※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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綾小路桜華と井島豊。ZEROと言う物語を牽引してきた
2人の人物がこの世を去りました。
元々書き始める前からこういう展開にしようと決めていて、
『屋台骨が無くなった後の物語にしたい』と言う思いが強かったのです。


如月 桜の散華

 これは夢なのか、それとも現実なのか。

 俺は空高く浮かび上がり、世界の終焉を目の当たりにしていた。

 光の矢が大量に降り注ぎ、生きている者全てをこの世から消していく。

 ヴァルーの神殿も粉々になり、スカイロンは宙に浮かんでいる状態のまま塵1つ残さず消え去った。

 

 世界の全てが無に還ろうとしている。

 生命がまだこの世界に誕生していなかった頃に……

 俺は、そんな景色を見ながら意識を失った。

 

「大丈夫ですか?」

 透き通る様な女性の声。

 意識を取り戻した眼前には青白く光る少女の姿があった。

 

「お前は一体……誰なんだ。

 ココは何処だ」

「砂漠で倒れていた貴方を私が見つけて洞窟まで運んできたんです。

 危なかったですよ。

 もう少しで強い風が吹いてくる所でしたから」

 

 額を片手で抑えながら、何とか上体を起こす。

 少女はあのZEROの屋敷で目にした少女と同じ様な衣装を身に纏っていた。

「それにしても驚きました。

 私、生きている人を見るのは生まれて初めてなんです」

 

 少女の姿以外は何も見えなかった。

 触った地面の感触から、座っている場所が冷たい石である事が解る。

「お前の名前は?」

 

「私の名前はサラギトモコ。

 フガミヤシオとサラギクルミの間に生まれたスカイロンの民です」

 クルミと言う名前に聞き覚えがあった。

 あの屋敷に少年といた少女の名前だ。

 

「俺はヴォルフ・ムーンリファード。

 ヴァルーの民だ。あの女の娘なのか、アンタは」

 俺がそう言うと、彼女は目を輝かせて俺の肩を掴むと激しく揺さぶった。

 

「えッ、私の母に会った事があるんですか?

 教えてください、どんな人だったのか!

 私、母の顔も父の顔も見た事が無いんです。

 だから両親がどういう人なのか全然知らなくて……」

 

 白いフードを被った水色の髪を持つ女は、そう言うと目を潤ませる。

 俺は溜息をつくと、彼女の母親について詳しくは知らない事を説明した。

 

 サラギトモコ。

 彼女の話が本当ならば、彼女はかなり特殊な生まれ方をしていた。

 

「私の母は父の精液を密かに採取し、魔法によって卵子を自分の体内から取り出すとそれを結合させた後培養液に入れ、私を生んだのです。

 つまり、私は機械の中で赤ん坊の姿となり、育ったと言う事ですね。

 ある程度大きくなるまでは、その機械が私の面倒を見てくれました。

 お恥ずかしい話ですが、こうやって外に出て世界の風景を見ているのもかなり最近の話なんですよ」

 

 昔、風の噂で耳にした事があった。

 スカイロンは優秀な人材を育成する為に、人間を培養液の中で育てていると言う話を。

 優秀な遺伝子を付与する事によって、そこから生まれてきた人間は容易に魔法を扱う事が出来る。

 世界が滅んだ後、この女だけは生きていた。

 いや、ZEROが彼女を選んでわざと生かしたのだろう。

 

「機械が全てを教えてくれました。

 言葉も、私の事も、私の両親の事も。

 私の世話をし、食料を支給し、魔法まで教えてくれました。

 だから、機械から離れるのは少し辛かったです。

 でも思ったんです。

 このままココで生きているだけじゃ駄目なんだ。

 世界を見て、私以外の人に会わなきゃって」

 

 彼女の話を一通り聞いた後、今度は俺が話をした。

 俺が最終戦争に挑みナイトメアズゲートに招かれ、ZEROと戦い争いの無い世界を望んだ事を。

 

「世界はいがみあい、殺し合う事で成り立っている不毛なものへと変わっていた。

 俺はそんな世界に嫌気がさしていたし、何よりも疲れていたんだ。

 戦わずに暮らせたらどんなに幸せだろうと。

 だから世界は1度リセットされた。

 俺とお前の2人だけの世界に変わった。

 これから、俺達が新しい世界を作っていくんだ。

 アダムとイブになって、人を増やしていこう」

 

 俺の言葉を聞いて、少女は頬を赤くする。

「だから、探しても探しても私以外の人がいなかったんですね……

 人を増やす、って言う事は、その……」

 

「俺とお前で子供を作ると言う事だ。

 ヴァルーの獣人とスカイロンの民が交わって子供が生まれたと言う話は知っている。

 僅かながら生まれたその生命は『穢れた合いの子』と忌み嫌われ、赤子の頃に殺されたそうだ。

 だが、それがいけないんだ。

 そうやって差別するから争いが終わらない。血みどろの戦いが続いていく。

 俺達で子供をどんどん増やしていけばその子供達が世界の標準となり、その命が当たり前のものとなるだろう」

 

 俺自身の姿を俺が見る事は出来なかったが、視力を失っただけで性的機能が失われていない事は明らかだった。

 俺は立ち上がり、履いていたズボンを脱ぐと、自分の手で股間をまさぐり、それを大きくさせる。

 毛の中に隠れていた俺の陰茎が熱を持ち、痛い程にいきり立った事が感覚で解った。

「早速始めよう。お前も服を脱いでくれ。

 世界に俺達2人しか残っていない以上、俺達で子を成さなければこの世に誰もいなくなってしまう」

 

 激しく脈動する肉棒を初めて目にしたらしく、少女は驚きと好奇心に満ちた表情を浮かべる。

「こ、これが男の人の……触ってみてもいいですか?」

 俺が頷くと、彼女はフードを取り、地面に置いた。

 どうやら俺の目には、人間とその人間が身に付けているものしか映らない様になっているらしい。

 彼女がフードから手を離した瞬間にフードが俺の眼前から消え、漆黒と同化してしまったからだ。

 

「説明を事前に受けていたので、知識としては解っていたんですけど、実際見るとまた印象が違いますね」

 彼女が両手で俺の勃起した陰茎を優しく握り、頬擦りをする。

「もっと見た目が気持ち悪いものかと思っていました。

 熱が芯の中にこもっている様で……生命力を感じます」

 

 とろんとした顔をした少女の目と俺の目が合い、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 そこまで胸が大きいワケでは無いのだがよく見てみると幼さの中にとびきりの美貌を備えている。

 

 肌も透き通りそうな程に白く、腕も少し力を入れたらすぐに折れてしまいそうな程細かった。

「成程、イブが美しくなかったら子も成せない。

 ZEROもなかなか良い御膳立てをしてくれたな」

「美しいだなんて、そんな……照れちゃいますね。

 全部、見たいですか……?」

 

 小悪魔の様に舌を出し、意地悪そうな顔を浮かべる少女。

 もう充分に妖艶さをその身に纏っている様な気さえする。

 俺がもう1度頷くと、彼女は立ち上がり、生まれたままの姿になる為に衣服を脱ぎ始めた。

 

 

「今日、皆に集まってもらったのは他でも無い。

 我々が取るべき道をハッキリさせる為だ」

 

 2月上旬。

 科学技術研究所の一室に集められた財閥の幹部や研究員達は、黒沢の言葉を聞いていた。

 あの事件に関わった者達は数十名。

 あまり多くの者が知ると謀が漏れかねないと言う理由から、全てを知る者はそこまで多くなかった。

 研究員の中には、全国大会での不正に関わった者達も含まれている。

 

 彼等は玄武と青龍の製造だけで無く、H2O爆弾の小型軽量化に成功する等技術で貢献を果たしていた。

「ここにいるのは、織田信虎総理暗殺計画の内情を把握している者達だけだ。

 我々が紅虎明命に加担していたと言う事実を知る者はそこまで多くない。

 それが、1つの救いと言えば救いだったろう」

 黒沢はそう言うと、突然近くにあった扉から外に出て、扉をロックする。

 

「財閥が形を変えて生き残る為には、君達の存在が邪魔でしかなくなってしまったのだ。

 君達には本当にすまないと思っている。

 だが、君達が生きていると我々全てが消されてしまう。

 苦渋の決断だった」

 

 全ての窓には一斉にロックがかかり、部屋の中にいた者達は半狂乱になって部屋の中から脱出しようと必死に窓を叩く。

「種を残すのが我々の責務だ。

 種を残す為に邪魔になるものは消さなければならない。

 愚かな我々を許してくれ。

 私も必ずそちらに行く」

 

 部屋の中に高濃度の毒ガスが撒かれた。

 少量吸っただけで呼吸器系統が麻痺して心臓発作に至るガスだ。

 窓を叩いていた者達が数を減らしていく。

 優秀な科学者、政治家との繋がりを持つ財閥の幹部、警察から情報を得ていたスパイ要員……

 

 苦しみ、のたうち回る声も防音構造の部屋の為に外には一切聞こえない。

 阿鼻叫喚と化した部屋の中を黒沢は涙を流しながら見つめていた。

「私の責任だ。許してくれ」

 窓に両手をつき、俯きながら何度も贖罪の言葉を述べる黒沢。

 財閥が望んだ『邯鄲の夢』が、終わりを迎えようとしていた。

 

 綾小路桜華は、屋敷の中に閉じ篭もっていた。

 毎日の様に行われていたレッスンや定例会議が一切行われていない状況の中で、彼女の心は静かに壊れていく。

 (私のせいで……皆が、私のせいだと……)

 

 テレビのニュースでは連日に渡って革新党の行為が間違っていなかったと弁解する為に、財閥の非道な面が取り上げられ続けていた。

 天武日本を己のものとしようとした鬼畜な組織。

 それ故に解体し、政府の監査が入るのだと言う点を強調する。

 非人道的な行為は政府も行ってはいるものの、それを覆い隠し、正当化する為に彼等は必死だった。

 

「……どうして、こんな事に……」

 屋敷の外に出るのは自殺行為だった。

 桜華の姿が人の目に触れたが最後、多くの者が彼女を糾弾しリンチにかけてしまうだろう。

 こんな事態に陥る事を彼女は望んでいなかった。

 彼女はただ、愛されたいだけだった。

 

 皆に褒められたかったのだ。

 万雷の拍手を浴び、誰もが憧れる模範的な存在となる。

 ZEROで優勝するのも、バイオリニストとしての評価が上がるのも彼女にとっては同じ事だった。

「私は、どうすれば……」

 

 褒めてもらいたい。

 桜華の行動の裏には、幼い頃の経験が関係していた。

 彼女は父親にも母親にも、結局褒められる事は殆ど無かった。

 マナーを強要され、バイオリンを弾かされた。

 

 それは全て彼女自身の為では無く、常に誰かの為だった。

 財閥の為、母親の為、父親の為……

「私は、自分で自分の生きる道を選ぶ事が出来なかった……」

 

 涙を流しながら、自然と言葉が出る。

 最近は自室から外に出る事すらも恐怖となり、妖や美香とも話をしていない。

「わたくし、は……」

 言葉が続かなかった。

 顔を覆い、むせび泣いた。

 

 零から拒絶されたあの時、自分の中にあった何かが壊れてしまった。

 零に対する憧れ、越えたいと願う思い、ライバルになりたいと思う矜持……

 桜華はあらゆるものを失ってしまった。

 そして、それはどう頑張っても取り戻せない事は明らかであった。

 

 幼少期に、桜華は父親に呼び出された事があった。

「桜華、お前の部屋の壁に金庫を埋め込んでおいた。

 普段は絵画で隠しておけ」

「はい、解りました御父様」

 

 獅子王の冷たい目を見ながら、桜華は頷く。

 頬が赤く腫れ、目には涙が滲んでいた。

 

「この金庫の中には、お前が本当に苦しい状況に陥った時に必要なものを入れておく。

 万が一、そういった状況に追い込まれた時だけ開けろ。

 金庫の暗証番号は今から言う。頭の中に叩き込め」

 父親から言われた番号を、桜華は頭の中で暗唱した。

 口に出せば、また殴られる事は解っていたからだ。

 

 その事を思い出した桜華は、壁に飾ってあった絵画を取り外し、金庫の暗証番号を入力した。

 今まで1度も開けた事が無い金庫の扉が開く。

 暗がりの中に手を伸ばすと、金属で出来た何かに触れた。

 中に入っていたのは数枚の上質な紙、最高品質の万年筆、そして小型の拳銃だった。

 

 父親は、こうなる事を予め考えていたのだろうか。

 企てが露見し、自分の娘が追い込まれる事を見越してこれを入れていたのだろうか。

 桜華は急速に肩の力が抜け、泣き笑いの表情を浮かべた。

 感情がぐちゃぐちゃになり、どんな顔をするべきか最早解らない。

 

「つまり、遺書を書いて自殺しろと……

 これが御父様が出した答えなんですわね」

 笑おうとしたが、笑えなかった。

 泣こうとしたが、上手くは泣けなかった。

 

 桜華にも、もうそうする事でしか自分に救いが無い事は解っていた。

 屋敷の中に篭もり続けるにも限界がある。

 いずれはマスコミが殺到し、メディアに吊し上げられるかもしれない。

 裁判になるのだろうか。

 そしてテロ事件の首謀者として死刑台に向かうのだろうか。

 

「解っていますわ……

 ええ、解っていますとも」

 虚ろな顔と声で、彼女は静かに呟いた。

 誰かにでは無く、自分自身に言い聞かせている様な口調だった。

 

 染井は、怒りに囚われながらも憔悴しきっている自分の精神状態に苛立ちを覚えていた。

 (何故だ、何故負けたのだ!

 我々は……何故、我々を支えてきた者達を始末しなければならなかったのか!!)

 

 黒沢が幹部達をまとめて処分してしまったと言う事実は、既に染井の耳にも入っていた。

 桜華を守る為、これから新たに作られるであろう『黒沢グループ』を守る為。

 必死に自分にそう言い聞かせたものの、次は自分の番である事が解っていたからこそ怒りが隠せなかった。

 

「儂が間違っていたと言うのか。

 御嬢様の為に全力を尽くした。

 財閥を日本一、いや世界一にしようと努力した。

 それは全て財閥の為、御嬢様の為であった。

 なのに、今度は儂が死ぬ事が御奉公だとぬかしおる!

 誰が悪いと言うのだ。

 少なくとも儂では無い。

 しくじったあの紅虎の馬鹿か、それとも……」

 

 屋敷の廊下でそんな事を考えていた染井は、一発の銃声を耳にする。

「なッ!?」

 桜華の自室から微かに聴こえたその音を、染井は聞き逃さなかった。

 ドアをノックするが、応答が無い。

 

「御嬢様、御嬢様!?」

 染井は躊躇っている暇は無いとばかりに、体当たりで無理やりドアをこじ開けようとした。

 だが、堅く分厚い木製の扉は簡単には開かない。

 染井は手近な場所にあった椅子を使い、ようやくドアを開けた。

 

 薄暗い部屋。

 電気をつけると、そこには頭から血を流して倒れている桜華の姿があった。

「そ、そんな……」

 机の上には万年筆が置かれており、ついさっきまで何かを書いていた様な形跡があったが、手紙の類は無かった。

 

 金庫のある壁には元通り絵画がかけられており、そこに金庫があると解っていない限り見つけるのはかなり難しい。

 染井ですら、桜華の自室にある金庫の事は知らなかった。

 彼は桜華のもとへ駆け寄ったが、手遅れなのは明らかだった。

 

「何故、御嬢様が死ななければならないのです!

 御嬢様には罪など何一つとして無かったと言うのに!

 代わりに儂が死ねば良かった!

 御嬢様の命が蘇るのならば命を差し出す覚悟でおりました……」

 

 彼は、桜華を愛していた。

 獅子王の娘として、本気で彼女の事を尊敬していた。

 歪んだ愛情で結果的に桜華を死に追いやってしまったが、財閥と桜華の未来を本気で変えたいと思っていたのだ。

 

「おのれ、かくなる上は復讐しかあるまい!

 この命はどうせ捨てねばならぬのだ。

 ならばこの命1つで、幾人もの命を葬ってくれる!」

 染井は桜華の手に握られていた拳銃を手に取ると、屋敷の外へと走り出した。

 

『次のニュースです。

 綾小路財閥の総帥である綾小路桜華さんが、自宅の自室で拳銃を用い自殺していた事が明らかになりました。

 16歳でした。

 桜華さんは綾小路財閥の事実上のトップであり、テロ組織紅虎明命が起こしたZEROドームでの事件に関与していたのではないかと言う疑いが持たれていました。

 彼女の自殺は、自分が起こした事件に対する自責の念からのものではないかとして、警察では調べを進めています。

 なお、現場となった彼女の自室に拳銃が一切見当たらなかった事から警察は何者かが持ち去ったものとして調査を……』

 

 翌日、日曜日のエターナルナイトは騒然としていた。

 朝から流れていたニュースは桜華の自殺一色に染まり、織田政権の正当性を改めてアピールする形となった。

 

「おいおい、自殺ってマジかよ。

 そんな奴がリベンジだって言ってこっち来るか?」

「意外と、芯は脆かったのかもしれないわよ……

 でも、死んだなんてとても信じられないわ」

 モニターに映るニュース映像を、オーナーである蔵崎源三が消す。

 

「……とにかく、これで終わったんだね。

 彼女がこの場所に来る事は2度と無いだろう。永遠に」

 蔵崎はそう言うと、溜息をついた。

 周りの者達も黙ったまま、黒いモニターを見つめている。

 

「……僕のせいだ」

 零は頭を抱えながら、首を左右に振り、歯を食いしばったまま涙を流していた。

「僕が桜華を追い詰めなければ、こんな事にならなかったのかもしれない。

 何で僕はあんな事を言ってしまったんだ」

 

「しっかりしろ!零。

 そうじゃない。お前のせいじゃないんだ。

 アイツは世間に裁かれたんだよ!

 お前が彼女にきつい言葉をかけたからってそのせいで死んだワケじゃねぇ。

 遅かれ早かれ自殺していたさ!」

 

「そうよ零。貴方が悪いんじゃないわ。

 零が受けた仕打ちの事を考えれば、あれ位の事は言って当然よ。

 豊の言う通り、世間が彼女を既に追い込んでいた。

 貴方のせいで死んだんじゃないの」

 豊達が懸命にフォローするが、その言葉は零には届かない。

 

「そうだとしたって、自殺を覚悟していた人間にあんな言葉を使うべきじゃなかった。

 僕は、怒りに任せてとんでもない事をしてしまった。

 桜華の本質を理解していなかったんだ」

 身体全体を震わせ、怯えた様に立ち竦む零の肩を、瞳は両手で掴み声をかける。

 

「兄さん。

 桜華さんは天武日本の柱を崩して、自分達だけの王国を作ろうとした組織の長じゃない。

 自殺しても不思議じゃないわ。

 晒し者になるのが、罰を受けるのが怖かっただけよ」

 

 涼介も零に駆け寄る中、比呂子だけはわなわなと肩を震わせていた。

「違う!!」

 あかりと豊は比呂子の出した大声に驚き、思わず動きを止めた。

 比呂子もまた涙を流しながら身体を震わせている。

 それは、彼女が今まで外に出さなかった『怒り』の感情だった。

 

「桜華さんは、そんな人じゃない!!」

 比呂子は、今まで本気になって怒った事が無かった。

 どんなに酷い虐めを受けても、怒りよりも苦しみや悲しみの方に気持ちが流れてしまうタイプだ。

 だが、自分の数少ない友達の名誉が傷付けられる事だけは我慢出来なかった。

 

「あの人は、私に『友達になってください』と言ったんです!

 短い間でしたけど、お互いに夢を語り合いました。

 夢をかなえる為に頑張る。

 そして皆に認めてもらいたい。

 その気持ちが溢れていました。

 断言します!桜華さんは、そんな残忍な人じゃありません!

 自責の念にかられての自殺だなんて、信じられない!!」

 

 歯を食いしばり、涙を流しながら目線を彼等に向けたまま微動だにしない。

 そこには彼女の強い信念が感じられた。

 

「貴様が殺したのだ。氷室零!」

 自動ドアが開き、入ってきた1人の男。

 その男の手には拳銃が握られている。

 豊はそれを察知し、素早く零の前に立ち塞がった。

 

 咄嗟に出た行動だった。

 そこに考えがあったワケでは無い。

 彼を守らなくては。

 その判断で無意識に身体が動いていたのだろう。

「危ない!」

 

 一発の銃声。

 豊は自らが盾となり、拳銃の弾を腹に受けた。

 そして呻き声を上げながらその場に倒れる。

 

「フン、前に出てくるなら好きにするがいい。

 零を殺すのが早いか遅いかの違いだけだ。

 貴様だけは絶対に許さんぞ。

 桜華御嬢様は貴様のせいで死んだのだ。

 貴様が優勝さえしなければ!」

 

 鬼の様な表情のまま、再び拳銃の引き金に指をかけようとした染井の頬を、強靭な拳が捉えた。

「糞野郎!」

 土田守が染井の視界の範囲外から強烈な一撃を見舞い、怯んだ所で鳩尾にさらに強い一撃を叩き込む。

「ガッ……」

 

 意識を失った染井は拳銃を床に落としてその場に倒れ込んだ。

 土田は拳銃を遠くに投げ、染井を上から何度も殴り続ける。

「てめぇ、よくも!ぶっ殺してやる!!」

 相手の意識が無くなっても殴るのを止めない土田の顔は鬼気迫るものだった。

 慌てて高瀬加奈と笹森冬司が精一杯の力で彼を染井から引き剥がす。

 

「離せ、あいつを殺す!!」

「馬鹿な事を言うな。

 お前を殺人犯にはさせないぞ!」

 誰もが呆然とする中、オーナーである蔵崎はハッと我に返ると、客に向かって叫んだ。

「警察を呼んでください。それに救急車も!」

 

 豊の意識は混濁していた。

 すぐ近くにいるハズのあかりの声が、随分遠くから聞こえている様な気さえする。

 腹から流れ出る大量の血が、自分の命の終わりを物語っていた。

 

「豊、豊ァ!

 大丈夫、きっと助かるから!救急車はまだ来ないの?」

「道が混んでいて、一番近くにいた救急車でも到着まで15分はかかるだろうって言われました」

 携帯で救急車を呼んだ涼介は、真っ青な顔のまま倒れている豊の事を見つめていた。

 

 あかりは意識を失わせない様に、涙を流しながら大声で豊に呼びかけている。

 零も比呂子も顔面蒼白状態のまま、この状況がまるで信じられずに立ち尽くしていた。

 

「あかり……駄目みてぇだ。

 凄く眠い……自分の事は自分が一番良く解ってる……」

「馬鹿言わないで!

 絶対に死なせたりなんかしない!するもんですか!

 アンタは助かる。助かるんだから!」

 

 口から血を流しながら、豊は小さな声で言葉を発し続ける。

 

「皆……聞いてくれ。

 俺はもう駄目だと思う。

 言いたい事は山程あるが、時間がねぇ……

 だから、一言だけ……言わせてくれ。

 俺の分まで……生きてくれよ」

 

 比呂子はその場に崩れ落ち、顔を手で隠しながら涙を流した。

 涼介も涙は流していたが、まだ自分の中で今目の前で起こっている事が現実だと受け止め切れていない。

 

「俺が……生きていたらしていたであろう事を……

 皆が、1人1人が……俺の代わりにやってほしい。

 そうすりゃ……俺は死んでも、皆の中に俺は残って生き続ける

 ……俺は消えなくて済む」

 

 あかりは哀しいのか、怒っているのか自分でも解らない感情に包まれていた。

 豊の身体に手を触れながら、懸命に呼びかけた。

 消えゆく命を絶対に消したくなかった。

 

「アンタは生きるの!

 心の中にいるとか、そんなの私は望んでない!!

 生きて、元気になってよ!!

 病院に行けば、まだ助かるから!」

 

「零……自殺なんか、考える……なよ。

 お前は生きろ……生きて、お前のやりたい事をやってくれ。

 皆、大好きだぜ……俺はココに居れて、幸せだった。

 何もかもが……輝いて……」

 豊は目を閉じ、ピクリとも動かなくなった。

 

 時間が止まったかの様だった。

 そこにいた誰もが、数秒間動きを止めていた。

「どいてくれ」

 

 落ち着きを取り戻した土田が、豊のもとへ駆け寄り腕に触れる。

 指で腕に暫く触れていたが、手を離すと、俯いて首を横に振った。

「嘘……でしょ?

 信じない。私は信じない」

 

 あかりは衣服や手が血にまみれる事も構わずに、豊を抱き起こす。

 だがそれは無理やり身体を掴んで持ち上げただけに過ぎなかった。

 血で手が滑り、豊の身体がまた床に倒れる。

「嫌、そんなの嫌……

 豊、起きて。お願いだから」

 

 涙を流しながら、懇願口調で語り掛けるあかり。

 誰も、何も言う事が出来なかった。

 言葉を発する事自体が躊躇われた。

 何を言っても不謹慎になる様な気がして、皆黙っていたのだ。

 

「嫌ァァァァァァ!!

 豊、ゆたかァッ!!」

 

 半狂乱になったかの様にあかりは豊の身体をもう1度持ち上げ、強く揺さぶった。

 別にそうすれば生き返ると思ったワケでは無い。

 ただ彼女は無意識にそうしていた。

 そうする事しか出来なかった。

 

「豊さん……」

 比呂子にとって、これからもっと色々な場所で、隣にいて欲しかった人物がいなくなってしまう。

 あかりも、涼介も、そして零にとってもそれは同じだった。

 

「僕が死ねば良かったのに。

 何故僕を庇ったんだ」

 あかりはその言葉を聞いて、零の方を見た。

 

「そんな……そんな事を言わないで。

 豊が貴方を庇った意味が無くなってしまう」

「僕には希望も、未来も無かったんだ!

 豊にはあった!僕よりもずっと大きな希望や未来が!

 人の命が失われるのが避けられなかったとしたら、僕が死ぬべきであって、豊は死ぬべきじゃなかった!」

 

 零がそう言って頭を抱えた瞬間、頬に平手打ちを喰らい思わず零は頬を押さえる。

「兄さん、言っていい事と悪い事があるわ。

 兄さんは死んでいい人間なんかじゃない。

 私は兄さんを必要としているの。

 兄さんがいなくなってしまったら、私が悲しむ」

 

 瞳は涙を流しながらそう訴えた。

 零もそれ以上、言い返す事が出来ない。

 救急車のサイレンの音が聞こえてきた時も、動き出す者はいなかった。

 ただ、痛ましい死と言う現実に向き合えずに立ち尽くす事しか出来なかったのだ。

 

『次のニュースです。

 綾小路財閥の総帥、綾小路桜華さんの側近中の側近と言われていた執事の染井義政容疑者が今日の朝拘置所内で自殺を図り、死亡していた事が解りました。

 拘置所を見回りにきた警官が発見し、すぐに病院に搬送されましたが、既に亡くなっていたとの事です。

 染井容疑者は、千葉県内のゲームセンターにいた井島豊さん殺害の現行犯として逮捕され、拘置所に移送されていましたが……』

 

 プラナスの本社ビルの一室。

 テレビに映る映像を消し、部屋の中にいた黒沢は溜息をつきながらある人物に電話をかけた。

 

『君の所の狂犬は躾も何もなっていないじゃないか。

 首輪を付けておくべきだったんじゃないかね』

「申し訳ありません。

 御嬢様の自殺が判明した直後、探したのですが全く連絡が取れなかったものでして」

 

『命を落とした青年の遺族に、相応の金を渡したまえよ。

 それで、準備はもう整ったのかね?』

「はい。

 大部分をそぎ落とし、黒沢グループのプラナスとして生まれ変わる事になるでしょう」

 

『それで良い。

 分かれた所は我々が管理するし、プラナスにも監査が入る。

 君達を常に監視するからそのつもりでいる様に』

「解りました」

 

 電話の向こうから聞こえてくる声に反論する事は絶対に許されなかった。

 黒沢は、敗北を認めたのだ。

 それ故に内情を知る者の処分と言った『事後処理』の方向へと舵を切った。

 後は、黒沢自身が消えれば全てが終わる手筈となっていた。

 

「……最後に1つ、言わせてもらっていいですか」

『何かね』

 黒沢は、自嘲気味に笑うと、机の上に置いてあった『万年筆』を手に取り、片手で弄ぶ。

 

「我々は『邯鄲の夢』を見ていたのですよ。

 竹中さんに唆されてね。

 あらゆる策謀を巡らせ、我々がトップに立つ。

 成功すれば全てが手に入るが、失敗すれば全てを失う。

 そんな賭けは見事に外れてしまった。

 でも、全てを失わなくて本当に良かったと思っています。

 総理の温情には感謝しかありませんよ」

 

『本当は竹中君の親族の様に、処分しておくべきだったのかもしれないがね。

 だが恨みで私の命を狙った竹中君と君達は違う。

 君達はビジネスに失敗してしまったんだ。

 そのビジネスに関与していない人間まで処分するとなると、こちらも相応の痛手を負う。

 感謝される事では無いんだ』

 

「いえ、一応礼は言わなければ……

 それでは、最後の処理を済ませますのでこの辺りで」

『見事な散り様を期待しているよ。

 罪は消えないが、私の君に対する評価はかなり変わってくるだろう』

 通話を切り携帯電話を机の上に置いた黒沢は、机の引き出しから拳銃を取り出した。

 

「失敗するのは解っていた。

 だが止められなかった。

 止められなかったのは、私の責任……

 御嬢様、今会いに行きます。

 愚かな私を許してください……許しを請わせてください」

 

 銃声が1度聞こえ、静寂だけが周囲を支配した。

 

 約1週間後、奇しくも同じ日に2つの出棺が行われる事となった。

 井島豊の告別式と、綾小路桜華の告別式が重なったのである。

 その日は2月であるにも関わらず比較的気温が高く、空から落ちてきた雨粒が雪に変わる事は無かった。

「涙雨みたいね」

 棺に入れられ、火葬場へと運ばれていく豊を見ながら、あかりはそう呟いた。

 

 葬儀には豊の親族だけでなく、豊と関わった者達が多く参列していた。

 闘戦興の編集部の面々、豊と親しかったプレイヤー、前々から取材を受けていたギルドZEROのメンバー達。

 皆、そのあまりにも早過ぎる死を悼んでいた。

 息が苦しくなる様な静寂の中、粛々と順番にそって物事が進んでいく。

 

「豊がいなくなってしまったこの世界で、どう生きていけばいいのか今は解らない」

 虚ろな表情で話すあかりの顔を、同じ様な顔をした比呂子が心配そうに見つめた。

 

「でも、後追いなんて絶対にしない。

 それは豊との約束だから。

 豊が自分の分まで生きてくれって言ったから私は生きる。

 そして、豊がやりたかった事を絶対に私が引き継いでみせる。

 私は豊の人生の一部分を貰って生きるの」

 

「先輩、それってまさか……」

 比呂子の問いに対して、あかりはしっかりと頷いた。

 何をするべきか、あかりには答えが見えていたのだ。

 そして比呂子も、自分の夢を叶える事で豊との約束を果たそうとしていた。

 

「イヤァァァァァァッ!!

 姉様、ねえさまァッ!!」

 

 火葬場へと運ばれていく棺にすがりつき、号泣する美香。

 あまりの取り乱し様に妖も何とか彼女を落ち着かせようとしたが、止める事は出来なかった。

 

「姉様も御父様も死んでしまって……

 私を残して行かないで、姉様……

 絶対に許さない。

 姉様を殺した零を、殺してやる!

 姉様と御父様の仇を絶対に取らなきゃ」

 

 どす黒い感情が、美香の心を支配していた。

 零がいなければ、桜華は全国大会で優勝していた。

 零がいなければ、総理を庇う者はおらず、あの事件は財閥の勝利に終わっていた。

 零のせいで2人が死んだ。

 歪な思考がそんな答えを導き出してしまったのである。

 

「私はプラナスを姉様が経営していた時よりも大きくして、必ず復讐を果たしてみせる!」

 美香自身にクーデターを再び起こそう等と言う考えは全く無かった。

 そんな事よりも、大切な姉である桜華を奪った零に復讐する事だけを考えていた。

 この日から美香の生きる目的はその1つのみになった。

 復讐。その為にプラナスの新社長となり、黒沢グループを発展させる。

 

「今すぐには無理でも、何時か必ず……!

 私は絶対に成し遂げる!!姉様、上から見守っていて!」

 美香は、零を殺害し、桜華の仇を取る事を決意した。

 それが桜華の望みであるかどうかは全く考えていなかったのだが……

 

 風が吹いていた。

 窓の外は弱い西日が照り、白一色の病室を薄い橙色に染め上げている。

 外の気温はかなり厳しいものであったが、病室の中は既に春の陽気を思わせる様な暖かさに満ちていた。

「ねぇ、兄さん」

 聞こえているのかいないのか、返答をしない意識不明の病人の肩にそっと手を触れながら玖留美は静かに喋り始める。

 

「私ね、決めたの。

 もっと強くなるって。

 何時の日か、私の力が必要になる時が必ず来る。

 そんな気がするの。

 だから、兄さんよりも強くなって、奪われてしまうかもしれない命を1人でも多く救いたい」

 

 病院の患者が着ている青い衣服が、西日に当たり僅かに輝いた様に見えた。

 少しだけ苦悶の表情を浮かべているかの様な彼女の兄の顔。

 その顔には酸素マスクが装着されている。

 

「見ていて。

 今後、何が起ころうとも私の力と皆の力で、きっと凶行を止めてみせるから」

 玖留美の頬には涙が伝っていた。

 

 今まで付けていなかった『オレンジ色のサングラス』も光が当たり輝きを放つ。

 皆が、失われた命を決して忘れないと誓った。

 そして、失われた命を受け取って人生の糧にしようと思っていた。

 

 東京都内にある『プラナス』の本社、つまり黒沢グループの新会長となった美香の居場所は桜色から漆黒の黒へと外観が塗り替えられていた。

 (復讐を果たすその時まで、私は姉様を思い喪に服す。

 黒い服以外は絶対に着ない)

 

 死ぬ前に黒沢が段取りを全て整えていた為、さしたる障害も無く美香は黒沢グループを引っ張っていくリーダーとなる。

 だが、幼い13歳の少女が会長に就任すると言う報せは、旧財閥の幹部達を困惑させる出来事であった。

 

『黒沢グループを美香さん1人で切り盛りしていくと言うのは流石に厳しい。

 役員の皆様の働きも大事ですが、我々の方から非常に優秀な人材を送りましょう。

 白鳥(しらとり)文彦(ふみひこ)。

 政治と経済の両方で過去に成功を収めた天才です。

 彼を美香さんの右腕に据えれば、黒沢グループも安泰でしょう』

 

 織田信虎のたっての希望で会長補佐に任命された白鳥は、革新党の元政務官で金融機関の財政顧問も務めていたエリート中のエリートだった。

 勿論、革新党に深く関わっている白鳥が黒沢グループの本丸に陣取ると言う事は、『監視役』である事を認めた事に他ならない。

 

「お初にお目にかかります。

 白鳥と申します。

 都民の大切な蓄えを守るプラナスで働けるのは、願ってもいない事でした」

 吐かれる言葉は氷の様に冷たかった。

 

 まるで感情の無いロボットの様に口調には抑揚が無く、整った顔も能面の様にぴくりとも動かない。

「お世辞はどうでもいいわ。

 それより今後、プラナスがどういう戦略を取るべきか、貴方の考えを聞かせて頂戴」

 

「はい。

 メガバンクであるプラナスが、銀行業務一本に絞って経営を行う以上、今まで以上に優秀な人材を確保して経営の地盤を固める事が重要であると私は考えています。

 既に私の人脈により、神谷財閥や長尾財閥の財政分野で活躍している人物をヘッドハンティングして参りました。

 合衆国やEU諸国連合への進出も見据え、言語能力にも優れたスタッフや外国人をリストアップしております。

 こちらを御覧ください」

 

 白鳥は鞄からリストを取り出し、机の上に広げる。

 暫くそのリストを眺めていた美香であったが、顔色が変わった。

 

 (何なのこいつ……

 普通だったらどう考えてもウチに来る様な面子じゃない。

 元いた所に忠誠を誓っていなければいけない者ばかり。

 これだけの人材を揃えればそりゃ上手くいくでしょうけど……

 やっぱり、革新党の圧力なの?)

 

 怪訝な顔で見つめる美香の反応に対して、白鳥は唇の端だけを歪ませた。

「私はどんな手を使ってでもプラナスを成功へ導く様にと命じられております。

 その見返りとして美香様が良からぬ考えを起こさぬ様、常に側につき誠心誠意サポートさせて頂く所存です」

 

「良いわ。互いの利害が一致した様ね。

 私はプラナスをもっと成長させたいし、アンタは私を見張っていたい。

 私には革新党に対して隠し事があるワケじゃないし、アンタを使ってのしあがってやろうじゃないの」

 

 美香は寧ろ、裏があったうえで双方が思惑通りに事を進める展開の方を望んでいた。

 白鳥は非常に解り易く、また御しやすい。

 彼の本当の忠誠が革新党にあったとしても、美香が己を貫きさえすれば、自分の命令に従うだろう。

 2人は表で手を結びながら、裏でお互いの腹の中を探り合う関係を喜んで享受した。

 

 目的の為ならば手段は選ばない。

 その思想が合致しており、美香が白鳥の性質を気に入ったと言う部分も大きいだろう。

 プラナスはこの後綾小路財閥の総資産には及ばないものの、相当な資産を持つ超巨大企業へと変貌する事となる。

 

「お願いします!ココで働かせてください。

 雑用でも何でもします。

 豊の仕事に触れて、何時の日か、豊のやりたかった事を引き継ぎたいんです!」

 闘戦興の編集部が作業を行っている部屋で、火村あかりは申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。

 

 だが、頭を下げながらもその目の奥に燃える炎は決して消えていない。

 その迫力にスタッフ達は気圧され、後ずさる程だった。

「……大学を卒業したら、何時でも来なさい。

 歓迎するよ」

 奥の机に手を置き、長椅子に座っていた編集長はあかりに対してそう言うと微笑んだ。

 

「しかし編集長。彼女は豊さんと違って素人ですよ?

 ライターとしての仕事がそう簡単に務まるとは思えない!」

 

「最初は豊君だって素人に毛が生えた程度だったじゃないか。

 でも一生懸命努力して、コラムを書くまでに成長した。

 彼女には豊君よりも熱いものを感じる。

 きっとやってやるぞと言う並々ならぬ闘志が感じられる。

 そういう人間を私は常に求めているんだ。

 心の中の炎に自ら薪をくべて、巨大な火の玉に出来る様な人間をね」

 

 編集長はそう言いながら、『オレンジ色のサングラス』をかけた火村あかりの目をじっと見つめる。

 

「勿論、最初から記事を書かせるワケにはいかないよ。

 君が言った通り最初は雑用係から始めてもらう。

 そこから我々の技術を盗んで、活かせる様に成長したまえ。

 そうすれば、きっと素敵な編集員になれる」

 あかりは目にうっすらと涙を浮かべながら、感謝を示す為にもう1度深く頭を下げた。

 

 誰もが、変化を受け入れ、戦おうとしていた。

 本当はその変化を受け入れたくないと思っている人間であろうとも、その濁流の様な勢いは止められない。

 いなくなってしまった者の為に、何が出来るのか。

 それぞれが考え抜いて、出した答えがあった。

 

 それが正しい答えなのか、不正解なのかは本人には解らない。

 その審判は、ここから先に時が流れた後に下される事になるだろう。

 

 新しい『ZERO』が発売され、新しい戦いの幕が開く。

 それは同時に、2つの陣営が激突する戦いを予感させるものだった。

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