メインになります。いなくなった分の補填じゃ無いですけど、
やはり物語の主役には『新しい風』が必要です。
俺と、サラギトモコの2人しかいない世界。
崩壊した世界を再生させる為に俺達は子作りをひたすら続けた。
セックスをし、トモコが妊娠した後に出産。
そういった行為を愚直に繰り返す。
1年で1人生まれ、育った者達がお互いに交わり、子供を成す。
最早どれだけ時が過ぎたのか把握出来ない程年月が経ち、その結果俺達の子供及びその子孫の合計は数千人規模まで増えていた。
「もう、300年以上は経ったんじゃないですか」
「さぁ、どうだろうな。
俺も数えてはいないが、随分子供が増えたものだ」
俺達が最初に交わった場所となった洞窟は、長い年月が経過するうちに神聖視され他の者が足を踏み入れる事は殆ど無くなった。
俺とトモコは周りから神の様に崇められている。
実際、どれだけ時が流れようとも全く歳を取らない俺達は神に近い存在に見えるだろう。
「今日の交わりで、また子供が産まれると良いですね。
何人目かも解りませんけど」
「皆バラバラに散ったからな。
色々な場所で俺達の子供が子を成し、街を作った。
もっと増えていくさ。
何人目の子供か解らなくても仕方が無い」
生まれたままの姿で俺に寄り添い、微笑むトモコ。
生まれてくる子供は当然獣人と天界人のハーフである為、純粋な天界人や獣人は俺達だけとなっている。
「こうやって、平和な日々が続いてくれると有難いです」
「なぁに、皆俺達の子供だ。
諍いなんて起こるワケが無いだろう」
そう言って俺は笑った。
事実、この数百年ほど争いは全く発生していない。
俺はトモコとキスを交わし、何度と無く繰り返した性交を再開した。
滾りを全てトモコの子宮の中へと放出した俺は、余韻を感じつつ萎えかけたペニスを膣から引き抜いた。
荒い息を吐きながら見つめ合い、言葉を交わすでも無く俺達は互いに笑顔を見せる。
一体何度こうして肉棒を彼女の中へと埋め込み、欲望を吐き出したのだろう。
決して飽きはしないし、万が一飽きが来ようとも止めるつもりは全く無かった。
2人で子を増やしていくと言う使命感が俺とトモコを突き動かしているのかもしれない。
そんな事を考えていると、俺の息子の1人が血相を変えて洞窟の中へと飛び込んできた。
「親父、大変だ!……あ、悪ぃ。
間が悪かったみてぇだが」
「気にするな。
お前達だってしている事だろう。
それより、一体何があったんだ」
反射的に胸と股間を隠すトモコとは対照的に、俺は萎えかけのペニスを隠す事も無く息子と向き合った。
「……グラビの街が襲われた。
俺達は何とか逃げ切ったがルナとフルムーン、クレスタが囮になって戦ってる。
何が起こったのか解らないままに逃げてきたんで、襲撃者が誰なのかも解らねぇんだ」
「襲撃者!?」
俺は耳を疑った。
俺とトモコ、そして俺達が生み出した息子や娘達の他に生き残っている者がいるハズが無い。
2度目の光の矢によって一度世界はリセットされたハズだ。
どうしてそんな事になったのか意味が解らなかった。
「解った。
俺はコイツと一緒に街に行く。
トモコ、お前も出来る限り早く服を着て俺の後を追いかけろ」
「はい」
俺は隣に置いておいたズボンを履くとココにやってきた息子、コメットの後について走り出す。
男はそうやって楽に外へ飛び出していけるが、女はそうはいかない。
特に服を着ていない状態なら尚更だ。
人間以外を視る事が出来ないと言う事をコメットは理解している為、俺の近くに障害物がある時は常に教えてくれていた。
暫く走った後、グラビの街に着いた様だった。
この街は荒れ果てた岩山を開発して作り上げた街で、道や住居に岩をそのまま再利用していると息子達から聞いている。
「ち、畜生!全員やられてる!!」
俺の眼前にルナ、フルムーン、クレスタが倒れている姿が映り、俺は急いで3人に駆け寄った。
3人の内2人は、息を引き取っている様だった。
クレスタは首を斬られており、頭が近くに転がっている。
フルムーンは全身が黒焦げになっており、彼女だと判断する事すら困難な状態になっていた。
「親父、ルナの奴はまだ息がある!」
胸を鋭利な刃物で貫かれていたルナは出血がひどく、もう長くは持たないであろう事は明白だった。
「一体何があったんだ」
俺の問いに対して、虚ろな瞳を向けながらルナが何とか口を開く。
その瞬間口から血が流れ落ちた。
「……街に、突然鎧を着た猪と鷲、それに褐色の肌と燃える様な赤い髪を持つ女が現れて、仲間を襲い始めた……
私達3人で何とか他の人達を逃がして戦ったけど、全く歯が立たなかったわ……」
その言葉を聞いた瞬間、すうっと俺の身体から血の気が引いていった。
俺の大切な仲間達ではないか。
俺は己の感情で彼等を生き返らせる事を放棄してしまった。
俺に対しての恨みなのか。
いや、そもそも何故彼等が生き返ったのかが謎であった。
「父さん……私と、2人の仇を取って。お願い……」
ルナは涙を流しながらそう呟くと、目を閉じて動かなくなった。
トモコが腹を痛めて産んだ子供の子孫にあたる3人が死んだ事実はあまりにも重い。
静かな怒りがふつふつと俺の中にこみ上げ、俺はぎゅっと強く拳を握り締める。
「コメット、奴等は何処からやってきた?」
「この街の大きな入口は北と南の方しか無いけど、確か南の方から来たと思う。
親父……追いかけるのか?
滅茶苦茶強いぜ。親父でも勝てるかどうか……」
「追いかけなければまた犠牲者が出る。
これ以上俺の息子や娘を悪戯に殺されてたまるか。
お前は他の者達を使って、襲撃者がいると言う事実を伝えさせ注意喚起を促すんだ」
コメットが怯えるのも無理は無かった。
ルナ、フルムーン、クレスタの3人は俺の息子や娘の中ではかなりの格闘センスを備えており、腕は確かだ。
その3人がさしたる抵抗も出来ずに殺されたと言う事は、襲撃者が単純に強いと言う事になる。
「……当たり前だ。
あの3人が一斉に襲い掛かってきたらルナ達ではひとたまりもあるまい」
「親父、心当たりがあるのか?」
「ああ、かつての仲間だ。
とうの昔に死んだハズだが、蘇ったらしい。
何故蘇ったのかは解らんが……
俺はトモコと合流した後で襲撃者を追う。
万が一また奴等と出くわす様な事があったら、とにかく逃げろ」
「言われなくてもそうするって」
コメットは口調こそ乱暴だが武芸も満足に覚えられず、ひよわで逃げ足だけは早い息子だ。
生まれてくる子供が多ければその内の何割かはそういう子供になる。
息子や娘の全員が俺やトモコの様に強くなるとは最初から思っていなかった。
コメットが他の街に向かう為に走っていったのを見届けた後、トモコが俺の事を見て駆け寄ってきた。
「すいません。
支度に手間取ってしまって」
トモコの『戦闘服』とも言える巫女の装束には彼女自身の魔力を体内で増幅させる効果があり、魔導書を持ちながら呪文を唱える事で様々なものを出現させる事が出来る。
だがそれは岩や雷等の『物質』に限られており、生命体を召還させる事は出来ないと彼女は言っていた。
「いや、そこまで待ってはいない。
お前がいないと俺は迂闊に動く事も出来ないからな……
頼りにしてるぞ」
「勿論です。
ヴォルフさんの目になって、ヴォルフさんをお助けする事が私の使命ですから」
先程俺に見せていた蕩けた様な表情とはうってかわって、凛とした表情を見せるトモコ。
頼もしくもあり、彼女に頼らなければ何処かに向かう事も出来ない今の自分に対する情けなさも同時に感じていた。
「襲撃者は南の方からやってきたらしい。
ここから南に進むと再び荒涼とした砂漠が見えるハズだ。
俺はまだ行った事が無いが、僅かに点在するオアシスにも息子達が作った街があると聞いている。
まずはその街に向かおう。
情報を集めて、アジトを突き止める事が出来ればいいんだが」
「そうですね。
皆さんの安否も気になりますし……行きましょう」
この旅が長いものになるのか短いものになるのかそれすらも解らない。
歩き出した俺の胸中には、困難な旅になるかもしれないと言う不安と得体の知れない恐怖が生まれつつあった。
2010年。
『魔の全国大会』と呼ばれた2005年から5年の月日が過ぎたが、天武日本におけるZEROの人気は加熱する一方だった。
都道府県代表同士の交流戦も多くなる中、新たなチャンピオンが生まれ、多くの者がその高みを目指して邁進する。
そして関東では、今まで誰も気にする事の無かった『新時代』のプレイヤー達が徐々にその実力を見せつつあった。
「よし、凌ぎ切った!」
「シン、バッチリだ。
相手も必死だったがガードと逃げで相手の猛攻を耐え抜いたな。
成長している証拠だ」
肩に触れるか触れないかと言う所までボサボサの銀髪を伸ばしている青年の横で、銀縁の眼鏡をかけた黒髪の青年が拳を握り締め喜びを表す。
天武日本の首都である東京に居を構えるゲームセンター、ZEROの聖地とも言うべき『電脳皇帝』では大勢のZEROプレイヤー達が鎬を削っていた。
特にこのゲームセンターは関東近郊にいる強豪プレイヤー達が集まる激戦区としてその名を知られており、店舗大会ですら全国大会と遜色の無いレベルの戦いが見れる程だった。
「す、凄ぇ……あれだけの猛者を相手にして連戦連勝を続けるなんて。
シンの奴強くなったなぁ」
「今じゃ一番成長してるって話だからな。
今年の全国大会の優勝候補に挙げてる奴もいるって話だぜ」
シンと呼ばれた青年、月山(つきやま)新二(しんじ)は髪を掻きながら軽く息を吐き、平常心を保とうとする。
このゲームセンターには高校生の頃から通っており、今では腕を上げ全国大会の予選でも好成績を残す程だった。
その隣にいる鏑木(かぶらぎ)修吾(しゅうご)は高校の同級生だった新二の友人で、彼もまた予選で結果を出し始めている。
新二の格闘ゲームにおける良きパートナーであり、野試合では助言を行うなど参謀としても優秀だった。
「シュウ、次の試合に勝てば30連勝。
俺の個人成績において最高記録に到達する」
「ああ。だがそんなに遠くを見つめるなよ。
この電脳皇帝における最高連勝記録は42連勝。
2004年度の全国大会の優勝者が達成したが、この6年間その記録を抜いた者は誰もいない。
40連勝ですら達成した者は2人か3人だ。
余計な事を考えずに目の前の試合に全神経を集中させろ」
肩を軽く叩きながら修吾は新二をリラックスさせようとする。
30連勝の壁も高く、ここまで来ると普通のプレイヤーはまず相手になりたがらない。
連勝数を献上するだけで終わってしまう為だ。
余程のプレイヤーで無ければまず椅子には座らなかった。
「誰か、我こそはと言うプレイヤーはいないか?」
修吾は店内にいる客達に呼びかけたが、なかなか手を上げる者はいない。
「いや、やりてぇけどよ。
ココの所シンと戦うと大抵負けてるからなぁ」
「30連勝されて喜ぶ姿を目の前で見るのも癪だわ」
客達が尻込みする中、1人の女性が店内に入ってきた。
「ねぇ、今電脳皇帝で一番強いプレイヤーがいたら教えて頂戴」
美しい金髪を結んでポニーテールにした女性は、店の扉を通り抜けた直後にそう言い放つ。
彼女はオレンジ色のサングラスに暗い黄色のスーツとスカート。
そして非常に目立つ赤色のハイヒールを履いていた。
「あ、玖留美(くるみ)さん。
お久しぶりです」
「長い事こっちに来てなかったみたいですけど、元気にしてました?」
口をへの字に曲げ、鋭い目つきのまま腕を組む姿からは、気の強さが感じられる。
「それだったら、間違いなくシンの奴が一番です。
若手の中では相当強くなったと思いますよ」
空いている椅子を客が指差すと、彼女は躊躇う事無くその椅子に座った。
「貴方がシンって子?」
「はい。月山新二です。貴方は?」
その溢れる自信に気圧されながらも、新二は屈する事無く彼女を真正面から見据える。
「九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)よ。
宜しくね」
彼女の名前を聞いた瞬間に、2人は驚きのあまり目を見開き、修吾は呟く様に「うッ」と呻いた。
(九龍玖留美……名前だけは知っている。
2007年に開催されたZERO全国大会で優勝したプレイヤーだ。
都道府県代表ZEROゲーマーには何とか勝った事があるけど、流石に優勝経験者となると……)
新二はまだ全国大会の優勝経験者と戦った事が無かった。
歯を食いしばる新二の耳元で、修吾は諭す様に小声で言葉を発する。
「駄目だ。プレッシャーに負ければ相手の思う壺だぞ。
とにかくやる事は何時もと何ら変わらないんだ。
王道的な立ち回りをしながらも相手の出方に応じて臨機応変に対応する。
普段している事をやれば必ず突破口があるハズだ。
野試合の1つだと自分に言い聞かせろ」
修吾のアドバイスに対して新二は真顔で頷くと、画面を眺めながら自分の気持ちを落ち着かせようと努力した。
(シュウの言う通りだ。
相手が誰だろうと関係ない。
自分の戦いに集中するべきだな……
おっと、サラギクルミを選んだ。
自分と同じ名前のキャラクターを使ってるって事か)
新二は『ZERO SECOND』の稼働が始まってから一貫してヴォルフ・ムーンリファードを使っている。
初心者から上級者まで幅広い層が使っている汎用性の高いキャラクター性が気に入った為だった。
「ヴォルフを使うのね。
その銀髪と言い、あの人にちょっと似てるのかしら」
玖留美は感慨深げにそう言うと、キャラクター選択画面が暗転したのを確認し、気を引き締める。
戦闘の画面に切り替わり、新二の30連勝がかかった試合が幕を開けた。
背景画面は『ヴァルー神殿前』。
ZEROは画面の美しさがさらに増した事以外に様々な変更がなされていた。
キャラクターの追加により全体のバランスが見直され、技の威力が変わったキャラクターや、戦い方そのものが変わったキャラクターがいるのだ。
サラギクルミは自分の目の前に石盤を出現させて戦うタイプだが、一部の通常攻撃に毒の追加効果が付く様になった。
その技を受けると数秒間の間その攻撃で与えたダメージの10分の1が減っていく。
ヴォルフはスピードとパワーが若干向上し、キャラクター全体で見てもかなり強い部類に入る様になっていた。
(石盤は真横から当たるとダメージになるが、上に乗ればダメージにならない。
クルミは石盤の上に乗りながら攻撃するトリッキーな戦い方を得意としている。
相手のフィールドに引きずり込まれない様にしなければ)
新二は心の中でそう自分に言い聞かせながら、一旦左端に逃げるクルミを慎重に追った。
「相手がどういった行動に出るのか、常に判断しなさい」
石盤を出現させ、その上に乗って近付くクルミ。
不意を突かれた新二はヴォルフを後退させる。
クルミは石盤の上から後方にジャンプして着地すると、その状態から一気に駆け寄り、ヴォルフに迫った。
緩急を付けた立ち回り方に翻弄される新二。
何とか直前でガードしたが、相手がダッシュ攻撃のタイミングを一呼吸置く。
「そしていかなる状況下でも冷静さを失わない事。
そうでなければ勝てる試合も勝てないわ」
ガードするべきか、それとも暴れてとにかくダメージを与えるべきか……
相手のスピードの速さに対して対応が追いついていかない。
新二は投げを警戒する意味も込めて蹴り攻撃を選択したがクルミは小ジャンプでそれを回避し、そのままヴォルフにダメージを与えた。
(ガードを継続するより、暴れた方が得。
相手の投げを潰せるし、何よりダメージが入るのだから。
シンの考えを完璧に読んでいる。
並の思考能力じゃない……全国大会優勝者は流石に格が違うのか)
修吾は唇を噛みながら画面を凝視した。
コンボを喰らっている間は何も出来ない。
だからこそ、地面に倒れ込んだ後の行動が重要になる。
「とにかく一旦立て直せ。
近接攻撃が主体となるキャラクター同士の対戦では、畳み込める所で勝負を仕掛けてくる。
中距離からの牽制でチャンスを伺うんだ。
立ち上がりと同時に衝撃波で相手を突き放せ」
修吾の耳打ちに対して新二はしっかりと頷いた。
彼自分もそう思っていたが、計算高い修吾に同じ提案をされればよりその作戦の方が『上策』である事になる。
画面の右端ではなかった事もあり、相手に衝撃波を当ててもそこまで遠くには吹き飛ばせない。
体力の半分近くを一気に奪われた後、新二は再び起き攻めを仕掛けてきたクルミの眼前で衝撃波を繰り出した。
「何ッ!?」
衝撃波は超必殺技と同じ様にガードすれば防ぐ事が出来る。
言えば簡単に聞こえるが、前がかりになっている状態でガードする事は相当に難しい。
「駄目よ、セオリーに従ってちゃ。
貴方は『常に一番無難な方法』で勝つ事だけを考えている。
こうすれば勝つ確率が高い。
そういう優先度の高さだけで戦っていると、こうやって……」
衝撃波を発動した直後の硬直に相手の攻撃が刺さった。
「足元をすくわれる事になるの!」
相手の読みは完璧だった。
新二は自分の『安牌』が『地雷』に変わる光景を目にして唖然とする。
(この人はまさしくプロだ。
動きだけじゃ無く、相手の心も読んで戦っている。
俺がやり合える相手じゃない)
圧倒的な実力差を感じて雰囲気に呑まれそうになる新二であったが、弱気になるなと己を叱咤して何とか踏みとどまった。
負けが決まるまではとことん足掻く。
彼は常にそうありたいと思っていたからだ。
「もっと魅せて頂戴。
貴方がどれだけやれるか私に教えて」
隙の無い連続攻撃で相手を残りHP2割の状態まで追い詰めた後、玖留美は敢えて一旦下がった。
窮鼠が一番怖い。
既にコンボによる時間稼ぎも手伝って30秒も経過している現状を踏まえれば、リスクを冒す必要は無かった。
何よりもココで積極的に喰らい付いてくるのならば、彼女は華麗にカウンターを決めるつもりでいたのだ。
「諦めない。
師匠が『勝つ喜び』を俺に教えてくれた……
負けたくない気持ちが一番大切なんだって!」
即座に起き上がり、ダッシュで相手の懐を目指すヴォルフ。
クルミは真横から当たればダメージになる石盤で対抗した。
だが新二は熱くなっても冷静さまでは失っていなかった。
「!!」
飛んできた石盤を飛び越え、そのまま上空から勢い良く斜め下への蹴り攻撃を行う。
予想していなかった動きに狼狽して僅かにガードが遅れたクルミは成す術無く攻撃を喰らってしまった。
(野性味溢れる動き、そして形振り構わず勝利を求める姿勢!
間違いなく磨けば光る原石だわ!)
ダメージを喰らっていると言うのに玖留美は全く動揺してはいなかった。
寧ろこの5年間の間ひたすらに求道者の如く戦い続けてきた彼女に一泡を吹かせる程の力を秘めている人間がいた事が嬉しかった。
「よし良いぞ!
残り時間を考えると追加ダメージを与える以外にラウンド勝利の道は無い。
今が攻め時だ!」
本気になって悔しがっていた修吾が、新二の肩を叩きながら彼を鼓舞した。
修吾が戦ったとしてもまず勝てない相手。
そんな九龍玖留美と言うプレイヤーに対して友が一矢報いた事が誇りに思えたのだ。
まるで己の事の様に嬉しかった。
子供の様に無邪気な笑顔を見せる修吾を見て、新二はますます『勝ちたい』と思う気持ちを強くした。
(シュウの言う通りだ。
怯えている場合じゃない。
そもそも、10試合中何試合勝てるかとか、そういう事をしているワケじゃないんだ。
この1試合だけで引っくり返す。
それが出来る可能性は充分にある。
ここから先は相手の僅かな隙も見逃せない)
クルミに最高ダメージとなる攻撃を叩き込み、敢えて一旦下がるフリをした。
相手が何をしてきたとしてもテンポが速くなって自滅する様に仕向けたのだ。
「残念だったわね」
起き上がって即座に石盤を呼び出し、横から一気に近付こうとしたヴォルフを仕留める。
そしてそこで追撃に行くのでは無く、勝つ事だけを考えて相手が怯んでいる間に大きく距離を取った。
(残り15秒で思い切った手段に出てきた。
もう1度コンボが決まれば逆転出来るか出来ないかと言う微妙なHPの差……
勝負を決めに行くよりも逃げてラウンドを取る確率を上げる作戦に出てきた。
俺と同じだ……)
玖留美も新二と同じ様になるべくリスクを冒さない様に立ち回っている。
最適解を選んでいるのは明白だった。
だが新二には彼女の行動を読む力が無い。
逆に玖留美には新二の動きに対応する事が出来ている。
(攻めなければ負ける。
それは間違いない。問題はどう攻めるかだ)
玖留美は石盤を使ってのらりくらりと立ち回り、制限時間まで逃げ続けるつもりだろう。
勿論、のこのことやってきたヴォルフを迎撃する事も出来る。
選択肢の幅が広い玖留美の方が有利である事は否めない。
敗北を認める事は何時でも出来ると新二は腹を括った。
足掻いて足掻いて、それでも負けたのならば仕方が無い。
「俺は勝負を捨てたりなんかしませんよ!」
飛ばしてくる石盤の当たり判定は『真横』にしか無い。
石盤に真横からぶつかるとダメージになり石盤は消滅してしまうが、対戦相手も真上に乗る事は出来るのだ。
石像に乗ってからのジャンプも出来る為、対クルミ戦は通常の対戦よりも戦略性が格段に増す。
(石盤を斜め上に飛ばす事は出来ないが、自分の真横に出現させる事が出来るのが厄介だ。
残りHPが低い現状において、もう余計なダメージは喰らっていられない)
連発されるだけでも厄介だが、その間をぬって動くクルミの動きがかなり狡猾だった。
飛び込もうとすれば牽制技で威嚇され、壁を作りながら動くので捉えるのも困難な状態になっている。
(このままタイムアップでもKO負けでも同じ事!
勝負に行け俺!)
新二は自分を奮い立たせ、何とか牙城を崩そうと懸命に近付こうとするも、無情にもタイムアップが迫ってきていた。
「よしッ!」
緩みが出たのか、クルミが眼前で石盤を出現させ守りに徹する。
跳躍していたヴォルフは見事に上空から攻撃を決めた。
(ヴォルフの斜め下蹴り攻撃はやっぱり強力だわ。
初速が早いから同じタイミングで暴れないと蹴りを潰せない)
タイムアップで救われたとは言え、HPを半分まで減らしたこの事実は大きい。
「次も勝負に行こう。
ヴォルフはクルミとは違う。
守れるキャラクターじゃない。
かと言って相手もアグレッシブに攻める事が出来るキャラクターじゃない。
様子を見つつ攻めの姿勢を貫くべきだ」
修吾のアドバイスは気持ちの割合を示すものだと言えるだろう。
(攻める気持ち7割、守る気持ち3割辺りかな……)
状況が即座に変化するゲームの場合、攻め一辺倒でも崩れるし守り一辺倒でも相手のHPを減らせず負けてしまう。
対戦相手に応じて割合を変えつつも、臨機応変に対応する力が求められていた。
第2ラウンドは『相手の気持ちの変化』から始まった。
(この中途半端なHP。
彼が攻め時と考えれば来るし、タイムアップを狙うのならば徹底的に逃げを狙うハズ。
追うか、守るか……さぁ、どう来るのかしら?)
玖留美はどちらの立場に立ったとしても最大限の力を発揮出来ると自負していた。
開始から数秒経過した段階で、かなり食いつき気味に牽制してくるヴォルフを見て相手の考えを推測する。
(結構攻めるわね……
守ってからのカウンターか、私も攻撃に転じるか……
今はその方法で様子を見ましょう)
画面中央での勝負は白熱したものとなった。
ヴォルフが上から攻めかかればクルミはしっかり防御し、リーチの短い近接格闘にもヴォルフは鋭い反応を見せる。
火花を散らしながらお互い譲らない展開となったが、次第に実力の差が出始めた。
「そこッ!」
ヴォルフの横からの蹴りを防御しつつ、衝撃波で相手を吹き飛ばした後、ダッシュで一気に相手を端へと追い詰める。
起き攻めに対してしゃがんだ状態での暴れで対処しようとしたが、きっちり防御されて反撃を受けた。
(起き上がり直後の選択も読み間違える事無く正確に処理。
これがプロとアマチュアの違いなのか……)
毒の効果もあり追い討ちも含めて4分の3ほどヴォルフのHPを削るクルミ。
だがココで彼女は決めにいくべきか、距離を取るべきか一瞬迷いを見せた。
「喰らい付く、何度でも!」
その逡巡の際に見せた僅かな隙に新二は活路を見出す。
キャラクター1体分距離を取って飛ばした石盤をしゃがんで回避すると、ダッシュで距離を詰め超必殺技を繰り出した。
「な……ッ!?」
タイミングを少しずらすだけで、相手が防御から反撃に移る瞬間、そこに攻撃を突き刺す事が出来る。
そしてこの局面で使ってくる事を見抜けなかった玖留美の判断ミスも響き、攻撃は見事に命中してしまった。
体力の少ない状態で使った超必殺技はダメージがそれに比例して多くなる為、クルミをダウンさせてしまう。
「よし!よし!突き刺したぞ!
後は相手の超必殺技に注意すれば勝つ可能性が充分ある!」
最終ラウンドに持ち込めた事で、玖留美を焦らせる事が出来る。
そしてその焦りを利用すれば大物喰いを完遂する事も不可能では無い。
修吾はそう判断していた。
「まさかココまで追い詰められるなんて……
貴方は間違いなく才能の塊ね。
でも、私も全国大会の優勝経験者。
そう簡単に勝ちを譲るワケにはいかないわ!」
玖留美は興奮しそうな心を静め、今一度気を引き締める為に大きく深呼吸を行う。
大一番を店内に置かれているモニターで見ていたプレイヤー達も、思わぬ展開に驚き、熱狂していた。
最終ラウンド。
ヴォルフが体力を減らしている状態で、さらに相手には超必殺技と言うアドバンテージが残っている。
不利である事は間違いないが、それでもまだ勝敗が決まったワケでは無い。
「おい、この試合どっちが勝つかジュース賭けようぜ。
お前はどっちにする?」
「俺はシンを応援するよ。シンが勝つと思う。
ここ半年でまた随分と伸びたからなぁ」
外野がZERO全国大会優勝者のまさかの敗北を期待する中、玖留美だけは冷静だった。
(電脳皇帝はかつて兄さんが剛さんと共に研鑽を積み、大きく飛躍した場所……
私にとってはあまり馴染みの無い場所で、他の人達から外様と思われても仕方ない。
それでも私は勝ちに行く!)
玖留美の脳裏に、かつて拓巳が全国大会を制覇して満面の笑みを見せる姿が蘇る。
(私にとって、ココは『ホーム』!
兄さんがいた場所で負けるワケにはいかない!)
今まで以上に堅実な動きに徹し、石盤を出しながら相手の動きを封じるかの如く動き回る。
「シン、相手は間違いなく『ダメージを喰らわない為の立ち回り』を意識している。
攻めればカウンター、守れば飛び道具による攻撃。
今はそれに付き合わずに耐えるべきだ」
現時点でのHPの差はそれ程大きく離れてはいない。
修吾はまだ勝負に出るのは早いと判断して新二を落ち着かせようとした。
玖留美にしても無理に攻撃を重視する必要が無い。
両者の思惑が一致する形で悪戯に時間が過ぎていく。
「お互いにダメージを受けたくない気持ちの方が強くなってるな……
無理に攻められないって所か」
「やっぱり下手に攻めて致命傷を受けるのが怖いんだろう。
1発喰らったら終わりって考えれば尚更だ」
最終ラウンドの60秒中、30秒が経過するも、まだ大きな動きは無い。
だが見えない圧力は新二の方にかかっていた。
玖留美のプレッシャーにじりじりと押され、壁際へと追い込まれていく。
(ダメージは受けていないけど、こっちの方が受け身に回っている。
いや、そう仕向けられている気がする。
何処かでそれを打開するべきだが……
シュウも動くべき時だと思っているみたいだな)
40秒にさしかかるかと言う局面でヴォルフがかなり無謀とも思える突撃を敢行した。
このまま壁にいては危険だと言う判断も兼ねてはいたが、敵の懐に潜る事で逆に相手の攻撃範囲に入ってしまう。
「我慢勝負は、私の勝ちね!」
最初の一撃こそ受けたが、ヴォルフは大崩れする事無く耐えた。
反撃を喰らうと判断したクルミはバックステップでの回避を選択。
ヴォルフはその動きに対して猛追し、衝撃波を当てに行く。
(シンの奴、殴らせておいて最後に実を取る作戦に出たか!
だが、この後が問題だ。
起き攻めの対応を少しでも間違えれば超必殺技のカウンターで負けかねない。
次の一手が試合の結果に直結するぞ)
向こう側に吹き飛ばされたクルミをさらにヴォルフが追う。
クルミはガードで対応しようとしたが、投げられてダメージが蓄積していく。
遂にHPの差を引っくり返した。
「よし、残り10秒だ。下がれ下がれ!
もうタイムアップでの勝ちで充分だ!」
HP6割のヴォルフに対してクルミのHPは4割。
一撃も喰らわなければ間違いなく勝てる。
対してクルミは悠長に石盤を出している暇も無くなった為、攻めに出なければ敗北は必至だった。
追ってくる者の怖さは解り切っている為、ヴォルフは相手の追撃を跳躍で回避する。
「そうよね、飛ぶわよね!」
安易な逃げ方に対して、それを決して許さないのがプロだと言えるのかもしれない。
どんな方法にも欠陥があり、人はなるべく安全な方法を取る。
勿論、その安全な方法にも欠陥があるのだ。
彼女はそれをしっかりと熟知していた。
(彼女のダッシュが緩かった。
完全に読み間違えた!)
新二は悔やんだが、もうその一瞬を変える事は出来ない。
素早く切り返し、相手の着地直後に発生する硬直に対して超必殺技を放ち、勝ちを拾う。
ノーガードになってしまったヴォルフに、最早その一撃を防ぐ術は残されていなかった。
(決して完璧では無かったが、完璧に近付ける為の努力……
ミスのフォローや穴埋め、状況判断。
そして相手を追い込んだり誘い込んだりする技術。全てが上だった。
客観的に見れば勝てたかもしれない試合だと言えるかもしれない。
でもそれは違う。
シンと彼女の間には大きな壁があった。
まだ、シンにはその壁を崩せるだけの力が無かったのかもしれない)
修吾はそう思い、息詰まる攻防を見届けたと言う安堵感から溜息をついた。
新二はまだ画面を凝視したまま微動だにしない。
負けと言う事実を受け止めてはいたが、安易な逃げ方を選択し刺された自分を悔いていた。
(勿体無い……勿体無さすぎる負け方をしてしまった。
あそこで飛ぶのでは無く、迫ってきた相手に牽制を行う事で動きを止めて、そこからまた逃げ道を模索するべきだった!
まだまだ俺は甘い。
こんな所で足踏みしている様では、今年もまた予選落ちだぞ!)
相手が悪かったのでは無い。
新二はひたすらに自分を責めていた。
自分の選択が間違っていたから負けた。
何かのせいでは無い。自分が強くならなければ。
そうして自分を追い込み、戦い続けてきたからこそ新二は確実に実力を付けてきている。
この一敗が今後の糧になる。
そう思っても、後悔する気持ちを切り替える事はなかなか出来なかった。
「全国大会優勝経験者であるこの私をここまで追い詰めた彼に、心からの拍手を!」
頬に流れる涙を拭う事もせず筐体と向き合っていた新二は、肩に手を置かれようやく彼女が自分の隣に来ていた事に気付く。
「凄ぇぞシン!
強敵相手によく頑張った!」
「30連勝は出来なかったかもしれんが、また次があるさ!
もう一度前を向いて行こうぜ!」
周りにいたプレイヤー達の中で、新二を貶したり、蔑んだりする者等1人もいなかった。
電脳皇帝で戦っているプレイヤーの中でも指折りの実力者である新二が、全国大会の優勝者に噛み付き勝利目前まで迫ったのである。
万雷の拍手が鳴り止まぬ中、玖留美は新二の方を向き、微笑みながら言葉をかけた。
「愛されてるのね。羨ましいわ……
私なんて、兄さんと比べられてばかりで、全国大会で優勝するまでは正当な評価を受ける事すら出来なかった。
試合は私の勝ちだけれど、人を魅了する力においては、貴方が勝ったんじゃないかしら」
涙で僅かに滲む彼女の顔は、勝った側とは思えない程哀しそうに見えた。
(……何故、貴方はそんなに哀しそうな顔をしているんですか?)
声に出してその質問をする事はどうしても出来なかったが、新二に、純粋な好奇心が生まれていた。
彼女の事を知りたい。
どうして勝ったのに嬉しい顔をしないのか次から次へと疑問が湧いてくる。
「あの……」
何とか言葉を絞り出そうとした新二の顔を、玖留美はじっと覗き込む。
真剣な眼差しの中には、懇願の思いが込められている様に見えた。
「新二君。それに貴方も。私と一緒に来て頂戴。
貴方達に頼みたい事があるの」
思わず修吾と顔を見合わせる新二。
お互いに視線でやり取りした後、彼は玖留美の方に向き直り、しっかりと頷いた。
電脳皇帝には駐車場が無いが、徒歩10分の所に貸し駐車場がある。
「貴方の名前は?」
「鏑木修吾です。
シンとは高校の頃からの付き合いで……
それにしても、どうして俺達を?」
前を歩いている為、2人には彼女の顔を見る事は出来なかったが、その歩き方から決意の強さが感じ取れた。
「助けてほしい人がいるのよ。
彼を助ける為には、ZEROで勝てる力が必要なの。
貴方達はまだまだ伸びるわ。
その伸びと現時点での強さから、貴方達に白羽の矢を立てた……」
駐車場に到着すると、磨き抜かれた外装を持つ黄色い車が目に飛び込んできた。
この車だと予感した直後に彼女が車のドアを開け、運転席に座る。
「新二君は助手席で、修吾君は後ろね。
ちょっと散らかってるけど気を付けて座って頂戴」
修吾が後ろの座席に座ると、その隣にDVDが何枚か置かれていた。
(これは、全国大会のDVDか。
映像化されているのは全部揃っているみたいだな……)
恐らく、自分が優勝した大会も含めて、何十回、何百回と見たのであろう。
修吾はそう思いながら、彼女のZEROに対する思いの深さをより強く感じた。
「後ろもシートベルトは締めてね。
最近はそういうのに五月蠅くなっているみたいだから」
玖留美は新二がシートベルトを締めた事を確認すると、車を発進させる。
「何処へ?」
「着けば解るわ。
勿論、貴方達に頼みたい事と密接に関わっている場所よ」
少しだけ俯きがちにそう言った玖留美の顔は、憂いに満ちている様に見えた。
車が走り出してから20分程が経ち、新二達は目的の場所に到着した事が解った。
(天武日本総合病院……)
少々の懐かしさと、ココに来る事への哀しみを感じ、車から降りた新二は空を見上げる。
6月の終わり頃と言う事もあり、雨こそ降っていなかったものの空は薄い灰色に覆われていた。
「ココに来た事があるの?」
「えぇ、俺の親戚が昔入院していた事があって家族で見舞いに。
当時は俺、北海道に住んでたんですけどまだ小さかったんで当初は軽い旅行気分でしたね。
帰りはとてもそんな気分にはなれなかったんですけど……」
父親の都合で幼少期を北海道、青年期を東京都で過ごしてきた新二は、今でも『2つの故郷』を持ったと思っている。
東京での生活も長く、恐らく北海道には戻らないであろう事を考えると東京が己の終の棲家になる気がしていた。
「ところで新二君。
まだ貴方に聞いていなかった事があったわね」
車から降り、鍵をかけた玖留美は、新二と修吾の目を覗き込む様に見つめる。
「黒沢(くろさわ)美香(みか)って人に会った事はあるかしら?」
真剣な表情で視線を逸らす事無く、睨みつける様に玖留美は新二達を見ていた。
その瞳に気圧されずに、新二は彼女を見つめ返しながらハッキリとした口調で答えを返す。
「いいえ。
名前を聞いた事はありますけど、会った事はありません」
新二の顔を暫く見ていた玖留美は、やがて安堵の表情を見せた。
「良かったわ。
彼女の網に引っ掛かっていなくって。
彼女は貴方達が『戦力になる』と思っていなかったみたいね」
修吾も新二の言葉に対して同意し、玖留美はそれを見ながらゆっくりと歩き出す。
「詳しい事は向こうで話すわ。
今は私についてきて頂戴」
解らない事だらけではあったが、ココまで来た以上そのまま帰ると言うワケにはいかない。
2人はそう考え、素直に彼女の後について歩を進めた。
天武日本総合病院は、患者の事を第一に考えた清潔さと快適さを最大の売りにしている。
白で統一されたロビーや廊下は清掃員が常に交代で見回りを行い、塵1つ見逃さない。
洗練されたデザインでまとめられた建物内は美しかったが、ある種の無機質さを感じるのもまた事実だった。
「すいません。九龍玖留美と申します。
兄の九龍拓巳と面会したいんですが、大丈夫でしょうか?」
「302号室の九龍拓巳さんですね。
問題無いと思いますよ。
今の時間でしたら起きているでしょうから」
受付にいた女性と一通り話した後、玖留美は新二と修吾に付いてくる様に手招きする。
修吾と顔を見合わせながら新二は彼女の後についていき、エレベーターを使うと3階で降りた。
「この病院で療養生活を送っているのは私の兄よ。
数ヶ月前に目を覚ましたわ……
約5年間寝たきりで意識不明の状態が続いていて、意識を取り戻してくれた時には涙が止まらなかった」
廊下を歩き、『302』と言うプレートが付いている扉の前に立つと玖留美は振り返り、2人の顔を見る。
「兄はこの扉の先にいる。
兄がどういう状態なのかはすぐに解ると思うけど、上手く話を合わせて頂戴。
決して動揺したり、不自然な態度を取ったりしないで。
今の兄は、貴方達が知っている九龍拓巳じゃないの」
修吾は九龍拓巳がどんな人物であるのか大体の所は把握していた。
(九龍拓巳。
2004年に開催されたZERO全国大会の優勝者。
その後、行方不明になったと言う噂は聞いていたが、まさかこの病院にいるとは……)
玖留美が扉を開け、2人がその後に続いて入る。
新二は扉を閉めた後、ベッドに横になって本を読んでいる青年の姿が目に映った。
妹と同じ金髪の青年が読んでいたのは、『つきにほえるおおかみ』と言うタイトルの『絵本』だった。
「あ、玖留美!」
青年は玖留美の姿を見ると、目を子供の様に輝かせ、人懐っこそうな笑顔を見せる。
「来てくれたんだ!
寂しかったんだよ、とっても」
玖留美が彼の傍らに近付くと、青年は彼女の腕を掴んで駄々をこねる様な仕草をした。
「ごめんなさいね兄さん。
色々仕事もあって忙しかったから……」
「ううん。大丈夫!
でもたまにはこっちに来てほしいな。
僕の相手をしてくれる人がなかなかいなくて暇だし」
ニッコリ笑ってみせた拓巳は新二と修吾の2人がいる事に気付くと、怪訝な顔をして玖留美の方を見る。
「玖留美、あの人達は?」
新二は自己紹介をしようとしたが、玖留美はそれを阻止する様に前に立つと、2人の方に手を向けた。
「私の新しい友達の新二君と修吾君。
どっちも大学生よ。よく私と遊んでくれているの」
拓巳に気付かれない様に肩を小突かれた新二は、状況が理解出来ないままその紹介に従って挨拶する。
「あ、どうも……宜しく」
「初めまして!
僕の名前は九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)。
なんか長い間寝てたみたいだから、解らない事が色々あるんだ。
教えてくれると嬉しいな。
あと僕の友達にもなってほしい!」
全く毒気の無い輝く瞳。
微笑みながら差し出された手を、新二は驚きながらも何とか握った。
修吾も呆気にとられた様な顔つきのまま立ち尽くしている。
異様な空間に入り込んだ様な感覚が拭えず、金縛りにあったかの様に一歩も動けなかった。
新二はその後、拓巳の話を聞きながら彼がどんな状態にあるのか把握し始めていた。
彼の精神年齢は小学校低学年あたりであると考えられる。
九龍拓巳は何らかの影響で記憶が欠落しているのだ。
小学生の頃の記憶以後が綺麗に消え去り、子供の頃の記憶しか残っていない。
どう見ても成人している青年が目をきらきらと輝かせながら時折はしゃぐ姿は、異様としか感じられなかった。
「僕、理由は解らないけどずっと眠ってて……
気が付いたら身体だけ大人になってたんだ。
だから玖留美の事、最初は全然解らなかったよ。
誰?って言っちゃったもん」
無邪気にそう語る拓巳の姿を見て、玖留美の頬に涙が伝う。
「僕が寝てる間に、父さんも母さんも遠い所に行っちゃったんだって。
もう戻ってこないって言ってた。
だから、僕が退院したら玖留美を支えるんだ。
玖留美が幸せになれる様に!」
決意に満ちた顔で玖留美の方に視線を移す拓巳。
玖留美は僅かな間に涙を拭き、笑顔を取り戻していた。
「ねぇ兄さん。
久しぶりにこっちに来て私と話したい事もあるでしょうけど、用事があるからそろそろ行くわね」
「えー!?もっと玖留美と話していたいよ!
それに、この人達ともお話したい!」
「本当にごめんなさい。
また必ずこっちに寄るから。約束よ」
母親の様に微笑んで頭を撫でる玖留美を見て、拓巳は小指だけを立てた手を差し出す。
「じゃあ約束しよう!」
新二も子供の頃、誰かと約束をする時には『指きり』をしたものだ。
懐かしさと切なさが混ざり、新二も修吾も複雑な表情をしたままその場に立ち尽くしていた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます!」
拓巳は彼女がまたこの場所に来る事を信じて疑っていない様に見える。
そして玖留美も、その約束を違えるつもりは無い様に感じられた。
「近い内にまた来るわ」
「うん、待ってる!」
手を振りながら病室を後にする玖留美。
2人も同じ様に手を振り、扉を開けると病室の外に出た。
廊下に出た時、玖留美は廊下の向こうで自分と同じ様に扉を閉める2人の夫婦の姿を目にした。
「武(たけし)さん、町子(まちこ)さん」
玖留美に名前を呼ばれた50歳程に見える男性は、彼女の姿に気付くと近寄ってきて挨拶をする。
「玖留美さんもお見舞いですか」
「はい……剛(つよし)さんは、目を覚ましましたか?」
中年の男性はその言葉に対して首を横に振り、中年の女性は俯き、唇を噛んだ。
「まだ、長い長い夢の中だよ。
今日は飾ってある花を交換しに来たんだ。
枯れた花じゃ剛も嫌だろうから」
「どうして、こんな事になってしまったの……!」
額に片手を添えながら大粒の涙を流す女性は、多くの不幸を抱え込んでいる様だった。
男性は彼女の方を向き、険しい顔で気持ちを落ち着かせようとする。
「そんな事を言って嘆いても始まらない。
そうやって泣いて剛が起きるなら私だって泣くさ。
だけど、もう5年間も起きていないんだ。
もしかしたら、私達が死んでも起きないかもしれないんだぞ?
私達は前を向いて、出来る事をやるしかないんだ。
元気でいないと剛が悲しむ」
新二は何も言えずにその2人を見ていたが、その場の雰囲気とはまるで関係無い事を考えていた。
(それにしてもこのオッサン、でかいな……)
新二の身長は182cm。
決して低くは無い。だがこの中年男性は明らかに新二より背が高いのだ。
少なくとも10cmは背が高い様に見えた。
女性の方も180cm近くはある様に見える。
「それじゃ、また……拓巳君に宜しくね」
「はい。お互い頑張りましょう」
去っていく2人の姿を見送った後、玖留美は振り向き2人に事情を説明した。
「あの2人は兄さんの親友だった日向(ひむかい)剛(つよし)さんのお父さんとお母さんよ。
剛さんは5年経った今でもまだ目を覚ましていない。
2005年に開催された『魔の大会』は多くの人間を不幸にした。
兄さんも、剛さんも……
そして視力を失った『氷室零』さんもね」
再び背を向けて歩き出した玖留美の後を2人は追いかける。
玖留美の『依頼』は相当難しいものになるであろう。
新二や修吾はそう考えていた。
魔の全国大会。
2005年に開催された格闘ゲーム『ZERO』の全国大会を人々はそう呼ぶ。
だが、何故そう呼ばれているのか解らないと言う国民も多い。
月山新二と鏑木修吾は当時15歳。
ZEROドームには行っておらず、テレビで全国大会の様子を見ていた。
だが表彰式の途中で突然画面が真っ黒になり、その後花畑の風景に切り替わった後そのまま放送が終了してしまう。
ドームにいた者達も眠ってしまった為、会場にいた者達ですら何が起きたのか最後までは把握していない状態だった。
「紅虎明命(こうこみんめい)が、ドームにいた人達を人質にしようとしていたんですよね」
「総理大臣暗殺未遂事件と呼ばれてる。
現職の総理大臣が暗殺されそうになったのは初めてだそうだ」
車の中で2人がそう言うと、玖留美は運転しながら自分の考えを口にした。
「暗殺未遂事件に関わっていたのは紅虎明命だけじゃ無く、現職の内閣官房長官や綾小路財閥も総理の暗殺を企てていた。
料亭での『暗殺談義』がTVで流され、綾小路財閥は解体。
総帥と側近も命を絶った。
官房長官も『自殺』したと報じられ、全ては終わったかの様に見えたわ」
助手席に座る新二は彼女の方を見る。
車が赤信号で一旦停止し、玖留美は少しの間だけ彼と向き合った。
「でも、プラナスは残った。
天武日本を代表する綾小路財閥のメガバンクだけは。
綾小路財閥は消えたけれど完全に消えたワケじゃない。
黒沢グループと名を変えてプラナスを引き続き操業している。
そして、その黒沢グループの社長である黒沢美香は私達と対立しているの。
特に彼女は氷室零さんの事を憎んでいる。
殺してしまいたいとすら思っているでしょうね」
黒沢美香。
新二はその名前と姿に関しては知っていた。
天武日本の中枢とも言える東京都。
そこに暮らしている都民の中で『プラナス』を知らない者はいない。
都民の金を預かり、時には金を運用し、結果を出す。
評価は非常に高く、ここ数年で飛躍的に業績を伸ばしてきた。
僅か18歳の若さで黒沢グループのトップに立つ美香は頭脳明晰で容姿端麗。
側にいるブレーンも優秀な者達が揃っている。
そのプラナスの社長と関わる事になる等、新二は全く考えていなかった。
「彼女は財閥の総帥だった綾小路桜華の事を崇拝している。
神聖視どころか神の様に崇めていると言っても過言じゃないわ。
実の姉よりも愛情を注ぎ守りたいと思っていた桜華は自殺した。
美香はその自殺の原因を作ったのが零さんだと思い込んでいる。
実際は彼女の自業自得であるにも関わらずね……
貴方達の力で零さんの命を守ってほしいのよ」
命を守ると言う発言に対して、新二は驚き、動揺した。
「いや、俺達ただの大学生ですよ?
そんな大企業の社長との喧嘩に参加したって負けるに決まってるじゃないですか」
「ただの喧嘩ならね。
でも、彼女は既に動いている。
情報の網を張り巡らせ、金の力で実力のあるZEROプレイヤーを次々に買収しているの。
桜華は全国大会の決勝で零さんに負けた。
だから、復讐するならZEROで勝負したいと思っているんでしょう」
玖留美はそう言った後、車を停めて外に降りる。
先程よりも長い時間を経て着いた場所。
そこは千葉県のとある駅周辺にある駐車場だった。
駐車場から歩いて数分。
駅の近くにある商店街に着くと、新二と修吾は人の多さに驚いた。
「東京都でも無いのに、随分人が沢山いるんですね」
「特に若い人は多いわよ。
ココにあるゲームセンターが『聖地』として扱われる様になったから」
電脳皇帝が東京都の『聖地』ならば、エターナルナイトは千葉県の『聖地』に該当する。
九龍拓巳と言う『優勝者』を育てたゲームセンターに人が集まった様に、氷室零と言う優勝者を育てたゲームセンターに人が集まるのは必然とも言えた。
さらに5年の歳月の間、このゲームセンターで戦い続けた者達が立て続けに優勝した事で、全国から人が集まってくる様になったのだ。
「ココがかつて零さんがホームとして何度も足を運んでいたゲームセンターよ」
やがて『ETERNAL NIGHT』と書かれた大きな看板が目立つ建物の前で玖留美が足を止める。
「今、ココに零さんはいないけれど零さんの熱気を受け取ったプレイヤー達が戦いを続けているわ」
自動ドアの前に立ち、そのまま店内へと入っていく彼女の後を新二達は追った。
その建物自体はそこまで大きなものでは無かった。
店内は2階建てで、2階部分にZEROの筐体が多数設置されている。
「やあ、玖留美ちゃんいらっしゃい」
燕尾服に濃緑の蝶ネクタイを付けた若い男性が彼女の来店に気付くと声をかけてきた。
快活そうな青年は口髭を生やし、にこやかな笑みを絶やさない。
「笹森(ささもり)さん、こんにちは。
あかりさんはこっちに来てますか?」
「いるよ。
今日は日曜日だし、何時ものメンバーは大体揃ってるんじゃないかなぁ」
顎に手を当てて考え込む笹森の近くに、長い髪の女性が駆け寄ってきた。
「玖留美さん、いらっしゃい!
今日もお綺麗ですね」
「いえ、加奈(かな)さん程じゃないですよ。
新二君、修吾君もこっちに来て」
笹森(ささもり)加奈(かな)に軽く挨拶を済ませた後、玖留美は店の奥にある対戦コーナーに2人を連れていく。
そこには赤い髪を持つ若い女性や、緑色の髪を持つ長身の青年の姿があった。
「あーあ、どうして涼介とやるとこうも勝率が低いのかしら。
嫌になるわ」
「まぁ、対人戦では相性って言うのはありますからね。
もう1回やります?」
「遠慮しておくわ。ちょっと休憩……涼介は比呂ちゃんとやっててよ。
他にもやりたい人はいるでしょうけど」
燃える様な赤い髪。黒のTシャツに紺色のジーンズ。
ラフな恰好をした女性はそう言うと席を立った。
一方席に残った緑色の髪の青年は白いワイシャツに濃緑のネクタイ、濃い灰色の長ズボンを履いている。
そして両名とも、玖留美と同じ様に『オレンジ色のサングラス』をかけていた。
「私もそんなに強くないんですから遠慮してくださいよ。
涼介さんは手加減って言う言葉を知らないんですから」
クリーム色のニット帽を被ったショートカットの女性はそう言うと溜息をついた。
彼女も『オレンジ色のサングラス』をかけている。
サングラスをかけている者はかなりいたが、かけていない者もいた。
「じゃあ私とやりましょうよ。
戦いたくてしょうがなかったんだから」
目つきの悪い茶髪の女性はそう言うと近くにいた褐色肌の女性の方を見る。
「亜津子もそうでしょ?」
「まぁ、そうですけど……静香(しずか)さんに譲りますよ。
私もちょっとあっちに行きますので」
亜津子と呼ばれた女性は赤い髪を持つ女性と共に玖留美の近くに寄る。
茶髪の女性はニット帽の女性と顔を見合わせた。
「もしかして、あの子達が『ダイヤの原石』なの?
頼りなさそうだけど、大丈夫かしら」
「玖留美さんが見つけてきたんですからきっと腕は確かでしょう」
ニット帽の女性はそう言うと、対面の席に座った対戦相手との試合に神経を集中させた。
「初めまして。
元香川県代表ZEROプレイヤーの海野(うんの)亜津子(あつこ)と申します」
新二と修吾に対して亜津子が頭を下げると、隣にいた赤い髪の女性が彼女の肩に手を添えた。
「彼女は2006年度のZERO全国大会で優勝した程の腕前よ。
私を越えてしまったわ」
「いえ、あかりさんに色々教えてもらったから勝てたんですよ」
謙遜する亜津子の横で、あかりは笑顔を見せると、新二に握手を求める。
「私の名前は火村(ひむら)あかり。
雑誌編集員として働いているわ」
「あ、どうも初めまして……
月山新二って言います。大学生です」
握手を交わし、改めてあかりを見た新二は、彼女のスタイルの良さに目を奪われた。
まるでモデルの様な抜群のスタイルに見惚れていると、玖留美が新二の脇を小突く。
「何を呆けているの。
これから大事な話があるって言うのに」
そう言って彼を窘めた玖留美は、店内にいる者達を指差しながら彼等が誰であるのか説明した。
「あそこにいるのが柏糸(かしわいと)涼介(りょうすけ)君。
ZAIYA(ザイヤ)で働いているサラリーマン兼ZEROプレイヤーよ。
あのニット帽を被っている女性が雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ)さん。
ファンシーショップで働いているわ。
あそこにいるフードの女性は遠藤(えんどう)咲(さき)さん。
元大阪府認定ZEROゲーマーで腕は確かね。
茶色い髪の女性は伊達(だて)静香(しずか)さん。
2008年のZERO全国大会の優勝者よ」
さらに玖留美が紹介した者達はいずれも実力のあるZEROプレイヤーばかりだった。
元NEWSZEROのメンバーである堀北(ほりきた)栞(しおり)は全国大会でベスト4に入る等実力を付けてきている。
同じ元NEWSZEROの中澤(なかざわ)久緒(ひさお)は2008年度に合衆国で開催されたオリンピックの女子柔道で金メダルを獲得する等、違うタイトルを得ていた。
「久緒ちゃんもこれからはZEROプレイヤーとして優勝を目指すって言ってるから、きっと伸びるわ」
黒髪と褐色の肌を持つ女性が試合に勝って喜んでいる姿を見ながら、あかりはそう言った。
(全国大会の優勝経験を持つプレイヤーがこのゲームセンターに3人もいるとは……)
修吾はその事実に驚愕していたが、新二はその事実から生まれた率直な疑問を口にした。
「どうして俺達をスカウトしたんですか?
ここまで強い人達が揃っているのなら、俺達がいなくても大丈夫なんじゃ……」
「強いプレイヤーがこっちに多くいればいる程頼りになるのよ。
向こうの陣営にプレッシャーを掛ける事も出来る。
それに貴方達が私達と一緒に経験値を上げれば、『マークされない凄腕プレイヤー』が誕生する事になるわ」
玖留美がそう言うと、あかりはその言葉に対して深く頷いた。
「切磋琢磨して、来るべきその時に備えましょう。
私達が貴方達2人をもっと上の領域に連れていってあげる」
新二が向こうの方に目をやると、筐体の近くにいた者達も彼の方を見ていた。
(柏糸涼介……今思い出した。
元千葉県認定ZEROゲーマーだ。
全国大会では最高でベスト8まで進んだ事があるって……
勿論優勝経験者も多数在籍している。
彼等と一緒にいれば、もっと強くなれるかもしれない)
自然と心が弾む新二の耳元で、修吾が囁く。
「シン、これはチャンスだ。
人生で何度も来るか解らないって程のチャンスだぞ。
俺達が目指すのは当然全国大会での優勝。
俺とお前で戦い続ける今のやり方には限界が来ている。
彼等の頼みを聞けば、こっちだって幸せになれるんだ。
恩を売っておいて損になる事は何も無い」
修吾の言葉は最もだと新二は思った。
(俺達は『自分達に出来る事』でしか彼女達の助けになる事は出来ない。
ZEROでもし人助けが出来るのならそれは素晴らしい事だし、やるべき事だ。
おまけに今よりも強いプレイヤーになれるのなら良い事づくめ……)
新二は腹を括り、皆が見ている前でしっかりと頭を下げた。
「俺達が貴方達の助けになるのなら、力になりたい。
宜しくお願い致します」
全敗。
目の前に突き付けられた事実に対して、新二は何も言えず、ただ俯く事しか出来なかった。
エターナルナイトにいたプレイヤー達と一通り試合を行ったのだが、試合で1度も勝つ事が出来ない。
惜しい負け方もあったがグッドルーザーと言う称号は新二にとって必要では無かった。
(これが現実なのか。
俺は今まで井の中の蛙だったのか……
電脳皇帝で勝ち方を学んできたハズだった。
だが予選落ちしてきた事実は揺るがない。
ココに居るプレイヤーはその殆どが『決勝トーナメント』で好成績を残してきた者達ばかりだ)
修吾も雨宮比呂子1人には何とか勝利したものの、新二と同じく死んだ魚の様な目をしている。
「……まぁ、磨けば光る所はあるわなぁ。
あかりはんかてそう思うやろ?」
フードを被り顔がよく見えない女性がその言葉を発した時、新二は思わず顔を上げた。
「僕もそう思うね。
狡い立ち回り方もZEROでは必要だよ。
その辺りのやり方さえ覚えればもっと輝く。
後は思い通りにいかない時のメンタル面かな」
「逃げ方や攻め方、特に壁際でのやり取りがもっと上手くなれば飛躍的に伸びるんじゃない?
実力が無いプレイヤーじゃ無いわ。
ただ、経験が足りないだけよ」
柏糸涼介はその女性の言葉に同調し、あかりもまた伸びしろがあると認識している。
ココまで上手く戦えなかった自分達を認めてくれると言うのだ。
「俺達、時間が出来たらココに何度も通う様にします。
俺達にZEROの勝ち方を一から教えてください!」
涙を流しながらもう一度、心から頭を下げる。
それは先程の『引き受けた』と言う感覚よりも重いものだった。
「……黒沢美香は実力者と見ればすぐに近付き、従わない場合は私達に味方しない様に脅す。
結果的に私達の勢力は私とその周辺にいた私の仲間だけになってしまったわ」
何度も何度も野試合を行い、一旦休憩を取った新二は、横にいた玖留美の話を聞いていた。
エターナルナイトに到着してからかなりの時間が経過している。
既に時計の針は夜の7時である事を示していた。
「だから、彼女の情報網に引っかかる事の無い『原石』を見つけ出す必要があったのよ。
私達は仲間だけれど逆に仲間だからこその馴れ合いがある。
新しい風を吹き込んで結束力を高めたかった。
そして貴方達に白羽の矢を立てた。
『まだまだ大きな伸びしろを持っている若者』である貴方達にね」
玖留美はそう言うと、ポケットから『フラットグリーン』と書かれた煙草の箱を取り出した。
「兄さんも、あの事件で記憶を失ってさえいなければ、私達の力になってくれたと思うの。
零さんは兄さんにとって最も強いライバルで、越えたい存在になったと私に言っていた……
だからこそ、失いたくないと思って全力で零さんを助けようとするんじゃないかなって」
箱から煙草を1本取り出し、口に咥えるとライターで火を付ける。
淡い灰色の煙が彼女の口から吐き出された。
「比呂子さんから聞いて、この煙草を吸っているのよ。
豊さんの大好きな煙草だって聞いているわ」
井島(いじま)豊(ゆたか)。
染井と言う男に撃たれて死んでしまった男。
5年前にニュースで見ただけで新二は彼の事をよくは知らない。
(玖留美さんにとって、豊さんは大切な存在なんだろうな……)
新二は視線を少しだけ筐体の方に向けた。
修吾が火村あかりと何度も野試合を行っている。
実力者が挑戦者に力の差を見せ付け、伸ばす為に連続して行う試合の事を『道場』と呼ぶ者がいた。
今ではその呼び方が一般的になっている。
視線を戻すと玖留美は新二の考えていた事を見透かす様にこう言った。
「私だけじゃないわ。
あかりさんも、比呂子さんも、涼介君も……皆にとって豊さんは大切な存在だった。
そして、今彼が生きていたらきっと兄さんと同じ様に零さんを助けようとすると思う。
私達は豊さんの意志を継いで、零さんを助けようと言う思いを1つにして集まったのよ」
玖留美はきっと、もう誰も失いたくないのだろうと新二は思った。
失いたくないからこそ、自分と修吾を呼んで戦力になってもらいたいと言ってきている。
最初は自分達の為だと思っていた新二であったが、玖留美の話を聞くうちに『この人の力になってやりたい』と言う思いの方が強くなってきていた。
「俺達で良ければ力になります。
存分に使ってください」
気持ちを切り替えもう1度最初からZEROプレイヤーとしての一歩を踏み出す決意を固めた新二の顔を見て、玖留美は優しく微笑んだ。
「私が貴方を選んだ理由はもう1つあってね。
例え強かったとしても正義の心を持っていなければ仲間に加える事は出来ない。
貴方はまだ鍛える必要があるけれど、正義の心を持っている様に見えた。
貴方達になら全部話せると思ったわ」
自分と修吾をここまで評価してくれる者など今までいなかった。
ならば、その期待に全力で応えなければならない。
新二は真剣な表情で玖留美を見据えた。
「もっと強くなるって約束します。
零さんを必ず助けましょう」
新二の言葉に対して、玖留美も頷く。
彼女の視線は少しずつ勝ち試合を増やしつつある修吾の方に向いていた。
(そうよ。もっと強くなれる。
貴方達ならきっと零さんの力になれるわよ)
この日、新二と修吾はエターナルナイトの営業終了時間である夜10時まで野試合を続けた。
同日、午後6時。
黒に塗り潰された『プラナス』の本社ビルの中では、黒沢美香が集会を開いていた。
会議室のテーブルには色とりどりのフードを被った者達が集まり、席についている。
「貴方達4人は、私が金の力で集めたZEROゲーマーの中から選んだ最強クラスのプレイヤーよ。
やってもらう事は単純。ZEROの試合で勝つだけ。
それだけで勝利給1000万円を支払うわ」
美香自身も黒いワンピースに金色のフード付きコートを羽織っていた。
「……1つだけ、宜しいでしょうか」
白いフード付きのコートを羽織った人物がそう言うと、美香はそちらに視線を向ける。
「何か言いたい事でもあるの?白虎(びゃっこ)」
白虎と呼ばれた人物は手を口に当て、軽い咳をしてから言葉を発した。
「勝利給1000万円は要りません。
その代わり、お願いしたい事があります」
黒、赤、青のフード付きコートを羽織っている残りの3人は何も言わずに黙っている。
「美香さんは織田政権とかなり深い関係にあると聞いています。
私は元総理大臣である織田信虎さんにどうしても聞きたい事があるのです。
私が試合に勝った場合、その願いを叶えていただけないでしょうか」
美香は暫く考え込んでいたが、やがて顔を上げるとその要望に対して頷いた。
「良いわ。それ位の事なら簡単に出来るもの。
セッティングも整えておいてあげる」
「有難うございます」
頭を下げる白いフードの人物に対して、美香は少しだけ声を荒げる。
「勿論、勝てばの話よ。
負けたらその願いも叶えてあげられない。
それ位の事は解るわよね?」
念を押す様に発せられたその言葉に対して、白いフードの人物は何も言わずにただ頷くだけだった。
「貴方達が勝てば勝つ程、氷室零が死ぬ確率は上がる。
5試合中、3試合勝てば私達の勝ち。
私の出番が無い様にして頂戴。
敵が誰であろうとも叩き潰して、私達の強さを見せ付けるのよ」
薄ら笑いを浮かべながらそう言い放つ美香を見て、その場にいた誰もが心の中で怯えを感じた。
だが彼等には金が必要だった。
金欲しさに美香に味方している者は多い。
親が作った借金を返済する為に金が欲しいと思っている者。
大切な人の為に大金を得て、渡してやりたいと思っている者。
そして、暴走する美香の凶行を何とかして止めたいと思っている者。
思いはそれぞれ違っていたが、5人が美香のもとで1つにまとまっていたのは事実だった。
守りたいと願う者と、壊したいと願う者。
両陣営はその願いを胸に抱えながら、戦いに挑む事となる。
そしてその戦いの鍵を握る者達こそ、新二の様な『若き挑戦者達』であった。