜華が僅かに微笑み、零はそれに応じて頷いた。

 

『それでは筐体の前へ!

 今大会の最後の試合はヴォルフ・ムーンリファードとユファール・シャインスピリアの対戦になりました。

 オーソドックスな主人公キャラと、熟練のテクニックが求められる技巧派タイプのキャラの勝負です』

 

『先程のシラノVSユファールの試合では、シラノがスピードで完全に後手に回り相手に翻弄される場面が目立っていましたがヴォルフを相手にするとなればそうはいきませんからね。

 平均的なスピードを持つヴォルフをいかに近付けない様にするか。

 ヴォルフはどうやって攻撃を回避し近付くか。

 一瞬の判断の違いが勝負を決める事になるでしょう』

 

 2人が椅子に座り、観客の視線が筐体や巨大スクリーンに向けられた瞬間。

 それが合図だった。

 (今だ、やれ!)

 事前の打ち合わせ通り、染井の部下がリモコンのボタンを押す。

 その変化は本当に些細なもので、仕掛けた側ですらもその違いには容易に気付けない。

 

 (僅かな変化だが、その違いは大きい。

 ユファールの動くスピードは通常より10%早くなり、当たり判定は一回りだけ小さくなっているのだ。

 御嬢様でも、対戦相手である氷室零でもたった1試合ではその違いを見抜く事は出来まい。

 我々は勝つ為なら何でもやる)

 

 勝利の為ならなりふり構ってはいられない。

 邪悪な笑みを浮かべる染井の近くにいた竹中官房長官も同じ思いを共有していた。

 

 (残念だが、君の企みは御見通しだよ染井君。

 既に外部からのプログラムの書き換えが出来ない様に手を打っている。

 少しでも決勝戦を有利に進めたかったんだろうが残念だったね。

 私としては彼女が勝ってもらっては困るんだよ)

 

 竹中は財閥と協力しながらも、自分の利益の為に裏切る事を恥とも何とも思っていない。

 お互いに出し抜こうと必死だった。

 竹中のシナリオ通りに事を進める為には竹中自身がカリスマにならなければならない。

 

 (桜華がこの大会で優勝し、直後に総理が死亡すれば財閥側としても桜華を堂々と担ぎ上げる事が出来る。

 逆に準優勝止まりとなれば、国民がそこまで大きく注目する事は無い。

 そうなれば私の出番が来ると言うワケだ)

 結果的に何の変化も起こらぬまま、決勝戦が始まろうとしていた。

 

 観客の熱気は最高潮に達している。

 NEXTエリカの実況も通常よりさらに気合が入っている様に見えた。

 

『背景は『ヴァルー 神殿前』ですね。

 ZEROを代表するステージで決勝戦が行われる事になりました。

 泣いても笑ってもこの一戦で優勝者が決まります。

 さて、試合の流れを見る事にしましょう。

 開幕からヴォルフが攻めている展開ですね。

 ガードしている間はビームも閃光設置罠も出せないと言うユファールの特性上、攻めている間は有利と言う側面があります。

 勿論言う程簡単にその状況に持ち込めるワケでは無いのですが……

 ココでユファールの暴れが通りましたがコンボとしては繋がらず。

 警戒してヴォルフはその場から一旦離れます。

 こうなると今度はユファールが攻めるターンになりますね』

 

 ヴォルフのスピードに任せた猛攻さえしのげばチャンスがあると桜華は踏んでいた。

 (シラノと違ってヴォルフは隙を見せるとすぐに懐に潜ってきますわ。

 勝つ為にはそうさせない事が重要……!)

 常に一定の距離を保ち、ビームで揺さぶりをかけながら閃光設置罠で相手が降りた所を狙う。

 零も百戦錬磨のプレイヤーの為、そう簡単には引っかからず大きなHPの変動こそ無いものの白熱した展開が続いた。

 

『現時点においては桜華選手が僅かにリードしている状況ですが、何時でも引っくり返せる差でしかありません。

 着地した所を狙うユファールと、跳躍して地面にいるユファールに蹴りを入れようとするヴォルフ。

 一旦離れた所で閃光罠を後方に設置。

 ビームを用いてその真上に立つ事を強いるプレイングを行っている桜華選手。

 設置してから即座に発動する事は出来ないので、トラバサミの様に誘う必要があるのですが、相手も易々とは引っかかりませんね』

 

 跳躍した瞬間にビームを撃ち、防御するとビームを受けたキャラクターは少し後ろに下がる。

 その仕様を利用する事で閃光設置罠の真上に立たせようと言う作戦だったが、零は何とかそれを切り抜けた。

 

『画面左端に置いてあった罠の丁度上に立ったヴォルフが、閃光設置罠の発動と同時に衝撃波を放って回避。

 即座に反撃に移ります。

 敢えてダッシュ攻撃をしてビームを跳躍で避けるとまたも上空から攻撃。

 バックステップで何とかその場をしのごうとした桜華選手でしたが、追いすがるヴォルフの攻撃を避けきれませんでした』

 

 後方に移動するユファールとダッシュするヴォルフが右端で重なり、コンボが入る。

 衝撃波を温存しようとした策が裏目に出た形となった。

 あっと言う間にHPの3分の1が消し飛ぶ。

 

『ヴォルフの起き攻めを衝撃波でいなしたユファールが、遠距離での攻撃を継続。

 とにかく近距離でしか攻撃を行う事が出来ないキャラクターが相手なので、近寄らせない立ち回りが重要になってきます。

 起き上がりに仕掛けた設置罠はヴォルフが起き上がるタイミングをずらす事で回避。

 しかしそこにビームを当てる事でダメージが入りました。

 追撃したい所ですがココは様子見。

 遠距離でちくちくダメージを蓄積していく作戦でしょうか』

 

 遠距離攻撃のダメージソースとして画面を貫通するビームは優秀かつとても強力なものだった。

 どこにいても方向さえ合っていれば相手はダメージを受けるか防御するかの二択しか無い。

 防御すれば当然動きが止まったり後方に移動したりする為、遠距離攻撃を主とするユファールにとってこれ程有難い攻撃は無かった。

 

「さっきは懐に潜れましたけど、一度ダメージを受けたせいか相当手堅い動きに変わりましたね」

「ただ、HPで負けてるからどこかで勝負にいかなきゃいけないのは確かよ。

 零は不用意な遠距離攻撃を喰らわない事ね。

 HPで負けさえしなければ間違いなく桜華は何処かのタイミングで近付いてくるわ」

 

 ビーム攻撃を受けたとは言え、まだ零には若干余裕がある。

 桜華は遠距離の攻撃を続けつつ、様子を見て行動を決めようとしていた。

 (今はまだ慌てる様な時間帯ではありませんわ)

 

 ダメージを受けずにダメージを与えれば相手を倒す事が可能。

 当たり前の話だがこれを遂行する事が出来れば勝てる。

 問題はそれを『やれる』のかどうか。

 桜華は相手を寄せ付けない事で勝ちを拾おうとしていた。

 

『現在20秒経過。

 大きなダメージは入っていませんが小さなダメージの蓄積によりユファールが体力で逆転。

 ヴォルフとしては苦しい状況に追い込まれました。

 体力差は殆ど無いので技が当たればすぐに有利に立てるのですが、問題はどうやって当てるのか。

 この幾重もの壁を突破してユファールに近付かなければなりません。

 ユファールが跳躍したヴォルフに向けて貫通ビームを発射。

 防御しながら後ろに下がったヴォルフの真下に設置罠が。

 ですが着地直後の発動が僅かに遅れヴォルフが猛ダッシュ。

 貫通ビームを真横に発射したユファールの攻撃も跳躍で避けてめくり気味のジャンプ攻撃。

 防御が後手に回った桜華選手。

 1つのボタンのかけ違えも、この戦いでは命取りになります』

 

 観客は驚いて目を見張った。

 桜華がミスを犯してしまった事は否めない。

 だがそれはあくまで零が凄まじい反応速度を見せ付けた故の結果であり、並のプレイヤーならばこの局面で2回死んでいる。

 設置罠を避けきれずに真上に吹き飛ぶか、貫通ビームをまともに喰らうかだ。

 2度の死の可能性を破壊し、ユファールに届いたその執念は零が心から彼女に勝ちたいと思った願いの表れなのかもしれない。

 

『驚異的な動きでユファールの壁を突破し、遂にコンボが入ります。

 引っ掻き→前蹴り→ジャンプ蹴り→倒れた相手への追い討ち。

 ユファールが壁際にいた事で逆に多くのダメージが入ってしまっています。

 相手の起き上がり直後の暴れをバックステップで回避し、攻撃直後の硬直に対して確定攻撃。

 桜華選手、完全に動揺しています。

 自身のミスで心のバランスが崩れてしまったのでしょうか。

 何とか衝撃波でダウンこそ逃れましたが、残り体力は1割。

 何かが1回当たればダウンする領域です』

 

 桜華は自身の能力が向上した事を理解出来ていたし、周りもそれを認めていた。

 だが零はその上を目指し、到達していたのである。

 少しでも甘えた立ち回りを見せればその瞬間に刈り取ろうとするその圧倒的な力に彼女は怯えていた。

 

 (私と戦ったあの時とはまるで違いますわ。

 青龍の様に正確で、青龍には無い柔軟性が光る。

 ここまで強くなっていたんですわね……

 でも、体力が残っている限り私は絶対に諦めませんわよ)

 

 無駄になど出来なかった。涙を流しながら練習を続けてきた日々を。

 孤独に苛まれながらも尊敬する相手を倒したい、その一心で戦い続けた己自身の価値を。

 諦めた瞬間にそれが意味の無い、自分が望んでいない事となってしまう。

 それを受け入れる事は決して出来ない。

 

「ココからですわよ!」

 再び遠距離からの攻めが始まる。

 先程よりもさらに隙が少なくなり、攻撃のタイミングもより凶悪なものになっていた。

 

『徹底していますね。残り時間15秒。

 どこかで何かの攻撃が刺されば逆転する可能性は充分にあります。

 ヴォルフの体力は4分の3程度残り、ユファールは1割。

 設置罠発動からコンボを繋ぐか、ビーム攻撃で仰け反った所を狙ってダメージを与えるか。

 逃げ切るのか、それともこれ以上のダメージを受けない為にも決めに行くのか。

 どちらを選ぶかはこの後の展開に大きな影響を与えます。

 零選手は果たしてどちらを選ぶのでしょうか。

 勿論この2つの選択のうち正解がどちらなのかはやってみなければ解りません。

 おっと、遠距離にいて苛烈な攻撃を受けている現状から、どうやら逃げる道を選択した様です!』

 

 残り時間は10秒。

 ユファールは攻撃のタイミングをずらす等して対抗するが、相手との距離を読んだ零は回避または防御で対応している。

 

「このまま逃げ切ればまずは1勝。

 とにかく勝ちをもぎとって残ったHPを有効活用するべきだ」

「そう簡単に相手がやらせてくれるとは思えないけどね……

 1つ当たれば致命傷に直結しかねないわ」

 あかりの言う通り、桜華はリスクを背負う事で攻撃を当てに来ていた。

 

『ユファールが跳躍で前に出ました。

 消極的になっているヴォルフは好機とは考えず近付きません。

 残り5秒。

 近距離でのビームを防御して前に出るヴォルフ。

 攻撃を誘発させて逃げ切りを狙うのでしょうか?

 おっとそれを見越していたのか、ヴォルフが後退したその真下に置いてあった閃光設置罠を発動。

 浮き上がった所で近付いていたのでコンボが入ります。

 ココでタイムアップ!』

 

 バックステップで吸い込まれる様に設置罠の真上に移動してしまった事を、零は心から悔やんだ。

 (最後の最後で集中力が一瞬途切れてしまった……

 勝ったのは僕か、それとも桜華か?)

 

『あと数秒あれば倒せていたと言う所でしょうか。

 零選手にとっては命拾いする結果となりました。

 おっと、HPが同量残っていると言う事で、ダブルダウンとなり両者はいきなり最終ラウンドに突入です!』

 NEXTエリカの言葉に対して、多くの観客が驚きの表情を浮かべ息を呑んだ。

 ZEROの試合においてお互いの残りHPが全く同量残ると言う事は殆ど無い。

 

 こうして最終ラウンドに即突入する事は稀だった。

 予期していなかった2人の動きも一瞬固まる。

 (ダブルダウン!?

 今までZEROをプレイしてきて1度もそんな事はありませんでしたわ。

 この決勝戦においてそんな偶然が起こるなんて……!)

 

 桜華が目の前の戦いに集中しきれていないのと同じ様に、零もまたこの展開に何かを感じていた。

 (僕と桜華、両方のキャラクターのHPが残り1割で止まった。

 攻撃がタイムアップにより続かなかった事が原因だけれど、こんな事があるなんてね。

 何か因縁を感じるよ。

 その因縁も、この最終ラウンドで終わる……!)

 

 決勝戦も大詰めを迎え、観客の応援もさらに激しいものに変化していた。

 歓声が止まないZEROドームの招待席。

 そこに驚愕の表情を浮かべている男がいた。

 唇はわなわなと震え、その驚愕はやがて激しい怒りへと変化する。

 

 (馬鹿な。互角の戦いになるハズが無い!

 事前に仕込んでおいたデータ改竄システムが作動し、御嬢様に有利な状況が生まれているハズだと言うのに!

 リモコンの電波が届かなかった?

 いや、あの近距離でそれはありえない。

 落ち着け、解っているのは我々の罠が作動していないと言う事実だけだ)

 

 喚きだしたい衝動を懸命にこらえ、辺りを見回す染井。

 薄ら笑いを浮かべている竹中官房長官の姿が目に映った。

「まぁまぁ。落ち着いてください染井さん。

 まだ勝負が決まったワケではありませんよ」

 

 相手を下に見る様な口調。

 薄ら笑いの裏にこびりついた邪悪さを感じ、染井は何が起こったのかを理解する。

 

 (こいつがッ……!!やりやがった!!

 我々の企みを見抜いていたのだ!

 そしてそれを阻止した……

 許さん、許さんぞ!

 御嬢様が優勝した暁には必ず貴様の政治生命、いや命をも奪ってくれるわ!!)

 

 肩を震わせ歯を食いしばる染井は思わず立ち上がった。

 それを黒沢が宥める。

 

「落ち着いてください染井さん。

 アルティメットさんの言う通り、まだ決着はついていません。

 今は御嬢様の勝利を信じるしかないのです。

 座ってください」

 

 竹中と一瞬激しい火花を散らした染井だったが、やがて怒りが消えてはいないものの椅子に座った。

 (畜生、なんて事だ!

 我々を出し抜こうとするとは……)

 

 (元からこの同盟が一時的なものである事は、染井さんも承知していたでしょう。

 我々が勝つか向こうが勝つか。

 革命後の主導権争いはこの試合に託されたのです。

 我々には見守る事しか出来ませんよ)

 

 黒沢は言葉には出さずにそういった念を染井に送ると、顎に手を当てて溜息をつく。

 非常に優秀な頭脳を持つ染井であったが、一旦怒りが頂点に達すると何をしでかすか解らない危うさを持ち合わせていた。

 綾小路獅子王が亡くなった後、黒沢がその手綱を任されている。

「随分と仲が悪い様だね、あの2人は」

「経済的には連携しようとする動きを見せているのですが、プライドの高さはどちらも超一流と言った所でしょうか」

 

 信虎は竹中官房長官と綾小路財閥が裏で手を結んでいる事に気付いていた。

 革新党に対して服従する様子の無い綾小路財閥とは距離を置きたいと考えていた信虎にしてみれば、竹中の動きは『裏切り』に他ならない。

 

 (竹中君にも困ったものだ。

 優秀なのだが私を超えると言う野心を抱いている。

 彼をこのままにはしておけない)

 それぞれの陣営の思惑が交錯する中、既に最終ラウンドは始まっていた。

 

 最終ラウンドの開始と同時に始まったのは、残り時間を使っての壮絶な駆け引きだった。

『互いに超必殺技を残したうえでの最終ラウンドと言う事もあり、両者の立ち回りは慎重になっています。

 零選手の方は常に距離を取りつつも懐に潜るチャンスを伺い、桜華選手は遠距離攻撃をしつつも当たった場合の追い討ちをしないと言った所でしょうか』

 この一戦で勝負が決まると言う事もあり、桜華は今まで以上にリスクを冒さない様にしていた。

 

 (HPが少しでも多ければ勝ち。

 とにかく防御の壁を築いて向こうにダメージを少しでも与えれば充分ですわ。

 追い討ちをすればヴォルフとの距離が縮まる事になる。

 被弾する確率を少しでも下げなければ……)

 

 一方零の方は攻めよりも攻撃を回避する事を重要視し、相手の隙に付け入るつもりでいた。

 (僕の方から無理に攻めたくは無いが、こうやって端に引きこもられるとそうせざるを得ないのが現実だ。

 なら、少しでも攻撃が通り易い瞬間を見極める事が大事になる)

 

 動きは無いが緊迫した状況が続き、観客も固唾を呑んで試合を見守る。

『桜華選手、近付いてきたヴォルフにビームを放ち牽制。これが当たります。

 当たって倒れたヴォルフに対してその真下にあった閃光設置罠を発動。

 最速で起きてダメージを回避しつつ発動のモーションからビームを撃つモーションに移るユファールの真横に近付きました』

 瞬きするごとに有利不利が目まぐるしく移り変わっていた。

 

 ビーム攻撃が発生するその直前にその攻撃を潰しつつコンボが入る。

 崩れてダウンし、起き上がるタイミングを予測したヴォルフは投げを決め相手が衝撃波で逃げる事も許さない。

 

「今度もまた起き上がってから衝撃波を発動するまでの短い間に決めたわね。

 桜華も下手にガードせずに距離を離そうと思ったんでしょうけど」

「超必殺技が決まれば勝ちって言う段階まで来たな。

 だが、その決め方が問題になりそうだ」

 

 残り時間が40秒の時点で相手のHPを4割は削ったヴォルフ。

 だが桜華も粘りを見せる。

 

『再び起き攻め。

 相手の攻撃をガードで耐え、硬直時間を利用して超必殺技を叩き込みます。

 一転、零選手は残りHPが一割と言う状態に。

 超必殺技の報復を恐れる桜華選手、再び距離を取ります』

 

 巨大ビームを受け風前の灯となったヴォルフのHP。

 だが桜華が追撃を行わなかった事は救いだった。

 

 (危なかった……

 イケイケで追撃されていたらその時点で決まっていたかもしれない。

 だが危険な状況である事には変わりが無いな。

 もう1回もダメージは受けられないぞ)

 

 桜華は徹底的に逃げの一手を敢行した。

 30秒逃げてタイムアップでも勝てる状況であれば、無理に近付く必要は無い。

 遠距離攻撃で当たれば相手が死ぬ状況ともなれば、桜華にはリスクを負う必要などまるで無いと言って良いだろう。

『ビームと閃光設置罠の波状攻撃に苦しみながらも、零選手必死に耐えています!

 ただ逃げる事だけで精一杯となると、タイムアップでの敗北は避けられないでしょう』

 

『何とか近付きたい所でしょうね。

 桜華選手が守りに入っている以上、必ずチャンスはあるハズです』

 桜華の勝ちへの執着が、良くない方向へと進んでいた。

 守りを固めると言う事は積極性を失い、受け身に回ると言う事である。

 

 不測の事態を想定しているつもりではあったが、タイムアップが近付くごとに『驕り』はどうしても出てきてしまっていた。

 (この局面さえしのげば私の勝ちですわ。

 残り15秒。今までと同じ様にやればいけますわよ)

 零は待っていた。相手の緊張の糸が切れる瞬間を。

 最後の最後まで気を抜かないと言っても人間である以上『緩み』は必ず出る。

 

 (驕りと緩み。

 この2つが出てきた瞬間を、絶対に見逃さない)

 

 鉄壁の牙城を崩す事は容易では無かった。

 常に設置罠の地雷を踏む恐怖。

 ビームの被弾の恐怖と戦わなければならない。

 零は鋼の精神力でその恐怖を克服していた。

 メンタルでの強さはここ数ヶ月で相当上昇している。

 

『残り10秒。

 もうコンボでの逆転は期待出来ません。

 超必殺技を1発当てて沈めるしかないと言う状況です。

 桜華選手が空中でビームを撃ったその瞬間に、そのまま飛び込みました!』

 

 両者の動きを説明すると、後ろに下がる挙動で跳躍しつつビームを斜め下に放ったユファールの攻撃をダッシュでかろうじて回避し着地の瞬間を狙って超必殺技を決めた形になる。

 少しでも位置がずれていれば被弾していただろうし、ダッシュのタイミングが遅れていれば間違いなく防御されるか衝撃波を使われてしまっただろう。

 

 相手キャラクターの挙動、フレーム単位での動きを正確に把握する力。

 位置関係を激しく変わる中で間違えない空間認識力。

 そして何よりも諦めない心と相手の心の動きを読む力。

 格闘ゲームが心理戦である事を彼はまざまざと見せ付けたのだ。

 

「なッ……え?」

 残り時間が3秒から2秒へと変わる瞬間に桜華の勝ちは彼女の眼前から姿を消した。

 盤石かと思われていた幾重にも連なる壁が、一瞬の油断やミスによって破壊されてしまう。

 勝利に酔うのはまだ早かった。

 だが、妙にホッとしてしまったのも事実だった。

 

 優勝こそが『至上命令』であった彼女が、勝利を目前にしてつい安堵してしまったのだ。

 零にその緩みを突かれ、心臓を貫かれた形となった桜華は目の前の現実を受け入れる事が出来ずにいた。

 

『優勝は、氷室零選手です!

 おめでとうございます!

 あの絶体絶命の状態から、華麗に巻き返しましたね!

 そして惜しくも準優勝となってしまった桜華選手。

 1つのボタンのかけ違えが敗北に繋がる結果となりました。

 ですが彼女も優勝するチャンスがあっただけに、これからの活躍に期待がかかります!』

 

『組織としてはともかく、プレイヤー個人としては最後まで正々堂々とした戦いを披露しましたしね。

 現時点で16歳と言う事実を見ても、伸びしろがまだまだある事は間違いありません。

 来年、また決勝トーナメントの舞台に戻ってくるであろう彼女を見るのが楽しみです』

 長尾遼子の言葉も桜華には届いていなかった。

 彼女は敗北したと言う現実を受け入れる事が出来ずにいたのだ。

 

 涙が頬を伝うまでの数十秒間、桜華の脳裏には厳しい訓練や大好きだった母との思い出が浮かんでいた。

 母親の為に最高のバイオリニストになる事を誓ったあの日、まさか母親が自分の目の前からいなくなるとは思ってもいなかった。

 両親を失い、さらに多くのものを『優勝』を得る為に失ってきた。

 友達を。外に出る自由を。人からの愛情を。

 

 優勝さえすれば、その状況が変わると心から信じていたのだ。

 枷が外れ、自由に生き、人々から称賛される。

 だが、彼女の挑戦は準優勝と言う形で終わってしまった。

 認めたくなかったが、その事実を認めるしかなかった。

 

「わ、私が、負けた……

 負けてしまったんですわね……」

 歯を食いしばって、泣き喚きたくなる衝動を懸命に堪えた。

 『財閥の長』の責任が彼女を強くし、そして縛っていた。

 

 机上の空論だけでは戦えない。

 実戦での研鑽を積む事は格闘ゲームにおいて重要である。

 その点、どんなに資金があってもその『実戦』を買う事が出来なかった桜華が負けたのはある意味必然だったのだろう。

 

「君は強かったよ。有難う……

 僕は君と戦い、そして勝てた事を生涯誇りに思う」

 零の言葉に反応する余裕も無く、ただ泣いた。

 桜華は手で自分の顔を覆い、涙を流す事しか出来なかった。

 

「こんなの無効よッ!

 ありえない。姉様が負けるなんて!!」

 立ち上がって泣き喚く美香を黒沢が宥めていた。

 美香に対して座って落ち着く様に言ったが全く言う事を聞かない。

 

「御嬢様の敗北は綾小路財閥の敗北。

 何と言う情けない結末だ……」

 染井の怒りは頂点に達していた。

 その怒りは当然、策を妨害した竹中に向けられる。

 

 (だがまだ終わっていないぞ。

 まだ手は握っておいてやる。総理暗殺まではな。

 総理が暗殺された混乱の中で部下が病院に出向き、九龍拓巳と日向剛と言う不利な証拠を消す。

 そして貴様が革新党の総裁に決まった暁には決別して全面戦争だ。

 天武日本を二分する事になったとしてもやるぞ。

 絶対に我が財閥が天武日本の全てを掌握するのだ。

 御嬢様には愚民共の上に立ってもらわねば)

 

 敵意を剥き出しにする染井の考えも、竹中には既に解っていた。

 

 (そうとも。

 総理暗殺までは君達は私に協力しなければならない立場だ。

 その後敵対する事になったとしてもね。

 信国の連中はまだ首都の地下でH2O爆弾の製造を続けている。

 最終的にはそれも使う事になるかもしれない)

 

 竹中は天武日本の領土に爆弾を落としてでも、自分の権力を保ちたいと思っていた。

 信国を奴隷として扱う政策から、信国と共に綾小路財閥を滅ぼす政策へ。

 

 財閥の始末が済めば信国も切り捨てるつもりだった。

 信国を野放しにしておく事は、合衆国に睨まれる事を意味するからだ。

 

 (信国はロシア連邦やカダル連合王国と裏で手を結び、H2O爆弾を合衆国に投下する作戦を秘密裏に進めている。

 天武日本も攻撃対象に入っているが、奴等はそれを隠している。

 私がそれに気付かないとでも思ったか。

 信国を潰してでも合衆国には媚びを売っておかなければな。

 私も合衆国とやり合う程の勇気は持ち合わせていない)

 

 互いの利益を望む駆け引きが水面下で起こる中、手を打たねばならない事があるのを黒沢は理解していた。

 

 涙を流し続ける桜華に対して零はどう言葉をかけるべきか解らず、立ち尽くしていた。

「御嬢様。

 黒沢様は一度会場の外へ出て気分を落ち着かせるべきだと仰られています。

 我々もその方が良いと思いますが」

 

 黒いサングラスと黒服を身に纏った者達が桜華に近付き、彼女を立ち上がらせる。

「で、でも私には表彰式が……」

「代理の受取人を用意させますので、御嬢様はとにかく外に」

 

 半ば無理やり外に連れ出される桜華。

 零は何も言えずに彼女を見送る事しか出来なかった。

「我々も外に出るぞ。

 御嬢様を御慰めしなければ。妖も呼んでこい」

 

 黒沢はまだ喚き散らしている美香の手を強引に引っ張ると、五十神妖も連れて会場を後にした。

「染井さんは同行されないのですか?」

「全員連れだって行く必要はありませんよ。

 まだ色々とやるべき事が残っていますからな」

 

 竹中の問いに対して染井はそう返答する。

 これは事前の取り決めでそう決まっていた事だった。

 桜華や美香を『事件』が起こる前に避難させる。

 万が一、彼女達の身に危険が及ぶ様な事があってはならない。

 

 2人を会場から引き離し、監視する為に黒沢と妖が選ばれた。

 染井は『見届け人』として会場に残った。

 (これで何が起ころうとも心配は無い。

 野蛮な信国の者達が愚民どもを殺戮する場面など御嬢様には見せられないからな)

 会場にいる観客達も不穏な空気を感じ少しだけざわついたが、NEXTエリカのフォローで落ち着いた。

 

『え、えーと……皆様、席についてください。

 ちょっとしたハプニングもありましたが、大会の結果に影響を与えるものではありません。

 氷室零選手の優勝。

 綾小路桜華選手は準優勝。

 本来ならばこの後に3位決定戦が行われる予定だったのですが、諸事情により井島豊選手が3位入賞となりました。

 桜華選手が不在となってしまいましたが、予定通り表彰式を開始したいと思います。

 今スタッフが準備を進めていますので、もう暫くの間お待ちください』

 

 桜華が会場から姿を消した事は、当然あかり達も解っていた。

「とことん過保護ね。

 これ以上の醜態を晒す事は出来ないって事なのかしら」

「でも、桜華さんの気持ちも解りますよ。

 あれだけ一生懸命頑張ってきたんですから……」

 

 比呂子は桜華の心に触れる機会があった為に彼女を信じていたが、あかり達は懐疑的だった。

「だが青龍と玄武の不正行為をアイツだけが知らなかったってのはちょっと無理があるよなぁ。

 財閥の総帥だけが把握していないなんて虫が良過ぎる話じゃねぇか……

 おッ、主役の御到着だ」

 

 エターナルナイトのメンバーは一度観客席に戻ってきていた。

 称賛の拍手で迎えられた零は照れ臭そうに頭を掻く。

 

「おめでとう零、夢が叶ったわね!」

「有難うあかりさん。

 皆のおかげで優勝出来たよ。

 僕1人の勝利じゃない。

 支えてくれた人がいたからさ」

 

 喜びの輪の中には、かつて対決した者達も混ざっていた。

「おめでとうございます零さん。

 今年は貴方に譲りましたが、来年の連覇は絶対に阻止しますからね」

「今年が最後の挑戦で、その最後の試合で貴方と戦えた事が嬉しかったわ」

 

 南屋朋美と兎川真紀はそう言うと、彼の勝利を讃える様にお辞儀をする。

 氷室瞳は感動のあまり涙を流していた。

 零の腕を掴み、俯いたまま言葉を発する。

 

「兄さん、やったわね」

「ああ、優勝したよ。

 瞳が応援してくれたおかげだと、僕は思ってる」

 大勢の人々に囲まれ、皆が零の優勝を心から祝っていた。

 

 喜びと幸福の中で、零は優勝したのだと言う実感を噛み締める。

 (信じられないが、僕は勝ったんだ。

 試合終了直前の数秒間は無我夢中で、あまり記憶が残っていない。

 何時の間にか勝っていたと言う気持ちだった。

 でも優勝する事が出来て本当に良かった)

 

 彼は人生の絶頂に立っていた。

 一番上に立つ者は、いずれ転がり落ちていく。

 その転落が想像以上の異常な速度で迫りつつある事を、零は知る由も無かった。

 

「紅虎(ホンフゥ)様、既にH2O爆弾を会場内に設置しております」

「このドームを粉々に吹き飛ばせる程の威力です。

 もうすぐ電磁波(パルス)爆弾も爆破させます」

 様々な部屋に銃器を持って隠れていた者達が、何名か集まり最後の確認を行っていた。

 

「我々は会場に持ち込んだ銃器でまずコントロールルームを制圧する。

 この作業は表彰式の最中、表彰の直前に行え。

 外部の人間が一切入ってこれない様にするのだ。

 部屋の中にいる人間は皆殺しにして構わん」

 

 会場の見取り図を確認しつつリーダーが彼等にそう命令する。

 見取り図は竹中が用意したものだった。

 

「外との連絡が一切取れない様にする為、パルス爆弾を起爆させる。

 通信系の機械のみを全て無力化するものだ。

 我々が総理を暗殺する為に突撃する直前に起爆させろ。

 総理を片付けたら、会場を囲む様に殺到してくるであろう自衛軍との交渉に移れ。

 会場にいる人間を人質に取って逃げる為の手段を整えるんだ。

 タケナカが首尾よく進めてくれるだろう」

 

 会場にいる人質の命が最優先だと竹中に言わせる事で、自衛軍も無力化させ現場から撤退する。

 これが彼等が描く理想のシナリオだった。

 紅虎はこの暗殺計画が失敗に終わるなど想像もしていなかったのだ。

 

 (タケナカはこれで自分が総理になれると思い込んでいる様だが、奇襲作戦は既に始まっているのだ。

 祖国に戻り次第地下で製造しているH2O爆弾を天武日本と合衆国に落とす。

 カダル連合王国との連携で落とし続ける為その波状攻撃には流石の合衆国も耐えられまい。

 天武日本に関しては話にならん防衛体制だ。

 天下を取るのは信国だけ……クックック)

 

 総理が死に、国の政治が混乱すれば防御も手薄になる。

 その隙を突いて信国は勝利を掴み取るつもりだった。

 

『それでは、只今より第5回ZERO全国大会の表彰式を行います。

 会場にお集まりの皆様は席についてください。

 表彰台に乗る事を許された3名には、成績に応じたメダルと賞金が授与されます。

 まずは3位となった井島豊さん、前に出てきてください!』

 

 実況席から会場の中央部分、バトルフィールドに降りてきたNEXTエリカが豊にマイクを向けていた。

『おめでとうございます』

 

『有難うございます。

 この場所に来るのも今年で2度目になるんですが、前回よりも上に行けて良かったです』

 観客が豊に向けて拍手を送り、称賛の言葉を発している。

 それに応えて手を振りながらも、目線はしっかりとエリカの方を向いていた。

 

『決勝トーナメントでの苦い敗戦。

 私はその時会場にはいませんでしたが、テレビで拝見していました。

 その悔しさや、もっと上に行きたいと言う反骨心が今回の結果に繋がったのでしょうか?』

 

『そうですね。

 前回より上位の成績は取りたいって言うのはありましたよ。

 あわよくば優勝って気持ちで挑んだ部分もあるんで、この結果に不満は無いです。

 単なる反骨心だけじゃなくて、仲間と一緒に頑張り続けたからこその3位だったと思ってます』

『同じチーム同士で夢を共有して、高め合っていったと言う事でしょうか』

 

 豊の言葉に対して、NEXTエリカは何度も頷いていた。

 彼女もプレイ経験こそ浅いが、仲間がいると言う事の大切さは理解している。

 

『俺は、俺1人だけの力でココまで来れたとは思っていません。

 俺と一緒に頑張ってきた大切な人達が沢山います。

 途中で敗れてしまった敗者の中にも大切な人達がいて、その人の気持ちに応える為にも簡単には負けられないと自分に言い聞かせていました。

 だから、信じ合って夢を追い求め続ければその夢は必ず叶うって事を皆さんに伝えたいですね。

 勿論、夢見るだけでは駄目ですけど。

 多くの時間と金銭を犠牲にしたその先に待っているものがあると思います』

 

 中央の舞台から観客席を見ると、仲間の姿が豆粒の様に見える。

 何処に誰がいるかも解らない。

 豊はそう思いながらも、あかりが座っているであろう場所に視線を合わせ心の中で感謝の言葉を述べた。

 

 (有難う。

 こんな所まで行けると思ってなかったけど、3位だぜ?

 後で思い切り馬鹿騒ぎしような)

 

『努力は裏切らない。

 私達の世界では常識ですね。

 その当たり前の事に対して真摯な態度で取り組む事は大事だと思います。

 3位となった井島豊選手には賞金1000万円と銅メダルが授与されました。

 皆様、今一度大きな拍手を!』

 

 スタッフから賞金パネルを受け取り、銅メダルを首にかけてもらった豊は照れ臭そうに笑って手を振った。

 

 ZEROドームの制御室には、各部屋を映すモニターと操作の為の様々なボタンが並んでいる。

 空調、不測の事態が起こった場合に降ろすシャッター、外に繋がる扉の開閉等が容易に行える様になっていた。

『こちら麒麟(キリン)班。

 少々の抵抗こそあったが、無事にこの部屋を制圧した。

 国防軍が外側から入ってくる事が出来ない様に扉を閉める準備は何時でも出来ている』

 

 黒づくめの衣装に赤いゴーグルを付けた数人の男達は、カメラの照準を織田信虎に合わせる。

 部屋の床には血だまりが出来ており、ZEROドームの職員達が蜂の巣にされて倒れていた。

 

『突入のタイミングはそちらが指示してくれ。

 一度きりのチャンスを見誤るなよ』

『了解。任せておいてくれ』

 制御室を守っていた男達は打撃武器程度しか持ち合わせていない。

 警棒とマシンガンでは勝負にもなりはしなかった。

 

『この無線での通信もパルス爆弾を爆破した後では使えなくなる。

 順番としては最後の指示をお前達が出し、我々が襲い掛かった直後に扉を閉めそれと同時にパルス爆弾を爆破させろ』

『万事抜かりなしだ』

 

 僅か数名で事を成し遂げたテロリスト達。

 彼等はその道においては凄腕のプロの域に達している。

 特に奇襲においては他の追随を許さない程の技術の高さを誇っていた。

 

『……綾小路桜華選手の代理人には、賞金5000万円と銀メダルが授与されました。

 それではいよいよ今大会の主役の紹介をさせてもらいましょう。

 全国大会の栄えある優勝者、氷室零選手です!』

 

 制御室が占拠された事などつゆしらず、表彰式は続いている。

 表彰台の1番上に立ち、笑顔を見せる零。

 鳴り止まない拍手が彼の偉業を表していた。

 

『まずは2005年度全国大会優勝、おめでとうございます!』

『有難うございます。

 地道に取り組んできた全ての努力が報われました。

 様々な不安や葛藤もありましたが、それを乗り越えた今は清々しい気持ちでいっぱいです』

 

 もう彼の心の中に迷いは無かった。

 満ち足りた喜びに満ち溢れ、嬉しさを隠しきれない。

 感情を表に出す事が苦手であった零が、人と交わり勝ち進んでいく事で少しずつ変化していったのだ。

 

『優勝するまでに厳しい局面もあったと思いますが、何処が自分のターニングポイントになったとお考えですか?』

『……1つの試合毎に常にギリギリだったのでなかなか決めにくいんですが、この大会の前に1つの転機がありました。

 僕がホームにさせてもらっているゲームセンターに桜華さんがやってきて、勝負する事になったんです』

 

 あの時の事を思い返す様に目を瞑る零。

 NEXTエリカは彼にインタビューを行っている事そのものを誇らしく思っている様だった。

『その勝負の結果は?』

 

『惜敗でした。

 結果だけなら惜敗と言えましたが、要所要所で押されていた事を考えるとかなりきつい負け方だったかもしれません。

 でも、大会前で良かった。

 色々な相手と戦って勝ち続けていた僕には驕りがあったんです。

 それが無くなった。

 負けた事でもう1回初心に戻ってやり直そう。

 足場から組み立てていこうと思う事が出来た。

 あの試合が無かったら決勝はおろか、1回戦敗退もありえたと思っています』

 

『成程。

 敗北を糧にして成長する事で、前の自分よりも強い自分になれたと言う事ですね?』

 

『その通りです。

 妹や、仲間の協力や後押しもあって僕は今この場所に立っています。

 豊と同じ様に、僕はこの優勝を『チームの勝利』だと思っています。

 僕を応援してくれた全ての人達に感謝したいですね』

 

 エターナルナイトで共に戦ってきた仲間、NEWSZERO、ギルドZEROのメンバー達。

 時には手を組み、時には戦い、一丸となって成長してきた。

 その中で僅かに一歩先にいたのが零だったのだろう。

 

『最後に、今後貴方と同じ場所を目指す皆さんに対して何か一言メッセージをお願いします』

 エリカにマイクを向けられた零は、会場を見回した後で言葉を発した。

 

『負けても這い上がる、不屈の闘志を持ってください。

 敗北を『恥』や『屈辱』と捉えていては成長出来ません。

 どんな人間でも無敗はありえません。

 つまづいた時、転んでしまった時にどう立ち直るか。

 敗北を勝利に変えられる力を持ったプレイヤーだけが優勝に近付けると思います』

 

 会場にいた観客から万雷の拍手が鳴り響く。

「やったな、零」

 左手を前に出してサムズアップで彼を讃える豊。

 声は聞こえなかったが零は微笑みながら頷いた。

 

『それでは優勝トロフィーの授与です。

 アークラインズ名誉会長である織田信虎総理から、優勝者である氷室零選手に直接手渡されます!』

 

 既に1億円と書かれた賞金パネルと金メダルを受け取っていた零のもとへ、織田信虎が近付く。

 この時、豊や代理人は一旦表彰台から降りて若干離れた場所に移動させられていた。

 SPの有馬弥助は信虎と距離を置いていた為、他のSPと同じ様に神経を尖らせている。

 (どんな時でも敵の襲撃に備えるべきだ)

 

 信虎は大きな銀色のトロフィーを持ったまま零の真横に立つと、零に言葉をかけた。

「君は我が国の誇りだ。

 このトロフィーは君にこそ相応しい。

 受け取ってくれたまえ」

 

『今だ紅虎、やれ!』

 その瞬間だった。

 影の様に隠れていた1人の男が拳銃を持ったまま走り出したのだ。

 彼は丁度中央のバトルフィールドに最短で近付ける様な場所、つまり円の外側である端に身を潜めていた。

 

『パルス爆弾だ、以後一切の無線連絡は取れない。

 幸運を祈る』

 その動きに呼応する様に制御室では数々の出入り口を一斉に封鎖。

 非常口を含め、何処からも脱出出来なくなる。

 

 外では1人の部下が施設の外側に用意していたパルス爆弾を爆破した。

 会場内の全ての電子機器が使用不能になり、制御室も無用の長物と化したのだ。

「いかん!」

 信虎に標準を合わせている事を見抜いた有馬は即座に発砲。

 目の前の脅威を取り除く為に、拳銃を撃って敵の動きを封じる。

 

「おっと、それ以上はさせない」

 会場にいた観客達がマシンガンを取り出し、SPに向ける。

「わははははは!!」

 

 笑いながら物凄いスピードで迫りくる敵。

 零は反射的に信虎の前に立ち、彼を庇った。

「や、止めるんだ!」

「フン、どいていろガキが!」

 

 敵は腕に装着されていた時計の様な装置を零の目に当て、横のボタンを押す。

「ぐわッ!!」

 その装置は赤く光り、その光をまともに見てしまった零は意識を失ってしまった。

 倒れ込む零を尻目に、紅虎はトロフィーを床に落とした織田信虎を背後から羽交い絞めにする。

 

「撃つなら撃ってみろ!

 お前達の『御主人』が命を落とす事になるぞ!」

 風の様な速さだった。

 この出来事は僅か数秒の間に起こっていて、誰も対応する事が出来なかった。

 

「よし、紅虎様を補佐するぞ。

 下に降りろ!」

 マシンガンを持ったまま何人もの男達が下に降りてくる。

 観客席のあちらこちらからそんな男達が突然現れた。

 

「下手な抵抗はするな。

 妙な真似をすれば即座に撃つ!

 座ったまま大人しくしているんだ」

 

 悲鳴を上げる観客。

 死の恐怖に恐れおののいた彼等はすぐに座ると、両手で頭を押さえてうずくまる。

「ようやくこの日がやってきたな。織田総理」

 

 紅虎の手には腰から抜いたナイフが握られていた。

「馬鹿な真似は止めるんだ。

 今すぐにこのテロを中止しないと、大変な事になるぞ」

「フン。この日を迎えるまでにあらゆる手を尽くしてきた。

 最高の祝日になりそうだな……」

 

 紅虎のゴーグルの奥で怪しく光る眼は、狂気の光を宿していた。

「総理を守るSPの屑共!

 よく聞け。数では我々の方が遥かに上回っている。

 少しでもおかしな動きを見せた瞬間に総理の命は消えてなくなるぞ」

 

「総理!!」

 叫び声を上げて立ち上がろうとする丹羽律を、竹中醍醐が制止する。

「駄目です。撃たれたいんですか?

 今はとにかく彼等の要求を呑むしかありません」

 

 青い顔をしながらも竹中はその表面からはかけ離れた、邪悪な笑みを心の中で浮かべていた。

 (これから国を統率するのはこの私だ。

 今の内に統率力を披露しておかなければな)

 豊もその場に座る様に命令され、仕方なく従う。

 

 (零……大丈夫なのか?

 まさか死んだりしてねぇよな)

 あかりや比呂子もその場から動けず、何も出来ないと言う事に対して歯痒さを感じていた。

 

「せ、先輩……」

「比呂ちゃん。動かないで。

 零の事が心配だけど、今は私達の命を優先しましょう」

 竹中は事前の打ち合わせ通り、何食わぬ顔で紅虎との交渉を開始する。

 

「君達の目的はなんだ。

 金か?金が目当てなのか?」

「金じゃない。織田総理の命だ。

 こいつの命さえ貰えば引き上げる」

 

 本当はこの会場にいる天武日本人を皆殺しにしたいとさえ思っていた紅虎だったが、流石にそれは出来なかった。

 (1人でも会場にいる人間を殺せば、自衛軍との交渉は上手くいかない。

 どうせ後で天武日本など国ごと滅ぶ運命だ。

 こんな所で同胞を失ってもつまらんからな)

 

「こんな事をして、自衛軍が黙っていると思うのか!」

「交渉させてもらうさ。

 ここにいる大勢の人間の命が人質になっている以上、おいそれとは攻撃出来ないだろう」

 竹中は天武日本の政治の中枢に近い所にいる人間だった。

 自衛軍にも干渉する事が出来る。

 

 (総理が死んだ後、私が率先してこいつらを助けてやる。

 首尾よく逃がした所で我々の同盟関係は終了だ。

 即座に追っ手を差し向けて皆殺しにしてやるぞ。

 秘密を知る奴等の口封じと言う意味でもな)

 

 蚊帳の外にされている綾小路財閥側も、まずは信虎が死ぬ事を願っていた。

 (早くやってしまえ。

 我々をないがしろにしようとしている奴などこの世に必要無いのだ。

 この国の頂点に立つのは貴様でも竹中でも無い。

 既にこの会場を離れている御嬢様こそ頂点に相応しい御方よ)

 

 ナイフを握り締めたまま歓喜に酔いしれる紅虎。

 片方の腕で完全に信虎を押さえつけている。

 

「この時をどれだけ待った事か!

 朝鮮半島と明を奪われ、誇りと名前を奪われ、金を奪われ……

 お前達に散々簒奪されてきた。

 だが今日から我々が全てを奪い返すのだ!

 貴様を殺し、新しい信国の夜明けが始まる。

 お前にその光景を見せてやれないのが残念だよ、織田信虎」

 

「セーフティアタックが発動した」

 信虎が発したその言葉を、会場にいる誰もが理解出来なかった。

 

「何だと、今何と言った」

「セーフティアタックが発動したと言ったんだよ、『紅虎』君」

 自分が紅虎である事を見抜かれ、驚く紅虎。

 だが信虎はさらに衝撃的な事実を語りだした。

 

「君達はパルス爆弾を使ったね?

 電子機器が全て使用出来なくなった。

 私の持っている『スマートフォン』もガラクタ同然になったワケだ。

 この瞬間、合衆国の戦闘機が信国に向かって飛び立つ事になっている。

 超高性能のH2O爆弾を積んでね」

 

 紅虎の顔がさっと青くなった瞬間を、信虎は見逃さなかった。

 

「戦闘機は1機だけじゃない。

 沢山の戦闘機が飛んでいく。

 信国の首都及び主要都市を灰燼に帰す為だ。

 それを中止させる為には『私自身が合衆国大統領に中止を要請する』必要がある。

 私を殺せばもう後戻りは出来ないよ」

 

 竹中は驚愕のあまり目を見開き、身動きする事が出来なかった。

 (馬鹿な、そんな話は聞いていないぞ!

 信虎の奴、私にも話さずにそんな取り決めをしていたとは!)

 

「この場所は封鎖しているね?

 恐らく会場の外には私が呼び寄せた数万名の自衛軍が待機しているハズだ。

 扉を開けた瞬間に彼等が雪崩れ込んでくる。

 君達は逮捕されるだろう。

 君達に用意された物語の結末は2つ。

 私を殺して破滅を選ぶか、逮捕されて国を守るか……そのどちらかだ」

 

 紅虎も身体を震わせたまま身動き1つ取る事が出来なかった。

 (こ、この男はやる……!

 今までにも数多くの同胞を部下に殺させてきたこの男ならやりかねん!)

 

「紅虎、ハッタリだ!

 殺そう、これは罠だ!!」

 幹部級の男が紅虎にそう呼びかけたが、紅虎はナイフを手から落とした。

 

「殺した後の代償があまりにも大き過ぎる。

 総理を殺して祖国を失ってしまっては元も子も無い……

 だが、我々にはH2O爆弾がある。

 中止が確定するまではむざむざとは逮捕されんからな」

 

 (馬鹿、何をやっている!

 お前達の国の事なんてどうでもいい、殺せ、殺さんか!!)

 

 竹中は心の中で必死に叫んだが、紅虎は織田信虎の束縛を解いた。

 

「貴様だけ外に出してやる。

 自衛軍が待機しているなら、外側から扉を破壊する事が出来るハズだ。

 我々もそうしてもらって逃げるハズだったがな……

 勘違いするなよ。我々はまだ捕まるワケにはいかん。

 この会場にいる観客全てが人質だ。妙な真似をしてみろ。

 H2O爆弾を起爆させるからな」

 

 (ふざけるな!総理を外に逃がすだと!?

 そんな事をしたら、奴は自分の命だけ拾って会場の人間を見捨てる可能性がある。

 奴の冷酷ぶりは折り紙付きだ。よせッ!!)

 織田信虎は束縛を解かれると即座に走り出した。

 観客席から会場の外へと向かう。

 

 一方その頃、『事前に連絡を受けていた』自衛軍は、入口を破壊するタイミングを伺っていた。

「間もなく総理が到着されるハズだ。

 入口を破壊次第、強力な麻酔ガスを会場内全てに送り込む!」

 

 特殊なガスマスクを装着した隊長の指示に対して、同じくマスクを付けた部下達が一斉に頷いた。

「私だ、開けてくれ!!」

 扉の近くにあった椅子を思い切り扉に叩き付け、信虎が音を鳴らす。

 

「総理だ。少し待ってから扉を破壊しろ。

 ガス排出の準備を急げ!」

 隊員達の近くの地面には、パルス爆弾を起爆させた紅虎明命の部下が胸から血を流して倒れていた。

 

 全ては織田政権の掌の上だったのだ。

 計画は事前に見抜かれていた。

 だからこそ自衛軍がこのタイミングで到着したのだし、ガスも用意する事が出来た。

 紅虎はそこまで予測する事は出来なかった。

 この計画に向けて織田政権側も準備を進めていたのだ。

 

「総理の無事を確認。

 ガスを送り込め!」

 台風の様な風圧でガスを発射し、ZEROドーム全体にガスを蔓延させるこの装置の開発も彼等の計画が露見してから急ピッチで進められていた。

 扉を破壊した隊員達は巨大なホースを突っ込むと、スイッチを押してガスを放出する。

 

 その麻酔ガスの威力は絶大だった。

 鼻から少し吸っただけで即座に昏倒する程の威力だった。

「お前達、少しでも動いてみろ。うご……」

 リーダーの紅虎を含む紅虎明命のメンバーは全員深い眠りに落ちた。

 

 マシンガンの指に引き金をかける事も、H2O爆弾を起爆させる事も出来ずに倒れていく。

 麻酔ガスが放出されてから数分後、ZEROドームの中にいた全ての人間が夢の中に誘われたのだった。

 

「彼等のミスは『巨大な密室』を作ってしまった事だ。

 元々ZEROドームは会場全体に清潔な空気を送り込める様に、風が通り易い構造になっている。

 だから強力な風と共に麻酔ガスを送り込むと、全員が眠りに落ちてしまうんだ。

 数時間は絶対に目を覚まさない。

 今の内にテロリスト達を全員逮捕して、移送してくれたまえ」

「了解致しました」

 

 数万名もの自衛軍隊員がガスマスクを装着してドームの中へと入っていく。

 その奇妙な光景を見ながら、信虎はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 (恐らく、信国は地下のH2O爆弾も誘爆し、壊滅状態に陥るだろう。

 何人生き残るだろうか……

 都市部以外の農村地帯にいる人間は死を免れるかもしれない。

 だが政治体系は滅茶苦茶になり、一からの立て直しを迫られる。

 斎藤君にはまた働いてもらわないとな)

 

 信国の総理大臣を任されている斎藤善龍は既に自家用機で密かに国を離れていた。

 新しい歴史の始まりを思い、信虎は空を見上げる。

 雪は何時の間にか止んでおり、雲1つ無い夕焼けがそこには広がっていた。

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