※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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戦国番外編の中では桶狭間に匹敵するレベルで
『創作と史実を上手く組み合わせる事が出来た』作品だと
思っています。特に一般には知られていない久秀の部下を
創作物としてキャラ付けする事が出来たのは
非常に嬉しい事でした。


戦国番外編 1577 泥棒大作戦! 前編

【1577年 3月某日 安土城城内】

 

 織田信長こそが唯一無二の天下人(てんかびと)。

 安土城はその事実を日本国内全てに宣伝する為のシンボルでもあった。

 まだ絢爛豪華な天守閣こそ完成はしていなかったが、既に信長は岐阜城から安土城へ移り住んでいる。

「お呼びでございますか」

 普段は大勢の武将達が集まり会議を行う為の広間も、この日は人払いを行っていた為広間には滝川(たきがわ)一益(かずます)と織田信長しかいない。

 

 広間の外では万が一異変が起こった時の為にと、森(もり)蘭丸(らんまる)や弥助(やすけ)が数名の部下を引き連れて監視を続けていた。

「待っておったぞ、左近。

 弾正の不忠に関しては既に知っておるな?」

「松永の事ですな。

 投降を呼びかけても全く応じなかったと聞いておりまする」

 

 甲冑を身に纏った一益とは対照的に、信長は南蛮人から献上されたと言うガウンを着ただけと言う恰好だった。

 

「うむ。最早向こうの不利は揺るがぬと言うのに、徹底抗戦の構えを見せておる。困ったものじゃ。

 もし悪戯に仕掛ければ、間違いなく奴は茶釜を破壊して命を絶つであろう」

 広間に飾られた純和風の掛け軸に似合わない赤ワインのボトルとワイングラス。

 信長はグラスの底に少量だけワインを注ぐと、香りを楽しみながらワインを飲んだ。

 

「世は『土地の世』から『物・金の世』へと移り変わろうとしておる。

 国益を鑑みれば、天下統一を果たした後明に攻め入って領土を得るべきじゃ。

 しかし、今の制度では武将への報奨が渡し切れなくなり破綻してしまう。

 土地にはあくまでも限りがあるのでな。

 武将に与える褒美は土地では無く、物や金にすべきだと儂は考えておる」

 

 信長は常に先進的な考えを持っている人間だった。

 400年以上も前に今の日本のあるべき姿を見ていたのだ。

 部下に多くの領土を渡すと言う今までの方法を廃止し、給料(サラリー)によって部下にやる気を与える。

 その代わりとして日本の領土は『全て織田家が治めるもの』とし、一大名家による独裁政治を行おうとしていた。

 

「今奴が持っておる『古天明(こてんみょう)平蜘蛛(ひらぐも)』は、まさに『物の世』を天下に示す為に必要不可欠な茶器じゃ。

 部下達だけでなく日ノ本全体に『これからは土地では無く、茶器や金こそが報奨である』と言う事を広める為にな。

 何としても平蜘蛛を儂の手中に入れなければならん。

 お主にもそれが解るであろう」

 

 信長はそう言うと、何も言わずに一益の目をじっと見つめた。

 一益も信長の目を見つめ返し、一言ぽつりと呟く。

 

「期限は?」

「神無月(かんなづき)。

 その頃までには弾正を討つ為の軍備が整う。

 信貴山城(しぎさんじょう)に総攻撃をかける手筈となっておる。

 それまでに、あらゆる手段を用いて平蜘蛛を手に入れてくれ。頼むぞ」

 

「承知致しました」

 一益は深く頷き、頭を下げた後その場を後にした。

 

 安土城から少し離れると、城下町の喧騒が僅かに聞こえる程度の平原が広がる。

 現代よりも人が住んでいる場所はずっと少ない。

 人の気配の無い林の中に、7名の男女が集められていた。

 

「これは上様からの密命であり、失敗は許されない任務。

 平蜘蛛を安土城に運び入れる事が出来るのは、お前達だけだと儂は信じておる」

 滝川一益の前に立つ7名の男女は、それぞれ色の異なる忍装束や作務衣(さむえ)を身に纏っている。

 中には6尺(181cm)以上の身長を持つ巨漢や、5尺(151cm)にも満たない少年の姿もあった。

 

「今より神無月までに、弾正の居城である信貴山城に潜り込み、平蜘蛛茶釜を盗み出せ。

 方法はお前達に任せる。

 神無月までであれば、上様は刻(とき)をかけても構わぬと仰せだ」

「てっきり、弾正殿の暗殺を仰せつかるものかと思っておりましたが」

 赤い忍装束を着た燃える様な赤毛の女性は、そう言うと目線を仲間達の方へと向けた。

 

「上様も当初はそれを考えてはいた。

 しかし、弾正は公の場で滅ぼされなければならぬ。

 暗殺では、裏切った者への制裁にならぬからな。

 他の大名家に、織田家に逆らう事がいかに恐ろしい事か、それを解らせる必要があるのだ」

 

 一益はそう言って念を押すと、手を後ろで組み彼等に背を向け歩き始める。

「頼んだぞ。吉報を待つ」

 林の中に残された7名は、互いに目配せを行った後任務を円滑に進める為様々な場所へと散っていった。

 

 饗談(きょうだん)。

 織田家直属の忍集団である。

 滝川一益の指揮の下で活動を行う忍は500名程おり、全員が幼い頃から鍛練を積んできた凄腕の忍達だ。

 その中でも特に秀でた忍が7人いた。

 

 妖炎(ようえん)の燈(あかり)、逢魔(おうま)の亥(がい)。

 稲妻(いなづま)の胡桃(くるみ)、木立(こだち)の涼(りょう)。

 氷雨(ひさめ)の洪(ひろ)、夜霧(よぎり)の妖(あや)、蟲毒(こどく)の鈴(れい)の7名である。

 7名それぞれに異なる特技を持ち、そのどれもが通常の人間よりも遥かに優れている。

 彼等は今までその特技を活かして要人の暗殺や敵地の偵察、戦場での情報収集等を行ってきた。

 

 そしてこの任務は、今までこなしてきたどの任務よりも過酷で困難なものになるのは明白だった。

 信貴山城は山一つを城とした天下の堅城。

 落とすのは難しいがそこに忍び込むとなればさらに難しい。

 選抜された精鋭集団である『虹忍(にじしのび)』は、まず標的である松永久秀がどんな人物であるのかを調べる事にした。

 

 彼等が忍び込まねばならない信貴山城は現在の奈良県生駒郡にある標高433mの山、信貴山に建設されている。

 生まれつき目の不自由な忍である鈴を除いた6名は、信貴山城の城下町周辺に潜伏していた。

「涼、どうだった?」

 旅芸人や薬売り等に変装した忍達は、付近の林に集まり会議を行う。

 

「あの爺さん、かなりやばいね。

 色々な人達から恨みを買ってるよ。

 農民にも商人にも。

 最近は奴を見限ろうとする部下までいる始末さ」

 

 軽業師の少年に化けた涼は、そう言うと緑色の髪を掻いた。

 彼等の髪は日本古来の染料で様々な色に染まっており、旅芸人にしか見えない効果がある。

 奇異な髪の色をした者が忍だとは考えづらい。

 そこに彼等の狙いがあった。

 

「奴は城下町周辺だけじゃ無く、この地域一帯に住んでいる女性を攫いまくっている。

 皆目の覚める様な美人ばかりだ。

 農民だろうが町人だろうが、商家の娘だろうが関係無し。

 噂じゃ城の中に閉じ込めて、無理やり夜伽(よとぎ)の相手をさせているらしい」

 

「相当精力の強そうな御爺さんですね。

 もう還暦はとうに越えているんでしょう?」

 水色の髪を持つ気の弱そうな女性は、呆れたと言わんばかりの顔をしながらそう言った。

 

「綺麗な女なら、年端もいかない子供だろうが三十路近くの女だろうが全部攫ってる。

 節操の無い爺さんだよ。

 茶器に関しても御同様。

 堺を一時期縄張りにしていた頃に、商人から茶器を奪いまくったらしいからね」

 

「……そりゃ、恨まれるだろうな」

 筋肉隆々の巨漢である男性は、野太い声でそうぽつりと呟く。

 

「隙があるとするなら、岡(おか)国高(くにたか)って部下が狙い目だね。

 女を攫う役目を担ってるが、それにうんざりしているそうだ。

 本音としては久秀を見限って織田家に仕えたいんじゃないかって言う噂もある。

 本当かどうかはまだハッキリしてないけど」

 涼は数日間に渡って城下町や城のすぐ側を巡り、情報を集めていた。

 

 背が低く身軽で、誰もがそこにいる事にすぐには気が付かない事から『木立』の異名を持っている。

「夜伽の女性を集めているなら、燈に潜入してもらいましょう。

 今川の時と違い、数ヶ月しか猶予が無い。

 それでも貴方なら出来ると信じているわ。

 頑張って頂戴」

 

「任せて。

 私の虜にならない男なんてこの日ノ本にはいないわよ」

 燈は当時31歳。

 今川義元の側にいた頃と比べると齢を重ねたが、美貌は健在だった。

 

 西洋人形の様な整った顔立ちと抜群のスタイル。

 見た目だけで言えば20歳と嘘をついても充分通用する程だ。

「貴方の催眠術の力を信用していないワケじゃないけど、念には念を入れましょう。

 精力剤や催淫剤なら鈴の得意分野。

 安土にいる彼に作ってもらえる様に使いを出しておくわ」

 

 戦闘能力は皆無であった紫色の髪を持つ青年、鈴は薬物・毒物のスペシャリストである。

 薬草・キノコ・動物が持つ毒等を用いて様々な薬を開発していた。

 直接作戦に参加するのでは無く、裏から彼等を支える。

 それもまた忍としての仕事だった。

 

「国高様!農家の娘を幾人か捕まえて参りました。

 弾正様のお気に召す者であれば良いのですが」

 数名の雑兵が、3名の女性を縄で縛りあげ無理やり岡の所へ連れてきた。

 岡もまた若く整った顔立ちをしている。

 能面の様な顔が時折恐ろしい形相に変わる事から兵士達からは陰で『般若様』と呼ばれていた。

 

「最近の弾正様は面食いの傾向が特に増しておられる。

 その様な女を連れて行っても『要らん』と言われるだけだろう。

 最悪その女達が殺されてしまうかもしれん。

 元いた場所に連れていけ。縄を解いて逃がすのだ」

 

 3人の女達は皆一定の基準を満たしていたが黒子が頬にある者、そばかすがある者等その美しさは完璧では無い。

 今までよりももっと綺麗な女を攫ってこいと言う久秀の命令に、岡は頭を悩ませていた。

 

「全く、弾正様の女好きにも困ったものだ。

 織田に滅ぼされるかもしれぬと言う危急存亡の時にまで我々にこんな仕事をさせるとは。

 落日の時は近い。

 それまでに何か手を打たねばなるまい」

 

 雑兵達は岡の命令に従い、元の場所へ女達を解放する為散っていった。

 街道には岡1人だけが残される。

「他の者達も任務をしっかりこなしているのか怪しいものだ。

 弾正様の容赦の無い厳しさについていけなくなり逃亡した兵も決して少なくない。

 茶器を愛したり女を愛したりするのも良いが、まずは治めている国を愛するべきでは無いのか」

 

 岡は独り言を言うと溜息をついた。

 堺を縄張りにしていた頃の松永久秀と出会い、その残虐非道ぶりに惚れて彼の部下となった岡。

 神や仏も恐れぬその豪胆さに憧れた。

 だが、単なる私利私欲の塊である事に気付くまでそれほどの時間はかからなかった。

 

「もし、そこの御方。

 もしや貴方様は弾正様の家臣、岡国高様ではありませんか?」

 背後から声がかかり、岡は馬に乗ったまま声がした方向に回る。

 そこには燃える様な赤い髪の女性が立っていた。

 

「なんだお前は。

 ただの女では無さそうだな」

「私は、燈と申します。

 風聞によれば岡様は弾正様の近年の振る舞いに対してかなり不満を持たれているとの事。

 ここは、沈んでいく泥船から宝船に乗り移るべきではございませんか?」

 

「ほう、その宝船とは誰が船頭であるのか是非聞きたいものだ」

 赤い着物を着た女性は派手な化粧を施し、顔は白く塗られ唇は火の様に赤い紅色に染まっている。

「船頭は、織田上総介信長公でございます」

 燈がそう言うと、岡は能面の様な無表情から、気持ちの悪い笑顔へと表情を変えた。

 

「フフフ……そう来ると思っておったわ。

 渡りに船とはこの事か。

 儂も織田の船に乗りたいと思っておった所よ。

 勿論、只で乗れる程安い船では無いのであろう。

 何が望みだ。弾正様の首か?」

 

「上様は弾正様の持つ名物、『古天明平蜘蛛』を所望しております。

 平蜘蛛を手に入れる為、私を信貴山城の中へと引き入れてほしいのです。

 その後は静観して頂くだけで結構。

 危ない橋を渡るのは全てが終わった時のみ。

 私の正体に関して知らぬ存ぜぬを貫いてもらえれば、貴方様の望みもかなうでしょう」

 

 燈の言葉に対して岡は頷いたが、馬から降りると燈の顎に手を添えニヤリと笑った。

「二千石の所領を安堵してもらおう。

 相応の金子(きんす)と疲れ知らずの名馬も付けてもらいたい。

 結局儂も弾正様と同じ、欲まみれの俗物よ。

 どうだ、その条件を呑むか?」

 

「承知致しました。

 必ず上様に報告し、それ以上の褒美となる様に努力致します」

 

 岡はこの時代における身の振り方を心得ていた。

 長いものには巻かれるべきなのだ。

 自分が勝てない相手に勝とうとするのでは無く、尻尾を振って従う。

 真剣な表情で岡の顔を見つめる燈の顔を、岡は狂気を含んだ様な笑顔で見つめ返していた。

 

 信貴山に配置された数多くの物見櫓や砦を通り過ぎると、ようやく頂上の天守閣を持つ城が見えてきた。

「ここが『難攻不落の城』と呼ばれている理由も解るであろう。

 並の忍ならば、最初の砦で首を斬られる。

 何層にもまたがる砦を抜けなければ天守に辿り着く事も出来ぬわ。

 まさに天下の堅城よ」

 

「見事でございます」

 山と言う自然物と、城と言う人工物が絶妙のバランスを取り見事に調和している。

 安土城の様な派手さは無かったがこの武骨な外観は洗練され非常に美しいものだった。

 

「一つ忠告しておいてやろう。

 弾正様が片腕と思い信頼している一人がこの儂だが、もう1人の片腕がいる。

 キリシタンの結城(ゆうき)忠正(ただまさ)だ。

 弾正様を本気で崇拝しておる。

 つまり、儂の様に金を渡して懐柔する事は出来ぬ。

 頭が良く腕も立つ。気を付けるがよい」

 

「御忠告、受け取っておきまする」

 燈はそう応えると、物珍しそうに辺りを見回していた。

 全てを頭に入れる必要があったのだ。

 櫓で見張っている兵は何人いるのか、城を守る兵はどれ程いるのか。

 何処が手薄で、何処に守りを固めているのか。

 

 燈はいずれ頭の中に叩き込んだ城の内部を見取り図として書き記し、信長への『献上品』にするつもりでいた。

「おう、随分遅かったやないか。

 何処で遊んどったんや」

 

 天守閣がある城の本丸部分。

 その1階部分に該当する庭に、巨漢で筋肉質の老人が立っていた。

「遊んでなどおりませぬ。

 弾正様が求めていた『美貌の原石』を見つけて参った次第でございます」

 

 老人は袴だけと言う半裸姿で、幾名かの男達を藁で簀巻きにしていた。

 部下の男達が壺を持って立っている。

「冗談やないか。

 それはそうと、もうすぐ蓑虫踊りが始まるんや。

 お前達も見物したらええ」

 

 下卑た笑いを浮かべる老人だったが、目だけが笑っていない。

 その瞳には一種の狂気が感じられた。

 

「勘弁してくだせえ!

 オラ達も苦しくて、食べるものが無かっただ!

 何とか粟や稗だけで食いつないだ。

 今年は酷い不作で、米が収穫出来なくて……」

 

「見苦しい言い訳をしおって。

 重要なんは、お前達が年貢を儂におさめんかったと言う事実だけやろ。

 儂は約束を守らん奴が大嫌いなんや。

 お前等にはとことん踊ってもらうで」

 

 藁を巻かれ身動きが取れない農民達に、兵士達が壺の中の油をかける。

 己の末路を悟った農民達は死にもの狂いで藁の中から抜け出そうとするが、最早逃げようが無い。

「始めてもらおか」

 久秀の号令と共に、油まみれになった藁に火が付けられる。

 

 その瞬間、男達は火だるまになった。

「フハハハ。どや、苦しいやろ?

 もっと踊れや。死ぬまで踊り続けるんや!」

 

 凄まじい断末魔の悲鳴が響き渡る。

 修羅場には慣れているハズの燈も凄惨な光景に怯えを隠せない。

 (く、狂ってる!

 こいつ、人間としての心が欠片も感じられない!)

 

 熱さと痛みによって、農民達はまるで芋虫の様に這いずり、助けを求める。

 炎は瞬く間に勢いを増し、彼等を黒焦げにしていった。

 やがて動かなくなった男達に水がかけられる。

 

「儂を怒らせるとこういう事になるんや。

 よう解ったやろ」

 最早人なのかも判別出来ない死体に対してまるで生きているかの様に、久秀は語り掛けていた。

 

 (惨い、あまりにも惨い!

 年貢を納める事が出来なかったと言うだけでこの仕打ち……

 こいつは上様と同じ様に『恐怖』で人を支配しようとしているけれど、その内容が違い過ぎる)

 信長は苛烈であったが、非戦闘員に対してまで苛烈になる事は無かった。

 

 一向一揆を殲滅したのは必要に駆られての事。

 自分に害を与えない者にまで厳しくした事は無い。

 だが久秀は気に入らない者を全て殺してしまうのではないかと思える程に厳しかった。

「どうや岡。面白い見世物やったな。

 楽しいわ、儂は楽しい。クックックッ……」

 

「気分が晴れてようございました。

 本題に入っても宜しいですか?」

「そこにいる女の事やろ。

 けったいな髪の色しとるなぁ。

 何処で捕まえてきたんや」

 

 久秀は獲物を狙う鷹の様な鋭い目で燈の方を見た。

 警戒される事など百も承知だが、燈は相手を信用させなければならない。

「諸国を巡る旅芸人の一座に、この世のものとは思えない程美しい女がいたので捕らえて参りました。

 今頃一座は死にもの狂いでこの女を探しているでしょうが、この場所が露見する事は無いかと」

 

「ああ。もしそいつらがこの城まで来る様な事があったら斬っとけ。

 悪い噂が広まる前に何とかするんやで」

 燈が事前に伝えた偽の肩書を、岡は一度も声を詰まらせる事無くすらすらと口にした。

 

 普通の人間があからさまな嘘をつくとどうしても視線を逸らしたり声がうわずったりするものだが、岡は無表情を一切崩さない。

「おい、お前の名前は。

 自分の名前位言えるやろ」

「あ、燈と申します」

 

 威圧的な態度で睨み付けてくる久秀に対して、燈は生まれたての仔馬の様に震え、怯えてみせる。

 演技を演技と思わせない為には、己を『旅芸人の女』と思い込ませなければならない。

 燈はその技を極めていた。

 

「髪はともかく、その化粧が邪魔やな。

 今夜の相手はこいつに決めたわ。

 女を使って風呂に入れさせるんや。

 丁重に扱うんやで」

 

「かしこまりました。

 おい、この女を絹様の所へ連れていけ」

 岡がそう命令すると、数名の兵士達が縄で縛られている燈を別の場所へ引っ張っていく。

 

「白塗りの顔で、よう綺麗やと解ったな」

「それ位某にも解ります。

 稀に見る上玉である事は確実。

 期待しておいてくだされ」

 

「お前が胸を張ってそこまで言うのなら信用したるわ。

 楽しみやなぁ」

 久秀は悪びれる事も無く股間を膨らませていた。

 顔を醜く歪ませ舌なめずりをする。

 その邪悪な笑みを見ながら、岡は自分に火の粉が降りかからない様にしようとあくまで平静を保っていた。

 

「こっちだ。さっさと歩け」

 本丸の表側から裏側へと回る道には高い塀と堀が設けられ、侵入者への対策も余念が無い。

 (塀を登り切っても深さのある堀が真下にあれば水の中に落ちて槍で貫かれる。

 火縄で撃ち殺せる様に壁にも穴が。

 落石用の開き床まで……籠城戦を想定して作られている城ね)

 

 無駄の無い芸術的な城だった。

 築城に関しても久秀は造詣が深く、城の改築には彼が大きく関わっている。

 万が一本丸に攻められる事があっても撃退出来る様に、多くの仕掛けが作られていた。

 

「よし、縄を解いてやるからこの扉の中に入れ。

 逃げようなどと考えるなよ」

 丁度城の裏側に該当する部分に鉄で出来た頑丈な扉があり、扉の外側には頑丈そうな鉄製の閂(かんぬき)までかかっていた。

 燈がそのまま追い立てられる様に中へ入ると扉が閉まり、閂がかかる音がする。

 扉が開いていた時に見えた石造りの階段を手探りで何とか降りていくと、地下牢の様な部屋が見えてきた。

 

「なッ……!?」

 鉄の棒で出来た燭台の上部には蝋燭が置かれ、紙で覆われている。

 その部屋の四隅や廊下の端に置かれた燭台の明かりが、部屋の中で悲嘆に暮れている女達を映し出していた。

 鉄格子によって隔離された部屋の中でうずくまり、俯いて歯を食いしばる者や、すすり泣く者もいる。

 そして何よりも異様だったのが、その女達が揃いも揃って生まれたままの姿でいた事であった。

 

「驚きましたか?」

 背後から声をかけられ、慌てて振り向くと廊下に若草色の着物を着た女性が立っていた。

 部屋の中で泣いている裸の女性達は皆男が一目惚れしても仕方が無い程の美女ばかりだったが、そこにいた女性もまた美しい。

 純朴そうな顔立ち、清楚な佇まい……

 地下牢の女性達よりも彼女は綺麗で、ある種の神々しさまで感じさせた。

 

「私の祖父が部下に命じてやらせている事です。許してください。

 祖父は恐ろしい人です。

 逆らえば、孫である私でさえも容赦無く殺すでしょう。

 私は皆が逃げ出さない様に見張れと命じられていますが、同時に彼女達が希望を失わない様に励ましています。

 生きてさえいれば、きっと光が照らされる。

 必ず助かる時が来ると」

 

 彼女は憂いに満ちた表情で牢の中にいる女性達を一瞥すると、すぐに燈の方へと視線を戻す。

「貴方は燈さんですね。

 祖父から話は聞いています。どうぞこちらへ」

「あ、あの……」

 

 何処かへ燈を案内しようとする彼女の後姿に向かって声をかけると、彼女は振り向かずに言葉を返した。

「私の名前は絹(きぬ)と申します。

 ここにいる女性達の世話係の取りまとめ役を担っておりますので、どうぞお見知りおきの程を」

 廊下の奥へと歩いていく絹の姿を、燈は慌てて追いかけていった。

 

 そこから夜にかけての『接待』は、燈の想像を遥かに超えるものだった。

 風呂で化粧を全て洗い落とし、地下牢にいた女性の何名かが燈の身体を丁寧に洗う。

 洗い終えた後、白く薄い生地で出来た着物のみを着せられ別室で食事を取った。

「祖父と夜伽を行う女は、必ずこうして贅を尽くした食事を出されます。

 こうして普段地下牢にいる女性達にぞんざいな扱いをする事で、競争力を植え付けているんです」

 

 絹の話を聞いていると、この城に連れてこられた女性達がどの様な生活をしているのかが燈にも解ってきた。

 地下牢にいた女性は20名程いたが、あの女性達は『久秀が目を付けている女達』だったのだ。

 いわば好みの酒を戸棚に置いて何時でも飲める様にしているのと同じで、常に夜伽の相手をさせられる様にしていた。

 他の女性達も既に数十名程が捕まっているらしいが、その女達は別の場所に監禁されているらしい。

 

 今の所夜伽の相手として特別扱いする気も無いが、親元に今更返せもしない。

 そんな状態なのだと絹は語った。

 (酷い。

 人を己の性欲を満たす為の道具だとしか思っていない。

 完全な物扱いだなんて……)

 

 風呂と用足し以外の用事であの地下牢から出る事は許されず、食事も普段は粗末なおにぎりが関の山。

 それでもおにぎりの具等で栄養のバランスは取れる様にしてあり、極端に痩せ細る女もいない様だった。

 

「祖父は残虐で、良心の欠片も無い人です。

 でも私は逆らえない。

 祖父に逆らった者達が悲惨な末路を辿る光景を何度も目の前で見せ付けられてきました。

 理不尽な命令であろうとも、それを遂行するしか生きていく道は無いんです」

 

 絹の肩は僅かに震えている様だった。

 万が一久秀の機嫌を損ねたら、自分が強姦されるかもしれない。

 そんな事を考えている様にも見える。

 燈は彼女も『こちら側』に引き込めると確信した。

 

 (この人なら、私達の味方になってくれる。

 現状に不満を持っていれば、必ず相手を裏切るわ)

 夜になり、城の廊下を絹と共に歩いていると、向こうからキラキラと目を輝かせている髭面の男が歩いてきた。

 

「おお、絹様ではございませぬか。

 そちらの女性は?」

「弾正様の所にお連れする所です」

 紺色と白で構成された立派な陣羽織に淡い水色の袴。

 首には金のネックレスがかかっている。

 

「そうでしたか。

 また弾正様は迷える子羊を1人御救いになったのですね。

 デウス様の御加護です。

 神はあらゆる者を見ています。

 神を信じる者だけがその加護をお受けになるのです」

 

 ネックレスには金色に輝く十字架(ロザリオ)が付けられており、男は燈にロザリオを近付けると祈りを捧げた。

「貴方に健やかなる日々と幸せが訪れます様に」

 

「結城様。急いでおりますので……」

「これは失礼をば。では、お気を付けて」

 恐縮だと言わんばかりの表情を浮かべて道を譲る男の横を抜け、絹と燈はさらに奥の部屋へと進んでいく。

 

「あの方は?」

「結城(ゆうき)忠正(ただまさ)様です。

 祖父の右腕として働いている生粋のキリシタンで、祖父が善人だと信じ込んでいます。

 勿論、私が真実を述べれば私の命がありません。

 祖父は彼に嘘を言って心酔させているのです」

 

 キリシタンとは、『キリスト教の信者』の事を指す。

 戦国時代初期にヨーロッパ諸国との貿易が始まると、それに伴い宗教も日本に持ち込まれた。

 特にヨーロッパで信者が多かったキリスト教は多くの農民や大名達に受け入れられ、『デウス様』(イエス・キリストの事)を信奉する者が増えていく。

 その背景には、常に政情が不安定で明日に希望を見出せなかった者達が『信じれば救われる』と言う言葉に刺激を受けた事や、身分制度が横行していた日本において『人は神の下において平等だ』と説かれた事があった。

 後にこの世界においても『自らが神となる』事を目指す信長によってキリスト教は禁じられる事になるのだが、当時は相当な広がりを見せていた。

 

「貴方達は身寄りの無い孤児で、それを不憫に思った祖父が彼女達を匿って何不自由の無い生活を送らせている……

 農民を簀巻きにして油を撒き火を付けるのも、不届き者である農民に対して神罰を下しているのだと彼は信じ込まされています。

 馬鹿げた話です。

 しかしそうやって祖父を神聖視させる事で、結城様は祖父に絶対の忠誠を誓っているのです」

 

『弾正様を本気で崇拝しておる。

 つまり、儂の様に懐柔する事は出来ぬと言う事』

 岡の言葉が燈の脳裏に浮かんだ。

 久秀は確かに大悪人だが、悪知恵が働く事もまた事実だ。

 

 (何の考えも無い惚け老人じゃない。

 企てが露見しない様に細心の注意を払わないと……)

 一番奥の部屋にだけ燭台の明かりが灯されているのが見える。

 絹はわざと軽い咳をした後、久秀に呼びかけた。

 

「祖父上(おじうえ)、燈様を連れて参りました」

「燈、こっちに入ってくるんや。

 絹は寝所で休み」

 絹は燈を残してその場を去り、障子で仕切られた部屋の前で燈はわざと怯えを見せ立ち竦む。

 

「……震えとるんか。

 儂は美しいモンに対してあないな事はせぇへんで。

 あれは醜いからなぁ……

 さぁ、怖がらんと入ってこいや。

 儂も気が長い方や無いんでな」

 

 猫撫で声の様な口調の中に有無を言わせぬ迫力があった。

 この様な怒気を含んだ言い回しをされれば、大抵の女は屈してしまうだろう。

「失礼致します」

 燈は意を決して障子を開け、部屋の中に入る。

 

 部屋の四隅で揺らめく燭台の明かりが、2人の人物を映し出していた。

「待ちわびたで。

 さぁ、こっちに来て顔を見せるんや。

 儂は化粧で誤魔化した顔なんか興味が無いからなぁ」

 

 仁王立ちで燈を迎えた松永(まつなが)久秀(ひさひで)は、あの鋼の筋肉に覆われた上半身を曝け出していた。

 そして下半身にも身に付けているものは何1つ無い。股間にある肉棒は既に勃起していた。

 そんな生命力溢れる凶器を見せ付ける久秀の隣に、薄笑いを浮かべている女性の姿も見える。

 

 (私が来る前に先客がいたのね……!?)

 過去様々な窮地を潜り抜け、幾多の困難を乗り越えてきた燈でも、彼女の様な人間を見るのは初めてだった。

 燈は衝撃的な光景に目を見開き、思わず口を開けてしまう。

 

 異国の人間。

 まず彼女の髪と顔、そして目がそれを雄弁に物語っていた。

 美しい金色の髪、西洋人形の様な整った顔立ち、暗闇の中で猫の様に光る金色の瞳……

 身体を構成するどの部分も美し過ぎてまるで現実感が無い、作り物の様な女性。

 

 だが、単なる異国の美女ならば燈もそこまで驚きはしなかっただろう。

 彼女も久秀と同じ様に生まれたままの姿を晒していたが、その股間にはあるはずの無いものが生えていた。

「は、半月(はにわり)……?」

 古来、日本人は両性具有者の事をそう呼んだ。

 

 女性の美しさと、男性の獣の如き性欲を併せ持つ、この世にいるはずの無い生命体。

 女性が陰ならば男性は陽。

 2つの要素を両方持っているからこそ『半分の月』と呼ばれていたのだ。

 

「どや、凄いやろ。

 コイツのは男の魔羅と同じ様に達すると汁が出てくるんや。

 白くは無いんやけどな」

 この時代では女陰(ほと)と呼ばれていた膣の上部分、クリトリスが巨大化し、男性器に極めて近い形をしている。

 亀頭の様に膨らんでいる先端部分には尿道口があり、そこから透明な液体が僅かに分泌されていた。

 

「美しさの極致や。

 まさに生ける者の奇跡。

 どんな女もコイツの妖怪の様な美貌には太刀打ち出来へん。

 こういう女を儂はずっと探しとった。

 側に置いて戯れるだけで儂の全ての欲が満たされる」

 

 人が手に入れられない者を所有していると言う満足感。

 そして果てる事の無い底無しの性欲。

 久秀は邪悪な笑みを浮かべながら彼女の背後に回ると、股間の肉棒を扱き上げた。

「やぁ……乱暴にせんといて。

 弾正はんはホンマようがっつく御人やなぁ」

 

 喘ぎながら彼女は完璧な日本語を口にした。

 関西弁だが、南蛮人特有の訛りは一切無い。

「ほれ、挨拶代わりに精を出す所を燈に見せるんや。

 自分で魔羅を擦れば出るんやろ?」

 そう言って彼女に自慰行為をさせながら、久秀は燈の目の前まで来て、燈の顔を確認した。

 

「流石に岡が太鼓判を押すだけの事はあるわ。

 合格や。飛び抜けた美しさを持っとる。

 お前みたいな女を頻繁に見つけてこれればええんやが……

 まずは咥えてもらおか。着物も脱ぐんやで」

 久秀は勃起した陰茎を自らの手で持つと、燈の胸に擦り付けた。

 

 齢69歳の老人とは思えない程に硬くなった肉棒は登り竜と見紛う程の存在を放ち、漲っている。

「かしこまりました」

 燈は完全に諦念の境地に達した様に見せかけつつ、生地が薄くて着物の役割を果たしていない着物を身体から取り去った。

「おお、傷1つ無い上物や。

 こら大事にせなあかんなぁ」

 

 嬉しくてたまらないと言った表情のまま、久秀は燈を跪かせて丁度顔の部分に陰茎を持ってくる。

「凄い……

 交わりこそ経験して参りましたが、こんなに逞しい殿方の魔羅を見たのは、初めてでございます」

 燈の言葉に嘘は無かった。

 

 死に追い込む為に接近した今川義元や様々な武将達と肌を重ね合わせてきたが、老人でこの大きさの肉棒など見た事が無い。

 大きさと太さだけならば夜伽の技の訓練の為に交わった涼と良い勝負だったが、多くの女性と交わってきた為か久秀の肉棒にはある種の風格すら漂っていた。

「なんや、未通女(おぼこ)や無いんか。

 初物やったらもっと有難かったんやが……

 まぁ、それは大した問題にはならへんわな」

 

 驚きと少々の戸惑い、しかし勃起した陰茎から溢れ出す性的な力には抗えないとばかりに、燈は先端を数回舐めた後本格的にそれを口の中へと咥え込む。

 

「この征服感が堪らないんや。

 儂は茶器も女も、手に入れたいと思うものは無理やりにでも手に入れたる。

 そして側に置いて楽しむ。

 これが儂の生き甲斐や。

 この夢を叶える為にどんな相手でも儂の人生の障害になるモンは取り除いてきた」

 

 清々しい程の邪悪。

 彼はまさに純粋な悪と言っても過言では無い生き方をしてきた。

 

 権力を手に入れる為に自分を見出してくれた大名を殺し、足利将軍家の将軍を暗殺して後釜を思いのままに操り、敵の軍勢が逃げ込んだ大仏殿も焼き払った。

 己の欲望を満たす為には手段を選ばない。

 信長と比較されるが本質は全く異なるもの。

 それが松永久秀と言う男の生き様だった。

 

 一生懸命フェラチオを行っている燈の頭頂部を片方の手で優しく撫でながら、久秀は金髪の女性の方を指差した。

「クク……必死に魔羅を扱いとる姿もまた美しい。

 あの呆けた様な顔を見てみい。いやらしくて綺麗やろ」

 肉棒をしゃぶりながら何とか視線をそちらへ移すと、片方の手で己の肉棒を扱きながらもう片方の手で膣をいじくる女性の姿が見える。

 

「あは……で、出そうや。

 ウチのが、もうすぐぅ……」

「咲、遠慮せずにぶち撒けろや。

 どうせ後で他の女に掃除してもらうんやから」

 

 久秀に咲と言う名で呼ばれた女性は、既に周りの声が気にならない程自慰行為に没頭している様だった。

 感情が高ぶってきているのが相手の顔を見れば解る。

 とにかく射精して楽になりたい。

 燈にはそう考えている様に見えた。

「うッ!!……くぅぅ」

 

 咲は恍惚の表情を浮かべながら肉棒の先端から透明な粘液を放出する。

 だらしなく涎を垂らし、絶頂後の余韻に全身を震わせていた。

 

「精を吐き出したんか。

 あいつの精は男の精と違うて鼻につく匂いがせんのもええ所や。

 さぁて……」

 ニヤリと笑うと、久秀は燈の頭頂部を両手で掴み、彼女を絶頂を迎える為の道具の様に扱う。

 

 腰を突き出したり引っ込めたりしながら、燈の口の中を蹂躙した。

 (こういう相手には成すがままにされるのが一番。

 口淫を強要されている時に技を披露すれば間違いなく疑われる)

 燈には相手の熱く滾る砲身をあっと言う間に射精に導けるテクニックがある。

 口であろうと膣であろうとそれは変わらない。

 

 だがこの飢えた狼の様な老人に対しては、余裕を絶対に見せてはならないと彼女は思っていた。

「お前達は人形や。

 儂の欲望と収集欲を満たす為のな……そろそろ出すで」

 逃げられはしないと相手に圧力をかけ、諦めさせる。

 普通の女ならば、久秀に対して抗う事等出来ないだろう。

 

 嘘を見抜く眼力と、演じ抜く力の勝負。

 淫らな宴の最中にも、静かな戦いは続いていた。

「受け取るんや、ホラ」

 歯を食いしばり、射精する瞬間は男ならば誰でも無防備に陥る。

 頭が真っ白になり、この時ばかりは油断してしまうのだ。

 

 燈はその隙を見逃さなかった。

 久秀が自分の口の中に精液を吐き出した瞬間を見計らい、瞳を紫色に光らせる。

「おお……何時もより出るわ。

 お前が綺麗な顔しとるからかもしれんなぁ」

 

 相手の心を自分に向けさせる為の催眠術。

 燈の目をまともに見てしまった者は、彼女の魅力の虜になってしまう。

 生まれつき備わっていたこの超常的な能力で、燈は数々の男を骨抜きにしてきた。

 

 だが今回の任務では相手が用心深いうえに催眠術をかけきるまでの時間が限られている。

 (絶対にかけ続けちゃいけない。

 隙を見つけて、針の穴に糸を通す様に仕掛けていかなきゃ)

 久秀が射精し、その余韻が終わった時には燈の目は元の色に戻っていた。

 

「竜神膏がよく効いとる様やな。

 魔羅がまだ出し足りんとウズウズしとるわ」

 久秀は部下を使って薬売りから購入した塗り薬を陰茎に塗っている。

 その薬を使用する事で股間の竜が萎える事無く勃起を維持し続けていた。

 

 虹忍は内から外から、平蜘蛛を盗む為の手段としてあらゆる方法を用いていた。

 燈を潜入させただけでは無く、旅の薬売りに化けた亥が久秀に『竜神膏』を購入させたのだ。

 鈴が開発したこの塗り薬は、効能通りに陰茎を勃起させ、使用した者の性的興奮を促進する。

 だが言い換えれば、大量に精液を何度も放出させる事で相手の疲労を蓄積させる効果があった。

 タンパク質や亜鉛を身体の外に出せば、当然対象者の健康に影響が出る。

 

 疲れれば当然真実を見抜く為の力も鈍り、慎重さが消えて油断や物忘れが目立つ様になるのだ。

 久秀の趣味嗜好が解っていたからこそ、彼等は的確な罠を仕掛け相手がその罠に嵌る様に仕向けていた。

 相手の思い通りに操られていると言う事に気付かぬまま、久秀は燈との性交を楽しもうとしている。

 

「儂のを飲んだ様やな。

 吐き出したら仕置きする所やったで。

 さぁ、尻を突き出すんや」

 燈を壁によりかからせ、その背後に久秀が立つ。

 

 その隣には薄桃色の陰茎を勃起させた咲が立っていた。

「弾正はんの魔羅は、そこら辺りにいる男とは違うんやで。

 燈はんも絶対に気に入ると思うわ」

 先程の射精の余韻がまだ残っているのか、咲は快楽に溺れているかの様な表情を見せている。

 

「お前の女陰の具合を試させてもらおか。

 幾ら顔が良くても、締まりが悪かったら話にならんからな」

 この態勢で挿入されると、燈は久秀と目線を合わせる事が出来ない。

 (私の最大の武器である、女陰で勝負するしかないようね)

 

 今まで燈は数多くの男達を卓越したセックスのテクニックで虜にしてきた。

 美貌と肉体に溺れた彼等を破滅させる。

 それを実現させる為には、この初回の性交に全てを賭けるしか無い。

 

「この儂の竜で、お前の腰が立たん様にしたる。

 攻めるでぇ」

 湯気が立ちそうな程に熱を帯びた剛直の先端が、燈の膣口に触れる。

 丸太の様な太さと硬さを持った陰茎が、そのまま打ち付けられた勢いで根元まで一気に貫入した。

 

「おぐッ」

 燈は凄まじい衝撃に思わず変な声を出してしまう。

 漲る肉棒は子宮を貫かんばかりの長さで彼女の身体を攻め立てていた。

「どや?感じるやろ。

 もっとええ声で鳴かせたるわ」

 

 引き抜き、また勢いをつけ凄まじい速度で奥へと潜り込む。

 肉を抉る様な音が部屋全体に響き渡った。

 (す、凄い……!!

 この私が屈してしまいかねない程の魔羅が、この世にあるだなんて)

 還暦をとうに過ぎた老人のモノとは思えない股間の竜が、容赦無く音を立てながらピストン運動を続ける。

 

 その圧倒的な硬さ・太さ・長さに対して暫くは何もする事が出来ずに喘ぐ事しか出来なかった燈だったが、少しずつ余裕が出てきた。

 (魔羅を女陰で扱いて、果てさせる。

 今までしてきた事を、今回もするだけだわ)

 ぬめった膣壁が僅かに男根に絡み付く。

 だんだんとそのうねりが強くなり、今度は久秀の方が妙な声を漏らした。

 

「ふうぅ……成程、女陰も上物と言うワケやな。

 儂の魔羅を締め付けたり、絡み付いたりしてきよるわ」

 快感を味わいながら腰を振る久秀を横目で見ながら、咲は怒張した股間の肉棒を膣壁で強く扱く。

 

「いやらしいわぁ……

 弾正はんがあんな顔をしとるなんて、どんな女陰なんやろう」

「お前も儂の後で楽しめばええ。

 お前達の交わりを見るのも面白そうや」

 久秀はそう言うと、さらに激しく腰を振って男根を燈の膣奥へと沈めていった。

 

「我慢出来へんわ。

 ウチのを燈はんので満足させてほしいんやけど……ええか?」

 咲は少しだけ遠慮をしている様に見えたが、艶のある肉棒は燈の目の前に突き出されどくどくと脈を打っている。

「下の口は儂が使っていて、上の口が空いとるやないか。

 燈、咲のを可愛がったり」

 

 咲の硬く滾った薄桃色の登り竜の先端が、燈の唇に触れた。

 (やらなきゃ怪しまれるでしょうし、断る理由は無いわよね)

 燈はそのまま熱を帯びている肉棒を咥えると、今まで何度と無く使ってきたテクニックで彼女を攻め立てる。

 喉、舌、歯。

 口の中にある器官全てが相手を射精に導く為に蠢き、咲は凄まじい快感に対してだらしの無い表情を浮かべた。

 

「ホンマ悪い子やな。

 魔羅の扱い方が上手過ぎるわ。せやったら……」

 咲は燈の頭を両手で抑え、相手がむせない程度に肉棒を喉の奥へと動かし、手前に戻す事を繰り返す。

「少しばかり、試してみよか」

 

 燈は両者に攻められながら、咲の顔を見た。

 その瞬間、咲の目が紫色に変化する。

 (忍の十八番である瞳を使った催眠術……!

 この半月女も、私と同じ忍だと言うの!?)

 

 僅か数秒間の攻防であったが、2人は己の術を最大限に出し切った。

 屈してしまえば、相手の操り人形になってしまう。

 燈も咲も、相手より先に術を止める事は出来ない。

「随分遊んどるみたいやな、咲」

 

「こんな綺麗な女の口で気持ちよくなれるんや。

 たまには快楽に溺れてもええやろ?」

 久秀が咲の方に目を向けた瞬間に、咲と燈は同時に催眠術を解く。

 相手を屈服させようとする力は互角。

 この時点で2人は相手と本気で戦った場合相討ちになる事を悟った。

 

「何を言うとるんや。

 常日頃魔羅を硬くさせて快楽を貪る事だけに固執しとる癖に……

 燈、こいつの精力は底無しやで。

 儂と違うて薬なんぞ使わんでも阿呆みたいに何回も出るんやから」

 

 燈は息が乱れた事を隠すのに必死だった。

 咲も喘ぎ声を出して疲労を誤魔化す。

 (私の催眠術に匹敵する力を持っているくのいちに出会うなんて……

 虹忍の中でも催眠術と房中術に関しては絶対に負けない自信があるこの私が初めて危険だと思った相手だわ)

 

「これは、ウチの魔羅でも勝てん相手やわ。

 膨らんで今にも弾けそうになっとるで」

 彼女が何気なく発する言葉の裏に、別の意味が隠されている事を燈はすぐに理解した。

 

 咲も燈の実力を試した結果そう簡単には勝てない相手である事が解った為、今本気で戦う事は無いだろうと燈は考える。

 そもそも、久秀もいる淫らな宴の最中にちょっかいを出し続ける事は不可能に近い。

 何せ久秀はともかく燈も咲も、武器はおろか何も身に付けていない状態なのだ。

「うはッ、あかん。

 ウチの魔羅が白旗上げたわ!降参降参」

 

 咲がそう言った瞬間、燈の口の中に粘ついた液体が流れ込んできた。

 肉棒がそれに合わせてビクビクと痙攣を繰り返す。

 燈は何とか飲もうとしたがあまりの量に飲み切れず、口から透明な液体が垂れ、床に落ちた。

 

「あは、もう……この女陰、具合が良過ぎるわ。

 ウチの魔羅を肉の壁でがっちり掴んで離さへん」

 久秀が一度燈の中で達した後、燈は咲とのセックスを久秀に強要され、それに従った。

 獣の様に後ろから肉棒を突き入れてくる咲の荒々しさに、燈は自慢の名器で対抗する。

 

「まるで美しい絵を見とる様やな。

 酒の肴には丁度ええ御遊戯や」

 久秀は壺の中に入っている酒を飲んだ後、赤くなった顔をほころばせながら笑っていた。

 

「こんな贅沢が出来る奴が、この世にどれだけおると思う?

 少なくとも半月の女を手に入れる事が出来たのは儂だけや。

 いや、儂だけや無いかもしれへんけどな。

 滅多におらんやろそんな男は」

 

 久秀は酒に酔っているだけで無く、自分に酔っている様に見える。

 これだけの事が出来る自分を讃えろ。

 燈には久秀がそう言っている様に感じた。

「気持ちええよ。

 果ててしまいそうや……あッ、あッ」

 

 快楽に負け、射精の喜びを味わう為だけに燈の膣内を貪る。

 久秀には咲の姿がそう映っていた。

 だが、燈にしてみれば襲い掛かる竜の凄まじい攻めに対して必死に抗っている状態だった。

 

 (弾正の攻め方と全く違う……!

 弾正はただ、巨大な魔羅で無理やりに貫こうとしてくるだけ。

 この女は女の感じる所が解っているからこそ、的確な突き方を行う事が出来る。

 しかもこの魔羅は今まで受け入れてきた魔羅とは似て非なるもの。

 女を陥落させる為の魔羅だわ)

 

 並の女がこの肉棒を入れられてしまったら、間違いなく女は咲の身体の虜となり意のままに動く存在と化すだろう。

 燈も咲も房中術を知り尽くしているからこそ、相手が与える強烈な快楽に耐える事が出来た。

 (くうッ、あかん!

 この女の女陰はウチの想像を遥かに超えとる……搾り取られてまう)

 

 だが、男根と膣の対決で先に屈する事になるのは大抵男根の方だ。

 元々快楽の果てに『射精する事』が男根の役割であり、長い間耐え続ける事等そう簡単に出来るはずが無い。

 名器と鍛え抜かれた肉棒が互いに快楽を得続ければ、いずれ肉棒の方が精を吐き出すのは当たり前の事だった。

「うッ!!」

 

 咲は忍としての自分に絶対の自信を持っていた。

 射精したとしても、相手に対して心まで奪われるはずが無いと思い込んでいた。

 だがこの日、咲は燈の名器を攻め続けている間に本気で我を忘れて腰を振ってしまっていたのだ。

 もしここに久秀がおらず、2人だけの勝負であれば意識が一瞬途切れる程の快楽を味わいながら死んでいたかもしれない。

 

 (負けた……

 今まで数多くの女を思いのままに操ってきたはずのウチが、こいつの女陰に負けてもうた……)

 熱い粘液を燈の膣内に流し込みながら、咲は快楽と悔しさが混じった涙を流した。

「はぁぁ……出るぅ……止まらへんよぉ」

 小刻みに身体を震わせながら、何度も射精を繰り返す咲。

 

 その回数と量が、敗北を雄弁に物語っていた。

「何や、何時もとは違うてえらい量を出すんやな。

 儂の負担が軽くなる。

 燈、お前には咲の相手を任せるわ。

 最近儂もこいつの獣じみた性欲に付き合いきれなくなってきてなぁ」

 

 膣に精液を出されながら、燈は呆けた様な表情を見せつつも心の中で笑っていた。

 (この半月女は間違いなく弾正から特別扱いされている。

 何時も側に置いている女の性欲処理を任されるのなら、私も常に弾正の側にいれるって事じゃない)

 

「最近は何度出そうが魔羅が大人しくなる気配すらあらへん。

 儂が手に入れた女と遊びまくっとる。

 それを見るのは楽しいんやが、激し過ぎて何人か壊れた女もおってな……

 燈、お前なら咲の精を全て受け止める事が出来るやろ。

 その役を担ってくれ。頼むで」

 

 久秀は頭を掻き、少しだけ申し訳無さそうな態度を見せながらそう言った。

 恐らく咲の肉棒の虜にならず、久秀に彼女の正体を告げ口しようとした女性が犠牲となったのだろう。

 相手を自分の身体の虜にする名人であっても、相手の女が不感症だった場合どんなに攻めても意味が無い。

 その点燈ならば咲の性欲を受け止める役として適任だった。

 忍同士ならば相手の告げ口を心配する必要も無いからだ。

 

「さて、寝るか……

 お前達は隣の部屋で寝てもらうで。

 儂が案内したる」

 褌だけ巻いた久秀は欠伸をしながらそう言うと、咲と燈を別の部屋に招き入れた。

 

 その部屋はやはり座敷牢の様だった。

 外から鍵がかけられるうえに天井が高く窓も無い。

 あるのは藁で出来た薄い掛布団と、木製の枕だけ。

 尿意を催した場合は床に垂れ流すしか無かった。

 

「厠に行きたいんやったら、今のうちに行っとけ。

 この部屋にお前達が入り次第鍵をかける。

 逃げ出されたりすると面倒やからな。

 服も着るな。用心の為や」

 燈は広い座敷牢の中にいた女性達が全員裸だった事を思い出す。

 

 つまりそれは逃げ出せない様にする為の心理的な枷だったのだ。

 知らない男に自分の裸を見られると言う事に女性は強い抵抗を感じる。

 更に全裸の状態で逃げ出しても抵抗出来ずに殺されるであろう事は容易に想像が付く為、女達は逃げ出す事が出来ないのだ。

 

 (つまり、服を着ても良いのは誰かが監視している時だけ、か……

 難しいわね)

 燈と咲は久秀の監視の下厠で用を足し、薄暗い部屋に入った後外側から鍵をかけられた。

 この時代の拙い照明器具はこの城の至る所に配置されていたが、冷たい石の床に寝そべって天井を見上げると不安がよぎる。

 

 (さて、このくのいちと私が2人きりになったけれど……

 任務もあるし殺し合うってワケにもいかないわ)

 勿論相手が積極的に仕掛けてくる場合がある為油断は出来ない。

 そう思っていると咲が彼女の肩に手を乗せた。

 

『お互い、忍同士っちゅう事は解っとるんや。

 こうなったら腹の内を探り合うなんて面倒な事をせずに全部言い合おうやないか。

 寧ろウチから話してもええで。

 アンタには1対1やと勝てん事も解ったしな』

 

 どんなに小さな声でも、誰かに聞かれる可能性がある。

 その為、優れた忍は『読唇術』で会話を行う事があるのだ。

 咲は生まれて初めて自分が全力で技をかけて敗北したと言う事実を受け、悔しそうな顔をしながらそう『言った』。

 勿論彼女は声を出さずに口を開けたり閉じたりしているだけだ。

 勿論燈には咲が何を『喋って』いるのか全て解っていた。

 

 宵闇(よいやみ)の沙鬼(さき)。

 燈に対して彼女は自分の名前を明かした。

 沙鬼は自分が日本人なのか南蛮人なのかすら正確には把握していない。

 赤ん坊の頃に伊賀忍者に拾われ、伊賀の里でくのいちとしての修業を始めた。

 

『催眠術も、女陰を使った房中術も、窮地に陥った時の逃げ方も全部教えてもろうた。

 でも身体が成長して、半月だった事がウチにも他の忍者達にも解ると状況が変わってなぁ』

 元々里の人間では無かった南蛮人の娘を興味本位で忍に仕立て上げたと言う認識だった伊賀忍者達は、彼女を気味悪がり猫の様に捨ててしまう。

 本来里から抜けた忍は命を狙われるのだが、彼女の場合は『里から追い出された』為、誰かに追われる様な事は無かった。

 

『伊賀の忍者達も、どうせ組織に属していなければ野垂れ死にするだけだと思うとったんやろう。

 実際、ウチもあっと言う間に困窮した。

 そんな時に堺衆に拾われてな。

 忍としての働きが認められて、今は主に彼等から仕事を貰って働いとるんや』

 堺は当時日本の商業の要所として栄えていた地域で、堺衆はそこを拠点として商いを行っていた『豪商』達の事を指す。

 

 豪商、つまり驚異的な財力を持つ商人は当時武器や茶器を売る事で生計を立てていた。

 堺衆にとって『暗殺』や『情報収集』を行う事が出来る忍が手に入れば非常に便利だったのだ。

 

『今回の任務は『奪われた茶器の奪還』やった。

 弾正はんから姑息な手で奪われた茶器を取り戻してほしいってな。

 そら沢山持って帰れるんならその方がええけど、ウチはたった1人やろ?

 せやから一番価値が高いらしい平蜘蛛を狙ってたんや』

 

 沙鬼がそう『言う』と、燈の顔色が変わった。

『駄目よ。

 私達の任務が『平蜘蛛の茶釜を盗んでこい』って言う命令なんだから。

 逆に言えば他の茶器はどうでもいいと言う事。

 平蜘蛛以外の茶器を沢山盗む手伝いならしてあげられるわ』

 

 燈はこの状況下で争う事は得策では無いと考え、沙鬼に『一時協力し合おう』と提案する。

 沙鬼も与えられた任務をこなす為には相手と協力した方が良いと考え、その提案を受け入れた。

 

『ええやろ、取引成立やな。

 ウチはアンタの任務に協力したる。

 その代わり、アンタもウチの任務の手伝いをするんやで』

 

『貴方だって、堺衆に茶器を渡すのなら出来るだけ多くの茶器を渡したいと思っているんでしょう?

 豪華な1つの茶器を狙うのも良いけど、それに匹敵する価値の茶器がココには沢山あるはずよ。

 私の仲間には力自慢の男がいるから、彼に運ばせようと思ってるんだけど……』

 

 彼女は燈の『言葉』を遮ると、ニヤリと笑って手を差し出す。

 燈はその手をしっかりと握り、2つの計画が無事に成功する事を祈った。

 

 翌朝、燈は座敷牢に入れられる事も無く、ある程度の自由を与えられる。

 監視役である絹が目を光らせる中、燈は沙鬼と共に朝食を取り一部の女性達と共に浴場で身体の汚れを落とした。

 

「何と立派な……

 これほどの広さを持つ浴場まであるのですか」

「祖父上は彼女達の美しさを保つ為に、最低限の用意はしております。

 一度に牢の中にいる全ての女達を風呂に入れる事は出来ませんが、この様な専用の浴場を作ってしまえるのが凄い所ではないかと」

 

 絹は久秀の権力を讃える様な発言をしたが、その言葉とは裏腹に暗い表情を浮かべている。

 行いたくも無い悪事に無理やり加担させられているせいで肉体も精神も擦り減っている様に見えた。

 

 (彼女は間違いなく女達を監禁している事に対して嫌気が差している。

 上手く言いくるめれば、味方になってくれそうね。

 この計画を成功させる為には、内部に味方を作る必要があるわ)

 燈は再び隣にいた沙鬼に読唇術でその事を伝え、沙鬼も彼女を味方に引き入れると言う計画に賛成した。

 

 僅か数ヶ月しか無い期限は確実に迫っている。

 だが、事を急げば企てが露見してしまう可能性が高い。

 急ぎながらも慎重に。

 

 燈と沙鬼は毎夜久秀と共に夜伽を行い、2人がかりで久秀に催眠術をかけ続けた。

 その結果久秀は彼女達の魅力に溺れる様になり、牢の中にいる女性達とは比べ物にならない程の自由を与える様になる。

 城の外には出ないと言う約束のもと庭を散歩する事が出来る様になり、絹と2人で歩く時もあった。

 

 1人が久秀と一緒にいる間にもう1人が絹を懐柔する。

 それが出来る機会は徐々に増えていった。

 6月、梅雨の到来は仕掛ける為の決定的な機会を提供する。

 久秀が燈を部屋に招き、沙鬼が絹と共に庭を散歩する事になったのだ。

 

「どや、凄いやろこの数は。

 数奇(すき)を理解せえへん奴でも、この光景には圧倒されるかもしれへんで」

 

 棚に飾られた茶器を眺めながら久秀は悦に入っていた。

 畳の床、壁に飾られた掛け軸。

 和室の典型とも言うべき部屋の中には、数多くの茶器が収蔵されている。

 そして棚の中央に置かれていた平たい漆黒の茶器こそ、燈が狙う『古天明平蜘蛛』であった。

 

「この真ん中にある、平たい鍋は何なのですか?」

「阿呆、鍋や無い。

 まぁお前にはこの茶釜の価値は解らんか……

 これはな、平蜘蛛の茶釜っちゅうモンや。

 数ある茶器の中でも最高傑作とされる代物でな。

 あの第六天魔王、織田の頭領も欲しがっとるんやで」

 

 まるで興味が無さそうに聞いてくる燈の態度に辟易しながら、久秀は平蜘蛛の茶釜を指差した。

「魔王は既に2つの大物を手に入れた。

 初花(はつはな)と新田肩衝(にったかたつき)、そして楢柴肩衝(ならしばかたつき)をも手に入れようとしとる。

 この平蜘蛛の茶釜は天下三肩衝(てんかさんかたつき)と呼ばれた3つの大物に匹敵する程の価値があるんや」

 

 織田信長は、自身の権威を示す為に茶器を欲した。

 天下に名高い茶器を所持していると言う事が、天下人の証になるからだ。

 久秀もまた、平蜘蛛を所持していると言う優越感に浸っていた。

 奪い取ったにせよ、今は彼が所有している事に違いは無い。

 

「この美しい茶器に囲まれながら茶を飲むと言う事が、どれだけ贅沢な事かお前には解らんやろ。

 儂はこの贅沢をする為に生きてきたんや。

 茶器を愛で、女を抱き、時には酒を飲む。

 男の本懐がここにある」

 久秀はそう言いながら、壁にかかった掛け軸を見た。

 

 その掛け軸には地獄に堕ちた亡者が鬼に拷問を受けている場面が描かれている。

 

「この掛け軸も、果心居士(かしんこじ)っちゅう爺から買ったモンでな。

 奴は恐ろしい男やったで。

 儂が『儂を怖がらせる事が出来るか』と言うたら、儂の正室の霊を見せて驚かしよった。

 掛け軸の絵かて、最初はもっと出来が良かったんや。

 奴に渡す金の額に応じて絵の美しさが変わっていく。

 最後は200両払って程々の出来になったが……

 この絵を見る度に儂は人の一生の儚さを思い知るんや」

 

 果心居士は戦国時代には珍しい『幻術師』で、数多くの権力者に自分の技を披露した。

 絵の中に飛び込んでみせたり、相手が誰にも話した事が無い過去の汚点を言い当てる等、奇妙な話ばかりが残っている。

 

「人はいずれ死ぬ。例外は無い。

 1度きりの人生や。やりたい事をやって死にたいやないか。

 例えこの絵の様に地獄に堕ちたとしても儂は本望やで。

 生きてる間は自由に生きたんやから」

 

 燈には、そう嬉しそうに話す久秀が心に哀しみと寂しさを抱えている様に見えた。

「天下人に近い魔王にくっついていれば、弾正様のお遊びも続けられそうですね」

 燈がそう言うと、久秀は首を横に振る。

 

「逆や逆。最初は儂もそう思った。

 長いモンに巻かれていればええ思いが出来るとな。

 それに儂とあいつはよう似とる。

 神仏を信じへんし、人を殺す事に躊躇いが無い。

 せやから奴に味方しとった……

 あいつの近くにいて、『違い』に気付くまではな」

 

「違い……ですか?」

 尊敬する信長を『魔王』と呼ぶ事にはかなりの抵抗があった燈であったが、何も知らない女を完璧に演じ切る努力を続けていた。

 

「確かにあいつは人を殺す。

 殺した量は儂よりも多い位や。

 儂は大仏殿を焼き、あいつは比叡山を焼き討ちした。

 その『理由』が違う。

 儂は敵を倒して『己の権力』を守る為に殺したり焼いたりした。

 魔王は『日ノ本を平和にする』と言う理想を掲げて敵を殺し、その平和の為に『宗教勢力が邪魔だ』と考えたから殺した」

 

 久秀は口を真一文字に結んだまま腕を組み、溜息を洩らす。

 

「その証拠に、あいつは『完全なる非戦闘員』を悪戯に殺す様な真似は絶対せえへん。

 寧ろ部下がそんな事をしようものならその部下を殺す。

 基本的には日ノ本の民を心から愛しとるんや。

 儂は違う。

 楽しみの為に人を殺す事もあるし、女を裸にして座敷牢に入れる事もあるやろ」

 

 燈は久秀の言葉に対して心の中で頷いた。

 信長は正義とは言い切れないかもしれないが、完全なる悪でも無い。

 必要悪を見極め、常に物事に対して的確に対応する。

 それが信長と言う男の生き方だった。

 

「あいつは初めのうちこそ儂の『遊戯』に対して目を瞑っとったが、我慢出来なくなったんやろうな。

 苦言を呈する様になってきた。

 終いには『悪戯に罪も無い者達を苦しめるのは止めよ』とまで言ってきた。

 儂が蓑虫踊りを見たり、女を抱いたりするのは儂の生き甲斐や。

 それを奪われるのは死ぬのと同じ事やろ。

 せやから離反したんや。

 勝ち目が薄いのは百も承知。

 中国・九州勢と協力して魔王を倒す為の戦いを続けたる。

 毛利も武田も長曾我部も、『貴公が魔王を倒した暁にはあらゆる行為を不問とする』と約束してもろたし」

 

 久秀は己を一番愛していた。

 それ故信長以上に敵も多かった。

 人を信用しない者は人に信用されない。

 そんな彼だからこそ、『今の幸せ』に固執したのかもしれない。

 

「平蜘蛛を含めた高価な茶器も、美しい女達も、堅牢な城も、皆儂の所有物や。

 燈、お前も儂の所有物の1つ。

 従えば、それに見合った思いをさせたる。

 逃げれば命は無い。

 どちらを選ぶべきか、解るわな?」

 

「はい、承知しております。

 弾正様に仕える事こそ私の喜びです」

 久秀は完璧に燈を自分の懐の中に入れる事が出来たと信じ込んでいた。

 そして燈はそう信じ込ませていた。

 

 心のこもっていない言葉に心を込め、それが真実だと思い込ませる。

 久秀が最上の女を側に置けたと喜んでいる間にも、彼女達の離反工作は続いていた。

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