※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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第二章は『新しい主人公の成長物語』に焦点を当てています。
今までの主人公から次の主人公への引継ぎと言うのは
あらゆる創作物で難しいとされていますが、それをスムーズに
する為『前の主人公がリタイアするに十分な理由』を考えました。

前の主人公はもう主人公を張れない。
その前提があるうえで別の主人公を登場させる。
そして主人公としてのタイプが全く違う人物になる様に気を付けました。


朱夏 小暑 報酬に目が眩む者達

 地上は、この何百年かの間に整備され俺達にとっての楽園となっていた。

 熱帯雨林が広がるヴァルーは地上の世界の一部分でしか無い。

 ヴァルーも確かに広大だったが、年月が経つにつれて木々が減り密林自体が縮小しつつある。

 

 ヴァルーで平和に暮らしていた時代はとうに過ぎ去った。

 今ではそこから遥か北でも南でも、俺達の息子や娘達が集落や街を作って平和な日々を過ごしている。

 その平和な日々が永遠に続いていくハズだった。

 

 数日かけて歩いた俺とトモコは、グラビの街から見てさらに南に位置しているシエラの街に辿り着いた。

 この街はグラビの街よりも近代的だ。

 息子達の中に優秀な頭脳を持つ者が現れ、『コンクリート』と呼ばれる建築に必要な材料を開発した。

 そのコンクリートから作り出される家は頑丈で、嵐が来てもビクともしないと聞いている。

 

「……家が滅茶苦茶になっています。

 何処の建物も殆ど原型を留めていません」

 だがトモコは俺には見えない酷い光景を目の当たりにして、言葉を失っている様だった。

 そして、俺に見える光景もあった。

 街の住人がことごとく死んでいるのだ。

 

 笑顔を見せて溌剌とした表情で歩く息子達など何処にもいない。

 水色に光って見える獣人達は皆ぴくりとも動かなかった。

「畜生。この代償は必ず払ってもらうぞ……」

 

 俺は歯を食いしばり、拳を硬く握り締める。

 息子達はただ平和に暮らしていただけだ。

 彼等に何の罪があるというのか。

 無残な現実を突き付けられ、ただ怒りだけが俺の中で膨らんでいった。

 

『ほほう。拙者達に代償を払わせると申すか。

 自分だけ生きながらえておきながら、傲慢極まりない』

『我々も生きていたかった。

 その願いを無視したのはお前では無かったのか』

『アタシを見捨てた罰だよ。

 アタシとアンタは切っても切れない仲じゃないか。

 裸でいやらしい遊びをした事もあるって言うのにさ』

 

 声が聞こえ、思わず俺は顔を上げた。

 俺とトモコの目の前に、容易には忘れる事の出来ない人物が立っていたのだ。

「シラノ……ケルゾア……サイファ……」

 

 青白く光る彼等の目だけが、赤く光っていた。

 その顔は一様に怒りに満ちている様に感じられる。

 俺はスカイロンを滅ぼし、争いの無い世の中を作り上げる為に彼等の命を無視してしまった。

「俺が憎いのなら、俺の命を狙いに来れば良いだろう!」

 

『死なないアンタを狙って、何になると言うんだい。

 アタシ達はこれからも殺すよ。

 アンタとその女が生み出してきた命を皆握り潰してやるんだ。

 アンタがアタシ達にした様にね』

 

 サイファの突き上げた掌に、紅蓮の炎が現れ激しく燃え盛った。

 シラノは巨大な斧を両手でしっかりと握り締め、ケルゾアは両方に刃の付いた剣を鞘から抜き、構えを取る。

「お前達と戦いたくは無いが……

 これ以上犠牲者を出すワケにもいかない」

 

『それは、お主の都合であろう?

 拙者とは関係の無い事。

 お主を殺す事は出来ぬが、一時的に戦闘不能にする事は可能だ。

 眠っていてもらおうか』

 

 そう言うとシラノは驚異的な速さで俺に斬りかかってきた。

 俺に向かって勢いよく斧を振る。

 俺は跳躍してその斧を避けると宙返りを行い、振り向きざまに首を爪で切り落とした。

『流石だな。

 だが、お主が不死身であるのと同じ様に、某もまた無敵なのだ』

 

 切り落としたハズの首が消え、再びシラノの頭が元通りの場所に戻る。

『やるねぇ……流石はアタシが惚れた男だ。

 今度はアタシがやらせてもらおうか』

 

 サイファはそう言うと掌に集めていた炎を空に打ち上げた。

 サイファから離れた無機物である炎は俺の視界から消えてしまう。

『目が見えないアンタが、これを避けられるか見物だね!』

「ヴォルフさん、前方左斜め4mの位置から飛んできます!」

 

 トモコの声に反応し、俺は見えない炎を何とか避けた。

 地面に炎が落ちたらしく、身体に熱が伝わってくる。

『邪魔だな。

 我があの女を切り刻んで、声も出せぬ程の恐怖を植え付けてやろう』

 

 ケルゾアが剣を持ったままトモコに向かって走っていったが、トモコは慌てる事無く魔導書を詠唱し自らを守るバリアーを出現させた。

「この人達は普通の状態じゃありません。

 ヴォルフさんが戦っても消す事は出来ませんよ。

 でも、私の魔法を使えば消し去る事が出来るかもしれません」

 

 バリアーを張ったままトモコはさらに呪文を唱え、3人に巨大な雷を落とした様だった。

 一旦は黒焦げになったサイファ達であったが、何事もなかったの様にまた元の姿に戻り、薄笑いを浮かべる。

 

『面白い余興では無いか。

 拙者達がお主達を殺す事は出来ぬが、逆もまた然り。

 つまり、お主達は腹を痛めて産んだ子供達が殺されるのを指を咥えて見ている事しか出来ぬと言う事だ』

 剣を鞘に納めたケルゾアは、俺の事を睨みつつ後退した。

 

『ずっと戦ってても良いんだけど、それじゃあまりにもつまらないからね。

 アタシ達は退散させてもらうよ。

 これから殺さなければならない奴等が山程いるんだ』

 逃げようとする3人に対して、トモコはさらに強い魔術で対抗しようとした。

 

「殺す事が出来ないのならば、殺せない様にするだけです」

 再び魔導書を詠唱し、空間を切り裂いて我々の住んでいる世界とは違う亜空間を出現させるトモコ。

「伏せて!」

 俺が全てを察して地面に伏せた次の瞬間、その亜空間が3人だけを凄まじい勢いで吸い込んでいく。

 

『うおッ!?』

 3人があっと言う間に吸い込まれた直後にトモコはその亜空間を消滅させたらしく、風は止んだ。

 

「あの人達は特殊な魔術によってこの世に蘇ってきたのでしょう。

 ですから、その蘇らせた張本人を消さない限り何度でも復活してくるハズです。

 ヴォルフさん、何か心当たりはありますか?」

 

「いや、何も無いな……

 そもそもZEROの力によって俺とお前以外の人間はこの世から姿を消したんだ。

 誰かが生き残っているとは思えない。

 さしたる手掛かりが無いのも困った所だ」

 

「ですが、あれは間違いなく死んだ人間を復活させる高等な魔術が使われています。

 何者かがその魔術を使っているとしか考えられません。

 南から彼等は来たのですから、とにかく南に進みましょう」

 

 トモコの提案に対して、俺はそれを了承した。

 敵の正体が解らないと言うのは不気味ではあるが、怪異の元凶を見つけ出さなければ犠牲者がさらに増えるだけだ。

 俺達はシエラの街で生き残っている者がいないかどうか探したが、生き残りを見つける事は出来なかった。

 

 シエラの街から俺とトモコが出ようとした時、青白く光る影が俺達の前に立ちはだかった。

『兄さん……どうして私を生き返らせてくれなかったの?

 私の事を、愛してくれていたんじゃなかったの?』

 先程の3人と同じ様に目を赤く光らせたヴィアージュが、涙を流しながらそう訴えた。

 

「ヴィアージュ……」

「兄さんって……あの人はヴォルフさんの妹さんですか?」

「そうだ。俺の妹だ」

 

 自分の身勝手な部分が余計に浮き彫りになった。

 サイファやシラノと戦う事は出来ても、ヴィアージュに対して殺意を向ける事はどうしても出来ない。

 愛していた。心から愛していた。

 もし血が繋がっていなければ、愛し合いたいと思う程に。

 

「ヴィアージュ、俺を憎んでいるのか」

『憎んでいないと言えば嘘になるわ。

 私達を生き返らせるって約束したじゃない。

 でも兄さんは私達を裏切った。

 生き残っていたスカイロンの人々を殲滅させる事を優先した。どうしてなの?』

 

「結局は同じ事になると思ったんだ。

 お前達が生き返ってきた所で、また生き残っていたスカイロンの者達と血みどろの戦いが始まる。

 俺はもう疲れ果てていた。

 そんな地獄を見ていたくなかったし、その当事者にもなりたくなかったんだよ」

 

 青白く光る妹の身体を、俺はしっかりと抱き締めた。

『兄さんの都合で、私達を見捨てたのね』

 

「……結局は、そういう事になる。

 俺は自分を可愛がってしまった最低の男だ。

 だがそんな俺でも、しなければならない事がある。

 立ち止まってはいられない」

 

『私は兄さんを止めたい。

 暗闇に落ちて苦しんでいる私と同じ場所に兄さんを連れて行きたいの』

 ヴィアージュがそう言った瞬間、ヴィアージュはビームに目を貫かれ呻き声をあげた。

 

「危ない所でしたね……」

 トモコは俺から離れたヴィアージュに追撃をかけようとしていた。

 ヴィアージュは俺の首筋に噛み付き、首ごと噛み千切ろうとしていたのだ。

 

『意地悪ね兄さん……殺せるものなら殺してあげたいわ。

 だって、私だけ死んでいるなんて理不尽でしょ?』

 焼かれた目の部分から煙が出ていたが、ヴィアージュの目はもう元通りになっていた。

 

「お前はヴィアージュじゃないな。

 俺の妹が俺に対してそんな事を言うハズが無い」

『さぁ、どうかしら?

 人は変わるのよ。

 兄さんが血気盛んな戦士から、戦う事を拒む弱い男に変わった様にね』

 

 ヴィアージュはそのまま逃げて行った。

 みるみるうちに見えなくなる妹の背中は、俺達を誘き出そうとしている様にも見える。

「行きましょう、ヴォルフさん。

 ヴォルフさんの言う通り、私達に立ち止まっている暇はありません」

 

 トモコは彼女の後姿を見送りながら、決意に満ちた表情でそう言った。

 俺も同じ気持ちだった。

 過去がどうあれ、息子達が危険に晒されているのは事実なのだ。

 息子達の幸せを守らなければならない。

 俺達はヴィアージュが逃げた方向へと歩き出した。

 

 

「ちょっと休憩しましょうか」

 九龍(くりゅう)玖留美(くるみ)はそう言うと、筐体の前に座っていた月山(つきやま)新二(しんじ)の肩を叩いた。

 初めて新二が玖留美と勝負をし、エターナルナイトに招かれたのが6月20日。

 それから約20日間の間、大学の講義以外は全て格闘ゲームの練習に捧げる日々が続いている。

 鏑木(かぶらぎ)修吾(しゅうご)も今日はエターナルナイトに来店していなかったが、新二と共に特訓を受けていた。

 

「修吾君は電脳皇帝のほうであっちゃんに鍛えられてるみたいね。

 沙織ちゃんが教えてくれたわ」

 新二の対戦相手になっていた火村あかりは彼の成長に驚きながらも笑顔を浮かべる。

 

「あ、有難うございます」

 自動販売機と煙草の灰皿、ソファが用意されている休憩所で疲れた様子を見せていた新二は緑茶のペットボトル飲料を渡されると礼を言った。

「元々素質はあったんでしょうけど、物凄い伸びを見せてるわね。

 最初会った時は全敗だったのに、今じゃもう私に安定して勝てる様になってるんだから」

 

 ソファに座った新二の横にあかりが座り、反対側にあったソファに玖留美が座る。

 ペットボトルの中身を2分の1程飲みほすと、新二はその冷たさと美味しさに唸った。

「いやぁ、暑い日はやっぱゴクゴク飲めるのに限りますね!

 いくらでもいけますよコレ」

 

「喜んでくれたのなら嬉しいわ。

 無理を言ってる部分があるんだし、出来るだけ私が奢ってあげないとね」

 白いシャツとクリーム色のスカートを穿いている玖留美はそう言いながら微笑む。

 開店と同時に席に座りあかりや玖留美とぶっ続けで野試合を行っていた新二も流石に疲れたのか、大きく伸びをしながらだるそうにしていた。

 

「ねぇ、そう言えば新二君は何時から格闘ゲームをやっているの?」

 あかりはすぐに野試合には戻れないであろうと判断し、彼の過去を探ろうと話を振る。

「北海道にいた頃からやってましたよ。

 確かあの時はまだ小学生でしたね」

 

 燃える様な赤い髪にオレンジ色のサングラスは、派手だが彼女らしいと新二は思った。

 髑髏が描かれている黒のTシャツに紺色のジーンズと言う服装は彼にとって見慣れたものとなっている。

「子供の頃からやってるなんて凄いわね。きっかけは?」

「ゲームセンターで遊んでいた時に、凄く強い女性プレイヤーがいたんですよ」

 

 新二は過去の記憶に思いを巡らせた。

 それは彼にとっての原点であり、忘れられない思い出だった。

 

 西暦2000年、7月。

 丁度この時から遡る事10年前の同じ月、北海道は空前の格闘ゲームブームに沸いていた。

 当時はまだアークラインズの一強とは言えず、様々なゲーム開発会社が鎬を削っていた。

 そしてゲームセンターに格闘ゲームが出現してから、プロゲーマーと呼ばれる者達が現れる。

 だが当時彼等はまだ明確な称号も報奨も無い、『単なる格闘ゲームが強い人』と言う扱いを受けていた。

 

『さぁ、『ロボチャンプ』の店舗大会もいよいよ大詰め。

 北海道内で一番強いプレイヤーを目指して、32名の猛者達が集まった今大会も決勝戦に突入しました!』

 札幌市内一と謳われる巨大なゲームセンター、『アンビシャスクラーク』に来ていた月山新二は、大勢の観客に混じって決勝戦を見届けようとしていた。

 

『決勝戦に残ったのは、ここまでピンチを迎える事無く冷静な立ち回りで勝ち進んできた大学生の白鳥(しらとり)文彦(ふみひこ)選手。

 そして、17歳と言う若さでこの場所へと辿り着いた樽酒(たるざけ)桃子(ももこ)選手の2名です。

 勿論優勝するのはどちらか1人!』

 

 煌めくスポットライトを浴びる桃子の姿は美しかった。

 周りの事に興味を示していないかの様な素っ気ない立ち居振る舞いも、新二にはクールビューティーを演じている様に見える。

 

「じゃあ、やりますか」

「格闘ゲームに興味があるワケではありませんが、私は何をしても一番になれると言う己の能力を証明したい。

 経済学も、柔道も、遠泳も……

 そしてゲームにおいても、勝てると言う事を皆に示す時です」

 

 一方、桃子と向き合っている青年は、能面の様な表情を一切崩す事無くその場に立っていた。

 真一文字に結ばれた口、死んだ魚の様な目、人を見下しているかの様な雰囲気を纏っている。

『それでは両者、筐体の前へ!

 決勝戦を始めてください!』

 

 2人共、人とコミュニケーションを取る事にあまり興味が無い様に見えるが、人と繋がる格闘ゲームで決勝まで来た。

 新二はその人の繋がりを求めるだけで無く、桃子の様な『勝てるゲーマー』になる事を夢見ていたのだ。

 何時かは観客としてでは無く、プレイヤーとして輝く舞台に立ちたい。

 新二はその夢をずっと追いかけていた。

 

『熾烈な決勝戦を制し、見事優勝を果たしたのは樽酒桃子選手です!

 皆様、樽酒選手にもう一度盛大な拍手を!

 『ロボチャンプ』店舗大会の初代優勝者が今ここに誕生しました!』

 

 表彰台の一番上に乗り、店員からメダルとトロフィーを授与された桃子は、真顔のまま笑っていた。

 感情を表に出すのが苦手……

 新二の目には彼女がそういう人間の様に見える。

 そして準優勝に終わってしまった白鳥文彦も、怒りと悔しさを上手く表に出せていない様に見えた。

 

『まずは決勝戦で惜しくも敗れてしまった白鳥選手に今大会の感想を聞いてみたいと思います。

 白鳥選手、正々堂々戦ったうえでの敗北ですが力の差を感じましたか?』

「……いえ、実力にそれ程差は無かったと思っています。

 ですが、細かい部分で明らかな差を感じました。

 全く手も足も出なかったワケでは無いので、この一戦に負けた事を非常に悔やんでいます」

 

 無表情が僅かに歪む。

 白鳥は拳を強く握り締め、僅かに肩を震わせていた。

『勝ちたいと言う強い意志が感じられました。

 今大会を振り返り、何か思う所はありますか?』

 

「私は何でも出来る人間である事を証明したかった。

 何でもそつなくこなせる人間である事を目指して生きてきました。

 どんな物事においても、優勝は勝者であり、準優勝は敗者と同じ。

 ですからどうしても勝ちたかった。

 その思いはありました。

 ですが、負けてしまった事実は覆りません。

 大切なのは、この敗北を教訓にして這い上がる力を手に入れる事です。

 優勝を目指してもう少し、戦ってみようと思っています。

 このままでは終われませんから」

 

『有難うございました。

 惜しくも優勝には手が届かなかったものの、我々に熱い戦いを見せてくれた白鳥選手。

 彼にも大きな拍手を!

 格闘ゲームの店舗大会に出場したのは初めてとの事ですが、それでこの結果は凄いと思います』

 

 観客が白鳥に対して拍手と声援を送る。

 だが彼にとってそれは屈辱的な事であった。

「私を慰めるのは止めろ!

 不愉快だ。拍手は勝者にこそ相応しい。

 負ければ全てが無意味だ!!」

 

 苛立ちを隠せず、困惑する司会者を振り切ってその場から去る白鳥。

 勝利至上主義の白鳥にとって、敗北した者が温かい言葉をかけられる事ほど虚しいものは無かった。

 

『えー……次は優勝した樽酒桃子選手にお話を伺ってみる事に致しましょう。

 樽酒選手、優勝おめでとうございます!

 白鳥選手との白熱した戦いは、見応えがありましたね』

 

 白鳥がゲームセンターからいなくなってしまった事でざわつく雰囲気を変えようと、司会者は桃子にマイクを向ける。

「ども。

 粘り勝ちみたいな所はありましたけど、勝てて良かったです」

『優勝の要因みたいなものがあるとするならば、それは何だったのでしょうか』

 

「馬鹿になる事ですかねぇ」

『馬鹿になる事、とは?』

 飄々とした態度で質問に答える桃子。

 掴み所の無い性格は、勝者の余裕にも見えた。

 

「寝ても覚めても、それの事しか考えられないお馬鹿さんになれって事ですよ。

 格闘ゲームが好きなら、四六時中格闘ゲームで勝つ事ばかり考えてないと優勝までは辿り着けないです。

 他の時間を全部削って、格闘ゲームに捧げる位の覚悟が無いと勝てない。

 私に負けた白鳥さんは、そこの所が足りなかったんじゃないかなと思ってます。

 馬鹿になり切れなかった」

 

『なるほど……他の雑念があると、最強にはなれないと言う事ですか?』

「そうですね。

 今私は高校生ですけど、今度のテストも赤点上等です。

 いずれ大規模な格闘ゲームの大会も催されると思いますけど、私はそこで勝つ事に全てを捧げたいですね」

 

『有難うございました。樽酒桃子選手の優勝で、今大会は幕を閉じたいと思います。

 店舗大会自体は月1回、これからも継続して開催する予定となっております。

 腕に自信のある方々は是非参加してください。

 それでは、さようなら!』

 

 話し方やその思想に狂気すら感じた新二であったが、だからこそ彼女が輝いて見えた。

 馬鹿にならなければ優勝出来ない。

 それはまさしく真理を説いていると思ったのだ。

 

 樽酒桃子のインタビューを早々に終えた司会者は、逃げる様に彼女から離れると通常営業へと戻っていった。

「……ま、凡人には理解出来ない世界だよね」

 

 勝利だけを求めて生きている者は、時に異質に見える時がある。

 その生き様は普通に生きている人間に理解される事は少ない。

 世間一般の感覚とは大きく違っているからだ。

 トロフィーもメダルも、まだ一般社会から認知された勲章とは言い難い。

 

 この後格闘ゲームが社会現象となり天武日本全土を巻き込む一大イベントも催される事になるのだが、現時点ではまだ一部のマニア扱いだった。

 観客がゲームセンターから他の場所へ移ったり、他のゲームを楽しむ為に移動する中新二は桃子の眼前に立つ。

 

「どうしたの?坊や」

「俺、馬鹿になる覚悟があります!

 お姉さんみたいに輝く舞台で自分の強さを見せ付けたい。

 どうすれば勝てるのか、俺に教えてください!」

 

 土下座をするのではないかと言う程に頭を下げ、頼み込む新二。

 暫く呆気に取られたまま相手を見つめていた桃子であったが、新二の頭を撫でながら微笑んだ。

 

「良いよ。

 私、君みたいな直情的な人間は大好き。

 自分に対して正直に生きている人が一番好きだから。

 臆面も無く私に対してそんな事を頼んできたのは君が初めてだよ」

 新二は彼女に教えを請えば必ず成長出来ると信じ、涙を滲ませながら桃子の事を見つめていた。

 

「樽酒桃子……聞いた事があるわ。

 ZEROの全国大会で優勝した事もある実力者よ。

 確か、第1回大会で優勝したんじゃなかったかしら」

 玖留美は天を仰ぎ、片手で頭を抑えながら過去の記憶を懸命に探っていた。

 

 第1回大会の時は、玖留美も拓巳も『見て憧れる側』でしか無かったZEROの世界。

 並み居る強豪を蹴散らして王者となった彼女の姿は、幼い心にしっかりと刻み付けられていた。

 

「あかりさんと同じ、燃える様な赤い髪をしている人でした。

 勿論、染めてるんでしょうけどね。

 何か雰囲気もあかりさんと似てるんだよなぁ」

「へぇ、面白いわね。

 私も会ってみたかったわ。

 豊は多分、その人と会ってると思うけど」

 

 あかりは炭酸飲料の『スパークネオン』を口にした後、両手を頭の後ろに回しソファにもたれかかる。

「その人が、貴方の格闘ゲームにおける『師匠』だったのね?」

 

 玖留美が質問を投げかけ、新二はそれに答える。

「はい。基本から応用まで、ノウハウは全て教わりました」

「貴方の学ぶ力が優れているのも合点がいったわ。

 そうやって教えてもらっていたからこそ、飲み込みも早いのよ。

 新二君はその人に感謝しなくちゃね」

 

 新二はあかりの言葉に対して深く頷いた後、真剣な表情をしたまま話し始めた。

「思い返せば、約1年半程……濃密な時間でした。

 当時、まだZEROが発売されていなかったのでZEROの戦い方を教わる事はありませんでしたが、それでも多くの事を知りました。

 ボタンとスティックの扱い方から、ゲーマーとしての矜持、メンタルの保ち方まで……

 師匠と出会った時は小学校5年生でしたが、別れた時はもう、小学校卒業を控えていましたね」

 

 2002年、2月。

 毎月かかさず行われていた格闘ゲームの店舗大会に、月山新二の姿があった。

 

『皆様、お待たせしました。

 只今より『ヴァンプレジェンズ』の店舗大会、準決勝を開始致します!

 32名の参加者が集まった今大会もいよいよ大詰め。

 勝ち残ったのは月山新二選手、石原昇選手、金井明美選手、樽酒桃子選手の4名です。

 まずは月山新二選手と金井(かない)明美(あけみ)選手の試合から始める事にしましょう!』

 

 名前を呼ばれた新二は大勢の観客の前で戦う事に慣れておらず、緊張したままぎこちない動きで司会者の横へ足を運ぶ。

『月山新二選手はまさに新星!

 2回前の大会から出場し、1回目は2回戦敗退、2回目は準々決勝敗退と、着実に記録を伸ばしてきています!

 今回はこの店舗大会での優勝を何度も経験している樽酒桃子選手も準決勝に残っている為厳しい戦いになる事が予想されますが、頑張ってもらいたいですね』

 紹介されている間も汗をかき目を泳がせている新二の姿を見て、桃子は新二を落ち着かせようと呼びかけた。

 

「平常心、平常心!

 大丈夫、シン君は普段通りの力を出せば絶対やれるから!」

 桃子は近くにある椅子に座りながら、大きな紙袋を持っている。

 その紙袋から肉まんを取り出すと、それを口に運びながら『弟子』の晴れ舞台を見守っていた。

 

『対する金井明美選手は、前回大会で惜しくも準優勝に終わった実力者です。

 今回こそは準決勝を突破して、リベンジを果たしたい所でしょう。

 お互いに望む結果はただ1つ!

 しかし、勝ち残れるのはどちらか1人だけです!』

 

 司会者が握手を促し、新二は明美とお互いの健闘を誓い合いしっかりと手を握り合う。

「今度は、私が桃子さんを倒してチャンピオンになるの!

 邪魔はさせないわ」

「俺だって、そう簡単には引き下がれませんよ。

 師匠と勝負するのは、俺の方です」

 

 相手の目だけを見て握手を行った事で、新二の緊張も少し解れた様だった。

 深呼吸をして心を落ち着かせ、平常心である事を念頭に入れつつ椅子に座る。

 筐体の前に座れば後は画面に集中するだけと新二は自分に言い聞かせた。

 

「いやぁ、かなり硬いね……彼」

「何時もはあんなんじゃ無いんだけど……

 人前だとどうしても緊張しちゃうみたいで、勿体無いよホント。

 あれが無ければ私が認める程に強いのに。

 確実に実力は上がってるんだよ、ああ見えても」

「だろうねぇ。僕から見てもそれは感じるよ」

 

 桃子は準決勝での対戦相手である石原(いしはら)昇(のぼる)と話している。

 昇はこの『アンビシャスクラーク』では手練れとされている格闘ゲームプレイヤーで、今までに何度も桃子と戦ってきた間柄だった。

 特に桃子との決勝戦は何度も白熱の試合となり、多くの観客を魅了している。

 

「自分をしっかり保てるかどうか……かな。

 相手は関係無い」

 肉まんをかなりのハイペースで食べながら新二を見つめる桃子。

 弟子の大事な試合が始まろうとしていた。

 

 要所要所の細かい差。

 その僅かなテクニックの差が、勝敗を決めた試合だった。

 桃子の言葉を借りるならば、新二はまさに『馬鹿になり切れなかった』のだろう。

 

『互いにHPが残り少なくなった際の攻防は見応え充分でしたね。

 しかし、我慢勝負を制したのは金井明美選手でした!

 金井選手に拍手を!

 そして、敗れたにせよ最後まで諦める事無く戦った月山選手にも拍手をお願いします!』

 新二は目にうっすらと涙を浮かべていたが、泣き喚く様な事はしなかった。

 

 その境地に己がまだ達していない事を理解していたからだ。

 (俺は、まだ強くなれる……!

 自分の限界をまだ出し切れていない。

 もし、全てを出し切って負けたのなら俺は泣くだろう。

 でも違う。今の試合は不完全燃焼だった)

 

 何かが、おかしかった。

 新二はそう思うしか無かった。

 野試合と公式試合で感じる明らかな違和感。

 それはやはり、己の緊張によるものだった。

 

 負けても恥にならない野試合と負けるワケにはいかないと思う店舗大会では、プレッシャーに雲泥の差がある。

 新二にとって平常心は自分に課されたテーマだった。

 それを克服しない限り、優勝する事は出来ないのだ。

 

「私はあの子をずっと見て、教え続けてきたけど……

 どうしてもあの性格を治してあげる事が出来なかった。

 テクニックや戦術を教える事は出来ても、持って生まれた人の性格を変える事は出来ないからねぇ」

 

「しょうがないさ。

 それは大人になるにつれてだんだんと変わっていくもの。

 今すぐに変えようとしても無理だし、そうやって無理に変えようとすると自分を追い込んでしまう事になる。

 まずは彼に『無理をするな』と言う事から始めてみるべきじゃないかな。

 彼の人生はまだまだ長いんだ」

 

 俯き、拳をきつく握り締めたまま動けずにいる新二を見ながら昇はそう言った。

 

「格闘ゲームにおいて強いプレイヤーでいられるのはせいぜい30代半ばまでだよ。

 そこからは思考力も動体視力もどんどん落ちていく。

 長いなんて言ってたら、強くなれない。

 スタートラインに立ってもいない状態だと思うよ。

 他の人に教えてもらうってのも良いかも」

 

 桃子は新二の方を見ながら言葉を返す。

 彼女は新二に辛く当たっていたが、決して愛情が無いワケでは無かった。

 言うなれば、早く自分の足で立ってほしいと願う母親の様な気持ちを持っていたのだ。

 

 店舗大会の優勝者は、樽酒桃子となった。

 北海道のプロゲーマーが集まってくる場所において、通算優勝記録が1位なのは彼女しかいない。

 勿論全ての大会において優勝する等と言う離れ業を演じてはいないが、それでもこの店舗大会で10回目の優勝を飾ったのは驚異的だ。

 

「月に1度しか開催してなくて、しかも32名が集まる一発勝負のトーナメント。

 波乱が起こっても全くおかしくない。

 それなのに、今回で10回目の優勝。

 彼女は持って生まれたものが違うよ。

 僕には到底辿り着けない所に行っちゃったね」

 

 トロフィーとメダルを授与され、何時もの様に真顔で微笑みながら観客に向かって手を振る桃子を見ながら昇はそう言った。

 昇の隣に座っていた新二は、何も言わずに両手を椅子の上に乗せたまま溜息をつく。

 

「悔しいかい?」

「悔しくなかったら終わりですよ。

 俺は、師匠に追いつきたい。

 いや……追い越してもっと上に行きたいんです。

 こんな結果で喜んでいてはいけない。

 あの場所に辿り着かなきゃ駄目なのは解ってますから」

 

 新二は俯いて、歯を食いしばった。

 普段の実力の半分も出せていないのは彼自身が一番理解している。

 未熟。

 それが今の新二に相応しい称号だった。

 昇は両手を組んだまま新二と目を合わせずに話しかける。

 

「今年の春に『ZERO』と言う新しい格闘ゲームがアークラインズから発売される。

 年末には日本一のプレイヤーを決める全国大会が開催されるらしい。

 勿論僕も樽酒さんもその大会に向かって努力するし、準備をするだろう。

 君も躓いたり転んだりしているけど、また前を向いて歩き出すチャンスなんじゃないかな」

 新二は初めて聞く情報に驚き、昇の方を見た。

 

「挫折を経験した事が無い人間なんて1人もいないんだよ。

 天才と呼ばれている人だって、最初からその天賦の才を最大限に発揮出来るワケじゃない。

 樽酒さんだってそうだ。

 君と同じ小学生の頃、格闘ゲームに触れて僕に挑んだ。

 結果は惨敗。

 当たり前さ……年季が違ったんだから。

 でも彼女はそこで折れなかった。

 一念発起して必死に勉強して経験を積んで、今その血の滲む様な努力の対価を得ようとしている。

 皆そうやって『大きくなっていく』んだよ。

 君は今その時期にいる。

 君が樽酒さんの様になれるかどうかは、君次第なんだ」

 

 そう言ってにこやかに笑う昇には、優しさが溢れていた。

 敗北を受け入れ、前に進む。

 それは誰にでも出来る事では無い。

 

 そこには『覚悟』と『願い』がある。

 己の願いを叶える為に人は顔を上げなければならないのだ。

 新二は昇の言葉を胸に刻み、樽酒桃子と同じ道を歩む事を誓った。

 

「師匠、俺……親の都合で東京に引っ越す事になりました。

 師匠とお別れする事になります」

 店舗大会終了後、新二に近寄ってきた樽酒桃子に対して、新二はそう言った。

「そっか……東京に行くんだ。

 そればっかりはどうにもならないね」

 

 親身になって格闘ゲームを教えてくれた桃子。

 その優しさと厳しさがあったからこそ新二はこの場所にいる。

 自然と涙が頬を伝い、新二は歯を食いしばる事で泣き出したい衝動を堪えた。

 

「でもね、環境を変える事は悪い事じゃ無いと思うよ。

 君はこのままじゃいけないと思ってるんでしょ?

 井の中の蛙で終わりたくないのなら、広い世界を見ないとね。

 東京には私と同じ位強い人が山程いるし」

 

 かつての自分と同じ、挫折を味わい這い上がろうとする新二の姿。

 桃子は彼の頭を撫でた。

 

「きっとまた会えるよ。

 その時には貴方のもっと強くなった姿が見たいな」

「はい、必ず。

 俺はもっともっと強くなって、師匠と再会したいです!」

 

 絞り出す様に発した声。

 その時は、精一杯の強がりだったのかもしれない。

 だが新二は結果を出す為に努力をした。

 優勝トロフィーを掲げる桃子の姿をテレビで見ながら、自分の道を突き進んでいったのだ。

 

「その後、誰かに教えてもらうって事は無かったの?」

 あかりの質問に対して、新二はどう答えるべきか迷っている様だった。

 

「師匠との関係の様に、つきっきりで教えてもらうって事は無かったんですけど……

 東京に来てからは、毎日が勉強でしたね。

 一番ZEROが盛んに行われている『電脳皇帝』に入り浸って、色々な人から学び吸収していきました。

 本番に弱い性格もシュウとつるむ様になってから大分改善しましたし、レベルアップは出来たと思っています」

 

 新二はそう言った後、目線を玖留美の方に移した。

 

「でもこうしてまた親身になって教えてくれる人達に出会って、さらに上に行けるのは有難い限りです」

「貴方の為だけじゃないわ。

 貴方が今までの貴方から脱却してくれないとこっちも困るんだから。

 もう時間が無いのよ。

 もう、私は誰の涙も見たくない。

 悲劇を阻止する為には、貴方の力が必要なの」

 

 玖留美はそう言うと、立ち上がった後新二の手を取った。

「貴方の尊敬してる人に強くなった姿を見せたいんでしょう?

 ココが踏ん張り所よ」

「いやぁ、それを言われると弱いです。

 師匠の為にも頑張らなきゃいけないですね」

 

 大きく伸びをしながら椅子から立ち上がった新二は、再び筐体の前へと戻っていく。

 強くなった玖留美と強くなろうとしている新二の後ろ姿を見ながら、あかりは保護者の様な笑顔を見せていた。

 

 (懐かしいわ。昔の豊と私の関係を思い出す……

 まぁあの時は引っ張られているのがどっちなのか解らなかったけど。

 新二君はきっと伸びるわ。

 皆が貴方の成長に期待しているのよ。頑張ってね)

 

 切磋琢磨する事で強くなる格闘ゲームの世界において、『出会い』は重要な意味を持っている。

 憧れが何時しか目標に変わり、その1つの出会いがやがて宝物になるのだ。

 新二は樽酒桃子との出会いを無駄にしない為に自分の全てを出し切ろうと思っていた。

 

 

「朱雀(すざく)の調子はどう?」

 黒沢グループの本拠地であるプラナス本社。

 その本社内に設けられている練習室に足を運んでいた美香は、隣にいた白鳥に対してそう言った。

 

「私も一時期格闘ゲームを嗜んでいた事があるので解るのですが、彼女は別格です。

 どんなプレイヤーが勝負を挑んできたとしても、そうそう負けるとは思えない。

 全国大会の初代優勝者ですからね。

 積み上げてきた経験値が違いますよ」

 

 能面の様な無表情を崩す事無く、白鳥は言葉を返すと音を立てない様に扉を開け美香を中に招く。

 防音構造になっているクリーム色の大理石で占められた部屋は、冷たい印象を与える。

 それはまるで彼女の心を表現しているかの様だった。

 

「邪魔するわよ」

 壁も床も天井も大理石で作られたこの部屋の中には、照明器具に照らされた6台の筐体しか存在しない。

 雑音に心を乱される事無く練習をする場所。

 美香は己と金で釣った者達の為にこの部屋を作らせたのだ。

 

「どう?調子は」

 水色の蛍光灯に照らされた筐体には紙袋から肉まんを取り出してほおばる赤色のフードを被った女性と、青色のフードを被った少年が座っていた。

「ん……まずまずと言った所かな。

 青龍(せいりゅう)君と野試合続けてたんだけど、彼も結構やるし」

 

 全身をすっぽり包むフード付きのコートを着用していても、かなり太っている事が解る。

 一方、少年の方は背こそ低くて痩せていたが、被ったフードの奥から時折覗かせる眼光は鋭かった。

 

「朱雀と対戦出来たのは有難かったぜ。

 おかげで俺の腕も大分向上した。

 今の俺なら誰が相手でも互角以上の戦いが出来る。

 アンタには感謝しないとな」

 

 両手を組み指を鳴らして笑う少年に対して、美香は彼の肩に片手を乗せたまま言葉を返す。

「解っていると思うけど、貴方が望んでいるものは勝たなければ得られない。

 言い方は悪いかもしれないけれど、貴方は鼻先に人参を乗せられた馬みたいなものよ」

 

 勝利給1000万。

 美香が提示したこの金額によって、朱雀と青龍は彼女の陣営に味方する事となった。

 理由は違えど、2人は喉から手が出る程この大金を欲していたのだ。

 

「馬で良いさ。

 俺だってアンタを利用してるんだ。

 アンタを好いているのか嫌っているのかは関係無い。

 金を貰うからには、その対価として全力を尽くすだけだ」

 

 フードから覗く栗色の前髪は長く伸び、両目を殆ど隠してしまっている。

 美香とほぼ同世代である青龍は美香の『割り切った関係を貫く』所を気に入っており、比較的彼女とはよく話す方だった。

 

「美香様」

 黒いフードを被った女性が部屋の中に入ってくると、美香は振り向き彼女の方を見る。

「玄武(げんぶ)。

 もうすぐあの計画を実行に移すわよ。

 準備は出来ているのかしら?」

 

「はい。

 美香様の御命令通り、腕っ節が強い屈強な男達を集めました。

 教養もあり、美香様のボディーガードに任命しても差し支えが無い位です」

 

「長かったわ……

 この5年間、準備が整うのを待っていた。

 危機に陥っていたプラナスを立て直し繁栄させ、織田政権の許可を取るまでに5年もかかった。

 私達が積み重ねてきた努力が、やっと実を結ぶ時がやってきたのよ」

 

 美香は右手を上げ、その手を力強く握り締めた。

「氷室零の命を、握り潰す!

 あいつが死んでも証拠が残らない様にする部屋を作った。

 この本社に奴を連れてくる事も出来る。

 後は……勝つだけだわ」

 

 憎悪に満ちた表情が、狂気を纏った笑顔に変わる。

 

「勿論、有無を言わさず殺す事だって出来る。

 でも、それじゃ駄目。

 姉様の敵討ちにはならない。

 姉様の心をZEROで折った零の心を折る為には、私達が圧倒的に強いZEROゲーマーである事を知らしめる必要があるのよ。

 全盛期の零がぐうの音も出なくなる程の実力を見せて勝つ。

 そして、その後は……」

 

 美香は腰に付いているポケットをまさぐり、拳銃を手に取ると愛おしそうにそれを撫でた。

「この銃で全てを終わらせる。

 姉様が自殺する時に使ったこの拳銃でね。

 染井(そめい)の馬鹿が余計な事をしたせいでこの銃を回収するのに随分と手間がかかったわ……」

 

 綾小路桜華と、井島豊の命を奪った拳銃。

 彼女にとってその銃は桜華が残してくれた数少ない遺品の1つだった。

「美香様……本当に宜しいのですか?

 織田政権が黙認するとは言え、殺人を犯すのですよ?

 今覚悟があっても、人を殺せばその罪の意識はトラウマとなって一生残る事になります」

 

「それも含めての覚悟よ。

 零を殺した後心のバランスを崩す事になるかもしれないのは承知の上。

 どんな困難があろうとも私はやらなくちゃいけない。

 姉様の無念を晴らして、あの世にいる姉様に喜んでもらう為に」

 

 美香は己に使命を与えていた。

 零を殺す事が自分の為にも、また桜華の為になると本気で信じていたのだ。

 

 義理の姉を本気で慕う美香の気持ちは、青龍には痛い程よく解っている。

 (俺は、姉貴の事が好きだ。

 大好きなんだ。姉貴の為なら、何だってやる)

 青龍は己の実の姉を慕い、その尊敬する気持ちは愛情へと変わっていった。

 

 (姉貴は、俺が子供の頃虐められていた時何度も助けてくれた。

 ずっと姉貴が俺の側にいて、勇気をくれた。

 愛情を注いでくれた。

 俺も、姉貴にその恩を返す時が来たんだ。

 姉貴の夢を叶える為に、勝たなきゃならない)

 

 姉の夢は、ファンシーショップの店長になる事。

 青龍はその夢を常に姉から聞かされており、姉の夢を叶える為の資金が必要である事は理解していた。

 美香が青龍に近付いてきた時、青龍は二つ返事で即了承した。

 未成年である青龍が『今』大金を得るのは非常に難しい。

 

 そんな状況の中で差した希望の光。

 自分が勝てば、人が死ぬ確率が高まる。

 だがその犠牲が無ければ、大金を手に入れる事は出来ない。

 (零って奴には悪いが、姉貴の夢を叶える為だ。

 金が手に入れば、姉貴もきっと喜んでくれるだろう)

 

 目に涙を浮かべてお礼を言う姉の姿が脳裏に浮かび、青龍の顔が思わずにやける。

 ある意味、美香と青龍は似た者同士だったのかもしれない。

 姉の庇護の下で育ち、姉を慕い、心から愛している。

 だが、2人の愛情は少々異なるものだった。

 

 青龍にとっての姉が『姉』でしか無いのに対し、美香にとっての桜華は『絶対的な存在・自分にとっての神』だったのだ。

 姉の発言に対して青龍は逆らう事が出来るが、桜華の意見に対して美香が反対する事はありえない。

 美香にとってのカリスマである桜華の言葉は絶対。

 それは、万が一桜華が死ねと命令すれば自殺しかねない程の狂信であった。

 

 美香が白鳥と共に部屋から退出した後、入れ替わる様に白いフードを被った女性がドアを開け中へと入ってくる。

「白虎(びゃっこ)さんかぁ。

 私と勝負する?」

「ええ、お願いします」

 

 青龍は席を譲り、隣の筐体に移動した。

 その対面には既に玄武が座っている。

「そういえば、聞こうと思ってたんだけど……

 どうして勝利給1000万円を断ってまで、織田信虎と話したいの?

 言いたくなければ良いけど、ちょっと気になったから」

 

 飄々とした態度で話しかける朱雀に対して白虎は少しの間躊躇っていたが、ゆっくりと言葉を選びながらその質問に答えた。

 

「あの時……悪戯に多くの命が失われました。

 確かにテロ行為は許し難い。

 私もそれに対して異論はありません。

 でも、民族を虐殺してまで国を守ろうとするその姿勢に、違和感を覚えたんです。

 本当にその選択が正しかったのか、私にはもっと違った道があったと思っています。

 お互いに許し合って手を取り合う和平の道を模索せずに、全て滅ぼせば良いと言う考え方が理解出来なくて」

 

 脳裏に浮かぶ悪夢の光景を振り払うかの様に、白虎は首を左右に振った。

「政治の事なんて、私達が叫んでも意味無いって。

 この国は織田一族の一党独裁なんだよ?

 信虎と会話した所で、何かが変わるとは思えない。

 介入したって命が危なくなるだけでしょ」

 

 朱雀は『触らぬ神に祟り無し』とでも言わんばかりに肩をすくめながらそう言ったが、白虎の決意は揺るがなかった。

「解っているんです。

 自分でも……織田政権はトップが変わり、先代より過激な織田信鷹が信国民の『浄化計画』を進めている。

 今更私が何か言った所で何も変わらないかもしれない。

 でも、何もしないのはどうしても嫌だったので」

 

 天武日本国の総理大臣の座は織田信虎の息子である織田信鷹に引き継がれた。

 信鷹は信虎以上に信国人の命を軽んじており、今や絶滅寸前となった信国民の抵抗に対して『とどめ』を刺そうとしていたのだ。

「……私しかいないんです。

 信虎さんに意見する事が出来る『身内以外の人間』は」

 白虎はそう言うと、何かを感じたかの様に天井を見つめ、憂鬱な表情を浮かべたまま暫く動かなかった。

 

 織田信長が、『外様』として唯一優遇した大名家。

 白虎はその家系に生まれた。

 身内である徳川家にすら辛辣な態度を見せる事があった織田家であったが、白虎の一族には特別な権限を与えた。

 

 それは、『暴走を止める為の制御装置』の役割を任せると言うものであった。

 一党独裁が長く続くと祖先が考えていた道筋から外れ、国民を軽視する者が現れるかもしれない。

 もしその様な事態に陥った際、『ハッキリと織田家に意見して道を正す事が出来る者』として白虎の一族が選ばれた。

 そして事実、彼女の祖先は代々その役目を果たしてきた。

 織田家が天武日本の為に働いているかどうか鋭い目で監視してきたのだ。

 

 (私達の国を守る為とは言え、殆ど力が無くなった信国民を根絶やしにするなんて人間の道とは思えない。

 私が正す。

 織田信虎なら信鷹に助言をして、必ず正しい方向へ導いてくれるハズです)

 信鷹では無く信虎との面会を望んだ理由は2つある。

 

 1つは信虎としか面識が無い為そちらの方が都合が良い事。

 もう1つの理由は信虎こそが信国民虐殺と言う所業に手を染めた『最初の総理大臣』であった為だった。

 

「このままじゃ、いけないんです。

 誰かが、間違った道に進もうとしている人を止めなければいけない。

 例え、愛する人と敵対関係になってしまったとしても……

 覚悟が無ければ国を変える事なんて出来ませんから」

 

 それは、哀しい決意だった。

 彼女には、結婚を前提として交際している男性がいる。

 彼の事を白虎は心から愛していた。

 だが、その愛する相手は『向こう側』にいたのだ。

 

「その愛する人に嫌われて、別れる事になるかもしれないって覚悟かぁ。

 否定はしないけど、やるせないね。

 私も似た様なものかもしれないけど」

 朱雀は紙袋から取り出した肉まんをほおばりながら、炭酸飲料が入ったペットボトルを手に取った。

 

 朱雀が歩んできた道は白虎や玄武などとは比べ物にならない程険しく、そして厳しい道だった。

 (なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんだろって思ったけど、そんな事考えても誰も助けてはくれないんだよね)

 真面目で堅物だと周りに思わせていた朱雀の父。

 

 だが、その父の姿は朱雀と朱雀の母親を騙す為の仮の姿に過ぎなかった。

 本当の姿は『賭博狂』……

 競馬や先物取引に手を出し、失敗を取り戻そうとして雪だるま式に借金を増やしていく。

 競馬で大敗し、やけ酒を煽った帰りに車に撥ねられて死んだ父親が残した借金はとても普通の大学生が返せるものでは無かった。

 

 (ZEROでの優勝で得た賞金1億円が、父の借金を返済する為にあっと言う間に消えた。

 世間も滅茶苦茶な借金を残した身内がいる人間の話なんて聞いてくれない。

 喜びが絶望に変わった)

 

 1億円を金融会社に差し出しても借金は800万程残っていた。

 (『1億円を返せたんだからあと800万なんて余裕でしょ?

 もうちょっと頑張ればすぐに返せるよ』なんて怖い顔をした人達に言われたけど……

 現実は甘くなかった。

 ZEROでの優勝と言う『肩書』が、何の役にも立ってくれなかった)

 

 薔薇色の人生が待っているハズだった。

 一生働かずとも格闘プレイヤーとして生きていける。

 朱雀はそう信じていた。

 だが現実は非情だった。

 格闘ゲームで全く食えず、借金が膨らむ事を防ぐ為に風俗嬢にまで転落した。

 

 美貌を誇ったかつての姿はもう何処にも見当たらない。

 痩せていた身体はストレスによるやけ食いによって失われている。

 

 (豚と罵られながら男に疑似強姦される。

 そんな店に移って数年……借金は全く減ってない。

 これ以上増えるのを食い止めるだけで精一杯。

 元をどかんと返せない限り、この地獄からは抜け出せない)

 

 死ぬまでこの絶望のマラソンを続けなければならないのか……

 希望を失っていた朱雀に、美香が近付いてきた。

『格闘ゲームプレイヤーとしての貴方の腕を買いたい。

 試合勘をすぐに取り戻して頂戴。

 目の前の相手に勝ってくれれば、勝利給1000万円を即支払うわ』

 

 朱雀にとって、願っても無い申し出だった。

 借金を完済して、200万円の御釣りが来る。

 これは夜の仕事を辞めて、今までの自分を取り戻す為のラストチャンス。

 朱雀はそう思った。

 

 (解っている。

 私が勝てば、氷室零さんが死ぬかもしれないと言う事は。

 充分事前に聞かされている。

 でももう限界だよ。私は勝ちたい。

 勝ってこの絶望から解放されたい。

 その為なら全力で勝つ。

 かつて最強のZEROプレイヤーと呼ばれた栄光を取り戻す為にも)

 

 朱雀は文字通り己の人生を賭けて、1000万円を得る為に戦う事を心に誓っていた。

 青龍の体面に座っていた玄武は、試合を終えた後の休憩を取っていた。

 

「流石に強いな。

 全国大会3位に輝いた事があるプレイヤーは違う。

 俺もアンタの技を学んで、どんな奴が相手でも勝てる様になりたいもんだ」

 青龍の声は聞こえていたが、言葉を返す程の余裕が彼女には無かった。

 椅子に深く座り、両手を筐体の台部分に乗せて俯いたまま動かない。

 

 (遂にこの時が来てしまった……

 美香様が零を拉致して、復讐を果たそうとする時が……

 上手くやれるだろうか。

 疑われない様にしなければならない。

 私が全ての鍵を握っている)

 

 勝利給1000万等、玄武にとってはどうでも良かった。

 彼女が果たすべき使命は『美香を救う事』。

 それが出来るのは己しかいない。

 玄武はそれを理解していた。

 

 5年前、彼女は『向こう側』にいた。

 関西を中心に活動を行っていた『ギルドZERO』の一員として。

 友達と呼べる人間が殆どいなかった玄武にとって、『ギルドZERO』での活動はとても楽しいものだった。

 

 仲間意識が真剣に芽生えた。

 リーダーである天邪鬼を尊敬し、海野亜津子とも親しくなった。

 だがそれでも『綾小路財閥と桜華の為に働く』と言うルールは玄武にとって枷の様なもので、それを破る事は許されない。

 

 (最初は桜華御嬢様の為だと本気で思っていたけれど、魔の全国大会の後で考えが変わった。

 そんな企みに加担するべきでは無かった。

 御嬢様を自殺に追い込み、九龍拓巳と日向剛の人生を狂わせてしまった。

 心の底から後悔した。

 だから、もう道を外れる事は許されない。

 私が美香様を救わなければ)

 

 玄武はギルドZEROを脱退したが、繋がりが完全に失われてしまったワケでは無かった。

 染井からの指令が意外な形で役に立った。

 玄武はその繋がりを利用してある人物と会う事に成功したのだ。

 

 (彼女は私の事を恨んではいたけれど、互いの利害が一致した。

 私に力を貸すと約束してくれた。

 ギルドZEROのメンバーを欺いていた時期があったけれど、今度は美香様を完璧に欺かなければならない。

 美香様の忠実な部下として振舞いつつ、裏では彼女と結託して私が正しいと思う方向に誘導する)

 

 玄武はスパイとしてしか生きる事が出来なかった。

 戦国時代から続くその筋の家系で生まれ育った彼女にとって、それが彼女の天職であり生きる道だったのだ。

 (御嬢様もきっと最悪の結末は望んでいないハズ。

 御嬢様の為にもその企てを成功させないと……)

 人の命を心ならずも奪ってしまった玄武にとって、人の命を救うと言う希望が彼女の生きる理由となっていた。

 

 5人全員に、それぞれの理由があった。

 

 美香は殺したい程に憎い相手の命を奪う為。

 青龍は心から尊敬し愛している姉の夢を叶える為。

 朱雀は借金地獄から抜け出す為。

 白虎は天武日本の未来を変える為。

 玄武は大切に思っている者の命を救う為。

 

 その目標に向かって彼等は一心不乱に進み続けている。

 その5人といずれ戦う事になる者達にも同じかそれ以上に達成しなければならない目標があった。

 

「見違える様に強くなったわね。

 全敗していたのが嘘みたいよ」

「1日の大半を練習に費やしていれば嫌でも強くなりますよ。

 それに先生が優秀ですから」

 

「新二君は御世辞も上手くなったわね。

 そういう世渡りってこれからの人生でも大事よ。

 私が一番よく解ってる。

 社会人になると色々見えてくるものがあるから……」

 

 月山新二は、強くなりたかった。

 自分が愛してやまない『ZERO』で、頂点を掴んでみたかった。

 そして九龍玖留美の『もう誰も失いたくない』と言う思いに賛同した。

 

 大切な人を失った気持ちを肌で理解する事は出来なかったが、それが辛いものであろう事は新二にも解る。

 自分の夢を叶え、次のステップに進む為。

 新二は厳しい特訓に耐え、遥かな高みを目指す事を心に誓った。

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