※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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この物語の男女は基本的に『孤独』を抱えていて、
その孤独を『セックス』で埋めようとします。
自分はセックスを『快楽を得る為の行為』だとは思っていますが、
それ以上に孤独を忘れる為の行為なのではないかと思っていますね。


朱夏 大暑 整う両陣営

 ヴィアージュが逃げていったのは南の方角。

 ヴァルーの湿地帯を抜けてさらに南に向かうと、広大な砂漠が広がっていた。

 目こそ見えないがヴァルーで吹く生温かい湿気を含んだ風とは違う、砂混じりの乾いた熱風が頬に当たる。

「とうとうこんな所まで来てしまったな」

 俺がそう言うと、トモコは俺の肩に手を乗せた。

 

「私達は進み続けるしかないんですよ、ヴォルフさん。

 この近くにも私とヴォルフさんの間に生まれた子供達が暮らしている街があるハズです。

 そこで話が聞けると良いんですが……」

 トモコは不安そうな声を発した。

 青白く光って見えるトモコの顔には苦悩と哀しみが浮かんで見える。

 

 次の街も壊滅しているのではないか。

 その考えが現実になってしまう可能性が高い事に怯えているのだろう。

 怯えていながらも、トモコは前を向いて戦おうとしている。

 俺は彼女を愛しているからこそ、共に戦わなければならないと強く思った。

 

 シエラの街は『コンクリート』を使用した建築物が目立ったが、アスブの街は砂嵐にも耐えられる程丈夫な石で造られた建物が立ち並んでいる。

 俺達の息子や娘は砂嵐から顔を守る為に布で顔や身体を覆い、誰が誰だか解らない。

「この街はまだ襲撃されていない様だな……

 息子達が無事で良かった」

 

「でも変じゃありませんか?

 襲撃者は南からやってきたんですよ。

 当然、この街も通ってから私達の近くまで進んできたハズです。

 ……勿論生きているのならば良い事ではあるんですけど、罠がある様な気がしますね」

 

 トモコは警戒を解きはしなかった。

 常に周囲を見渡し、俺や彼女自身を狙ってくる者がいないか気を付けながら進んでいる。

 俺も『人』を見る事は出来るので、賑やかな街の大通りの雰囲気を味わいつつも彼女と同じ様に通りを見渡していた。

「親父、親父じゃねぇか!

 皆、親父と御袋が来てるぞ!」

 

 露店で氷菓を売っていた息子の1人が俺の存在に気付き、声をかけてきた。

 その声に反応して皆が集まってくる。

 尊敬と愛情を込めた瞳に囲まれ、俺達は少々照れ臭かった。

「それにしても親父、よくこんな所まで足を運んでくれたな。

 もう会えないものかと思っていた」

 

 顔を覆っていた布を取った息子の1人は、俺に再会する事が出来た喜びを感じて涙を流している様だった。

「お前の名前は?」

 

「ベリーズ。

 血縁関係で言えば親父の遠い子孫って事になるのかな?

 でもまぁ、皆アンタの事は親父って呼ぶと思うよ。

 何せ俺達の創造主だ。

 アンタがいなきゃ、俺達がこうやって砂漠の街で平和に暮らす事も無かった」

 

 ベリーズと名乗った狼の獣人は、俺の手を強く握り締める。

 遠くまで来ると、こうして直接会った事も無い子孫クラスの者達が街を繁栄させているのだ。

 

「そうとも。

 父上が我等を作ったからこそ、今がある。

 それを忘れずに生きねばならんぞ……皆の衆」

 布を被った老齢の女性が俺の方に近付いてきた。

 俺達は歳を取らないが、息子達は普通に歳を取り、いずれは死ぬ。

 

 旅立った息子達が子を成して、これだけ大きな街を作ってきたのだ。

「父上と母上の顔を直接知っている者も少なくなりましたが、絵を描き部屋に飾る事で記憶が風化するのを防いで参りました。

 これからも一族繁栄の為に、尽くしてくだされ。

 期待しておりますぞ」

 

「ああ、これからもそうするつもりだ。

 ところでお前達。大事な話が……」

 俺が『襲撃者』の存在を皆に教えようとした時、遠くにいた息子達が首を刎ねられた。

 

『ヴォルフよ。我が少し遊んでやろう……

 その前に雑魚どもの露払いをせねばならんな』

 巨大な剣を両手に2本持った獣人が、凄まじい勢いで息子達を斬り殺していく。

 息子達は突然の襲撃に対してパニックに陥り、抵抗する事すら出来ずに数を減らしていった。

 

「な、なんだあの化け物は!」

「皆、俺の後ろに来るんだ。

 早くしろ!!」

 大通りにいた者達は俺の言葉を聞く余裕など無い様に見えた。

 

『弱過ぎる。

 貴様ら全員我の剣の錆となるが良い』

 十数名の獣人だけが何とか俺の背後に回り、恐怖と混乱で言葉も発せず震えている。

「私は望む。この者に永劫の監獄を!」

 トモコは魔術によって息子達を殺している男の上に天井のついた鉄の檻を落としたが、男は剣で難なく檻を破壊した。

 

「エンペラー様……」

 俺は唇を噛み、辛い表情を浮かべる。

 ベリーズは俺の言葉に対して反応した。

 

「親父、奴の事を知ってるのか?」

「……知っているも何も、俺の大恩人だ。

 あの方がいなければ、ヴァルーは天界人のものとなってしまっていた。

 俺はヴァルーの救世主と戦わなければならないのか……」

 

 俺はトモコや息子達を庇う様に前に立ち、あの御方は俺に気付いた様だった。

『我をこの世に蘇らせた神の命令により、この街を消しに来たが……

 厄介な邪魔者がいる様だ。お前の名は?』

 

「ヴォルフ・ムーンリファードです、ライオファング・エンペラー様。

 貴方の事は幼少の頃から尊敬していました。

 天界人に立ち向かい、神をも恐れぬ力で奴等を捻じ伏せた英雄として……

 俺の息子達を殺めないでもらいたい。

 何故貴方は変わってしまったのですか?」

 

 涙を流しながら訴える俺の姿に、あの御方は少しだけ心を動かされた様だった。

『そうか、我の意志を継ぐヴァルーの戦士であったか……

 誇り高き戦士の血がお前にも流れているのだな。

 だが、今の我は神に操られた人形に過ぎぬ。

 お前とも、戦わねばならぬのだ』

 

 あの御方は自嘲気味な笑顔を作ると、力強い足取りで俺の眼前へと歩を進める。

 魔法で対抗しようとするトモコを制し、俺もまたあの御方の近くへ歩いていった。

 

「御袋、あいつは一体何なんだ?」

「神にしか使えない高等魔術、死体蘇生の神術によって蘇った獣人です。

 人間をこの世に蘇らせる為には、細胞から肉体を複製した後魂を入れなければなりません。

 ゴッドヤードの女神達の中でも、恐ろしい魔力を持った者で無いとその力を使う事は出来ないでしょう」

 ベリーズの怯えた声とトモコの相手を諭す様な声が背後から聞こえてくる。

 

 狼の獣人である俺は少々離れた所からでも相手の会話の内容が解る程の鋭敏な聴覚を備えていた。

『剣を持って戦わぬのか?

 己の脆弱な肉体1つで我と戦おうと言うのか』

「剣で戦いたいと言うのなら、俺に1つ渡してもらえませんか?

 俺も貴方とは剣で戦いたいんですよ、エンペラー様」

 

 あの御方に対して、俺は心でぶつかる決意を固めていた。

 息子達を殺された事に対する怒りもあったが、その前に俺は彼に対して敬意を払わなければならないと思っていたのだ。

 

『フッフッフ……

 敵に得物をねだるか、ヴォルフ・ムーンリファード。

 面白い。

 我に対して怯えも怒りも見せる事無く、ただ純粋に戦いたいと言う闘志を見せるとは』

 

 あの御方は躊躇する事無く持っていた剣を地面に投げ捨て、俺に拾う様に命じる。

『遠慮せずに拾え。

 我の使う剣を扱えるだけの腕力があるか、見せてもらおう』

 俺は刀を何とか拾い上げた。

 凄まじい重さが俺の足に負担をかける。

 

 これ程まで重い剣をあの御方は片手で持って振り回していたのだ。

 両手で1本ずつ、合計2本も。

 俺はあの御方に勝ちたかった。

 正々堂々勝負して、己の強さを見せ付けたかったのだ。

 

『随分と辛そうにしておるではないか。

 我を楽しませてはくれぬ様だな!』

 唐突に斬りかかってきたあの御方の一撃を、俺は何とか受け止めた。

 

 防戦一方。

 それ以外にあの御方との戦いを表現出来る言葉が見当たらない。

 強かった。ただひたすらに強かった。

 それも当然だ。

 

 あの御方は仲間と共に戦っていた俺と違い、単身でスカイロンの戦士達と戦い続けた事もある生粋の戦士なのだ。

 あの御方1人の実力と、俺1人の実力では明らかな力の差がある。

 俺はそれを痛感していた。

 

『どうした、我の攻撃を受けるだけで精一杯か!

 受けられるだけ強いとも言えるがな……

 貴様には失望したぞ。

 己の安寧の為だけに多くの仲間を犠牲にするとは!』

 

 3回、叩き付ける様に剣を振りかぶり攻撃してくる。

 彼の攻撃により思わず手が痺れて剣を落としそうになった。

『我は戦ったぞ。

 ヴァルーの民の為に立ち上がり、スカイロンの民と戦ったのだ。

 あと一歩で脱出出来ると思った所で『光の矢』に貫かれたが、我自身は満足している』

 

 幼い頃、何度その話を両親から聞かされただろう。

 獣人を殲滅しようとした天界人に立ち向かった勇敢な戦士。

 エンペラー様の様に強くなりなさい。

 うわ言の様に何度も何度も飽きる程聞かされた言葉。

 

 俺もあの御方を純粋に尊敬していた。

 だがその一方であの御方の様にはなれないとも思っていた。

 

『エンペラー様、俺は心の弱い獣人です。

 リーダーとして祭り上げられましたが、内心は不安でいっぱいでした。

 そして血みどろの殺し合いに身を投じて解ったのです。

 最早、戦いそのものが無意味なのだと。

 戦いが発生しない世界を作る為には、皆いなくなってしまうしかないと思ったのです』

 

『弱過ぎる。

 何故仲間を蘇らせ戦おうとしなかったのか。

 或いは貴様自身が不死身となりて天界人を滅ぼすと言う選択肢もあったハズではないか。

 貴様の身勝手な思いが世界を滅ぼしたのだ。

 我が貴様を許すと思うか!』

 

 荒々しい口調で責められ、俺は次第に追い詰められていった。

 剣も所々欠け、最早あの御方の攻撃を受け止める程の力は残っていない。

 

『あの世で皆に詫びるが良い』

 腕に込めた最大限の力が俺に襲い掛かる。

 その瞬間、光の矢があの御方の眉間を貫いた。

 

「謝る必要なんかありませんよヴォルフさん。

 貴方はZEROが主催した大会で勝ち抜いて、争う事の愚かさに気付いたんです。

 誰が何と言おうとも、貴方に願いを叶える権利があった。

 この現実を否定する事なんて出来ません!」

 トモコの言葉が俺に勇気を与えてくれた。

 

 すかさず俺は刃こぼれだらけの剣を捨て、あの御方の剣を無理やり奪い取る。

『グフッ!?』

 重かったが、全身全霊の力を込めて心臓に突き刺した。

 両方の剣を失ったあの御方にもう勝ち目は無かったのだ。

 

『卑怯の極み……生粋の戦士とは程遠いではないか。

 剣1つでは満足出来ぬその貪欲さ、反吐が出る。

 貴様は所詮、戦士になる事が出来なかったただの腑抜けよ』

 

「腑抜けだからこそ、卑怯だからこそ俺はあの死を賭した戦いでただ1人生き残る事が出来たのです。

 エンペラー様、貴方の言葉に間違いはありません。

 俺は戦士とは違う。

 ただ愛する者達の為に戦う事しか出来ない……

 かよわい獣人でしか無いのですから」

 

 身体を崩したあの御方は倒れ、その瞬間に姿が消えた。

 トモコの光の矢による不意打ちが無ければ、勝つ事は出来なかっただろう。

 昔の仲間を捨ててしまった俺には、今いる仲間を守る事しか出来ない。

 全てを捨てて平和を優先した俺への罰は既に下っている。

 だが、その罰に打ちひしがれてばかりではいられないのだ。

 

「ヴォルフさん……」

 俺はあの御方を貫いた剣を再び握り締める。

 今後ろにいる者達を、愛するトモコを守る為に俺は眼前にいる『敵』を睨み付けた。

 

『あーあ、歴戦の兵が聞いて呆れるわ。

 ヴォルフ1人狩る事が出来ないなんて。そう思わない?』

『その通り。

 我等が束になってかかってでも、止めねばならぬ程の脅威であると言う事だ』

『拙者達も舐められたものだ。

 こけおどしが通用するとでも思っておったのか?』

 

 サイファ、ケルゾア、シラノを先頭にして、ヴァルーの獣人達が集まっている。

 その中にはヴィアージュの姿もあった。

 トモコは俺の隣に立ち、魔導書を握り締める。

 

「貴方1人に背負わせはしません。

 私も一緒に戦います」

 その言葉に対して俺はトモコと目を合わせる事無く頷くと、剣を振り上げ雄叫びを上げた。

 守らなければならなかった。

 生き残っている息子達の為にも、負けるワケにはいかない。

 

『この人数を相手にして、立っていられるか見物ね』

「サイファ……俺は確かにお前達の希望を奪った。

 俺を憎むのも当然だ。

 だがZEROは俺に願いを聞き、俺は己の意志で願った。

 道を違えた以上、そこをどいてもらおう」

 

 唸り声を上げながら襲い掛かるかつての仲間に対して、俺は怯む事無く立ち向かっていった。

 

 

 ただ漠然と生きていた。

 氷室零は抜け殻の様な人生を送っていた。

 ピアニストとして復帰し、『奇跡を起こした魔術師』として持て囃されたこの5年間、彼は笑った事が1度も無い。

 盲目でありながら次々と名曲を生み出し自分の手で弾く彼の姿に、多くの観客が魅了された。

 

 天武日本を代表するピアニストとなり、彼の懐には湯水の如く金が流れ込んでくる。

 5年前に優勝した時に手に入れた1億円が可愛く感じられる程の大金を手にした零は、人々から羨望の眼差しを向けられていた。

 だが満たされなかった。

 彼の心は冷たく、そして乾き切っていた。

 

 どんな贅沢も、称賛の言葉も彼を癒やす事は出来なかった。

 零はこの世に絶望しながら生き続けていたのだ。

 それでも自殺だけはしなかった。

 自分を庇って死んだ親友との約束は、彼にとって絶対に破ってはならないものだったからだ。

 

「疲れたね」

 自宅にいた零がそう言うと、台所にいた瞳が駆け寄り兄の手を強く握った。

 

「働き過ぎよ兄さん。

 全国各地でコンサートを行った後海外に飛ぶだなんて。

 少し身体を休めないと……

 確かに兄さんのピアノを弾く姿を大勢の人が見たがっている。

 でも身体が壊れてしまったら何にもならないじゃない」

 

「逆さ。

 仕事をしていないと僕はおかしくなってしまう。

 毎夜、苦しめられるんだ。

 桜華を殺してしまった夢を、豊を死なせてしまった夢を見る。

 僕はやってはならない事をしてしまった。

 だから、働いている間は少し楽になる。

 自分の罪を忘れる事が出来るからね」

 

 零が発した言葉は心から出たものだった。

 桜華に罵詈雑言を浴びせ、死に追いやった醜い自分。

 豊が死んだ時にも『助かった』としか思えなかった情けない自分。

 

 彼は世間と己が思う姿とのギャップに苦しんでいた。

 羨ましがられ、尊敬されればされる程彼の心は抉られていく様だった。

 瞳は何とか零の心を救おうとしていたが、5年間の間彼の心の扉を開く事が出来ずにいたのだ。

 

「兄さん、自分で自分を傷付けないで。

 兄さんは今、世界中の人達が必要としている存在なのよ?

 皆が兄さんのピアノを弾く姿を見たがっている。

 兄さんは、皆の為にも生きるべきだわ」

 

 妹の訴えも、彼の心には届かなかった。

 涙を流す妹の嗚咽だけが聞こえてくる。

 暗闇の中で、零は自分を救ってくれる人間が現れるのを待っていた。

 

 不意にチャイムが鳴り、瞳は涙を拭うと立ち上がった。

「私が応対するから、兄さんはココにいて」

 瞳は椅子に座ったまま動かない兄を置いて、玄関に向かう。

 ドアの前に立っている人間が誰か調べる為にモニターを見た瞳は、その瞬間たじろいだ。

「け、警察を呼びますよ!」

 

『呼ぶなら呼ぶで結構。

 ですが呼ぶとなれば、警察が来る前に貴方とお兄さんは死ぬ事になりますよ。

 貴方のお兄さんを我々に引き渡してもらいたい。

 そうすれば貴方に手は出しません』

 

 黒い服に身を包んだ屈強な男3名がドアの前に立っていた。

 スキンヘッドに髭を生やした男、角刈りの男、茶髪の男。

 皆黒いサングラスをかけ威圧感を漂わせている。

 間違いなく普通の人間では無い。

 瞳は立ち竦みそうになったが、兄を守る為に勇気を振り絞った。

 

「このドアはそう簡単には壊れませんし、防弾構造です。

 貴方達がドアを破壊しようと四苦八苦している内に警察が到着します。

 断言しても構いませんよ」

『ほほう、なかなか勇敢なお嬢さんだ。

 しかし、貴方と貴方のお兄さんがそうやって隠れている場合他の罪なき人々が犠牲になるとは思いませんか?』

 

 瞳はドスのきいた低い声で脅され、僅かに呻いた。

『我々には強力なバックがついています。

 貴方のお兄さんが大切に思っている人々を消す事など造作も無い。

 それでも警察に電話すると言うのであれば止めはしませんが……

 後悔する事になるぞ』

 

 丁寧な口調もかなぐり捨て、瞳を脅し続ける黒服の男。

 瞳は涙を流してその場に崩れ落ちた。

「僕が君達についていけばいいんだろう?

 簡単な話じゃないか。僕は行くよ」

 何時の間にか瞳の隣に立ち、そういった零の足を瞳は掴んで首を振る。

 

「駄目、駄目!行かないで兄さん。

 殺されてしまうわ!」

 必死に懇願する瞳に対して零は首を横に振ると、ドアの鍵を開けて彼等を招き入れた。

 

「ついてきていただけますね?」

「ああ。瞳に危害を加えないでくれ」

「安心してください。

 貴方が大人しくついてくるのであれば、無益な暴力は振るうなと厳命されておりますから」

 

 零の両脇に黒服の男が2人並び、腕を掴んで外へと引っ張っていく。

「いやあぁッ!兄さん!!」

 頭を抱え、涙を流して叫ぶ瞳を見ながら、零は優しく微笑んだ。

 

「僕は行かなきゃいけないんだ。

 この空虚だった5年間に、決着をつける為にも」

 零はそう言って、黒服達に引き摺られながらも自分の足でしっかりと歩き出した。

 

 氷室零が『誘拐された』と言う情報は、エターナルナイトで訓練を続けていた新二達の耳にも届いていた。

「すぐに殺すつもりは無いでしょうね。

 もしその気だったのなら、妹さんと一緒に殺していたでしょう。

 美香は零さんが苦しみ抜いた後に死ぬ事を望んでいる。

 5年前の因縁もあるし、私達の力がきっと必要になるわ」

 

 店内は静まり返り、何時もは冗談を言い合っている者達も固唾を呑んでこれからどうなるのかと不安を隠しきれずにいる。

 沈黙を破ったのは火村あかりだった。

 

「玖留美ちゃんの言う通りよ。

 美香の『最終目的』は零の殺害でしょうけれど、それは今じゃない。

 彼女は桜華が全国大会の決勝戦で負けた事をずっと引き摺っている。

 己が桜華と同等、いえ格闘ゲームのテクニックにおいてはそれを上回る強さを持っていると言う事を証明したいんでしょうね」

 

 美香は何よりもあの結果に納得していなかった。

 そして桜華に屈辱を与えた零を憎んだ。

 新二は玖留美からその経緯を聞かされていたが、未だに和解の道は無いのかと思っていた。

 

「やっぱり、戦うしかないんですか」

「私達も、腹を括らなきゃいけないわ。

 ここ一番で勝てば零は助かる。

 今はその事だけを考えましょう」

 

 あかりが言った様に、新二も修吾も来たるべき戦いに備える為に全力を尽くしてきた。

 実力は格段に上昇し、今ではエターナルナイトにいるメンバー達を脅かす程の技術を持っている。

 だが、向こうの敵陣営に『過去の仲間』が加入しているかもしれないと言う情報が彼を不安にさせていた。

 

「過去の友情に亀裂が入って、元に戻らなくなるかもしれないんですよ」

「彼女の呼びかけに応じてしまった時点で、かつて仲間だったとしても敵として見なければいけないのよ。

 その後の事は全てが終わった後考えるしかないと私は思ってる」

 危険なのは、相手に対して非情になれず勝てる戦いを落としてしまうと言う『温情』の問題だ。

 人と人との戦いである以上、それが発生する可能性は拭えない。

 

「どんな相手が来ようとも全力で勝つ。

 それを約束出来ない人は今回の戦いに参加すべきじゃない。

 氷室零の命を助ける事だけを考えられる人だけでチームを組みましょう」

 玖留美は自分に言い聞かせる様にそう言った。

 

 彼女も人間である以上、様々な感情がある。

 大切なのは、感情に流されない事。

 それは温情だけでは無く、怒りや恨みと言った『負の感情』も含まれる。

 冷静さを貫く事が出来る人間で無ければ、真剣勝負を制する事は出来ないだろう。

 玖留美達は向こうの『通達』を受け取ってから本格的に動き出す事を確認し合っていた。

 

 東京都に位置する巨大銀行プラナスの本社ビル。

 5年の間に作られた巨大な地下施設は、美香の『復讐計画』の為だけに作られたものだった。

 

「暫くの間、この場所にいて頂戴。

 シャワーやトイレを使いたい時は私の部下に頼む事。

 大丈夫よ、どうせ貴方の命はもうすぐ終わる。

 少々不便でもすぐにその不便さから解放してあげるわ、永遠にね」

 鉄格子で仕切られた『個室』に放り込まれた零は、何も言わずに目の前にいるであろう美香の事を考えていた。

 

「……初めまして、になるのかな。

 瞳から君の事は聞いていたけれど、実際に会うのはこれが初めてだろうね。

 桜華を死に追いやった相手として僕の事を恨んでいると言うのなら、それはその通りだ。

 僕は恐ろしい過ちを犯してしまった。

 命で償えるものなら今すぐにでも償いたい」

 

 囚人の様な紺色の服を着せられた零は、鉄格子を両手で掴み立ったまま哀しそうな表情を浮かべる。

「すぐに殺しても姉様は喜ばないわ。

 桜華姉様が味わった屈辱と絶望を貴方にも沢山与えてあげる。

 その後で地獄に突き落としてあげるわよ、姉様が命を絶つ時に使ったこの拳銃でね」

 零には当然見えていないが、美香は懐から小型の拳銃を取り出すと愛おしそうにそれを撫でた。

 

「私がこの5年間どれだけ苦しんだか、貴方には解らないでしょうね。

 私には姉様が全てだった。

 姉様に尽くし、姉様が幸せを手に入れる事が私の幸せ。

 貴方は私の世界を奪ったのよ。

 今の私の生きる理由は貴方への恨みだけ。

 姉様がやりたかったであろう事を私が引き継いで、実行する。

 復讐を果たせるのは私だけなんだから!」

 

 桜華の顔を思い浮かべる度、美香は幸福に包まれた。

 彼女への絶対の忠誠を誓った事で、桜華に対する心酔は一般人が理解出来ない所にまで到達している。

 怒りと恨み、そして天国にいるであろう桜華が喜んでくれると言う思いだけが美香の心を支えていた。

 

「豊から『生きてくれ』と言われなければ、僕はとっくの昔に死んでいただろう。

 自殺する事は許されない。

 誰かに殺されるしかない。

 そう考えた時、君の事を考えた。

 君なら、終わらせてくれると信じている。

 それは僕の望みでもあるんだ」

 

 零は生きる目的を失い、文字通り暗黒の人生を過ごしていた。

 目標を見失い、抜け殻となっていた。

 だからこそ、美香こそが自分の人生を終わらせる人物に相応しいとも思っていたのだ。

 

「決戦は今日から数えて10日後の8月8日。

 私を含めた5人の精鋭と向こう側の5人で対戦する。

 3勝したほうが勝ち。

 解り易いルールでしょ?

 引き分けになる事はまず無いし、負けも無い。

 貴方が望んでいる通りに『死』を与えてあげるわ。

 楽しみにしている事ね」

 

 美香は高笑いしながらその場を去り、数名の黒服と零だけが部屋の中に残された。

 (すまない。

 僕にとっては嬉しい話だが君の心に傷を残してしまわないかどうか、それだけが気がかりだ)

 

 殺人。

 怯える事無く人の命を奪える人間はそう多くない。

 美香も今までに自分で人を殺した事等あるワケも無く、躊躇する事無く引き金を引けるかどうかは誰にも解らなかった。

 

 零が屈強な男達によって連れ去られた日の翌日、エターナルナイトの現在の運営者である笹森冬司のもとにメールが届いた。

 

「試合の日は8月8日。

 午前9時にプラナス本社ビルの正門前に赴く事。

 ゲームに参加する5名以外は午前8時に裏門の前に集まり、別室で待機。

 試合中にその部屋から外に出る事は許されない。

 ゲームは午前10時から開始。

 5名のメンバーがそれぞれ色分けされたドアから部屋に入り、その部屋にいる者と試合を行う。

 5試合のうち3勝した方を勝利とし、勝利した方が『氷室零』の処遇を決める権利を得る。

 事前に警察へ通報したり、こちらが決めた取り決めを守らなかった場合は即氷室零の処刑を行う。以上」

 

 届いたメールの内容を笹森加奈が読み上げた後、店内は再び静寂に満ちる。

 何しろ自分が勝つか勝たないかで人間の生死が決まってしまうのだ。

 自分から手を挙げようとする者等殆どいなかった。

 

「現時点で、最も腕が立ち精神的にも強いと判断したプレイヤーを発表するわ。

 勿論、断るのは自由よ。

 断るって事は覚悟が無いって事だからこちらとしても考え直してもらう理由が無い」

 玖留美は敢えて厳しい言葉を投げかける事で、彼等を発奮させようとしていた。

 

 彼女に敵愾心を抱き『なにくそ』と言う感情で挑んでくれた方が寧ろ助かる。

 玖留美はそう思っていたのだ。

「まずは……私。

 私じゃ駄目だって思う人はいる?」

 

 玖留美はリーダーとして残りのメンバーを引っ張っていく覚悟を決めていた。

 兄と同じ優れた空間認識力を持ち、実力も申し分ない。

 苦しみから何度も立ち上がるタフさも備えていた。

 店内にいる人間から何の意見も出なかった為、玖留美は問題無しと判断して話を進める。

 

「次に、私をサポートしてくれる参謀として火村あかりさんを推薦します。

 彼女はZERO全国大会の優勝経験こそ無いものの、エターナルナイトでの実力はトップクラス。

 闘戦興編集員としての豊富な知識量を持ち、何よりも度胸が据わっている。

 井島豊さんに成長した姿を見せると言う意味でもあかりさんの士気は極めて高い。

 私はそう思っています」

 

 あかりは玖留美の師匠として彼女を鍛え、導いた恩師だった。

 玖留美がZEROプレイヤーとして強くなれたのも彼女の存在が大きい。

 そして『井島豊の意志を継ぎ、共に戦う』と言う意識で戦ってきた以上、彼女を外す事は出来ないだろう。

 

「私で良ければ力になるわ。

 一緒に頑張りましょう」

 玖留美と握手を交わし、玖留美の隣に立つあかり。

 井島豊が命を使って守った相手である氷室零。

 彼を守る事が豊の望みであるとあかりは考えていた。

 

「そして、私を補佐してくれるもう1人の参謀として海野亜津子さんを推薦します。

 2006年度の全国大会優勝と言う肩書きも選出の理由の1つになりましたが、一癖も二癖もある『ギルドZERO』のメンバーを実質的にまとめていたのは彼女です。

 リーダーであった天邪鬼さんから『ギルドZERO』を託され、見事にその期待に応えてきました」

 格闘ゲームの世界から去った天邪鬼であったが、海野亜津子は彼女に魅せられ彼女によって成長してきたプレイヤーである。

 天邪鬼の置き土産とも言うべき亜津子の腕前は、今やあかりも認める程だった。

 

「この後のメンバーを誰にすべきか相当悩みました。

 実力が拮抗しているエターナルナイトのメンバーの中で誰を選ぶのが正しい選択なのか。

 先に言っておきます。

 選ばれなかった人達に実力が無いワケではありません。

 あくまでも、特に秀でている人を選んだだけです。

 残り2人の内の1人は、伊達静香さんが相応しいと思います」

 

 この瞬間に、鏑木修吾と月山新二の2名が両方選出されると言う可能性は完全に消えた。

「伊達静香さんは2008年の全国大会で優勝し、高い技術力とその場その場における適応力に優れたZEROプレイヤーです。

 全国大会で長尾遼子さんと鎬を削った彼女の実力は確かなもの。

 私は彼女が必要だと強く感じました」

 

 昔は恋人の登坂順也の影響で少々荒っぽい性格だった静香も、5年の間に成長を遂げていた。

 腕が伸びず腐ってしまった登坂と違い彼女はエターナルナイトや電脳皇帝に通い続け、結果を出している。

「私の力を見せてあげる。

 やるからには全力で戦うわ」

 

 静香はこの結果に満足げな表情を浮かべていた。

 『五百万石』で長尾遼子に敗北してから、その悔しさが彼女をここまで押し上げてきたのだ。

「最後の1人は……月山新二君、貴方よ」

 呼ばれもせずに終わってしまうのではないか。

 そんな不安と戦っていた新二は名前を呼ばれた瞬間驚いて棒立ちになった。

 

「新二君は『期待の新星』として私が招き、私が思った以上の成長を遂げてくれた。

 精神的にはまだ未熟な所もあるけれど、貴方の持つ『負けたくないと思う力』がそれを補っている。

 エターナルナイトで揉まれて、本当に強くなったわ。

 おめでとう」

 

 手を差し出され、反射的に応じる新二。

 まだ自分が選ばれたと言う事実が信じられず、呆気に取られた様な顔をしている。

「俺で、本当に良いんですか?

 勿論やるからには絶対勝ちに行きますけど」

 

「そこが未熟なのよ。

 もっと自分の実力に自信を持ちなさい。

 このゲームセンターに初めて来店した時の貴方はもういないの。

 若いからこそ、吸収力があった。

 変なプライドが無いから、教わってすぐに伸びた。

 そこが貴方の良い所なんだから」

 

 弱気になった新二に対して玖留美は発破をかけた。

 鏑木修吾は自分の戦い方に自信を持っていた事がマイナスに働いたのだ。

 自らの知識を過信し、プライドが成長の邪魔をした。

 新二はとにかく上手になりたいと言う意識を持ち懸命に教わり続けた。

 

 短期間の訓練でもその差は顕著に出る。

 そして修吾はその事を自覚していたからこそ、この結果に納得していた。

 (頑張れよ、シン。

 俺も何時か、玖留美さんが頼りにする様な男になってみせるから)

 

 新二の両肩に手を乗せ、新二を見つめる玖留美。

 その目には彼に対する信頼と決意が感じられる。

 

「自分を信じなさい。

 当然、過信も厳禁。

 チャレンジャーとして、謙虚に勝ちにいくのよ。

 それは貴方だけじゃなくて、他のメンバーにも言える事。

 最後まで諦めない姿勢が逆転の可能性を生む」

 

 真剣な表情で訴える玖留美の熱意に負けない様に、新二は力強く頷いた。

「それに、まだ選出が終わったワケじゃないわ。

 5名のプレイヤーを勇気付け、応援するメンバーを発表します」

 

 別室での応援とは言え、そこにいて応援してくれていると言う事実があるだけで実際に戦う者のモチベーションも変わってくる。

 とは言え『見届け人』でもある以上、それ相応の実力者かつ関係者である必要があった。

 

「柏糸涼介君、鏑木修吾君、雨宮比呂子さん、遠藤咲さん、中澤久緒さん、堀北栞さん、氷室瞳さん。

 以上7名をこの試合の『見届け人』とします。

 あまりにも大勢のメンバーでプラナスに出向いても追い払われる可能性が高い。

 向こうが用意する『別室』もそこまで広くは無いでしょうし、7名なら美香も承諾するでしょう」

 

 つまりこの7名が『選出にこそ漏れたものの高い技術力を持つメンバー』と言う事になる。

 瞳は零にずっと付き添いゲームセンターに赴く事が減ってはいたが、誘拐された人物の身内である事から選ばれた。

 

「8月8日まであと10日。

 この10日間の間に私達はもっと腕を上げられると信じています。

 選出されたメンバー全員でさらなる研鑽に励み、最高の結果を残せる様に力を尽くしましょう。

 見届け人の7人も、5人をサポートして押し上げる事に力を注いでください。

 特に新二君には各々が持っている経験と技術を惜しみなく与える事。

 彼はまだまだ強くなれる可能性を秘めています」

 

 玖留美は『ダイヤの原石』として新二の事を高く評価していた。

 磨けば光る隠れた才能。

 美香は彼を見つけ出す事は出来なかったが、それが決戦において『違い』を生み出すのではないかと玖留美は考えていた。

 

「早速今日も出来る限り練習を続けましょう。

 時間は限られている。

 試合が終わった後ゆっくり休めば良い。

 井島豊さんを救えなかった哀しみの記憶は、今でも多くの人の心に刻まれている。

 私達の手で零さんを必ず救い出しましょう」

 

 オレンジ色のサングラスは、豊の意志を継ぐ証明としてエターナルナイトにいる多くのプレイヤーがかけている。

 まだかけてはいなかったが新二も数日前、玖留美からサングラスを貰っていた。

 (今思えば、俺にサングラスを渡したのは期待の証だったんだろうな)

 新二はサングラスを受け取った事を修吾には黙っていた。

 玖留美は修吾にサングラスを渡さなかったからだ。

 

「……兄の事、宜しくお願い致します」

 エターナルナイトに来ていた瞳は、玖留美を含めた5人に対して深々と頭を下げた。

 

 復讐、天武日本の未来、最愛の姉、借金返済、桜華と美香への思い。

 バラバラの動機を持ちつつも、5人が為すべき事は同じ。

 勝つ事だけが求められていた。

 

「もう1度念を押しておくけれど、貴方達の願いを叶える為には勝利しか無い。

 勿論私だって勝たなきゃ駄目。

 練習試合で負けるのは1割か2割あっても良いけれど、本番での敗北は許されないのよ」

 プラナスの地下施設。

 漆黒に塗られた壁に囲まれた部屋の中に、黒いフードを被った女性の姿があった。

 

 黒のフードは黒いパーカーについているもので、そのパーカーには舞い落ちる桜の花びらがデザインされている。

 フードの縁や花びらは金色に塗られ、渋さを感じる黒の中に豪華な金色が混じる事で絶妙のバランスを生み出していた。

 

「玄武、白虎、青龍、朱雀。

 私が天武日本を代表するZEROプレイヤーの中から選び出した猛者達……

 白鳥が私に薦め、私も貴方達ならやれると信じて声をかけた。

 期待を裏切らないでほしいわね」

 それぞれの目的があり、そして今まで勝ってきた者としてのプライドがあった。

 

 罪悪感を抱える者も中にはいたが、その試合だけは自分が誰であるかと言う事を忘れて戦う事を心に誓っている。

 (涼君、ごめんね……)

 白虎は愛する者が向こう側にいる事を思い、拳を強く握り締めた。

 

「向こうも10日間の間に追い込みをかけるでしょう。

 私達もやるわよ。

 世界中のZEROプレイヤーの動画を集め、対戦相手となる可能性が高いプレイヤーの弱点は事前に調べている。

 金と情報収集力ならば私達の方が遥かに上。

 零の最期を奴等に見せる為にも、ココが踏ん張り所ね」

 

 5年間、勝利だけを考え育ってきた美香。

 ZEROと真摯に向き合い、多くのZEROプレイヤー達と戦った。

 対人戦をこなしてきた量においては若干劣るかもしれないが、かき集めてきた者達の影響により練習の質は非常に高い。

 (桜華姉様、もうすぐだからね。

 姉様の墓に、零の首を供えてあげるから)

 

 美香は桜華に勝利を届ける事を誓う。

 勝つ事だけに執着してきた彼女の、晴れ舞台が近付いてきていた。

 

「ふあーあ……もう10時か。

 ちょっと気合を入れ過ぎちゃったかな」

 美香からの連絡の後、猛特訓の総仕上げを続けていた新二は時計を見ながら大欠伸をした。

 通達から数日。

 大学が長い夏休み期間に入っている事もあり新二は朝から晩まで練習を続けている。

 

 他のメンバーにもサポートする者がつくのだが、新二には火村あかりと九龍玖留美がついていた。

 新二にかけられている期待はそれだけ大きく、それ故にかかる重圧も当然増していく。

 休憩を挟みながらの練習だったが、新二の身体は疲労により悲鳴を上げていた。

 

「閉店時間ですよ。

 練習はまた明日にしましょう」

 店長の妻である笹森加奈が声をかけてくる。

 火村あかりはその意見を受け入れた。

 

「そうね。

 明日もあるし、身体を壊してしまったら意味が無いわ。

 それと、今から貴方の家に帰るのは時間がかかるから良ければ私の家に泊まっていきなさい」

 あかりからの突然の申し出に、新二は驚いて言葉を発する事が出来なかった。

 

 あかりが1人暮らしをしている事は既に知っている。

 1人暮らしの女性が若い男を自分の家に泊まらせる事など普通はしない。

 

 (これはお誘いか……はたまた俺を男とも思っていないかのどちらかだな。

 まぁ誘いじゃ無いだろ)

 新二は肩を落とし、小さく溜息をつく。

 彼はそれだけ信頼されているのだとポジティブに考える事にした。

 

「ココよココ。

 豊がいた部屋にはあっちゃんがいるわ。

 もう明かりがついてないから寝たかもしれないわね」

 アパートの階段を登り、部屋の中に通された新二は部屋の中に随分男が住んでいる様な雰囲気が漂っていた為また驚く。

 

「なんか、女の人の部屋って感じがしませんね」

「そりゃそうよ。

 だってこの部屋、豊が隣の部屋に住んでいた時の内装そっくりにしてるんだから」

 

 殺風景な部屋。

 机の上にはノートPCが置かれ、壁には有名なロックバンドのポスターが貼られている。

 デジタル表示の時計がポスターの横に設置されており、簡素な台所の横にはそれほど大きくは無い冷蔵庫が置かれていた。

 

「豊の部屋にあっちゃんが引っ越してくる事が決まった時、豊のお母さんに許可を取って部屋に残っていた机や冷蔵庫を貰ったの。

 勿論棚の中とかにあった書類関係は全部向こうに渡したけど……

 豊が住んでいた痕跡を、どうしても残しておきたくってね」

 戸棚の上に置かれていた写真立ての中に、ピースサインをしながら満面の笑みを浮かべている井島豊の姿が収まっていた。

 

「この人が、豊さん……

 俺、今初めて豊さんの顔を見ました」

「豊が写ってる写真って、結構少なかったのよね。

 今となっては、後悔してるわ」

 

 写真立てを暫く眺めていたあかりは、新二の顔をじっと見つめる。

「豊は、零の命を守る為に自らの命を犠牲にした。

 きっと、咄嗟に起こした行動だったんだと思う。

 猫がトラックに撥ねられそうになった時に助けに行く……みたいな、本能の様な動きって言えばいいのかしら」

 溌剌とした笑顔を絶やさないあかりが新二に初めて見せた、哀しそうな表情だった。

 

「私は、小学校の頃からずっと豊と一緒に生きてきた。

 何時も側にいるのが当たり前だと思ってたわ。

 でもそれは間違いだった。

 こんなに簡単に人は死んでしまう。

 生きるのは難しい事だけれど、死ぬのはあっと言う間。

 だから……私は豊が生きていたならやっていたであろう事を引き継ぐ事にしたのよ」

 

 あかりが闘戦興の編集員である事は新二も知っていたが、井島豊もそうであったと言う事実は最近まで知らなかった。

 そして、九龍玖留美よりも火村あかりの方がずっと、井島豊の死に対してショックを感じていたと言う事実も知らなかったのだ。

 

「貴方が零を助ける為に力になるって言ってくれた時、本当に嬉しかったわ。

 本番は今やってる練習なんかよりもっと辛く苦しい戦いになるでしょうけれど、頑張りましょうね」

 哀しみを押し殺して、今すべき事をする。

 あかりは新二の前で笑顔を見せ、哀しむよりも前進するべきだと言う事を彼に教えようとしていた。

 

 真夜中。

 床に敷かれた布団で寝ていた新二は、得体の知れない違和感を感じて目を覚ました。

 (あれ、なんか変だぞ。

 ぬるぬるしたのが下腹部に纏わりついて……)

 

 あまりにも暗い為、何も見えない。

 新二がゆっくり起き上がろうとした時、誰かに両肩を掴まれ阻止された。

「寝てて良いのよ新二君。

 それと、この部屋は防音とかじゃないから大きな声は出さない様にね」

 

 耳元でぼそっと囁いてくるあかりの声。

 そして陰部を包み込んでくる熱を帯びた物体。

 

 (嘘だろ……これって、あかりさんとセックスしてるって事!?)

 暗闇の中、陰茎が膣に擦られる感覚だけが身体に伝わってくる。

 あまりの快感に声が出そうになり、新二は歯を食いしばった。

 

 (やべ、こんなに気持ちいいんだ……

 でもこんな形で童貞卒業か。複雑な気分だなぁ)

 相手の顔も姿も見えないまま、怒張した陰茎が肉壁によって扱かれる。

 淫らにうねうねと上下し時折根元を締め付け、変幻自在に動き回る事によって新二を快楽の渦へと引き摺りこんでいた。

 

「うわ、凄い……滅茶苦茶気持ちいいです」

「そう?だったら、もっと頑張っちゃおうかしら」

 爆発寸前まで膨らみ、硬くなった剛直をあかりの膣が包み込み、剥けた亀頭部分を刺激する。

 (うひッ!これやばいって……)

 豊に『男殺しの名器』と言わしめた膣を持つあかりと、つい先程まで女性との経験が皆無だった陰茎を持つ新二とでは勝負にもならない。

 

 下腹部と陰茎がビクビク痙攣し、それと同時に熱を含んだ精液が彼女の中に放たれた。

「くうッ!す、すいません。中に……」

「私は薬飲んでるから大丈夫よ。

 遠慮せずに全部出しちゃいなさい」

 

 絶頂を迎えた陰茎の先端が、震える度に欲望の塊をあかりの膣内にぶちまけていく。

 やがて射精が収まると、あかりは近くに置いておいたティッシュを数枚取った後陰茎を膣から引き抜いた。

 

 薄明りの中、新二はあかりの生まれたままの姿を見て思わず息を呑んだ。

 (会った時から凄くスタイルが良いなとは思ってたけど……

 裸だと余計にいやらしく感じる)

 モデルかグラビアアイドルか。

 誌面を彩る美しい女性達に匹敵、いや凌駕しているのではないかと新二に思わせる程の迫力が目の前にある。

 

 流線型のくびれ、形が全く崩れていない胸、主張しない程度の腹筋、薄く日焼けした健康的な肌……

 その全てが新二の手に届くハズも無い美しさで、触れる事が躊躇われる程だった。

 

「どう私の身体、綺麗だと思う?」

「はい、俺なんかの相手をしてくれるのが勿体無い位です」

 裸のままベッドに腰掛けていたあかりは、新二がそう答えると僅かに視線を下に向ける。

 

「今はそう見えるかもしれないけれど、せいぜい30代前半までが美しさを保てていれる限界ね。

 色々意見はあると思うけれど、私はそう思ってる。

 相手が生唾を飲み込む位の身体でいれるのには限りがあるわ。

 だから、『抱かせてあげよう』と思ったら絶対に躊躇しない。

 誰彼構わず身体を許してる女じゃ無いのよ?私は」

 

 あかりは今の自分の肉体に自信と誇りを持っている。

 衰えが来る事が解っているからこそ、楽しめる時に楽しみたいと思っていた。

「でも、どうして……?」

 新二は整った顔の部類だったが、中学・高校共に地味だった事から女性との恋愛を全く経験してこなかった。

 自他共に認める『冴えない男』であった新二にあかりが何故身体を許したのか、彼はどうしても気になったのだ。

 

「貴方は確かにプロゲーマーの資質と、矜持を持っている。

 でも、貴方には足りないものがあった。

 それは『自信』。

 特に女の子と話している時、会話に慣れていないせいか視線を逸らす癖があるのよ……

 貴方自身は無意識にやっていて気付いていなかったでしょうけど、私にはすぐに解った」

 

 そこまで友達が多いワケでも無い学園生活を送ってきた新二には人の目、特に女性の目を真っ直ぐに見る度胸が無かった。

 度胸と自信。

 その2つが欠けていれば当然『大勝負』を行う際に影響が出る。

 

「貴方とセックスした理由は2つ。

 1つは、貴方のその臆病な部分を少しだけ変えてあげたかったから。

 勿体無いじゃない。

 それだけの力を持っているのにも関わらず100%の力を発揮する事が出来ないだなんて。

 でも、こういう形で助けてあげられるのは私。

 玖留美ちゃんには、こういう事は出来ないしそもそも向いていない。

 私にしてあげられる事だから、してあげようと思った。

 あともう1つは……」

 

 あかりは愛おしそうに新二の頭を撫でた。

「貴方が人の為に何でもしたいと思う強い心が、ちょっと豊に似てたから……かな」

 その顔は、新二を愛していると言うのでは無く、少し歳の離れた姉が弟に抱く様なちょっとした母性の様に見える。

 新二も、あかりが自分を『愛してくれる』とは思っていなかった。

 身体を許してくれただけで充分だったのだ。

 

 ベッドから立ち上がったあかりは、生まれたままの姿を新二に惜しげも無く披露し存分に見せ付ける。

「もっと自信を持ちなさい。

 貴方の心の片隅にある『負けたらどうしよう』と言う弱い気持ちに蓋をするのよ。

 自分を信じなければ、相手に勝つ事は出来ない。

 今度は……貴方が動く番ね」

 

 そう言うとあかりは淡い光に包まれた部屋の壁に手を付き、尻を新二の座っている方向に向けた。

 (立ちバック、か……

 そういうビデオでしか見た事が無いシチュエーションだよな。

 まさか俺がやる事になるとは……)

 

 下半身を露わにした新二は立ち上がり、あかりの背中に触れた。

 若さと先程の快楽の記憶が、再び陰茎を勃起させている。

 痛みを感じる程に膨れ上がった欲望は、彼女の中で弾ける事を強く望んでいた。

「貴方が入れて、自分で気持ちよくなれる様に動いてみて」

 新二は左手で彼女の背中に触れたまま、右手で陰茎の根元を掴み、膣の近くへと持っていく。

 

「下側におちんちんを入れる所があるから、腰を突き出せば案外すんなり入っちゃうわよ」

 万が一にもあかりの菊穴には入れない様に細心の注意を払いながら、膣口に先端を添えた後右手も背中に持っていき一歩を踏み出す。

 下半身を前に持っていく意識で強く前方に突き出すと、怒張した砲身は最初から入っていたかの様にするりと滑り込んでいった。

 

「あは、入ってきた……結構簡単でしょ?

 難しく考えないで。

 目の前の困難に怯える事無く、堂々と立ち向かいなさい」

 先程あかりが騎乗位の形で挿入してきた時とはまた違う、甘美な感覚が下半身全体を駆け巡る。

 

 (凄い。特に上側がぬるぬるしてる……

 何が違うとはハッキリ言えないけど、さっき入ってた時より気持ちいい)

 快楽が欲望を加速させ陰茎が硬く太くなったが、どう動けばいいのか新二にはまるで解らなかった。

 

「あかりさん、入りましたけどこの後はどうすれば……」

「私の横腹を両手で掴みながら、奥に突き入れたり引いたりして。

 引き過ぎると抜けちゃうから、加減は自分で調整するのよ」

 

 自分が気持ち良くなる様に動く。

 自分の意志で行動する。

 新二は『強くなりたい』と言う気持ちはあったが、周りに流され、自分を強く出す事が出来ずにいた。

 我が強過ぎるのは問題だが、新二の場合流されるままに生きてきた為自分の中の強さが欠けていたのだ。

 

 (好きな様に、今は気持ち良くなる事だけを考えて……)

 腰を引いたり、突き出したりする行為を繰り返す。

 拙い動きではあったが、温かい肉の壁の中にいるだけで弾けそうな程の快楽が新二に襲い掛かってきていた。

 

「で、出そうです……」

「駄目、私を気持ちよくして。

 少し位なら乱暴に動いてもいいから」

 強いピストン運動を続けたかったが、先程セックスを体験したばかりのうぶな陰茎ではあかりの名器に耐える事は難しい。

 

 (自分で考えないと。

 ただ射精するだけなら誰でも出来る。

 あかりさんを満足させるにはどうすればいいか、考えるんだ)

 

 新二は陰茎が膨らみ、射精の前兆を感じた為一旦膣から己のモノを引き抜いた。

「やべぇ……あかりさんの中、反則級ですよ。

 耐えられる人なんているんですか?」

 

「豊は無理だったわ。

 私が気持ち良くなる前に何時も出しちゃってね。

 涼介は凄かったけど……

 新二君だってやろうと思えば我慢する事が出来るハズよ」

 亀頭の先端から透明な汁が滴り落ちている。

 

 普段自慰行為に及んでいる時とはまるで違う肉棒の脈打つ姿は、新二自身が驚く程だった。

 (こんなに興奮してるの、生まれて初めてだ。

 無策でまた入れようものなら、絶対出てしまう)

 新二は誘う様に尻を左右に振るあかりの艶めかしい後姿を見ながら、覚悟を決めて再び彼女の中へと入っていく。

 

 (別の事を考えるしかない。

 一旦目の前にある快楽の事を忘れて、保たせるしか方法は無いんだ)

 自殺行為とも呼べる激しいピストン運動をしながら、新二は冷静な視点を持つ努力をした。

 快楽を感じている己を俯瞰で目撃している様な意識を持ち、これが現実では無い様に振舞う。

 

 不思議なもので、今までそういう経験をしてこなかった事が幸いしたのか新二自身が驚く程簡単に成功した。

「やだ、私をこんなに攻め立てながら射精しないなんて……

 新二君凄い!もっと突いて」

 爆発寸前の陰茎が崖っぷちに立ちながらも何とか踏みとどまり、少々強引ではあるが膣の中で暴れ回っている。

 

 (こんな事あるハズが無いんだ。

 これは夢……セックスなんてしていない)

 現実を現実と捉えずに見つめる事で、萎える事無くギリギリの状態で陰茎が耐え続けた。

 射精の誘惑に屈する事無く、あかりを絶頂に導く為に肉壁の中を縦横無尽に動いている。

 

「あ、やだ……ビクビクしちゃうぅ」

 奥の部分を肉の凶器が貫いた瞬間、耐えられなくなったあかりは壁に掴まったまま全身を激しく痙攣させた。

 その瞬間、万力の様に陰茎の根元が締め上げられ踏ん張っていた陰茎が限界を迎えて弾ける。

「う――――ッ!!」

 

 大声を出さない様に歯を食いしばりながら、射精が与える最大級の快楽に溺れる新二。

 あかりは壁に、新二はあかりの背中に全てを預けながら全身を震わせていた。

 あかりに抱き付いたまま、新二は溢れ出す欲望を全てあかりの中に注ぎ込む。

 射精する度に陰茎がビクビクと動き、それに合わせるかの様に膣の中も痙攣を繰り返していた。

 

「凄い量……私が気持ち良くなるまで耐えるだなんて凄いじゃない。

 新二君、才能あるわ」

「セックスの才能なんてあってもなぁ……

 ただ、無心で動いてただけですよ。

 余計な事を考えないでがむしゃらに。

 簡単に射精はしないと心に決めながら動いてました」

 

 激しく愛し合った為あかりも新二も汗だくになり、お互い荒い息を吐きながらその態勢を保っている。

「それに、出したのにまだ私の中で大きくなったままよ。

 自分が知らなかっただけで、実際磨けば光る技術を持ってる。

 貴方はそういう人なのかもね」

 

 新二の陰茎が勃起したままなのはあかりの膣内が刺激を与え続けていたからだった。

 一番最初に大量の精液をぶちまけた後、膣が与えてくる凄まじい快楽が新二の勃起を保たせていたのだ。

 

 (最初にそんな事を言われたな。

 磨けば光るって……俺は自分の実力に自分で蓋をしていたのかもしれない。

 勇気が、足りなかったんだ……

 臆せずに一心不乱に突き進んでいけるだけの勇気が……)

 

 射精した事による疲労感に襲われ、新二は床に敷いてあったベッドに倒れた為陰茎が抜けた。

「あ、やばッ……

 もう、本当に凄い量ね」

 陰茎が抜けた事で膣から白濁液が溢れ出し、床に滴り落ちていく。

 

 あかりは机の上にあったティッシュを手に取ったが、もう殆どの精液が床に落ちてしまっていた。

「本当に、凄かったです。

 最後はワケも解らない感じで、目の前が真っ白になっちゃって」

 

「男は射精する瞬間にそう感じるみたいね。

 豊も同じ様な事を言ってたわ。

 ジェットコースターみたいにいきなり上がっていきなり落ちる感覚らしいけれど、女性は緩やかなのよ」

 あかりは膣に付着していた精液を拭きとると、荒い息を吐きながら再びベッドに腰を下ろす。

 

 頬が赤く染まり、笑顔を見せながらもかなり疲れている事が解った。

 新二も凄まじい疲れを感じている。

 

「セックスをしてみた感想は?」

「あー……何て言ったら良いんでしょうね。

 言葉にするのが難しいんですけど、してよかったなぁと。

 この体験が確実に俺の人生に良い影響を与えるんじゃないかとは思ってます」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。

 貴方が強くなれば、私だって助かるもの」

 

 セックスの後も身体を隠す事無く堂々と見せ付け、何時もと変わらぬ様に振舞っている。

 飾らない美しさが彼女の魅力であり、また彼女の強さの源になっているのではないかと新二は思った。

 

「最初会った時、あかりさんは高嶺の花だと思ってました。

 本当に綺麗で、妖艶さを纏っていて……

 さっきも言いましたけど俺なんかが触れちゃいけないものだと思っていたんです。

 でもこうしてセックスをして、あかりさんを身近に感じて……

 凄く嬉しかった」

 

「私なんて、そこまで凄い女じゃないのよ?

 ただ、気に入った相手と寝てるだけ。

 恋愛感情とは違うんだけど、好きになったらもっと親密になりたいって思っちゃう。

 時間が合えば、またしてあげるわ。

 そういう大切に思ってる人が何人かいるから、何時でもってワケにはいかないけどね」

 

 笑顔を見せるあかりの姿が、新二にはとても眩しく映った。

 

 (あかりさんは本当に凄い。

 誰とでも心を通わせる事が出来るから、誰とでも仲良くなれる。

 燻った青春時代を過ごしてきた俺とはまるで違う。

 羨ましいな……いや、そうじゃない。

 羨ましがってるだけじゃ、現状は変わらない。

 俺自身に変わってほしいとあかりさんが願っている。

 俺も変わりたい。

 あかりさんは俺とセックスをする事で、変化を促しているんだ)

 

 流されるままに生きてきた己を変える。

 クラスの人気者を羨望の目で見ていた己を変える。

 新二はあかりにその機会を与えられた。

 そして、必ず変わる事を心に誓った。

 

「有難うございました。

 俺、この経験を大事にします。

 そして、必ず勝ちます。

 負けたらどうしようなんてもう考えません。

 さっきの様に無心になる事で無欲の勝利を掴んでみせます」

 

「私も貴方にお礼を言わなくちゃね。

 久しぶりにセックスで絶頂を迎える事が出来て嬉しかったわ。

 忘れないで。

 その決意は大事な局面できっと助けになってくれる。

 人生の糧になるハズよ。

 久緒ちゃんみたいに進み過ぎるのもいけないけどね。

 バランスも大事だから……」

 

 疲れてはいたが、新二の心は晴れ渡っていた。

 心の中の靄が消え、人生の目的が定まったと感じた。

 あかりと性行為をする事が意識を変えるきっかけになるとは思っていなかった新二にとっても、勉強になった一時だった。

 

 心の壁を作る事無く、笑い合える仲になる事を目指す。

 豊があかりに感化され守り抜いてきた事を、あかりは豊を失った事でより強く感じる様になった。

 

「じゃあ後ろ向いて。

 背中は私が洗ってあげるから」

「俺もあかりさんの背中流しますよ。

 それにしても女の人とシャワー浴びれるってだけで凄く嬉しいです」

 新二の人生初となる女性とのシャワー。

 

 薄暗い部屋で見たあかりの裸は、明るく照らされた部屋でより一層輝きを増している様だった。

 あかりの屈託の無い笑顔が、新二の心の奥に眠っていた孤独に怯える感情を癒やし、涙腺を滲ませる。

 

「夢なら、覚めないでほしいなぁ。

 俺、こんなに優しくされたのも初めてなんで……」

「ホラホラ、楽しいと思ってるんだったら泣かないの。

 哀しい時より楽しい時を増やしましょう。ね?」

 あかりはそう言って笑ったが、本当は自分自身にも言い聞かせる為の言葉だった。

 

 新二を自分の部屋に誘って性行為に及んだ理由。

 あかりは敢えて新二にもう1つの理由は告げなかった。

 豊を失った自分の心と身体が、新二と同じ様に孤独を感じ、寂しさによって押し潰されそうになっていたのだ。

 お互いに求めていた。

 愛を与える事で心の飢えから逃れようとした。

 

 あかりもそれは新二と変わりはしない。

 

 (ねぇ豊……私、頑張るからね。

 心が折れそうになる事があるけど、何とか踏ん張るから見守っていて。

 新二君もそうだった。

 私が見ていてそう思った1人……

 豊も、涼介もそうだった。哀しい目をしてた)

 

 虐められていた豊、己のコンプレックスをひた隠しにして生きてきた涼介。

 心の何処かで皆愛情を求めている。

 人間である限り、それは誰もがそうであり、永遠に求め続けるものだった。

 

 シャワーを浴びた後、新二はあかりにある事を頼み、あかりもそれを承諾した。

 夏の暑い日だからこそ出来る全裸での抱擁、そして就寝。

 あかりが眠っていたシングルベッドに寝ころんだあかりと新二は、薄い掛布団の中でしっかり互いを抱き締める。

 

 (ああ、温かいな……

 セックスをしていた時とはまた違う温かさだ。

 女の人の肌って凄いすべすべしていて、触れているだけで嬉しくなる)

 

「結構腹筋あるのね新二君って。

 さっきまで服着てたから解らなかったけど……」

「やる事ゲーム以外にあんま無かったんで、何となく鍛えてみようと思って。

 ただ腹筋とスクワットを悪戯に繰り返してただけなんで、実用的な筋肉では無いと思いますよ」

 

 互いに欲望を求めた後は、互いに愛情を求めた。

 ただ、そこにいてくれると言う喜び。

 あかりも新二も、相手の肌に触れながら目の前にいる人間では無い他人の事を考えていた。

 

 (豊とこうした事もあったっけ。

 懐かしいな……)

 (師匠とこんな事が出来たらな。

 今何処にいるんだろう。会いたい……)

 

 新二は樽酒桃子の事が脳裏に浮かんだ時、あかりが与えてくれる愛情が何故自分にとって嬉しい事なのか悟った。

 樽酒桃子はあかりに似ていた。

 そして灰色の青春時代を送った新二が心の奥底で愛していたのは桃子だったのだ。

 そして、あかりが豊の事を考えているであろう事も、新二には解っていた。

 

「豊さんは、きっと……

 あかりさんの事を誇りに思っていると思いますよ」

「そうだと良いんだけどね。

 仕事でも失敗ばっかりで。この前も記事の文字を間違えて編集部に迷惑かけちゃったし……

 失敗は誰にでもあるのよ。

 大事なのは、その失敗を教訓にする事が出来るかどうか。

 前を向きなさい、新二君。

 過ぎ去った過去の苦しみより、これからやってくる未来の方がずっと大事なのよ」

 

 新二の頬に涙が伝った。

 あかりも涙を流していた。

 

「あかりさん……!!」

「私も、さっき泣かないでって貴方に言ったのにね。

 嫌になっちゃうわ」

 

 温もりを求めた。

 あかりも新二も、今まで生きてきた道は違えど共に戦っていこうと決意していた。

 挫けそうになっても、この夜の事を思い出して進み続ける。

 新二は今までの自分の殻を破り、さらに強い男になる事を誓った。

 

 翌朝、新二が目を覚ますと全裸のあかりが目の前にいた。

「おはよう、新二君」

 少し先に目を覚ましていたのか、あかりは新二と抱擁した状態のまま声をかける。

 

「おはようございます。

 それにしても、夢じゃなかったんですね……」

「夢なワケが無いじゃない。

 全部現実よ。それとも、もう1回する?」

 

 朝勃ち。

 昨夜、空になるまであかりと交わったと思っていた新二だったが、いきりたったそれはあかりの腹に触れ脈を打っていた。

「サクッと抜いてあげるわ。

 大きくしたままエターナルナイトに出向いても集中出来ないでしょう」

 

 布団の中であかりは身体をずらし、横になった状態のまま膣の中に陰茎を招き入れていく。

「うわ、また……」

 吸い込まれる様に陰茎が根元まで入ると、新二は思わずだらしのない顔を見せた。

 

「あんまり時間が無いから、速攻でいくわよ」

 あかりは新二が大きな声を出さない様にキスで口を塞ぐと、膣内を蠕動(ぜんどう)させる事により相手に凄まじい快感を与える。

 (な、なッ……!?

 跨られていた時もこの感じがあったけど、あの時よりもさらに凄い。

 膣の中が生き物みたいにうねうね動いてる)

 

 あまりの快感に我慢出来なくなり、新二はキスをしたままあかりにしがみついた。

 (駄目だ、こんなの我慢出来るワケが無い。

 俺のがあかりさんの膣に扱かれてる)

 

 新二は凄まじい快楽に溺れ、涙を流しながら射精した。

 膨らんだ陰茎が脈動しながら、欲望の塊を吐き出していく。

 あかりは微笑みながら亀頭の先端から発射される白濁液を受け止めていた。

 

 時間にしてみれば、挿入から膣内射精まで僅か1分。

 だが新二にとっては、濃密で忘れる事が出来ない1分間だった。

「私のおまんこなら、手を使うよりも早くおちんちんを絶頂に導いてあげられるわ」

 だらしなく口を開け、荒い息を吐き続けている新二を見ながらあかりは萎えかけた陰茎を膣から抜く。

 

「私が朝食を作ってあげる。

 落ち着いたら新二君も服を着て。

 今日も特訓があるんだから」

 

 膣から溢れ出て来る白濁液をティッシュで拭き取ると、あかりは床に置いておいた下着を身に付け、シャツとジーンズも纏った。

 (き、着替えも早い……1分前まで全裸だったのに。

 なんか、驚いてばっかりだな俺)

 一方、新二の方は驚異的な快楽の余韻が抜けきらず、まだ立ち上がる事が出来ない。

 

「あ、あの……

 機会があれば、またこういう事をしてもらえるんですか?」

「そうね。用事が無ければ……

 もうすぐ行われる大事な試合で貴方が勝ったら、もっと凄い夢を見せてあげる」

 

 当たり前の様にそう言うあかりの顔が、新二には精液を男から搾り取る淫魔の様に見える。

 (もう、離れられないかもしれないな……

 色々な意味で、大勝負に勝たなきゃいけなくなった)

 新二はようやく身体を起こすと、呆けた様な表情で台所に向かうあかりの後ろ姿を見つめていた。

 

 男性を優しく包み込む母性と、性欲を全て受け止める魔性。

 2つの顔を持つあかりは、新二に勇気と自信を与えた。

 そして『勝ったらまたセックスさせてあげる』と言うのは男にとって凶悪な殺し文句である。

 人参を目の前にぶらさげられた馬が全力で走るのと同じ様に、新二が特訓中に魅せる真剣さはさらに増していた。

 

「新二君、凄いじゃない。

 エターナルナイトが誇る強豪プレイヤーと戦っていきなり3連勝するだなんて。

 私達と戦って全敗していたのが嘘みたいだわ。

 驚異的な成長を遂げているわね」

 

 玖留美は新二の実力の向上を見抜いたが、それと同時に精神面での変化にも気付いていた。

「あと、リードを保っている時に変な焦り方をしなくなったし負けている時に追いつこうとする力も格段に増してるわ。

 昨日まで吹っ切れていない感じだったのに……

 何があったの?新二君」

 

「あかりさんが色々教えてくれたんで、変わる事が出来ました。

 でも、まだまだ変わる余地は残ってると思いますし、試合の前日まで調整しますよ」

 

 朝から疲れる様な行為を行っていたにも関わらず、新二はこの日も野試合を続ける。

 何時間行っても衰える事が無い『地力』の変化は、玖留美が大きな期待を寄せる程だった。

 

 (怯えなくなった事で、明らかに勝ち星が増えてるわね。

 惜敗と辛勝の差なんて、本当に小さな違いでしか無い。

 やはり彼は私が思った通りのプレイヤーだったわ。

 未完の大器……しかも、まだ伸びる可能性を秘めている)

 当初は店内にいたプレイヤーとの対戦と言う認識でしか無かった玖留美の考えは、新二が健闘した事で一変した。

 

 未熟さは自分達が育てる事で払拭出来る。

 そう思って育てた蕾が、大輪の花を咲かせようとしているのだ。

「美香との勝負、何としても勝ちましょう。

 零さんの命を救う為にも」

「はい。玖留美さんよりも強くなれる様に頑張ります」

 

 相手から一切目を逸らす事無く、玖留美の顔を真正面から見据える新二。

 新時代の到来を告げるZEROプレイヤーが、地方のゲームセンターから誕生しつつあった。

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