そして物語は新しい局面を迎え、終わりに向かって進んでいきます。
誰もが幸せになれなくても、幸せになりたいと思って足掻く物語。
ZEROは全ての人達が『願う』話なのです。
足の裏に触れるごつごつとした岩の感触位しか、俺には周囲の状況が解らなかった。
よく、人間は他の人間を愛する時に『君しか見えない』と言う事があるらしいが、俺の場合はそれが嘘では無い。
目の前にいる裸の少女が青白く光って見える以外には、俺から見えるものは何も無かった。
瞳は潰れていても、ZEROから与えられた力によって『人間』を見る事は許されたらしい。
「何だか不思議な感じです。
衣服を全て脱ぐ事が珍しいのに、さらに全部脱いだ姿を見られているだなんて」
側に置かれているであろう装束も彼女の身体から離れた瞬間に俺の視界から消えていた。
きっと、崩壊した世界の中で俺が見る事が出来る唯一のものが彼女なのだろう。
「キス……してもいいか?」
「あ、はい。接吻ですね。
その行為を行う事によって人間は愛情を確かめ合って、互いに性的興奮も起こると言う……」
知識でしか知らない彼女の身体を引き寄せると、俺は彼女を黙らせる様に口で口を塞いだ。
先程から痛い程に勃起している陰茎の先端が、彼女の腹に触れる。
生まれたままの姿で抱き合って、キスをしている自分が少々恥ずかしく感じたが気にする必要は無いのだと自分に言い聞かせた。
何しろ、自分と彼女しかこの世にいないのだ。
誰にも見られる心配が無いのに恥ずかしがっても意味が無い。
「頭で考える必要は無い。
セックスは本能的に快感を感じればそれで良いんだ」
彼女をしっかりと抱き締めたまま、俺は耳元でそう呟いた。
普通の獣人ならば天界人とのセックスに抵抗を感じる者もいるかもしれないが、俺の場合はサイファとのセックスで慣れている。
「お互いの性器を舐めあって、滑りを良くするのがセックスの前段階だ。
俺が仰向けに寝そべるから、お前は逆向きに覆い被さった後俺のペニスを舐めてくれ」
ワザと不躾な態度を取り、通常は口に出さない淫語を連発する事で相手の興奮を誘う。
少々痛いが岩肌に寝て相手の動きを見た。
彼女は慣れていないせいか、慌てながらも俺の言う事に従っている。
「これは、『草原にそびえ立つ熱い柱』の様ですね。
生命力の源って感じがします」
機械に知識ばかり詰め込まれたせいか、彼女はムードもへったくれも無い言葉ばかり口にしていた。
「咥えるんだ。もっと俺のを漲らせろ。
そうしないとこれがお前の中に入らない」
目の前に見える彼女の性器に舌を入れると、身体全体の震えが伝わってくる。
「んッ……ほう、でふふぁ?」
拙いながらも、命令された事を一生懸命にこなすのは詰め込み教育の良い面だろうか。
そんな事をぼんやりと考えつつも、彼女の膣に舌を入れて愛液の分泌を促す。
「んんんんッ!?」
陰部を舐められるとは思っていなかったのか、彼女は身体を大きく震わせた後動揺しているのか目に涙を浮かべながらこちらを見た。
「恐れる必要は無い。快楽に身を任せるんだ。
そうでなければこの先の『痛み』に耐えられなくなるぞ」
相手を窘めつつ、さらに陰茎を口にほおばって刺激を与える様に命令する。
舌を入れたり、指でクリトリスをつまんで擦ったりしていると、彼女の顔色がだんだんと赤みを帯びていった。
「な……なんか、変な感じです。身体が熱い……」
充分に相手の性器が濡れ、俺の陰茎を受け入れる準備が整った事を確認すると痛い程に硬くなったペニスを自分の手で握る。
「よし、立ち上がれ。
壁に両手をついて、身体を屈めながら尻を俺のいる方に向けるんだ。
痛いだろうが踏ん張れよ」
怯えを見せながらも、俺が言った通りに動いてくれている。
壁に手をつく様に命じたのは、自分には見えない壁を把握する為でもあった。
暗闇の中で彼女の裸体が見えない壁に手を付いて、尻をこちらに向けている。
俺は今にも汁が出そうな程に滾った陰茎の根元を手で握りながら、先端部分を膣に押し当てた。
いきり立つ肉棒の先端が、ぬるりと温かい肉の壁に包まれていく。
そして亀頭の先端部分が薄い布の様な部分に当たる。
膜を気にする事無く、俺は一気に奥へと突き進んでいった。
「ひぎッ!?」
漆黒の陰茎が膣の中に埋もれていく。
そしてそこから鮮血が一筋流れ落ちてきていた。
「あッぐぅぅ……
ひだ、いだいです……1回抜いて……」
大粒の涙を流しながら懇願する彼女を目の前にしながら、少々サディスティックな感情と禁忌の妄想が膨らんでいく。
(もし今している相手が妹だとしたら、同じ反応をしていたのだろうか?)
決して許されない交わり。
何度その欲望が弾けそうになったか解らない。
だがその度に少なからず残っていた理性が自分を止めていた。
妹に軽蔑される様な兄にはなりたくないと言う思いもあったのだ。
「我慢出来ん。
俺が1回お前の中に出すまで辛抱しろ」
二重の背徳感でペニスがさらに硬く、膨張したのが解った。
妹とセックスする事を想像しつつ、彼女とセックスする事によって得られる興奮が抜き差しをさらに激しいものへと変えていく。
「まッ、まだですか……?
痛くて、もう腰が……」
彼女はそう言うと壁から手を離し、腰から崩れ落ちて四つん這いの状態になった。
涙を流しながらゼエゼエと荒い息を吐いている。
だが俺の硬い凶器は彼女の中に潜り込んだままだった。
「尻を持ち上げて、そのままじっとしていろ。
もうすぐ終わる」
地面に膝をつき、先程よりかは控えめな速度になったピストン運動を再開する。
刺激を受け続けた肉棒が白濁液を放出するのは時間の問題だった。
「こ、こんなに痛い思いをしなくちゃならないなんて……」
「これは一時の痛みだ。
それに破瓜の痛みだけでは無く、お前は産みの痛みも経験しなければならない。
そうでなければこの世界に子供を増やしていく事が出来ないからな」
奥に滾ったものを打ち込み難い態勢ながら、爆発寸前の快楽が動きをどんどんと加速させていく。
「グウッ……!!」
肉棒の根元が膨れ上がり、先端が子宮の中にしっかりと食い込んだ状態のまま、俺は欲望の限りを彼女の体内に放ち続けた。
彼女の腰に手をかけ、掴んだまま離さない。
ペニスが脈動しながら精液を出す感覚を味わいながら、身体を何度か震わせた。
「熱くて……痛いッ……
擦り傷に海水をかけられた様な痛みを感じます」
彼女は目から涙を流し、口からは涎がたれている。
虚ろな瞳のまま身体がひくひくと痙攣していた。
獣人のペニスは精液を子宮内部へと確実に注ぎ込める様に、射精寸前に根元が膨らんだ後暫くの間は萎えない。
痛がる相手に対して無理やり犯した様に感じられた事と、許されざる妄想による興奮が何時もよりも陰茎を硬くしていた為射精量が通常よりも多かった。
「私の……中で……
まだ熱を持って、脈打って……」
抑えられぬ欲情の高ぶりを感じつつ、ペニスの中に残っていた精液を吐き出していく。
やがて硬度を失った肉棒がにゅるんと彼女の中から抜けた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
地面に座り込んだまま、荒い息を整えようとしたが、どうにも興奮が治まっていない。
膣から一筋の白い液体が流れ落ちていく光景を目にした俺の陰茎は、また重力に逆らい始めていた。
「すまん、俺のがまだ硬いままでな……咥えてくれ」
痛い程に勃起していた際には大分乱暴な口調になっていた事を若干反省しつつも、毛の中に戻らない欲望の塊を彼女の口の近くに添える。
「あ、はい……」
激痛に耐え、膣内射精により半ば放心状態になっていた彼女だったが、唇に触れた先端部分を加えると、そのまま口にほおばっていった。
うつぶせのまま両手で俺の陰茎の根元を持ち、涙で濡れた顔をこちらに向けながらフェラチオを行う。
「良いぞ。舌で転がす様に舐めるんだ。
なかなか上手いじゃないか」
俺がサディスティックな態度を取っているのとは逆に、彼女には被虐的な局面にて興奮するマゾヒストとしての素質があるのかもしれない。
涙こそ流してはいたものの、積極性を披露しつつ俺の肉棒を射精に導こうと努力してくれている。
その拙さが俺をさらに興奮させた。
しかし流石に根元まで咥えさせるのは酷だと思い、彼女の頭に軽く手を触れた後ゆっくり口での出し入れを行わせる。
「亀頭の部分を舐めたり、喉で刺激したりしてくれ……
うッ、そろそろ出そうだ」
だらしない顔をしているであろう俺の顔を見つめながら、彼女は俺を絶頂へと向かわせてくれていた。
恐らく、マゾヒストと言うよりも『健気な性格』と言うべきなのだろう。
相手が望む事を自分がしてやれるならしてやりたい。
相手の好意を思う存分受けつつ、俺は彼女の口の中で思い切り精液を解き放った……
先程まであれ程俺の股間から顔を出して激しく己の存在を主張していた逞しい肉棒は、全ての欲望を吐き出した為にゆっくりと縮んでいく。
空気が抜けてしぼんでいく風船の様に小さくなり、やがて体毛の中に隠れた。
俺は地面に置いておいたズボンを探し出すと、何とか自力で履く。
「大丈夫か?」
放心した様な状態のままで座っていた彼女に尋ねると、彼女は涙の後を手で拭った後で溜息をついた。
「痛いとは聞いていましたけど、ここまで痛いとは思っていませんでした。
快楽を得る為にセックスを行う事もあると教えられていたんですが、痛いだけで気持ちよくは無かったです」
「慣れてくるまでは痛いそうだ。
俺は女じゃないから詳しくは知らないが……
だが痛かろうと何だろうと、継続していく必要がある。
新たな『世界』を作る為にな」
全裸のまま膣と口から白濁液を垂らし、涙を流しながら虚ろな表情を浮かべている彼女の隣に座り、頭を撫でる。
「ともあれ、有難う。
俺の欲望を2回も受け止めてくれて」
微笑んでみせた俺の顔を見上げた彼女の涙は、痛みからくるものだけでは無くなっている様に見えた。
「ヴォルフさん……ずっと私の側にいてくださいね。
約束ですよ」
彼女は俺の腕を掴むと、懇願する様にそう言った。
彼女は俺と違い、生まれた時から孤独を感じていたのだろう。
他の誰かとの出会いに飢えていて、その誰かと一緒にいたいと思っていたのではないだろうか。
「ああ、離れたりするものか。
俺はお前と生きていく。死ぬまで一緒だ」
俺は彼女を抱きかかえると、そのままぎゅっと抱き締めた。
彼女もそれに応じ、俺の背中に手を回す。
「生きましょう。
どんな事があっても、生き抜いていきましょうよ」
まだ涙を流しながらも精一杯の笑顔を見せる彼女の言葉は、俺だけでは無く彼女自身に言い聞かせている様にも感じられた。
3月下旬、日曜日に古都府の会場で催された狩谷(かりや)優(まさる)と狩谷(かりや)真紀(まき)の結婚式には大勢の参加者が集まっていた。
「俺と真紀が出会うきっかけになったのは、対戦型格闘ゲームでした。
そしてその対戦型格闘ゲームでの出会いが、多くの人々との触れ合いを生み、最終的には彼女との結婚を果たす事が出来ました。
亡くなった俺の双子の弟も、きっと天国で俺達2人を祝福してくれていると思います」
白いタキシードを着た狩谷優はそう言うと感情を抑えられなくなったのか、目に涙を滲ませる。
存命中であるにも関わらず、豊と優の母親はこの結婚式への参加を拒否していた。
彼女にとって自分の息子は『井島豊』ただ1人であり、父親の親権のもとで育ってきた優はどうでもいい存在だったのだ。
豊の死と言うショックもあり、母親は手紙1枚でのやり取りで『今後も貴方には関わらない』と言う言葉だけを残した。
勿論優が全く動じなかったワケでは無い。実の母親から拒絶されたのだ。
心の弱い人間なら落ち込んでもおかしくなかった。
(でも俺には、側にいてくれる人がいる。
そしてずっと一緒に切磋琢磨してきた仲間達がいる。
それでもう充分だろう)
隣にいた狩谷真紀は純白のウエディングドレスに身を包み、じっと彼の方を見つめている。
会場には優と深く関わってきたギルドZEROのメンバーや、火村あかり、雨宮比呂子と言った豊と深い関係を持つ者達がいた。
彼にとっては一応世間体を気にして参加した親類縁者よりも、彼等の方が大切な存在であり、感謝を述べたい相手だった。
「俺は真紀とこれからもずっと一緒にいて、家族を作っていこうと思っています。
悲しい事も嬉しい事も、分かち合って前に進んでいく。
それが夫婦の形であり、正しい関係ではないでしょうか。
これからも俺達2人を見守り、励まし、時には叱咤激励してくだされば幸いです」
深く頭を下げ、顔を上げた優は、比呂子と目が合い一瞬時が止まった様な感覚に襲われた。
(……すまない)
(良いんですよ師匠。
それが貴方の選んだ道なら、私はそれを応援するだけです)
優は替え玉の一件が比呂子に露見した事を知らない。
豊が全て上手く成し遂げたと思い込んでいる。
罪悪感はあったが、自分が真紀を裏切らなかった事だけが救いだと考えていた。
そして比呂子は、そう思っているであろう優を糾弾する事無く全てを受け止めようと心に誓っていた。
(師匠は知りませんよね……私が今、豊さんを想っている事を。
私の心は既に師匠から離れてしまっている。
そして豊さんは旅立ってしまった。
きっと私は、1人で生きていくんでしょう。
それが『私の選んだ道』ですから)
その一瞬のやり取りがあった直後に、優は彼女の手を取ると、笑顔を見せた。
会場にいた何人かの女性は、その『一瞬』に気付き不自然さを感じて疑問を持つ。
その中には真紀も含まれていた。
結婚式が無事に終了した後、あかり達は新幹線に乗って帰路につこうとしていた。
「ねぇ比呂ちゃん。
さっき優さんのスピーチの最中に目があってたけど、何かあったの?」
「大した事じゃないですよ。
私はちょっと師匠の事が気になってたので、思う所があっただけです」
比呂子は僅かにあかりから視線を逸らし、俯く。
あかりは比呂子がそういう態度を取った時は、嘘をついているのだと言う事を知っていた。
「ふーん……」
あかりはそれ以上深く追求しなかった。
追求した所で彼女が何も言わない事は解り切っていたからだ。
(比呂ちゃんは外面は弱いけれど、内面は強い。
特に義理堅い所は私なんかより遥かに上。
親しい相手の不利になる様な事は絶対に喋らない。
そこが比呂ちゃんの良い所なんだけどね)
あかりは前の座席に備え付けられている簡易テーブルを降ろすと、ポケットから封筒を取り出してその上に置く。
「先輩、なんですかそれ」
「豊への手紙。
何でか解らないけど、結婚式に持ってきたくなっちゃってね。
今の皆の近況を伝えようと思って書いたのよ。
読んでみる?」
比呂子は頷くと、あかりからその封筒を受け取り、手紙を中から取り出して広げた。
豊へ
そっちで元気にしていますか?
火村あかりです。
私は今、貴方が務めていた『闘戦興』の編集部に、雑用係として採用される事になりそこで働いています。
人が多くて大変な職場だけど、大学を卒業した後は何とか頑張って貴方と同じ場所で働きたいと思っています。
夢は、貴方の仕事を完全に引き継いで井島豊の意志を継いでいく事。
すぐに出来る事じゃ無いけれど、私の残りの人生をそれに費やしていきたいです。
涼介は今年から高校生になります。
超難関と言われている高校への入学が決まり、将来は一流企業で働く企業戦士になりたいそうです。
それと、ZEROの予選大会で出会った長尾遼子さんと付き合い始めたそうで、もし進展したら巨大財閥で重用される可能性もありますね。
比呂ちゃんは高校を卒業して私と同じ南条商業大学に入る事が決まりました。
大学卒業後の夢は『ファンシーショップの店長になる』事みたいで、かなり前から経営の勉強も始めているそうです。
ただ、最初から店長になるのは難しいから何処かのファンシーショップで店員として働く所から始めるのかもしれませんね。
弟の健太郎君は予選大会の後から頻繁にエターナルナイトに足を運ぶ様になりました。
上達が早いので今後が楽しみです。
もしかしたら、お姉さんを超える実力者になるかもしれません。
零は思う所があると私に語り、もう一度ピアニストとして活動していくと宣言していました。
瞳さんが彼を支えていくと思うのでそこまで不安視はしていませんが、ブランクをどう埋めるのかは気になっています。
ZEROプレイヤーとしては無念の引退宣言をしました。
でも私達との縁は続いていくと思います。
貴方の双子のお兄さんである狩谷優さんは、真紀さんと結婚しました。
今後は彼女の実家の方で働く為、ZEROプレイヤーを卒業し仕事に専念するそうです。
いずれは子供が欲しいと言っていたので、甥っ子か姪っ子が出来るのもそう遠くない気がします。
姉である綾小路桜華を失った黒沢美香さんは、唯一残された巨大銀行『プラナス』の新社長になる事が決まりました。
私達への敵愾心も強いでしょうし、今後が心配です。
もしもの事が起こらない様に皆で注視していきたいです。
玖留美さんは現在、私や涼介の指導のもとでZEROをプレイし続けています。
エターナルナイトに来る事も多くなりました。
連覇を夢見ていたお兄さんの為に、自分がやらなければと言う気持ちになったのでしょう。
拓巳さんや剛さんは病院で眠り続けています。
何時の日か目が覚めればいいのですが、なかなか難しいみたいです。
あっちゃんこと海野亜津子さんは、高校を卒業した後で東京の大学に進学する予定が決まっていてこっちに来るみたいです。
電脳皇帝の仲間の事も気になっているそうで、東京に定住してそこで仕事を探したいと言っていました。
まだ確定してはいませんが、引っ越し先がまだ見つかっていないみたいなので貴方が使っていた部屋に来るかもしれません。
双葉沙織さんと双葉香織さんは大阪で今もアイドルゲーマーとしての活動を続けています。
東京に行って最終的には天武日本では知らない人がいない位の知名度を得るのが最終目標なんだとか。
沙織さんは私の事を気に入ってくれたらしく、今も時々遊びに来てくれます。
五十神妖さんは、桜華が死んだ後美香さんの腹心として働いています。
ギルドZEROのメンバーとしての籍は一応残っている様ですが、戻ってくるかどうかは解らない状態です。
ただ、私は最近彼女と話す機会があり彼女の心情が変わりつつある事を感じています。
それは私達の今後の運命を変えるものになるかもしれません。
オーナーの蔵崎さんは貴方がいなくなった事で相当落ち込んでいましたが、高瀬さんと笹森さんの励ましもあり、業務を続けています。
土田さんはプロボクサーになる夢が諦めきれず、いずれはボクサーの道一筋を貫く予定なんだそうです。
エターナルナイトは沢山の人達で賑わっています。
痛ましい事件の後も、私達は立ち上がって歩き始めなければならないと決意を固めました。
NEWSZEROの人達もそれぞれの道に向かって進んでいます。
南屋朋美さんは超難関と言われている東京の大学に進む事が決まり、将来は経営者になる夢があるんだそうです。
西園久緒さんは大学進学をせずに、柔道の稽古を続けています。
一流のトレーナーの指導がつき、オリンピックで金メダルを取るのが夢なんだそうです。
東郷恵さんは高校卒業後、吉原の方で働いています。
夢は老後の蓄えを30歳までに確保する事なんだそうです。
堀北栞さんは大学へ進学。
将来は銀行で経理業務を行いたいと思っているそうです。
皆色々な人生があって思い思いの道に進んでいくけれど、1つだけ共通している事があると私は思っています。
それは、皆貴方の事が大好きだったし、貴方の存在を忘れはしないと言う事です。
私は貴方がいなくなってしまってから、橙色のサングラスをかける様になりました。
貴方がかけていたものと全く同じものです。
私以外にもサングラスをかけて『豊さんの様に強くなりたい』と思う人や、『豊さんの事を忘れない』と心に誓う人がいます。
いずれ私は、貴方が生きていればしたかったであろう事を必ずやり遂げてみせます。
貴方がいないので本当にそれが貴方の望みなのかどうか解らない部分もありますが、私なりの答えを見つけたいです。
こういう言葉はあまり好きじゃないけれど、何時かまた会いましょう。
その時まで全力で生き続けます。
追伸 アンタ、本当に恰好良かったよ。
手紙を読んでいる時に、比呂子は思わず片手で両手を覆った。
涙が次から次へと流れてきていた。
高校生の頃に初めて出会った豊は、比呂子に優しく接してくれた。
あかりと同じ位親切で熱い人間だった。
紆余曲折あって豊と親密な関係を築いたが、それも長くは続かなかった。
『隣に誰かがいてくれるだけで、安心するのが人間だと思うんだよ』
ラブホテルの一室で、比呂子を優しく抱き締めながら発した豊の言葉を彼女は鮮明に思い出す。
『俺はあかりと一緒にいると安心するし……
辛い時にアイツが励ましてくれるとホッとするんだよな。
比呂ちゃんにとって、俺がそういう存在になれたら嬉しいよ。
比呂ちゃんが望むなら、だけど』
『責任を取って、私にとって豊さんがそういう存在になれる様に努力してくださいね』
比呂子にとって、あの時の心と身体の痛みは忘れられなかった。
今でも豊が側にいる様な気さえするのだ。
隣で笑ってくれている様な気が……だが彼はもうこの世にいない。
その事が比呂子にとって一番辛かった。
「私、豊さんの事が大好きでした。
私だけじゃない。皆、大好きだったと思うんです」
「勿論、私自身はそうだと思ってるし、皆にとってそうだったと信じてるわ」
あかりも喚き出したい衝動を必死に抑え、涙を流していた。
自分の気持ちを落ち着けたいと考えて書き始めた『手紙』だったが、書いている最中何度も感情が弾けそうになる。
普段の自分が豊に話す口調ではない口調に変える事で何とか書き終えたが、彼女の心は晴れなかった。
「豊が20年間で成し遂げた事は決して小さくない。
ZEROと言うゲームをプレイする人達の意識を変えた。
それが結果的にプレイヤーの人口を拡大させる事にも繋がった。
豊もZEROと言うゲームを作った者の1人なのよ。
それを引き継ぐ事が私の使命だと思うわ」
あかりは自分自身に言い聞かせる様に言葉を発する。
比呂子は手で顔を覆い、身体を震わせながら頷く事しか出来なかった。
巨大企業にとって、大事なのは舵取りを行う『リーダー』が優れているか否かと言う事である。
3月に行われたプラナス新社長兼黒沢グループ新会長の就任式には多くの者達が集まっていた。
政府要人、大手マスコミ、他社からやってきた見届け人。
その多くが年端もいかない少女の言葉に耳を傾けようとしている。
プラナスの新体制は豪華な顔ぶれが揃ったが、その陣容にはそれ程興味が集まらなかった。
「幾ら優秀な人材を揃えた所で、まだ高校生にもなっていない少女がトップじゃ、話にならないだろ」
「まぁ、もしもの時は革新党からやってきた白鳥が『影の会長』になって辣腕を振るうんだろうがな」
ああでもないこうでもないと人々が言い合う中、壇上に現れた黒沢美香の姿は意外と地味なものだった。
上下共に黒のスーツ。手首には大粒の真珠で構成された数珠の様な腕飾りが付けられている。
身長が低かった為、マイクと同じ高さにする為に踏み台を使わなければならなかった。
「今日はプラナスの新社長を任命された私の就任式にお集まり頂き、誠に有難うございます。
屋台骨が揺らいでいる今こそ、強力な指導力を備えたリーダーが必要です。
プラナスの業績を今の数倍に引き上げる為には、私の力が必要であろうと自負しています」
誰にでも聞き取れる明瞭な口調と、女性であるにも関わらず場を圧倒する様な声に、会場は静まり返る。
その場にいた者達には美香の姿が実際の姿より大きく見えていた。
「私はこの日を迎える前に、1つの大きな力を得ました。
それは負の感情から生まれるものですが、私としては非常に強大な力を得たと確信しております。
私は1つの大きな目標を達成しなければなりません。
その目標の為には、まずプラナスを大きくしていかなければならないのです。
目標達成の為に私は戦い続けます。
私の中に宿ったこの力は、必ずプラナスの助けになる事でしょう」
どす黒いオーラが彼女の周囲でとぐろを巻いている様に見えた者達がいた。
何人かは、まるで彼女が怪物の様に見えたと後に述懐している。
人間の姿を借りた化け物がそこにいたのだと。
「私は皆様に御約束致します。
傾きかけたプラナスの業績を回復させ、数年後には数倍の規模にしてみせると。
そして我々に大切な資金を預けてくださっている顧客の方々を必ずや満足させてみせると!
非常に困難なタスクではありますが私はこの責任を請け負い、絶対にプラナスを躍進させてみせます」
就任式の為に具体的な解決案が提示される事は無かったが、その場にいた多くの人間が彼女ならやるかもしれないと思った。
15にも満たない少女が、とんでもない偉業を成し遂げるかもしれない。
その生まれ持ったカリスマ性と見る者を畏怖させる様な脅威の迫力は、強烈な印象を人々に植え付けた。
「早速始めましょう。『時は金なり』よ」
就任早々、美香は社長としての責務を果たす為に働く覚悟を決めていた。
中学校を退学した為最終学歴は『小学校卒業』。
異例の社長人事に多くの者達が不安を感じていたが、側近となった白鳥の存在は多くの顧客を安堵させた。
革新党と深い繋がりを持つ白鳥が、もしもの時は政府に掛け合い援助を頼むだろうと言う期待があったからである。
「随分と急いでおられますが、御身体の方は大丈夫なのですか?
この所、食欲があまり無く睡眠も満足に取れていないと言う話を伺っておりますが」
「大丈夫よ。
身体から溢れる程の力を感じているから。
貴方も先程聞いたでしょう?」
美香の目には狂気の光が宿っていた。
愛する者を奪った男への復讐心だけが彼女を支えていた。
「私が死ぬワケないじゃないの。
死んだら姉様の仇を討つ事も出来なくなるでしょ。
姉様を死に追いやった零を、私の手で殺す。
絶対に殺す!!
でも今の私にはその力が無い。
無いならこれから力を得れば良い。
どんな手を使っても成し遂げてみせるわよ、必ず」
全てを犠牲にしてでも目標を達成しようとする力。
これがある人間は非常に強い。
白鳥は政界にいた頃、その事実を嫌と言う程目の当たりにしている。
織田信虎が時折見せる『闇』を、美香は外から見える程に蓄えていた。
(彼女は確かにやるだろう。
人よりも数倍のスピードで覚えるべき事を覚え、やるべき事をやるだろう。
だが不安なのは彼女がその闇を己の中だけに留めておけていないと言う事実だ。
扱いこなせていない。
それがいずれ別の災いを引き起こさなければ良いのだが)
白鳥が無表情のままそう考えている間にも、美香は邪悪な笑みを浮かべ続けていた。
「まずは徹底したコストカットよ。
電気代の節約。無能な人材の排除。
有能な人物に対してどのポストを与えるか。信託業務の見直し。
どれから手をつけるべきか迷うけれど、迷ってばかりの愚者になるつもりは無いわ」
美香には全てがハッキリと見えていた。
幼い頃から見続けていた父の背中。
父親が何をしているのか何度も聞いた。
そして教えてもらう度にその教訓を心に刻み付けた。
「白鳥。貴方にも働いてもらうわよ。
最終決定を下すのは私だけれど、その決定を下すのに必要なパーツを集めるのは貴方の仕事。
部下を自由に使いなさい。
貴方もプラナスの繁栄を望んでいるんでしょう?」
美香の顔を見ながら、白鳥もまた心の中で闇を覗かせていた。
(私の望む事はただ1つ。
プラナスが革新党の傀儡となり天武日本を繁栄させる事。
プラナスが政府の言う事に対して『ノー』と言えない体制を整える事。
勿論プラナスの繁栄なくして天武日本の繁栄は無い。
だがクーデターは望んでいないのだ。
天武日本の政治を転覆させようとする程の大きな力は必要無い。
彼女にその気が全くないのは有難いが、何が起こるか解らない以上常に見張っていなければ)
美香も白鳥もお互いを完全に信用してはいなかった。
共通の目的の為に手を組んでいるだけに過ぎない。
だが仕事においてその距離感が最も大切である事を2人は知っていた。
ビジネスは必要以上に蜜月の関係を結ぶとちょっとした事で崩壊する。
片方の手で握手をしながらもう片方の手にナイフを握っている位の方が丁度良いのだ。
美香は信用ならない強力な側近を利用する事でプラナスをより大きく強い銀行に変貌させようとしていた。
「楽しみだわ。
天武日本の民から私の実績が評価され、称賛される日が来るのが……
そして秘密裏に奴を捕らえて拷問し、私の手で直接裁きを下す瞬間が訪れる日が来る事もね」
狂った様に高笑いする美香の傍らで、白鳥は自分の仕事を果たす事だけを考えていた。
眩い程の満開の桜が、彼女の目の前に広がっていた。
病院の窓から見える敷地内に植えられているソメイヨシノは見る者を感動させる程に咲き誇っている。
純白の壁とベッドで構成された室内が桜色に染まったかの様だった。
玖留美はその光景に見入りつつ、目を覚まさない拓巳の手を軽く握り締めている。
「……ねぇ兄さん。
私、あかりさんに豊さんに宛てた手紙を見せてもらったの。
沢山の気持ちが綴られてた。
豊さんだけじゃ無くて、兄さんや他の沢山の仲間に幸せになってほしいって思いが込められていたわ。
私達はもう幸せにはなれないかもしれないけれど、だからと言って塞ぎこんでちゃいけないわよね」
オレンジ色のサングラスを付け、黄色のセーターと黄土色のスカートを身に纏った彼女の顔は決意に満ち溢れていた。
「私は誰かが不幸になりそうな時に、それを助けてあげたい。
私以外の大切な誰かを幸せにしてあげたいの。
それが簡単に達成出来ない事だって言うのは私にも解ってる。
でも、必ずやり遂げたい。
私に宿った『絆』の力を無駄にはしないわ。
豊さんや兄さんが見ていてくれるから」
玖留美は両手でぎゅっと拓巳の手を握り締める。
まるで念を込めて拓巳に生命力を与えているかの様だった。
「あ……」
ふと拓巳の顔から視線を上に向けた玖留美の瞳に、風に流されて舞い上がる桜の花びらが映った。
美し過ぎて、言葉が出なかった。
思わず玖留美の涙腺が緩む程だった。
強い風に流されて多くの花びらが舞い上がってそのまま視線の外へと消えていく。
病院の敷地内にいた多くの患者や看護師が空を仰いでいた。
(まるで、桜華さんの死を悼んでいる様だわ)
玖留美には何故かそう感じられた。
その散る桜に桜華の死を重ねたのかもしれない。
彼女が握り締めている拓巳の手が、僅かに動いた様に感じられた。
大勢の者達の思惑が重なり合い、時は流れていく。
無情とも思えるその時の流れの中で人はどんな方向であれ成長していくものだ。
そして優勝者が視力を失い、準優勝者が死亡した『魔の全国大会』から5年が経過しようとしていた……